『呪われた壺』

第2回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 デザインが世界の法則である『オトギイズム王国』。
 エスビアンな町『ムスターファ』で『呪いの壺』を買い取った商人の家が、四度とも三日以内に火事を出して全焼するという事件が起こっていた。
 『エバドフ』という商人が新しくその壺を買い取って、初めての夜は何事もなく過ぎた。
 二日目からは見張ってほしいと執事に依頼を受けた冒険者達は、三日目の夜にその壺に起きた異変を見る。
 壺の中から現れた盗賊達。
 彼らを返り討ちにした冒険者達は、呪いの壺が遠く離れた盗賊団のアジトのもう一つの壺と空間がつながっているのに気づいた。
 アジトには三十人の盗賊達と大勢の虜囚がいる。
 壺を回収しに来た盗賊団の親分は逃げ去り、冒険者達はその親分がアジトに到着するよりも早く、事態を収拾する必要があると気づくのだった。

★★★
「やるやないか!」
 機転を利かせたレッサーキマイラの偵察で、壺の向こう側に約三十人の盗賊達と疲弊した虜囚達の存在が判明した。
 ちょっと強引ながらもキマイラ氏をクエストに参加させたビリー・クェンデス(PC0096)は鼻が高い。
「そらもう信じとったわ、ホンマに。……あれ? 未来さんがおらへん」
 座敷童子ビリーは、自分達の作戦を助けてくれるはずのエスパーJK姫柳未来(PC0023)がこの場にいないのに気づいた。
「さっき『親分を追いかけてく!』とか叫んでぇ、とびでていきましたけどぉ」
 答えたのは部屋の照明で気持ちよさそうに光合成を行っている植物系淑女リュリュミア(PC0015)。両腕を広げ、疲れていた全身に光を浴びている。
「うーん。未来さんのテレポートも助けになると思たんやけど。しかたない。ここはボクの『神足通』だけで行きまひょ」
「イエス! ジ・アーミー・シュッド・アクト・クイックリー! 兵は拙速を尊ぶネ!」
 ジュディ・バーガー(PC0032)はシンプルな力技を好む、典型的なアメリカン合理主義者でもあった。
 かなり大雑把ではあるけど、きちんと計算した上で作戦を立てる事も出来る。
「まさに今はタイミングが重要なケースネ。盗賊団のアジトをサプライズド・アタック、奇襲スベシ! この好機を逃すべからずヨ!」。
 リュリュミアから「悪党の親分らしき人物が逃げ帰ったみたい」と聞かされたジュディは、親分が盗賊団のアジトに到着するまでの時間イコール酒盛りして浮かれる盗賊達の油断を突いて奇襲を成功させるタイムリミットと認識していた。
 親分の移動手段はラクダだ。その足は意外と速く、時速四十から六十kmほど速度を出せるらしい。
 おそらく味方に与えられた猶予は小一時間くらいとジュディは予想していた。
 この作戦の骨格を思いついたのはマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)だった。
 ある一定の条件が整うと、双子の壺は空間を超えて繋がる。いわゆる『呪いの壺』の正体とは、不可思議な魔法のアイテムを利用した犯罪トリック。盗賊団がこのアイテムを入手したのは偶然かもしれないが、いずれにせよ悪知恵を働かせたものだ、と、彼女は敵ながらそこには感心をした。
 人魚姫の脳裡に王立パルテノン大図書館で読んだ、とある異世界の寓話集が脳裏に浮かぶ。年月を経た装丁が味わい深い、確か『千夜一夜物語』という題名だったはず。
 そんな事を思い出しながら、お約束の『故事ことわざ辞典』を紐解けば、そこには「眼から鼻へ抜ける」という記述。
 マニフィカは現状を注意深く観察し、事態打開のヒントを発見すべしという母なる海神の啓示かもしれないと思案しながら、再び頁をめくると「運用の妙は一心にあり」の一文。
 臨機応変に活用すべき対象とは。
 ジュディとレッサーキマイラだ。
 この二つの大型戦闘存在はアジトを攻略する際、大きな力になるだろう。
 しかし大きすぎて、この一人と一頭は壺の口を通るのにはかなり難儀になるはずだった。ジュディは時間がかかるが何とかなるだろう。しかし魔獣のサイズは大きすぎて壺の口を通るのは不可能だ。
 では、どうするか。
 そう考えているとマニフィカは一つの作戦を思いついた。
 理屈や仕組みは不明であるが、双子の壺を介して離れた空間が繋がる。
 それはある種の抜け穴だ。
 未来の『テレポート』やビリーの『神足通』なら、壺を利用したショートカットも可能では。
 ダメ元の成功したら儲けもの。試してみる価値はある。
 しかし、未来は単独行動で出て行ってしまった。
「ともかく、ボク、一度行ってくるわ!」
 そう言うと、褐色の座敷童子の姿がふいに消えた。
 そして、またすぐに現れる。
「一瞬だけ、壺の中の中継空間を通って、向こうに偵察に行ってこれたわ」ビリーは少し興奮している。「神足通ならこの壺と向こうの壺の間は跳べる。それとレッサーキマイラの状況説明は的確やった」
 そうでっしゃろ、えへんぷいぷいと胸を張るレッサーキマイラ。
 ともかく、向こうからの先遣隊の奇襲は失敗したと気取られない内にこちらからアタックしなければならない。
「ドント・ウォーリー、あんまり悩んでいる暇はないワ」
 可及的速やかに行動を開始すべき状況だとジュディは意見した。とにかく、皆で急いでこの壺を通って、向こうに奇襲を仕掛けるべきだと。
「ちょっと待ってください。盗賊をこちらにおびき寄せて数を出来るだけ減らしてからにしましょう」ここでアンナ・ラクシミリア(PC0046)は異見を出した。「わたくしにアイデアがございます」

★★★
 開けた岩場の空間。
 盗賊団のアジトでは三十人もの盗賊が酒盛りをしながら、曲刀の刃を抜き、先遣隊がこちらに「俺達の後に続け」という合図が送ってくるのを待っていた。
 十人もの虜囚の女達がやつれながらも艶っぽい衣装を身につけさせられ、酒の相手をさせられている。
 この酒盛りの中央には、右眼が開かれた人面が浮き彫りになった大きな壺が置かれている。
 さっきからその壺の中から毒蛇の頭が出てきたり、一瞬だけ褐色の子供が登場したりしているが、酒盛りに夢中な男達は気がついていない。
 と、ここで皆の注目を集める出来事があらためて起きた。
「早く来いよ、大漁だぜ!」
 野太い大声が発せられると共に、白い大袋が壺の口からポイッと吐き出された。
 岩肌剥き出しの床に落ちた袋の中身である大量の金貨がこぼれた。
「うひょー!」
 盗賊達は俄然、色めきたった。
 そして人面の壺に群がり、とにかくその口に入ろうと先を争って押し合いへし合いを始めたのだ。勿論、一度に通れるのは一人だけ。皆、この壺を抜けた先にあるパラダイスを予想して三十人は大騒ぎになった。

★★★
 盗賊達を呼びよせた野太い声はレッサーキマイラのものだった。
 屋敷側の人面の壺から首を出した盗賊がリュリュミアによって頭に布をかぶせられ、そこにアンナのモップが一撃。気絶したところをジュディの怪力で畑の作物を収穫する様に引っこ抜かれた。
 しばらくすると次の盗賊の頭が出てくる。
 そこをまたリュリュミアは袋をかぶせて、アンナのモップで失神。
 そしてジュディが引っこ抜く。
 他の皆が引っこ抜いた盗賊にくつわを?ませてロープで縛り、部屋の隅に並べる。
 当分の間、この大豊作は続きそうだった。

★★★
 曲刀の様な三日月。
 一頭のラクダが砂地と岩場が続く、寒い夜の砂漠を走っていた。
 乗っているのは盗賊団の親分だが、急いで砂漠の大岩場の洞窟にあるアジトに向かってただひたすらに駆けている。
 どうやら、襲撃先の屋敷では待ち伏せされているらしいと、親分は気づいている様だ。
 自分が呼びかけた事で仲間が気づけたならいいが、それは見込み薄だ。
 早くアジトに戻って子分達に知らせなければいけない。
 一時間ほどかかって、ようやくアジトが見えてきた。
 薄闇の中にシルエットとして浮かび上がるその岩場は、砂漠という海に浮かぶ一艘の箱舟の様だ。
 洞窟の入口からわずかに漏れ出ている光に安堵する中年男。
 と、その時、災厄が頭上から落ちてきた。
 気配に気づいた男が見上げた時には、既に視界はスカートの中のブルーな縞模様の下着で一杯になり……。
「どっかーん!」
「ぐわっ!」
 小さくも鋭い膝が、見上げた顔面を猛スピードで打つ。
 ラクダの足跡を小テレポートを繰り返して追ってきたエスパー女子高生・未来のニードロップは、見事に不意を打って、盗賊の親分の鼻っ柱を折って鼻血を吹かせた。
「詐欺、強盗、放火、殺人、誘拐、人身売買……まるで犯罪のデパートだね」
 JKの正義感は燃えていた。未来は呟くと、首を掴んだまま、十mほど上空にテレポートした。勿論、親分も一緒の夜空だ。
 そこで親分の身体を上下逆にし、脇の下に足を乗せると自分は足首を持って、重力加速度プラス二人分の体重で砂漠へと激突した。
「キン肉みのあるドライバー!」
「ゲーッ!」
 超人漫画で観た事がある様な未来の技は、親分の頭を砂漠にめり込ませてしまった。
 まるで映画『犬〇家の一族』のスケキヨみたいになった男を背景に、残心の未来は砂漠に片膝を着き、武闘の終了に合わせて息を吐いた。
「マジ卍、一丁上がり。……さて、後は子分達ね」
 ミニスカをめくりあげ、白い太腿に隠していたホルスターから『マギジック・レボルバー』を抜いた未来は岩場の洞窟から漏れ出る光を見つめた。

★★★
 商人『エバドフ』邸の応接室。
 豊作祭に明け暮れていた人面壺周りの冒険者達は、十五人も気絶させた時点で、壺から新たな盗賊がやってこなくなっていた。
「さすがにばれたみたいですね……。まあ半数にも減らせていれば上上ですわね」」
 マニフィカは壁に立てかけていたトライデントを手に取った。
 そして『ホムンクルス召喚』。己の複製を作り、戦力を倍にする。
「今度はこちらからのアタックフェーズネ」
 アメフトアーマーを身に着けたジュディは自分の両拳を打ち合わせる。
「それでは突撃敢行とまいりましょう」
 アンナはモップを片手にいきなり人面の壺の口へと踊り込んだ。一人屈めば満員のはずの壺の中へとその姿が素直に飲み込まれる。
「ではわたくしも」
 マニフィカもトライデントを突き刺す様に壺の口に突き入れると、それに遅れて全身が飛び込んだ。
 それに続いて彼女の複製も飛び込む。
「ではぁ、行ってきまーすぅ」
 十分に養分を補給したリュリュミアも続いて、ぽやぽや〜と潜り込んだ。
「さて、後はジュディさんとお前らやな」
 ビリーは準備万端に整えた怪力娘と魔獣を両手に、壺内の空間を中継する瞬間移動、神足通を発動させた。
「行っくで〜!」
 褐色の福の神見習いの姿が応接室から消える。
 と、次の瞬間に何処まで離れているかさえも解らない、遥かな遠隔の岩室の中にその姿は現れた。
「やったぁ! トラ・トラ・トラや〜! ……って、あれ?」
 我、奇襲に成功せり!と一時は浮かれたが、自分が掴んでいたはずの一人と一頭の感覚が手から消えているのに気がついて、ビリーは驚く。
 ジュディはこっち側の壺の口に肩を突っ込む様に頭を出してはまり込んでいた。
 という事はレッサーキマイラの状況も大体察しがつく。
 やはり壺の内側を介しての瞬間移動は、一度は内部の中継空間を通る形にならなければならない様だ。
 大柄な一人と一頭は狭い壺の口にはまり込む形になってしまっていた。
 ジュディは何とかくぐれそうでアジト側に出ようと四苦八苦していたが、レッサーキマイラの方は多分、屋敷側の口に頭がはまり込んで抜けなくなっているだろう。壺を壊さなければいいが。
「あちゃ〜。すんまへんな。ジュディさん、それと向こうの壺のおまいら」
 ビリーは一応、ここから見えないレッサーキマイラにも謝罪する。
 さて、こちら側では十五人ほどに減った盗賊達と冒険者の戦闘が繰り広げられていた。
 既に三人が『粘着弾』によって貼りつけられている。
 正面から侵入してきた未来の仕業だ。
「未来さん。来てたんやん」
 ビリーの呟きの中で未来は更に一人、壁に盗賊を貼りつける。
 揺れるかがり火の照明で大勢の影が踊り狂う。
 アンナの『乱れ雪桜花』が、壁を這う土砂降りの影として無数の桜の花びらのシルエットを舞わせる。
 その桜花にまとわりつかれた盗賊の一人が死角からの打撃を受けてまた一人倒れる。実に乱れ応接化は三人もの盗賊を倒していた。
 そのアンナの背後から曲刀で斬りつけようとした盗賊が緑色の蔓で手足を絡めとられた。
「全くもぉ、人を後ろから斬りつけようだなんてぇ、お行儀が悪いんだからぁ」
 まるで子供を叱る様なリュリュミアは『ブルーローズ』で縛り上げた一人を天井にぶつけた。そのまま、床に落とし、相手は行動不能になる。
 残る盗賊達を二人のマニフィカのトライデントが次次と仕留めていく。一人のマニフィカのトライデントが曲刀の突きを食い止め、もう一人がその隙を突いて、突き倒す。
 無駄な足掻きにしか見えない盗賊達の抵抗。
 鉄格子の中の虜囚は突然現れた救いの手に助けに声援を送り、召使をさせられていた女囚もはたちまちの戦闘に逃げ惑う。
 ほぼ一方的な冒険者達の活躍。
 数を減らされた上の奇襲。酒盛りで酔っていた身体で無理やり戦っているのだから当然かもしれない。
 動ける盗賊達は五人をきった。
 と、ここで壺を抜けたジュディは勢い余って、太った盗賊の腹にタックルをお見舞いした。それだけで相手は吐しゃ物を巻き散らしながら床に崩れる。
「ウーップス! フィルシー!」
 その吐しゃ物がかからないようにバックステップするジュディ。
「畜生!」やけくそになった盗賊達が鉄格子の方に走った。召使をさせられていた女囚の一人を捕まえ、その細い首に曲刀を突きつける。「てめえら、武器を捨てろ! こいつの命がどうなっても知らねえぞ!」
「しまった!」
 ビリーは叫んだ。先ほどから召使の女囚を神足通を使って、比較的安全な鉄格子の中へ避難させていたのだが、彼女達は戦いの中で勝手に逃げ惑うので作業がなかなか進まなかった。
 その取りこぼしが狙われたのだ。
 卑怯な手段をとった盗賊の前で動きを止めざるを得ない冒険者達。
 四人の盗賊達がそれぞれに捕えた女囚の首に刃を突きつけ、戦闘は一気に膠着状態となった。
 一人の捕虜だけなら咄嗟に何とかなったかもしれないが、一度に四人では次手がない。飛び道具でも魔法でも一度に四人は対処出来ない。
「卑怯ですね……」
 二人のマニフィカはトライデントの穂先を下げながら苦い言葉を呟くのが精一杯だった。
 皆、自分の武器を持つ手を下ろす。
 盗賊達は気絶している仲間の意識を、蹴飛ばして確認する。数名がふらつきながらも起き上がった。
 と、その時。
「えぇーい」
 ぽやぽや〜としたリュリュミアの頭のタンポポ色の帽子が、花粉の濃い雲を噴き出した。雲は大きくなりながら広がり、周囲にいた人間、仲間も人質を取った盗賊達をも包む。
「やい! 何を怪しいこ……ちにゃ〜……」
 人質を取っていた盗賊達のまぶたが重くなった。花粉を吸った息は欠伸を噛み殺す様な大味なものとなり、やがて女囚に刀を突きつける手が脱力して武器を落とす。
 そのまま、膝が折れて、床に屈服してしまった。人質諸共、寝息を立てながら、無力な者となる。
 それで起きていた盗賊と人質になっていた女召使が九人が寝てしまった。ついでにスカートを寝乱した未来もだ。
 冒険者達はこの機を逃さずに盗賊達を縛り上げた。
 眠っている召使と未来を起こしたが、まだ花粉の効力の中にいる彼女達の意識は夢心地だ。
 盗賊達を全員捕まえた。
 これを見ていた鉄格子の向こうの囚人達が手を叩いて、喝采した。
 盗賊達を無力化した冒険者達は、次に鉄格子を開ける為に扉を見つけ、錠を探したが。
「あかん。鍵がないと開かんタイプや」
 駄洒落になっているのにも気づかず、ビリーは唸った。
「鍵は誰が持ってますか」
 アンナは縛られている盗賊達に鍵のありかを聞いた。
「親分が持ってるんだぜ」
「そういや、親分、帰ってねえな」
「やい、てめえら! 親分が戻ってきたら百人の味方を連れてくるぜ!」
「そうならない内に俺達を釈放して、逃げ帰った方が身の為だぜ!」
 めいめいに騒ぎ出した盗賊達が、マニフィカのトライデントが石突を床でカン!と鳴らしたのに一斉に黙りこむ。
「あ、親分……親分はねぇ……ふにゃぁ」
 未来が、入り口の前の砂漠でスケキヨになっているのを報告しようとするが、まだ眠気に勝てず、声にならない。
 鉄格子の向こうで消沈した虜囚達。
 と、鉄格子の前に二m超の身長を持ったジュディが立ち、右手と左手に隣り合った鉄棒を握った。
 さすがに虜囚もまさかと思ったらしい。
 彼女は一息吸い、吐く勢いで上半身に力を込めた。
 太い鉄棒が軋み音を立てる。
 ジュディの両腕がぐにゃりと鉄棒を肩幅以上にひん曲げたのを見て、表情が驚きと歓喜に変わった。歓声を挙げる。指笛を鳴らす者もいる。
「やったぜ! 姉ちゃん!」
「ああ、これで三ヶ月ぶりに家に帰れる!」
「いかずゼ! 俺とつきあってくれェ!」
 自分が通れる隙間を見た虜囚達が、感謝の声と共にそこから出てくる。
 汚れていた服を身にまとった虜囚。
 皆、痩せていた。男も、女も、子供もだ。
「捕まった人達の中に『双子の壺』を買った商人はいませんかぁ」
 リュリュミアは声をかけ、牢の奥の方にいた痩せた老人が恐る恐る手を挙げた。叱咤の声を受けると思ったらしい。
「やっぱりいましたかぁ。いえ、最初に捕まったのはあなたですよねぇ。無事でよかったですねぇ」
 リュリュミアはただ労いの言葉をかけただけだった。
 その商人は安堵して、牢から出てきた。
 彼が悪いわけでない。
 後で聞いた事だが、砂漠で盗賊団が彼を襲い、双子の壺も含めて略奪されてしまったのが、全ての始まりだった。
 壺の能力は買った商人も気づいていた。
 盗賊達もその秘密になんとなく気づいて、商人の口を割らせて、それを使った神出鬼没の火つけ盗賊という犯行手段に使ったのが事の真相だ。
 全ては壺の能力の、盗賊団による悪用だった。
 ビリーは自分のバッグを漁った。
「あんさんらには今、食事を配給するさかい。ちょっと待ってな。ああ、先を争わんでもちゃんと皆に行き渡るさかい、心配せんでええで」
 ビリーはまず『指圧神術』と『鍼灸セット』で特に疲労している囚われ人に応急手当している。。
 そして『打ち出の小槌F&D専用』を使ってスポーツドリンクを配布し、身体の浸透圧に近い栄養豊富な飲み物で長い間の監禁生活を労わる活力を与えた。
 皆にビリーは打ち出の小槌を振り、病人食を出す。
 お粥、鶏ささ身の煮物、菜っ葉と芋たっぷりなシチュー、栄養満点あっさり卵スープ、ヨーグルト、茶碗蒸し、完熟バナナ、すりおろしリンゴ等。
 疲れ切った身体に気を使ったメニューで消化と栄養はとてもよい。自分の好きな食べ物を選ぶ事が出来る。勿論、美味だ。
 五十人もの囚われていた人達は感謝の涙を流しながらそれを食べた。。
 どうやら火つけ盗賊によって誘拐された人間達は全員ここに捕らわれていたらしい。
「さて、この家財道具はどうしましょうかしら」
 アンナは岩室の一角に積み上げられた宝の山を見る。
 勿論、それらは火事にされた屋敷から運び出された物だろう。壺の口を通らない大きさの物もあったが、それらは壺を回収するのと同時に親分が持ち帰ったのだろう。
「という事はこれらは壺を使わない地上ルートを使って、運んで戻さなければならないですね」
「ウォーク・ザ・バンド・オブ・シーブス・アンド・テイク・ゼム、盗賊団も当局に引き渡すのに地上ルートで歩かせてムスターファへ連行しなければならないワネ」
 ジュディが家財道具の内、豪華だが重そうな椅子を持ち上げ、重さを確かめる。
「畜生……親分が戻ってくれば……」とこの期に及んでぶつくさ言っている盗賊の声を聴き、未来は「すっかり忘れてた」と盗賊の親分が砂漠でスケキヨ状態になっている事を皆に知らせた。
 今度こそ盗賊達は完全に絶望して覚悟を決め、虜囚だった者達は状況が幸せに終了した事にあらためて歓声を上げた。
「どうやら壺は向こう側が完全に塞がってるみたいねえ」
 マグカップの熱く濃い椎茸スープを飲みながら、リュリュミアは右眼を開いているこちら側の壺を調べていた。
 どうやらあちら側の壺はレッサーキマイラが詰まっているらしい。
「わたしが強制テレポートでどかしてくるわ」
 すっかり眠気から醒めている未来がこちらの壺に入っていく。
 一、二分ほど待つと「開通〜!」とJKの声が聴こえてきた。
 これで皆がムスターファに戻る準備が出来た事になる。
「念の為、衰弱しすぎて壺を通るのが難儀やゆう人は、ボクと一緒に飛空艇で運ぶで」
 ビリーは『空荷の宝船』を準備しに洞窟から外に出ていく。
「早く屋敷に戻りたいですねぇ。帰れたらわたし、ベッドを用意してもらって朝までぐっすり眠るわぁ」
 リュリュミアのその言葉で、皆は今が真夜中である事を思い出した。
 とりあえず朝までぐっすり眠りたいという彼女の意見に、皆は心中で同意するのだった。

★★★
 砂を含んだ空気を陽光が照らす。
「で、これがその様子をとらえた『どうが』とかいうものなんですね」
 ムスターファにある『冒険者ギルド』のギルド長室で、ギルドマスターにスマホの動画を観せていた未来はうんうんとうなずいた。
 壺の傍で固定されて応接室の様子を写していた動画は大きく分けて第三部に分かれていた。
 まず、最初の夜の何も起きない応接室で、未来やビリーやレッサーキマイラがダラダラしている第一部。
 次に翌日の夜に盗賊達が壺から現れて冒険者達と戦い、後はこちらに出てこようとする盗賊達を次次に気絶させて引っこ抜く第二部。
 最後が、レッサーキマイラの獅子頭が壺の口にはまって、ひたすら抜こうとじたばたもがくだけの第三部だ。
「依頼成功おめでとうございます」ターバンを頭に巻いた髭のギルドマスターが早回しで動画を観終わって、ソファーに座らせた冒険者達に祝辞を送った。「連続火災の真相も解り、盗賊団も一網打尽。捕らわれていた全員を無事に助け出し、盗品を奪回したのだから、この事件に関する王国からの追加報酬はかなりのものになると思われます」
 ギルドマスターは座っている机の横の眼鏡をかけた同僚に眼を向ける。
 彼は書類の束をパラパラと見直し、最後の書類に書かれた金額をギルド長に伝えた。
「一人頭、百万イズムですね」
「それは勿論、おいらも含めての金額なんじゃろな」
 壁際で狭そうに腰を下ろしているレッサーキマイラが訊くと、獣の匂いに辟易している様子のギルドマスターがうなずいた。
「これで高級肉が山ほど食える……!」
 眼をキラキラさせるレッサーキマイラ。
「ええか! この百万イズムは労働に対する正当な報酬や。しかしここで慢心したらあかん! 芸人たる者、手に入ったおぜぜは一晩で使い切るほどの器量を見せなあかん! そして、それを新たな芸の肥やしにするんや! ええか、芸人道を歩むもんはハングリー精神に常にあふれてないとあかんのや!」
 ビリーは『伝説のハリセン』で魔獣の頭をスパコーン!と小気味よくはたきながら説教する。
「まさしく『一壺千金』の託宣通りでしたわね」
「壺は二つでしたけどねぇ」
 マニフィカの呟きに、リュリュミアはぽやぽや〜と返す。多分、自分がツッコミを入れた事を彼女は自覚していない。
「戦いが終わった後の応接室は掃除のしがいがありましたわね」
 アンナは清掃が終わるまで寝なかった事を思い出す。
「パッシング・スルース・ア・ナロウ・ジャー・イズ・オルレディ・ア・メス、狭い壺を通るのはもうコリゴリネ」
 ジュディのぼやきが仲間達の笑いを誘う。
 南からの熱い風が吹くムスターファの町で、平和な陽気が白い雲の影をくっきりと焼きつけていた。

★★★