『十歳、おめでとう』

第4回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・ディア・フィーナ♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 子供達の明るい声だけが響く。
 大型のシャンデリアの下。
 高く積まれた子供達の死体の山と、子供サイズの拷問器具の数数。
 骨が軋む。
 冒険者達は起き上がる。自分達は生きて帰らなければいけない。
 生きて『トレーシ・ホワイト』と『フィーナ』を無事に連れ帰らなければならない。
 不可視のエネルギー風が吹き荒れる『エリザベス・ティアマン』邸地下で、あの女神像のステンドグラスの奥に隠れている者がこの館の全てを支配しているのだ。
 隠れている、という事は正体は晒したくないはず。
 今まで一度も直に自分達の前に姿を現した事はない。
 冒険者達はセンシティブな存在である敵の弱点に気づいていた。
 近づく執事『アダム・ボーマン』の足が速まる。
 声に出さずとも「余計な事に気づいたな」と冷静なはずの表情が告げていた。
 ファイブブレード・カタール。
 自分達にとどめをさす為にアダムが近づいてくる。
 それに猛烈なエネルギー風にあと数回も転がされれば、自分達は再起不能にされてしまうだだろう。
 敵は無敵だ。さっきまではそう思っていた。
 しかし今、ステンドグラスには中央に短いひびが走っている。
 それは相手の精神がひどい動揺をした証しだった。
 精神攻撃は「効く」のだ。
 冒険者達はそれを既に理解していた。
「エリザベスって、いかにも女みたいな名前だけど……本当はオカマなんじゃ……! オカマでエリザベスって……ネーミングがダサい……!」
 姫柳未来(PC0023)はとっくに『ビックパンテラおこサンシャインヴィーナスバベルキレキレマスター』だった。つまりはギャル風にいう怒りの最上級。ドン引きする女子高生のテンションで未来は侮蔑の言葉を投げつける。大勢の子供達を拷問死させてきたエリザベス、いや『オーガスタ・モンロー』の所業にJKエスパーは切れていた。
「若い娘になりたい裏声男ってマジきしょい……! ヒくわー!」
 轟! 侮蔑の言葉が放たれる度に未来に向かって、霊的エネルギーの暴風が吹きつける。それをかろうじての危機一髪で彼女のテレポートはかわしていた。
 ガラスにひびが入る音。ステンドグラスのひびはその陰に隠れている者が動揺する度、広がっていく。
 その亀裂を更に広げようとするクライン・アルメイス(PC0103)は、わたくしを本気で怒らせたのが間違いですわね。あの世で後悔しなさいと、更なる言葉を放つ。「エリザベス、あなたが肖像画を残していないのは、あなたが醜い男だからですわね」
 クラインは自分が善人ではない事は自覚している。が、外道には報いを受けさせる決意がある。
 どうやら死んだ『チャック・ポーン』が耳で掴んだ記事ネタとは、エリザベスの声が男声という事らしい。本来の名前のオーガスタではなくエリザベスと執事に呼ばれているのは、自分が男と認めたくなくて、女となりたかったからではないか、と推理する。それだけならオーガスタがトランス・ジェンダーだったという可能性もあるが、それは違う、と彼女の直感は告げている。彼は純粋に女性化願望があるだけの男なのだ。モンローからティアマンへと姓まで変更したのは、自分の存在そのものが大嫌いだったからで、だからこそ転生をしたいのではないか。
 それだけではない。
 彼は醜い。少なくとも自分自身をそう思っている。
 自分の肖像画を残していないのは、男である事を認めたくないだけでなく醜い姿だからではないだろうか。
「肖像画も残せないなんてよっぽど醜い容姿だったのですわね、わたくしの様に優れた容姿を持つ者には理解出来ない悩みですわ」
 チャイナドレスのクラインは嘲笑う。
「奇麗な女性にのり移ってもまるで無意味ですわね、貴方の魂そのものがどうしようもなく醜いですもの」
 ステンドグラスのひびが大きく広がる。
 クラインを不可視のエネルギー風の轟音が襲う。
 自分にとっての罵りが聴こえる度、その者に向かって致命的なエネルギー暴風が襲っていく。
 だが、それを防いだのがリュリュミア(PC0015)の急生長させた大きなツタによる緑色のネットだった。それは風に吹き飛ばされそうな仲間達を救い、角度によっては風そのものも防ぐ。
「直接攻撃するのは難しそうですねぇ」
 緑色淑女のリュリュミアはこの対決の場において、ぽやぽや〜とした表情を崩さない。
「エリザベス、いえオーガスタですかぁ」リュリュミアは慈愛の女神像の描かれたステンドグラスに向かって、呼びかける。「子供達を救いたいって気持ちは本当だったんですよねぇ。最初からこうじゃなかったんでしょう。ひつじの人に何を言われたんですかぁ」リュリュミアが羊だと言っているのは執事のアダムの事らしい。「自分のやってる事が恐ろしくて、そんな所に隠れてるでしょう。本当はもうこんな事やめたいんじゃないですかぁ」
 途端、エネルギー風がリュリュミアを襲うが、それによって石床に倒される前に緑のネットが彼女の身体を受け止めた。緑のツタは石床の隙間を掘り起こし、太く強く根を張っている。
「やめたい? 我が主はそんな軟弱な心など持ち合わせてはおりませんよ」五芒星型の刃物を持って、立ちはだかるジュディ・バーガー(PC0032)に斬りかかる執事アダム。「この世界の本質は混沌と混乱だ! 我らが女神の信者の求める救済は二つ! 転生! 罪の浄化! 人は罪業に応じて転生する! 我我は人間が生まれ抱いた罪業をその処刑によって浄化し救済するのです! 今や子供だけでなく、お前達のもな!」
 身長二mを越えるジュディは『ハイランダーズ・バリア』の緑色の力場でファイブブレード・カタールを受け止めた。まるでそちらの金属刃にも力場がかぶさっている様な奇妙な手応えと音だ。
 彼女はそのパワーでアダムを押さえこむ。。
 しかし、アダムの力は見ため以上に強い。ジュディを一人で食い止めて、なおかつ、刃を振るう余裕がある。これもこの館の結界による無敵なのか。
 食い止めてなお前進するアダムの白刃がジュディの頬に迫る。
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・ディア・フィーナ♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 明るく無邪気な唱和がこの戦場を埋め尽くす。
 自分達を殺した、この拷問器具が集合する、この地下空間を。
「醜いのは容姿よりもその性根でございますね」マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は高貴たる鼻梁の下の唇で言い放った。その視線はまっすぐステンドグラスの女神像を射貫く。彼女は退魔の術を使うタイミングを待っていた。このままではこの結界にその発動は邪魔されるだろう。まずはこの結界にほころびを作らなくては。
 マニフィカがエネルギー風に飛ばされた。
 しかし、その身は広がった緑のネットの端にかかった。
「トレーシの身体を自分のものにするのって……要するに本物の女になりたいんじゃ……」
 あからさまなドン引きの表情を見せながら、未来は隠れている者を愚弄する。
 その度にエネルギー風が吹き、間一髪のタイミングでテレポート。
 意外と気が抜けないこの状況に、未来はギリギリを見切りながら精神ダメージを与える言葉を選ぶ。
「十歳になったら子供を殺すのって……もしかして極度のロリコン、ショタコンだから、子供が大きくなった姿を見たくないとか……」
 今までの中の一番の猛風が未来を襲った。
 彼女はそれをまともに食らい、緑のネットはそれをとりこぼした。
 石床に直撃する寸前でテレポートする。危ないところだった。空中に転移した身だが、風の勢いを完全に殺せず、大きく後退する。壁でもあったら激突していた。
 亀裂が女神像の胸から腹へと大きく走った。そのダメージは今までで最大のものだ。
「前世で悪行を働いたから今が不幸だなんてよく言えたものね。」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)の口は辛らつな言葉でステンドグラスに斬りかかる。その言葉はジュディと一進一退の攻防をしている執事アダムにも向けられている。
「たとえ不幸な境遇に生まれたとしても、幸せに生きる事は出来るはずだわ。ボーマン、あなたの考えじゃ不幸な境遇に生まれたら不幸なまま死ななきゃならないのね。そして不幸な境遇の者を虐待し、犯し、殺す事が善行だというのね。その考えに基づいて善行を積むなら、別に対象は大人でもいいのでしょう。……十歳の子供ばかり狙うのは、完全にあなたの趣味でしょう。そんな殺人行為が善行なわけないじゃない。ただの人殺しが偉人になれると思ったら大間違いだわ」
「外法なお前に何が解る! 我らは不幸な宿命の幼子を救って、エンジェルにしてやっているのだ!」
 執事アダムが叫んだと同時に物凄い烈風がアンナを襲った。
 それはアンナを受け止めた植物ネットを破り、子供達の死体の山に激突させる。いや、激突寸前に走ったマニフィカに右手を握られ、受け止められた。
 ひびは女神像全体に放射状に走った。
 アダムのファイブブレード・カタールは今のタイミングで大きく、ジュディに打ち払われた。はね返された執事の黒服がよろけて後方に膝を着く。
「結局、あなたはエリザベスを利用して力を得たいだけなのよ」アンナはマニフィカの手を握り合わせながら、執事に叫んだ。「エリザベスも子供達も解放や転生させるつもりなんて一ミリもないでしょう! 永遠にこの館に閉じ込めておくつもりで救済を謳うなんて言語道断だわ!」
 ジュディは真の黒幕だと考える執事アダム・ボーマンを睨んで叫ぶ。
「バトラー、執事のアダムこそ雇用主の歪んだ願望や性癖を都合良く利用し、イーブル・フェイス・アンド・ノウレッジ、邪悪な信仰や知識を吹き込み、凄惨な凶行をお膳立てシタ! そう考えればフィット・トゥゲザー、辻褄も合イマス! オーガスタはまさにパペット、傀儡! 寝室で老婆を演じていた人形が、それを悪意的にシンボライズしてイタワ!」
 知らぬは本人ばかりなりという風に、ジュディは女神像の後ろにいる者の不信感を煽る。
 その途端、まるで洞窟に棲むドラゴンが吠えているかの如き、大きな叫び声が広い地下室全体を震わせた。
 それは本物の声ではない。不可視のエネルギー風と全く同質の、声ならぬ霊的エネルギーの怨念に満ちた慟哭(どうこく)だった。
 ステンドグラスに無数の亀裂が走り、それによって鮮やかな色ガラスで作られた女神像が音を立てて一気に砕けた。
 割れたステンドグラスの後ろには玄室があり、そこに玉座の如き椅子に一人の老婆が座っていた。
 彼女は年老いた道化師の様な厚化粧をしていた。
 彼女、いや彼の白い顔はひびの様なしわが大きく刻まれている。醜い老婆だった。老婆だから醜いのではない。その醜さは厚塗りの女装によっても拭い隠せないものだった。
 オーガスタの大きく開いた口が無声の叫びを、見開いた眼が涙なき号泣を表現している。
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バース…………。
 彼らがエンジェルと呼ぶ、悪霊である子供達の合唱がこの瞬間に止んだ。
 今だ。
 結界が弱まった事に気づいたマニフィカはポーチからピンポン玉ほどの青黒いボールを取り出すと、地下室の中央に投げた。
 床に落ちたボールは艶やかな色彩を発揮し、瞬間、カラフルな光条の放射が地下室にある子供の死体の山や拷問具の影を濃く長くした。
 『魔法陣無効ボール』。あらゆる術式の魔法陣を無効化させる力を持っている魔術具だ。
 発光によって子供達の悪霊の気配が大きく乱れたのが、この場にいる誰にも解った。
 エネルギー風はない。
 執事アダムが焦りの表情で、ジュディから距離をとった。カタールの五つの刃からぎらつく様な光が消える。
 マニフィカはこの隙にさらに追い打ちをかけた。
 神気召喚術『狛犬召喚』。
 何処からともなく降臨する青銅色の二匹の狛犬。
 その二匹がそれぞれ吠えた。
 阿(あ)!
 吽(うん)!
 宇宙の始まりと終わりを表すという二声の唱和は、まるで厳しい静謐の輪が広がる様に地下室に広がった。
 それは邪気払いの清音だった。
 この館全体が一瞬、鳴動した。
 全ての壁、天井を抜けて大量の見えないものが一斉に天へと上昇するのが冒険者の全員が解った。
 真実の浄化。
 この館に滞っていた子供達の霊が全て成仏したのだ。笑顔が見える気がした。邪気の支配下にあった邪悪な無邪気さではない。解放だ。その中には恐らくチャックの魂も混ざっているのだろう。
「イピカイエー!」
 ジュディは叫んだ。
 その中でクラインの革鞭が玄室のオーガスタの足に巻きつき、彼を玉座から引きずり下ろした。クラインの腕の動作で今までこの館を支配していた主人は痩せた体を軽軽と宙を舞い、開いていた拷問器具『鋼鉄の処女』の中に放り込まれる。
 子供用サイズである、内側に棘の並んだ鋼の中空の拷問器具はそのあぎとを閉じた。彼の下半身だけを呑み込んで中途半端に、その拷問具は両脚に深く鋼棘を食い込ませた。
 オーガスタは悲惨な悲鳴を挙げた。しかし、同情した者はいない。
「自分の悪趣味さの報いですわ」
 クラインは鞭を手元に引き寄せ、輪状に束ねたそれを自分の顔の前にかざしながら呟く。
「古き信仰に従い、不遇の子供達に更なる罰を与えて浄化し、己は転生の為に徳を積んでいたなんて、まさに自己欺瞞に満ちた虚言ですわ」マニフィカはオーガスタとアダムを見比べながら断言した。「信仰が正しいと仮定しても、罰を与える行為は神の領分。そもそも己を女神と同一視するなど不敬の極み。徳どころか悪逆非道を重ね、良き転生からは遠のくばかりですわ」
「ちいっ!」
 執事アダムがファイブブレード・カタールをジュディに投げつけた。
 まるでシュリケンの様に回転する刃具を、ジュディは拳に力場をまとわせた『シールド・ナックル』で迎撃した。
 未来はミニスカの内側に隠し持っていた『サイコセーバー』を抜いた。黒髪のJKのサイコパワーが銀光の刃となる。
「『エイト・タイムス・ブリンク・ファルコン』っ!!」
 テレポートで高く転移した未来の足が天井を蹴る。
 さかしまに躍りかかるその身は、八つ身に分裂する様に輪郭がぶれる。
 ブレンダーの様な銀刃が執事アダムに上方から攻めかかった。黒い執事服がズタズタになる。未来の足が石床に立ち、残心のポーズを決めた時には黒い執事は子供達に負わせた以上の傷をもって床に倒れた。
「アダム……!」
 拷問具に足を挟まれたオーガスタは呆然とした声を上げた。それはこの期に及んでも偽老婆の裏声だった。
「……『ウィズ』よ……」
 アダムの呟き。血まみれの執事が床に伏しながら、襤褸の如くなった執事服の内側から一つの小さな紙玉を取り出し、オーガスタに投げつけた。
 偽老婆の悲鳴。紙玉は拷問具に挟まれたこの館の主人に触れると爆発した様な炎をあげた。オーガスタの姿はあっという間に炎で黒く朽ちる。
 思いがけない展開で、炎上するオーガスタの姿に皆の眼が向いた隙に、今度は執事アダムの姿が眩しい炎を吹き上げた。恐らく自分の分の紙玉を己が身の内で爆裂させたのだ。
 あっという間に二つの悪が炎をあげた。
 炎はシャンデリアよりも明るく地下室を照らす。熱気が冒険者を炙る。
 それぞれの炎上を『マギボトル』の無限に湧き出す水等で消し止めようとした者達は、彼らが瞬間的な高熱で既に命を失っているのを確認するしかなかった。
 火は消し止められた。
 水に濡れた焼死体が二つ。
 彼らの罪を現世の裁きにあわせようと思っていた者達は、あっけなく焼死した二人をただ無念の祈りで送るしか出来なかった。
 戦いは終わった。
 色色なものがここで終わった。
 一代で巨万の富を築いたオーガスタ・モンローの栄光も。
 その欲望を焚きつけた執事アダム・ボーマンの謀略も。
 現世に妄執した女装男の転生の夢も。
 彼らの為に苦悶死させられ続けてきた無数の子供達の悲劇も。
 その子供達を呪縛していたこの館の支配も。
 全てが終わったのだった。
 子供の死体の山の陰で、気絶していたトレーシとフィーナが発見され、助け出された。
 トレーシの身体を乗っ取ろうとしていた計画も、小さなフィーナを拷問にかけようとしていた暗愚も始まる事なく終わったのだ。
「十歳おめでとうねぇ」
 リュリュミアは十歳になった麦藁色の髪の少女に声をかけた。
 冒険者達は、もう子供達の声が聴こえない地下室で戦いに疲れた身をしばし休めた後、『トナフト』の町へこの館の真実を知らせる為にトレーシとフィーナと一緒に地下室を、この館を出て、ふもとへの道を辿るのだった。

★★★
 館の真実は、トナフトの住民に凄まじい驚きをもって迎えられた。
 館の真相はすぐには受け入れられないものだったが、冒険者達の真摯な語りとフィーナの訴える瞳が街の人人の気持ちを動かした。
 すぐに行動出来る全ての男達と町にいる衛士が館への道を辿り、館に入る事によって、その暴かれた地下室とそこにある戦いの痕跡で冒険者達の訴えが正しい事は確認された。
 子供達の死体の山は衝撃だった。
 二つの焼死体と記者チャックの死体を含めた死体の山は町の住人達によって、全て館の外に運び出された。それは日数をまたぐ労働となり、精神的にも過酷な作業だった。
 チャックの死体は身寄りさえ調べれば遺品を遺族に渡せそうだが、子供達全員の身元を調べる事は難しいと思われた。数が多い上に、何処にも彼らを集めた証拠の書類となる物がなかったのだ。
 結局、身よりが解るかどうか解らない数少ない遺品だけが集められ、子供達の死体は館の庭で荼毘(だび)にふされる事となった。
 もうもうたる白煙があらためて、この子供達が哀しい存在である事を皆に知らしめた。
「果たして、オーガスタとあなたには本当に血縁があったのでしょうか」
 アンナは積まれて火に焼かれる子供達の死体の山をトレーシと並んで遠目に見守る。彼女達は子供をここで荼毘にふそうと申し出た者だった。
「それは無事に帰れたらあらためて調べましょう。今は子供達の成仏を」
 アンナはそう言って、青天まで届く白煙の柱を見上げる。
「日付は変わってしまいマシタガ」ジュディは受け止めきれない全てにどうしていいのか解らない表情をしているフィーナの頭に手をやった。「今度こそ幸せなバースデーソングを聴く権利がフィーナにはありマスネ」
 フィーナの頭をジュディは撫でる。
 彼女はフィーナの誕生パーティをこの依頼の打ち上げを兼ねてトナフトで派手に行うと予告した。
 そして修理が完了している(実は動作不調は館の壊滅と同時にいきなり直った)バイクに乗って王都へと一足早く戻る事にする。
「不幸な子どもがいたならば、その分幸せになる子供もいなければなりませんわ」
 クラインは、ジュディを自分の会社へと使いに出したのだった。会社でオーガスタが運営していた養蚕・絹布工場の権利関係を調べ上げ、トレーシが相続出来るように社員に手配する為だ。
 だが、その予定は狂った。
 夕刻、ジュディは誰も予想しなかった者達を連れて戻ってきた。
「不死の悪魔の館を攻略したという冒険者達はいるか!」それは王城に直接仕える衛士達の乗る馬車の車列だった。「オトギイズム王国国王から召喚の思し召しである!」

★★★
 紫の夜もかなり更けた。
 億万長者の館の秘密を解き明かし、数多の子供達を邪悪な野望から解き放ったという冒険者達の話はその地の領主の頭を通り越して、一気に国王まで届いていた。
 それは事件の規模にもよるが、解決した冒険者達のかねてからの王家との親密さがあるのかもしれない。
 王都『パルテノン』。
 王城。
 『パッカード・トンデモハット』国王は、王妃『ソラトキ・トンデモハット』と共に豪勢な食事会で冒険者達を出迎えていた。
 立派な椅子に座ったホストとゲスト。
 上席に座った国王と王妃は今夜はこの冒険者達の前ではよく見せる、くだけた調子ではない。
 それは気心の知れた冒険者だけではなく、トレーシとフィーナ、それにトナフトの町長とその領地の領主もいるからだろう。
 先だっての『羅李朋学園』生徒の大量下船がオトギイズム王国にもたらした変革は、料理界にも及んでいた。それまでは食べる事に挑戦しようとは誰も思わなかった食材や調理方法が、文化の進んだ異世界から来た料理人によってあっという間にこの王国に広まった。演奏する楽団を背景に、海鮮の刺身を中心とした豪華で美味な会食を終え、デザートのソルベを食べながら王とゲストの歓談は始まった。
 豪奢な織物がかかった長テーブル。身分差のある王族貴族や平民達が気軽に話し合う事がこの場では許された。
「慰霊碑を作ると言うが」パッカード王が銀のスプーンでソルベを口に運びながら、マニフィカが望んでいる事について語った。「それは国事として、この王が受け持とう。何百もの孤児が犠牲となり、邪悪な宗教の礎とされたその事件、この俺が知らずにすませていたのを解決してくれた貢献は礼を言っても言い足りん。せめて、この王に金を出させてくれ」
 この夜会で色色な事が王絡みで運んでいた。
 オーガスタの運営していた養蚕・絹布工場の権利関係をトレーシがかねてからの約束通り、遺産相続出来るようにするという考えにも、パッカード王が賛同し、その手配を助けてくれた。
 それはクラインが推しはかっていた事だった。
 本来なら、その運営者がいなくなった事業はそのまま破産して消滅するか、領地の領主の物になりそうである。
 しかしクラインはそれらの権利を自分の会社の事業として引き継ぎ、トレーシの代理として管理すると王に申し出た。商売自体に興味はなかったトレーシに異存はなかった。彼女ががそう言い、王が後ろ盾となるならば、それ以上の事はない。売り上げから幾らかの配当金を受けとれる事を条件にトレーシが了解したのだった。
 クラインはそれらの利益は、トレーシの受け取り分以外の全てを孤児院等の慈善事業に割り当てる事を合わせて提案した。
「事業者が事業利益をどう扱おうが勝手でありんす。勿論、社員に払う賃金の分は差し引いておくんなんし」
 金髪を日本髪に結い上げたソラトキ王妃がソルベを赤い唇に運ぶ。
 こうしてクラインの会社はまた大きくなった。
「後はトレーシが、フィーナを養子として引き取ってくれたらハッピー・エンド、大団円なんじゃないデスカ」
 早速、一足先にアルコールを要求し、高級酒を大ジョッキで飲み干し始めたジュディは酒気を帯びた息を吐く。
「養子? 養子ねえ……まだ結婚もしてないのに……」
 トレーシは戸惑うが、この会食の為にドレスで着飾ったフィーナを見つめる視線は優しいものだ。
「一生、働かないで暮らせるだろう財産が手に入ったのね。エモいわー」椅子を背側に傾けた未来はソルベのお代わりを給仕に注文する。「ギルドの受付嬢を辞めて、フィーナと一緒に暮らしても遊び倒せるわねー。マジ卍」
「……ギルドの受付嬢は続けるわ」しばし考えたトレーシが、未来に答を返した。「私には冒険者ギルドの受付嬢が天職に思えるのよ」
「一生使えるお金より、一生ものの仕事ですか。そう言えるのっていいですわね」
 実家が火の車であるアンナはうらやましそうにする。しかし優遇者に対する妬みの感情は特に湧き上がらない。
 デザートを食べた者達の眼の前にあるのは、料理の皿から酒杯に変わっていた。
 実質上、これがクエスト達成の打ち上げパーティともなる。
「日付は違ってしまったが」パッカード王は手を叩いて、部屋の外に待機している者を呼んだ。「俺からのプレゼントを受け取ってくれ」
 すると扉が開き、廊下から白いスモック姿の十人の少年少女が入ってきた。
 いたいけな印象。
 背丈が不揃いな彼らの可愛い口が開く。
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 ハッピー・バースデー・ディア・フィーナ♪
 ハッピー・バースデー・トゥ・ユー♪
 アカペラの奇麗な合唱が部屋の中の空気を震わせた。
 この部屋にいる誰もが幸せな気持ちになれた。
 フィーナの眼には涙が浮かんでいた。この合唱がなければ、少女の心には、バースデーソングは悪霊達の館での一生のトラウマとして刻みつけられたままだっただろう。
 この歌で少女の心は浄化されたのだった。
「十歳おめでとぉ」
 そんな彼女の肩を後ろから抱き、立ち上がったリュリュミアは背後から顔をぽやぽや〜と覗き込んだ。
「フィーナさん、また新しい遊び教えてねぇ。約束ですよぉ」
 緑色の淑女はそう言い、手元で速成した白い生花をフィーナに手渡した。
 夜が過ぎていく。
 ジュディは窓越しに夜空を見た。バースデーソングを贈ったのは彼女の発案だった。
 悪霊達の夜は過去に封じ込められ、もう不気味に無邪気な歌を歌う事はないのだ。

★★★