『ダイオウスズメバチの小屋』

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(第1回/全1回)

★★★
 ハンフリーは藪(やぶ)の後ろに隠れて『ダイオウスズメバチ』をやりすごした。
 一匹だけだったが、体長が五十cmもある危険な黄色と黒の毒蜂だ。
 透明の大きな翅を震わせて、重そうに膨らんだ胴体をぶら下げながら飛ぶ。羽音はまるで大声で死神が唸りを挙げているかの様だ。
 身体の大きさに見合う凄まじい毒針は、大型の動物さえ一撃で殺せる可能性がある。そして、それは蜜蜂と違って何回でも刺せる物だ。
 ペンチの如き顎は太い針金さえ断ち切りそうだった。
 攻撃性の強い、獰猛な本能も持っている。
 ダイオウスズメバチは群で鹿や猪、熊を狩るという。
 ハンフリーはこの緑の山林に入ってから既に幾匹も危険な大型肉食蜂が飛んでいくのを見ている。
 嫌な予感がした。
 山道を登る足を速めて、記憶を辿りながら目的地へ急ぐ。
 しばらく歩くとそれは見えてきた。
 嫌な予感は的中した。
 そこにあった一軒の山小屋。
 内部構造はよく知っている。
 二階のない一部屋きりの一軒家で、丸太を組み合わせて出来ていた。
 戸口と窓が一つずつ。
 内側に暖炉があり、三角屋根には煙出し用の煙突が一つ。
 床は木の板張りだ。
 これは山で迷ったり、天候急変等で一時避難しなければならない時の為の緊急避難用の小屋で、普段は使われていない。内部には幾らかの水と保存食と薪が置かれているはずだ。
 記憶にあるのはそのはずだった。
 しかし、今はその周囲には沢山のダイオウスズメバチが飛び回り、小屋の壁を這っていた。一匹がぐったりした茶色のウサギを噛み合わせた顎ではさみ、煙突から中へ運び込んでいる。
 開かれた戸口や窓から内部の様子が窺い知れ、そして、それは予想中の最悪のものだった。
 普通のスズメバチは直径一メートル程の大きさのパルプ質の丸い巣を木下や軒先、地面の中に作り、そこに数百から千匹の働きバチが棲むという。
 ダイオウスズメバチは身体の大きさの分、それをスケールアップさせている。
 山小屋一杯にダイオウスズメバチが巣を作り、体長五十cmの肉食毒蜂が千匹ほども群れて生活している。いや、この大きさでは二千匹か三千匹かもしれない。
 戸口や窓、煙突が巣への入口になり、そこからひっきりなしにダイオウスズメバチが出入りしている。そこから覗けるのはパルプ質の構造材が六角形の断面を構成して作り上げている巣の一部だ。
 山小屋の内部全てがダイオウスズメバチの巣なのだ。
 ハンフリーは蜂の視界に入らないように、木の陰に身を隠しながらそれを観察していた。
(なんてこった! 山小屋があんな風になってるなんて! これじゃ中に入れない!)
 山小屋の下の基部を凝視しながら運の悪さを呪い、自分が小屋に入ろうとして何百匹もの巨大毒蜂に襲われている光景を夢想する。
 ハンフリーは心身ともに冷や汗を流していた。
(これじゃ折角……。事を大事(おおごと)にするわけにゃいかないし……)
 だが、とてもじゃないが自分一人で何とか出来る状況じゃない。
 と、いって大勢を集めるのは避けたかった。
 この状況を噂にも広めたくない。
(そうだ! こういう時には冒険者頼みだ!)
 ハンフリーはその自分の思いつきに感動した。
 そして彼はその場をそそくさと離れ、冒険者ギルドがある一番近い町を目指して、一時間かけて山を下りていった。

★★★
 冒険者ギルドの一階受付ホールでは、新しく並んだ依頼群を眺めながら、冒険者達がひしめきあっていた。
「何だ? あの『ダイオウスズメバチ退治依頼』っていうのは?」
「依頼報酬、一人、三十万イズムか。何か小屋を解放するらしいが?」
「依頼人のハンフリーって奴は今、地下の酒場で女はべらし酒飲みながら引き受ける奴を待ってるらしいが」
「金を持ってる奴はいいわね」
「それが全部、後払いらしいぜ。ちかぢか大金を絶対、手に入れるとか何とか」
「で、小屋に巣くったダイオウスズメバチを退治する依頼だろ。小屋に火を放って、皆殺しにすりゃいいじゃねえか」
「いや、その意見も依頼受付の時に出てたらしいが、それを聞いた本人が『そんな事は絶対しないでくれ!』って真っ青になって反対したらしいぜ」
「ハンフリーね……ん? いつか聞いた覚えが……あの顔も何処かで……あ、思い出した! 三年ほど前、宝石商へ強盗が入ったって事件があった時、真っ先に疑われた従業員じゃねえか? あの店の宝飾品で値段はるヤツが五つほど盗まれたという」
「あ、わたしも思い出したわ。確かにあの男だわ。事件から一週間ほどたってからしょっぴかれたのよ。……しかし、肝心の宝飾品は何処からも出ず、証拠不十分で釈放されたんだっていう話だわ」
「証拠なしで疑われたのかよ。ひでーな」
「しかしダイオウスズメバチねえ……『秘密を絶対口外しない者』っていう依頼条件も何か胡散臭いな」
「ただの空き家だろ。何でそんなに必死になるのかね」
「しかし、ある意味、面白そうな依頼に見えてきたな。秘密を守れば三十万イズムか」
 一つの依頼書を見ながら冒険者達が色めき立つ。
 この依頼書は印刷され、オトギイズム王国中の冒険者ギルドへ配られていった。
 果たしてハチ退治を引き受ける冒険者は出るのだろうか。
 依頼書を眺める輩が想像する山小屋は、大きく不気味な羽音を立てる、黒く巨大な死の髑髏の様だった。

★★★

【アクション案内】

z1.ダイオウスズメバチを退治する。
z2.ハンフリーという男を調べてみるく。
z3.その他。

【マスターより】


 皆さんが一番恐ろしい生物って何ですか?
 私は『スズメバチ』です。
 あの大きな羽音と共に、固そうな殻に覆われた黄色と黒のだんだら模様が近づいてくると心底ゾッとします。
 何んというか、昆虫というよりは殺人ロボットの印象を覚えます。
 というわけで自分自身には恐怖だと思えるシナリオを作ってみました。
 皆さんも怖いですか?
 頑張ってダイオウスズメバチをどうにかしてやって下さい。
 では次回もよき冒険があります様に。