ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 砂っぽい風が吹く街『ムスターファ』。 今、ここで五番目の被害者になるのか、と噂されている商人『エバドフ』がいる。 巨万の富と大屋敷を持つエバドフは金に糸目をつけず、その『壺』を買いとったらしい。。 彼が流れの商人から買った壺は、確か美術品として人を魅了する様な見事な造形だという。 しかしこれまで買った人は家が火災を起こして全焼し、その火の勢いは家人が全員、行方不明になるほど激しかったと聞く。 火は家財の一切を焼き尽くし、それこそ根こそぎ焼き尽くした。 それで壺は『呪われた壺』として名を世に知らしめる事となった しかし全焼する家にあったはずの壺が、どうして何度も取引されているのだろう。 その疑問に答える者はなく、エバドフの家は壺を買い取って初めての夜を何事もなく過ごした。 しかし、これまでの例によれば壺を買い取った家は三日以内に火事を出すという。 残り二日の見張りを頼まれた『冒険者達ギルド』は十万イズムを報酬として冒険者を募った。 これは二日目の朝からの話である。 ★★★ 古今東西あらゆる書籍が集められた王立パルテノン大図書館。 『オトギイズム王国』随一を誇る蔵書量は、これぞ知の殿堂と讃えるに相応しい施設だ。 その静寂な閲覧室に、今日も足繁く通うマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)の姿が見受けられた。 羅李朋学園から寄贈された推理小説が最近の彼女のマイブームらしい。 「アシモフの『黒◇家蜘蛛の会』は面白いのですが、アメリカという国の文化に明るくないと推理が出来ないのが難ですわね」 ページをめくりながら彼女はふと一人ごちる。小さな声だが静寂の中ではよく響いた。 これは失礼、と反省しながらページをめくる。 ふと、その時だ。 小説の内容と関係なく、妙な胸騒ぎを何故か覚えた。 今、自分が読むべきはこの本ではない。 マニフィカは常時携帯している『故事ことわざ辞典』をバッグから出し、それを紐解いた。 ランダムにめくったページには「人を呪わば穴二つ」という不吉な文言。 恐らくは自分自身に対する警鐘ではないかと思えるけれども、それに類する心当たりが無い。 眉を顰め、再びページをめくってみれば「一壺千金」の四文字。 (いっこせんきん?) これらは何を示唆しているのだろうか? まさにミステリーの予感。物語の迷宮がこの現実に立ち上がろうかとしている気配を感じる。 ★★★ 夕暮れ。 パルテノンの中央公園。石舞台。 バーベキュー、現在進行中。『レッサーキマイラ』の獅子の頭が「ハフハフ」と熱く美味な肉を鉄串から歯で抜き取ろうと格闘していた。 ところで宴会の主催である座敷童子ビリー・クェンデス(PC0096)はずーっと眠っていない。 種族的な特徴としてか、それとも個人的な素質かは解らないが生まれてから全く睡眠を必要としないのだ。 たとえ望んでも眠る事が出来ないのだった。 人間が人生の三分の一も費やさなければならない不随意の休憩時間がなくてすむというのは、幸福と呼べるのか。それとも不幸なのだろうか。 いずれにしても、この福の神見習いは長い夜を持て余す事が多い。 退屈は嫌いだった。 けれども仕方ない時間だ。 「ってゆう事なんやけど、どう思うん?」 ビリーは一緒にBBQをしているレッサーキマイラに悩みを打ち明けた。とにかく夜が退屈である事を。 やや芸風に難があるけど、すっかり気心の知れたレッサーキマイラ。意外と機転も利き、地味にクレバーな活躍を見せる事もある(とビリーは思っている)。 悩みを打ち明けるというのはそれなりに親友か、専門家に対しての行動だ。 いつもの如く『打ち出の小槌F&D専用』が大活躍中のBBQ。限りなき飲み食いを存分に楽しめば、当然の如く口先も滑らかになり、ビリーもさりげなくの風でレッサーキマイラにこの悩みを気楽に打ち明けられた。 「夜、眠れねー事っすか」肉にかぶりつく山羊頭の前で、長い楊枝で歯間を掃除している獅子頭がビリーに回答した。「じゃあ、夜間アルバイトでもして金を稼いだらどーっすかね」 「夜間アルバイト?」 「世間にゃあるでしょ。皆が寝てる間にも仕事をしなきゃならねえってヤツが。一晩中の暇な時間を持て余すくれえなら、いっそ働いて稼いだらどーでやんしょ。ほら、トキワ・カネナリとかゆう人がそんな言葉を残したとか何とか」 三つ頭の怪物の答に、ビリーの脳裏を稲妻が撃った。 その答は座敷童子の意表を突くものだったが、言われてみたら尤もな話。 どうしてその発想が今まで無かったのだろう。 まさにコロンブスの卵だ。 「そ、それや!」ビリーの顔が興奮で赤くなった。次いで、手に持ったBBQの串から一気に肉三つを口の中にこそぎ落とす。「なんちゅう答を返してくるんや! あんさんはコレだからコレでコレなんや!」 「いやー、それほどでも」 「よし、早速、仕事見つけに行くで!」 「ビリーさん、もう夕暮れでっせ。ってゆうか、もっと肉を食わしてくだせえ!」 ★★★ 老騎士ドンデラ公や従者サンチョ・パンサ氏と親しくなったジュディ・バーガー(PC0032)は、自称、名馬『ロシナンテ』として彼らの放浪に同行していた。 ところがぎっくり腰を発病したドンデラ公が温泉治療する事になり、その費用を稼ぎ出すべくジュディは冒険者ギルドに行く事にする。 冒険者ギルド。 豹類の頭蓋骨をかぶった黒服の呪術師。 セーラー服を戦闘服にした女戦士。 雑多な装いの冒険者達で騒めくギルド一階で、長身を活かして大掲示板を眺めたジュディは、新たに貼り出された『呪いの壺』のクエストに注目した。 これだ!と野生の勘が告げる中、ジュディは脳裏にこの前の王宮での茶会の風景を思い浮かべていた。 ……もしかしたら、これにも混沌のネガティブな側面『ウィズ』を信奉する一派が絡んでいるかも? ウィズの存在を知ってから度度そんな思いがジュディの脳裏をよぎる様になっている。 そんな事を考えながら、依頼書を熟読していたジュディの左右の隣に身に憶えのある者達が並んだ。 「OH! アンナ! ミク!」 ジュディの横にひょっこり現れて、同じ壺の依頼に眼をつけているのはアンナ・ラクシミリア(PC0046)と姫柳未来(PC0023)だった。 「あら、ジュディさん」 「ハロー! ジュディ。イェイイェイ」 呼びかけに答えたアンナと、未来が挨拶する。 「あの人もそこにいますわよ」 アンナの声で振り向いたジュディは、後方の少し離れた人ごみの中にリュリュミア(PC0015)が立っているのにも気がついた。やはり彼女も壺の依頼に興味があるみたいだ。 ジュディがリュリュミアに答えると彼女の挨拶も返ってきた。 「依頼には興味あるけどぉ、わたしは壺を見張るのは嫌なんですよぉ」リュリュミアがのんびりとした声で皆に不満を述べる。「わざわざ火事が起こるような所に行くわけないじゃないですかぁ」 基本的に植物である彼女は火が苦手だという事はこまれまでの同行で解っていた。 そうしている内に見知った顔がまた一人、この大掲示板の前の雑踏に現れた。 マニフィカだ。 まだ皆に気づいていない人魚姫は、冒険者ギルドに顔を出し、何気なげに大掲示板を覗き込んだ。 マニフィカは一通り貼りだされた依頼書の並ぶ中から、やはりエバドフの『呪いの壺』に関する依頼書に一番の興味を持つ。 成程、呪いと壺のキーワードが組み合った案件。ようやく腑に落ちた。つまり、『故事ことわざ辞典』の示した文言はこのクエストに参加せよ、という啓示なのだろう。 彼女はそこまで思ったところで自分の肩を指でつつく未来に気がついた。 気づけば、マニフィカの周りに知己が集まっている。 「ごきげんよう、皆様」 マニフィカは上品に皆に挨拶した。 全員が同じ依頼を受けるという事実を確認し、手続きの為に受付に行く。 すると受付の前で一悶着が起きていた。 「だから、エルフやドワーフはよくってレッサーキマイラは参加しちゃダメって根拠は何処にあんねん!」 「とりあえず本人に来てもらわなくては……」 夜間の見張りとはビリーにうってつけだ。 善は急げと冒険者ギルドに姿を現したビリーは、大掲示板に貼られた『呪いの壺』の依頼文を眼にとめた。 壺を見張るとすれば、おそらく夜間の人員配置がネックとなるはず。 おそらく交替のシフトを組むと思われるが、どうしても手薄になってしまう。 これこそビリーには徹夜で活躍する機会となる。 だが、この福の神見習いは、相棒としてレッサーキマイラにも『呪いの壺』クエストに参加要請していた。 レッサーキマイラの特徴として、頭部が三つあるから交替で休息も可能なのでは?という計算だ。これをDrアブラクサスが聞けば、コンセプトの勝利と誇るだろう。 「前にも参加者の事前承諾を受けずに参加を許可した依頼があったやないか」ビリーはこの前のドンデラ公に関する依頼の事を言っているらしい。 「あれは特別ですよ」 ちなみに今の受付嬢は馴染みのトレーシ・ホワイトではない。 「とにかく本人に来てもらえばええんやな!」 ビリーはパルテノン大公園のレッサーキマイラを呼びに行こうと振り向いた。渋られるかもしれないけど、そこは口八丁手八丁で丸め込むつもりだ。 そして、その時に自分の背後にいつもの冒険者仲間である五人の姿に気がついたのだ。 「あ、アンナさん、ジュディさん、マニフィカさん、未来さん、リュリュミアさん』 いつものメンバーがそろった六人は気軽に挨拶を交わした。 「あの怪獣さんにも参加を呼びかけに行くのぉ?」 リュリュミアは小首を傾げ、ビリーは「そうや」と答える。 「本人の気持ちというものがありますから」 アンナは、どうだろう?という気持ちを伝えたが、ビリーの心は曲がらなかった。 「芸人はいろんな経験を積んどくべきや。それが芸にリアリティを与える事になるんや。それに一頭に三つ首があるっちゅうアドバンテージはこういう時にも生かせると思わへん? 三交代なら徹夜の見張りもグッと楽や」 「そね。徹夜に強い仲間ってのは超アリかも」 未来が肯定したのを聞くか聞かないかの内にビリーは走り出した。 「じゃあ、連れてくるさかい!」 ギルドの出口で『神足通』を使って瞬間移動するビリーの姿が消える。 この後、本当にレッサーキマイラを冒険者ギルドに連れてきたのに町はプチパニックになったが、ともかく「給金が出る→肉が買える」という論理に導かれた魔獣は参加する事になり『呪いの壺』依頼は六人+一頭という編成になった。 ★★★ その日の夜は、壺を購入してから二日目の夜となる。 大商人『エバドフ』の屋敷で、応接室の一段高い壁際にある、いわゆる『呪いの壺』(エバドフ自身はその様に呼んではいないが)の前で、アンナ、未来、ビリー、そしてレッサーキマイラが徹夜番をしていた。 エスニカンな装飾の屋敷に、その大きな壺はとてもよく似合っていた。 人の顔の様な表情が表面に浮きだし、それが左眼だけを開けている風に見える。不気味で怪奇なデザインだが、真に芸術的な感性に訴えかける物だ。 大きさは、屈めば内部に人が入れそうなほどに大きい。 アンナはその壺の表面を丹念になぞって調べていた。 この壺を買った家は火事を出す。アンナには火事と言えば思い出さずにはいられない娘の記憶があった。 「……アグニータ」 もうとっくに治ったはずの火傷が疼く気がする。 その少女が絡んでくる話とは思えなかったが。 重くなる自分の気持ちに、両手で頬を叩いて気合を入れ直して、アンナはこの壺の調査にしっかりと向き合う。 そんな元気を奮い起こしているアンナを見ながら、ビリーはちっとも眠くならない身上に任すまま、あぐらをかいて足裏を?きながら壺を見つめていた。 その横ではレッサーキマイラが今は尾の蛇だけを覚醒させて、残る獅子頭と山羊頭がいびきをかいて熟睡していた。皆は鼻提灯という物の実物を初めて見た。三つの頭があるレッサーキマイラが三交代制で壺を見張るというのは確かに徹夜仕事には便利かもしれない。よだれをだらしなく垂らして熟睡する魔獣の中で、今は冷静な尾の蛇が生真面目に壺を見張っていた。 未来はスマホを台に立てかけさせて、アンナが調査している壺の動画をずっと撮っていた。 本人は昔、羅李朋学園で仕入れたポテトチップをパリパリ食べていた。時折、くしゃみやあくびをするが壺に何を期待しているのか、反応のなさにがっかりしている様だが。 「そろそろ何か起こってもいいのにな」 未来は呟きながら、ポテチ片手に食べながら、床に置いた漫画のページをめくる。 まるで漫画喫茶にいる様にだらだらすごしていた。 「何読んでんの、未来さん」 「あー、これは子供の読む漫画じゃないから」 「子供が読んじゃいけない漫画なんてあるん。それにボク、こう見えても子供やないから」 「あー、えーと、アハハ」 未来は漫画を閉じて、ポテチをビリーに勧めた。 ポテチを齧りながら、ビリーは今チラッと見えた漫画の中身に不審を感じた。 黒髪のキャラのキスシーンのアップだが、気のせいか、学生服の少年同士だった様な……。 外野でそんなちょっとした騒動をしている中、アンナはとりあえず壺の調査を続けた。 火事に遭ったのであれば、煤や汚れは落としたにしても、傷ついて欠けたり、熱で釉薬が溶けていたり、ひび割れていたりしそうなものだが、これにはそんな痕跡がない。 四度の災難に遭ったにしては不自然なくらい綺麗だった。 「あの執事さんはこの壺の作者の消息は解らないと言っていましたね」 表面のデザインを指でなぞりながら、今夜、執事のモハメッドに訊ねた事を思い出す。 言いながら、この壺の強度をモップで小突いて確かめてみるが、結構頑丈そうだ。 もっと強度を試してみたかったが、壊してしまうとアレなのでさすがにセーブする。 綺麗好きのアンナとしてはむしろピカピカに磨き上げたいくらいだ。 獅子頭の鼻提灯が割れた。 「ハッ! すみません、寝てません、ちゃんと聞いてました!」 何の夢を見ていたのか、レッサーキマイラが突然起立する。山羊頭もつられて眼醒め、これを機会に次の見張り番として獅子頭が起き続ける番になった。尾の蛇はとぐろを巻いて寝始めた。 結論を言えば、この長い夜は何事もなく時間が過ぎていき、皆は無事に朝を迎えたのだった。 壺は表情を変えずに、ただそこにあり続けた。 ★★★ 三日目の昼となる。 暖かい、というか暑ささえ感じる陽光だった。 「リュリュミアは壺の番なんて嫌ですよぉ。わざわざ火事が起こるような所に行くわけないじゃないですかぁ。壺を見張っている人の代わりにお話を聞きに行くくらいならいいですけどぉ。あ、後でスープでもご馳走してくださいねぇ」 そう言った植物系淑女は日傘化しているタンポポ色のつば広帽子に手を添えてくるりと回った。 昼は壺の調査を行う者達の活動時間だった。 歩く者達は濃い影を足元に落とす。 この辺りは暑さよけかターバンをかぶった者達が多かった。 リュリュミアとマニフィカは、過去に火事を出した家の周囲の住人達から火災の時の話を訊きまわっていた。 すると火災を出した家は必ず内部からの出火である事が解った。 「それから、壺を売ったのはこんな男なのですねぇ」 リュリュミアは羊皮紙に描いた男の特徴を近所の住人に聞かせた。 絵には書いていなかったが訊いた特徴を列挙した説明は、壺を売った流しの商人の顔が四回とも同じらしい事を住人の記憶からかろうじて拾い上げていた。 どうやら共通の特徴を持った人間が、四回とも壺を売っていたのだ。 それから興味深い事に、出火する直前に館からラクダに乗て去る、その商人らしい男を見た人間もいた。 その男は、 「三十五歳くらいの年齢で」 「ターバンをかぶったぎょろりとした黒眼で、髭面」 「身長百八十cmほどで浅黒い肌で筋肉質」 だったという。 ラクダは夜に大きな荷物を布で包んで運び、町の外の荒野の方へと歩いていったという。その荷物は聞くに壺と大体同じくらいの大きさらしい。 荒野は盗賊団も出る危険地帯だ。 「そういや、その盗賊団も最近は大人しいみたいだな」 近隣住人の一人がふと、そんな言葉をこぼした。いつもならば盗賊団はラクダに騎乗して通りすがりの旅人や商人のキャラバンを襲うらしい。 マニフィカはふうむ、と唸った。 周囲の説明によれば、この壺を入手した者は、全て謎の不審火で全財産を焼失している。 家内の関係者も全て行方不明。 そのパターンを過去に四度も繰り返している。 もはや偶然とは言えない回数。 壺は一見したが、確かに心を奪われる見事なデザインだ。 しかし情報知識は、本当に正しいのだろうか、と探偵にせよ記者にせよ、まず地道な裏付け調査を行うのは不可欠。 何処かに事件解決のヒントが隠されているはずだ。 少なくとも推理小説においては。 マニフィカはその思いで、過去の『呪いの壺』に関わる不幸を再調査し、疑問点や矛盾点の有無を追求している。 二人は四か所の火災現場を辿るのに一日の昼の時間を使い切ってしまった。 最後に夕刻頃、人人の証言を伝って、呪いの壺の作者と思しき者の消息を知る事が出来た。 それはこの町では有名な陶器デザイナーだったが、この連続火災事件が起きる前に亡くなっていた。火事が原因などではない。事件性のない、ただの病死だった。 遺品は全て家族が処分していたが、その売られた中に例の壺と思しき物があった。 「その壺は確かに二つ一組だったんのかしらぁ」 リュリュミアの念押しに、デザイナーだった男の未亡人がうなずいた。 その『呪いの壺』(勿論、巷でそう呼ばれているにすぎない)は同じ人面が浮かび上がった二つの、いわば『双子の壺』だった。 ただし片方は左の眼だけ、もう片方は右の眼だけが開いている意匠になっていた。 この二つは同じ商人が買い取っていったという。 「その商人は、この男だったのですか」 マニフィカは例の商人の特徴を全て聞かせた。 だが未亡人が首を横に振った。買い取っていった商人はそれとは全然違う、いつも商取引をしていた馴染みの商人だったという。 「そういえば、その人は他の町に商売に行く途中、荒野で盗賊団に襲われて行方不明……確か殺されたと聞くわねえ」 「それは……」 「残念だわねぇ」 悲しそうな顔をした未亡人に、マニフィカとリュリュミアは哀悼の意を伝えた。 「あのぉ、その双子の壺は『火』と何か関係ありそうなデザインとかだったのかしらぁ」 「いえ、そんな話はとんと聞いた事がありません」 リュリュミアの最後の質問を未亡人が否定して、予定していた全ての調査は終わった。、 二人は後は夜を待つだけになった。 ★★★ 三日目の昼はジュディも独自の調査をしていた。 暑い日を、愛蛇『ラッキーちゃん』を首に巻き、調査に励む。 ジュディはこれまでの経験を思い出していた。 あの『十歳の誕生日』事件。トホーフト近郊のモンロー邸では、主犯のオーガスタ=エリザベス女史とは別に、執事のアダム・ボーマン氏が黒幕だった。 それが今回の『呪いの壺』でも、執事のモハメッドを疑ってみるという動機になっていた。。 自作自演という可能性を無視出来ないが、彼の潔白が証明されたら、それはそれで結果オーライだろう。 モハメッドの素性をエバドフの周囲で働いている者や近所の住人に訊いて回る。 どうやらエバドフが、彼を執事として雇ったのはずいぶんと昔。植物油の商人としての商売が軌道に乗った頃の事らしい。 元元は単なる家の働き手だったらしいが、事務に秀でていたのに眼が止まってその仕事専門に。やがて礼儀作法に通じている能力も評価されて執事となったという身の上だ。 ターバンはこの界隈の習慣らしく、実際、この近所でもしている男性は年令に関わらず多い。 いつかの『月』まで行った冒険の『ラヴィ』みたいに ターバンの中に何かを隠しているという可能性は低い様だった。 「どうやら、バトラー・モハメッド、執事が火災に関わっているという事は、アイレルレバント、ないみたいネ」 ジュディは一日を彼の調査に費やし、ケバブを山ほど食べながら、そういう結論に達した。 まあ、、結果オーライだ。 そして彼女も三日目の夜を迎える事となる。 ★★★ 月は三日月。群雲もかかる夜だった。 ビリーは勿論、未来もまた徹夜のつもりでいる。彼女はまた動画を撮っていた。 レッサーキマイラがまた三交代制での見張り番だった。 最後の晩は完全徹夜こそせぬものの、マニフィカやアンヌ、ジュディも壺の前に集まっていた。順番に休憩と見張りを繰り返す。 リュリュミアのみが火事を嫌って、屋敷の壁にもたれかかって外で見張り番をしている。 夜の外は、暑い昼と裏腹に冷えていた。 今夜も長い夜になりそうだ。 壺はいつも通り、壁際の一番高い所に飾られている。 細い月が昇っていく。 主人のエバドフはこんな状況にも眠れるほどの胆力を持った者なのか、と、ふとアンナは思う。 夜も更けて月が一番高い位置になって、壺に異常が現れた。 すーっと壺の口から長くしなやかに曲がった銀色の物が生えてきた。 それの柄を握る手首まで現れて、壺を見張る者達は声を出しそうになった口を押さえて必死に気配を殺した。寝ている者も起こして柱や物陰に隠れる。 やがてもう片方の手が縁を押さえながら、ターバンをかぶって曲刀を握った男の上半身を壺の口から抜き出した。 如何にも野蛮そうな革鎧を身に着けた男が、壺の口を乗り越えて、屋敷の床に立った。 それに次いでもう一人の似た風体の男も同じ様に壺の口から出てきた。曲刀を持った盗賊。そんな言葉がしっくりくる男達だ。 そして、三人目、四人目と続く。 人間一人が屈んでいられるのが精一杯のはずの大きさの壺の中から、明らかに物理的におかしい人数の男が出てくる。 どうやら一度に一人の男が出るのが壺の精一杯らしく、五人目が出た所で一旦つかえた。 「今じゃあーっ!」 この推移を見守りながら、どうしようかと冒険者達が逡巡していると、レッサーキマイラが突然叫んで柱陰からとび出した。何故、この魔獣が火口を切ったのか。単に二本脚のつま先立ちで柱陰に隠れていた自分のバランスが危うくなって、仕方なくとび出したというのが正解だろう。 皆はその魔獣の突撃に続くしかなかった。 ともかく、侵入してきた五人の盗賊達も自分らが待ち伏せにあったという状況に気づき、戦闘態勢になった。 まず、未来は『マギジック・レボルバー』で水の属性弾を撃ちまくった。本来は火の魔物が出てくるのを想定していた弾丸のチョイスだったが、普通の人間上相手でも十分効いた。革鎧の上から水弾が命中した男が、後方に吹っ飛んで壁に背を激突させる。ミニスカでひざまずいて撃っているので太腿の間でチラバチッ!と水色の布地が見えるが、気にせず撃ちまくる。 アンナはローラーブレードで滑走し、盗賊の一人にモップで打ちかかった。モップと曲刀の鍔迫り合いとなる。瞬間、横からかかってきた曲刀も相手にするが、ピンクのワンピースの彼女は二人を同時に相手にして、一歩も退かない。 そうしている間にも壺の中から盗賊達が出てくるが、彼らは壺の中から顔を出したところで、初めてこちらの状況に気がつく様だ。皆、驚いている。 盗賊が十名出てきて、その侵入は止まった。 三日月の如き銀光がひるがえる中、ジュディは大柄な身体をウィービングしてかわし、二人の盗賊の首根っこを捕まえて怪力で顔を叩き合わせた。 マニフィカはトライデントをまっすぐ突き出して一人を刺し、抜いて返す勢いで背後に回っていた相手を薙ぎ倒す。 ビリーは神足通で逃げ回りながら、未来のスマホを持って撮影に専念していた。時折、仕方ない状況でだけ『サクラ印の手裏剣(カスタムパーツ付き)』で相手をスタンさせて攻撃をかわす。 この戦いの様子を撮るのは何よりも説得力のある証拠になる。 あれだけ威勢よくかかっていったレッサーキマイラが逃げ回っている様子も、ビリーはばっちり撮影している。本当は撮影しない方がいいのだろうが、撮りがいがあるほど見事な逃げっぷりを見せていた。 アンナはモップで一人を打ち倒し、まだ火を着けていない松明と油の入った瓶を携帯している事を確認した。他の男達も持っている者がいる様だ。 「どうやら今まで屋敷に火を着けていたのはこの盗賊達で間違いないらしいですわね」 マニフィカが呟くと、男達はチッと舌打ちした。 ★★★ 外にいるリュリュミアは屋敷の中が騒がしくなったのに気がついたが、ここは敢えて放っておく事にした。 中にいる仲間達への信頼もあったが、何よりもこの夜分にラクダに乗ってやってきた不審な男に気がついたのだ。 「三十五歳くらいの年齢で」 「ターバンをかぶったぎょろりとした黒眼で、髭面」 「身長百八十cmほどで浅黒い肌で筋肉質」 そんな男が街道をこの屋敷に近づいてくる。 「ちょっと待って下さぁい」 リュリュミアはラクダの前に身をさらした。 「何だ、お前は!?」 男は驚いてラクダを停めた。 「もしかしてあなたはこの家に『呪いの壺』を売りつけてぇ、後になって回収しに来た商人じゃないですかぁ?」 この男もリュリュミアに対して、チッと舌打ちしてみせた。 彼はこの時に屋敷の中の騒がしさに気づいたらしい。それで現在の状況を全てさとった様だ。 「子分共が待ち伏せに遭ったのか……。どけ、嬢ちゃん。怪我じゃすまなくなるぜ」 男は腰に差していた曲刀を躊躇せずに抜いた。 「それはこっちの台詞ですよぉ」 突然、リュリュミアの両手から『ブルーローズ』の蔓が幾重にも巻かれた太さで生長した。 まるで槍を突き出された様に驚いた男は、同じく驚いたラクダを制御出来ず、その街道で無様に回頭するのが精一杯だった。 「畜生! やい、てめえら! 撤退だァ!」 男は大声を張り上げるが、それは屋敷内部に届いたとは思えない。 とりあえずの体でラクダの手綱をとった男は一人で逃げ出した。 「あれが親分だったのかしらねぇ」ブルーローズの蔓を精一杯伸ばしたリュリュミアは、逃げるラクダを見送りながらその場に立っている。と、地面に座り込んだ。「光合成が出来ない夜の徹夜なのでスタミナを使い果たしましたぁ〜。えんぷてぃ〜」 ★★★ 最後にトライデントの突きを見舞って、十人目の盗賊が床に崩れ落ちた。 「この壺の中から火つけ盗賊が出てくる仕掛けでしたか」 トライデントを振り回して戦闘終了の演武の構えをマニフィカがとる。 冒険者達は戦いで死した五人の盗賊を壁際に並べ、息のある五人を一まとめに縛って、口に布ぐつわをした。 「ハウ・ディッド・サッチ・ア・ナンバー・オブ・ピープル・ハイド・フロム・ザ・ジャー、どうやってこんな狭い壺に何人も隠れてイタのかしらネ」 ジュディは松明に火を着けながら『呪いの壺』の中を覗き込んでみた。 奇妙だ。中を照らしても壺の内側は見えない。ただ暗黒が底も見せずに中を満たしている。 前に調べた時はただの壺だったのに。 「あんさん達、どうゆう仕掛けなのか喋ってもらないやろか」 ビリーはふんじばった盗賊の一人のくつわを外したが、その盗賊は喋らずに反抗的な眼でビリーを睨みつけた。 「一体、何の騒ぎだ!」 屋敷の奥からエバドフ、モハメッドを先頭に寝間着姿の家人が起き出して、集まってきた。 そして、この部屋の惨状を見て驚き、言葉を失う。 「イヤー、今のところ、ちょっとカースド・マジックジャーのファインディング・ザ・トゥルース、真相究明のめどがたって、……あと一悶着ありそうなので少し向こうでウェイティング、待機していてもらえませんカ」 ジュディは大柄な身体を活かして、集まってきた者達の前に立ちはだかる。 まだ事件は終わっていない。 依頼主達はまだこの状況では邪魔なだけだ。もう少し向こうに行っていてもらおう。 それにしてもこれからどうするか。 「ちょっと、あっしに考えがあるんですけどよござんすか」 結局、戦っていないレッサーキマイラが壺に群がる集団を前脚で描き分ける様に壺に近づく。 しかし、どう見てもこの魔獣の方が壺に比べて随分と大きい。上半身も入らないだろう。 「どうするつもりですか」 『こうるつもりでやす」 アンナの言葉にレサーキマイラが答え、壺をまたぐみたいに下半身を壺の口に乗せた。乗せた尻の尾の蛇が中にすっぽり入り込む形になる。 「これから、尾の蛇が見た奴をわてらが実況中継するやさかい」 山羊頭と獅子頭が眼を閉じた。 壺に潜り込んだ尾の蛇が見ているものを自分達が実況と解説をすると言っているのだ。 すぐに山羊頭が関西弁を喋り始めた。 「……暗闇を抜けるとすぐ光が見えるさかい、そこを抜けると……こっちにも壺の口がありまんな。ちょうど上下逆になって、こっちの壺の口もちゃんと天井を上に見上げるように置かれてるみたいや」 蛇の眼を通した山羊頭の解説を聞いていると、どうやら中の闇を抜けると、同じ様な壺の口から顔を出す状況になっているらしい。 「……男達の声で騒がしいでんな。見つからんように壺の口から慎重に頭を出して、周りを眺めてみるさかい。……ここが何処か解らんけど、洞窟の奥か石造りの建物の、天井のあるすっごく広い場所やね。広場と呼べる場所のど真ん中に壺は置かれてるみたいや。壁のあちこちにかがり火が置かれてて、めちゃめちゃ明るい。盗賊の男達がひい、ふう、みい……ざっと三十人ほどが酒盛りをして浮かれて騒いでますな、刀を抜いてる奴が多いところを見ると、どうやらこちらの先遣の十人が上手くいったら、残りが乗り込んでくる計画みたいでおますな。奇襲が成功するもんと信じて、すっかり楽勝モードや。……ざっとこの盗賊のアジトの中は……一角が鉄格子のはめられた大きな牢屋になってて、大勢の人が老若男女まとめて閉じ込められてまんな。五十人はおるんやないかなあ。ずいぶんと長い間閉じ込められてるらしくて皆、やつれてまんな。ああ〜、十人ほどの『虜囚』が召使として働かされてるみたいやな。そいつらもやつれてまんな。きっと待遇悪いんやろな。酷いなあ。……別の一角には豪華な家財や装飾品が集めて積み上げられてるみたいやなあ。こりゃ今までの火事場泥棒の戦利品と見て、間違いないやろな。……ん、ちょっと。盗賊達の声が漏れ聞こえてくんな。『そろそろ奴隷市場に出すか』とか『盗んだ品も故売屋に流すか……』とか」 山羊頭の解説を聞き、この『呪いの壺』は空間を越えて盗賊団のアジトとつながっている事が解った。 「気づかれん内に戻りまっせ」 そう言うとレッサーキマイラは尻を壺の口からどけた。 スパイ役の尾の蛇も無事に戻ってくる。 「これは……ストーム・イン、突入しかないでしょ」 人面の壺を前に、ジュディは張り切っていた。 この壺から逆侵入して盗賊達を奇襲するのだ。 しかし、自分達も突入するとしたら、この壺の口の狭さはネックだ。どう考えても一度に一人ずつしかくぐれない。ジュディの様な大柄な者は通るのに苦労するだろう。レッサーキマイラはまず無理だ。 後で盗賊達のアジトを地道に探し出して、正攻法で乗り込んでいく方法もあるだろうが、それは時間がかかる不利がある。 さて、どうするか……。 「あのぉ〜。どうなりましたかぁ」声がして、外で見張っていたはずのリュリュミアがやってきた。「こっちはどうやら悪党の親分らしき人と会ったんですよぉ。驚かしたら逃げられましたけどぉ」 リュリュミアの報告で、盗賊の親分がやってきていた事が解った。この屋敷を火事にする前に壺を運び出すつもりだったのだろう。 「ああぁ〜。癒されるぅ〜」 リュリュミアは屋敷の中の照明に身をさらして、光合成を楽しんだ。 皆はリュリュミアにこの部屋の中であった事をまとめて伝える。 彼女も縛られている盗賊を見て納得している。 さて、冒険者達は次の一手をどうするかを考え始めた。 『呪いの壺』が悩む者達を静かに見つめていた。 ★★★ |