騎士よ、騎士よ!

第一回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 オトギイズム王国『シューペイン』領。
 白い雲が、塗り潰された様な青い高空にかかっている。
 色の割合から言えば、青が六分に白が四分というところか。
 もっとも空は三次元的で、高い空にかかった雲は各層が複雑に編み合った重なりを見せている。
 高い空は他の季節よりも遥かに高く――。
 その空を地上で見上げるジュディ・バーガー(PC0032)は、麦畑をそよがせる風を剥き出しの肩に感じながら、自分と老公との旅を思い返していた。
 妄想家の老騎士ドンデラ・オンド公。
 その従者サンチョ・パンサ。
 ドワーフの名工が製作したサイドカーはとても乗り心地がよいとはいえ、やはり高齢者の旅行は肉体的な負担が大きい。
 一日の大半を眠るようになった老騎士ドンデラ公は、次第に体調不良を訴える事も増えていた。
 現在は従者サンチョと話し合い、あくまでも『放浪の騎士が寄宿している』という体裁で、シューペイン領の実家で静養している。
 老公の脳裏から失われていく過去。
 すっかり記憶が曖昧となり、かつては故郷を守ってきた前領主である事も思い出せないらしい。
 それが老いる事の代価と理解出来るが、あまりにも寂しく切ない。
 ジュディは明るい笑顔の下で、言い知れぬセンチメンタルな気分を覚えてしまう。
 彼女はまたがったバイクにキックを入れた。
 タイミングが悪い事に冒険者ギルドからの出頭要請。
 ジュディを指名した依頼が入ったのだ。冒険者として名が通った事への示しならば受けざるを得ない。
 生きている雪だるまの討伐依頼。
「ヒーハー!」
 しばらく別行動になるとサンチョに伝え、ジュディは後ろ髪を引かれる思いでシューペイン領から旅立った。
 王都『パルテノン』をめざしてモンスターバイクは走る。
 可能な限り早くクエストを達成し、ご老公のもとに戻ってくると誓いながら。

★★★

 パルテノンの旧市街に、ひっそりとたたずむ小洒落たカフェ。
 そんな店先のオープンテラスに座り、優雅なアフタヌーンティーを楽しむマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)の姿。
 ふと魔術書を閉じ、愛読する『故事ことわざ辞典』を懐から取り出した。
 おもむろに紐解けば『旅に病んで夢は枯野を駆け巡る』という一文が眼に入る。
 とある異世界の高名な旅人が、旅先で詠んだ生涯最後の定型詩らしい。
 しかし何を意味するのか解らない。
 再び頁をめくると、今度『蟷螂之斧』の四文字。
 素直に連想するなら「力のない者が自分の実力もかえりみずに強い者に立ち向かう事」という言葉が思い浮かぶ。
 おそらく『ラ・マンチャの男』老騎士ドンデラ公を指しているはず。
 いやラ・マンチャの男の風車のシーンに描かれているのはただの無謀ではない。正義の心持って力不足の相手に立ち向かう勇気と献身も意味している。
 でも何故。
 何故、故事ことわざ辞典はそのような言葉で自分を導くのだ。
 気が惹かれて王都の冒険者ギルドを訪れようとしたマニフィカは、そこから走り去るモンスターバイクを見かける。
 あれは盟友ジュディの後ろ姿。
 どうやらすれ違いになってしまった様だ。
 ギルドに入ったマニフィカは、大掲示板を眺めて『ガーズ村』のワイバーン退治クエストを見つける。
 人だまりを引きつけながらその難しさで参加者が集まらないクエストをマニフィカは引き受ける事にする。
 天啓。そうせよと我が心の内の霊が囁いたので。
 手続きを終えたマニフィカは混み合うギルドから帰り際に、受付嬢トレーシ・ホワイトが誰かを探していたところに出くわした。
 彼女とは過去の冒険で知り合ったのだが、養女となったフィーナは元気だろうか。
「メッセージ?」 
 トレーシの話では、ジュディ宛に飛脚での指定メッセージ便がたった今届いたらしい。
 王国に昔からある飛脚システムと羅李朋学園のメッセージ便が組み合わさった伝達手段にマニフィカは関心を示す。
 盗み見るのはどうかと思ったが、トレーシ嬢は素直に友宛てのメッセージカードを見せてくれた。
 記されていたのは、
『グランパキトクスグモドレ』
 の文句。
 ドンデラ公の従者サンチョからの発信。
 どうやらドンデラ公が危篤らしいと理解したマニフィカは、早くジュディに伝えなければ!とギルドから走り去ったバイクを追う。
 しかし街の風景には既に姿がない。
 振り向く通行人達が見守る中を、人魚姫は焦燥を胸に秘めながらその場でたたらを踏むのだった。

★★★

 ジュディが指名クエストに旅立ち、マニフィカがその後を追った翌日。
 ドンデラ公がガーズ村に向かっているのだがこの町にいる者達はそれを知らない。
「ワイバーンちゅうたら、やっぱウィザードとプリーストやろ」
「こちらトレボー。誘導を開始します」
 ビリー・クェンデス(PC0096)は相棒レッサーキマイラと一緒に大掲示板の依頼書を眺めていた、
 ガーズ村のワイバーン退治。
 まことに贅沢な話であるが、すっかり暇を持て余したビリーは、相棒のレッサーキマイラと共に冒険者ギルドを訪れた。
 何か芸の肥やしになりそうな話題やネタを求めて、という不純な動機なのだが、それを見て浮かんだ台詞を呟いた、というのが冒頭の会話である。
 良くも悪くもマイペースを貫く、そんな極楽トンボの一柱と一頭だった。
 マニアックな冗談にレッサーキマイラも悪乗り。
 台詞は映画喫茶『シネマパラダイス』で鑑賞した某アニメが出典らしい。
「ワイバーン、なおも南下中。応答ありません」
「冗談じゃねえ……上空待機だ! 国際線は大阪にまわせ、急げ!」
 その様子をおそらく元羅李朋学園生徒と思わしき冒険者もニヤニヤと笑っている。まあ、この世界ではごく一部の例外的な反応だろう。
「ええ加減にしいや、その辺で。おもろいけど♪ ほな、受付で手続きしたるわ」
「ワイもでっか、兄ぃ?」
 言動は不真面目だが、現場主義という基本スタンスを堅持する。
 ワイバーン退治クエストを引き受けたビリーは、飛空船『空荷の宝船』でガーズ村に出発しようとする。
 そこに同じ依頼を受けた仲間達が彼らに加わった。
「ようやく業務も落ち着きましたし、久しぶりに冒険者が出来そうですわ。……勢いで採用した新入社員の事は今は考えないようにしましょうか」
 チャイナドレス姿のクライン・アルメイス(PC0103)は手にした鞭にしごきをくれた。
 飛空船の船縁に腰を下ろした彼女に続いて、アンナ・ラクシミリア(PC0046)も乗り込んでくる。
「運搬手段を変更出来ればいいのでしょうが、現実的ではないでしょうね」
 アンナは船に乗り込む際にローラーブレードに付いた土を落とす。村の吊り橋での荷の運び方の事を言っているのだ。
 村の吊り橋に現れるワイバーンを倒さなければ、村は干上がってしまう。
 尖がり頭の座敷童子ビリーは地上につないでいたもやい綱をレッサーキマイラにほどかせた。
「皆、準備はええか。出航するで」 
 船はガーズ村に航進する。

★★★

「クエストが無事にすんで一安心デシタ」
 生きている雪だるまは手ごわかった。
 ようやく指名依頼を達成したジュディはその言葉だけを組んでいた仲間に告げ、冒険者ギルド二階の酒場で祝杯を上げる事もなく、脇眼も振らずモンスターバイクに飛び乗った。
 野生の勘か。
 虫の知らせか。
 胸騒ぎがする、
 何となく気が急いてしまい、とにかく我武者羅に帰路を突き進む。
 その姿はまるで主人の下に駆け向かう愛馬の如く。
 危篤を告げるメッセージ便が入れ違いに届き、それを知らせようと追いかける友マニフィカに気づかずに。

★★★

 シューペイン領に到着したジュディはドンデラ公がとっくに領主館から旅立ったのを知った。
「きっとガーズ村に向かったハズ!」
 ギルドにあったワイバーン退治のクエストを思い出したジュディは、その足で再びモンスターバイクを走らせる。
 土埃で汚れたゴーグル越しに空を見上げれば、どこまでも澄み切った青空。
 神は天に在り、なべて世は事もなし。

★★★

 マニフィカはようやくシューペイン領に到着した。
 すぐに追いつくつもりでいたがモンスターバイクの足は速く、ようやく捕捉した頃には彼女もシューペイン領に到着していた。
 骨折り損かと思えたが、ドンデラ公の姿も見えず、従者を率いてもうガーズ村の方角へ旅立ったらしい。
「ジュディも公と一緒に旅立ったのですね!?」
「いえ、お爺様を追って旅立ちましたが……。でも途中で合流するのではないでしょうか」
 領主館で老公の孫娘ミキトーカ・オンドに告げられたマニフィカは礼も早早にシューペイン領から踵を返した。
 勿論マニフィカもワイバーン退治というクエストを引き受けた以上、冒険者の本分は忘れない。
 なるほど、これで全ての糸が一本に紡がれた。
 ――マニフィカも追ってガーズ村へ向かった。

★★★

 崖の縁に沿って細く荒れた道が続き、ここは荷馬車がすれ違えばそれで道は塞がれてしまう。
 深い谷をまたぐのは一本の長い吊り橋。
 この橋を通らなければ谷が終わるまでを迂回して、荒野を二日も余計に旅しなければならない。
 まことに吊り橋はそれを渡った所にあるガーズの村の生命線といってよかった。
 結局、ジュディとマニフィカとドンデラ公はここで合流する事になった。
 ここで現地合流したドンデラ公と従者サンチョ、そしてジュディとマニフィカと、空荷の宝船の乗組員達は、再会の挨拶もそこそこに作戦会議を開いていた。
「リュリュミアは鳥さんが襲ってきたら『ブルーローズ』で防ぎますぅ」リュリュミア(PC0015)は最初の意見を述べた。「もしも吊り橋が危ないことになったらツタを這わせて吊り橋を強化しますぅ」
「……リュリュミア、いつパーティに加わったのですか」
「リュリュミアさんは昨日おいら達のパーティに加わってきたでげす」
 アンナの疑問に答えたのは、彼女と一緒にやってきたサンチョだった。
 つまりドンデラ公と一緒に旅をしてきたのだ。
「リュリュミアがのんびりひなたぼっこしてたら、おじいちゃんたちがぱかぱか走っていきましたぁ」
 ぽやぽや〜とした植物系淑女が自分の顎に指をあてる。ぱかぱかというのはサンチョがココナッツの殻で立てていた蹄の音だ。
「そういえばリュリュミアは緑の魔道士だった気がしましたのでぇ、これはお供したほうがいいと思ったんですぅ」
 なんかさりげなくも異次元の方向から回答を得ている気がするが、最初に述べられたリュリュミアの意見は皆が真面目に検討するに値(あたい)した。
「戦闘よりもまず村の補給線や」
 ビリーはまずワイバーンと戦う以前の事を俎上(そじょう)に載せた。
 障害を排除するまでガーズ村の関係者は吊り橋を利用出来ない。
「村の生命線を確保する為にはワイバーン退治っちゅう外科手術が必要や。けどボクはクエスト達成までの応急処置として、飛空船で谷を飛び越えるピストン輸送が必要やと思う」
「よっ、兄ぃ! サポートを気づかい出来るええ男っ!」
 すかさず囃し立てたレッサーキマイラに、ビリーの『伝説のハリセン』が炸裂する。
「いくら何でも吊り橋の上でワイバーンと戦うのは自殺行為ですわ」
 クラインは必要経費として馬一頭の犠牲を認めるよう依頼者と交渉する事を申し出た。
「馬に小型発信機をつけて巣穴まで案内させてから奇襲をかけるのがよさそうですが、馬一頭でも一財産ですしコストがかかりすぎるのが難点ですわね。ワイバーンにつがいなり子供がいるかを確認できるメリットもありますが」
「確かにこういう相手は網やロープを絡めて動きを止めるのがセオリーですが、問題は足場が不安定な吊り橋の上だという事です」
 アンナは地面に描かれた大雑把な地図を眺める。
 指が吊り橋を示した線をつーっと辿る。
「ロープを吊り橋に固定した場合、反動で振り落とされたり、最悪吊り橋が落ちる可能性も。……高速のヒット&アウェイは私の得意戦法ですが、受ける側に回ると嫌なものですね」
「作戦としては、まずワイバーンが腹を空かせるまで期間をとる。次に吊り橋手前で空荷の馬を待機させておびき寄せる」クラインがワイバーンを表す十字型を地面に描く。「ワイバーンが来たら馬を逃がしつつ、吊り橋から離れた開けた場所までおびき寄せて戦闘する、というところでしょうか」
 ここまで出た作戦案を冒険者達は大真面目に検討している。
「勿論、馬に犠牲が出ないよう戦うつもりですが、最悪、馬を取られてしまったとしても発信機をつけておいて巣穴まで追跡してきっちりと倒すつもりですわ」
 長い爪で十字型にチェックをつけるクライン。
 ふむふむと皆は唸る。
 どうやら作戦は「吊り橋で馬を囮に使い、ワイバーンに遭遇したらブルーローズで防戦しつつ、ロープを絡めて動きを封じる。獲物を離れた戦いやすい場所まで誘導して、そこできっちり仕留める」という考えにまとまってきた。
「馬一頭のビッチャム、犠牲は仕方ないデスカ」
「吊り橋の上では私のトライデントも不利ですからね」
 ジュディとマニフィカもそれらの意見に賛同した。
 見通しが立ってきた状況に冒険者達は明るい顔になってきた。
「その怪物が腹を空かせるまで待つなんて悠長な事は出来ないでげす」
 しかし浮かない顔をしている者が一人、クラインの意見に異議を唱えた。 
 ドンデラ公の従者サンチョだけが気が気でないという顔をしている。
 何故ならば――この合流した今日が占い師によってドンデラ公が死ぬと予告された当日なのだ。
 老騎士は今にも寝てしまいそうな顔をしているが、なけなしの気力を振り絞ってこの作戦会議に加わっている。
「爺ちゃん、どないしたんや。疲れてるんやったらちょっとマッサージしたろ」」
 老公の身を気づかってビリーは親切心から『指圧神術と鍼灸セット』を施術しに連れ出そうとする。
 力なく立ち上がる老人の姿を眼で追いながら、マニフィカはまだジュディにドンデラ公が危篤だと知らせていなかったのを思い出した。皆との再会に気をとられていたのだ。
「……ジュディ、あの……」
「何や!?」
 マニフィカが親友に話しかけようとした瞬間、老公の皴だらけの掌を見たビリーが驚きの声を挙げた。
 皆の視線がそれに集中する中、サンチョだけがビクッと身を震わす。
「生命線が……!」
 全てを喋らない内にマニフィカがまるでラグビーボールを抱える様にビリーをさらって走った。

★★★

 皆から離れた所でマニフィカは唇に指をそえ、ビリーに沈黙を守るように促した、
「爺ちゃん、手相に生命線があらへん! もう寿命があらへん!」
「しーっ! それは本人に伝えてはなりません!」
 真剣なマニフィカの表情に、ビリーは自分の口に左から右へとチャックを閉めた。
「リアリィ……ソレは本当なノ……!?」
 並んで地面に座った二人が振り返るとジュディが背後に立っていた。
 マニフィカの顔に焦燥が走る。
 ある意味、最悪のタイミングだ。
「逝去が解っているというのは不謹慎ながら興味深いテーマですわね。わたくしでしたらきちんと身辺整理をしますから教えてほしいところなのですけど」
 まるで追い打ちをかける様な冷静な声がかけられた。
 ジュディの更に背後に立っていたのはクラインだった。ビジネスの話をする如く、彼女はクールである。
「ベッドの上で寿命で死ぬ事こそが神聖宗教の体現者である騎士の義務と聞いたことがありますわ。公に死期を伝えて最期は家族と暮らすよう説得した方がいいのではないかしら、サンチョさんやご家族とよく相談した方がいいですわね」
「もう遅いでげす。旦那様の寿命は今日ここまででげす……」
 主人を置いてやってきたサンチョも話に加わった。
 彼は三日前、占い師に言われたドンデラ・オンド公の寿命の事をここにいる皆に話した。
「占い師というのが気になりますわね、人の死期なんて占いで解るものかしら」
 クラインの分析にも、サンチョの眼の確信は光を失わない。
 ジュディは珍しく落ち込みの顔でうつむいていた。
 彼女だけではない。
 知人の確実な死に立ち会わなければならない事態に皆、少なからぬ衝撃を受けている、
 しかしもう葬式を迎えたような雰囲気の中で、ジュディは顔を上げた。
 彼女の顔は笑みに輝いている。
「アノお爺ちゃんがゼアズ・ノー・ウェイ・ヒィズ・ゴーイング・トゥ・ダイ・トゥデイ、今日死ぬなんてありえないデショ」
 ジュディは不吉な予言を明るく笑いとばした。
「ソレに死を恐れずに弱者の為に最後まで戦いを挑み続けるのがシバルリィ、騎士道ネ」  
「……早くドンデラ公の元に戻りましょう」
 マニフィカは、アンナの膝枕で寝息を立てているドンデラ公の方へ帰ろうと皆に促した。
 レッサーキマイラが寝ている公の横、大きな団扇で扇いでいる。
 ジュディは歩き出す。自分は最期まで愛馬ロシュナンテとして公に寄り添い、最後の冒険を見届けるつもりだ。
「ん……。何だ。そちらの話はすんだのか」
 眼を醒ましたドンデラ公が、帰ってきたジュディ達を迎える。
「鳥さんをやっつけたら、今夜は温かいカブのシチューを食べましょうぅ」
 こちらの話を聞いていないだろうリュリュミアの声はほっこりとしていた。

★★★

 馬を一頭貸し出してもらう交渉は成功した。
 さすがに囮として犠牲にするという名目で貸し出しは願えなかった。正当な代償を払うとしても貧村では馬は大事な一員なのだ。
 発信器を仕込んだ空荷の馬を引き出しながら冒険者達は件の吊り橋を渡ろうとする。
 油断なく武器を構え、橋の中ほどまで来た時だ。
 風で揺れた。
 橋はまるで嵐の船の様に大きく揺れ動く。
 谷底から急上昇してきたのは、腹の白い、空色の飛竜だった。
 ワイバーン。
 正しくは竜ではないというが、その腕がコウモリの様な皮張りの翼となり、長い尾を曳いてまるで遠眼には十字架の如く見える鱗肌の巨獣。
 それは上昇時の気流によって吊り橋を大きく波打たせ、太陽を背にする様に上空で一時止まった。
「貧しき村を脅かす邪悪な竜の眷属よ!! 神聖宗教独立遊撃騎士団騎士団長『ドン・デ・ラ・シューペイン』! 邪悪なる『わいばーん』をこの剣の錆と変えてくれんとす!!」
 大声で名乗りを挙げたドンデラ公めがける様にワイバーンは急降下してきた。
 翼を含めたほぼ全幅七メートル、尾を含んだ全長一三メートルほどの高速で飛行する怪物。
 流線型の身体は硬い鱗でおおわれている。
 尾の長さは実に一〇メートルもあり、その先端には大きな鉤爪状の棘が生えている。
 その攻撃は高速のヒット&アウェイ。
 急降下は凄まじいスピード。
 高速で飛行突撃しながら、すれ違いざまに尾の棘で獲物を引っかけて捕らえる。そして空中で獲物に牙を立てて殺す、というのが聞いたところによる狩りのやり方だ。
 先だって吹きつけてくる気流。
 大きく吊り橋が揺れ、皆は掴まって振り落とされまいと必死にしがみつく。
 と、その揺れが収まった。
 リュリュミアが吊り橋に沢山のブルーローズを這わせて、綱を強化したのだ。
 ワイバーンの頭が吊り橋と交錯する。
 巨大な飛竜が皆が掴まる橋と交差して、谷底へ飛び込む。
 リュリュミアのブルーローズによる防護壁が皆を守る。
 アンナはタイミングを計って手からロープを投げ縄にして風に流していた。上手く行けばこれで飛竜を絡められるはず。
 クラインは『フォースブラスター』で翼を狙った。馬を狙ってくるなら軌道も読みやすいと思ったのだ。
 しかし誤算があった。
 ワイバーンは囮の馬ではなく、挑発したドンデラ公を狙って急降下してきたのだ。
「うわー!」
 谷底へ飛び込むワイバーンの尾の先にある鈎針に、ドンデラ公が着た厚紙鎧の肩当が引っかかった。
 老公はワイバーンにさらわれて吊り橋から引き剥がされた。 
「オールド・マスター!」 
 ジュディは叫ぶ。
 クラインは魔銃を撃つ。
 しかし高速で身をひるがえすワイバーンにかろうじて命中しない。
 一旦、谷に飛び込んだワイバーンが、老公を尾の先に引っかけたまま再び急上昇に移る。
 逆光に飛竜の身が躍る。
 高い秋の青空。
 尾の先でドンデラ公が操り人形の様に翻弄されている。
 そしてワイバーンに絡まったロープを全身で手繰り寄せ、アンナはその身にしがみついている。片手の『魔石のナイフ』が空色の鱗に突き立っている。
 谷を渡る吊り橋の上で巨獣との戦いは始まったばかりだ。
 そして今日死ぬ老騎士は一体どうなってしまうのか!?

★★★