ゲームマスター:田中ざくれろ
【シナリオ参加募集案内】(第1回/全3回)
★★★ 「ドン・キホーテの肯定性に必要なのは犠牲的精神である。故にもしも我我がある人間の我武者羅無鉄砲な性格や態度に、大いなる善心も犠牲的精神も認めないに関わらず、『彼はドン・キホーテだ』と評する事があったら、それは非常な誤謬というべきである。なんとなれば、その人間はアペリュネーダの潜作小説に登場するドン・キホーテよりももっと偽物だからである」…ツルゲーネフ ★★★ 青い空。 パッカ、パッカ、パッカ、パッカ……! 蹄の音が近づいてきた。 耳のいい小さな城の物見の兵士達は、平原の彼方から近づいてくる一人の騎士と従者の姿を見る。 緑の平原。 その速度は馬に乗っているにしては遅い。 いや、違う。 二人とも馬に乗ってはいないのだ。 ドワーフ製の遠眼鏡で覗くと、その二人の男は、先頭が一揃いの甲冑(スーツ・アーマー)に身を包んだ老いた騎士で、後方がその騎士の武器等諸荷物を背負った間抜けそうな若い従者だった。 乗馬のリズムで身体を前後に揺らして歩いてくる騎士達は、もう一度言うが馬には乗っていない。 パッカ、パッカという蹄は、従者が両手に持っている空っぽのココナッツの殻を調子よく打ち鳴らしている音だ。エア騎馬だ。ココナッツの殻で馬の蹄音を再現している。 この騎士は何者だろうか、とその騎士の姿が近づいてくるにつれて対応を困っている鎖帷子の兵士達は、小城の前まで無言で二人を見下ろしていた。 城門の前まで来るとココナッツによる蹄の音が止む。 わざわざ馬から降りる動作をしながら立ち止まる、老騎士と従者。老騎士の年齢は七十歳ほどだろうか。 城門は閉じている。ここは単に戦時に騎士が詰める事だけを目的にした、堀もない小さな石の城だ。 「ここに放浪の騎士、ドンデラ・オンドが参り申した。是非とも一夜の寝所と食事を所望したい」 老騎士にしてはよく通る声で兵士達に申し出る。 この時には兵士達も全員が気づいていた。 老騎士の甲冑が、兜も胴着も小手もすねあても全て『厚紙』で作られている事に。 「ふざけるな。てめえの様な騎士がいるか!」 「乗る馬もねえジジイが騎士を名乗るんじゃねえ!」 「そのよく燃えそうな甲冑を羽織ったまま、そのまま、どっかへ消えやがれ!」 城塞の上から老騎士(?)にかけられた言葉は辛らつだった。 「何を無礼な!」老騎士はなまくらに見える剣を抜き、城塞の上へ届く様に声を張り上げた。「神聖宗教の体現者に向かって、無礼な事をほざきおって! 決闘だ! 降りてこい! この聖剣の血錆にしてくれるわ!」 老騎士を見下ろす兵士達は、顔を見合わせ、おかしそうに笑った。 「呆け老人の相手なんかしてられるか!」 「やい! 降りてこい! 卑怯者めが!」 三階ほどの高さにいる兵士達は、絶対安全の立場から更に老騎士を笑った。左右の手を顔の横でひらひらさせて、あざ笑う仕草さえする。 それどころか、石や丸太、汚物やガチョウ等を城塞の上から老騎士めがけて放り投げ始めたのだ。これは戦時に敵の兵士達に攻められた時、防衛手段として敵の頭上に落とす為の物だ。 あまりの土砂降りに地上で逃げ惑う老騎士と従者。 「オンド様」と間抜けそうな従者が主人である老騎士に叫んだ。「イタッ! ここは仕方ないでげす。このままでは殺されてしまうでげす。戦略的撤退でげす」 「イテッ! ううむ、そうだな、サンチョ・パンサ。仕方がない、ここは一旦、退くとしよう。イテッ! こんな所で死ぬわけにはいかん。ベッドの上で寿命で死ぬ事こそが神聖宗教の体現者であるべき騎士の義務、騎士道なのだ。イテッ!」 騎士ドンデラ・オンドと従者サンチョ・パンサは見えない馬にまたがる仕草をすると、そのままパッカ、パッカと自分の足で走り出した。勿論、蹄の音はサンチョがココナッツの殻を鳴らしている。 「憶えておけ! 貴様らは正義に反した事をしたのだぞ!」 その言葉が、騎士ドンデラがこの城塞に対して言い捨てさった最後のものだ。 城塞の上の兵士達は彼らの姿が見えなくなるまで、罵倒の叫びを浴びせたり、尻を向けて手で叩いたりしていた。 ★★★ 「お父様が騎士としての放浪の旅に出たですって!?」 艶やかな中年の貴婦人が使用人の一人に向かって、戸惑いと小さな怒りの声を投げた。 オトギイズム王国『シューペイン領』領主館。 領主夫人『ペネローペ・オンド』は赤い口紅を塗った唇を曲げて、苦虫を噛み潰した様な表情を作った。 「あんな呆けて憔悴しきっていたのに何故、そんな事を」 「それが旦那様は呆けすぎて、若い頃から大変夢中になっていた騎士道物語の中の設定と現実が区別がつかなくなった様で。自分を騎士だと思い込んで厚紙で鎧一揃いを作り、なまくらすぎて物置に放りこんでいた剣を持ち、直接のお付きだったサンチョを焚きつけて今朝、旅に出た、と」 「何て事! このまま、床(とこ)に伏したまま亡くなってしまえば、領の面目も潰れないというのに! たとえ、元領主だとばれなくとも、呆け老人など市井の民にどんなひどい扱いを受けるか!」ペネローペは赤い爪を歯で噛んだ。「それはこの領の恥でもあるのよ!」 呆け老人や狂人など弱者は、町や村に住む一般の人達にひどいからかいを受けて、憂さ晴らしの種にされるのがこの様な中世風の国での常だった。見知らぬ認知症老人に対する愛護などは、無教養の民には備わっていない時代なのだ。 「早く皆で連れ戻しなさい! ……いや、事を大事(おおごと)にして、真相を公に広めてしまうのも不味いわ……。『冒険者ギルド』に依頼しなさい! お父様やサンチョの風体等を知らせて、問答無用で捕まえて、無事に秘密裏にこの館へと連れ戻す様にと。報酬は……冒険者一人につき五万イズム払います」 腑抜けた夫の領主よりも、実質的にこの領の全権を握っているペネローペ夫人の声に使用人達はそそくさと従い、蒼い絨毯を引いた長い廊下を走り去った。彼らは彼女に言われた通りの事を果たすだろう。 「お爺様が騎士としての放浪の旅に出たのですって!?」 走り去った使用人と入れ替わる様に、長い金髪の優しそうな少女がスカートの裾をつまんで走ってきた。その後ろをイケメンの執事がついてくる。 「本当ですの、お母様?」八歳の『ミキトーカ・オンド』嬢の化粧っ気のないその顔は、ペネローペ夫人を幼くした様な美しさを持っていた。「お爺様の部屋は騎士道の物語の書かれた沢山の書物で一杯でしたものね。ああ、マフィンを食べながらその物語を読み聞かせてくれていた時が懐かしいわ。もしかしたら、お爺様は今、とても幸せでいるのではないのかしら。憧れの騎士として旅に出れて」その天性の優しさがミキトーカの表情からあふれ出る。 「この家の恥です!」ペネローペ夫人は小さな声で言い放った。「何か大事を起こさない前に連れ戻さなくては。それにもしかしたらこの家の元領主を人質にしたり、亡き者にしようとする悪人がいるかもしれないわ」 ペネローペ夫人は手にした豪華な扇子で顔を扇ぎながら、ミキトーカをその場に残して大股で歩み去った。 優しいミキトーカは哀しそうにも見える、何とも言えない表情で母を見送った。 ★★★ シューペイン領の冒険者ギルドの受付ホールに、二枚の冒険依頼書が新しく貼り出された。 まず一枚は老人の肖像をエッチング印刷で精緻に描いた物で「この者を捕らえ、シュペーイン領主館に無事届けた冒険者には、一人頭五万イズムの報酬が出る」というものだった。 もう一枚は全く同じ老人の肖像画が描かれた物で「この騎士を正正堂堂とした決闘で殺害した人間には、一人頭二十万イズムの報酬が出る」というものだった。 最初の一枚は使用人風の男が、次の一枚はならず者風の男が依頼を出したという。 受付ホールの冒険者達は相反する二つの依頼を見比べながら、波立つ様に騒めいている。 この依頼書は二つとも印刷ギルドで複製され、周辺の冒険者ギルドにも飛脚で配られた。 ★★★ 「何という悪だ。正義の騎士として、放ってはおけん!」 ある村に立ち寄った騎士ドンデラ・オンドは憤った。 広い麦畑のある風景。 この村に立ち寄ったドンデラは、藁にもすがる思いで訴えられた村の事情を騎士として聞いた。 村の外れにある館に、覆面をしたゴーレム使いのデザイナーが居ついたという。 ゴーレムとは、作ったデザイナーの言うままに動く、石像や木像の怪物だ。 悪のデザイナーは村長の娘を人質に取り、莫大な身代金を要求した。 要求に従わなければ村長の娘に危害を加えるばかりか、巨大な石のゴーレムをけしかけて、麦畑を使い物にならなくなるまで荒らすと言う。 しかし村はそんな身代金を献上すれば、それから一年は食うにも困る状態になるだろう。 「そんな輩はこの騎士ドンデラが成敗してくれる!」 「騎士様、そんな事を安請け合いしても何も報酬はありませんでげすぜ」 「困っている人間を放っておけるか! 神聖宗教の体現者である騎士として、悪は必ず討つ!」 ドンデラとサンチョは村人の頼みを受けて、悪のデザイナーが住むという村外れの館をめざした。 パッカ、パッカ、と相変わらず馬はなく、ココナッツの殻の音で蹄音を再現させて徒歩で進む。 途中、彼らは地面に巨大な足跡が並んでいるのを見つけた。 その足跡は確かに巨大な二本足の物が歩いていたのを示している。 足跡はある一つの物が建っている場所まで続いている。 それは巨大な風車だった。 四枚の巨大な羽根を風に任せてゆっくりと回転させている、風車がそびえていた。 恐らくは村の共有財産であるそれは、風力で内部の大きな石臼を挽いたり、傍の川の水を汲み上げて、畑に水を供給しているのだろう。 「出たな、怪物!」 「騎士様、あれは怪物じゃないでげす。ただの風車でげす」 「何を言う、サンチョ! 血管が浮いた石造りの身体! 大きく振り回された筋肉質の四本の巨腕! 嵐の如き吠え声! らんらんと光る眼! あれがゴーレムでなくて何だというのだ!?」 「ですから、風車でげす!」 「問答は無用だ! 突撃ーっ!」 なまくらの剣を抜いた紙鎧の騎士ドンデラがその二本の足で走り出した。老人にしては健脚だ。 「ドンデラ様ーっ! そんなのに突撃したって、無駄でげす! 弾き返されてしまうでげすよーっ!」 ★★★ |
【アクション案内】
z1.冒険の依頼を受ける「騎士ドンデラを捕らえて、領主館に届ける」 z2.冒険の依頼を受ける「ドンデラを決闘で倒そうとする」 z3.騎士ドンデラと一緒に風車に向かって突撃する。 z4.依頼について調べてみる。 z5.その他。 |
【マスターより】
今回のシナリオは世界で一番かっこいい認知症老人『ドン・キホーテ』に捧げるものです。なんか、ちょっとモンティパイソンが入ってますが。 原作の小説を読んでいた時、私はゲラゲラ腹を抱えて笑いました。 自分も年をとったら、こんな風に呆けたいと真剣に思いました。 しかし、言葉使いが古くて読むのが難しい旧版をなんとか読破した数か月後にもっと読みやすい新訳版が刊行されると知り、運命を恨んだ事もありましたっけ。 さて、これから三回、この爺ちゃんに皆はつき合ってもらいます。 今回も皆様によき冒険があります様に。 |