ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ ある日、ビリー・クェンデス(PC0096)は怠惰にふけっていた。 恵まれた環境に慣れてしまい、それが当然と思う事は怠惰に相当する。 いつもの如く『打ち出の小槌F&D専用』で豪勢な食事を満喫し、パルテノン中央公園の片隅で寝転びながらふとビリーは我に返る。 「どないしたんでっか、兄ぃ」 「すっかり忘れとったが、これでもボクは修行中の身上なんや」 イチゴ大福を頬張って話しかけるレッサーキマイラにビリーは焦りの言葉を返す。 「こらアカンわ! どないかせな堕ちるばかりや」 「堕ちていくのも幸せだっちゅう話もありまっせ」 「そーゆー諭しはいらん!」 そもそも苦労せず美味い飯にありつけること自体がヨロシクない、とビリーは思った。 自己否定するつもりはないが、それなりの代償を払った方が美味しさは感じられるはず。 食材を入手するところから調理まで含め、手数を惜しんではならない。 まずは、隗より始めよ、というではないか。 ビリーは軽い尻を上げた。 ★★★ オレンジの朝焼け。 黒い影を引くマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)はまったりと浜辺に寝転びながら『故事ことわざ辞典』を紐解いた。 オレンジに染まるページ。『灯台下暗し』という黒い活字が眼に入る。 これは確か「身近な事には意外と気づかない」という意味だ。 何の示唆だろうか。 再び頁を捲れば『不可能なものを除外した結果、どんなに信じられなくても、残ったものが真相です』という記述。 これは確か異世界における近世ミステリーのとある名探偵の象徴的な決め台詞だ。 なるほど。 マニフィカは片掌で辞典を閉じた。 これは今後恐らく何らかの事件に関わり、その際には注意深く調査せよというアドバイスだろう。 最も深き海底に坐す、母なる海神の導きに感謝を。 輪郭からあふれ出す陽光。人魚姫は昇る朝陽に向き合いながら立ち上がった。 ★★★ まことに世の中とは不思議なもので、予期せぬトラブルに巻き込まれやすいタイプの人物が存在する。 例えば、行く先先で殺人事件に遭遇してしまう素人探偵とか。 宇宙人やニンジャ等の非日常的な正体を隠すクラスメイト達に囲まれている凡俗な学生とか。 それはやたら運が悪いと思うべきか、それとも真逆に運がよいと受け止めるべきか、ちょっと判断に迷ってしまう事だろう。 いずれにせよ、予期せぬトラブルに遭遇する可能性の高さにおいて、ジュディ・バーガー(PC0032)も例外ではなかった。 ある種の主人公(ヒーロー)属性かもしれない。 運命に関わる事柄なら、いわゆる本職の福の神である親友から意見を聞いてみたいところ。 そんな事をぼーっと考えながら珍しく二日酔いで寝不足気味なジュディは、気分転換も兼ねてポーツオークの港町をぶらぶらと散歩していた。 愛蛇『ラッキーセブン』を首に巻き、朝霧に包まれながら鼻歌を口ずさむ。 厄介なクエストを無事に達成出来て、気分も上上だ。 休日をマイペースに楽しむ彼女が、ちょうど倉庫街と宿屋街の境目に通りかかった時。 「ホワイ?」 港から聞こえた怪物めいた大きな咆哮が、朝もやに包まれた街の空気を震わせる。 何だろう?と周囲を見回してみれば、倉庫街の方向から接近してくる白黒の大型生物が眼に入る。 「T(ティラノサウルス)・レックス!?」 恐竜。 身の丈七mほど。 自分の知識にあった古代生物がまさしく生きて君臨しているその光景は、ハリウッド映画の世界に迷い込んだ様な不思議な感覚を味わわせる。 背後を振り返ると、人通りの多い宿屋街。 人人が悲鳴を挙げながら逃げ惑う。 ジュディはこの場での自分の役割を理解した。 予期せぬトラブルこそ我が人生。 胸のポケットから『厚紙製の護符』も鼓舞している。 イピカイエー! ジュディは胸内で叫ぶと、白と黒の羽毛に包まれた恐竜へと走った。 「ジュディさん!」 「アンナ!」 宿屋街からローラーブレードで滑走してきたアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、ジュディを見つけて本通りで疾走するのに並んだ。 ポーツオークに宿泊中のアンナは朝の日課というか習慣で宿屋の前を掃除していた。だが、港の方から騒ぎが近づいてのに気づいてモップを手に走り出したのだ。 映画や博物館で知っている姿とはちょっと違うがこれは恐竜に違いないだろう。 「あれは恐竜ですね! 何処から現れたか解りませんが、人人が襲われない内に早く退治しませんと!」 「オーライ! イッツ・オーキードーキー!」 ジュディとアンナは合流。 アメリカ娘が『マギジック・ライフル』を取り出した。 「……ット、その前ニ」 ジュディは立ち止まり、首に巻いていたラッキーセブンを宿屋の前にいたメイドに手渡した。 「ア・リトル・タイム、ちょっと預かっといてネ」 ★★★ 朝霧。 海の幸を求めてポーツオークの港町を訪れたビリーは、食材を調達すべく運河での朝釣りに挑戦していた。 「港町は商売繁盛やな、結構なこっちゃ」 白い朝霧が漂う水面に糸を垂れ、ゆったりと時間に身を委ねた。 もちろん退屈ではあるが、有名な太公望の故事もあり、精神修行も兼ねる為、とても有意義なはず。 海鳥の鳴き声に波のせせらぎも心地よい。 「ん? ……なんやろ?」 どうやら船が入港したらしく、騒がしさが伝わってくる。 停泊中の船から大きな咆哮が聞こえてきた。 朝霧で視界が悪く、よく解らない。 ふと浮きが沈んだ気がして水面に視線を転じた瞬間、『何か』の影が視界の隅を横切る。 その『何か』は、運河からつながる下水道の中へと消えていった。 「な、なんや今のアレは!?」 野次馬根性を刺激されたビリーは『何か』の影を追いかけ、大きな下水道入り口へ入っていった。 ★★★ 「お願いだ! 恐竜は殺さずに捕まえてくれ!」 すぐ脇を駆け抜けた時、立ち尽くすエスマ・アーティ団長がアンナとジュディへ懇願の言葉を投げた。 「またあなたですか……」 アンナは見知った人物がまた登場したのに軽く頭を抱える。 幸い、T・レックスに襲われた人間はまだいないみたいだ。 ちょうど人に牙を立てようと低く頭を下げたT・レックスの頬をモップではたき、その右方へとアンナは滑走する。走り抜けるジュディは左だ。 左右に分かれた二人のどちらを追おうかとモノクロームの肉食恐竜はとまどいの体勢を作る。 「パンダっぽいファー・カラー、毛色の恐竜……さすが異世界ヨネ♪」 走りながらそう呟いたジュディだが、すぐに自分の思いを修正する。 T・レックスの毛並みは確かに白と黒だがパンダという連想は素直ではない。 どちらかといえばペンギンに似ている模様だ。あの南洋に住まう、飛べない鳥の。 T・レックスはアンナを追う事に決めたようだ。 「……『レッド・クロス』」 身を鎧うたアンナは滑走するヒット&アウェイを連続させ、T・レックスの足に戦闘用モップ攻撃を集中させる。 恐竜が痛打に地団駄を踏み、前傾姿勢でアンナの後を追い始めた。 たくましい脚の筋肉に支えられたその速度は速い。 しかし小回りが利かない。 「尻尾や爪も強力そうですが、一番の脅威は鋭い歯が並んだ強力な顎でしょう」 アンナは冷静に分析した。 彼女を追いかけたT・レックスが、宿屋の窓に全速力で顔を突っ込ませた。 瓦礫の中から顔を持ち上げた大型恐竜は煉瓦や金属の窓枠を頬張っていた。寸断された支柱が口にはまり、顎がそれ以上、開きも閉じも出来ず固定された形になっている。 ここまでがアンナの計算通りだった。 ★★★ 植物系淑女リュリュミア(PC0015)は運河の河岸で朝露に濡れながら眠っていた。 しっとりと濡れた肌が朝陽を浴びてだんだん乾いていく。 それがとても気持ちよく感じられる。 穏やかに平和な時間経過に身をゆだねていると、港の方角が騒がしくなってきたのに気がついた。 「何かあったんでしょうかぁ。なんだかにぎやかそうですねぇ」 港の方からは大型動物の咆哮の様な音も聞こえる。 ゆっくりと湧いてきた興味に耳を澄ませると、自分が座っている地面の下を騒騒しさが駆け抜けていくのに気がつく。 「おやぁ、足元の土管の中から音がしますぅ。……ちょっと覗きに行ってみましょうかぁ」 若草色のワンピーススカートをロングパンツの様に両足にまとわりつかせ、リュリュミアは大きな下水道入り口へ入っていった。 ★★★ 「ヘイ! ダイナソー! ジュディ・エイムス・ユー!」 被害拡大を阻止すべく、堂堂とT・レックスの前に立ちふさがる。 ジュディはT・レックスの牽制には飛び道具が最適と判断した。 具体的にはマギジック・ライフル三丁による三段撃ち。 そして『イースタン・レボルバー』の粘着ゴム弾で足止め。 オレンジの逆光と白い靄が不思議な空間を作り出す。 その中で恐竜の巨大なシルエットは銃弾による痛打をくらい続けた。 口を塞がれたT・レックスが力を振り絞って、爪先を支点に長い尾を振り回す。 ジュディは当たれば絶大な威力のありそうなその攻撃を、余裕をもって跳びかわした。 その隙にまたアンナは右足へのヒット&アウェイ。 足への集中攻撃をくらった大型肉食恐竜は自重を支えきれずに膝を屈する。顎に瓦礫をくわえたまま上半身を港町の地面に突っ伏した。 「チャンスネ!」 ジュディは担いでいた投網を投げた。 宙に広がるそれはT・レックスの上半身へとかかり、貧弱な前足しか持たない恐竜は外せずにもがき苦しむ。 「おい! 今だ! こいつに麻酔銃を撃ち込むんだ!」 「よし! 行くぞ!」 「油断せずに撃て!」 T・レックスが無力化したのを見るや、それまでアンナとジュディにだけ戦わせていたエスマサーカス団員がわらわらと集まってきた。 現場を遠巻きにするや、空気銃や太い注射器を先端に付けた銛(もり)を次次に撃ち込む。 麻酔弾は黒白の羽毛の上から跳ね返されたが、力一杯投擲された銛は恐竜の皮膚に深く食い込んだ。 二本、三本とまっすぐな銛がつき立つ。 それらは恐竜の巨体からすれば小さな針。 だがT・レックスは身を地面に横たわらせてしばらくあがくも、脱力して太いいびきをかきながら動かなくなった。 「どうやら殺さずにすませてくれたようだな。礼を言うよ」 安堵したエスマ団長がやってきて、葉巻から紫煙をくゆらせた。 ジュディは銃口に息を吹きかけながら得物をホルスターに戻した。 ★★★ 準備されていたサーカス広場の大型檻にT・レックスが移され、地面の杭から張り渡された鎖によって寝そべった様子で拘束されている。顔の位置には餌である牛一頭の生肉が置かれていた。 マニフィカは港町での騒動を知って急いで駆けつけたが、T・レックスの捕縛は既に終わっていた。 ちょっと出遅れてしまったマニフィカは、とにかく汚名返上の為にも大型恐竜を運搬してきた船内を捜索する。 戦闘を終えたアンナも騒ぎの元凶を探しに港の方へ来ていた。 そしてこの場に改めて乗り込んできた女性もいる。 『エターナル社長』クライン・アルメイス(PC0103)だ。 「冒険者ギルドから何かしらの依頼は出るでしょうから、行動の裏付けの為にも依頼はとっておきたいですわね」 エスマ団長達サーカス団員とポーツオークの衛士達と一緒に貨物船に乗り込んだ三人の冒険者は、まず破壊された船倉が覗ける甲板へと乗り込んだ。 「他にも恐竜の生き残りがいないか確認するのが最優先ですわね。脱走した痕跡がないかを確認しましょう」クラインは護衛を引連れて船内の外郭を巡った。「乗組員が全員死亡しているなら普通は港までまっすぐ辿り着けないですわよね」彼女は操舵室へと入っていった。「針路が固定されてるなり何んらかの人為的な痕跡があるはずですわ。後は檻の鍵が壊れたのか誰かに開けられたのかとか」船内を丁寧に調査し、生物的な破壊の痕跡と人為的な犯行の痕跡の二つに着目して手掛かりを探すつもりである。 船内はむっとする熱気と死臭による悲惨な状況だった。 あちこちに食い散らかされた様な乗組員の死体が散らばり、船内は血飛沫だらけだ。 乗組員は全滅だった。 「誰がこの船を港に接舷させたのでしょうか」 マニフィカはエスマ団長を筆頭とする関係者達から事情を聞いている。 やはりクラインと同じ様な疑問を抱く。 全乗組員の死体が船内に散らばっている惨状。 では、誰が港に接舷したのだろうか。 もちろんT・レックスに操船できるわけがない。 理屈を考えてみれば、謎の第三者が介在したという仮説も充分に成り立つ。つまり真犯人は別というパターン。 どうやら舵は最後近くまで乗組員に操縦されていたが、最後の最後に乗っ取られたらしい。 「船内の破壊痕跡を見てどんな生物が暴れたか推測出来ないかしら。傷跡の高さや爪痕か牙痕なのかとか」 クラインはハンカチで口元を覆いながら痕跡を追う。 マニフィカは船尾側へと乗り込んだ。 仮説の説得力には物的証拠が必要。 最も雄弁な証拠はやはり乗組員の死体だ。 全員が食い殺されたらしいが一人も例外はないのか。 T・レックスの歯形と傷口は一致するのか。 噛み傷の他に不審な点は。 船倉に降りたアンナは船内の惨状を調べていく毎におかしな事に気がついた。 とてもあの巨大な恐竜が暴れたようには見えない。船内、通路や部屋は狭すぎる。 引きちぎられた乗組員の傷口は噛み切られたか爪で切り裂かれたか。T・レックスのサイズではない。小さすぎる。 「……これはT・レックスの他に加害者が乗り込んでいますよ。例えばもっと小さな私達サイズの怪物とか」 アンナは乗り込んだ者達に警戒態勢をとらせて、今後の行動を話し合う事を提案する。 船内の破壊痕跡を調べていたクラインは、乗組員を全滅させた物は大勢の人間大の怪物だと結論した。 「血による足跡や手形も沢山ありますし、痕跡からして間違いありません」 アンナは落ちていた数本の羽毛を拾った。黒と白だがT・レックスのサイズではない。クラインの推測通り人間サイズだ、 「もしや……もしかして怪物に変身する者達が乗組員の中に紛れ込んでいたのではないのかしら」マニフィカは大きな声で呟いた。「不可能なものを除外した結果、どんなに信じられなくても、残ったものが真相です」 仮に何らかの矛盾点が判明すれば、そこから真相究明への糸口が掴めるかもしれない。 いわゆる先入観を捨て、真摯に現場と向き合う。 故事ことわざ辞典の導きに従うべし。 だからマニフィカの唇はシリアスな推理を紡ぎ出したのだ。 「その前提はちょっと違うな」彼女への反論を口にしたのはエスマ団長だった。「不可能なものを除外して、残ったものが真相です、というのは現実の捜査には通用しないよ。現実には全ての因子を排除したと思っても、未発見の因子Xが何処かに隠れている可能性をいつまでも排除出来ないんだ。怪しいものがもう絶対残されていないと確約されるのは、作者によってそれが保証されるフィクションの中だけだ」 「そうなのですか……」マニフィカは珍しくしゅん、となった。 それでも彼女は船内探索を続ける。何か怪しい物はないか。石仮面とか。 「船倉のT・レックスを縛っていた太いロープを噛み切ったのも怪物ですね。やはりこれは小型の恐竜なのでしょう」 アンナも一つの結論を出した。 鮮血による足型は小型恐竜類が走り回っていた事を示唆している。 血生臭い船内を歩き回って、皆は船長室へ入る。 机の上に航海日誌があった。 エスマ団長の命令で、海図にもない新島へT・レックスを捕らえに行った船乗り達の記録が。 それを手に取ったのはクラインだった。 ―― 謎の『恐竜島』は白黒の羽毛に覆われた各種恐竜達のパラダイス。 ―― 船乗り達はその島に上陸し、麻酔銃等でT・レックスを捕獲した ―― 島には謎の人造施設がある。恐竜達はそこを中心に生活している。 ―― 施設には人の様なものが棲んでいるらしい。接触するのは難しそうだ。 ―― 小型恐竜『ラプトル』の群に襲われて、実に三分の一の乗員が殺されてしまった。 ―― 命からがら逃げだしたが、T・レックスは無事なのでエスマ団長から褒美をたんまり頂けるだろう。 ―― 明日にはポーツオークに着くだろうが、船員がこの船に何かが乗りこんでいると騒いでいる。 ―― 「ここで日誌は終わってますね」 大雑把に読み上げたクラインは、貪り食われた船長の死体を横目に航海日誌を閉じた。 「おお……神よ」 エスマ団長がシルクハットを胸に抱いて死者のせめてもの冥福を祈る。 「やはりこの船に乗り込んでいた怪物がいるみたいですね」 アンナはこの血生臭さはさっきまでその怪物が船内にいたのを示している、と周囲に油断なく眼を配った。 「もしかしたらこの船を接舷させたのはその怪物の仕業ですかしらね。とすればかなり知能が高い……」 クラインの言葉が終わらない内にマニフィカは逼迫した疑問を口にした。 「では、その怪物は今何処に……!?」 船から沢山の血の足跡が続いていたが、途中で掠れて消えている。 その方角には運河があった。 ★★★ もう朝とは呼べないほどに太陽が高く昇っていた。 枯れた草原が広がっている。 謎の音を追っていたリュリュミアは地下下水道の支脈の一つである出口を出て、郊外の村の風景に辿り着いた。 「けっこぉ、遠くに来ちゃいましたぁ」 「家があちこちにちらばっとるな」 リュリュミアと地下水道で合流していたビリーは宙に浮かんだままで運河を離れて、流れ込む小川へと出る。 追っていたものにとうとう追いつけなかった二人は村の風景の真ん中に立って、周囲を見回した。 人気はない。 生活臭はある。 何処にでもある様な家家。 しかし違和感がある。 「何かおかしい感じがするわねぇ」 「絶対に何かおったんやけどなあ」 リュリュミアとビリーは村の中へと静かに入っていった。 雨に濡れた屋根。灰色の石壁。 家畜の声が聞こえない。 広場まで来た所で、視界の隅に動く物があるのに気づく。 二人はまず村人に出会うのを想像した。 その想像は乱暴に裏切られた。 一瞬、二人の思考が現実に追いつかない。 家の陰から猛速で走りこんできたのは黒と白の羽毛に覆われた四頭の小型恐竜だった。 立体視が出来る双眼。掻きむしる指のついた前足。 スマートな肢体に肉食ならではのしなやかな筋肉を身につけた恐竜は、高い鳴き声で襲いかかってきた。 四頭同時の跳躍。 「何や何や何や何や!?」 思わず身をかばったビリーに躍りかかった蹴爪を、リュリュミアは『ブルーローズ』で跳ね返す。 ビリーの『神足通』が包囲網から彼女ごと瞬間移動で脱出する。 「まるでペンギンみたいな羽根だわぁ」 何処か呑気な感想を漏らすリュリュミアの前で、小型恐竜が頭上を向いて遠吠えをする。 すると村のあちこちから同じ種類の恐竜達が次次と集まってきた。 数が多い。何十頭といるようだ。 しかも統率がとれた狩猟グループという感じがする。 「なんで異世界にゴ○ラがおるんや? ありえへん!」 思わず最近観た映画の台詞が口を突くビリー。 「〇リラ?」 「〇ジラや!」 緊迫に似合わぬやりとりと共に二人は地下水道へと走り出した。 「数が多すぎるやないか!」 ビリーの文句は追いかけてくる恐竜の群には通じない。 あとほんのちょっと恐竜の足が速ければ追いつかれる。 そこでリュリュミアを連れた神足通による連続テレポートで地下水道へ飛び込むと、恐竜はそれ以上追いかけてはこなかった。 まるで自分達のコロニーを守るかのように地下水道の入り口で喉をグルグル言わせている。 「とにかく今の状況をポーツオークにいる人間へ知らせるで!」 「こわいペンギンさんねぇ」 ビリーとリュリュミアは来た水道をさかのぼり、港町の人間達に異常事態の報告へ走る。 (この分じゃ村の人達は……!) 恐ろしい確信がビリーの脳裏をよぎった。 ★★★ 「T・レックスを捕まえてくれて本当にありがとう」 エスマサーカス団の事務所で、エスマ団長は皆にあらためて礼を述べた。 ポーツオークの大広場に並んだサーカスの色鮮やかなテント列。 中央に特別的に置かれているT・レックスの大テントにかの恐竜が地面に縫いつけられているのは前述の通り。 だが、何処で聞きつけてきたんだかレッサーキマイラがアメリカンポリス的なコスプレでテントの見張り番をしている。 「あ、エスマ団長。お疲れ様っス」 警帽を被ったレッサーキマイラがナス型フレームのサングラスをずらして団長に挨拶。噛み煙草をクチャクチャやっている。 「ヘイ! ビリーを置いてナニをやってるネ!」 「あ、ジュディの姉さん。この度は団長に割のいいバイトを紹介してもらえやして」 人造魔獣は釣りの最中に自分達を放って行ってしまったビリーの代わりに、今はエスマ団長にくっついていた。 レッサーキマイラが見物人を遠ざける。 「コメディアンとしてデハないんですカ……」 「ところで」クラインはエスマ団長に詰め寄った。「団長にお聞きしたいのは島の恐竜の情報をどうやって入手したのかですわ」 彼女は恐竜島と呼ばれる島について興味津津だった。 団長が故意に事件を起こした可能性も考慮し、彼の表情に不審な気配がないかを観察する。 事件という面はともかくビジネスとしても食指が動いているのだ。 「今回の事件が他の者の犯行と解ればあなたの責任も軽減されるかもしれませんわよ、情報提供に積極的に協力した方がいいと思いますわ」 色香に圧倒されそうなエスマ団長は蝶ネクタイを正す。 「……島の近くを偶然通りかかった船乗りから、大型の肉食恐竜の影を見たという噂話があったのだ」 「ふうむ」クラインは葉巻臭い息のかかる距離から離れる。場合によっては自分が島まで行く可能性も考慮し、島の所在地及び船が手配出来るかを確認しておくつもりだ。「あなたが輸送してきたのはT・レックス一頭でよろしいのね。恐竜を購入した費用は幾らで誰にお支払いしたのですか」 「誰かから購入したのではない。一か八か、一発勝負のハンティングだ」 「生物ですと生存環境も大事ですけど、島から連れ出しても生態系に問題はないのかしら」 「セータイケー? そんなものは知らん」 フムン、とクラインは彼が嘘をついていないのを確信した。 「ところで、これからこの恐竜はどうなさるおつもりなのですか」とマニフィカ。「乗組員虐殺という余計なニュースがついてはさぞ開催しづらいと思いますが」 エスマ団長が唸った。 「……以前ならばそんなニュースも箔がついたと大喜びするところなのだが……」 彼は似合わぬ良識と戦っていた。 マニフィカは、彼がT・レックスを島に戻そうとしていると看破した。 その時。 「大変や大変や大変や〜っ!」 周囲を囲んでいた大勢のサーカス団員を割って、エスマサーカス団にビリーとリュリュミアが駆け込んできた。 「ペンギンのゴ〇ラや〜っ!」 「ゴリラじゃありませんよぉ」 ★★★ 見物人とサーカス団員が交わる所に紛れ込んでいた一人の影。 白衣。羅李朋学園制服。 「ペンギン……!? まさかあの施設のあのペンギンが関わっているのか!?」 ★★★ |