『十歳、おめでとう』

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(第1回/全4回)

★★★
「フィーナという少女を憶えていますかしら」
 王都パルテノンの『冒険者ギルド』の一階、依頼掲示が為されている受付大ホールで赤いフレームの眼鏡のトレーシ・ホワイト嬢に声をかけられた。
 白いブラウス、青のタイトスカートの彼女が受付窓口でではなく、大ホールに立っている自分に直接声をかけるのはとても珍しい事だ。
 挨拶も早早に、フィーナ?とその名前を記憶の中から呼び起こす。珍しい名前ではない。だが確実そうなのを思い出した、以前に冒険者ギルドで有名になった一人の少女がいる。
 悪霊による連続放火事件。
 その中でクローズアップされた貧民街の少女だ。
 ぼさぼさの麦わら色の長髪。
 痩せたそばかすが浮いた白色の肌。
 粗末な身なりをしていた。
 憶えている、と答えるとトレーシがよかったという風に微笑んだ。
「実はちょっとフィーナを連れていきたい用事が出来ましたので、あの娘の家族の所まで行ってほしいの。貴方は一応、彼女の家族と面識があったはずですよね」
 確かに面識はある。だが深く知っているわけではない。
 会えば、解るだろうが。
「実は私ね」トレーシはため息とも何とも知れぬ表情を作りながら話し始めた。「父方の家系の遠い遠い親戚の遺産を継ぐ事になってしまいまして……」
 え、何だって?と自分の耳を疑った。いわゆる夢の様なシチュエーションだが、そんな事が実際にあるのか。
「遺産と言っても大した事はないのですよ。遠い土地のちょっと大きな館が一軒、受け継ぐ事になって。まあ、枯れた土地と古い館の一軒きりなんですけど。……でね、その相続条件というのが『もうすぐ十歳の誕生日を迎える可哀相な身寄りの子供』を一人連れていく事なんですなの」
 可哀相な子供?
 確かにフィーナは貧民街に住み、慎ましやかな生活をかろうじて送っている少女だが。
 これでも事件の頃に、国による慈善策がとられた事で、かなり暮らしはまともになったのだ。
 と言ってもやはり貧民街暮らしで、決して未来が希望に満ち溢れているというわけではない。
 自分の首をひねった。
 何故、そんな子供を連れていかなければならないのだろう。
「フィーナはもうすぐ十歳なのか」
「事件記録に間違いがなければそのはずです」トレーシが自分の記憶に間違いはないという顔をする。「館の元の持ち主である『エリザベス・ティアマン』という方が、養蚕と絹布の取引を仕切って成功したという大金持ちなんですって。で、篤志家の彼女は貧しい悲惨な境遇にあるの子供達を集めて養っていたんですって。ある時はただ招待して、またある時は大金を出してまで子供を引き取って。ひどい境遇にある子供達を優先して集めていたって言いますわ」」
 そんな篤志家がいたのか。初耳だ。
「でね、この前、どうやらそのエリザベスという人が死んだらしく、家系図を辿っていったら、私以外の相続権を持った人間が全滅しているらしいのです。それで私が優先相続人という事になりまして……」遺産を相続出来るなら何にしても得な事だろう。なのに疲れた顔をするトレーシ。「それがね、実はね……出ますのよ……」
 何が?と思わず聞き返していた。
「その館は地元では有名なお化け屋敷らしいの。築百年以上なんですけれどもムード満点の『出る』屋敷らしいのよ。……それでね、相続の儀式に貴方達冒険者に一緒についてきてほしいのよ。どうにも不安で。……、遺産は手に入ったら館も含めてすぐに売り払っちゃうつもりです。でもね、一旦、相続する為には一度、館に行かなきゃならないですよ。悲惨な境遇の子供を連れて」
 トレーシがそう言って、受付ホールを見回した。
 豹柄のボディコン衣装の女魔法使い。
 筋骨たくましい黒人の戦士。
 ネズミの顔をした革鎧の半獣人。
 冒険者ギルドは今日も雑多な人達がたむろしている。
「貴方とお仲間達にフィーナを連れて、私と一緒にその館についてきてほしいの。勿論、報酬は出すわ。このギルドに正式な依頼としても申告するつもり。他の町にも貼り出すわ。大丈夫、お願い?」
 その時だ。
「ちょっとよろしいでしょうか」
 突然、一人の若い男が会話に割り込んできた。
 黒いシャツに赤いネクタイ、白いスラックス。ハンティング帽をかぶり、冒険者という雰囲気ではない。
「すみません。俺はチャック・ポーンというケチな売文家なんですが」売文家。平たく言えばライターという事。本や新聞の記事を書いて稼いでいる文筆業の者達だ。「エリザベス・ティアマンの遺産を継いだ者がこの冒険者ギルドにいると噂に聞きまして。どうやらそちらのご婦人がその様で」
「まだ遺産を継ぐ前ですよ。それにいつ、その話を知りましたの?」
「それはそれ。ネタを誰よりも早く仕入れるのが命の商売でもありますんで」
 チャックという男はズルそうな細面をしていた。こうして会話を交わしている最中も手帳を片手に万年筆でメモをとっている。安そうな万年筆だ。
「それでその売文家さんが何の用ですの」
「いや、俺もご同行させてもらえないかな、と。そう思って」チャックの笑い顔は狐の印象。「いや、実はお化け屋敷とやらの体験記事を書きたいんですよ。実話怪談物は売れますからね」
「実話怪談物……?」
「最近の文字が読める大衆が求める物は、美しいサーガよりも二流のゴシップなもんで」
「……あまり、人の噂話のネタにはなりたくはないですわね。すみませんが他を当たって下さい」
「では、連れていってもらえないと」
「そうね。悪いけれどごめんなさいね」
 トレーシ嬢の表情の裏にある本音が解る。どうもこのチャックという男は心を許したくないムードがある。
 これでチャックが意気消沈するかと思ったが、彼は全くそんな事はなかった。
「では、あんたがこれから出す冒険依頼に参加するという形では? 正式な手続きを踏んだ冒険者なら構わないでしょう」
 トレーシの息が詰まった。
 あらら、と思った。トレーシとフィーナと共に一緒に行くならこの男と同行しなければならないのか。
「それが依頼を受けた冒険者ならね。勝手にして下さい」
 トレーシの不機嫌の種が芽生えたかの様に、チャックに背を向けた。
 こっちさえ無視して歩き出そうとしたそのトレーシ嬢に、黒いローブに身を包んだ女性が近づいてきた。
 銀色の瞳。浅黒い肌。黒い長髪。カエルの様な顔。
 青く不揃いの宝玉の首飾り。
 この人は誰?という顔をしていると、トレーシは滅多にここには来ないけどジプシーの占い師よ、と紹介してくれた。「あ、……ジプシーという言葉は差別でしたわね」
「あたしは構わないさね」ジプシーの女占い師の顔は温和なままだった。「トレーシ」彼女は親し気に呼びかけた。「あんたによくない相が出てるよ。その遺産受け取りとやらはやめた方がいい」
「そうはいかないのですよね」トレーシが彼女に親し気な顔を向ける。「私もお金は欲しいですし」
「そうまで言うなら止めないけどね。しかし、気をつけた方がいいわ」女占い師が広い袖から透明な水晶玉を取り出した。「あんたには悪い星が近づいている。あんたをその館で待つ未来は……」
 銀色の瞳が見開かれる。
 何処かで無邪気な子供の笑い声が聞こえた気がした。
 一瞬で、その水晶球に無数のひびが入り、真っ白になった。
 そして、大きな音と共に破裂した。
 女占い師が両手で顔を覆った。破片が食い込んだらしい。指の隙間から赤い血が滴った。
 この大ホールの全ての視線が集まる。
 悲鳴が挙がった。
 何が起こったんだ!?と叫ぶ声。近寄った何人かに女占い師の脱力した身がよりかかる。
「どうしたの!? 大丈夫!? 何があったの!?」
 トレーシ嬢の呼ばわりに女占い師が精一杯の声で答える。「あんたは謎を解かなければならない!」その声は彼女の意思というより神がかり的な感じがした。「正体を暴き、心の弱みを突くんだ! でなければ、あんたとフィーナは、皆は……彼に殺される!」
 その声を最後に彼女は気を失った様で、だらりとした黒ローブ姿が冒険者の男達の手で運ばれていった。ギルドには簡易の医療室がある。
「……………………」
 トレーシ嬢は不安を隠さず、無言で彼女が運ばれていくのを見守った。
 受付大ホールは一時の騒ぎから一転して、沈黙に包まれた。
 くく、という男の笑い声。
「面白くなってきやがった」
 チャックが小声で笑う。今の出来事のメモをとっている様だった。

★★★
 各町の冒険者ギルドの大掲示板にトレーシからの冒険依頼が貼り出された。
『トレーシ・ホワイトとフィーナにつきそって、エリザベス・ティアマンの館に行き、そこで起こる出来事につきあう事。
 彼女達に危険があれば、それに対処する事。
 冒険の終了は彼女達が帰還するまでとする。
 報酬は一人頭、十万イズム』
 この依頼が公示された瞬間にチャック・ポーンが参加の手続きをすませた。
 既に冒険者ギルドに呼ばれたフィーナが、トレーシからその館に同行する旨を知らされ、前報酬を家族に渡して旅の準備をすませている。

★★★
 そして、その日が来た。
 一番近い小さな町『トホーフト』から一時間ほど荒れた丘を上り下りしながら道を辿って、ようやく着いた。
 高い鉄柵に囲まれた古い館が天気と同じ様な荒涼さでトレーシとフィーナと冒険者達を待っていた。勿論、チャックもいる。
 鍵のかかってない大きな門を開くと、窓が一切ない陰気な館の戸口に、清潔な執事服姿の老人が背筋を伸ばして立っていた。
「トレーシ・ホワイト様とフィーナ様、そしてお連れの方方でいらっしゃいますね。ご主人様がお待ちでいらっしゃいます」
 トレーシも耳を疑っただろう。この館の主人、エリザベスとやらは亡くなったのではないのか? 亡くなったからこそトレーシが遺産相続に呼ばれたはずだ。
 フィーナが十歳の誕生日を迎える前日の午後だった。
★★★

【アクション案内】

z1.館の主人エリザベスに○○する。
z2.トホーフトの町でこの館にまつわる情報を集める。
z3.館の中を調べてみる。
z4.その他。

【マスターより】

 楳図かずおの名作『14歳』にも似た出だしで始まりましたが、さて、今回はホラー&ミステリーシナリオをめざしています。
 私におちゃらけのない怪奇シナリオが出来るのかって?
 それはやってみなければ解りません(解らないのかよ!)。
 もしかしたらPL様方方にとって気色のよくない物語になるかもしれません。
 ちなみに私は「不吉」という言葉が嫌いです。
 でも、この物語は不吉だらけになるでしょう。
 謎解きはガチで行きます。
 謎が解けない場合、バッドエンドを想定しております。
 イメージ参考資料(あくまでイメージ?):
『ヘルハウス』(映画)
『ガダラの豚』(小説)
『サイコ』(映画)
『ジョジョの奇妙な冒険(エボニーデビル編)』(漫画)
『14歳』(漫画)
『妖怪人間ベム』(アニメ)
『コブラ(サラマンダー編)』(漫画)
『クロックタワー』(ゲーム)
『恐怖の館』(ゲームブック)
 では、皆様によき冒険があります様に。