ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 『オトギイズム王国』。 『ジャカスラック』領。灰色の採石場。 恐らく、この洞窟内の全ての人間が集まり、深奥部の祭壇らしき場所に置かれている鷲の彫像に膝間づいていた。悪の組織『スリラー』の戦闘員や五人の怪人が整然と並び、そして王城が作った『ヂゴク・ムシオ』の肖像画にそっくりな人間がいる。 「あれはムシオ……!?」 壁際に隠れながら入り口から中をうかがい、クライン・アルメイス(PC0103)は唾を飲む。 ムシオは『シン・仮面バッター』のコスチュームだったが、マスクは外している。 「むう……『カメ男』と『ハチ女』まで倒された現在、革命は戦略の見直しをしなければなるまい……」 鷲の彫像が赤ランプを点滅させながら、声を漏らしている。 (あの声は!?) クラインはよく知っているその声に驚いた。 『ビン・ジャカスラック』侯爵の声に間違いない。 驚いた拍子に肘を洞窟の硬い壁にぶつけた。思ったよりも大きな音が、鷲の彫像を前に厳かに沈黙していたスリラー達を振り向かせた。 「誰だ、お前は!?」 ムシオがクラインに誰何の叫びを投げつけた。粘着質そうなオタクっぽい顔にふさわしい声がこの部屋の中に響き渡った。 大勢の戦闘員達が一斉にクラインに走り寄った。 「こうなってはやむを得ませんわね」 クラインは素直に投降した。 そうしながらも『フォース』による『サイ・サーチ』で能動的に周囲の地形を走査する。これで地形はひび一本まで把握した。他に隠れている生き物とかはいないらしい。 「貴様、国王からの回し者だな?」 ムシオがじっとりとした眼線でクラインの全身を眺める。 周囲を戦闘員、怪人に取り囲まれたクラインは両手を上げて無抵抗の意思を示している。 『再生クモ男』『再生コブラ男』が彼女の服をまさぐり、隠して持っていた長鞭と盗聴受信器と発信機を見つけ出した。奪い取られる。 「お前……著作権管理会社の……クラインとかいう……」 カメラの類でもあるのだろうか、鷲の彫像を通してクラインを見ているらしいジャカスラック候の声が大部屋に響き渡る。 「お久しぶりです、ジャカスラック候。そんな物から覗いていないで、こちらにそのお姿を見せてくれればよろしいのに」 「生憎だが私はその『最終要塞』にはいなくてね、クライン嬢。私の城から指令を出させてもらっている」 気づかれない程度にクラインは黒い眉をひそめた。黒幕がこの採石場にいないとは。 「ともかく、お前は牢の中で監禁だ。いずれ、トゥーランドット姫を奪回したら一番に改造して女怪人にしてやる。せいぜい『ナニ女』になりたいか、希望を考えておく事だな」 肩に手をかけてきたムシオの深緑色の手袋をクラインは払った。 「あなたは『仮面バッター』なのに何故、悪の組織側なのかしら、再生怪人というのもやられ役の代名詞ですわよね」 「仮面バッターは悪の側にいて真に輝くのだよ」ムシオはシン・仮面バッターのマスクをかぶった。「脳改造をされる前に逃げ出した。それこそが真の悲劇だと思わないか。観た事があるだろう、悪の怪人スリラー側の造形の見事さを。元元、仮面バッターは悪の側のデザインなのだ。だから、ボクはシン・仮面バッターとなって、スリラーの美しさをアピールする側に回ったん。それに悪の組織であるのも王国を倒すまでの事。勝てば正義。やがてスリラーは正義の味方として皆の羨望を集めるようになるんだ」悪のバッターがそううそぶく。「再生怪人とは予算の都合の単なるリサイクルではない。数は力だよ。今まではそれに見合った運用の仕方が確立出来ていなかっただけなんだ……連れていけ」 シン・仮面バッターの指示で戦闘員が左右から腕に組みつき、クラインを牢に連れていく。 仲間の助けの手は間に合わなかった。 クラインは牢に運ばれる前にシン・仮面バッターと鷲の彫像に侮蔑の一べつを送った。 ★★★ 王都『パルテノン』。 『冒険者ギルド』四階。宿屋。 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)とアンナ・ラクシミリア(PC0046)はこの一室に『トゥーランドット・トンデモハット』姫をかくまっていた。 王家から依頼された秘密のクエストは、これで目標を達成した事になる。 しかし彼女が自発的に協力していた不都合な事実が判明し、とりあえず一時的に身柄を隔離せざるを得なかった。既に『報告・連絡・相談』で王家へと伝えてあるが、やはり立場的に国王や王妃も苦慮中だ。 マッドデザイナーとして規格外の天才的な才能を有するトゥーランドットだが、その精神面は意外と未熟の様だ。 アンナとマニフィカは先日のトゥーランドット姫の言葉に、自分の思い違いを痛感させられていた。 彼女はマッドサイエンティストと呼ばれていたが、天才的なデザイナーであるのは間違いなく、周囲から理解され難くとも自分なりに国の為を考えて行動している信念のある人物だと考えていたのだ。 だからこそ頭ごなしの説得は無意味だと考え、自力での気づきに期待していたのだが、実は精神は子供のままだったとは。 妙に子供っぽい彼女の言動。 マニフィカとアンナは虚を突かれる思いがした。 彼女の事を根本的に誤解していた。 優れた才能があっても相応しいメンタルの持ち主とは限らない。 うっかり忘れてしまいがちだが、そうでなくとも年齢的に早熟に思える。 よくよく考えれば、トゥーランドット姫の子供っぽい言動は、ある種の『甘え』に感じられる。 つまり彼女の心が発したSOS信号かもしれない。 仕事に忙しい国王と病気療養していた王妃、誰も意見出来ない姫という立場を考えれば、正しい躾をされないまま大きくなっていてもおかしくないのだ。アンナはそんな初歩的な事にも気づかなかった自分を責めた。 どうすればトゥーランドット姫にとって最善だろうか? 今、トゥールはピンクの室内着を着て、この宿屋の一室で何かつまらなそうに差し入れの本を読んでいる。見張りのアンナとマニフィカの眼の前のベッドに寝そべってだ。 あの日、アンナはゴンッ!とおでこを壁にぶつけて頭を切り替えると、協力を申し出たトゥーランドットの手をパシッと払い落とした。 「そんな信念のない方だったなんて、見損ないましたわ。なぜデザイナーの道を選んだのか、思い出して下さい。あなたに協力いただかなくともスリラーはわたくし達が壊滅させますわ。あなたには事が終わった後で、きっちり責任を取っていただきますわ」 そう突き放したのだ。 彼女はショックを受けただろうか。 正直なところ、それは解らない。 あれ以来、トゥールは自分を見ず、不貞腐れた様な態度をとり続けている。 しかし厳しいようだが、ここで逃げ道を作ってしまうと、彼女はいつまでも大人になれないと思う。 彼女は罰を受けるべきなのだ。 今、マニフィカはお約束の『故事ことわざ辞典』を紐解いてみる。 そこに記されていたのは「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」という一文。 解説には「道に志す人は、常に言語動作を慎重にしなければならない。でないと、外見が軽っぽく見えるだけでなく、学ぶ事もしっかり身につかない。無論、忠実と信義とを第一義として一切の言動を貫くべきだ。安易に自分より知徳の劣った人と交っていい気になるのは禁物である。人間だから過失はあるだろうが、大事なのは、その過失を即座に勇敢に改める事だ」とある。「君子豹変」と似ている所がある。 然りと納得しつつも、念の為に再び頁をめくれば「友を選ばば書を読みて、六分の侠気四分の熱」という情熱的な歌。ちょっとこの本に載っているのが不思議な気もするが「友を選ぶならば、本をよく読み、侠気と情熱に溢れる人にしたいものだ」という意味らしい。侠気とは、弱い者を助け、正義を行おうとする気性。 マニフィカは勇気を得られた気がした。 「よろしいですわ、一人の友として貴女に味方しましょう。わたくしは貴女を肯定し、貴女を受け入れましょう」王族としての孤独感を理解出来るマニフィカは、そう言って窮地に立つトゥーランドット姫を手助けすべく決意していた。 「でも無頓着すぎたら駄目ですわね。もっと巧妙に立ち回る事を身につけないと……」 マニフィカが呟き、自分の顎に手を当てて考えに耽る後ろで、アンナは別の思いの中にあった。 アンナはトゥールを置いて、最終決戦の為にジャカスラック領に向かうつもりでいた。これからの見張りは冒険者ギルドの人間にもう頼んである。 この部屋のドアを開け、閉じる。 それだけでアンナとトゥールとの距離は遥かに遠くなるはずだが、そのタイミングで丁度よくというか、ばつが悪くなるというか、ドアが勝手に開いて、廊下から一人の女性冒険者が入ってきた。 「ハーイ、トゥール! ア・リトル・ウィッシュ、ちょっとお願いがあるんだけど、これをちゃっちゃとカスタマイズ、改造してくれないカナ」 緊迫した雰囲気を壊す様に明るい声と共に部屋に入ってきて、アンナと衝突しそうになったのは、ジュディ・バーガー(PC0032)の巨体だった。見覚えのある大きな金属の箱を両腕で抱えている。 「OH、アンナ! エクスキューズ・ミー」 「もう! 何ですか、ジュディさん!」 「いや、トゥールにこのスリラーの『催眠洗脳マシン』を『テレパシー妨害マシン』に改造してもらえないカナ、と思っテ。スリラーの再生怪人は総統のテレパシーでコントロール、操作されるんデショ。だったらテレパシーをジャミング、妨害して一時的でも動作を止めたら、素早くダメージを与えて撃破できるハズ。コッチが凄くビー・アドバンテージャス、有利になるんじゃないカと」 巨体のブロンド美女が運んできた物、それはカメ男のフィットネスジムの地下にあった洗脳マシンの予備機だった。 「トゥールは便利屋ではないのですよ!」 「ジュディさん! そんな場合では」 「……面白そうね」 突然の予期せぬ展開にアンナとマニフィカは憤るが、背後でトゥーランドットがベッドの上で振り返り、らんらんと眼を輝かせていた。 「……でも、そんな改造をするなら城の地下研究室の設備が必要ね。いいわ、それを改造する方がここですごすより遥かに面白そう。運んで」 「トゥール! 今の状況で王城へ行くなんて……!」 「そうです、姫! もしかしたらスリラーの一味が奪還を狙っているかもしれないのに!」 「地下通路を使って、こっそり研究室へ行くのよ。いいわ、それを運んでちょうだい。スリラーの機械は私が作ったのよ。短時間で改造出来るかもしれないわ」 トゥーランドットが先頭に立って廊下を歩きだし、マシンを抱えたジュディは後を追った。 アンナとマニフィカはこの場に留まる意味もなく、彼女達を追ってついていくしかなかった。 二人はジャカスラック領に乗り込むのはそのマシンが完成してからにするしかない、と諦めの境地で覚悟を決めた。 ★★★ ジャカスラック領。 姫柳未来(PC0023)のトランプ占いによってスリラーの最終要塞がある場所を突き止めた冒険者達だったが、採石場は複数あり、そのどれも広かった。 行方不明になったクラインの足取りを追い、更なるトランプ占いで最終要塞の場所を特定するのに時間がかかり、テレパシー妨害マシンを携えたジュディとアンナは、皆と合流するのに間に合ってしまった。 マニフィカはトゥーランドットを護衛する為にパルテノンの彼女の元にとどまっていた。 いよいよ、スリラーとの最終対決が待っているのだ。 ★★★ 高い天窓から射し込んだ月光がクラインの足元に影を落とす。 天窓は尋常な造りではない。外気の取り入れ口も兼ねていると思われるそれは牢の厚い天井を深く穿って、何メートルもの深さの四角い穴になっていた。 たとえ、背が届くとしてもそこに入り込める大きさではない。 牢は広く、一度に十人は入れるほどだったが、クラインはその広さの中に一人、簡素なベッドに座っていた。 見張りはいない。 食事は日に一度、パンとスープが戦闘員によって運ばれてくる。 サイ・サーチで探っていたがこの牢屋に脱出可能な地形的隙はない。 天窓から射し込む月光の下の薄暗さでクラインの視線は眠れぬ夜をさまよっていた。 「遅いですわね……」 クラインは必ず仲間が助けに来てくれると信じていた。 来てくれないはずはない。 壁の一面にはまった鉄格子の影を床に見る。 と、廊下の向こうが複数の声で騒がしくなっているのに気がついた。 何かしらかの騒ぎが起こっている事に間違いない。 「ようやく来たみたいね」 クラインは小さく呟き、その時、初めて床の鉄格子の影が一部、異様に膨らんでいるのに気がついた。 その膨らみは墨がこぼれて染みが広がっていくかの如く大きくなり、やがて二メートル四方に育つと今度はむっくりと立体的に起き上がった。 「ギシャシャシャシャシャシャ!! 大魔王忍術『影流れ』。クラインとやら、ワシは冒険者の奇襲に紛れて、救出しに来たぞ。早速ワシと一緒にスペース・ランナウェイじゃ」 黒かった影が月光の光を浴びて純白のウエディングドレスをまとった巨大老婆へと変わる。H・アクション大魔王(PC0104)は錆びついた歯車の如き笑い声を挙げながら、クラインをその黒い瞳で射すくめた。 クラインは一瞬、金縛りにあった。 「今、この牢を開けて、出してやるぞ。ギシャシャシャシャシャシャ!!」 アクション大魔王の言葉に、クラインはこの巨大老婆が牢屋の鍵を持ってきたのかと思ったが、違った。 老婆は鉄格子の太い鉄棒に顔を縦にしてねぶりつくと舌と歯を使って、それを齧り始めた。 「ギシャシャシャシャシャシャ!! ワシの歯はモース硬度『10』じゃ!」 火花を上げてダイヤモンド製の差し歯が並んだ口で太い鉄棒が削り切られていく。そうしながら大魔王はあらかじめ探しておいたクラインの革の鞭と発信機と受信機を牢の中に放り込んだ。 それらを拾いながら、クラインは彼女に礼を言うべきかどうかをとまどった。噂には聞いていたが、この老婆の実在は全く宇宙的恐怖だ。正直、自分の気の動転を防ぐのが精一杯だった。 ほどなくアクション大魔王の歯は一本の鉄棒を取り外した。舌でねぶりつくのは唾液で鉄棒と歯の摩擦熱を奪い、高熱で口を火傷するのを防いでいるらしい。 大魔王は笑いながら二本目の鉄棒にとりかかった。 ★★★ ジュディは『猿の鉢巻き』と共にパワーアップした。マスクの顎を閉じる。 スリラーの構成員達が、いきなり最終要塞の入口から躍り込んできた冒険者達を、要塞内部にて迎撃していた。 長い廊下の天井に並ぶ照明を『ブルーローズ』の緑のツルが鞭打ち、空気を破片混じりの粉っぽいものにする。 アンナにはまだその粉っぽい状況をモップで掃き掃除する余裕があった。 その前でツルに打たれ、背落ちした戦闘員が大広間の床の上で火花と煙になって散る。 「再生怪人は強いらしいですからぁ、下手に巻き添えになったりするよりいいと思いますよぉ」 「イー!」 「イー!」 リュリュミア(PC0015)は沢山いる戦闘員を一人で引き受けて、ブルーローズで鞭打ったり、ぐるぐる巻きにしたりして、行動不能にしていた。 「……イーッ」 行動不能になった戦闘員が大広間のあちこちで山積みになっている。 「バリケードとしてはあまり役に立たないかもだけどぉ、敵の動きを制限出来たらこちらの攻撃が当たりやすくなるかもぉ」 リュリュミアはブルーローズで戦闘員を積み続けていた。 その周辺で未来も笑い仮面と一緒に戦闘員を倒し続ける。 シン・仮面バッターことヂゴク・ムシオや他の再生怪人達は、大広間で鷲の彫像を背にして冒険者達を迎え討っていた。 「敵の攻撃を受け止めろ! MBT(メインバトルタンク)!!」 シン・仮面バッターの指示が飛ぶ。 「ふんがー! げーむわいちにちいじかっ!!」 最前線に押し出された『再生タカハシ猿人』が筋肉を膨れ上がらせて唸る。『ヒットポイント百分の一』という弱体化をしているはずだが、それでも冒険者達の攻撃をぶ厚い毛皮で受け止めた。 『仮面バッター』のコスチュームを着たジュディは試しに『マギジック・レボルバー』を単発で撃ってみたがそれも通じない。 「皆、再生怪人の攻撃は受けるよりもとにかく回避に専念して下さい!」 アンナはトゥーランドットからの情報を基にしたアドバイスを仲間に配る。 「制圧しろ! 特殊装甲車!」 「地獄からの使者! 野生の少女に味方する男、クモ男!!」 猿人の陰から壁に張りついた再生クモ男が粘着弾を百倍の速度で連射する。 それをよける冒険者達はリュリュミアの作った戦闘員バリケードの陰から出る事が出来ない。 そうこうしていると周囲の床やバリケード周りに強粘着性の糸が張り巡らされていく。このままでは身動きがとなくなる。 「撃て! 遠距離砲台!」 「カ・メ・バ・ズ……牙(ガ)ーッ!!」 「ヒュー! これで安心して、地獄へ貴様を送れるぜー!!」」 再生カメ男の手から放たれた巨大な気のエネルギーの流れと『再生コブラ男』の左腕のサイコガンから放たれたサイコエネルギーの奔流が、それぞれオリジナルの百倍の輝きで冒険者を襲う。 リュリュミアの作り上げたバリケードごと蹴散らされる。 二種類の奔放なエネルギー流は衝突した大広間の壁に激突し、堅固な最終要塞の壁を撃ち抜き、自らのアジトの骨身を揺るがせるまでに至った。 アンナと『笑い仮面』と未来とリュリュミアは飛び散る粘着糸と一緒になって、バリケードの材料と一緒に床に転がった。とりあえず身に絡まった粘着糸を必死に引きはがす。バリケードだった戦闘員は火薬の煙と火花になって消滅した。 「MBT&補給班! ドーピングして圧倒的前進だ!!」 シン・仮面バッターに呼ばれて、再生ハチ女が双翅を震わせながらお尻の針を出し、再生タカハシ猿人に近づいていく。 もしかしたら百倍の彼女によってパワーアップしたら、猿人は百倍×百倍で一万倍になるのでないかという危惧が冒険者達の脳裏を震撼させた。『十六連射×一万』という悪夢。急いで粘着糸の残りを引きはがす。 「バグってハニー!!」 猿人の頭上に浮かんだ再生ハチ女が鋭い針をそのアポロキャップの頂上に突き刺そうとする、その瞬間。 「させませんわ!」 その背後から革の鞭が、音の壁を突き破って、再生ハチ女の背を激しく打った。 小さな悲鳴と共に、再生ハチ女が空中で爆発する。 「クライン!?」 思わずジュディは大広間の横の通路から現れた女性の名を呼んだが、次の瞬間、彼女の背後に現れた、自分よりも大きな巨大老婆を目撃して戦慄した。 「人の数だけ正義があり人の数だけ悪がある。この世の正義もあの世の悪もまとめて面倒みてやろう。正義の大魔王、H・アクション大魔王参上じゃい!! ギシャシャシャシャシャシャ!! シン・仮面バッターよ、貴様が負けたらワシの婿となれい!! ワシが負けたら『アクション大魔王』から『マスタリング大魔王』に嫁入りの改姓をしてくれるわ、ギシャシャシャシャ!!」 YESかハイしかない理不尽な選択肢を突きつける、ウエディングドレス姿のアクション大魔王。 その巨大老婆を直視したシン・仮面バッターがかろうじて正気度チェックに成功した。「おのれ、妖怪! 先にお前から倒してくれるわ! 行け、MBT!! 特殊装甲車!! 遠距離砲台!!」 「ふんがー! げーむわいちにちいじか!!」 「マシーンデブ殺し、クモ男!!」 「宮本武蔵なら全巻読んでるぜ!! ヒュー!!」 「カ・メ・バ・ズ・牙ーッ!!」 スリラー総統は自分の感じた恐怖を拭い去る様に全戦力を巨大老婆に投入した。 ドーピングは未遂に終わったがオリジナルの百倍にパワーアップしている再生タカハシ猿人を含め、以下、百倍パワーアップ攻撃が怪人ならぬ人外に猛烈アタックを開始する。 百倍十六連射。 百倍粘着糸。 百倍サイコガン。 百倍カメバズ牙。 全ての火力が今、アクション大魔王に向けて放たれようとする。 「NOW! ゲット・チャンスネ!」 相手の眼線がこちらから外れた今がチャンスだ、とジュディは大荷物を大バッグから取り出した。 テレパシー妨害マシン。 床に置き、大きな金属箱のパラボナアンテナ状にくぼんだ渦巻きをスリラー怪人達の方に向ける。 スイッチオン。 渦巻きがゼンマイの音を立てながらグルグル回り出す。 「「「「ヴッ!!」」」」 スリラーの再生怪人達が猛攻勢の寸前で、頭を抱えて床にうずくまった。総統のテレパシーによって操られていた彼らはそれを妨害された事で、その空白状態を苦痛に感じたらしい。 立ち止まりながら頭を振って、何とか戦闘復帰しようとする怪人達。 この隙に冒険者は反撃に出た。 「パワー百倍になってる敵に、わざわざパワーで挑む必要はないよね☆」 未来は『魔石のナイフ』五本をサイコキネシスで操る。無段階加速と急制動を繰り返し、板野サーカスの如く、まるで瞬間移動をする様に攻撃するナイフ。前方に笑い仮面を配置し、そのコンビネーションアタックで再生タカハシ猿人を連撃する。この高速コンボの連続突きに猿人の動きはついていけない。 「かわなきゃはどそ……っ!!」 「マ、マーベラー……!!」 再生タカハシ猿人が笑い男の突きに額を刺し貫かれ、再生クモ男がオールレンジ・アタック五本のナイフを身体に突き立てられながら爆発した。 ジュディは『マギジック・レボルバー』と『イースタン・レボルバー』の両手撃ちで連射を浴びせる。 「もうちょっとだけ続か、ないのじゃよ……今まで応援ありがとな……!!」 「俺がこんなザマとは……何が不死身のスーパーマンだ……!!」 再生カメ男と再生コブラ男が銃撃で、あっさり爆発する。 「あ、ブロークン、壊れタ」 そのタイミングでテレパシー妨害マシンが壊れた。所詮は付け焼刃か、とジュディは思う。 だが、もう総統のテレパシーを受け取る者はいない。 今や現状は破片だらけの部屋に鷲の彫像の前に立つシン・仮面バッターことヂゴク・ムシオ一人という有様だ。 しかし、この男には粘着質な執念がまだあった。 「負けたと思うまで俺様は負けないッ! トォ! シン・バッターキックッ!!」 「バッタモンのバッターキックなどワシが受け止めてくれるわ」 悪の大跳躍。『仮面バッター』の造形を邪悪な方向性で歪めたシン・仮面バッターの必殺威力が込められたシン・バッターキックが、たくましい飛び蹴りポーズでアクション大魔王に繰り出される。デザインが力を持つオトギイズム王国では納得の威力が秘められている、必殺の攻撃力がその造形とポーズにはあった。 「大魔王忍術『アクション曲解』!!」 叫ぶアクション大魔王の巨体にシン・バッターの必殺キックが吸い込まれる。 アクション曲解の術とは、巨大老婆のありあまる脂肪により敵の攻撃を吸収して受け流し、まるで相手のアクションをなかった事にする様に被ダメージを全て不採用にする恐怖の必殺技である。 そのはずだったが。 「ギシャース!!」 ボキリ!と骨が折れる大きな音が大広間に響いた。 骨が折れる。それは彼女の演出である。 たるんだ脂肪の中に牛の背骨を仕込んでおく。これで打撃ダメージを軽減すると共に背骨が折れる感触が相手に伝わったはずだ。何故、彼女が牛の背骨を持っているかというと、大魔王的には三時のおやつの定番だからだ。 着地するシン・バッター。 巨体が床に倒れ込む地響き。大魔王はそのまま背骨を折られて死んだふりをして、総統が再変身を行うかなど様子をうかがうつもりだったが……。 大魔王の上半身に激痛が走る。 何という事だ! シン・バッターキックは本当に彼女の鎖骨、肋骨まで折ってしまった! 「……貴様の攻撃など空っぽよ。まるで貴様の今までの人生の様じゃなあ。ギシャシャシャ………ゴフッ」 床にうつぶせになった大魔王は準備していた強がりの台詞を吐くが、吐血は演技ではなく、本物だった。 この異常な巨大老婆を撃破した事実で、シン・仮面バッターの実力は証明された。 「次はお前達だ!」 振り返ったシン・バッターには悪役ならではの迫力があった。 『仮面バッター・ジュディ』と未来と笑い仮面とアンナ、リュリュミアは新たに自分達の気持ちをしっかりと入れ直した。気の抜けない相手だ。一瞬の油断が命取りになる。 「えぇい。このブルーローズでがんじがらめにしてあげるわぁ」 「ヒロシテンのリグレット、無念を晴らす為にもジュディは偽の仮面バッターを倒ス!!」 ちょっと気の抜けたリュリュミアの声と、気合の入った仮面バッター・ジュディの雄たけびが悪の総統に向かって宣戦布告する。 広げたリュリュミアの両手から数本ずつの緑のツルが曲折する光線の如く伸びて、四方八方からシン・仮面バッターへと高速で迫る。 そして周囲の逃げ道をツルによって塞いだ中央を仮面バッター・ジュディが走破する。 「偽の仮面バッターだと!? お前だって仮面バッターのバッタモンじゃないか!!」 真正面から放たれた仮面バッター・ジュディのパンチをムシオの両掌が受け止める。更に自分の位置で交錯するツルを連続するジャンプでよける。まさしくバッタの跳躍力。 更にオールレンジアタックを仕掛けてきた未来の五本のナイフのコンビネーションを華麗にかわし、『乱れ雪桜花』を仕掛けようとするアンナにそのタイミングを見切らせない。 「バッターキック!!」 「シン・バッターキック!!」 苦し紛れともいえるジュディのバッターキックをシン・バッターキックの足裏が受け止める。 パワーアップしたタカハシ猿人の十六連射にも打ち勝ったジュディは、敵の威力に負けて弾き返された。足が激痛と共に痺れる。 「たとえ一人でもボクは負けない! ボクがスリラーだッ!!」 スリラー総統が冒険者達に向かって大跳躍した。 そのシン・バッターキックの目標は、笑い仮面=ハートノエース・トンデモハット王子だ。 彼の実力ではかわせない。まともにその全力を受ける。 皆が一瞬後のその悲劇を予感した時、未来とアンナは視線を交わし合った。 「二身一体!」 「心眼少女!」 『二身一体心眼少女』。偽装戦闘演習にて開眼した未来とアンナの合体必殺技。彼女達の魔力がシンクロする事で心眼効果を得られる。心眼効果を得た対象は視界に映る光景がスローモーションに見え、隠れている敵の居場所や出現ルート等も知覚出来る。また、これによる彼女達の攻撃はほぼ完全に命中する。 スローな視界の中で、未来は五本のナイフの刃先をシン・仮面バッターの進路へと先回りさせた。 魔石のナイフは全てシン・仮面バッターの突き出した右脚に刺さり、その速度を完全に殺した。 凶悪バッターのキックは笑い仮面から逸れ、身体をその加速のままに無様に床に転げさせる。 アンナは全てがスローであるその瞬間に乱れ雪桜花を発動。 轟!と怒涛の桜の花びらが横殴りにシン・仮面バッターを襲う。 その姿が完全に桜色の奔流に呑み込まれる中で、ムシオは幾発もの強烈な打撃に翻弄される。その姿態は地に落ちぬまま、宙に浮いた。 「フィニッシュアタック! バッターキック!!」 伸身宙返り捻りからの渾身の飛び蹴りが、空中にある内にシン・仮面バッターの頭部を捉える。 特訓によって磨かれたジュディの必殺技の威力は、完璧に標的を貫いた。 シン・仮面バッターの邪悪なマスクがちぎれ飛び、レンズがひびいったド近眼の眼鏡をかけたムシオの貧相な顔が明らかになる。それは血反吐を吐いていた。 倒したか?とジュディは思ったが、痺れた脚で蹴ったので自分で保証出来ない。 勢いのままに後方の鷲の彫像に激突し、ショックで火花を吹き散らし始めたそれに天地逆でぶら下がったムシオがズルズルと床に這い落ちた。「ボ、ボクは負けない……ボクはスリラーの総統として……世界を征服し……宇宙で一番の大金持ちになるんだ……そ、そしてバッターグッズを……」 「大金持ちになってどうするのぉ。お金持ちになっても憎まれるだなんてぇ、そんなの面白くないじゃない」この期に及んで、ぽやぽや〜とした口調でリュリュミアが問いかける。「それにあなたは仮面バッターのファンなのにぃ、どうしてカワオカ・ヒロシテンを殺そうとしたのぉ?」 「勝てば……正義だ……。そ、それにお金がなければ……オモチャが買えないじゃないか……!」 そのムシオの答に皆は思わず「ハア!?」という叫びを返した。 「ボクは宇宙一のバッターファンなんだ……。お金がなければバッターのグッズを集められない……ポスターとかDVDとかゲームとかアクションフィギュアとか……。ヒロシテンが生きている限り、バッターの関連グッズは……新発売し続ける……ボクらコレクターに終りはないんだ……だからヒロシテンを殺し、バッターの版権を手に入れて、バッターのグッズは打ち止めにする……。誰にも『バッターはオワコン』なんて言わせない……でもグッズは、ボクが手に入れられたのだけで終りにするんだ……」 「大ファンなのにぃ、ヒロシテンを殺そうというのぉ?」 「『麒麟も老いれば駄馬にも劣る』……」ムシオの血に染まった口はマニフィカの『故事ことわざ辞典』に載っていそうな言葉を吐いた。「カワオカ・ヒロシテンはもはや全盛期の輝きは……ない。これ以上、老醜を晒す前に引導を渡すってのが……一番のファンの役目だろう……」 「そんなの違います!」 「ムシオは間違ってル!!」 「そんなのファンがゆう言葉じゃないよ!」 アンナ、ジュディ、未来は思わず叫んでいた。 「ギシャシャシャシャシャシャ!! そうだ、貴様は間違ってる。生まれつき、愛が足りん様だのう」 予期せぬ言葉と共に、皆とムシオの間に巨大な影が立ちはだかった。 「カルシウムさえ補給すれば、こんな骨折、かすり傷じゃ」牛の背骨をしゃぶりながら笑うアクション大魔王。「ギシャシャシャシャシャシャ!! 貴様には愛が足りん。ワシがお前と添い遂げて、渾身の愛をやろう。『天使の接吻』じゃ」 ウエディングドレスを着た巨大老婆はその巨体の唇の位置に、ムシオの顔を引きずり上げた。 「え!? な!?」 あまりの惨事に金縛りにあった冒険者達の前でがっちりと肩を掴んで固定し、そのまま大魔王の皺いった大きな唇がムシオの口に重なった。 何かが吸い込まれる様な嫌な音が大広間に響いた。 「……ハ、ハックションッ!! ふがふが……」」 アクション大魔王が突然、くしゃみをした。 老婆は急いで抜けてしまった全ての差し歯の代わりを、カートリッジ式のそれで口の中に新しく差し戻した。 「おお、うっかりして零距離から『噛み風の術』を使ってしまったのじゃ。まあ、夫婦生活にトラブルはつきものじゃ。むしろ至高の幸せの内に逝けて本望じゃろう、ギシャシャシャシャシャシャ!!」 カクンと首が曲がったヂゴク・ムシオの顔にはダイヤモンド製の差し歯が十数本、深く刺さっていた。 冒険者達が想像だにしなかった最悪の最期を、最悪の組織スリラーの総統は迎えたのだった。 こうして最終要塞は陥落、スリラーは壊滅した。 ★★★ スリラー壊滅から三日後。 王国軍が謀反の容疑でジャカスラック領内に進軍した。 しかし『ビン・ジャカスラック』侯爵の城から侯爵の家族の姿はすでに消えていた。 大臣の手によって、城は無血開城された。 城の地下にあった財産は全て消えていたが、侯爵がスリラーの黒幕である事を示す重要書類の一部や他の彫像に指示を送る事が出来る鷲の彫像の主機が押収された。 すぐさま捜査網が敷かれたがジャカスラック候の行方は不明のままだった、と思われたが。 「腹が黒い小悪党の考える事は皆、同じですわね。フフフ……わたくしにも解りますのよ」 クラインの予測によって、旅の隊商のふりをして国境を通過しようとしていたジャカスラック一族が衛士によって全員逮捕された。ジャカスラック侯爵を含めて、彼らはすぐに牢獄送りとなる。 こうして悪の組織スリラーに関する事件は全て収拾したのだった。 ★★★ 先ほどまで降っていた通り雨の雲は行き去り、晴天の太陽が王城のテラスを照らしていた。 笑い仮面としての任務をこなしていたハートノエース王子の秘密の時間は終わり、今、彼は美形の素顔を取り戻して王城のお茶会の一人に加わっていた。 未来はスリラーに対しての王子の貢献を余す所なく、というかやや過大に『パッカード・トンデモハット』王と『ソラトキ・トンデモハット』王妃に報告した。未だ婚約者と結婚していないハートノエース王子、未来は彼に少なからぬ恋心を抱いていた。 柿の種のチョコレートがけ。そんな甘辛い菓子を皆はつまみながら、めいめいに茶を飲んでいる。 「チョコレートの甘い部分だけでいいのに」 そんな事を言いながら紅茶を飲み進めているのはトゥーランドット姫だ。『Drアブラクサス』としての白衣姿ではない、王族としての立派な身なりだ。 『バラサカセル・トンデモハット』王子と、ハートノエース王子の婚約者『シンデレラ・アーバーグ』も加わり、今日の王城のお茶会はロイヤルファミリー総出演の体である。 今回はスリラー全滅後の事後報告も兼ねている風だ。 マニフィカは冒険者達のリーダーとしてスリラーの後始末に奔走し、ジャカスラック侯爵に全ての罪を負わせ、辻褄合わせの政治工作に努めている。要は貴族達のバランス取りだ。 クラインは事後処理として、侯爵の領地が混乱しないように国内の経済活動を会社として支援していた。 利益度外視ではあるが、その分、しっかりと今後を見据え、この機にコネやネットワークをオトギイズム国内にきっちりと構築して元は取るつもりだ。 マニフィカは異国の姫として政治的に、クラインは会社社長として経済的にスリラーに襲われた社会ダメージを拭い去り、社会的に欠損したものを補って新たな骨格を作り出すのに奔走していた。 アンナはこのお茶会が実質的にトゥーランドットの責任追及の裁判の場になると思っていた。 「被告のやった事は王国転覆につながる重大な事案ですわ。テロリストとはいえ、人体改造が引き金で人命が失われたのはあってはならない事です。たとえ王族であったとしても、処罰を免れられるものではありません」アンナは手に持ったティーソーサーにカップを置く。マニフィカが事件の全ての罪状をスリラーという組織に公的に押しつけても、王族内のけじめというものは残っていた。「けれども、それは被告がちゃんとした大人だった場合の話ですわ。残念ながら被告は甘やかして育てられ、きちんと躾けられないまま、ここまで来てしまいました。躾は親の責任です。なので一から親に躾けなおしてもらう必要がありますわ」 チョコ柿の種や茶を口にする動きを止めて、サロンの全員がアンナの言葉に傾聴している。 「今回の事件は規模が大きいですが、まだお尻の青い子供がしでかしたイタズラとも言えます。イタズラであれば親がお仕置きをする事で反省を促すべきだと思いますわ」 アンナはカップの紅茶を一口飲む。 「青いお尻が赤くなるまで、両親に叩いてもらうという事で」 「え、そ、!?」 思わず立ち上がるトゥーランドット姫だが、彼女よりも早く国王が立ち上がっていた。 フリルのスカートをひるがえして逃げようとする姫の行く先をクラインとマニフィカとアンナがふさぐ。 国王がプリンセスを担ぎ上げて、椅子に座る王妃の膝の上へと運ぶ。 ソラトキ王妃がうつぶせに膝にのせた小柄なトゥーランドット姫のスカートをめくりあげて、ドロワースをあからさまにする。更にそのドロワースを引き下げ、白いヒップを剥き出しにした。 「え!? ちょ!?」 衆目の元に白い尻をさらされたトゥーランドット姫の頬が羞恥に赤く染まる。 ソラトキ王妃の平手が一発。 小気味良い音がして、白い尻に桃色の手形がついた。 フクロウの幼鳥が鳴く様な小さな悲鳴が挙がった。 更に数発が叩かれ、その度に張られる音が鳴る。 「ごめんなさい! お母様! もう、人体実験などしませんから! 国の一大事になる様な事しませんから!」 涙を流してトゥーランドットが鳴いて訴える。 尻が手形で赤くなる。 今、姫は身分も才能も関係なく、無力な少女として、一発一発の罪の浄化に喘いでいた。 「本当は全国民が見ている前でやりたかったでありんすが」 王妃の無情な声はそれでいて悲痛そうでもあった。 しばらく平手の音と可愛い悲鳴が続いた。 一連の儀式の後、ハートノエース王子がジャカスラック領を治める事になり、シンデレラとトゥーランドットがその城に移る旨がパッカード王から発表された。 「そして、スリラーを壊滅させてくれた冒険者全員に百万イズムの報奨金を払おう。……H・アクション大魔王とやらにも壊滅に協力させてくれた礼として同額を払おう。尤も彼女は事後にすぐ行方をくらませたというが……冒険者ギルドに報奨金を預け、そこに現れた時に無理やりにでももらってもらう事にしよう」 後の国王の言葉では秘密裏にチューランドッとの地下研修室の中身もバグナグ領(旧ジャカスラック領)の城へと送られたという。 ★★★ 冒険者ギルド二階。 以前『闇鍋パーティ』に使われた個室に冒険者達とカワオカ・ヒロシテンら『酔狂スペシャル』スタッフ、それに『レッサーキマイラ』まで加えて今回のスリラー騒動解決の打ち上げパーティが開かれていた。今ここにいないのはアクション大魔王くらいのものだ。 「うわー! 肉の食い放題でっせえ、兄貴ィ!」 「泣くんじゃねえ、泣くな! ううむ、肉の匂いの煙が眼に染みやがる!」 テーブルの上に置かれた大きな七輪が炊かれ、ジュディの提供による肉が存分にレッサーキマイラに振る舞われる。 考えてみれば、重要情報の幾つかはこの人造怪物から提供されたものである。 煙は天井裏を通る通気口へと逃され、一酸化炭素中毒を起こさない様にしてあるがそれでもおいしそうな匂いが部屋にこもる。彼らが食べるだけなら生肉でもよかったのだが、この焼肉は部屋の中の全員が箸をつける物だった。 前脚の爪で引っかけ、焼き肉を次次に口の中に放り込むレッサーキマイラ。総量の半分以上をその三つの口で食いつくす勢いだ(尾の毒蛇の口は動いていなかったが)。 「ハッハッハッ! 気持ちのいい食いっぷりだねえ。若者がそういう風に元気に物を食べる様子は見ているだけで気持ちがいいよ」 ヒロシテンは太い腕を組んで、健康そうな肉体で屈託なく笑った。その前のテーブルにはマグカップに入った熱いコーヒーがある。 食べ放題の焼き肉を食べるだけでなく、皆は存分に酒やジュースを飲んだ。 大ジョッキでビールを飲み干したジュディが「プハァッ!!」と美味しそうな息を吐く。 「せっかく、今回は『おにく』を用意したのに、キマイラさんは焼き肉の方がいいのねぇ」 熱い椀を持ったリュリュミアは不満そうだ。 今回、彼女は公園で振る舞うつもりで小麦粉をこねて細長くのばした物を塩味のスープに入れ、茹でた野菜と一緒にして、更にサイコロ状の塊を幾つか入れた物を用意していた。 「そのうどん?ラーメン?をいただけないっすか」美術のニラさんがリュリュミアから熱い椀を受け取った。そして、中身をほぼ一口でダイナミックにすすり食う。「……うーむ」美味しいという言葉を言うかどうかを決めかねているらしい。「このサイコロ状の塊は何ッスか? カップヌードルに入ってるのに似てる気がするッスが」 「あぁ、それは『なぞにく』っていうんですよぉ」 「何の肉ッスか」 「だから『なぞ』よぉ」 「……このなぞにくは結構美味いッスね」 ニラさんはなぞにくの入ったヌードルを食べ切り、レッドアイの入ったコップを飲み干した。 「それにしてもDrアブラクサスもお尻ぺんぺんの上に追放だなんて、ご不幸ねぇ」リュリュミアは手に入ったばかりの情報に感想を述べた。「改造ぉ? リュリュミアも植物の品種改良とか接ぎ木っていつもやってますからぁ、Drのやってる事の何処が違うのかいまひとつ解らないんですけどぉ。Drがいなかったら、レッサーキマイラさんとも出会えなかったわけだしぃ。……キマイラさんはぁ、Drに面白いギャグが喋れる身体にしてもらうって手もあるかなぁ」 どう改造したら面白いギャグを喋れるようになるのか、よく解らない感想を述べる。脳でもいじくるのだろうか。 「バッタモンにも生きる希望を!」 「親から生まれたんやない命があったってええやないか!」 レッサーキマイラが口から焼き肉をはみ出しさせながら叫ぶ。 「バッタモンというのはオリジナルより質が悪いもんだ」ヒロシテンが七輪の焼き肉をトングでひっくり返す。「もし、オリジナルを越えたバッタモンがあったら、それはバッタモンではなく新しいナニかだ」 そんなもんカナ、とジュディは思った。 ぽやぽや〜とリュリュミアはヒロシテンを見つめた。 「それにしても皆、仮面バッターの面子を守ってくれてありがとう……!」突然、ヒロシテンが望陀の涙を流しながら冒険者達に頭を下げた。「本当に……本当に皆、ありがとう!」 そんなに頭を下げなくても、とアンナは考えた。 とりあえず、クラインはフッとだけ笑った。 エモいわー、と未来は感動した。 あまりにもの彼の真摯さにマニフィカはあえて戸惑った。 ここにアクション大魔王がいたらギシャシャシャシャシャシャ!!と笑っただろう、 「あ、さて! 皆さん、宴もたけなわですがここで一発、俺っちらの最強一発ギャグ謎かけでドッカンとさらに場を盛り上げてえと思いやす!」突然、レッサーキマイラが立ち上がって大声を挙げた。正直、この巨獣に立ち上がられると部屋が狭くなる。「……世界で一番速い馬車とかけて、芸人としての今の俺様らと説きます! そのこころは……」 そのこころは? 思わず飲食の手を止めた皆が沈黙、人造魔獣に注目する。 「そのこころは……おっとてやんでえ、俺様にちゃんとついてきやがれ! 流行に乗り遅れても知らんでえ!」 最高のドヤ顔で得意げにポーズを決める人造魔獣と対照的に、盛り上がっていたパーティ・ゲージが意味不明のつまらないギャグの前に見る見る内に急降下していった。 「どや! わいらのギャグは! 明日から盗んで使ってもいいんやでえ……いてっ! 誰や!? 皿投げつけやがったのは!?」 皆にテーブルの上の大量の皿やマグカップを投げつけられだした魔獣芸人は、その雨の中で小さな悲鳴を挙げ続けた。仏滅仏滅。 今や、このギャグ以上にオトギイズム王国を脅かすものは何もない。 スリラーの影は焼き肉の匂いと共にこの部屋から通気口を伝って、流れていった。煙は平和な晴天の空へと流れ、薄れていくのだった。 ★★★ |