ピストン・マン

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(第1回/全1回)

★★★

 野次馬は一〇〇人はいるだろうか。兵士達に規制され、現場より十分に距離をとりながらも大勢の雑談が言い交わされている。
 荒れ果てた古城が、緑の平野に乱杭歯の様に灰色の痕跡のみを残して建っている。
 もう何十年も風雨にさらされ、要塞としての機能はない。
 壁もなく、天井もなく、堀は崩れて埋まり、栄華の名残りはそこに残っていない。
 その中に隠される様に人型をした巨大な黒い機械がある。
 それは太った甲冑騎士の様であり、リベット打ちの装甲に覆われて、四メートル程の身長で轟く駆動音を立てていた。
 見た目、鈍重。
 が、力強い。
 頭上には棘があり、まるで天を威嚇する如く真直ぐ突き立っていた。
「どうですかな。この機体は」
「随分と強そうな外見であると認めるが、どうなのだ、性能の方は」
「それはもう、領主様を満足させるには十分すぎますです」
 最低限の兵士達と大勢の野次馬に見守られながら偉そうにふんぞり返る高貴そうな身振りの男の横で、丸いサングラスをかけた白衣の男が猫背のまま、不敵な笑みを浮かべている。
 白衣の男『平賀幻代』は元『羅李朋学園』の生徒だった。
 幻代が手元のプロポ型コントローラーを操ると、その黒い巨体が翼の様な排気管から白い煙を噴き出した。
 駆動音が大きくなり、共振する装甲の音まで高めて歩き始めた。
 それは円筒形の腕を持ち上げると、指のない砲丸みたいな拳を前方に向けた。
 ピストンの様になっている腕が白煙と共に眼前にある城壁を殴りつけた。前方にスライドしたパンチは三〇cmも厚みがある石壁を粉砕した。
 野次馬や兵士が感心した声を挙げた。
「おお! こいつは凄いな!」
「でしょ、ましょ?」
「で、こいつの名前は何という」
「名前ねえ……」
 領主の質問に幻代は首をひねった。狂的科学研究部ではさしてぱっとする地位にいなかった彼がこれで売り込む事にしたこのロボットには名をつけていなかった。『実験機』とか『これ』呼ばわりしていたのがせいぜいだ。
 何せ幻代はチームを組んだ経験がなかった。一匹狼といえば聞こえはいいが、ろくな技術を身につけていないみそっかすだったのだ。
 だから狂科研としては基本的な内燃機関と電子頭脳によるロボットを作って、学のなさそうな地方領主に装甲自動兵として売り込むのが彼の成り上がり(予定)の第一歩だった。
 売り込みに成功して量産の約束でもとれればしめたもの。
 幻代は安定した地位と研究予算と研究室を一刻も早く手に入れたかった。
 さて、名前、名前、とこういう時に限って洒落たアイデアが浮かばない幻代の頭上で、それまで薄曇りだった天候がにわかに急変してきた。
 黒雲が天を覆って太陽を完全に隠し、近辺からゴロゴロと不吉な音が鳴り響き始めた。
 いきなり大粒の雨が激しく降ってきた。
 兵士達の硬い革鎧の表面で雨音が音を立てて弾ける。
 野次馬の九割ほどが雨を避けて、近くの『ナヌカ村』に逃げ込んでいく。
「やばい!」ロボットにろくな防水処理を施していないのを思い出した幻代が慌てた。「撤収! 撤収だ!」
 プロポのレバーとスイッチを操作して命令信号を送った。幻代の位置を確認して、彼の後をついて歩くコマンドを入力したのだ。
 ロボットは最初に首を巡らして眼の位置にあるカメラで幻代の姿を確認すると、機体全体を旋回させながら歩きだした。
 城の残骸の壁の名残をよけ、二足でギクシャクと歩く。
 関節の隙間から侵入した雨水によって、身体のあちこちから紫煙と共にパチパチと火花を放ち始めた。
 と、その時。
 頭上の黒雲から一条の紫電が走った。ほぼ直下にまっすぐ落ちたそれは暗天とロボットの頭頂にある棘を結んだ。
 物凄い轟音。
 黒い騎士は一瞬、眩しく白く輝き、見ている者達は全員、機体が爆発したのだと勘違いした。
 雷鳴と土砂降りの雨の中、ロボットは落雷のダメージで装甲の黒い塗料が焼き?げながらも原形をとどめて立っていた。
 背からの白煙が灰色に濁っている。
「ワ……ワタシハダレ……ワタシハナンノタメニソンザイ……スル……」
 ロボットは通常では使用しない設定になっていた合成音声で発声した。
「……ワタシハハカイスル……」
 無造作に水平に伸ばされた左手のピストン・パンチがそこにあった城壁を砕いた。
 そして、その横の太い石柱も連打して破壊する。
「ちょっと待て!」幻代は慌ててコントローラーを操作する。「止まれ! おい!」
 しかし焼きが入った様に鈍い銀色の輝きを帯びたロボットは停止信号を受け付けなかった。完全に暴走している。
 しっかりと幻代を見つめたまま、両手で周囲の壁を破壊しながら近づいてくる。むしろ、彼を追いかけるより、周囲の壁の破壊を優先している様に見える。
「止めろ! その怪物を止めるんだ!」
 土砂降りの中、領主の命に従って、槍を携えた十数人の兵士が一斉にロボットに挑みかかる。
 すると水平に両腕をのばしたロボットの上半身がヘリコプターの如く回転し、とびかかった兵士達を全て跳ね飛ばした。
 槍は折れ、兵士達は地面に強く打ちつけられ、死人こそいないもののその打撲で身体を動かせなくなる。
 その時間稼ぎの内に、領主と幻代はナヌカ村に避難するべく走っていた。ロボットの歩行速度よりも二人の足の方が断然に速い。
 だが、ロボットの機能は完全に幻代を追う事にロックオンされている様だ。
 ロボットは鈍足なれど、確実に幻代を追ってナヌカ村に近づいていく。
 その途中に太い立ち木でもあれば、歩きながらピストンパンチの連打で殴り倒した。
 ロボットは濡れた地面を踏みしだきながら後を追う。ぬかるんだ地面に大きな足跡がつく。
 村の通りの入口にまで辿り着くと『ようこそ ナヌカ村へ』と書かれていた鉄製の立て看板をパンチで破壊した。
 更に近くの民家に近寄ると、漆喰塗りの壁をパンチで連打し始めた。見る見る内に壁にひびが入り、中の人間が慌てて逃げ出した時には一面の壁は完全に粉砕されていた。それでもロボットの破壊活動は止まず、残る壁や柱や家具にもそのパンチが原型がなくなるまでお見舞いされる。
 その家が、家の形でなくなると破壊はその隣の民家へと移った。
「どうにか出来ぬのか!? お前は!?」
「『あれ』の電子頭脳は狂いながら自律的に動いていますです! もう外部からの電波を受けつけませんです! 燃料が切れるまで動き続けるでしょう!」
「燃料はいつ切れるのだ!?」
「生憎、実験開始前に高純度アルコールを満タンにしてしまったので今の効率だと半日近くはもつような……」
 村の小さな教会へ逃げ込んだ領主と幻代はびしょ濡れのまま、そんな大声を交わす。
 神聖宗教の教会には他にも避難してきた大勢の村人、町からの野次馬達が避難してきていた。
 教会は石造りの頑丈な建物だ。
 しかし、城の残骸の壊しっぷりを見る限り、ここも長くもつとはお思えない。
「……ワタシハダレ……ワタシハハカイスルタメニソンザイスル……」
 土砂降りの中で、ロボットは独り言を大きな電子音声で呟きながら、ナヌカ村の通りを破壊活動を繰り広げながら教会に近づいていく。
 到着前に周囲の建物の破壊活動に寄り道しても、あと一時間以内には教会に着くだろう。
 咳をする如く内燃機関が排気煙を上げる。
 と、その足運びがふいに止まった。
 右足を下ろそうとしたその地面に紫色の綺麗な花が咲いていた。
 姿勢がわずかに傾き、右足はその花を踏み潰さない様に地面に下ろされる。
「……ワタシハダレ……ワタシハハカイスルタメニソンザイスル……」
 教会の中で子供達が泣き騒ぎ始めた。
 電子音声はどんどん教会に近づいてきた。

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【アクション案内】

z1.(PCは実は教会の中にいた!)ロボットに対し、何らかの対処をする。
z2.PCは実は教会の中にいた!)平賀源内や領主に対し、何らかの対処をする。
z3.教会の外でロボットに対し、何らかの対処をする。
z4.その他。

【マスターより】

★★★

元羅李朋学園生徒による、ロボットの暴走を食い止めろ!
ロボットと戦闘してもよし。哲学的な会話してもよし。でも、このロボットの電子頭脳は頭はあまりよくありません。花を摘む為の指もない。
皆さんにはこの突発的な事故に対して「実は見物人の中にいた!」「たまたま近くにいて騒動を聞いて駆けつけた!」などといったアプローチをお願いします。不自然でないならその他の参加の仕方でも構いません。
あと、このままでは金銭的な報酬は発生しないので、ボランティアで終わりたくない方は頭を絞って、金銭的なもうけに結びつけてください。
では次回も皆様によき冒険があります様に。

★★★