騎士よ、騎士よ!

第二回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 ――ワイバーン。
 翼を含めたほぼ全幅七メートル、尾を含んだ全長一三メートルほどの高速で飛行する怪物。
 流線型の身体は硬い鱗でおおわれている。
 尾の長さは実に一〇メートルもあり、その先端には大きな鉤爪状の棘が生えている。
 その攻撃は高速のヒット&アウェイ。
 急降下は凄まじいスピード。
 高速で飛行突撃しながら、すれ違いざまに尾の棘で獲物を引っかけて捕らえる。そして空中で獲物に牙を立てて殺す、というのが聞いたところによる狩りのやり方だ。
 逆光に飛竜の身が躍る。
 高い秋の青空。
 尾の先で老騎士ドンデラ・オンド公が操り人形の様に翻弄されている。
 そしてワイバーンに絡まったロープを全身で手繰り寄せ、アンナ・ラクシミリア(PC0046)はその身にしがみついている。片手の『魔石のナイフ』が空色の鱗に突き立っている。
 谷を渡る吊り橋の上で巨獣との戦いは始まったばかりだ。
「奴を追う前に言っておくッ! おいらは今、奴の攻撃をほんのちょっぴりだが体験した。い……いや……体験したというよりは全く理解を超えていたのだが……。あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ! 『ドンデラ公はおいらの眼の前に立っていたと思ったらいつのまにか急上昇していた』 な……何を言っているのか……解らねーと思うが……おいらも……何をされたのか……解らなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。アイテムだとかスキルだとか……そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしい超スピードの片鱗を味わったぜ……」
「飲んどる場合かーッ!!」
 ビリー・クェンデス(PC0096)の『伝説のハリセン』は、レッサーキマイラの持っているココアのカップをはたき落した。
 揺れまくる吊り橋の上。
 荒れる水面の木っ端の如き冒険者達。
 引きちぎれそうな綱がギシギシと音を立て、埃を舞わせる。
「鳥さんと一緒におじいちゃんも飛んでっちゃいましたぁ。空から落っこちたら怪我しちゃいますぅ」
 リュリュミア(PC0015)は吊り橋からクローバーやススキのような下草からツゲのような低木、クヌギやヒノキといった高い木まで片っ端から種をばら撒いた。
 急速成長したそれらが谷底を緑のジャングル色で埋め尽くす。
「これでおじいちゃんもうまく降りてくれるといいのですけどぉ」
 頭上高くの太陽を背にしたワイバーンが、尾の先に引っかけたドンデラ公と鱗にナイフを立てているアンナを宙に躍らせていた。
 アンナのナイフは先端をかろうじて鱗に食い込ませている状態だが、それでも振りほどこうとする力に抗い、がっちりと身体を固定している。後は握力頼みだ。
 厚紙製の甲冑が尾の棘に引っかかっているドンデラ公が人形の様に振り回されている。
「オカルトですけど運命が歪められているのかしら。絶対にドンデラ公を殺すように物事が動いていますわね、もはや呪いですわ」
 波打つ吊り橋の支綱にしがみついたクライン・アルメイス(PC0103)は宙を舞う飛竜の影を見上げる。
 果たしてドンデラ公に呪いがかけられているのか。
 未来は決定されておらず可能性は確率的だ、という宇宙論をクラインは聞いた事がある。
 ならば一〇〇%当たる予知とは、未来の運命を過去において決定させてしまった呪いの様なものではないのか。
 彼女はサンチョが占いを疑いもせずに確信している様子を奇妙だとも感じていた。
 ドンデラ公の従者は吊り橋には乗らず、谷沿いの道にある少し広くなった場所で今にも心臓が止まりそうな表情でこちらを見守っている。
 ワイバーンには挑発してきた老騎士をすぐに食うつもりはない様子だ。
 白雲を背景に空高く小さな影となった飛竜は、水平にまっすぐな身をのばして五秒ほど飛行した。
 龍やドラゴンという種族に深い因縁を持つマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、ガーズ村の吊り橋に脅威を与えるワイバーンを強敵と認識していた。
 吊り橋の踏み板に踏ん張るマニフィカは見上げながら、たとえ妄想の産物でもドンデラ公を彼が夢見た神聖宗教騎士らしく有終の美を飾らせたいと誓う。
 老騎士ドンデラ公に訪れた死期。親友ジュディ・バーガー(PC0032)の心境を思うと気の毒に感じるが、寿命が尽きるのならば是非もなし。
 人生において出会いと別れは必然。
 つまり『どう生きて、どう死ぬのか』という生き方が肝心。
 それでは、いま何をすべきか。
 吊り橋の揺れが収まってきた。
 しかし足場が狭く頼りないのは変わらない。
 マニフィカは『魔竜翼』で踏み板を蹴って、垂直上昇。
 ワイバーンよりも高く、飛翔する、
 スピード対決の空中戦を挑むつもりだが人質とも呼べる二人がいる限り、勝負出来ない。
 仲間が彼らを救出するのを待つしかない。
 空色のワイバーンが革張りの翼で滑空する。
 まっすぐな尾の先にドンデラ公がいる。
 魔石のナイフにしがみついているアンナ。彼女はドンデラ公の安全を何よりも確保したいと願う。
 戦いで出来るだけ犠牲を出したくない。勿論その中にはドンデラ公も含まれている。
 たとえ今日で彼の命が尽きるとしても、アンナ達冒険者にとって共に死線を潜り抜けたという事実は変わらない。
「ドンデラ公を救出するにもワイバーンを谷から離さないとですわ」クラインは優先順位として、馬を助けるのもワイバーンを倒すのもドンデラ公の絶対安全も諦めて損切りし、公の命を助ける事だけに全力を注ぐと決めた。「難しいですが、家族に別れを告げる機会をなんとか作りたいですわね」
 クラインは『雷撃の鞭』の威力を調整した。紫電を発しない状態で振り回す。
 一旋が伸び切る直前で手首を調整し、鞭の先端を引き戻す。
 その瞬間に発生する、空打ちの大音響。音速突破の賜物だ。
 彼女は調教のテクニックをもってしてワイバーンの注意を引きつけた。
「挑発に意識が向くならかえってやりやすいですわ」
 直情的な反応からワイバーンの知能は野生の獣さながらと思える。
 クラインは吊り橋上で必死に震えている囮用の馬の尻を叩いた。
 怯えの叫びを一声挙げた痩せ馬が、吊り橋の上を走り出す。
 それに引きつけられたワイバーンが馬を追って高速で降りてくる。
「ほらほら、さっさと追わないと食事が逃げてしまいますわよ」
 ワイバーンの雰囲気は確実に馬を追っている、
 馬は必死によける冒険者達を尻目に、谷沿いの道にある少し広くなった場所まで走りこんだ。
 冒険者達が急いで吊り橋からその空き地の方へと走っていくのを見ながら、クラインは『フォース・ブラスター』と鞭を持ち替えた。
 しっかりとした地面上空へ来たワイバーン。
 冒険者達の戦場は一気に戦いやすくなった。
「ええか。しっかりと舵をとれや」ビリーは『空荷の宝船』の操船権をレッサーキマイラに渡した。自衛手段に『大風の角笛』や『サクラ印の手裏剣』も貸し出す。しかしこの人造魔獣には角笛で肝心なところでボケ倒した前科がある、「ちなみにボケの二番煎じはNG指定やで。ええか、やるなよ! 芸人として絶対やるなよ!」
「任せてください! 兄ぃ!」
 何を任されたのか意識したのか、レッサーキマイラはやたら瞳をキラキラさせた。
「戦いの流れを考えると、途中経過はさておき最終的に馬を狙ってくるのは間違いありませんわ」
 『サイフォース』の『コンセントレーション』で集中力を高めたクラインは、ワイバーンが馬を狙ってきたギリギリまで引きつけてフォースブラスターで翼を狙う。
 射撃音。
 しかし、わずかにも魔獣のスピードが勝ち、大穴を革張りの翼に穿ちながらもワイバーンの身は上昇に移る。
 痩せ馬は必死に戦場から離れる、
 クラインの射撃によって、ワイバーンの頭からは馬の事が忘れ去られた様だった。

★★★

 翼に穴を空けられたワイバーンの速度が落ちた。
 長い尾を空に曳いて上昇。
 そのシルエットが円くなった。尾の先のドンデラ公に牙を立てようとする。
「ウォン’ト・レット・ユー!」
 それを牽制したのがジュディの『マギジック・ライフル』三連発。
 巨体で飛行できるワイバーンの性質は風属性と予想し、四元素説の対立関係から土属性の魔法弾を形成。マギジック・ライフル三丁による三段撃ちを浴びせる。
 土属性の魔弾が鱗表面に着弾し、三閃の火花を散らす。空色の鱗が削れてひび割れる。
 その傷によってワイバーンがジュディを意識したらしい。首が地上の女戦士へと巡らされ、眼線がしっかりと彼女を射る。
 老騎士は後回しとなった。
 降下してきた突撃をジュディがかわすと飛竜はまた上昇へと移る。
 上昇最高点で一瞬の停滞。
 アンナはその隙を狙った。
 魔石のナイフで地道にダメージを与えて地上に降下させようとしていた彼女。しかしドンデラ公も一緒に振り回されているのであれば話は別。しかも厚紙鎧が引っ掛かっているだけのいつ墜落してもおかしくない状態。
 本来はドンデラ公に噛みつく瞬間に発動させようと狙っていたのだが――。
 ――『乱れ雪桜花』。
 上昇最高点で動きが止まった瞬間、白花の猛吹雪がワイバーンの丈三mの胴体を襲撃した。
 ワイバーンを急襲し翻弄するアンナの連続打撃。
 アンナは飛竜に絡みついていたロープを片手に巻きつけ、鱗を蹴る。
 『レッドクロス』の少女は尾の先までダイブして、下方のドンデラ公の身体を腕の内に確保する。
 アンナにしかとやられた怪物は空中で暴れた。
 ロープが振り回される。
 だが彼女はドンデラ公を抱え込んで離れないのを最優先し、遠心力で振り落とされないようロープをしっかりと握る。
 ワイバーンが∞の軌跡を描く様に空中で暴れ続ける。
 必死にドンデラ公を片手で抱えたアンナは鈎針や牙が届くのに気をつけながら防御に徹する。
 今の彼女は無力だ。
 状況の変化を待って、耐え続けるしかない。
 そう。仲間がいるのだから離脱の機会はきっと訪れるはず。
「うおー! 邪悪なる空の魔獣よ! 大人しく我が剣の錆となれ!」
「駄目です! 暴れては……!」
 状況を理解していないのか暴れ出したドンデラ公はアンナの手を振りほどいた。
 老公がアンナの手から落ちた――。
 ワイバーンが落下するドンデラ公を追いかける。アンナはそれに宙で引きずられる形となる。
 地上でジュディはマギジックライフル三段撃ちで牽制。
「間に合わないですか!?」
 ドンデラ公を助けようとするクラインは鞭に持ち替えるも間に合わない。
 谷に向かって落ちていく。
 公の落下は吊り橋の高さを越える。
「まったくもう危ないですぅ」
 リュリュミアが繁茂させた植物森が谷底に落ちたドンデラ公を受け止めた。緑の天蓋がクッションになる。
 弾んだ老騎士を急接近した空荷の宝船が甲板にキャッチする。操縦するレッサーキマイラにボケはなし。
「じいちゃん、空で暴れるなんて無茶しよるなや!」
 乗っていたビリーは『神足通』の連続テレポートで老騎士を一気に安全圏に運ぶ。
 ドンデラ公の身体が空き地の固い地面へと降ろされた。
 それをめがけてワイバーンが降下。
 しかしその軌道の寸前にレッサーキマイラが飛空艇を割り込ませる。
 ワイバーンが衝突を避けて鈍角に上昇。レッサーキマイラのボケはなし。
 ジュディは緩やかに上昇するワイバーンの翼に『投網剣闘士の投網』を絡める。
「鳥さんを捕まえますぅ」
 更にリュリュミアも『ブルーローズ』の鞭で飛竜の胴を縛り上げた。
 ワイバーンの上昇は引きずり降ろされた。
 地上から高さ四メートルほどで必死にはばたくも、絡んだ投網や太いツタが突っ張るだけでかろうじて宙に浮くだけ。
 ジュディは『バハムート殺し』の小樽をワイバーンに投擲した。
 砕けた樽から浴びせかけられた高濃度アルコ−ルに『炎貝』が着火。
 赤い火球。爆発するかの様に膨れ上がった炎。
 怪物の悲鳴が挙がる。
 アンナは地上に飛び降りて、火から離れた。
 空中に固定されたワイバーンが一〇mもある長い尾を振り回す。風が大きく音を立てる。
 攻撃はドンデラ公をかばったアンナへと迫ったが、空荷の宝船が割り込んだせいで間一髪防がれた。ふっとんでいくレッサーキマイラ。
 アンナとドンデラ公が救出されたおかげで頭上を飛翔していたマニフィカはようやく全力を出せる。
 完全にロックオンした翼ある人魚姫は垂直に全速降下した。
『ホムンクルス召喚』
『ダブル・ブリンク・ファルコン』
『カルラ』召喚。
 速攻。
 烏天狗の如きブッディズム・アイコンの元で二重の分け身となったマニフィカは毒色の暗き光をまといて、三叉の刃を燃えるワイバーンの背に突き立てた。
 ぶれる様に掻きむしる斬撃は瞬間的に二撃三撃と猛毒のダメージが追い討ちし、灼熱の怪物は叫びと共に血を吐き出した。
 勢いのままにマニフィカはワイバーンを地に叩きつける。
 地面にひびが走る。
 トライデントを鱗の隙間に深く突き立てられながらも暴れるワイバーンの長い叫びを聞きながら、クラインは周囲に油断のない眼を配る。
 つがいや子など仲間を呼ばれると厄介だからだ。
 奇襲の警戒をしながら尾の攻撃や炎の息が襲う可能性も考慮する。
「近づいてはいけません!」
 クラインはドンデラ公が「やあやあ我こそは……」と不用意に近寄ってきたのを鞭を振るって止めようとする。
 しかしその手は止まった。
 か細い息をしながらよろよろと近づいてきた老騎士はジュディの大きな背にすくい上げられ、二人で人馬一体となってワイバーンに突撃していったのだから。
「イピカイエー!」
 二人を迎え討たんとあぎとを開いたワイバーンの額に大型チェーンソー『シャーリーン』が振り下ろされた。
 割れる鱗の額。噴き出す血。
 両腕で抱えて握るドンデラ公の手にはのばしたジュディの力強い手が添えられている。ほとんどはジュディの腕力だ。
 絶命したワイバーンの頭が地に落ちた。
 クラインは周囲を見回した。ワイバーンに助けは現れない。
「やはり使える馬よのう……ロシュナンテ……」
 蝋燭は消える前が一番明るいという。
 埃に汚れた顔に深いしわを刻んでにっこり笑った神聖宗教老騎士ドンデラ・オンド公。
 その細い身が力なくジュディの背に倒れこんだ。
 ジュディの魂に衝撃が走った。
「あらあらまるでひまわりみたいな笑顔ですねぇ」
 リュリュミアは心配などまるでなさげに微笑んだ。

★★★

「ベッドを作りましたからカブのスープができるまでゆっくり眠ってくださいぃ。今日もわくわくどきどきの大冒険でしたねぇ」
 リュリュミアは、モンスターバイクのサイドカーに干し草を敷き詰めた。
 ジュディはサイドカーにドンデラ公を横たえる。
 まだ彼は生きていた。
 しかしその胸の火は燃え尽きようとしている。
 誰も老衰からは逃れえない。
 モンスターバイクが轟音を立てて走り出す。
 いや、この『放浪の騎士』の光景を見つめる冒険者全員には無音となって見える。
 沈む太陽。
 巨大な落日を背景に、ジュディのバイクは荒野を走る。
「よっぽど疲れたのかぐっすりで全然眼をさましませんよぉ」リュリュミアはサンチョと一緒にバイクを見送る。「あんなに暴れたんですものぉ、疲れたのもむりないですねぇ。元気になったらまた冒険しましょうねぇ」
 干し草に埋もれ、穏やかに微睡んでいる様な騎士。
 モンスターバイクにジュディが追加したサイドカーは、老騎士ドンデラ・オンド公と従者サンチョの為に用意した特注品。
 疑似家族として二人の同行者を受け入れた彼女の想いが込められている。
 今まさに、老公の寿命が尽きようとしている。
 残念ながらシューペイン領まで戻るには時が足りない。
 もしもサイドカーを仮の宿と見立てたら、そのシートは『寝台』に相当する筈。
「死を恐れず戦え」「寝台で死すべし」という神聖宗教騎士の二律背反な定めはこれで遵守出来るとジュディは強弁した。
 荒野を走る。
 波を蹴立てる様に黒いタイヤが土煙を上げる。
「あらあらぁ。ジュディは戻ってこないつもりかしらねぇ」
 リュリュミアは遠くなったバイクへと呟いた。
 荒野を走る二人。
 バイクのサスペンションがわずかに浮く。
 魂の重さは二一gだという話がある。
 眉唾な話だが、このモンスターバイクの挙動を心身になじませたジュディには『その瞬間』が確かに解った。
 軽くなったサイドカー。
 苦痛はない。
 聖歌を口ずさむジュディの頬に愛蛇ラッキーセブンが身を寄せた。
 バイクはドンデラ公の生地でもある彼の領地へと走る。
 彼の冒険に携わった者の眼が熱かった。

★★★

 十数日後。
 王都『パルテノン』中央公園。
 シューペイン領において大教会で盛大に礼葬が行われた後、ビリーとマニフィカとジュディの三人はドンデラ公の銅像をこの公園広場に建立したいと願った。
 それに仲間達が全て賛同し、幾らかの寄付を出したのは当然の成り行きだったと言える。
 故人を讃える一通りの言葉を並べた後の除幕式。
 等身大の立像は立派な鎧に身を包み、英雄然とした長剣を構えていた。恐らくは故人が妄想した通りの姿だろう。
「皆様、ここまでご主人様につきあっていただいて本当にありがとうございましたでげす。ご主人様も天国で喜んでいる事でげしょう」
 従者だったサンチョが粗末な服を着て、冒険者達に深深とこうべを垂れた。
 彼は葬儀が行われた神聖宗教教会に帰った後で細細とした用事を言いつかる寺男になり、公の菩提を弔い続けるという。
 クラインはその信心深さに、占いで老公の死期を告げられたのを彼があっさり信じた理由が解った。
 まあ公は老衰で死ななければ戦死していただろう。寿命がのびていた可能性は低い。
「それにしてもあのワイバーンにつがいがいなかった事、火を吹かなかった事がちょっと計算違いでしたわね」
 後で知ったがオトギイズム王国でワイバーンが火を吹いたという記録はない。彼女には彼女なりの思惑があったかもしれないが、今となっては仕方ない事である。
「おもろい騎士の爺ちゃん、ごっつ好きやったで。……さびしなるわ」
 ビリーは銅像を見上げつつドンデラ公の心からの冥福を祈った。
「寂しいけど、こういう時どっかんとは笑うのが一番でやすね、兄ぃ」
 何かとんでもない事をやらかしそうな気がするレッサーキマイラを、ビリーは呼んだ。皆が見ていない銅像の裏に回る。
「はーい、反省会!」
「兄ぃ。わいら今回よくやったでっしゃろ」
 前足を胸の前で組み、やたら眼をキラキラさせている三流芸人。
「……何で肝心な時に一発やらなかったんや! 絶対『やるなよ』って言ってあったやないか!」
「だからやらなかったんでっせ」
「『いいか! やるなよ! 絶対やるなよ!』って念押したやないか!」
「だから兄ぃ、やるなって言われたから頑張ってやらなかったんでっせ」
 えっへんぷいぷいと胸を張るレッサーキマイラ。
「いや、だから、そういう時は! ……あー、もう!!」
 ビリーは小さな手で自分の金髪を?きむしる。
 今回の人造魔獣は確かに皆をよく守った殊勲賞物の活躍をした。ほとんど怪我人なしですんだのは操縦していた飛空艇のおかげだ。
 だが芸人としては三流のままだ。
「……そうそう、そういやこれを皆に配らんとな」
 帰ってきたビリーは冒険者の皆に『厚紙製の護符』を配った。
 ドンデラ公の死後、その厚紙製甲冑の胸当て部分が不思議に変化した護符だった。人数分ある。
「このタリスマンを握ってると不思議に勇気が湧く気がスルネ」
 ジュディは胸の内に湧き上がってくる温かいものを感じる。
 彼女には勇気などはありふれているものだが、他人に渡すとか使う機会があるかもしれない。
「それではサンチョさん。準備が出来たら行きましょうか」
 既に旅支度をしているアンナはサンチョに声をかけた。
 アンナはあらためて老公が最後まで騎士だったとご家族には伝えるつもりだった。
 サンチョに同行してシューペイン領へ赴く。
「寂しくなりますが、ちゃんと家族に受け入れてもらえれば幸いです。ドンデラ公は騎士としての生き方を貫いたと思いますから」
 彼女は素直な胸の内を言葉にする。
 アンナとサンチョが旅立とうとするのを見送って、マニフィカはふと『故事ことわざ辞典』の一文を思い出す。
 旅に病んで夢は枯野を駆け巡る。
 どうやら放浪の騎士は、死して尚も旅を続けるらしい。
 ワイバーン討伐というドンデラ公の武勲を、人魚姫として後世に語り継ぐことを誓う。
 マニフィカは心から老騎士の冥福を祈る。
「皆さーん。王城で王がお待ちかねですよぉ」
 リュリュミアは皆を呼ぶ。
 パッカード・トンデモハット王や王妃が王城で待っている。
 王はドンデラ公の冒険の事を聞きたがっていた。
 皆は振り返る、
 老騎士ドンデラ公の銅像には眼を飾る宝石も金箔の肌もない。
 なのに何故か、寓話の『幸せな王子』の石像の面影と重なった。

★★★