『光の巨人』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 諸国漫遊、といっても近所の地方しか行かないが、遍歴の騎士が征く。
 既に夜も暗く、何処か牧歌的な風景は草原から届く数多の虫の声で昏く満たされていた。
 『モータ』付近の夜道を行く騎士達の足取りは蹄の音と共に軽やかなれど、あからさまに彼らは奇矯だった。
 なれば、その姿は二m超えの長身の女性に肩車された厚紙製の鎧装束の老人で、その後方につく中年の従者がカッポカッポとココナッツの殻を打ち合わせて蹄の音を作っているからである。
「早くモータの町に着いて、ウィ・アー・ルッキング・フォー・ホテル、宿泊場所を探さなきゃなないネ」
 名馬ロシナンテとして騎士『ドンデラ・オンド』公を肩車したジュディ・バーガー(PC0032)は、夜道を急ぐ。ここまで夜が更けるというのは計算外だ。やはり小休止の時間が多すぎたか。
 やがて彼らは無事にモータに着き、宿屋で遅い一飯にありついたのだった。
 それからしばらくして、雲を裂いた二つの流れ星が滑る様に流れ、『オトギイズム王国』の紺碧の夜空を横断していった。
 一つの星は赤、一つの星は青で、赤い星は青い星の十倍以上の輝きと大きさがあった。『火球』と分類されてもおかしくないサイズだ。
 素直に流れていく赤い流星に比べ、青い流星はそれにまとわりつく様な奇妙な軌道を見せていた。
 そして、それらは北方の山岳地帯へと消えた。落ちたのだろう。しかし激突の音等は一切なかった。
 次に現れたものこそが真実に奇妙で、外に出たジュディ達の度肝を抜いた。
 山影から二人の姿が立ち上がった。
 それは山に比べて頂上には届かないけれども、遥か何キロと離れていてもしっかり視認出来る巨大な人型だった。
 一人は均整のとれた銀色に輝く巨人だった。全身が発光し、山の大きさと比べてみれば四〇メートルはあるだろう。その表面には赤く太いラインが模様として各所にはしっていた。下半身は夜の山の稜線に隠れている。
 もう一人は銀色の巨人の発光に照らされ、不気味な異形ぶりを夜景に浮かび上がらせている。まるで昆虫のセミの様な顔を持つ細身の身体は有機体とメカが混じっているかの様で、両腕の先が巨大なハサミ状になっている。
 異形の太い笑い声が山の木霊を引き連れて、遠きここにまで響いてきた。
 銀色の巨人は鋭く短い叫びを放って、それに応えた。
 至近距離で向き合う二人の巨人の戦いが始まった。
 異形の巨人の両ハサミが前に向けられ、そこから幾条もの火箭がほとばしった。
 ジュディはモータの町で村人や旅人たちと一緒に宿屋の外に出、巨人達の戦いを目撃する。
(……あ、あれはまさか仮面バッターと並ぶスペシャル・エフェクツ・フィルム、特撮界の双璧、巨大変身ヒーローのウルティマンでハ!?)
 ジュディは思わず眼をゴシゴシと擦る。
 夜空を背景とし、遠い彼方で巨人達が戦いを繰り広げる異様なスペクタクルショーは、唐突に終わりを迎えた。
 光の巨人の勝ちだ。
 興奮が冷めやらずにワイワイと騒ぐ住民達の声を聞き流しながら宿屋に戻る。
 宿屋の部屋に戻ると、すでに老騎士と従者は夢の世界に旅立っていた。
 恐らく先ほどの騒ぎにも気付いてないだろう。
 そんなマイペースな二人が微笑ましい、とジュディは自分のベッドの枕を整える。
 それにしても、さっきのアレは何だったのか?
 まるで大掛かりな幻影でも見せられていたかの様な、実に奇妙な気分。
 もしや狐や狸の類に化かされたトカ?
 いやはや、さすがは『剣と魔法のファンタジー世界』とジュディは納得してしまう。
 ふと子供の頃に教会で聞いた一節を思い出す。
「……神は天にアリ、世は全てコトもナシ」
 寝酒と称し、一旦、一階の酒場に戻って冷えたエールを満たした特大ジョッキを飲み干すと、ジュディは心地良く就眠した。

★★★
 『パルテノン中央公園』の片隅では、もはや恒例行事となっているビリー・クェンデス(PC0096)と人造魔獣レッサーキマイラのBBQ大会が、熱く脂の焼ける音と共に行われていた。
「やっぱり焼きたては美味なんやなぁ」
「あー! 肉肉肉肉ニクニクニクニク肉肉肉肉ぅーっ!」
 ニンニク醤油で焼いた特上カルビを頬張り美味な肉汁を味わうビリーと、何処まで口に入るかギネスに挑戦!という感じでとにかく詰め込むレッサーキマイラ。
 頬袋があるんじゃないか?と思わせるレッサーキマイラの獅子頭と山羊頭のもっしゃもっしゃという食事っぷりにある意味感心しながらビリーは、先日のカニVSサルの依頼についてこの魔獣に意見を求めながらも反発し、喧嘩別れをした事への謝罪の意思を示した。謝罪の意思というのがこの特上カルビそのものであるのだが、安直な発想かもしれないが、美味い食事を提供する事は最高のコミュニケーション手段であるからという今日の食事会だ。
 ともかくビリーはあの時の軽率な自分の態度を反省していた。
 少なくとも先日はきちんと事情を確認せず、当事者の片方に肩入れする危険性を学べたと思う。
「え。そんな事ありやしたっけ」
 三流芸人であるレッサーキマイラの方はそんな事、憶えてもいないらしい。どうやらこの魔獣の脳は記憶や感性をバケツで掻き入れ、バケツで汲み出す如くのひどく大雑把に出来ている様だ。
 そんな食事会が進んでいく中で、二人の会話の内容は最新の怪しい噂、モータ近郊で目撃された巨人達の話題へと移っていった。
 風聞によれば、その巨人達は山よりも大きかったらしい。
「んなわけあるか〜い! きっとアレや、尾ひれがついたんちゃうか。知らんけど」
 ビリーは口の中に特上カルビを放り込む。
 大体、モータの町といえば、嘘つき大会騒動の時にジュディが巨大なドラゴンに変身した事もあった。その辺りから派生した噂ではないか、というのがこの福の神見習いの解釈だ。
「あん時は巨大ドラゴンXS巨大ドラゴンでえらい騒ぎになったしやなー。何かそういうのを連想させる要素が大きく膨らんだんちゃうかなー」
「シン・巨大ドラゴンでやんすね」
 どっから知識を仕入れたのか、レッサーキマイラはえへんぷいぷいとどや顔をした。
 そこからは調子にのってビリーとレッサーキマイラは特定監督の映画の話になり、銀色の光の巨人というキーワードから連想するならやはりセカンドインパクトだろう、という了解に落ち着いた。
「あはは、第一使徒の出現や! エライこっちゃで、ホンマに」
 オトギイズムの補完計画が云云と冗談を交わし、ネタを肴に大笑いする一人と三つ頭。旧作の映画は主人公の『おめでとう』話だったが、シン作は主人公の父親の『おめでとう』話だったとか。クライマックスが長かったね、とか。主人公が落ち込んでいるシーンの長さは映画ならではだったね、とか。シン・ゴ〇ラは〇ヴァンゲリオンの前日譚じゃないか、とか。
 そんなこんなで先日の喧嘩別れの和解などとは全く関係なく、今度、皆でモータまで出かけてみようという物見遊山の話がまとまるまでBBQは続いていくのだった。

★★★
 モータの冒険者ギルド。
 レッサーキマイラと共に暇を持て余したという名目で『空荷の宝船』でモータのギルドを訪れたビリーだったが、到着すると奇妙な依頼人の事で話題は持ちきりだ。
 男の声を話す赤い水晶球に赤毛の少女というコンビは、最初は『ウルティマン』と名乗ってから、赤毛のキリと言い直したらしい。
 言動を聞く限りでは、物価というよりも、ごく一般的な常識を知らない様子だったらしい。
「疲れきってた、とかそんな様子なかったん」
「そうだなー。肉体的には、というよりも精神的に困ったなー、という感じがしてたけれどね』
 ビリーの質問に答えたのはモータに常駐しているらしい蜘蛛的な雰囲気の女魔法使いだった。
 どうも驚いた事に、モータ近辺で目撃された巨大な光の巨人と巨大な異形の怪人との戦いというのは本当にあった事らしい。
 こうなるとそれらとふらりと現れた奇妙な依頼人との関連性に俄然、興味が出てくる。
 ギルドの受付ホールに集まった冒険者から色色と話を集めるビリー。
 その最中に自分を初めて見るモータの冒険者連中をおどかしながら、友好的な怪物である事をアピールし、つまらないギャグを聞かせる迷惑なレッサーキマイラ。
「あ。大丈夫やん。そいつ、ボクの連れやから。噛みつきもせんし、引っかきもせん」
 ビリーはそう言うがつまらないギャグを連発しているのは非常に迷惑だ。
 ともかく、一〇〇gのダイヤモンドだなんて物を見せびらかしたり、ウルティマンとか名乗ったり、非常識な点が目立つ依頼者だったらしい。
「一週間経ったらまた来るって言うてたんやな」
「一週間なんて悠長な時間、待ってられへんがな。こっちから会いに行きまへんか」
 レッサーキマイラの山羊頭の関西弁にそれもそうやなー、とビリーは同意した、
 その時に一週間という事はこの時点ではあと五日だが、とても待っていられずに善は急げと空荷の宝船に乗り込む事にする。
 飛空船で北方をめざそう。
「あんたもさっさと行ってしまうんかい。全く気が短い奴が多いねえ」と大狐の毛皮をかぶった冒険者がやれやれといった感じを見せる。
「? 何やねん。ボク達もよりも先にその赤毛のキリに会いに行った奴がおんねんか」
 冒険者ギルドを去り際に立ち戻り、詳しい話を聞くビリー。
「いやね、なんか背がものすごく高い女に肩車された老騎士とその連れ。ミニスカートのショートカットのギャル風少女。あとは女性用ハイランド戦闘服を着て凄そうな稲妻的デザインの鞭を持った美人が北方を調べに行くって、このギルドを既に発ってね。その美人は一週間後に依頼者と会うつもりだったらしいけど、その前に下調べをしておく、って出てってね。あ、そうそう。褐色で赤毛の三叉槍を持った女性もいたけど、彼女は一週間後にまた来るって帰っていったわね」
 なんか、その表現に自分のよく知る者の姿しか思い出せない座敷童子がここにいた。
「あー。あとギルドに寄ったわけじゃないけれど、全身緑の服で明るい黄色の帽子をかぶった女がこのモータを通り過ぎて北へ行ったという噂もあったわね。最近、行方不明になる奴が多いから二の舞にならなきゃいいんだけどね」

★★★
 モータの町を発ち、北方の山地に向かう老騎士一行。カッポカッポと蹄の音が鳴る。既にアップダウンの多い丘陵地帯を歩いていた。
 北へ向かう。特に理由はなかったけど、そうすべしとジュディのワイルドな勘は告げていた。
 道を進んで行く人来る人から話を聞きこむにつれ、怪しい人影に襲われて行方不明が多発との噂が耳に入ってくる。
 数少ない目撃談によれば、手先がハサミである怪人は不気味な笑い声を上げるらしい。
 ジュディの脳裏に思い浮かんだのは、以前に関わった悪の組織『スリラー』の事だ。
 行方不明は組織壊滅から生き延びた改造人間の仕業では。
 例えば、怪人ザリガニ男とか。……いや、セミ男?
 昨夜の『スペクタクルショー』に登場した『宇宙忍者(仮)』のイメージも脳裏に浮かんだけど、あまりにもサイズが違いすぎる。あれは怪人ではない。巨大怪獣だ。
 ともかく慎重にジュディは行く。
 今の自分は名馬ロシナンテであると共に仮面バッターだという心構えなのだ。
 ジュディが首に巻いた、愛蛇『ラッキーセブン』も彼女を静かに見守っている。
 そんな老騎士達の一行は思いがけないモータからの連れで、人数が増えた。
「あ、いたいた! ジュディさーん」
 突然、後方はるか遠くになったモータの町の方角から声が追いかけてきた。
 空だ。後方の上方だ。
 見憶えのあるシルエットがぐんぐん視界の中で大きくなってくる。ジュディもそれがビリーの乗る空荷の宝船だとすぐに解った。
 操船するのはビリーだ。おまけにレッサーキマイラまで乗っている。
 皆が立ち止まった所まで来た空荷の宝船は風を巻きながら地面へ垂直着陸する。
「おのれ! 聖なる神に抗う怪物め! この騎士ドン・ドンデラ・デ・シューペインが力の限りを尽くして、貴様を滅してくれん!」
 早速、老騎士ドンデラ公がなまくら剣を抜き、人造魔獣の三流芸人に挑みかかろうとする。だが、それは肩車しているジュディが彼の意に逆らって動かず、従者サンチョとビリーが必死に、彼は外見に似合わず邪悪な存在ではないからと必死に老騎士を説得する事でなんとか戦闘状態を回避する事を成し得たのだった。
 老騎士はそれでも嫌疑をあからさまにしながら剣を納める。
 こうしてビリー達とジュディ達、目的を同じくする者達は合流した。

★★★
 黒蜜をかけた葛切りと冷茶。
 モータの近郊で目撃された夜の巨人達は王都のサロンでも話題になっていた。
 そもそも噂は誇張されやすい傾向があるとはいえ、好奇心旺盛なマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)にも注目すべき内容と思える。
 まるで異世界の北欧神話における『ラグナロク』を彷彿とさせる情景。
 凶事の予兆という可能性を否定出来ない。幸いな事に、まだギャラルホルンは吹かれていないけど。
 ちなみに王家の諜報網も、モータの冒険者ギルドに現れた奇妙な依頼者の事をを掴んでいた。
 為政者としては無視出来ない情報と受け止めたらしい。
 パッカード・トンデモハット国王は様子見をマニフィカに願う。
 マニフィカは現地調査の必要があると感じ、震源地であるモータの街を訪れてみる事に。
 鬼が出るか蛇が出るか。
 最も深き海底に坐す母なる海神の導きなら、是非に及ばず。
 こうして新たなる物語は始まった。
 モータの冒険者ギルドを訪れ、キリは一週間後にまた来るという話を聞いたマニフィカは、待ち時間の猶予を活かすべく、モータから離れた町にある映画喫茶『シネマパラダイス』を訪れた。
 羅李朋学園には『ヲタク』と呼ばれる知識層が存在し、彼らは偏った雑学に強い。シネマパラダイスを運営する元生徒達もその例外ではなかった。
 その元生徒達に噂で聞いた、夜の巨大な光の巨人VS巨大な怪人のスペクタクルな戦いや、モータの町でのキリの依頼関連の応対の事を話してみると「ああ、それはウルティマンですね」と即座に回答が返ってきた。
「ウルティマン?」
「特撮ですよ。身長四〇m、光の巨人です、論より証拠、本物のウルティマンを観せてあげますよ」」
 突然、その町のシネマパラダイスは予定していたスケジュールを順延し、歴代のウルティマン・シリーズが連続上映される事になった。
「傑作選となりますが、ラインナップは任せてください。……実は例の十二話も観れますぜ、お姉さん」
「え、例の十二話って何なんですの」
 戸惑うマニフィカだが、話の始まり的にそのマラソン上映会を全て鑑賞せざるを得ない立場になった。。
 かくして昭和から平成へと話が流れ込み、羅李朋学園の転移のせいで令和がギリセーフで間に合ったウルティマン・シリーズを、人魚姫はたっぷりと堪能する事になったのだ。
 マニフィカの頭の中でウルティマンは宇宙忍者と戦い、宇宙から帰還した地球人が巨大怪獣となり、卓袱台をはさんで宇宙人と語らい、明けの明星が夜空に輝き、帰ってきたヒーローは超人の孤独に苦しみ、土砂降りの戦闘シーンは長回しで、バ〇シムの造形は芸術的で、兄弟は皆ブロンズ像になり、隊長はファイヤーヘッドで、オープニングの基地からのメカ発進シーンは素晴らしく、ジープで追いかけ回されたり、円盤生物は怖かったり……とにかく延延とウルティマン漬けになっていくのだった。
 果たして上映終了後の彼女は社会復帰出来るだろうか。

★★★
「あれぇ〜。皆さんも『赤いチューリップ』の仕業だと思ってぇ、ここに来たんですかぁ〜」
 北へ向かったジュディ達とビリー達は彼らは三日目に美味そうな果物が豊富になる林に行きつき、その中で『赤毛のキリ』と名乗った少女と遭遇する事が出来た。
 彼女は既にリュリュミア(PC0015)と一緒だった。この芳醇な林も光合成淑女の植物生長能力の賜物だったらしい。
「皆さん、こんにちはぁ。お久しぶりですねぇ」
 リュリュミアは旧知の仲との思いがけない再会に特に驚いた様子を見せなかった。
「皆さんも果物をどうですかぁ。あ、こっちの柿の木はこの前のサル男VSカニ男の時の柿の種から育てたんですよぉ」
 そう言って、リュリュミアは様様な種類がある果物の林から、柿の実を一つもいで、レッサーキマイラに手渡した。
 それを口にしたレッサーキマイラの山羊頭が「ジューシーすぎてほっぺた溶けてまう〜」と幸せそうな顔をする。
 獅子頭がそれに対し「一人だけええ思いしくさって!」と不満げな顔になるが、リュリュミアは「じゃあ、あなたにもどうぞぉ」ともう一つ柿をその口に押し込むと「美味ふにゃ〜」と彼の顔も溶けてしまった。
 そんな彼女の行いを黙って見ている一四歳ほどのショートカットの赤毛の少女。キリの肢体は首から下がぴっちりとした青いフィルム状のスーツに覆われ、身体のフォルムがはっきりと解る。手には青い水晶球を持っていた。
 青い水晶球? 赤じゃなくって?と彼女がモータの冒険者ギルドに現れた時の状況を聞いてきた者は思ったが、その水晶球は確かに青かった。キリのフィルムスーツと同じ青だ。
 しかし肌にぴったりのフィルムスーツとは。明らかにオトギイズム王国の文明の産物とは思えない。
 もしかしたら羅李朋学園か。
 でも路線が違うような。
「赤い流星が落ちて、行方不明になる人がいるって聞いてぇ、あれぇ、なんだか前にも同じような事があった、とふと思い出したんですぅ」
 リュリュミアは炭酸系の味がするキュウリ状の果実をもいで、皆に渡した。
「もしかして、あのチューリップさんが戻ってきたのでしょうかぁ、と思ってぇ、心配なので北の山へ行って確認してみる事にしたんですぅ。そしたらあちこち樹が折れて、ひどい事になってるじゃないですかぁ。でも、赤いチューリップさんは見当たらなくってぇ。とりあえず、人違いみたいでほっとしましたぁ。……じゃぁ、誰が何をしにきたのでしょうかぁ、と思いながら。探し回ってみたらキリさんを見つけたのぉ」
「あたしは『キリ・オーチュネ』。見ての通り、この星の人間ではないわ」と赤毛の少女が自己紹介した。
 あれ?とここにいるジュディとビリーに疑問符が浮かんだ。彼女の言葉がダイレクトに解る。モータの冒険者ギルドでは水晶球が彼女の言葉を翻訳していた様だったが。
 ちょっと考えて解った。自分達はバウムの異世界を渡り歩ける者達だから異星の言語が解るのだ。その証拠にオトギイズム王国土着民のドンデラ公やサンチョ、レッサーキマイラには彼女が何を言ったのか解ってないみたいではないか。
「私は『ウルティマン』」青い水晶球が男の声で喋った。この声はビリーとジュディ以外にも意味が解った様だ。「彼女と一体になってる時は『ウルティマン=キリ』だ」
「どうやら、あなた達なら味方になってくれそうね」とキリが全員の顔を見回す。「少なくとも『ヴァルカン星人」のスパイだったりしないようね」
 以下の説明は水晶体ウルティマンによって語られたものだ。
「ウルティマンの正体は『エネルギーコア』と呼ばれる水晶球の様な光子結晶生命体、宇宙人だ。他の生命体、人間と共生して、巨大な四〇メートルサイズのウルティマンになる事が出来る。現在、このウルティマンと共生しているのはキリという異星人の少女だ。
 人型の巨大ウルティマンは言ってみれば巨大な空っぽの立体映像だ。ただし膨大なエネルギーを使うエネルギーバリアでもあり、他の物と接触出来る。白兵戦用の人型エネルギーボディなのだ。ウルティマンは大気中にある間は大気と接触して銀色に光りながらエネルギーを消費していき、約三分で巨人状態を維持出来なくなる。そうなると胸に半ば埋め込まれた形の青色だった『エネルギーコア』が赤色になって点滅を始め、制限時間を過ぎると消滅してしまう。真空の宇宙空間では大気との接触がない為、長持ちするが、身体は透明で見えなくなる。消費したエネルギーは大気圏内では一週間ほど太陽エネルギーを補給すれば、また満タンになる。つまり、一度、エネルギーを完全消費したウルティマンは一週間ほどしないと再び巨大化出来ない。
 ウルティマンの表面は赤いラインの縞模様がテクスチャマッピングで表現される。これは個体識別用で同じウルティマン族の巨人でも個体差があるパーソナルマークである。
 ウルティマンは必殺技である『ウルティニウム光線』を使えるが、これは自分のバリアエネルギーを破壊光線に変換して敵に大ダメージを与える技で、これを使うとウルティマンはエネルギーが枯渇して、エネルギーバリアがなくなり消えてしまう。故に最後の武器である。
 ウルティマンは内部の電磁力と重力を操る事が出来、これによって飛行したり、一点に最大一万トン分もの重力を集中させてパンチやキックを強化出来る。足元にその重量を集中させて踏ん張ったりも出来るが、基本的に立体映像なので質量はほぼゼロである。
 巨人化している間、共生体はエネルギーコアの中にいる。つまり光子結晶生命体と同化している状態である。人体が水晶球に浮かぶイメージだ。
 共生体、つまり現在はキリは触媒となって、ウルティマンを操れる。共生体がいなくても戦えるが、共生している方がその物の戦闘スキルを使用出来て、強力に戦える。キリは『エル・トガ(刺す脚)』と母星語で呼ばれる格闘術に長けている。また同化している間はテレパシーによって通信し、ウルティマンと共生体、ウルティマン同士は遠隔コミュニケーションが出来る。
 ヴァルカン星人は狂った科学者による核実験の暴走で故郷のヴァルカン星を失っている。『赤い火球』の姿をした直径五〇メートルほどの移民船の中で、二百億人の彼らの同朋がバクテリアサイズになって仮死状態で新たなる移民先が見つかるのを待っている」
 ここまで一気に喋った後、ウルティマンは光子結晶体という存在でも疲れがあるのか一旦黙った。
「後はあさってふもとの町の『ぼうけんしゃぎるど』を再訪した時、詳細を話しましょ」キリは自分の疲れを癒す為か、マンゴーに似た果実を齧った。
「あ、疲れてるんやったらボクの『鍼灸術』で!」
 と言った後でビリーは宇宙人に自分の鍼灸術が通用するんか?と疑問符を持った。
 まあ、外見も違わないし「さあさあ、横になって」と苔むす地面にタオルケットを敷いて、キリを寝そべらせた。
 しかし、ここで彼女が肌をさらさないと術が使えないのに気づいた。「なあ、その青い服脱いで背中と腰をさらしてくれへんか」
「このスーツは一体成型なの。防火。防水。防毒。全部脱ぐか、全く脱がないかしかないわ。言っておくとその針の様な物もスーツの上からは刺さらないわよ」
 少女を皆の前で全裸にするわけにはいかないし、こりゃ困った、トホホとビリーが嘆くとウルティマンが「あさってまで待たないと私もエネルギーを完全充填出来ない。それまでここから動かず自然回復を待つ方がいい」と助言した。
「そうそう。あさってまで美味しいフルーツ食べ放題なんだからぁ、食べながら待ちましょぉ」
 リュリュミアは笑いながら新しい種類のフルーツを実らせる。なるべく精力がつきそうな奴をだ。
「うーむ。スリラーの仕業と思っていたらエイリアン、宇宙人とはネ」ジュディは腕を組んで唸った。仮面バッターではなく、謎の円盤〇FOのオープニングテーマが脳内で流れる。「もしかしたら、地元の人間達がミッシング、行方不明になっているのも、さっき言ったヴァルカン星人とやらのエイリアン・アブダクション?」
「可能性は高いわね」とキリ。「奴らが現地人を誘拐し、調査してるのかも」
「人質にもなってしまうやないか」
「人質など私に通用しない」とウルティマン。「何があろうと敵は障害ごと殲滅するまでだ」
「ウルティマン! そんな事を言わないで! 人の命は大切な物よ!」キリはウルティマンを叱った。
 ん?とビリーとジュディとリュリュミアは、この異星人コンビの関係にちょっと違和感を覚えた。
 こうして彼らは情報交換や予測をしながらあさってまでここで過ごす事にした。
 ところで意外な事に、ここで寝食を共にしている内にドンデラ公とレッサーキマイラがすっかり打ち解けて、仲よくなってしまうというという副産物もあった。どうやら漫才でいうとボケ役ばかりの一人と三つ頭は何処か波長が合うものがあったらしい。種族も年代も違う者同士は日常会話を交わすにもコントになってしまう様だ。
 そして翌日、この林に超能力JK姫柳未来(PC0023)は到着した。
「いやー、似たような地形ばっかりでテレポートを繰り返していたら、よけい迷子になっちゃったわ。マジ卍」
 ミニスカ制服でやってきた女子高生未来は、キリのフィルムスーツという身体のラインがもろに出るコスチュームに「ふーむ、ヤバいね」と言った後、青いリンゴを林からもいで齧った。「あー、喉が渇いてたから美味しい」
 ビリー達とジュディ達、リュリュミアは彼女を歓迎して、キリとウルティマンを紹介し、ウルティマンからレクチャーされた事の一切を彼女にも伝えた。
「……光の巨人ウルティマンとヴァルカン星人ねえ。……ヴァルカン星人ってこんな奴なんでしょ。ヴァッフォッフォッフォッフォッフォ」
 未来は両手をチョキにしてくぐもった笑い声の様な声を出し、そうそう、そんな感じ、とキリがうなずいた。キリの星でもうなずきは肯定のサインなのだ。
「そっか。じゃあ、手伝ってあげるよ。何処かへ落ちてった赤い火球を見つければいいんでしょ。報酬はダイヤなんでしょ」
「いや、それを探すのは私のエネルギー完全回復を待ってからの方がいい」未来の提案にウルティマンが反論した。「それにダイヤモンドは実はうーむ……」
 歯切れの悪い答を返すウルティマンの態度を気にせず、未来はミニスカをひるがえした。
「じゃあ、一足先に紅い火球の場所を特定してくるよ。それからクラインが単独で赤い火球の場所を探しているみたいだから彼女も見つけてここに連れてくるわ!」
 言うが早いか、美味な果実で自分のエネルギーが満タンになった未来はテレポートでここを去ってしまった。

★★★
 それからしばらく時間が過ぎた。
「トランプ占いによれば赤い火球はこっちの方角なのよねー」
 と、未来は野草の中にある美しい花を踏まないように気をつけながら歩く。
 彼女の十八番であるトランプ占いは赤い火球に照準を合わせているのだが、幾つも山を迂回したり登ったりを繰り返し、たびたびテレポートを使ったりもしていてもなかなか赤い火球は見えてこない。
 尤も火球というのは落ちてきた時に光っていた印象なのだから、今は違う外見なのかもしれない。
 ともかくヴァルカン星人の移民船は近くにあるはずなのに見当たらないという状況の中で、未来はもう一つの目標を見つけた。
「見ーっけ!」
 岩に隠れる様に見張っていた女社長クライン・アルメイス(PC0103)は、いきなり自分の前にテレポートしてきた未来に驚いた。
「びっくりしましたわ。未来さんでしたの」
 フィールドで動きやすい武装をしているクラインの驚きはちょっとしたもので、そもそもモータの冒険者ギルドでは色色と情報交換していて同じ物を追っている仲だと知っているから、動揺は少なかった。
「火球見つけた?」
「行方不明者の分布を調べていたら、こんな所まで来てしまいましたわ。……ちょっと向こうを見てみてくれますか」
 クラインは手袋をした指先をのばして、前方の彼方を指さした。
 そこは左右の濃緑の山が綺麗な稜線を重ねている。ちょっとした絶景だ。
 しかし特に何か変わった所があるというものではない。
「別に変ったとこは……」
「では太陽の方にある山の影や、下の地面に生えている木の影を見てみてくれる」
 クラインの指示に、未来はどれどれと眼の上に手をかざして覗く様に見る。
 すると何か違和感がある。
「でしょう。影の一部が切れたり、ぼやけたりしてますのよ。言ってみれば立体映像ステルスというか、実体を付近の風景を投影した映像の中に隠しているのでしょうね。怪しいのはあそこですわ。行方不明事件もこの近辺が多いみたいですし」クラインはこれまでに行方不明者の当日の状況や場所を確認し、山の調査範囲を可能な限り絞っていた。そこでここを見つけたのだ。
「じゃ、あそこにヴァルカン星人の移民船があるのね!」
「ヴァルカン星人? 移民船?」
 麗顔に意味不明という表情を作るクラインに、未来はウルティマン=キリやヴァルカン星人の事をかいつまんで説明した。詳細は皆と合流した後、という事で。
「宇宙人……ですか」
 むしろ、腑に落ちたという感じのクライン。
 例のハサミの巨人は赤い星関係と思われ、現地の人を誘拐し続けている。
 巨人と誘拐犯の大きさの違いを考えると、複数人もしくは身体サイズを変更出来ると思われる。
「こういう場合のセオリーですと、宇宙人が移住先を探しているとかかしら」
 そう言って、未来に同意を求めた。
 だが、その時、彼女達のすぐ傍に不気味な人影が現れた。
 くぐもった様な笑い声が響く。
 両手がハサミになった昆虫と人間を混ぜた如き、異形の怪人がすぐそこにいた。大きさは彼女達とそんなに変わらない。
「何ですの!?」
「これがヴァルカン星人ね!」
 突然の異形に未来はひるまず、その怪人の直前に小テレポートした。
 金属製のハサミを持っている相手に「ジャーンケーン!」その二股の鋭い突きをかいくぐって某漫画家的に「グーだ!」と顔面パンチ。
 彼女の拳は鋭くヴァルカン星人の顔面をえぐった。
 だが、未来の殴った拳を痛烈な痛みが襲った。
「いったっーい! なんか鉄を殴ったみたい!」
「肉の下に金属! サイボーグですか!?」クラインは即座に了解した。すればあのハサミもサイボーグならではのパーツでは、と推測が立つ。
 ヴァルカン星人が笑う様な声を挙げて、襲いかかってきた。異世界を旅してきた未来もクラインもその声の意味が解らない。よほど異質なのか。
 クラインは『電撃の鞭』を振るった。
 危険そうなハサミにではなく、その付け根に鞭を絡ませて自由な動きと射線の制限を狙う。
 手首に鞭を絡ませた異形の怪人に雷が落ちた様な衝撃が見舞われる。肉が焼ける音がして、怪人の膝が草の生えた地面に屈した。
 だが、ヴァルカン星人は一体だけではなかった。
 さっき女社長が立体映像だと看破した風景の方向、その辺りから五人ほどのヴァルカン星人の加勢が駆けつけてくる。
 両手がハサミの者が三人。後の二人は手先が人間と同じ五本指だ。
 くぐもった笑い声が五重にも山景に響く。
 先頭の一体が、右のハサミから赤く幅広の光線を発射した。
「きゃあ!」
 それを浴びせられた未来の身体は、殴った拳を痛そうに抱える姿勢のままで固まった。その姿勢のままで地面に倒れる。曲げられた関節はのびない。全身が凍った様に固定された。
「未来さん!」
 クラインは彼女に駆け寄った。力を入れても彼女のポーズは固まったまま動かない。
 そうしている内に先ほど電撃を浴びたヴァルカン星人が起き上がった。致命傷にはなっていなかったのだ。
 五人の増援もすぐ到着するだろう。
 六対一では分が悪い。
 固まった女子高生を一人抱えたままでは逃げられない。クラインは決断した。未来のミニスカの裏側に発信器を取りつけると、自分は逃走に移った。
 実は自分が発信器をつけて捕まり、逃げる仲間に受信機を持たせる算段でいたのだが、この状況では逆も仕方ない。
 モータの町まで逃げるのだ。
 クラインは振り返らず逃げ続けた。
 未来は捕まるだろう。だが自分には逃げの一手しかない。二人とも捕まるわけにはいかないのだ。
 未来の話が本当なら見知った仲間達がこの事件を解決に集まっているはずだ。彼らは信頼出来る。それにウルティマン=キリという未知の味方も。
 赤い光が振り回される。
 それだけをクラインは避け続け、走った。
 いつのまにかヴァルカン星人達が追いかけるのをあきらめた時も彼女はモータへと走り続けていた。

★★★
 約束の日。
 最初に訪れたキリとウルティマンが去り際に一週間後の再訪を約束した、その一週間目。
 キリが一週間後に来るという情報だけ掴んでいて、その日にモータの冒険者ギルドを訪れたアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、精神的に消耗した人魚姫の姿に驚いた。
「マニフィカ!? どうしましたの!?」
「……ガタノ〇ーアがメチャ大きくて……人間がギリギリまで頑張った時にウルティマンが現れて……〇〇さんの力、お借りします!で……」
 二階の酒場で憔悴しきった姿で座っていたマニフィカは寝不足の眼でぶつぶつ呟いていた。
「ほら、マニフィカさん。こういう時には精神安定の為の『故事ことわざ辞典』ですのよ」
 アンナはマニフィカが卓に置いていた荷物の中から書物を取り出すと、彼女の手を助けて一緒に辞典を紐解いてみた。
「天は自ら助くる者を助く……」
 マニフィカの眼は開いたページに書かれた一文を見つめる事で正気を取り戻していく。
「これは……積極的に行動せよ、という示唆でしょうか……」
 再びめくってみれば「情けは人の為ならず」の文言。
 困ってる誰かを助けよ、というストレートな解釈で構わないのだろうか。
 マニフィカは普段の彼女に戻っていた。
 その時、アンナは階下の受付ホールが騒がしくなったのに気がついた。
 来たのだ。
 待つほどもなく大勢が二階のこの酒場へと階段を上ってくる。
 来たのはキリと呼ばれる少女と、彼女が手に載せているウルティマンと名乗ったという水晶球。
 そしてジュディと老騎士ドンデラ公と従者サンチョ。
 ビリーと、レッサーキマイラ。
 リュリュミア。
 そしてクライン。
「アンナぁ、マニフィカぁ。二人もこの依頼、受けるつもりなのぉ」
 ぽやぽや〜としたリュリュミアは見つけた二人に声をかける。
「そのつもりでいるのですが」
 アンナははっきりと答えた。
 この時にはマニフィカも意識がはっきりとしている。
「ここでは何なので、個室で」
 クラインはそう言い、酒場の奥にある一番大きな会議室へと皆を導いた。
 会議室に皆が入り、防音の扉が閉められた。
 大きな机の周囲にある椅子に皆は座る。でかい図体のレッサーキマイラだけでかなりのスペースをとったが。
 会議が始まると、真っ先に口を開いたのはアンナだった。
「まず確認したいのですが、赤い水晶球……今は青ですが、そのあなたはキリさんとは別人格と思われます。失礼ですが一個の生命体なのですか。それとも対話型の翻訳機の様な物でしょうか。失礼かもしれませんが、お話をする上で、はっきりさせておかないとややこしいもので」
「私はウルティマン。一人の光子結晶生命体だ。キリと共に、お前達から見れば、異星人という事になる」」
 水晶球ウルティマンははっきりとアンナに答えた。
「異星人、……ですか」アンナはその事には驚かなかった。宇宙から来たものを相手にするのは初めてではない。「では、次に契約料の前払いの話です。依頼の対価として契約料があり、依頼者と冒険者の仲介としてギルドがあるのですから、そこはちゃんと準備していただかないと。これはお互いの信頼関係の問題ですから」
「……うむ、その事なのだが」ウルティマンは凄く回答に詰まった雰囲気を口に出した。「実は前に見せたダイヤモンドだが……」
 キリが片手の掌を差し出した。その上にはいつのまにか大量の輝くダイヤモンドがある。
 だが、キリがもう片方の手でそのダイヤモンドに触れた瞬間、形が歪んだ。まるで水面に映った景色に波風が立つ様に像が粗くなりぐにゃりと揺れるのだ。
「何ですか、これは!?」アンナは驚いた。ダイヤモンドに実体がないのが解った。「立体映像ですか!? 本物ではないではありませんか!?」
「うむ。実はその通りだ。銀河辺境の未開部族くらい偽の報酬をちらつかせるだけで十分仕事をしてくれると思ったのだ」
「言い方!」はっきりずけずけ物を言うウルティマンをキリが叱った。
「……我我にはろくに物品を持っていない。とりあえず興味を惹かせれば、当面の報酬がなくても後でどうにかなるのでは、と思ったのだ」ウルティマンが言葉を修正した。
 アンナは嘆息した。冒険者は契約料で依頼を受けるが、これでは……。
 この時、嘆息した人物がもう一人いた。
 クラインだ。彼女は報酬のダイヤモンドは自分の会社で宝飾品に加工して、更に価値を高めるつもりだったのだ。デザインを極め、より魔力を持たせた装備品にも出来るのではという見通しも立てていた。それが水泡に帰すとは。
「ただ働きさせるつもりだったのですか」クラインの悲嘆を見ながら、アンナの声は現状に呆れていた。
「しかし、秘密厳守で協力をしてくれれば報酬として私達に出来る範囲内で何でも希望を叶える覚悟があるわ」そうキリがせめてもの謝罪の意思を込めるが、しらけた会議室内の空気は簡単に変わらない。
「出来る範囲で何でも、というのは具体的どういう事ですか」アンナは再質問する。
「色色だ」ウルティマンがあくまでも大雑把な答えを返す。
「あの〜、考えをひっくり返すというのはどうでげす」会話をじっと聞いていたドンデラ公の従者サンチョが意見を出した。「おら達がウルティマンの助けとなってヴァルカン星人を捕まえに行くんじゃなくて、捕まった未来さんを助けに行く為におら達がウルティマンの助けを借りるってのは」
「え! 未来さんが!?」アンナは驚いた。
 そうだ。皆はヴァルカン星人に未来が捕まったというクラインからの情報を思い出した。それがこの冒険者ギルドで合流したクラインからの、最も皆を驚かせた情報だった。
「依頼の報酬はともかく」アンナは落ち着いて茶色のセミロングの髪をうなじの方に手で流した。「わたくし達とウルティマンは共闘した方がいいみたいですわね」
 そしてアンナはとっておいた最後の質問をウルティマンにぶつけた。「赤い火球について調べてほしいという話ですが、そもそも火球の正体は何で、それをどうしようとしているのでしょうか」
「火球はヴァルカン星人の移民船だ。内部にはバクテリアサイズにまで縮小化した二〇〇億のヴァルカン星人がコールドスリープについている」ウルティマンが喋る時、光が口調に合わせて明滅する。「ヴァルカン星人は二○○億の人民が通常サイズで生活出来る居住先を探している。はっきり言えば侵略先を探しているのだ」
 それから、まず自己紹介としてウルティマンとキリが先日、リュリュミアが作った林で話した事と全く同じ内容を皆にあらためて聞かせた。
 アンナとマニフィカとクラインは直接聞くのはこれが初となる。
 そして更に彼の話は詳しい内容に踏み込んだ。
「文明が発達した光子結晶生命体ウルティマンの種族は善意による『宇宙パトロール隊』を組織し、様様な無法を働く宇宙人から未開惑星を守るという任務についている。宇宙パトロール隊は出来る限り、惑星の原住民に接触しない様にしている。
 ヴァルカン星人は狂った科学者による核実験の暴走で故郷のヴァルカン星を失っている。『赤い火球』の姿をした直径五十メートルほどの移民船の中で、二百億人の人民がバクテリアサイズになって仮死状態で新たなる移民先が見つかるのを待っている。
 何人かのヴァルカン星人は戦闘サイボーグになって、移民船の移住先……はっきり言って侵略先を探しながら常に眼を醒ましている。この様な移民船は他に何隻もいて、宇宙パトロール隊の要注意対象になっている。ウルティマン=キリは、ヴァルカン星人の侵略からオトギイズム王国を守る為にやってきた。
 ヴァルカン星人の本当の手は地球人と同じ五本指だが、戦闘サイボーグはハサミ状の武器になっている。そのハサミから『白色破壊光線』『赤色凍結光線』を発射する。前者に撃たれた者は爆発でダメージを負い、後者に撃たれた者は身体が凍った様に固まって動けなくなってしまう。
 オトギイズム王国のある『星』がこのヴァルカン星人の侵略先だ。たまたま宇宙を単独パトロールしているウルティマン=キリ、つまり私達ががそれを見つけ、阻止しようと戦いを挑んだ。それがモータの町で夜に起こった戦いだ。
 逃げた移民船は立体映像を使い、モータ北方の山の中に着陸し風景に溶け込み隠れているはずだ。そして機をうかがい、サンプルとして近づく人間を捕らえ、この星を詳しく知る為に調査しているはずだ」
 その解説をクラインは特に感慨深げに聞いていた。
「つまり空から来た悪魔が人人をさらい、このオトギイズム王国を滅ぼそうとしているのじゃな! そんな輩、騎士として一秒ものさばらせておくわけにはいかん!」
 突然、湯が沸騰したドンデラ公を皆がなだめる、というか押さえ込むチャレンジが始まった。それを完了するには時間が要った。いきなりここから突撃に飛び出そうとした癇癪だったからである。
「国王に相談した方がいいんじゃねえかな」
「そやそや。軍隊出してもらいまひょ」
 レッサーキマイラの意見はもっともと思われたが、キリに「宇宙パトロール隊は惑星の原住民に出来る限り接触しないように、という方針だから」とやんわり釘を刺された。
「こちらにはこれがあります」クラインは、未来のミニスカに着けた発信器からの電波を探知する受信器を出した。「これがあれば、移民船の場所はたとえ移動したとしても解ります」
 クラインはガラケーの様な受信器のスイッチを入れた。
 だが、画面には何の変化も現れない。
 距離は十分、範囲内のはずだが。
「もしかしたら移民船の外壁が電波を遮断しているかもしれないな」ウルティマンの輝きが強まった。「私がその機械をチューニングして精度を補助する。ひどく弱い電波だな……これでいいはずだ」
 受信器の画面、ここから北方向と思しき場所に輝点が点った。
「向こうからの音声も届くはずですけれど……無音ですわね」クラインはボリュームをいじる。
「場所さえわかればこっちのものだ」光子結晶生命体ウルティマンの声は揚揚としていた。「乗り込んでいって巨大化して、飛び立つ前に移民船をウルティニウム光線で丸ごと粉粉にしてやる」
「駄目よ。人質を助けない内にはあの移民船の爆破には賛同しないわよ」キリの声がウルティマンを諫める。
 冒険者達は受信機の輝点を見つめながら、うーんと唸った。
 未来を助けに移民船に乗り込むのは必定と思われた。
 しかし、複数の戦闘用ヴァルカン星人をどうあしらうか。向こうは四〇mサイズにまで巨大化も出来るのだ。
 少なくともクラインは四体の戦闘用ヴァルカン星人を確認しているのだ。船内にはまだいるかもしれない。
「念の為、ここに簡易光子結晶があるわ」キリはビー玉サイズの青い半透明結晶体の球を幾つか、卓の上に転がした。「これは生きてない。非生物よ。宇宙パトロール隊の備品だけど、これを使えば、誰でも三分だけ身長四〇mのウルティマンになれるわ。つまり使い捨てのウルティマン変身装置よ。ウルティマン。中空の人型電磁バリア体で、あなた達の身体は胸のエネルギーコアの中に埋め込まれる。三分間だけウルティマンが出来る事は何でも出来るわ。使いたい人間は一人一つ、持てばいいわ。使わないんだったら回収する」
 ここで一生に一度、ウルティマンになる方法が明示された。
 とにかく、ヴァルカン星人の移民船に捕まっている未来を助けないという選択肢はない。他にも捕まっているオトギイズム人はいるはずだ。
 身長四〇mのヒーローになる。
 ある意味、これがこの冒険の一番の報酬になるのではないかという思いが皆の頭をよぎった。

★★★
 赤色凍結光線を浴びた身体をわずかにも動かせなかったが、意識はずっとはっきりしていた。
 眼は見えていたし、耳も聞こえていた。喋る事は出来なかったが。
 未来はヴァルカン星人を殴って痛がったポーズのまま凍結していた。凍結したといっても寒いわけではない。ただ身体が凍りついた様にまばたきも出来ずに動かせなかった。
 クラインは無事に逃げ去っただろうか。
 もう拳の痛みはとれたが女子高生エスパーはそのポーズのまま、ヴァルカン星人達によって草原を運ばれ、立体映像の中に隠されていた移民船へと運び込まれた。
 つるりとした赤い光の表面が絞り状に開いて、丸い入り口から中に運び込まれた。
 移民船内部は用途によって区画が分けられているようで通路が血管の様に縦横無尽に張り巡らされていた。その表面の質感はヴァルカン星人の身体の肉感に似ていた。あの有名映画『エイ〇アン2』で宇宙生物達の支配地域が彼らの質感そっくりで、宇宙生物はそれに紛れて宇宙海兵隊に奇襲を仕掛けてきたが、あれのヴァルカン星人版という感じだ。
 通路で幾度もヴァルカン星人とすれ違った。その中には両手がハサミの者も、五本指の者もいた。
 未来が運び込まれたのは倉庫の様な扉が一つきりの大きな部屋だった。
 内部には色色な地球人が老若男女、驚きのポーズや逃げ出そうとするポーズのままで凍結されて、この大部屋の中で整然と置かれていた。今まで行方不明になったオトギズム王国民の全てだろう。三十数人はいる。彼らも身体を動かせないまま、意識があるのだろう。そのポーズのままでいるという事は外から力を加えてもポーズを変えられないという事か。
 ヴァルカン星人は整然と置かれた凍結体群の端に未来を置くと、全員部屋から出ていった。
 強固そうな自動ドアが閉じる。
 天井の小型灯のみが照らす薄暗い大部屋の中で、腰を据えて孤独な未来は考えた。
 彼らはこれだけオトギイズム人を集めてどうするつもりだろうか。
 ただ飾るだけなどとは思えない。やはり実験とか標本処置とかをするつもりだろうか。
 もしそうならば早く脱出しなければ。出来れば、この部屋にいる全員と。
 それにしても拳を押さえて痛がっているポーズのまま固定とははっきりいって格好悪い。やり直しを要求する!
 そこまで考えて未来は冷静になった。
 身体はピクリとも動かせない。
 では超能力はどうだ。
 未来は身体が浮く様に念じてみた。
 浮いた。
 身体は念じるままに上下左右に浮遊した。
 だがポーズは変えられなかった。変えるように念じてみたが、指一本動かせなかった。
 では他の物はどうか。
 未来の念じるままに周囲の人間像は幾つも同時に浮かす事が出来た。恐らく、動かされた彼らは声に出せない驚きで、心の中で叫んでいるだろう。
 どうやら超能力はポーズを変える以外、何でも使えるみたいだ。
 さて、どうするか。
 固まった三十数体もの人間が並ぶ、薄暗い大部屋の中で未来は次の一手を考えた。

★★★