『光の巨人』

第2回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 太陽が二つ沈んだ後に、明るい月が三つ昇ってきた。
 南の山には、紫色の空に大きな星雲が横たわっている。
 キリ・オーチュネは木を組んで作られた高いやぐらの上にいた。
 やぐらから少し離れて周囲には、何層もの部族の人間の厚い輪が取り囲んでいる。
 幾人かが撮影機をまわしている。
 少女キリはフィルム状のボディスーツのみを着て、やぐらの上で外を見上げていた。
 全ての人間は黙って待っていた。
 ふと、青い星が流れた。
 その青い流星は地上近くで燃え尽きる前に、その輝度で再びスピードと角度を調節して、風切り音と共にやぐらをめざして飛んできた。
 部族の大勢が驚きの顔をする中、やぐらの上のキリは冷静だった。
 やがて、皆の頭上で静止した青い光球は、キリをその光で照らして、静かな唸りを挙げる。
「あなたが私のパートナーになるのか」
「そうよ」
 青い光球がキリに向かって話しかけ、赤い髪の少女は答えた。
「ウルティマン! この年でもキリはあなた様のバディとして申し分ないはずです!」地上で族長が声を張り上げた。「キリは武術『エル・トガ(刺す足)』の達人でもあります!」
「あなたのパートナーに私は選ばれました。この宇宙に平定を。そして、この星に危機が訪れた時、この星の為に戦う誓いを……!」
「いいだろう」
 ウルティマンの母星語の声が響くと共に、青い光子結晶体は自身を明滅させた。
 青い光子結晶生命体からやぐらの上へ、一条の光が差し、それはキリの身体を牽引した。
 キリと青い光子結晶体は合体して一つになった。
 そして弾かれた様に夜空へと跳んでいく。
 部族は今年も無事に儀式が住んだ事に全員が安堵した
 そして宇宙へ飛び去った二人に祝福を送る。
 いつからだろう。この儀式が始まったのは。
 この部族とウルティマンと自称する青い光子結晶体との交流は古くからあった。
 部族は言ってみれば傭兵の形で部族の強い者を貸し出し、ウルティマンは宇宙パトロール隊としての任務の上でパートナーの補佐を得ていた。ウルティマンは単体でも強力だが、パートナーのスキルや知恵を得る事でより強力になれた。また正義の味方の心が暴走しがちなウルティマンの適度なくびきとなった。
 光の国のウルティマンが宇宙パトロール隊を結成したのは、文化が色色と成熟した上での社会的な正義感だった。
 自らをその位置に置く事で、自分達が生存する意味性を見出していたのかもしれない。
 多種族との共生を選ぶ事で暴走しがちな己の正義を客観的に戒める事と、多様性を獲得したのだともいえる。
 そして、いざという時はウルティマン達がこの星を守る為に戦うという誓い。
 こうしてウルティマンとキリは『ウルティマン=キリ』として共生する者同士になったのだ。

★★★
「というわけです」
 説明し終えたキリを疑わず、バウムで世界を超える者達、クライン・アルメイス(PC0103)、ジュディ・バーガー(PC0032)、アンナ・ラクシミリア(PC0046)、ビリー・クェンデス(PC0096)は二人のなれそめに納得した。納得しながら自分が注文した木のマグカップの中身を飲む。
 彼女の母国語が解らないドンデラ・オンド公、従者サンチョ・パンサ、魔獣レッサーキマイラはキョトンとし、後で皆に今の説明の通訳を頼まなければならなかったが。
 『モータ』の『冒険者ギルド』二階酒場の個室。
 天井にあるシャンデリアに照らされた大個室は、もたらされた異星の雰囲気で頭の中に新鮮な風が吹いていた。
「オーマイガッ!! アンビリバボー!!」ジュディは『仮面バッター』と並んで子供の頃からリスペクトしている相手の出現に感激し、思わず小さなキリにハグしてしまうのだった。「後でサインももらえマスカ!」
「ウルティマサインか」
 彼女の声にキリの懐のウルティマンが戸惑った。彼にとってサインと言えば、宇宙に描き出す、隊員同士で連絡を取る為の光の連絡文字がまず頭に浮かぶのだ。
 今更かもしれないが、ジュディは子供の頃からスーパーヒーローに憧れてきた。
 ジュディにとって故郷は、戦火が絶える事のないパラレルワールド。
 愚行と悲劇を繰り返しながら、それでも人々は逞しく日常を過ごしている。
 生活の潤いとして娯楽は欠かせないもの。
 お手軽に視聴できる児童向けコンテンツは人気が高く、ジュディの世代では外国製の特撮番組が一世を風靡した。
 単純明快な正義の味方は、とても子供心に眩しい存在だった。
 仮面バッター然り、ウルティマン然り。
 いつか自分も、いつか必ず……その誓いは、多元世界を渡り歩くようになった今でも変わらない。
 正義のヒーローをハグ出来るこの瞬間とはなんと素晴らしいのだろう。
「ヴァルカン星人について、二人に訊ねたい事があるのですけれど」
 クラインは作戦開始前にヴァルカン星人の処遇について考えておく必要があり、もみくちゃにされているキリとウルティマンに質問した。
 女社長はヴァルカン星人との処遇についてはシンプルだった。
 意思の疎通が出来るならば「交渉」。
 言葉が通じなければ「全滅もやむなし」。
「侵略者に甘さを見せれば、皆殺しになるのはこちらですわ。でもヴァルカン星人の性格や人間性というのかしら、そういった傾向などは解りますかしら」
 クラインはウルティマンとキリと話し合い、その人となりを把握しておきたかった。
 人質救出を考えていないウルティマンを移民船に近づけない事も考慮している。人質ごと移民船を破壊されたら困るからだ。
 報酬の虚偽などウルティマンは信用出来ない所があるが、キリは良識があると思われるので、ウルティマンを連携して牽制するためにも彼女の関係を深めたい。
「ヴァルカン星人は……個別の意思が少ない宇宙人だわ。全体主義的に振る舞い、私達から見ればいわゆる『人間性』というものは希薄に見えるわね。勿論、それイコール悪、というわけではないのですが他者よりも自分達の生存を第一と考える種族ね」
「宇宙における癌やウイルスの様な種族だな。自分達を増やす為なら他者の存在には寛容ではなく、一言で言えば見たらすぐ滅ぼした方がいい生物だ」
 キリとウルティマンはそれぞれそう説明した。
「どんな世界の生物も話し合えるわたくし達とも会話が出来なかったのですよ、ヴァルカン星人は」アンナはキリに説明した。
「それだけ、あたし達とは思考が異質だといえそうね」とキリが説明に答えた。
「未来や捕まってる人は返してもらわないと駄目だけどぉ、帰る場所がないのはかわいそうですねぇ」
 リュリュミア(PC0015)はぽやぽや〜と意見を寄せる。
「侵略は困るけど、一緒に住む事は出来ないんですかぁ。手がハサミなんてカニ男と変わらないですよぉ」あくまで共存にこだわる光合成淑女だった。「億ってよくわからないけど、二〇〇よりちょっと多いくらいかなぁ。アリさんくらいの大きさだったら全然ありだと思うんですけどぉ」
 ブラウンの髪をいじりながらアンナは唸った。「……ヴァルカン星人の境遇には同情するけれど、たとえ侵略でなく共存だとしても無理でしょう。あの『羅李朋学園』の時は五万人で、それでも色色と問題がありました。今回は桁が違います。二〇〇億といえば王国どころか星全体の人口を遥かに越えるでしょう」そして、一旦、言葉を切り、遠くを見つめる。「受け入れれば、主権は完全に乗っ取られてしまいます」
 アンナはウルティマンの好戦的な言動にも違和感を覚えている。
 根本的に対等の立場にあるモノとして私たちを見ていない気がする。ヴァルカン星人の事も保護すべき固有生態系を犯す外来生物としか見ていない。
 アンナはふと、ヴァルカン星人とウルティマンは案外似ているのでは、と思いついた。
 なればこそ共生しているキリの様な歯止めが必要なのだろう。彼女がウルティマンに対して主導権を握っている様に見えるのは実に興味深い。
「ヴァルカン星人は本来の大きさで生きていく事が普通だでしょう」とキリがリュリュミアへとアンナへの返答。
「ヴァルカン星人は危険な侵略者らしいけど、具体的にはどんな被害の発生が予想されるん」
 最後にビリーが口を挟んだ。善意による宇宙パトロール隊という行動理念に共感しているが、宇宙人のメンタルについては無知である。
「ヴァルカン星人が危険や言うのは前例があるからと思うんやけど、何かまずい事が起こった記録あるん」
「うむ。知性体の人口が三〇億人ほどの星がヴァルカン星人に侵略された記録がある。文明レベルはちょうど、この星程度だ」」
 喋り出したのは青い光子結晶性体であるウルティマンだ。
「いきなりの戦闘行為で一ヶ月以内に知生体はほぼ全滅した。ヴァルカン星人の食事はその尖った口から体液や肉汁や植物の樹液を吸収し消化、代謝する事だ。動植物は全て二〇〇億人のヴァルカン星人の栄養となり、短期間で従来の生態系が崩壊した。一〇年後、ヴァルカン星人が新たな居住星を求めて旅立った時には、生態系は菌類と極小生物だけが棲む死の星になっていた。だからこそヴァルカン星人は全滅させなければならないんだ」
「それについてはあたしも同意見よ」とキリ。
「うーん」あまりにも劇的な記録の報告にビリーは思わず唸っていた。念の為『鱗型のアミュレット』で虚実の確認も忘れないが、ウルティマンもキリもは嘘を語っていなかった。。
 ビリーは神様見習いとして『救済』という聖なる使命を志す以上、出来るのならヴァルカン星人も改心させたかった。
 しかし、どうやら相手の生態を知ると救済はひどく難しいのでは、というのが率直な感想だ。
「話が解らないが、どうやら騎士の剣が振るわれる時が来ているようじゃな!」
 状況を完全に理解出来ていないのにいきりたつドンデラ公を従者サンチョがどうどう、と諫める。
 ビリーはそれからも宇宙人と意見を交わしたが、侵略関係については「直ちに相手に先制攻撃をかけるべし!」というウルティマンの答はひるがえらなかった。
「幸い、敵の隠れている位置は解っています」
 クラインはガラケー型の電波受信器の発信機位置の表示されている画面を皆に見せた。これは捕らえられた姫柳未来(PC0023)の位置を表示している。
「未来さんや人質ごと吹っ飛ばすわけにはいかんから、救出作戦が要りまんなぁ」
 レッサーキマイラが頑丈な前脚を組んで三つの首をひねる。
「じゃあ、プランαは救出作戦ですわね。陽動で戦闘用サイボーグをおびき出しましょう」
 アンナは卓上に転がされた『簡易光子結晶』の一つを受け取る。
「小さいのも大きいのも外へおびき出した方がよいですわね」
 クラインも簡易光子結晶を握り、自分の荷物に加えた。
「勿論、ジュディもネ」
 ジュディも大きな掌の中に三つの簡易光子結晶を受け取った。
 その内の二つをドンデラ公とサンチョに配る。通訳が必要な為、その光子結晶の大切さをいまいち理解していない二人だったが、これを使う事は勇者の誉れと教えられ、そうか!と鼻息を荒くする。作戦の詳細は後で教えればいいだろう。
「あんさんらは図体が大きいんで『空荷の宝船』で留守番や」
「ええ〜。そんな兄さん、殺生なぁ」
「せっかく、こんな面白うな鉄火場につき合える機会でござんすに」
「…………」
 三つ頭の魔獣レッサーキマイラにビリーは戦力外通知を渡した……と思いきや、その肉球の内に簡易光子結晶を一つ、握らせる。
「ええか。万が一の場合は、簡易光子結晶で巨大化してウルティマンとなって陽動役として敵の注意を引きつけるんやで。頼むで」
「……え。……任しといてください、兄さん! いざという時にはわてらのギャグ地獄でヴァルカンの奴をどっかんどっかん爆死させてやりまひょ!」
 ちょっと方向性が怪しいレッサーキマイラだが、プランαが決まり、皆はウルティマン=キリを含めて、ヴァルカン星人の宇宙船へ攻撃を仕掛けに行く事になった。
 勿論、人質の救出役を駆って出た者達はこの簡易光子結晶を受け取った。
「それにしてもヴァルカン星人とはお話し出来ないんですかねぇ。お話し出来たらもうちょっと仲良く出来ると思うんですよぉ」
 リュリュミアはあくまで平和的解決にこだわっていた。

★★★
 立体映像で山の風景の中に溶け込んだヴァルカン星人の赤い移民船。
 その中にある『凍った人間置き場』の倉庫。
 ESP女子高生である未来はチャンスを見つけて捕まっている人達を助ける為、そして赤色凍結光線の解除方法を見つける為、あえて移民船から脱出しない事を選択した。
 身体は拳を痛がったポーズのままで固定していたが、超能力を用いて色色と行う事が出来た。
 船内通路を行くヴァルカン星人の眼を盗みながらショートテレポートで移民船内を探索したり、陰から超能力のリーディング(読心術)でヴァルカン語を理解したり……外部からの救出を信じて待ちながら、自分も内部からの村人救出を目指していた。しかし、超能力の一つ『リーディング』は厄介な事が解った。相手の心を読もうとすると、一方的にセミ時雨の様な雑音が心に流れ込み、その中でかすかに『食欲』『社会』『侵略』『実験』『戦闘』といった細切れの感情を拾えるだけだった。あまりにも思考形態が異質で、意思疎通は絶望的だ。
 凍ったポーズのまま、五本指やハサミ状の手を持つヴァルカン星人が通路を歩くの物陰に隠れながらやり過ごして、未来はある一つのドアに辿りついた。
 入り口前のボタンをサイコキネシスでプッシュすると、ヴァルカン星人の肉質に似せられたドアが上へとスライドした。ドアは隔壁だった。何もない小さな部屋へと入る、すると壁から蒸気の様な霧が吹き出でて、未来を消毒した。今度は反対の壁にあるボタンを押すと入ってきたドアが閉まった後、奥へ続くドアを開けた。。
 中はどうやら中央に大きなベッドが置かれた実験室らしき部屋だった。
 壁際には人間が入った透明シリンダーが並べられていたが、中の人間の肌色はぞっとするほど白かった。凍ったポーズではない。自然体だった。
 反対の壁際にもシリンダーが並べられていたが、中身は真っ赤な血液で満たされていた。
 何これ!? マジやばたにえん!?
 未来はすぐ、シリンダーの中身の血液が対になるシリンダーの中の人間から抜かれている事が想像出来た。
 これだけの血が抜かれれば人間は死んでいるだろう。
 未来はショックを受けた。
 実験体の死に動揺しながら未来はこの部屋の中を見回した。
 シリンダーの中の死んだ人間は、驚いたり逃げようとしたりした所を凍結させられたポーズではない。四肢をそろえていた。
 きっとこの部屋に凍結を解除する解凍装置があるはずだ。
 未来は見当をつけながらこの部屋の壁に並んだスイッチのオン・オフを慎重に念力で繰り返して探ると、壁の一角がスライドして小部屋が開かれた。
 人間一人が余裕で入るサイズ。
 これが解凍装置だと眼をつけ、手の痛みに耐えている固定ポーズのまま、その中に入ろうとする。
 だが、この部屋の外へと通じるドアが開き、両手がハサミのヴァルカン星人一人が入ってきたのは同時だった。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 何さ! いやらしい笑い声して! マジ卍!
 ハサミを使って押し倒されたところだが、固定ポーズでは何の抵抗も出来ない。
 いざ貞操の危機!
 しかし、次の瞬間、露わにはだけた白い太腿の間から銀光が縦に一閃。
 哀れ。ヴァルカン星人が下から上へとさかしまに流れた銀刃に股間から頭上までを一断され、中身の肉汁をこぼしながら左右に割れて倒れた。むき身のエビの匂いがした。
 ミニスカに隠していた『サイコセーバー』を固まった身体全体で操った未来は、それを固まった姿勢の腋の下に挟むと光刃を柄の内に収納した。
 解凍室に入った未来は、念力で壁のスイッチをオンにすると、ドアが閉じて全体がヴ〜ンと唸り始めた。
 まさか電子レンジだったりしないよね……。
 未来が不安に思った時、白い光が天井から降りてきた。
 光は超能力JKが関節の強張りをほどき、身体が自由に動く様になった。
 未来の見立ては成功だったのだ。この解凍室で凍ったままの人達を戻せる。
 身体がかすかに痺れているが、まだ倉庫で固まっている人間達をこの部屋まで小テレポートで運び、彼女は次次と解凍した。
「これで後は外からの仲間達の襲撃を待つだけね」
 ちゃんと声が出せる様になった未来は、凝固から回復した人間達にもうすぐ仲間が助けに来るはずだから襲撃に紛れてここから脱出しましょう、と皆を説得した。
 一人ずつテレポートで脱出させてもいいが、数が多すぎる。
 仲間が助けに来る。
 それは何の疑いもなく信じられる未来だった。

★★★
 オレンジの稜線に夕日が沈みかけた頃。
 クラインが仕掛けた発信器はその場所から動いていなかった。
 草むらに伏せたマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、立体映像ステルスとかいう技術で山の風景に隠れているというヴァルカン星人の移民船がいる(らしい)場所を遠くからじっと睨みつけている。
 傍の木陰には皆が乗ってきた『空荷の宝船』を木木の枝でカモフラージュする形で、シルエットを隠していた。
 乗ってきた者達のほとんどは既に地に降り、周囲に散らばっている。
 マニフィカは風にさらわれそうな赤い髪をなびかせていた。
 果たしてヴァルカン星人とは、問答無用で撃退すべき侵略者であり、妥協の余地がない絶対悪なのだろうか。
 不幸にも故郷を失い、新たな居住地を探している宇宙難民としか思えなかった。トラブルの種であるのは否定出来ないが。
 ……しかし、何故『赤色凍結光線』だけを使っているのか。
 サンプル回収は理解出来るとしても、それほど数多くの人質が必要とは思えない。
 彼らが凶悪な侵略者なら、邪魔な先住民を『白色破壊光線』で虐殺しても不思議ではないはず。
 意外にも理性的な印象すら感じる。
 その問題をキリに対して言ってみると彼女は二つの答を返した。
 まず彼らは一度、星に根を下ろせば、生命をとことんまで絞り尽くす民族であり、コミュケーションもとりがたいという事。
 そして、赤色凍結光線で人を捕獲しているのは新鮮な生きている状態を保つ為にそうしているのでは、という事。推測だが、新鮮な餌を欲しているのではないだろうか。
 つまり生きたまま、捕まった者達は……。
 マニフィカは残酷な想像を首を振って頭から追い出した。
「巨大化した戦闘サイボーグは躊躇なく白色破壊光線を使ってくるだろう」ウルティマンがそう言っていた。
 しかし、虐殺というなら、仮死状態で圧縮された二百億人を収容する移民船の破壊も道義的に許されるのだろうか。
 青い水晶球ウルティマンは、オトギイズムの住民を銀河辺境の未開種族と認識しており、敵は人質ごと殲滅するとも失言した。
 正義の名の下で大虐殺が起こり得る可能性に気づいたマニフィカは、その罪深さに戦慄を隠せなかった。
 出来る事ならば、ヴァルカン星人の一人にコンタクトをとり、彼らの真意を確かめたい。
 マニフィカは真珠色の『意志の実』を握りしめる。
 近距離にいる相手に意志を伝えられる実。試しにこれを持ったまま、こちらの間合いに入り込ませれば。
 その時、先行して草むらの陰にいたリュリュミアがぽやぽや〜と警告を発した。
「ちっちゃいのが来ましたよぉ」
 前を見ればいつのまにか二人の両手をハサミにしたシルエットがうろついている。前方五〇mほどか。
 二人一組の見回りなのか、だんだんとこちらへ歩いてくる。
 リュリュミアは気配を植物と同化させて全く目立たない……と思ったが。
「あのぉ〜」リュリュミアは不意討ちをかける様に二人に話しかけた。「戦わないのを前提としてお話しませんかぁ」
 驚いたのは二人のヴァルカン星人だ。
 とっさに赤色凍結光線を放つが、それはリュリュミアが急速生長させたブルーローズの盾に遮られる。
 今だ!
 マニフィカは思った。立ち上がって走り、意志の実の力を発揮させる。
『私達は戦いたくありません! 和平を望みます! あなたは?』
 すぐ傍のマニフィカは宇宙人に意志を送り込むが、まるでセミ時雨の様な異質な思考の壁に跳ね返された。
 思っていた以上に思考が異質だ。これではコミュニケーションなどとれない。
「作戦は失敗ですわ! 逃げますわよ!」
 新たに立ち上がったクラインは叫び、移民船とは逆の方向へ走り出した。
 勿論、作戦全体が失敗したわけではない。これは陽動だ。
 彼女はまるで挑発する様に脚をいささか引きずり気味に走り続ける。
 すると移民船の方から大勢のヴァルカン星人が出てきた。
 時折、赤い光が飛ぶが、彼女が身から放す衣服に命中し、そこで光線は食い止められる。呪術的逃走か。
 この計画は結構実用的だったが、すぐに身から放す布地が少なくなった。今はクラインの豊満な姿態は下着同然だ。
「皆を助けますよぉ〜」
 ブルーローズの盾を正面にリュリュミアは移民船の方へ走り始めた。
 移民船がある方向からも次次とヴァルカン星人が現れ、赤い光、時折に白い光も放つが皆、緑の壁の前に跳ね返される。
「ちょい待ち! ボクも行くで!」
「アニさん! おいらは!?」
「お前らは万が一の時にでっかくなって陽動してや!」
 ビリーは『神足通』を繰り返して移民船の方へ瞬間移動をする。先行偵察をするつもりだったが、今は成り行き任せ。
 命令されたレッサーキマイラは待機だ。
 クラインが警備をすかすかにした隙を狙って、マニフィカは全速力で移民船へと肉迫する。
 その時、後方で眩しい光が一瞬差して、ウルティマン=キリが巨大化した。
 すると前方の薄闇の中で風景が広く揺らぎ、立体映像の中にいた赤い移民船が姿を現した。
 それと同時にその周囲に何体もの巨大ヴァルカン星人が立ち上がる。
「ザ・バトル・イズ・クアニティ! 戦いは数だワ! イッケェ!」ジュディはドンデラ公とサンチョと一緒に走り始める。「ジュワ!」
 待ち伏せていたジュディ、ドンデラ公、サンチョは三人同時にウルティマン化した。
 エネルギーコアを胸に、白兵戦用人型電磁バリアが銀色の光をほの放つ。確かにウルトラマン=ジュディの背は高かったが、キリも含めた四人のウルティマンにはそんなに体格差はない。
 むしろ明らかな個体差となっているのは身体表面にはしった赤い模様だった。それで個別が理解出来る。個人識別色(パーソナル・マーキング)だ。
 二体のヴァルカン星人がハサミから白色破壊光線を放つ。
 飛んでくる白色破壊光線の連弾を、ウルティマン=キリが側転でかわし、巧みに近づいて、天地逆の姿勢のまま、首筋へキックを見舞う。
「ジュワッ!」
 モップを簡易光子結晶に持ち替え、アンナも巨大化する。銀の肌に走った赤い模様はまるで『レッドクロス』に似ていた。
 五体もの四〇m台の巨人が夕陽を背負って顕現した。その会話は喋り合えずともエネルギーコア内の本人同士、テレパシーで会話が出来た。
 今の所ウルティマンと巨大ヴァルカン星人の人数は互角だ。
『ウィン・ア・マッチ・ウイズィン・スリー・ミニッツ、三分以内に勝負をつけるわヨ!』
 ウルトラマン=ジュディからのテレパシーに全ウルティマンが「ジュワッ!」と答える。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 赤い移民船から次次と戦闘サイボーグ態ヴァルカン星人が出てきて、次次と巨大化する。
 白色破壊光線が周囲を放射される。
 徒手空拳であるウルティマン達は地面や山に弾着して爆発光を上げる白色光線を軽軽とかわした。この軽やかな動きはウルティマン=ドンデラ公やウルトラマン=サンチョさえも可能だから、この簡易結晶の力がいかに物凄いのかが解る。簡易結晶と一体化する事で老騎士が身長四〇mの身の丈で若者の様に地を駆ける。
 ウルティマン=アンナのウルティマパンチ! ヴァルカン星人の胸板に炸裂した拳は、瞬間的に一万tもの重力を集中させて、同じ四〇mの巨体を打ち倒す。まるで巨大な弾丸を撃ち放つ様だった。
 ウルティマン=ジュディのウルティマタックル! 相手の腹部に一万tもの重力を集中させたショルダータックルが巨大戦闘サイボーグを一〇〇m以上も吹き飛ばし、尾根に激突させる。激突した部分から地面に生えている物が土煙として吹きあがった。
 ウルトラマン=アンナの身体に白色光線が炸裂した。身体は電磁バリアだからさしたるダメージはないものの苦痛はアンナに伝わる。エネルギーコアの中のアンナは苦痛を覚えながらも光線を発射したヴァルカン星人に肉迫、抱え込む様に両腕に重力に集中させて敵を地面に叩きつけた。アンナは移民船からもっぱら敵宇宙人から遠ざける為に戦った。
 ウルティマン=ドンデラ公とウルティマン=サンチョは格闘経験がない為にてこずり、ヴァルカン星人に囲まれがちだが、一万tもの重力を足に集中させて倒れずに踏みこたえる。そこにウルティマン=キリが駆けつけ、複数のヴァルカン星人を引きはがし、鋭い回し蹴りの一旋で一気に地に打ち倒した。
 山を跳び越えて、錯綜する二大巨人の対決。
 ともかくウルティマンはタイムリミットである三分の内に勝負をつけなければならない。
 大地は巨人達の戦いに揺らいでいた。この轟轟として大地震の響きの中、小さなビリーとリュリュミアとマニフィカは赤い移民船の外側にとりついた。
 手を触れると絞りが開く様に、移民船の中に入る為の人間サイズの口が開いた。
 そこから中に入る。
 気味の悪い事に、内部はヴァルカン星人の外観の肉質そっくりな通廊が幾つも枝分かれして、皆を誘っていた。
「発信からすると未来さんはこっちの方向ですわ」
 受信機をクラインから預かったマニフィカは皆の先頭を走り始めた。
 三分という時間を、今は永く感じた。

★★★
「何でこんなに大地震が連続してるの!?」
 生きている人質全員の解凍に成功した未来は、通廊を大勢が行き交うのを感じながら、大部屋に閉じこもっている、
 ともかく、この移民船の震動は仲間が起こした好機に違いない女子高生エスパーは考え、恐らく混乱しているだろうヴァルカン星人の隙を突いて皆で脱出する事にした。
 隔壁を開け、三十数人もの地球人で一斉に飛び出す。
 するとそこには手がハサミになっていないヴァルカン星人が五人ほどたむろしていた。
 未来のサイコセーバーが閃く。
 戦闘サイボーグではないヴァルカン星人があっさりと斬り伏せられる。
「皆、早くこっちへ!」
 サイコセーバーを手に、震える通廊で皆を誘導。
 この大人数では一斉に大テレポートは出来ない。
 地道に通廊を先導し、時折会うヴァルカン星人を先手必勝で斬り倒す。
 出口は何処だ。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 しまった! 一度に十人ものヴァルカン星人とふいに出くわした。
 先頭の一人を切り伏せるが残り九体の戦闘用サイボーグのハサミが一斉にこちらに向けられる。
 三十数人の逃走員を背後にして、未来は後にも退けない
 その時、トライデントと手裏剣と青い薔薇のツルがヴァルカン星人達を打ちのめし、全員倒した。
「未来さん!」
「マニフィカ! ビリー! リュリュミア!」
 マニフィカの持っていた受信機は、ここで発信目標と合流した事を表示した。
「助けに来たわぁ」
「リュリュミア! マジ卍!」
 ブルーローズの太いツルで倒れた宇宙人を通路の脇にどかしたリュリュミアの横を、捕まっていた人達が走り抜ける。
「逃げ口はこっちやで!」
 ビリーは神足通を繰り返して避難民を誘導する。

★★★
 移民船の出口から脱出し、久しぶりに外の空気を吸った逃走者達は、ともかく我先にと移民船から離れようと走る。
 マニフィカもビリーも未来もリュリュミアも彼らを先導する。
「人質は救出したで! お前らも巨大化して逃走を手伝ってくれ!」
 ビリーは叫び、すると遠くから「応!」というレッサーキマイラの台詞。
「ジュワッやで」
 空荷の宝船から離れたレッサーキマイラが掌内の簡易光子結晶を発動させる。
 するとシュワワワワワワン!と新たなウルティマンが巨大化した。
 ウルティマン=レッサーキマイラは元の通りの三つ頭の魔獣の形ではない。がっしりとした人型をした銀色の四〇mの巨人だった。彼は攻めるのではなく、陽動としてヴァルカン星人を逃走者から離す為に動きまくった。逃げまわる、ともいう。どちらにせよ、ヴァルカン星人の思考にギャグは通じない。
 巨大ヴァルカン星人と戦うウルティマン。彼らのエネルギーコアの色は青から赤へと変わり、点滅を始めていた。
『ウルティニウム光線です!』
 ウルティマン=キリの叫びが、各ウルティマン達の脳裡を結び、皆は巨大な両腕を十字の形に組んだ。
 十字に組んだ腕から各各、銀の粒子の光が物凄い勢いで発射された。
 それが命中した巨大ヴァルカン星人が凄まじい勢いで白熱化し、猛烈な熱を食らった様に膨れ上がり爆発した。
『イピカイエー!』ウルティマン=ジュディとウルティマン=キリは撃ちながら射線を移動させ、なるべく大勢のヴァルカン星人に白熱光を浴びせた。
 ウルティマン=ドンデラ公とウルティマン=サンチョも及び腰ながら、ウルティニウム光線を赤い移民船に浴びせる。
 光線の命中した移民船の後ろ半分が爆発する。
『とったりー!』ウルティマン=ドンデラ公がテレパシーで歓声を上げる。
 ここで下着姿のクラインは、ウルティマン=レッサーキマイラを追いかけるヴァルカン星人を引きはがす為にウルティマン化する。巨大化するクライン。赤いラインは下着の模様だった。
 ウルティニウム光線を撃つ者はエネルギーコア以外の全身の輝きがあせていく。身体を構成する電磁バリアが攻撃光線へと変換され、実体を失っていくのだ。
 ウルティマン=アンナは逃げてきた未来達を追いかけようとするヴァルカン星人を、ウルティウム光線の勢いで退けた。爆発しながら背後へ倒れる敵宇宙人。
 クラインとレッサーキマイラ以外のウルティマンはもう全員、存在が希薄になっていた。
 一体化したウルティマンとキリは銀色の姿態を失っても空にいられるが、他のウルティマンは消えると空中のエネルギーコアの位置に共生体が剥き出しになる。
『皆、身を低くして! 落下に備えてください!」
 ウルティマン=キリはテレパシーで連絡するが、他のウルティマンがそれに従うのは遅すぎた。銀色の巨体も胸の簡易光子結晶体も消え、三〇mもの空中に突然、乗り手が現れる。
「おわ〜!」
「でげす〜!」
 情けない声を挙げて、落下し始めるドンデラ公とサンチョを、ビリーの空荷の宝船がかろうじて拾うのに成功した。
 他のアンナもジュディも宝船が素早く飛来して、空中落下を拾い上げる。
 地上に着陸した宝船から、アンナもジュディもドンデラ公もサンチョも無事に降り立つ事が出来た。
 彼女達を未来やビリー、リュリュミア、マニフィカといった脱出組が出迎える。
「後は移民船を破壊するだけだな」身を低くしたウルティマン=キリが消え、キリが光子生命体である彼女のウルティマンを手にすると、彼は喋りながら赤くなった身を明滅させた。
 その声がテレパシーで届いたか、地上の敵を一掃したウルティマン・クラインと、ウルティマン・レッサーキマイラが腕を十字に組む。
 と、その途端、移民船に異常が起きた。
 その船とウルティマン達の位置の中央に、一人のヴァルカン星人が巨大化したのだ。
 それは今までの巨大ヴァルカン星人の一・五倍は大きく、全体的なラインは凶悪でトゲだらけだった。
「ボスキャラね!」未来は叫んだ。
「戦闘用の試作型を投入してきたわね」キリが呟く。
 今までウルティマンだった者達は使い捨ての簡易光子結晶体を失い、ウルティマン=キリも一週間、太陽エネルギーをチャージしないとまた変身出来ない。
 現在いるウルティマンは、ウルティマン=クラインと、ウルティマン=レッサーキマイラの二体だけ。
「ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 超巨大ヴァルカン星人はハサミ状の手から白色破壊光線を発射した。
 それを二人はかろうじてよけたが、背後にあった山肌は今までにないくらいに大きな爆発を起こし、吹き飛んだ。完全に地形が変わった。
 風景は夕陽が沈むオレンジ色に染まっている。
 最後の三分間が始まった。

★★★