『光の巨人』

第3回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 夕陽が扁平に歪んで、オレンジの色を放射しながら山の風景に沈もうとしている。
 今までのヴァルカン星人よりも遥かに大きく、身体のラインに沿って棘列の並んだ凶悪なデザインのいわゆるボスキャラ的な最後の敵が、低く太い笑い声と共に、赤い宇宙船の前方に立ちふさがる。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
『不本意ですが、特撮の殺陣は得意ですのよ』
 ウルティマン=クラインとなったクライン・アルメイス(PC0103)は、夕陽の斜光を浴びながら、地を揺らして大胆なポーズで跳躍した。
 くいこんだ下着を模した様な赤いパーソナルラインに、船上のビリー・クェンデス(PC0096)は「めっちゃ眼福やねん、ホンマに」と眼のやり場に困る(?)が、彼女はそこから更にウルティマン=レッサーキマイラの背中に蹴り乗って更に宙高く飛んだ。
 ウルティマン=クラインは再ジャンプして空高く飛んだその姿が急角度で飛び蹴りをかましてくる。
『意思疎通が出来ないほど異質な思考とはいえ、結局のところ戦闘では意表をついて隙を突く事が大事ですわ』
 つんのめって無様に倒れたレッサーキマイラの背中を踏み台にした空高くからの跳躍攻撃。
 それに向かってヴァルカン星人が土砂降りの如き白色破壊光線を発射。
 その白色破壊光線の雨が届く瞬間、ウルティマン=クラインの姿は透明化した。
 いや、透明化ではない。彼女は一旦、変身を解いて、人間であるクライン本体の姿に戻ったのだ。
「眼には眼を歯には歯を! セミ星人には空セミの術ですわ!」
 無数の光弾を小さくなる事でかわす。
 そこからウルティマンに再変身し、つま先に一万tの質量を集中させて、パワーダイブの蹴りを敵に見舞う。
 ……となるはずだったが、ここで誤算があった。
「え? 身体が薄い。この簡易光子結晶では一旦、変身を解いている間も効果時間は経過してますの」
 どうやら二回目の変身もあって、簡易光子結晶のエネルギー消耗が早くなってしまったらしい。
 巨大ヴァルカン星人に蹴りは命中したが、望むほどの効果は得られず。しかもこの時点で電磁バリアであるウルティマン=クラインの体色はかなり減退し、エネルギーコアは赤くなっていた。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 最後の敵が笑うかの様に突進してくる。
 戦略上、これ以上、宇宙船を傷つけるのを避けたかったクラインは、ウルティウム光線を巨大ヴァルカン星人に叩きこむ。
 組んだ腕から猛加速して飛ぶ銀の粒子が巨大ヴァルカン星人の胸で大爆発する。
 だが、その一撃では敵は沈まず、クラインのウルティマン体は完全に消え、下着姿の彼女は地上三〇mほどの高度から落下する事になってしまった。
 と、その落下はビリーの『空荷の宝船』が受け止める。
 ビリーは、そのまま、宝船を着地させる。
 当初はヴァルカン星人の改心を望んでいたビリーだったが、それは極めて非現実的な希望である事を理解していた。
 あまりにも異質な思考形態であり、彼等とはコミュニケーション自体が成り立たず、そもそも共存という発想が皆無な様子。
 過去のデータからも、他星を侵略しては生物資源を食い尽くし、また移動するというパターンが判明。
 ひたすら他者に犠牲を強いる文明形態らしい。
 まるで蝗害を彷彿とさせる。宇宙パトロール隊がマークするのも当然と言える。
 正直なところ、ヴァルカン星人と話し合えそうな余地が全く見当たらない。
 残念ながら、彼らを排除するしか方法はなさそうである。
「今度はボクのウルティマンが行きまっせー!」
 座敷童子のビリーが変身すると、もしかしたらハ〇マーンが誕生するのではというエスニックな期待もあったが、そうはならずにやや小柄で尖り頭の銀色のウルティマン・ビリーが出現するのだった。
 ウルティマン=ビリーとウルティマン=レッサーキマイラがここに並び立った。

★★★
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はヴァルカン星人とウルティマンは似ているな、となんとなく思う。
 巨大化し終わったアンナは疲れきった身体に『レッドクロス』を装着し、宇宙船の残骸の前で残りの星人がやってくるのを警戒する。
 アンナは疲れていた。
 だがやってくる敵がいるなら倒さねばならない。
 そんな同じ疲労困憊の境遇にいるはずなのが、ジュディ・バーガー(PC0032)だが、彼女は大チェーンソー『シャーリーン』を振り回し、宇宙船の外にいるヴァルカン星人を相手にする元気がある。
 何処か無双系のゲームに似てるなとアンナに思われながら、ジュディは巨大化していない人間大のヴァルカン星人が集まってくるのチェーンソー旋風で蹴散らしまくる。
 バズ音が響く度、筆記体を書くように周囲のヴァルカン星人に致命的な傷が連続して走る。
 ヴァルカン星人の武器は、白色破壊光線と赤色凍結光線だ。
 威力は脅威的かもしれないが、赤い彗星の某大佐は『当たらなければどうという事はない』と言い切った。
 というわけで『大道芸人』としての身軽さと『猿の鉢巻』の合わせ技を使い、まるで曲芸の如く光線を避けながら白兵戦に持ち込み、チェーンソーの『シャーリーン』を軽軽と振り回す。
 ジュディの長身は猿神の如く、白色と赤色のスポットライトをかわしまくる。
 自慢の怪力が唸り、撫で斬り無双状態。テキサス某にも負けぬ見事なチェーンソー捌きを披露する。
 対話や交渉による解決を試みたリュリュミアは心優しいと思う。
 しかし共存が難しく危険度も高い相手なら、後顧の憂いを断つべく徹底的に攻め滅ぼすべき。
 中途半端な慈悲は無用。二m超えの彼女は叫ぶ。
「ハイクを詠メ! ヴァルカン星人滅ぶベシ!」
 ジュディのシャーリーンが『GOOD BYE』の筆記体を刻む。
 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)はそんな血しぶきの中で愛読書である『故事ことわざ辞典』を紐解き、託宣を期待する。
 すると、そこには『眼から鱗』という記述。
 なるほど、確かに今までの自分の眼は曇っていた……と思いつつ再びページをめくる。
 次は『君子、豹変す』という言葉が眼に止まる。
 豹の模様が動作に応じてめまぐるしく変わる様に、賢い人は自分が誤っていると覚れば考えを変じるのにためらいはしない。
 どうやら自分の誤りを認め、きっぱりと言動を変える事を促されているらしい。最も深き海底に坐す母なる海神の導きであろう。
 是非に及ばず。
 マニフィカは簡易光子結晶を握りしめた。
 アンナは宇宙船の中に再突入し、ローラーブレードで通廊を走りながら中核を探す。エンジンやコントロールルームではない。
 ミクロ化して冬眠している宇宙人二〇〇億人が眠っている場所だ。
 無力な宇宙人を殺すのはしのびないが、相手を滅ぼさなければこちらが滅ぼされるでは他に打つ手なし。心はシロアリ駆除と同じだと割り切っている。
 アンナは内部にほとんど敵がいなくなった宇宙船内を探すが、目的地らしいものが見当たらずに時折、モップが襲いかかる宇宙人を叩き潰すのみだ。
 宇宙船の外ではマニフィカの姿がウルティマンとして巨大化していく。
 銀色の身体には鱗肌の様な赤い模様。
 そんなマニフィカから少し離れた所で、同じ様に簡易光子結晶を光らせて、巨大化していく二人がいる。
 リュリュミア(PC0015)と、彼女から結晶を渡され、使い方を簡単に教わった姫柳未来(PC0023)だ。
 三人は銀色の身体になると、宇宙船の傍にしっかり立った。
 リュリュミアは赤いツタが身体に巻きつくようなパーソナルカラー、未来はミニスカ制服をアレンジした様な赤いパーソナルカラーだ。
『ヴァルカン星人は絶対に許せない! 駆逐してやる!! この世から一匹残らず!!』
 宇宙船内での惨劇を見て、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態になった未来は叫びながら、ビリーやレッサーキマイラが相手にしている巨大ヴァルカン星人に組みつき、質量を集中させて、宇宙船に叩きつけようとする。
 アンナはその衝撃が来る前に、宇宙船のあちこちに開いているひび割れの一つから外にとび出た。
 巨大ヴァルカン星人が叩きつけられた宇宙船は大きく揺れて、土煙がまるでドラゴンの吐息の様に吹き荒れる。
 地上のアンナに気がついたビリーは彼女を逃がす様に、立ち上がる巨大ヴァルカン星人を牽制する。
 そこで早早と陽動と必殺攻撃を兼ねて、ウルティマン=レッサーキマイラがウルティウム光線を寝そべりながら発射した。
 何故、寝そべりながら?という皆の疑問は、変身が解けた時に地上へ落ちる距離を低くしようと考えついてだと次の瞬間に納得した。レッサーキマイラが無様に頭から地上へ落ちたからだ。
 そのレッサーキマイラに続いて、ウルティマン=未来もほぼ同時にウルティウム光線を宇宙船ごとに浴びせかける。
 巨大な敵は宇宙船と一緒にウルティウム光線を浴びた。赤い爆炎があがる。
「この星の人達に酷い事をした報いだよ。えっと……こういうのを『インガオホー』っていうんだよね」
 特撮ヒーロー番組『ウルティマン』に出てくる宇宙忍者そっくりの敵に『ニンジャ〇レイヤー』語をかます未来。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 だが、巨大ヴァルカン星人はまだ起き上がり、白色破壊光線で浴びせてくる。
 変身の解けた未来は自前の超能力でテレポートして地上に降りる。
(そや! テレポートや!)その時、ウルティマン=ビリーの頭にビックリマークが点滅する。(道具は使えなくても見につけた超能力はウルティマンになっても使えるんやないんか。よし、ここは試しや!)
 思いついたビリーは巨大ヴァルカン星人を挑発して、自分に白色破壊光線を撃たせる。
(今や!)
 ビリーはウルティマンの身体で神足通を発動。
 すると白色光線をかわした銀色の尖り頭は、ヴァルカン星人の背後に瞬間移動する。
(やた! 計略成功や!)
 裏技を発見した様な高揚感を感じたビリーだが、次の瞬間、エネルギーコアが赤く点滅を始めている事に気づいた。
『ええ! なんでや! 超能力を一回、発動したくらいでエネルギー切れになってしまうんか!?』
 確か本家特撮『ウルティマン』ではウルティマンが惑星Rから地球にテレポートすると寿命が著しく縮んでしまうという設定があったから、それと同じでエネルギー消耗は超能力は激しいのかもしれない。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
『はるばる星の海を越えてやってきたあなた達と仲良くできないかなぁって考えてましたぁ』
 その時、ウルティマン=リュリュミアは大いに傷ついたヴァルカン星人の眼前に立ち、テレパシーで話しかける。
 だが、思考が異質すぎて彼女の念話は相手に伝わっていないはず。それでもリュリュミアは続ける。
『リュリュミアも野菜や果物食べるの好きだし、ごはんを食べない人はいないですよねぇ。でもリュリュミアも体液を吸われてしわしわになるのは嫌だし、ちゃんと話が通じる人達といる方が楽しいですぅ。だから残念だけどあなた達とはここでさよならですぅ』
 そう言うとウルティマン=リュリュミアは、自らの質量コントロール一万tを集中させて、体当たりをくらわせた。
 宇宙船の上に倒れ込む形になる巨大ヴァルカン星人とウルティマン=リュリュミア。
 至近距離からリュリュミアに白色破壊光線を撃ちこもうとする巨大ヴァルカン星人の手を、ウルティマン=ビリーはウルティウム光線をその手に集中する事でもぎ取る事に成功する。
 そこからウルティマン=リュリュミアは信じられない行動に出る。
 彼女は半壊した宇宙船の下に潜り込むと載っている巨大ヴァルカン星人ごと、それを宇宙へ投げ飛ばそうとしたのだ。
 胸のエネルギーコアが赤く点滅する中、陸上競技の円盤投げに似た動作で質量一万tを身体の中で巧みに移動させ、大きく身体を回して最高の勢いをつけてオレンジの空へ投げ飛ばした。
 それは無理やりめいて空を飛んだ。
 だが、重力圏脱出には決定的にエネルギーが足りなかった。
 山を越える勢いはあったが、オレンジの空で速度を失墜させ、遠くの地に墜落して、巨大ヴァルカン星人を下に地上に激突し、爆発を起こした。
 どちらかといえば巨大ヴァルカン星人の爆発に巻き込まれる感じのそれは、モータ地方の空気と地上が凄まじく震えるほどの大爆発だった。
 爆風の中、エネルギーが尽きて、リュリュミアはエネルギーコアのあった場所から墜落し、途中で地上の木に『ブルーローズ』の蔓を絡ませて、軟着陸した。
 リュリュミアのすぐ傍に、変身の解けたビリーは『神足通』で現れる。今度はエネルギー消耗はない。
 爆風と衝撃波が過ぎ去った。
 今はもう巨大なる人影は誰もいない。
 冒険者達は無事に侵略宇宙人を撃退したのだ。
「宇宙パトロール隊は惑星の原住民に接触しないようにとの事ですが、あの移民船はヴァルカン星人の所有ですし宇宙パトロール隊の意向を確認する必要はありませんわよね、そもそもろくに報酬もいただいておりませんし」
 クラインは出来れば、国王に報告書を提出し国から報酬をもらたかったが、ここはキリの顔を立てて秘密順守に協力の為、譲歩する。
「宇宙パトロール隊がボランティアとして宇宙の平和を守るのは勝手ですが、他人にボランティアを強要するのはエレガントではありませんわね。……ああ。ヴァルカン星人の宇宙船からオーバーテクノロジーを出来るだけ回収するつもりでいましたけど、あそこまで破壊されてしまうと……」下着姿のクラインは爆発の風景を眺めながら残念そうに爪を噛む。「……でも、めげませんわ。明日にも人を集めて、残骸から黄金を見つけだしてみせますわ」
 女社長がめげずに決意の炎を新たに燃やした時、夕陽が完全に沈んで寒い夜がやってきた。

★★★
 ようやく一連の事件が解決した為、マニフィカは染めていた赤毛を元の銀髪に戻し、コンタクトレンズも外す。
「あれ、どうしたんですか。イメチェンじゃなかったんですか」
「いや、変装のつもりだったのですけど……」
 アンナに訊かれたマニフィカは、当初は変装のつもりだったが皆にスルーされてしまい、外すタイミングを見失ったと答えた。
 行方不明事件の多発と聞いて、もしかしたら突然帰ってきた知り合いが自分の変貌に気づかなかったら犯人にすり替えられている、などと見極めをつけようとしたのだが、知り合いにそろってスルーされてしまったので、間違いさがし作戦は意味なしと覚ったのだ。
「……銀髪や赤い瞳は、初対面の人にダークエルフやヴァンパイアに勘違いされた事もありましたしね」
 そういう事を思い出しながら桃をかじる。
「桃ねぇ……」闇鍋の時を思い出して未来の微笑は複雑なものになっている。
 あのヴァルカン星人事件から三日経ったモータの町。
 皆は『冒険者ギルド』二階の酒場の個室の大きな卓の一つに陣取り、リュリュミア嬢の用意してくれた山ほどの桃を食べていた。
 酒場の調理師は生の冷たい桃の丸剥きから、ピーチジュース、ピーチゼリー、ピーチパイ、桃とホイップクリームのフルーツサンドなど桃尽くしを振る舞ってくれた。
「ピーチフィズをジョッキで飲む人、初めて見たわ……マジ卍」
 大ジョッキの中身を一息で飲み干すジュディに、ピーチソーダを飲みながら未来が呆れ加減な声を出す。
「宇宙船は残念でしたぁ。友達にはなれなかったけど、宇宙の果てまで飛んでけばぁ、生きていける星が何処かにあると思ったんですけどねぇ」
 リュリュミアはフルーツサンドを両手で持って食べる。
「考え方が私達と違う、という意味ならば、ヴァルカン星人もウルティマンも一方的すぎて、私達とは異質なのですけれどね」とアンナ。
 ウルティマンもヴァルカン星人も一方的な価値観に捕らわれているという所は同じ。
 だが、それが一般的に正義か悪かという事で運命が分かれてしまった。
「ま、ウルティマンは『共生者』という手綱を取ってくれる者がいるところも大きいんやないかな」
 口一杯に冷たくみずみずしい桃を頬張ったのを無理やり胃に飲み下すビリー。
 その横でビリーと同じ様に、ビリーの倍以上の量の桃を無理やり飲み下そうとして、山羊と獅子の喉にそろってつかえて眼を白黒させているレッサーキマイラがいる。
 そのキマイラの背をどつき、桃が胃に落ちる手助けをしてやるドンデラ・オンド公とサンチョ・パンサ。彼らもピーチパイの皿を手に持っていた。
「しかし……宇宙船をああ完膚なきまでに粉粉にされてしまうとは」
 クラインはくし形の桃の切り身にフォークを刺しながら、美しい顔に苦い影を落としている。
 彼女は自社の総力を挙げて、ヴァルカン星人のオーバーテクノロジーを回収しようとしていたのだが、あの爆発跡から得られる物はそんなに多くなさそうだ。
「しかし、ある意味、ヴァルカン星人を見ていて、進むべき方向性は見えてきましたわ」
 クラインの眼が鋭く光る。
「いつかはこの『オトギイズム王国』も人口が増えすぎて民が飢える様になる日が来るかもしれませんわ。そうなる前に化学肥料を発明するのです。増えすぎた民がイナゴの様に他領を侵略しなくてもよいように農産業を安全で安定した食料供給にする、その主導権を我が社が握れれば……」
「そういうのはラリホーズ・スチューデンツ、羅李朋学園生徒が詳しソーデスネ」
 頬を桃色に染めたジュディがジョッキをおかわりしながら、クラインの展望に意見をさしはさむ。
 クラインにとってみれば、オトギイズム王国は開拓のし甲斐があるフロンティアとも人外の闊歩する野蛮な地とも見える。
 それをどう切り回すかはこれからの彼女の腕次第だ。
「羅李朋学園と今度、コンタクト出来れば……他にも……たとえばフロギストンにも何かの突破口とか……活版印刷とか……」
 そんな言葉を口にした時、眼前をビリーがよぎった。
「なあなあ、例のヤツのこっちゃけど」
 ビリーはピーチフィズの空ジョッキ記録を作っているかの様なジュディのテーブルに座った。
「あいつらにも、例のヤツをあげる事にしてくれへん?」
 ビリーの眼線は、桃でジャグリングしようとしてことごとく失敗しているレッサーキマイラに向けられる。
「あんな奴でも宇宙人退治にはそれなりに活躍しようとしてくれたこっちゃし、三頭ひとまとめで一頭分でもあげたってええんちゃう」
 相談されたジュディは、隣で普通に桃を食べているキリ・オーチュネとその胸にブレスレットとして納まっている青い結晶体に眼くばせする。
「別に……」青いフィルムスーツ姿のキリの言葉を、青い結晶体ウルティマンがレッサーキマイラの為に通訳する。「断る理由はないでしょう。というか最初からそのつもりでした」その口に桃を運ぶ。その感情が顔に出にくい彼女だったが、桃は美味しいらしく何度もフォークを口に運ぶ。
 その語らいに遠慮気味に桃を食べていたマニフィカは皿を片手にやってきた。
「大丈夫です。そのつもりで作っていますわよ」
 そのマニフィカの言葉に、ビリーの顔は底抜けに明るくなった。
 彼らが何について話し合っているのか。
 それが解るのは更に五日後の話になる。
 キリとウルティマンがオトギイズム王国を去る日の事だ。

★★★
 それはまた夕陽の落ちる時間だった。
 木木がなく、剥き出しになった山肌でオレンジの色に溶ける黒い輪郭の一一人。周囲に人の眼はない。
 キリ・オーチュネとウルティマン。
 ジュディ・バーガー。
 マニフィカ・ストラサローネ。
 リュリュミア。
 アンナ・ラクシミリア。
 クライン・アルメイス。
 ビリー・クェンデス。
 姫柳未来。
 ドンデラ・オンド。
 サンチョ・パンサ。
 レッサーキマイラ。
「お別れだね」
 キリは共に戦った仲間達とそれぞれ握手する。
「これより、今回の事件に関するそれぞれの功績を讃え、皆に『宇宙パトロール隊名誉勲章』を授与します」
 マニフィカの言葉で、ここにいる全員は『錬金術構築知識』を持つ彼女によって鋳造された純銀のメダルを受け取る事になった、
 メダルを与える役目はキリだった。
 キリは一人一人の首にその長いリボンでメダルをかけていく。
「この度はヴァルカン星人の手からこの星を救っていただきありがとうございました」メダルをかけられた時、アンナはキリに感謝の意を伝えた。「これからもそれぞれの星に住む人達によりそった対応をしていただくようお願いします。……もし疲れたらいつでも会いに来てくださいね、歓迎しますから。だけど厄介事は出来たら勘弁してくださいね」彼女は屈託のない笑顔を送る。
「こんな立派なもん、もらっていいんでげすか」
 誇らしげにサプライズのメダルを受け取ったドンデラ公と対称的に、自分の首にかけられたメダルの重さに戸惑うサンチョ。
「いいのよ。それだけの事、やったんだから」サンチョにウィンクを送る未来。「あー、こういう瞬間、とってもすこ」
 どっちの首にメダルがかけられるか、下らない言い争いが始まったレッサーキマイラの山羊頭と獅子頭の横で、クラインは所持していたポーチから単四電池くらいの金属筒を取り出す。「戦果はこれぐらいでしたけど、まあ、いいでしょう。これは研究材料として非常に有益です」
「何ですかぁ、それぇ」
 リュリュミアの質問にクラインは不敵に笑う。
「これ一つだけで、大型発電機に負けない電力を一年間、安定した供給が出来るのですよ」
 商売の糸口を確かに見つけた猛禽の眼だった。
 人質の救出役に努めたマニフィカは自分が製作したメダルを受勲しながら、自分の考えが甘すぎたと痛感する。
 仮にヴァルカン星人との話し合う事が可能であれば、変身せずにすんだかもしれない。
 そうなる事を心底から願っていたが、残念ながら現実は厳しい。あまりにも異質な思考形態を有するヴァルカン星人とは、単純なコミュニケーションすら成立しなかった。まさに致命的な齟齬である。
 既に半壊しているとはいえ、圧縮された億単位のヴァルカン星人を移民船ごと処分する行為は気が進まなかった仲間とマニフィカも同様の意志だった。
 しかし他に解決法ない以上は、誰かが役目を果たす必要があった。ノブレス・オブリージュは呪縛に等しい。
 マニフィカは宿命を甘受していた。大量虐殺の罪深さを自覚しながら。
 やがて、握手と共にのメダル授与儀式は終わり、キリは空を見上げた。
「行っちゃうのね……」
「ええ」
 未来の言葉に、キリとウルティマンが答えた。
 青い光子結晶が大きくなり、その中にキリの姿が吸い込まれた。
「グッドラック! ヒーロー&ヒロイン! この星の平和はしばらく、ジュディ達がキープします。心置きなく宇宙で活躍してネ!」
「ああ。こういう時は何と言うんだっけ。そうだ、サヨナラだ」
 ウルティマンの言葉を最後に弾かれた様に青い結晶体が、宇宙へ疾るさかしまの流れ星になった。
「イピカイエー!」
 テンガロンハットを手で振って叫ぶジュディ達の頭上で、青い流星は太陽の光に向かって、鋭く速く、消えていった。

★★★