『海底大戦争』

第3回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
(うきー! さすがの恥辱にわたしの怒りも有頂天!だわ!)
 姫柳未来(PC0023)は生粋の超能力者だが、今の思念はテレパシーとして無差別放射しない様に気をつけた。
 現在、遠き海底では人魚王国の軍隊と竜宮城が戦端を開いているはずだ。
 それなのに今の自分は人魚王国の衛兵詰め所の地下牢で、恥辱にまみれたポーズで緊縛されている。
 人魚の衛兵隊長の趣味なのか、縛りあげられた縄の微妙な所に結び目を作られているが、それだけではHな気分になったりはしない。未来は静かな怒りに燃えていた。
 今、自分を見張っているのは安酒を飲んで、テーブルに突っ伏していびきをかいている男の人魚、ただ一人。
 下っ端だろう。未来は相手に声をかける。返事がない。見張りのくせに完全に熟睡している。
 それも彼女が無力だと高をくくっているからだ。
 未来には力がある。無言で念じ、テレポート。縛られたままの未来が、牢にはまった格子の向こうへと瞬間的に移動する。
 手足の自由を奪われている未来は、男の腰のベルトに収まっていたナイフに眼をつけた。
 サイコキネシス。
 男の腰のナイフが、未来の手元まで宙を飛んできた。くるりと宙返りしたかと思うと、一閃で胸から腰にかけての束縛の縄を切る。更に蝶が舞う様に彼女の周囲でひるがえり続け、すぐに全ての拘束から少女を解き放った。
 無理のある姿勢をとらされていた未来はまず自分の関節をほぐし、次いで、見張りの男を思いっきり殴り倒して『熟睡』を『気絶』に変えた。
「さてと……」
 恐らく全兵力を侵攻にあてているだろう、人魚の王国の町は静かだ。
 衛兵詰め所から外に出た未来は、人気のない深海の町から出ようと泳ぎ始めた。特殊水着の重力制御でバサロから更に加速する。活きのいい魚の様にスムーズに泳ぎ進む。
(間に合えばいいけど……。エリアーヌ王女に会えれば、何とか……)
 未来はテレポートを出来る限り連続させながら、距離を稼ごうとする。
 これで先行する人魚軍を追い越し、竜宮城へ行っただろう仲間と先に合流するつもりだったが、果たして、それが叶うかは微妙なムードだった。

★★★
 光り輝く深海の竜宮城に、八千人の人魚王国軍の先鋒が到達した。
 そこで彼女達が目撃したのは予想していなかった光景だ。
 竜宮城は『時の結界』と名づけられた透明な障壁で覆われていて、中に空気があるらしく、光の屈折で奇妙に歪んで見えている。それは何度ともなく偵察を送って確かめられている。
 しかし、今、その障壁の一部が円く開けられている様に見えている。待ち受ける敵の姿もそこにない。
 進行が止まった。これはどうした事だ、と人魚軍の先鋒が騒めく。
 罠の危険がある。
 しかし、それをおして進め、という命令が来た。
 何にせよ、突破しなくてはならない障害なのだ。
 それは八千人という大群と、強力な三叉槍を手にしたという驕りから来た判断だったかもしれない。
 先鋒は絞り出すかの様に少人数で戦端を尖らせ、一気にその進入孔へ突撃する。人魚軍の武器はその三叉槍と流線形のスピードだ。一度に二十人がくぐれるかという進入孔めざして高速で泳ぎ、無事にそこを突破した。
 障壁の内部には空気で満たされていた。だが、人魚達は海を泳ぐそのままの速度で空を飛べた。呼吸も問題ない。死の罠はないかに見えた。
 だが、仕掛けられていた罠は直に効果を発揮した。
 突撃した兵の隊列が乱れた。酩酊に身体が熱くなり、視界が歪む。
 直線に進めず、皆、散り散りに右へ下へと泳ぐ方向が大きくずれていく。
 これは酒に酔った症状だと気づいた者もいる。
 実は既に竜宮城防衛組のアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、進入孔付近の海水に竜宮城から掻き集めた酒類を混ぜていたのだ。それこそ飲めば胃に火がつく様なアルコール度数が高い物も沢山あった。水中で呼吸する人魚には効果大だ。
 このアルコール・トラップはすぐに進入孔の海水と掻き混ぜられて、効果がなくなってしまうが、それでも敵の先鋒を挫くには十分な力を発揮した。
 竜宮城から迎撃に出た肉食魚群が、戦列から離れた兵を獲物とする。だが、それもなるべく三叉槍を手放させる攻撃をするだけで過剰に負傷させる事は避けた。
 それでも残った大部分の人魚兵は、開け放たれている門から竜宮城内部へ突撃した。
 窓は全て内側から封じられている。
 竜宮城の廊下は広かった。
 広かったが何百人と一斉に突撃した軍勢に対しては狭かった。
 左右には歓待の広間らしき物があるが、その入り口も封鎖されている。
 廊下はまるで迷路だった。道があちこち遮断され、くねっている。
 奥にある大階段をめざして、人魚兵は高速で泳ぎ進んだ。
 階段を昇り、二階へ。そして更に二階の廊下の奥まで突き進んで三階へがむしゃらに宙を泳ぐ。
 そのスピードを殺す物が現れる。
 廊下の途中にバリケードが積み上げられ、行く手をふさいでいる。これを迂回する事は出来なかった。
 それでも何百人とその即席のバリケードを強制突破する。
 段段と動きの速い兵と遅い兵との間に距離が開いて、前線がのびきってきた。
 廊下が二つに分かれ、人魚兵達も即座に左右に分かれる。
 しかし、それぞれにまたバリケード。
 これはジュディ・バーガー(PC0032)の策だった。
「ネイザー・シーク・ノア・シャン・ファイト、デ〜ス!」
 強いて争いを求めてはいけないし、あえて争いを避けてもいけない。
 ジュディはバリケードに隙間を作っていて、その部分に立って応戦、マギジック・レボルバーを撃ちまくる。水の魔弾で射撃し、ある人魚の三叉槍を撃ち落とし、ある人魚兵の胸を撃ってスタンさせ、敵を無力化していく。
 ジュディのアメリカン・スピリットのワイルドな血が騒ぐ。彼女は特殊ビキニの上からアメフトのプロテクター等を完全装備し、人魚からの刺突をその装甲の傷として受け流しながら、一騎当千の強者として人魚軍団の矢面に立つ。
 竜宮城の大カニ兵達も参戦。バリケードとジュディと大ガニに人魚が苦戦していると、左右の脇の大広間の出入り口が突然開いて、両側面を肉食魚兵、及びアンナが奇襲してきた。
 人魚軍団の優位性は、まず八千人という規模、そしてメインウェポンである三叉槍に象徴される突進力。
 だがその分、防御力が貧弱のはずだ。
 竜宮城の戦術は数の差を埋め、突進力を挫き、脇や背後から弱点を不意を突く。いわゆるゲリラ戦法の基本。
 具体的には、竜宮城をその名の如く『城』として活用。長い廊下に幾つもバリケードを築き、あえて敵兵を狭く複雑なルートに誘い込む。
 兵力の展開が難しい状況下、袋小路に追い詰めたり退路を断って足止めし、味方の伏兵に奇襲させる事で敵兵から攻勢と戦意を奪うのだ。
 確かに突撃力頼みで防御はおろそかになっている風の人魚軍団には有効だった。
 レッドクロスを装着したアンナは伸長したモップを振り回す。
「ここで大掃除してあげますわ!」
 堅固なレッドクロスには洗練されたデザインの三叉槍も歯が立たない。
 肉食魚群の攻撃と同時に、渦状に回転するモップの打撃は先鋒の退路を断った。
 ジュディはスコップを手にしての白兵戦へ移行した。
 狭い廊下で十分に加速も出来ない人魚達は、完全に不利な様子だ。ランダムに小突撃を繰り返すだけの右往左往ぶりだった。
 人魚軍の最前線は完全に勢いを殺がれ、混乱していた。
 仲間と合流した未来もバリケードの陰からサイコキネシスで敵の三叉槍の自由を奪い、戦場の混乱を加速する。
「ここであの人を出すべきじゃない?」
「それはビリーがスタンバイしてマース」
 戦場の喧噪に負けじと声を張り上げた未来に、ジュディが答える。
 その時だ。
「控えーい! 控えんかー!」
 ナイスタイミング。ビリー・クェンデス(PC0096)が『神足通』で、車椅子と共に戦場に瞬間移動してきた。
「この天下の人魚王国第二王女『エリアーヌ・アクアリューム』さんが眼に入らへんかー!」
 何処となくバロックでビザールな車椅子に座った、黄色いワンピースとディープブルーの髪の少女。前髪のみがピンクだ。
 人魚達に竜宮城にさらわれたと信じられているエリアーヌ王女が今、混乱で無力化している最前線に光臨したのだった。

★★★
(少少、時をさかのぼる)
 竜宮城最上階の大広間。
「えらいこっちゃ! めっちゃ洒落にならへん」
 乙姫に竜宮城の秘密を明かされ、真鯛の将軍から人魚王国軍の接近を知らされた時、座敷童子のビリーは小柄な身体で跳ね回り、驚きを全身で表した。戦争などというものに巻き込まれたのは子供救世主だって初めてだ。
 開戦。
 ビリーは思う。全ての物事が話し合いだけで解決出来るとは思わない。本音と建前はあるにせよ、どんな戦争にも理由は存在する。そして意図的な誤解や先入観が戦争の口実や切っ掛けになることも珍しくない。
 だから対話は必要なのだ。
 相手側の理由を知らずに戦争は止められないのだから。
 しかし、とりあえず今は戦いを受け止めるしかないというのが竜宮城の現状だ。
 ジュディはとっさに思いついたゲリラ作戦を真鯛の将軍と吟味し始めた。
 すぐに竜宮城全ての窓を内側から閉ざし、階下に面する広間の屏風全てに即製の閂(かんぬき)がかけられ、廊下に簡易バリケードが設置される事になる。
 竜宮城内部が戦場になるのには乙姫が反論したが、これが今考えられる最善策とジュディに説得された。やがて豪華絢爛な竜宮城内が傷を負い、血に汚れるのは回避出来ないだろう。
 刺激物を大量にばら撒いて、人魚兵士を攻撃する手段として使えないかというアンナの提案。これはあらかじめ時の結界の一部を開け、その付近に場内からかき集めた度の強いアルコール飲料を散布しておくのを代わりにすると決まった。竜宮城の魚兵達が迅速に行動を起こす。
「へっ! 全く、F××KIN’騒がしい現場だぜ」
 この期に及んでも大膳の一角に陣取り、手酌で酒を飲んでいる謎の老人U・Tことバラサカセル・トンデモハット王子がしゃっくりを繰り返す。
 その彼を微妙な視線で眺めている、車椅子の人魚王国のエリアーヌ王女。
 更にそこに突然、現れた少女がいる。
「あちゃー! 間に合ったー!?」
 大広間に突然、未来が連続テレポートで飛び込んできた。
「OH! 未来!」
「ひっさしぶり、ジュディ」
 ジュディ達の歓声に未来は応える。
 未来が敵でない事を、ジュディ達は乙姫に説明した。
「もしかして彼女がエリアーヌ?」未来は派手な車椅子に座った少女を見つける。「竜宮城にさらわれたっていう、噂の」
「私はさらわれてなんかないしー」
 エリアーヌが即答する。
「え、じゃあ、どういう事なのさー! 人魚達は皆、エリアーヌが竜宮城にさらわれたって思ってるよー」
 未来は人魚王国で衛兵達から聞いてきた情報を伝える。
 竜宮城の皆は、未来の話を最後まで聞き、そして軽い混乱に陥った。
「私達がエリアーヌ王女をさらった、ですって!」
 乙姫は金切声に近い叫びを挙げた。
「エリアーヌ」アンナが脚のある人魚姫に語りかける。「あなた、王子に会いに行く事をちゃんと誰かに伝えてきましたか? 人魚をやめて、人間になるって」
「えー、そんな事ー? ……誰にも言ってないけどー」
「そうですか……この騒ぎの原因の半分くらいが解った気がしますわ」
 アンナは呟きながら、短く収納していたモップを最長にまで伸ばした。人魚から竜宮城防衛に尽力する決意は既に固めている。
「あいつら、酷いんだよー! 女として最大限の辱めを受けたわ!」
 未来は衛兵隊長から受けた辱めを王女に聞かせている。
「U・T……いや、プリンス・バラサカセル」装着したプロテクターの感じを確かめながらジュディは王子に釘を刺す。「マルチプライ・バイ・ザ・コンフュージョン、この混乱に乗じて乙姫をどうにかしようなんて考えない様にネ!」
 U・Tはそれを聞いているのか解らない酔い心地で、料理の小鉢を寄せ集めて、独自の酒のつまみを作っていた。
「濡れ衣を着せられているらしいですね」
 開戦直前のあわただしさの中でマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は自分のトライデントの刺突部に砥石を当てる。マニフィカも人魚だ。オトギイズム王国とは異世界の種ではあるが、同族と刃を交えるには抵抗を覚える。しかし、戦わなければならないだろう。戦いを止める為に。ポーツオークの一万本の三叉槍の調達に関わった以上、責任の一端をひしと感じていた。
 竜宮城内は開戦の準備で忙しい。鉢巻きを締めた海棲動物があっちへこっちへと飛び回る。
「とにかく、最前線を混乱させて無力化して安全になってから、エリアーヌさんを登場させる。ええな?」
 ビリーが確認を全員からとり、開戦に備えた。

★★★
(うぬぅ! やはりエリアーヌ王女を人質にとっていたか!?)
 戦闘行為がストップした現場では、隊長らしい人魚が車椅子に座る王女が現れたのを見て、苦苦しげに叫ぶ。彼女の人魚語は、エリアーヌの横に立った未来がテレパシーで思考を読み、竜宮城側の皆に通訳している。
 マニフィカと未来もバリケードの隙間を抜けて、ビリーとエリアーヌ王女に並んだ。
「私って、人質とかいう立場じゃないしー」
 喋れないエリアーヌの思念は、マニフィカより預かった『意思の実』の力で、この場にいる者に言語としてダイレクトに伝わっていた。
「即刻、戦闘を停止してほしいしー。皆が『激おこ』なのは解るけどー、竜宮城が私を人質にとったってゆーの、それハッキリ言って、ただのデマだからー。私は自分の意思でここにいるからー」
 そんな馬鹿な、という動揺が前線の人魚兵に伝わった。予想によれば、それは伝言ゲームの様に後方に伝わっていき、時間が経てば竜宮城外にいる大軍全体に既知となるだろう。
 だが、伝聞が蔓延するには時間はひどく永くかかるだろうし、人伝(ひとづて)の情報は後方に行くほど変形していくはずだ。
「わたくしの名前はマニフィカ・ストラサローネ! 異界の人魚族の代表として、同じく魚の尾を持つ者達に直接、伝えたい事があります! 人魚王国軍の指揮官をここへ!」
 マニフィカは戦場で一番、偉い人を連れてくる様に人魚達に伝えた。
 その呼びかけには動揺が表れたものの、同じ人魚という事で信用されたらしく、一人の人魚が後方へ疾った。
 やがて、高級そうな半鎧を身にまとった人魚が大勢の護衛を連れて現れた。
 彼女は豊満な胸をしている。貴族種という事なのだろう。
(エリアーヌ王女様!)
 貴族種が叫ぶ。エリアーヌに訊くとよく見知った者らしい。
「ここにいるのはそちらにとって行方不明になっていたエリアーヌ・アクアリューム王女」未来のテレパシーによる通訳がマニフィカの意思を人魚達に伝える。「故あって、地上にさまよい出ていたものをわたくし達が保護していました。竜宮城にかどわかされたのではないのです。この戦争行為は無意味です。兵を引きなさい!」
 うぬ、と貴族種が形のいい唇を歪めたが、すぐに違和感に気づく。
 青い眼は車椅子のエリアーヌを射抜いていた。
(その脚は何だ!? 陸の獣の様な脚をして、それで高貴なる貴族人魚のエリアーヌ王女だと言うつもりか!? 恐らくエリアーヌ様に似た身代わりを用意したのだろう! 我らをたばかるつもりか!?)
「それはアルケルナと契約したからそうなってるんだしー」気だるげな調子の中に何処か恥じた雰囲気を漂わせるエリアーヌの言葉。「アルケルナに、声と引き換えに陸に上がる為の脚をもらったってわけー」
(アルケルナだと!? そんな、そもそも王女がここに囚われているというのはアルケルナの託宣ではないか!?)
「そうや! それがおかしいんや!」ビリーが眼の前の貴族種さえ怯むほどの声を張り上げた。その雰囲気を未来のテレパシーは素直に通訳する。「矛盾があるんや! ボク達が集めた情報によると、海のデザイナー・アルケルナは取引したエリアーヌが陸へ行った事を知ってるはずやのに、あんさん達には竜宮城に囚われてると嘘の情報を教えてるんや!」
「それにアルケルナが一万本ものその三叉槍を地上の武具ギルドで調達したのも不思議なタイミングでございますわ」マニフィカの赤い眼が、神妙な面持ちでオトギイズム王国の人魚達の眼を哀しそうに見つめる。「まるで戦争が起こるのを予知していらした様に……いや、むしろ、戦争を起こそうとした様に」
「アルケルナから一万本の三叉槍を入手した代償は何や。まさか『海の平和』とか言うんやないやろな」
(そ、それは……竜宮城との戦争が決まった頃、アルケルナから売り込んできたのだ……)
 貴族種は、アルケルナから一万本の三叉槍を引き取った時のおおよその金額を喋った。
 マニフィカは呆れた。武具ギルドから仕入れた時の五倍もの値段ではないか。
(とんだ戦争ビジネスね)未来のテレパシー。(茶番劇じゃないの)
 戦争休止中の前線でこれらの話し合いを聞いていた一般兵の人魚達に動揺が伝わる。このエリアーヌ発見の情報はアルケルナの企みの話とセットになって、どんどん後方へ送られていく様子。戦闘の続行が怪しくなっていた。
 竜宮城側と人魚軍。お互いの認識を照らし合わせると矛盾点が生じる。
 素直に考えてみれば、海蜘蛛魔女が糸を引いていることは明確。
 まさしく、蜘蛛が吐き出す糸の罠。
 ビリーは思った。ようやく真相の糸が一本に結ばれたのだ、と。
(伝令を疾らせろ!)貴族種は声を大きく張り上げた。(全戦闘行為中止! 進軍を停止し、撤退する!)
 前線の何十人もの人魚が伝令になって、全軍余すところなく停戦を速やかに伝えていく。
(失礼いたしました!)貴族種がエリアーヌに深く謝礼の頭(こうべ)を下げた。(例え一時でも王女を疑い、偽者呼ばわりしたこの非礼、弁解し様がありませぬ!)
(あー、そーゆーのいいからー)エリアーヌは事の重大さが解らないのか、あっけらかんとしている。
(ともかく、そのアルケルナというデザイナーをとっちめてやらないとね)
 未来のテレパシーが周囲にいる者達に、種族、種類の区別なく伝わっていく。
 アルケルナこそ黒幕。
 それはもう、明白だ。
 戦争は終わり、ビリー達が敵味方の区別なく『指圧神術』で怪我人を治療している。
 人魚の大軍隊は帰国の途に着き始めた。
 乙姫は侵攻を無事に食い止めたのを喜ぶと同時に、戦場になった竜宮城の荒れ様を嘆いていた。
「大掃除のし甲斐がありまわね」
 アンナは外から竜宮城を見上げながら、モップを担ぎ直す。
「え……あれ、もう戦争終わっちゃったの?」
 謎の老人U・Tことバラサカセル王子が、大広間の奥で逆さにした空の徳利を振りながら呟いた。

★★★
 発光性の生き物が繁茂する深海。
 その日の内に冒険者達とバラサカセル王子、人魚王国より二十人の近衛兵を連れたエリアーヌ、竜宮城より乙姫と海棲動物の近衛兵十体がアルケルナの元へ向かった。
 ビリーとエリアーヌの乗った気泡球は深海の発光を照り返す。
 乙姫達、竜宮城の民は周囲を包む気泡を発生させる『魔法の木造船』で深海を漕ぐ。如何にも深海の圧力に耐える様な強固なデザインだ。
 船に乗った乙姫が携えた黄金のロッド。その頂に置かれた青い水晶玉が周囲を広く、青い光で照らし、その魔法の光を浴びている者は水中でも会話が可能だった。
 皆、岩盤を這う様に進み、発光に眩しさを覚えるほどの海棲生物の森を抜けて、やがて小山の如く盛り上がった岩まで辿りついた。
 その岩には洞窟があり、入り口からいっそうの光が漏れている。
 入り口は、乙姫の船がそのまま入れる位に広かった。
 しかし、入れなかった。
 赤い肌色とマフラーに青い光が混じった、紫色の門番が立っていたからだ。
「ここは通さないタコ」
 タコ人間・ギガポルポが一振りの長剣を手に立ちはだかっていた。
「退がれ、下郎!」乙姫配下の真鯛将軍と、人魚王国の近衛隊長が同時に叫んだ。「たとえ、お前が如何に強かろうが、一人でこの兵らを同時に相手に出来ると思っているのか!」
「それでも退くわけにはいかないタコ。俺様はアルケルナ様の用心棒の務めを果たすタコ」
「うぬ、貴様」
「ここはわたくしにお任せくださいませ」
 歯噛みする人魚の近衛隊長の前にマニフィカが立った。
 マニフィカはトライデントを軽く振り回した後、ギガポルポと三十メートルの距離をとり、構えた。
「あの時の決着をつけましょう」
「決着はとっくについていたと思っていたタコ」
 マフラーをなびかせながらギガポルポは『海塩剣』を鞘から抜いた。
 マニフィカは小声で何かを呟く。
 海底の発光が二人を照らす。
 緊迫。
「本気で行くタコ! この剣を受けた奴は一人もいないタコ!」
 ボ、とギガポルポの足元で泥煙が巻き上がった。彼の疾走に観衆が気づいた時、既にその速度は最高になっていた。
 あっさり距離が詰まる。孔雀の尾羽の様に広がった六本の手が「斬る」という一瞬の挙動の中、剣を何十回と持ち変える。ひるがえり続ける剣の輝く様はまさしくあたかも連続する飛燕。
「俺様の海塩剣を受けてみるタコ! されば通してや……!」
 だが、その勢いがマニフィカまで至近の所で突然、鈍った。
 瞬間。
 その隙を鋭く突いたトライデントが海塩剣を弾き飛ばした。
「……!」
 ギガポルポは海塩剣をなくした手に出来た傷を見、高速で後退した。
 そこで初めて呼吸を再開する。荒い息だ。
「何だ……今、息が……」
 ギガポルポが信じられないという顔をする。
 マニフィカは何ともいえない眼で彼を見つめた。
 技量は互角だった。
 『貧酸素水塊』。
 水術の達人として水質を変化させられる彼女は、ギガポルポとの間の水域の酸素をなくした。この効用範囲には彼女自身の位置も含まれていたが、彼女は耐深海薬『モグレール』を飲み、無酸素への対策としていた。
 それが解らずにまっすぐ突っ込んできたタコの剣士は途中で呼吸を乱し、マニフィカの槍術に後れをとったのだ。
 ギガポルポは海底に長剣を突き刺した。
「……俺様の負けだタコ……ここを通るがいいタコ……」
 進路から剣士は退き、皆は洞窟の入り口をくぐった。乗り物に乗った者達はそのまま入った。
 マニフィカは思う。アルケルナへの道は開かれた。彼女が悪役ならば、これで戦争の意味がなくなる、と。
 マニフィカは貌(かお)を上げ、しっかりと前を見る。
 広大な住居兼研究室という態のアルケルナの洞窟の奥まで皆、進む。
 洞窟内を青い光が照らす。
 そこには予想された通り、河童のヒョースと『海のデザイナー』アルケルナ・ボーグスンがいた。
 そして意外な人物も。
「OH! リュリュミア!」
 プロテクターを着たままのジュディを含め、冒険者全員が驚く。
「あれぇ。皆さんも来たんですかぁ」
 と彼女は言った。
 大鍋を煮るかまどの傍、大きなしゃぼん玉の中にリュリュミア(PC0015)がいた。
 水の中でも消えないかまどの不思議な炎と、乙姫のロッドの青い光が溶け合って、彼女の髪や衣装を青緑色に明るく照らす。しゃぼん玉はその色にきらめいた。
「あんさんがアルケルナの一味……なわけないやねんな」
 すかさずそう言ったのは、エリアーヌと一緒の気泡球に乗ったビリー。
 勿論、彼に限らず、リュリュミアを知る人間は皆、ビリーと同じ感想だ。
「あなた、また、ここに来ていたのですね」
 マニフィカはちょっと呆れた風。しかし、これで緊張がほぐれた。
「わたしですかぁ」とリュリュミアのぽわぽわ〜とした言葉。「わたしはギガポルポさんに助けられたのが縁で、アルケルナさんとお知り合いになってたんですよぉ」
 驚いている者達の正面で、黒いボロボロのローブを身にまとい、杖を突いた魔女がこちらを振り向く。アルケルナだ、と彼女を見た事のない者にもすぐ解った。下半身が節足を持つ赤いウミグモなのだ。
「お前らは犠牲と引き換えに望みを叶えようとしている奴らではないな。……ギガポルポが敗れたか」
 アルケルナの陰気な声。
 自分の身に今、何が起こっているかを悟り、既に覚悟出来ている声だ。
「ねえ、アルケルナ」未来の憤っている声。「何か企んで、エリアーヌ王女の事で人魚王国に嘘を吹き込んでいたのは全部ばらしちゃったからね」
「えぇー! どういう事なんですかぁ、アルケルナさん」
 無垢な子供の様にリュリュミアが驚く。
 ビリーと未来は、リュリュミアに全ての事を教えた。
 エリアーヌがバラサカセル王子を慕って、地上へ行った事。
 その為にアルケルナと声と脚の取引をした事。
 アルケルナが王女は竜宮城にさらわれたと嘘をついた事。
 その為に人魚の王国と竜宮城が戦争になり、王国側にアルケルナが大量の武器を売りつけた事。
 そして冒険者達が戦争を終わらせ、全ての責任をとらせに、皆でアルケルナの所へ来た事。
 リュリュミアはその全てを真剣に聞いていたが、ぽやーとした態度は崩れなかった。
「弁解があれば、聞きましょう」アルケルナに突きつけられるマニフィカの言葉。
「ともかく、あなたが戦争を起こしたがっていたのは解りました」アンナが丁寧に宣告する。「その為にエリアーヌとした契約をクーリング・オフさせてもらいます」
「クーリング・オフ? 何だ、それは」アルケルナは不可解そうな顔つきになった。
「契約を不服とした場合に、一定期間以内ならばその契約を破棄出来るという制度です」とアンナ。「あなたが嘘をついてエリアーヌ王女と契約したのだから、契約は無効とさせていただきます。『足』を返すので、速やかに彼女に『声』を返して下さい」
 だがそれに対するアルケルナの返答は冷静なものだった。「私は王女を騙してなんかないよ。彼女との契約自体はクリーンなもんさ。彼女が陸へ上がる為の『足』が欲しいと言ったから、私は『声』と引き換えに渡しただけよ。嘘なんか何処にもないさね」
「それにこの件はクーリング・オフが適用されるケースじゃないッパ」傍観者めいていたヒョースがいきなり口を開いた。「クーリングオフが適用されるのは訪問販売や電話勧誘販売の様な、特に商品の購入を考えていない時に突然、業者側から勧誘されて契約する、不意打ち的購入の場合だッパ。路上等で声をかけて営業所等へ連れていき、契約を勧めるキャッチセールスと、電話等で販売目的を告げずに営業所や喫茶店等へ呼び出して契約を勧めるアポイントメントセールスも訪問販売に含まれるッパ。また、マルチ商法や内職商法の様に仕組みが非常に複雑ですぐに契約の内容を理解する事が難しい連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引や、継続的に提供されるサービスの中でも、内容が専門的で、その効果の達成等が不確実な事から、大げさなセールストークや長時間勧誘等の不適切な勧誘行為が行われやすい、エステティックサービス、語学教室、家庭教師、学習塾、パソコン教室、結婚相手紹介サービスの特定継続的役務提供についても、クーリング・オフ制度が設けられてるッパ。更に業者が消費者宅等を訪問し、消費者から物品を買い取っていく訪問購入にも、クーリング・オフ制度が導入されているッパ」
 突然のヒョースのよどみない長広舌にここにいる全てが圧倒される。
 この世界では単語を理解不能な者達がほとんどだ。
「エリアーヌ王女は自分の意思でここに来た時には既に『何かを犠牲にして脚を得る』という覚悟を決めて、アルケルナ様の契約を理解して受け入れたのだから、不意打ち的商法ではなく、理解困難を利用した詐欺まがい商法でもないッパ」意外な知識を披露し始めたヒョースはここで一息ついた。「だからクーリング・オフは適用されないッパ。……ついでに言うとインターネットでの通信販売もクーリング・オフは適用されないッパ」
 ファンタジー世界の住人達を「……アポイントメントセールス? ……インターネット? 何それ、美味しい?」状態にしたが、ヒョースの顔は一世一代の見せ場をやり終えた様なさわやかな『どや顔』だった。この河童の過去は明らかになっていないが、現代の地球的世界へ行った事があるかもしれない。まさかがあり得るのが『バウム』だ。
 聴いていた者達はキツネにつままれた状態になったが、とにかく現状にクーリング・オフというものが通用しないというのは皆、解った。
「……しかし、アルケルナとのアグリーメント、契約に明らかな解約条項がないのも確かな様デスネ」
 ジュディはかすかな記憶を声と一緒に絞り出した。
「……ネットでのメール・オーダ−,通信販売もクーリング・オフが出来ない代わりに、確かな所では解約条項を明示しているらしいデスシ」
「どうせ、お前達は私が契約破棄を受け入れなければ、容赦しないんだろ。あきらめないんだろ」アルケルナが苦苦しげに言った。
「あのぉ、わたしも言いたい事があるんですけどぉ」
 よりによってもというか、このタイミングでいきなりリュリュミアが口をはさんだ、
「アルケルナさんも悪いんですよぉ。時の結界を狙ってるらしいですけどぉ、戦争になったらぁ、時の結界の力も消し飛んでしまうかもしれないじゃないですかぁ。だから乙姫様に会いに行ってぇ、何か願い事がありませんかって聞いてぇ、願いを叶える代わりに時の結界の力を分けてくださいってぇ、言えばよかったんですよぉ」
 ビリーはそれが戦争を起こした理由かと納得した。
 アルケルナが時の結界を狙っているとは皆、初耳だったが、そう考えると腑に落ちた者は多かった。
「ヒョースさんはぁ、ラブラブで幸せなんですねぇ。ギガポルポさんもアルケルナさんに剣をかっこよくしてもらって満足してるんですねぇ。でもアルケルナさんは他人の願いを叶えてばっかりでぇ、アルケルナさん自身の願い事は誰が叶えるんですぅ? リュリュミアは毎日が楽しくてぇ、どぉしても叶えたいって願いはないけどぉ、アルケルナさんの願いは叶えてあげたいかなぁ。ヒョースさんもギガポルポさんも乙姫様に言ってあげて下さいよぉ」
「この場で犯罪人の助命嘆願をなさりますか」
 船に乗った乙姫が、温和な美貌に似合わない厳しい声を放った。権力者の迫力だ。
 ヒョースもギガポルポも何も口に出さず、ただ難しそうな表情をしている。
「……それがお前の願いかい」
「そんな大それたもんじゃぁありませんよぉ。わたしはただアルケルナさんが寂しそうだなぁって思ったからぁ……」
 リュリュミアの態度にアルケルナが「ズルいね」と呟いた。その呟きは小さなものだったが皆に伝わった。
 勿論、リュリュミアの言動に深いものがあるはずはない。
「アルケルナ」羽扇子で口元を隠しながら、乙姫の厳しい声。「何ゆえに時の結界を狙います?」
「時間の秘密、若返り、不老不死……研究のテーマは色色あろうさね」
「よいでしょう。私があなたに『契約』をしましょう。……このU・Tとエリアーヌを元に戻しなさい。その願いの代償は貴女を赦し、竜宮城の内で時間の結界を研究するのを許可する事とします。ただし、住居、研究所は竜宮城の結界内に移し、私のすぐ眼に見える所に置きなさい。貴女の仕事は全て、私と人魚の王国の管理下とします」
「研究はぁ、平和利用して下さいねぇ」
 乙姫の言葉にリュリュミアが口を添えた。
「これをもって贖罪としなさい」とマニフィカ。
 それらの言葉はアルケルナにとって、真に必要だと思える事だったが彼女はただ一言「やれやれ」とだけこぼした。
「エリアーヌ王女」乙姫はまなざしを足のある人魚に向けた。「国交の断絶は、時に邪悪なる第三者の漁夫の利になる事が解りました。女王に伝えなさい。竜宮城と人魚王国の国交を正常化します」
 侵略された側の『赦し』だ。
 それで戦争の全てが帳消しになるとは思えない。
 しかし、それは確かな前進だった。

★★★
 後日談。
 晴天。さわやかな風。青い海はカモメがいないほどの沖まで来ている。
 帆船は、ポーツオークの武具ギルドが一万本の三叉槍を注文された時、配送に使われた船の一隻だ。
 船にぶつかり、砕ける波頭。周囲の海面には何百体ものの人魚や竜宮城の海棲動物達が、互いに負けじと船を中心にした渦を描いている。
 甲板上ではアルケルナの陰謀をくじき、海底戦争を止めた者達が風に面を向けて、立っていた。
 そこには元の姿に戻ったバラサカセル王子とエリアーヌ王女の姿もあった。
 U・Tだったバラサカセル王子が国民に広く知られる、美形の若い姿となり、いかにも王族めいた高貴な装いをはためかす。
 甲板上の小さなプールに魚である下半身を浸したエリアーヌ王女が、貴族種らしい豊満な胸を素のまま、風にさらし、ディープブルーの髪をなびかせている。彼女は今、歌う事も出来た。
 二人はアルケルナの新しい住居で彼女が作り出した薬を飲んだ。
 竜宮城の時の結界内に、人魚の細工師も内装の復活の為に出入りする。ここには新しい研究棟と居住棟が作られ、アルケルナとギガポルポ、ヒョースとその妻が引っ越してきていた。
 そこでアルケルナの大鍋で煮られた、ほの光る緑色の液体を飲んだ二人は、時がさかのぼる様に元の姿へと戻り、バラサカセルが記憶を、エリアーヌが声を取り戻した。
「あー、元に戻れたー! 脚はもうこりごりって感じー!」
 声を取り戻した直後のエリアーヌの叫びだ。
「ああ、なんとこの私の美しい事か! この美しさが失われていたなんて罪だよ、罪!」
 バラサカセルは元に戻った直後、早速、手鏡を覗き込んでいた。U・Tだった時の記憶はあるらしい。それを思い出すと自己嫌悪を覚える様だ。
 王国は国家の体面上、U・Tがバラサカセルだった事は伏せられ、関係者には箝口令が敷かれたらしい。
「初めて見た時から好きでしたー! つきあって下さいー!」
 というエリアーヌの告白は、
「悪いけど、自分の好みのタイプはぶっちゃけ私自身だし。っていうか、世界の具体的な美の基準はやっぱり私?みたいな」
 というバラサカセル王子の身も蓋もない物言いで即刻却下となった。
 尤も今回の件でオトギイズム王国と人魚の王国の精神的な距離はぐっと近くなった。
 嵐の海から王子を救った竜宮城も同様だ。
 この三共同体の国交は強きものとなり、海の平和は永き安泰を得られるだろう。
 実はエリアーヌの方はこうなってもバラサカセル王子の事をあきらめていない様だった。
 眼をハート型にして、ずっとバラサカセル王子を見つめている。
 甲板上では人魚王国と竜宮城の共同での冒険者達に対する受勲が行われる。
 勲章は持っている者同士、水中でも会話が出来るというデザインのメダルだった。
「このメダル、勲章はシー・ブリーズ・アンド・ウェーブ、海の風と波を意象にしたデザインなんデスネ」
 とジュディ。
「思い返すと竜宮城は本当に掃除のし甲斐がありましたね」
 とアンナ。
「あのぉ、わたしがこんな物をもらっちゃっていんでしょうかぁ」
 とリュリュミア。
「占いによるとね、今日は何かいい事あるって出てたけど、本当にそうなったわ♪」
 と未来。
「おおきに! これからも竜宮城にも人魚王国にも多分、イイ事ありまっせ」
 とビリー。
「同じ海の民同士として、この誇りある勲章をネプチュニア連邦王国の代表としてお受けいたしますわ」
 とマニフィカ。
 海にいる者はこの栄えある儀式をある者は手、ある者はヒレやハサミを打ち鳴らして称えた。
 エリアーヌが舳先から海へ飛び出し、着水した。
「バラサカセル王子ー! また会おうねー!」
 人魚姫は海の生き物達を全てひきつれて、海へと帰っていった。
 船上の人人は青い水平線を見すえる。
 福の神見習い、ビリーは甲板で心地よい海風を浴びていると、自然と鼻歌が出てきた。
 ふんふん、ふんふーん♪
 ふんふーんふふ、ふふふんふふーん♪
 ふんふん、ふんふーん♪
「旅はまだ終わらないんや」

★★★
 人魚王国の町。衛兵隊詰め所。
 地下牢で人魚の衛兵隊長が、身体のあちこちを快感的に刺激するエッチな縛られ方で、縄でぐるぐる巻きにされていた。
「隊長はどうしたんです?」
 衛兵の一人が、彼女を眺めながら訊いた。
 同僚が答えた。
「女性として最大限の辱めを受けた、と主張する姫柳未来様からの要望だ。エリアーヌ王女からの命令で未来様と同じ縛られ方でしばらく放置するんだと」
★★★