『チェーンソーに心奪われし者達』

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(第1回/全1回)

★★★
 チェーンソー。
 見たり触ったりした事はなくても名前を聞けば、その道具の具体的な形がすぐ思い浮かぶだろう。
 エンジンが鎖の様に連なった小さな刃片を高速で回転させ、大木や丸太等を切ったりするのに使う道具。主に木こりが使うが芸術品を作るのに使われる事もある。
 この道具は中世欧州を文明の基本とした『オトギイズム王国』には存在しないと思われがちだが、実はある。
 昔『バッサロ領』と呼ばれていたアンデッドだらけだった領地に、両腕の先をチェーンソーにした怪物がいたのだ。その怪物のチェーンソーがどの様にして装着される事になったのか、既に怪物が倒された今となっては知る由もない。ありそうなのはこの怪物自体が文明がはるかに近代に近い、何処かの異世界からやってきたのではないかという推測だ。
 ともかく、チェーンソーはそれ以来、オトギイズム王国にはなかったというのが歴史だ。
 しかし、時代が変わった。
 異世界から来た学園都市国家『羅李朋学園』の超時代的な文明の、かの生徒達によってオトギイズム王国に革新的な文化技術をもたらされた。
 その伝授された未来的道具の中の一つにチェーンソーがあった。
 これが単なる伐採道具ではなく、武器として冒険者達に眼をつけられたのは、やはり怪物悪鬼との遭遇事件が頻繁なこのオトギイズム王国ならではだろうか。
 ともかく『デザイン原理』のこのオトギイズム王国の世界観にあって、チェーンソーは如何にも強力なデザインに思えた。その駆動は生きるものの群すら薙ぎ倒せるという非常な説得力に満ち溢れていた。
 チェーンソーを手に取る冒険者が増えていく。
 その暴力への説得力に魂を魅入られた者は多かった。何故だろう、その超重量のパワーをまるで自分の伴侶を得たが如く、熱愛する者が後を絶たないのだ。
 こうして『チェーンソーに心奪われし者達』はオトギイズム王国に増えていった。

★★★
 オトギイズム王国の東のある地方。
 見た目がまろやかににじむ水彩画の様な、まこと東洋的昔話的田舎的な山奥の景色。
 ある日、カニの『アッシュ』が道端で奇麗で美味しそうなおにぎりを一つ見つけて拾った。
「いやあ、ほかほかの美味しそうなおにぎりじゃ。塩気も丁度よさそうでこりゃあいい物を拾ったばい」
 アッシュはカニといっても、その姿は甲殻類の特徴を人型にのばした様な、我らが見れば『カニ男』という呼び方の方がしっくりきそうな来るカニだった。
 恐らく近隣の村人の忘れ物だろうか、早速そのおにぎりを一口齧ろうとした時に、道端の木の上から声をかけられた。
「よう、アッシュさん。美味しそうなおにぎりじゃねえか。どうだい、この俺の持っている柿の種と交換しねえか」
 見上げれば猿。木の上の高い枝にまたがっているのは友達というほど親しくはないが、近所に住む見知りの一匹の猿人、『エイプマン』だった。
 さて、これまでの語りを聞けば解るように、アッシュとエイプマンは共に人語を解する高等生物だ。勿論、普通の人とも交流がある。
「このおにぎりとその柿の種を交換とな。美味そうもないその柿の種と交換するメリットが今のこの俺にはあると思うべか」
「まあ聞け、アッシュさん。お前のそのおにぎりはたいへん美味かろう。しかし、一回食べてしまえば、そこで終わりだ。しかし、柿の種は土に植えてしばらくすれば何十個もの甘い柿がなる。しかも毎年だ。断然、お得と考えないか」
「むう」
「どうだ」
「……将来への投資と考えれば、確かに一粒の種の方が。よし、のった。このおにぎりとその柿の種を交換するべ」
「よし。交渉成立」
 かくしてアッシュは、木から降りてきたエイプマンと取引し、一つのおにぎりと柿の種を交換した。
 切り株に腰かけて美味そうにおにぎりを食べ始めたエイプマンを尻目に、アッシュは裏に空き地がある自宅へと急いだのだった。
 空き地にハサミで穴を掘り、その中に種を埋める。そして如雨露(じょうろ)で水をかけた。この如雨露、なかなかに魔術的雰囲気を帯びたデザインだ。
「早く芽を出せ、柿の種。出さなきゃ、お前をほじくるぞ」
 巷では「桃栗三年柿八年」という。
 種を埋めてから端正に世話をしても生えて育って実がなるまで柿は八年はかかる。何事も成就するまでそれなりの年月はかかるという諺(ことわざ)だ。
 しかし、その諺が覆った。
 如雨露で水をかける内、なんと十秒もしないで土から緑の双葉がにょっきりと顔を出したではないか。
「早く実がなれ、柿の種。ならなきゃお前をちょん切るぞ」
 いっそう如雨露で水をかけるアッシュ。どうやらこの如雨露は幾ら注いでも水が尽きない様である。
 コマ落としの撮影の如き不条理がこの場に顕現した。
 芽吹いた双葉は濃緑の本葉になり、見る見る内の不自然な急成長で茎は茶色の幹となり、葉は茂り、あっという間にアッシュの背丈を追い越す立派な大木となった。
 諺を無視し、柿の木はその日の内にオレンジ色の実を枝にならせたのだった。
「よーし。これで思う存分、柿を食えるぞな」
 そう言ってアッシュは柿の実を取ろうとした。
 しかし。
「あれ。えっと。手が届かんのじゃ」
 立派な大木となった柿の木の枝にアッシュの手は届かなかった。たわわになった柿の実は彼が背伸びして更にのばした手のまだ上にある。
 幹を上ろうともしたが、彼のツルツルした甲羅は、木の表面で滑ってしまう。
 彼の手がハサミだという事が上手く枝を掴めず、幹を登れない最大要因だった。
「しまった。木を大きくしすぎたのじゃ」
「困っているみたいだな、アッシュ」
 とっくにおにぎりを食べ終えて指の塩気を舐め取っているエイプマンが、難儀しているカニ男の背後に立っていた。
「この不自然の技、ちょっと驚かせてもらったが、その如雨露の仕業か。なーに、木を上れないというのなら俺に任せとけ。俺が上って、柿の木を取ってきてやろう」
 言うが早いか、エイプマンがアッシュの答も聞かずに柿の木にとびついた。
 するすると何の支障もなく、木の身を上り、あっという間に高い所にある枝に立った。裸足の足は枝を掴めるほど、足の甲と指が長かった。
「柿はすっかり熟れ頃じゃないか。水気を含んでピカピカと輝いて……ああ、こりゃ、美味い美味い」
 高い木の枝で柿を食べ始めたエイプマン。むしゃむしゃとあちらこちらから実をもいで止まらず、口の周りを甘い汁だらけにする。
「おーい。エイプマンさん。自分ばかり食べ取らんて、二つ三つ、もいでこちらへ落としてくれ」
「ああ、もいだばかりの柿は美味い。ああ、甘すぎてほっぺたが落ちちゃいそうだ」
「ずるいぞ! 柿の実を取って落としてくれる約束じゃないのか」
「ああ、ウザイな。これでも食らえ、カニ野郎め」
 エイプマンはまだ熟してない青く固い柿の実をもぐと、それを眼下のアッシュに向けて全力で投げつけ始めた。
「痛い!」
 頭を打たれて、アッシュは悲鳴を挙げた。固い甲羅を持つ彼でもこうなのだ。甲羅がなければ、次次とぶつかる固い柿で死んでいたかもしれない。
 猿はどんどん青柿をアッシュに投げつけた。
 右へ左へとカニは避けるが、固い実のほとんどは彼に命中した。
 その内の一つがむごい事にもアッシュの右手をポキリともいでしまう、
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛……い」
 連続する痛打。土砂降りの如く降りかかる青い実の中でアッシュは意識を失った。

★★★
「聞こ……聞こえるか……麻酔はもう醒めてるはずだ……眼醒めろ、カニ男……」
 暗黒のよどみの中から、アッシュの意識は復活した。
 ここは自分の家だ。
 いつも敷いている布団の上で彼は裸で眼が醒めた。
 周囲には様様な手術道具等、病院めいた物が散らばって置かれているのだが、それはアッシュの知識の中で知る物ではない。
 とにかく、包帯だらけで眼が醒めたアッシュは、自分の布団の脇で自分を覗き込んでいる白衣の男と黒衣の女性看護師がいるのに気がついた。男の白衣には自分の体液と同じ色の染みが点点とついている。
「眼が醒めたかね。全くひどいものだ。事の一部始終を陰ながら観察していたが、お前はあの猿に随分な事をされたね。可哀相に」
 その医者は優しい言葉で語りかけながら、手術道具を自分の大きな革のカバンの中にしまう。
「お前はおらを助けてくれたのか……」
「ああ、そうだ。ここまで来ると医者としては放っておけなくてな。私は流れの医者だ。な。ともかく、あの猿はお前を死亡直前にまで追い込むと、意識を失った君を尻目に熟した柿の実を全て持って、自分の家へと帰っていったよ」
「エイプマンめ……!」アッシュの心の奥には普段の彼にはない様な復讐心の炎が燃えていた。「あんたはおらを治してくれたんか。でも、俺には生憎、あんたに払ってやれるだけの金がねえ」
「金などいらんよ。私と、私の仕える神は金よりももっと重要なこの世の混沌と悪を欲している。……君の右手を見たまえ」
 アッシュはその時、初めて自分の右手についている異形の機械に気がついた。
 重い。チェーンソーだ。
 アッシュの右手は失ったハサミの代わりに、大木を伐採する凶悪な伐採機に改造されていた。
「君の復讐にふさわしい道具を右手につけておいたよ。おおっと、さっきも言った様に代金などいらない。私の信奉する神はこの世の混沌を望むのだ。そのチェーンソーを使って、様様な騒動をこの世にもたらしてくれ。あの猿の抹殺はその皮切りにちょうどいいだろう。……おお、そう言えば、君の協力者にふさわしい我が同志達を呼んでおいたぞ」
 医者が言うと、この部屋と囲炉裏部屋を隔てていたふすまがカラッと開いた。
 まず眼に入ったのはチェーンソーを構えた軍服姿の中年男だった。
「俺の名前は『ハートマン』! この俺にその口でクソをたれる時は前と最後に『サー!』をつけろ! 俺はチェーンソーを買って、丸太で試し切りをしている時にこの武器の素晴らしさに眼醒めた! このチェーンソーは俺の恋人だ! こいつは誰を切るのも差別はせん! これの前には全てのものは平等に価値がない! よし、お前の復讐行につきあってやろう!」
 そして、その背後に立つ大男がチェーンソーを両腕で抱え、その駆動に上半身を震わせていた。みすぼらしい服の前半分を革の長エプロンで覆っていたボサボサ髪のその大男は、革で出来たマスクをかぶっていた。マスクのせいで表情が解らない。
「………………………………」
 その男は無言でチェーンソーの震動に身を任せていた。
「彼の名は『ババ』だ。生きている恋人よりもチェーンソーを選んだ、屠殺場からやってきた男だ」
 医者がそう説明する。
 ババはまるで踊るかの様にチェーンソーを振り回し始めた。身体全体で何かの感情表現をしているらしいが、その真意は解りかねる。
「ここまでチェーンソー仲間がそろったのも何かの縁だ。さあ、この二人を連れて行きたまえ! あの猿への復讐に! 復讐は虐げられた者の特権なのだ!」
 白衣の医者に焚きつけられたアッシュは、二人の仲間を連れて家を出た。
「フンッ!」
 カニがまずした事は、自宅の裏の柿の木をその右手のチェーンソーで斬り倒す事だった。
 幹に食い込んだチェーンソーはバズ音を立てながらその木を切り倒し、地面をそれが倒れる轟音で揺らした。
「待ってろ! エイプマン! なますの様に切り刻んでくれるばい!」
 アッシュはそれまでの彼にはなかった、復讐心の高揚に身も心も支配されていた。

★★★
 『冒険者ギルド』に新しい依頼が舞い込んだ。
 エイプマンという猿男から提示された依頼は「自分の身を理不尽な殺人鬼から守り、そいつらを倒してほしい」という事だった。
 報酬は一人、五万イズム。何でも持ち込んだ魔法の如雨露を金に換えて報奨金を準備したらしい。
「いやあ、白衣の医者らしき男から『チェーンソーを持った三人の奴が俺を殺しにやってくる』と聞いて、とりあえず逃げ出したんだよ。いや、俺には身に憶えがないよ。それでさ、冒険者を雇えたら、一度、自分の家へ戻ろうと思うんだよ。逃げてばかりよりもそいつらが襲いやすいシチュエーションを自ら作って、そこで迎え撃とうと思うんだよ。どうだい。俺は頭がいいだろ」
 エイプマンは冒険者ギルドで、そこにたむろしていた者達にそう語った。

★★★
 しかし、このエイプマンの言動を疑う冒険者は多かった。
 どうも、この依頼は怪しい。
 そう考えた者達が猿男が去った後に小銭を出し合い、ギルドにいるジプシー占い師の婆さんに彼の過去を探らせた。
 すると占い用の水晶球に映し出されたのがこの冒険依頼の裏にある出来事だ。
 エイプマンがカニと、おにぎりと柿の種を交換した事。
 彼がカニの柿を独り占めにした事。
 カニに青柿を投げつけ、重い怪我を負わせた事。
 これが明らかになれば、チェーンソーを持った三人の復讐鬼がこのカニ関連である事は容易に察しがついた。
 襲ってくる三人のチェーンソー使い。
 果たしてエイプマンに味方し、三人の襲撃者を迎撃する依頼を受けるのか。
 復讐者達の悲願が成就するのか。
 この依頼は混沌とした状況の中にあった。

★★★

【アクション案内】

z1.アッシュ達を迎え撃つ。
z2.アッシュ達に味方する。
z3.白衣の医者について調べる。
z4.その他。

【マスターより】


今回のモチーフは『猿蟹合戦』です。
といってもかなりチェーンソーなどイロモノ要素が入っていますが。
ところで皆さん、件の物語は『合戦』などとタイトルに入っていますが「実際、猿は一人きりで攻められっぱなしで戦争とは違うんじゃないかなー」と思った事はありませんか。
今回は猿に味方をするというのが基本スタンスというシナリオを書いてみました。勿論、カニに味方をするのもありです。
ちなみにオープニング中に書いてある『両手がチェーンソーになっているアンデッド』というのはシナリオ『スノーホワイト』第三回をご参照ください。懐かしいでしょうか。
では次回も皆様によき冒険があります様に。