『A FIRESTARTER』
第3回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 深紺色の空の腹を、燃える光がくすぐる。
 灼熱のオレンジ。
 轟轟と燃える炎の塔はその頂を夜空にまで突き刺す様で、そこから飛ぶ無数の炎が、灼熱の輪郭を持つ少女の魔力で周囲へと散らかされていた。
 大きな火花が町の屋根や軒に着地し、その火種から新たな火事が燃え広がろうとしている。
 夜の町は炎のシルエットとなろうとしている。
 この町に大火が襲いかかろうとしていた。
 生きた発火装置『アグニータ』の禍禍しい笑いと共に。
 町の青年達による消防隊が機械式ポンプを押し運びながら、火事の現場を往来する。
 しかし、その幾筋もの銀の放物線も、燃え広がらんとする火事の勢いには間に合わない模様だ。
 しかも屋根の上の火が多い。多くは水が届かなかった。
 冬の火事は空気が乾燥して燃えやすく、強い北風に煽られて急激に広がる。
 野次馬だった町民達も火に照らされた影を振り回しながら、広場や道を右往左往。現場はパニックだった。
「きゃははははははは! 燃えろ、燃えろー! 全て燃え尽きればいいんだわー!」
 広場の上空でアグニータの邪悪な哄笑。夜景に更に火を点す。
 広場で植物淑女のリュリュミア(PC0015)は生長させた茨の蔓を束ねた傘を頭上に広げ、自らに降りかからんとする火花をよけて逃げ回っていた。
 容易に可燃する彼女は、自分自身が火事にならない様にするのが肝心だ。
 茨で大きな火種ははねのけて、細かな火の粉は、ひたすらよけまくる。
「このままじゃぁ、町が皆ぁ、大焼けになってしまうわぁ。とにかく、みんなが嫌がることはやめませんかぁ」
 あまり緊迫が感じられないリュリュミアの声だが事態は大事だ。
 リュリュミアに限らず、町の人人は通りを逃げ回り、建物をとび出していた。
 呼びかけるリュリュミアの声は空中のアグニータには届いていない様だ。
 だが、負けじと頑張る者達はいる。
「マニフィカさん! 『ホムンクルス』や!」
 ちっちゃな福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)は甲高く叫ぶ。
 その声に応じて『魔竜翼』で駆けつけたマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は自身の身を『ホムンクルス召喚』で双つに分けた。
 現れる、ホムンクルス・マニフィカ。
 ホムンクルスは本人と同じ能力を有すが、飛行出来なかった。
 だから移動能力を活かせるビリーと臨時コンビを組む事を、咄嗟の打ち合わせで決めていた。
 ビリーはそのマニフィカ’(ダッシュ)の手を取り『神足通』で空へ躍った。瞬間移動。金の星降る濃紺、夜の町の上空で二人は身を冷気に任せる。
 火事の火が点る、町の屋根の上は熱い。
 しかし二人はその熱が届かない高空に位置していた。
 アグニータの放った火花が屋根に落ちて炎上するケースが多く、地上からの消火活動は難しい。けれども、逆に高所から見下ろす様に放水すれば極めて有効なはず。
 だからビリーは『飛翼靴』の力で空中に踏ん張り、水術『水流波』で高圧放水するマニフィカ’の身体を支える。
 その放水は確かな奔流となり、屋根の上に着いていく火を狙って消していく。
 高圧水流の反作用で傾き震えるマニフィカ’のバランスを、ビリーは一所懸命にとる。
 消防隊も必死の消火活動を頑張っている。
 地上ではマニフィカ本体が水の精霊を召喚していた。
「ウネお姉様、雨を降らせて下さい! よろしくお願いいたします!」
 マニフィカの要請に水の精霊『ウネお姉さま』は応えた。
 彼女の麗顔が空を見上げて、両腕の掌をさし向ける。
 すると町の上空の夜空から星の光が消えていく。
 代わりに銀の棘の如き、大量の水滴が降り始めた。
 今回の豪雨は局地的なものではない。
 火災の町全体を覆う様に、その火を消す勢いの雨が広く降りだしたのだ。
 広く、まんべんなく降る雨は火災に覆われた町を包む。
 気温を発火温度以下まで冷やす意味では、大量の雨を集中させるよりは雨を散らして霧雨に近くした方が気熱を奪いやすく、消火に適しているはずだ。熱による上昇気流を殺す事で大風も抑えられる。
 それと思いがけない副次効果もあった。
「きゃ!」
 雨に打たれたアグニータが痛みを感じた様な声を挙げた。雨に濡れる度に声は連続する。
「……水に濡れるのが弱点なのね……」
 マニフィカの確信した呟き。
 火災広がる町の上空で喘ぐアグニータ。
 しかし、火炎で出来上がった彼女の身体は気力を振り絞る様にいっそう燃え上がった。
「こんな雨ごときであたしを止められると思ったら大間違いだわ! ダメダメ人間はびこるこの現代! 爆薬一発でドッカーン!してやりたい!」
 身にまとう炎が眩しさを上げた。アグニータから逃げ惑う町民達に浴びせかけられるのは雨の湿度を伴った湯気、蒸気だった。
 雨に濡れる町の火。業火と鎮火の勢いは一進一退のシーソーゲームとなっている。
「あなたの事は可哀相だと思う……。でも、だからってあなたがやってる事は許すわけにはいかないのよ!」
 姫柳未来(PC0023)は『魔白翼』を羽ばたかせた。
 天使の如き背の白い翼が夜気に広がり、ミニスカ制服姿の彼女を宙に浮かせる。寒い今夜はダッフルコートとストッキング着用だ。
 その身はあっという間に火炎悪霊の高さまで上昇した。
 手には『マギジック・レボルバー』が握られている。
 その魔法銃はアグニータへと銃口を向けた。
(これ以上、火事の被害者を出さない様にしなくちゃ)
 眩しさから来る眼の痛みに耐え、狙いをすまし、射撃。
 発射された水の弾丸が炎の少女の身に吸い込まれる様に着弾した。
 アグニータが悲鳴を挙げた。
 だが、気力を振り絞った様な火炎が手から放射される。
 火炎の猛烈な熱気をギリギリで未来は避け、羽ばたきながら更なる射撃を二回、追加する。
 一発が中途で火炎放射の為に蒸発し、もう一発が命中。アグニータが息が詰める。
 ギリギリで避けきったはずの熱気の痛烈さに、未来は可愛い顔をややしかめる。
 アグニータが高空から地上へと急降下。木材が積まれた火の櫓(やぐら)に沿う様に町の路面近くまで自分の身を回避させる。
 遠巻きの野次馬の中心へと降りる炎の悪霊少女。
 水属性の攻撃により幾らか弱っている。だがまだ強い。
 一斉に散る観衆の中、火の櫓の前でまるでその炎で栄養補給する様に身体に浴びる。燃え盛る櫓の炎の端が彼女の身体に吸い込まれる様に細くねじれて吸収されていく。
 と、その小休止を横殴りのモップの一撃が邪魔をする。
 そのモップ攻撃はアグニータを叩きつけると共に、火の櫓まで破壊した。
 ローラースケートで滑走してきたアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、アグニータの身体をモップの打撃部ごと櫓に叩きつけた。彼女はアグニータの境遇には同情していた。しかし、だからといって彼女の行動全てが許されるわけではない。
 全力でモップで突く。
 叩く。
 回転させて火を散らす。
 薙ぎ払う。
 アンナの連続攻撃で、雨を浴びながらも燃え盛っていた炎の櫓が倒壊した。
 爆発する如く、広場の路面で四散する櫓の赤い破片。
「……効きましたか?」
 広場で潰れた燃え上がる破片の下のアグニータへ、アンナが問う。
 しかし、答えたのは炭になった破片の爆裂だった。
 足先を宙に浮かせた悪霊少女は、燃える破片を四方八方に飛び散らかせる中から再出現し、輝く眼をアンナに向ける。
 どうやらモップ攻撃は無効らしい。やはり魔法の武器か属性に合った武器が必要なのだろう。
 アグニータの手から火炎放射。
 アンナは右に跳んでそれをかわす。
 赤い装甲の表面を火炎が舐める。熱く、痛い。『レッドクロス』を身にまとってるのにこの熱さとは、悪霊少女の呪いの苛烈を思い知る。
 その時、アグニータの悲鳴。短く、しかし大きく三回連続。
 彼女を攻め立てたのは、アンナのほぼ逆側から見舞われた、更なる水弾の三連射だ。
 広場の石畳に立つジュディ・バーガー(PC0032)は得意の『マギジック・ライフル』三丁によるで三段撃ちを披露したのだ。
「ヘイ、アグニータ! ウィーク・ポイント、弱点は解っているんだカラ、これ以上、ビフォア・テイスト・ペイン、苦痛を味わう前に観念して成仏しなサイ!」
「何よ! あんたなんかにあたしの苦痛は解らないわよ!」
 怒気を荒げるアグニータが両手でジュディへ火炎放射。
 それを真正面から受け止めたジュディの身体が必殺の熱気に包まれる。
 しかし『スキル・ブレイカー』発動。
 高温の炎の流れが過ぎ去った後、ジュディの身は着けているアメフト・プロテクター諸共、火炎が擦過した跡すら負っていなかった。
 これにはアグニータも驚いた様だった。
 自分の能力への過信もあったかもしれない。
 もう一度、ジュディへ火炎放射。
 灼熱の轟火。
 ジュディはまた真正面から受けて、無傷の自分をアピールする。
 その行為は仲間の為の陽動だった。彼女のスキル・ブレイカーはもう限界だ。
 アグニータが三度目を放とうとした時、さすがに焦りの冷や汗を感じる。
 だが、思いがけない方から援護が来た。
「アグニータってぇ、他人の近しい人の姿になる事が出来るのよねぇ。なら近しい人達の気持ちも解りそうな気がするのだけどぉ」リュリュミアの声だった。頭に安全ヘルメットをかぶり『リリのクッキー』を食べて歩速を倍にしながら、あっちの屋根からこっちの家の陰へ、火の粉をよけてふらふら動き回っていた彼女の声がやっと「アグニータに届いた。悪霊少女が広場の中央へ降りてきて初めて声が届くほど近づけたのだ。「何故、色色な姿に化けながらぁ、その姿の人の事を考えようとはしなかったのぉ」
「あたしはいつも一人だ!」
 アグニータはジュディへの攻撃を忘れ、思わずリュリュミアに叫び返している。
「でもぉ、他人の心の中にある人の姿が読めるならぁ、その人が大事にしてる思いや肉親の情にだって気づけるんじゃないのぉ?」
 その言葉を聞いたアグニータの声が詰まった。まるで他人が見ていた憧憬を思い出したかの様に。
 その憧憬を我が身の憧れとして感じた事もあったかの如く。
 火炎放射のポーズから炎燃える身体をまごつかせる。
 揺らめく炎すら硬直した。
「うるさいッ! うるさいッ! うるさぁいッ!! あたしは生まれた時から独りぼっちだったッ! 神様にすがっても何もしてくれなかったッ!」
 アグニータが眼を固く閉じながら絶叫した。
 眼を開いた時にJKエスパー未来は真正面至近まで肉迫していた。隙をついてのテレポートだ。
 未来はミニスカ内側に隠し持っていた『サイコセーバー』を構える。端から精神エネルギーの白光の刃がまっすぐのびる。
 アグニータの火炎放射。
 未来の姿は瞬間的に輪郭が七重にもぶれる。
 『ブリンク・ファルコン』。高速移動スキルによる一瞬の分身が、アグニータの高熱火炎を回避する。
 未来はその高速行動の勢いのままにサイコセーバーを振り抜ける。
 スカートが乱れるのも構わず、水玉パンティを周囲に披露しながら七度連続するの銀の斬撃。
 内、二度がアグニータにかわされ、五度の斬撃が悪霊少女の身を深く斬りつけた。
 実体のない炎で出来た全身なのだから手応えはないはずだ。
 しかし未来は精神エネルギーの刃が何かを切り裂いたのを確かに感じた。
 霧雨の中、アグニータが後方へ転倒した。
 その身に触れ、地に落ちていた木片が燃える。そして消える。
 現在、町では雨の勢いが火勢に勝とうとしていた。その雨も雪へと変わっていっている、
 仰向けに倒れたアグニータには冷気は痛いもののはずだ。
 アグニータが宙に舞いながら起き上がった。
 輪郭の炎が勢いを失っている。彼女が補給する炎は傍にない。
 ビリーやマニフィカ、町の青年達の消防隊によって、火災は鎮火の方向へと向かっていた。
 逃げようと思ったのか、少女は上昇。高度をとり始める。
 その時だ。
「お願いします!」
「阿(あ)!!」
「吽(うん)!!」
 マニフィカの召喚に応じた二頭の『狛犬』が邪気を払うという咆哮を地上であげた。
 まるでその大咆哮の空気振動に撃ち落されたかの如く、アグニータの軌道が直下する。
「今だ!」
 誰もが思い、武器を手に殺到する。
 誰よりも速く、地上に落ちたアグニータに駆けつけたのはローラースケートを履いたアンナだった。
 アンナはアグニータのとどめを刺そうとはしなかった。
 彼女はいまだに炎を上げる少女の身体を抱き寄せ、両腕の内へときつく抱え込んだ。
 雪の中、赤い魔法装甲のアンナは紅蓮の色の少女を精一杯の力でハグした。
「熱い……じゃない、温かい……」
 アグニータが力なく呟いた。
「あなたは世界の破滅を願っている。……でも、それが本当の望みですの?」レッドクロスをまとっているとはいえ、アグニータの身体の炎はまだ苛烈だった。肉の焦げる音。自分の肌の焼けていく痛さをアンナは感じる。「求めていたのは、こんな何もかも消し去ってしまう熱さではなく、もっとささやかな温もりだったのではありませんの……」
「決まってるじゃない……あたしが求めているのはこんなダメダメな世界に住む、ダメダメな大人達の根絶よ……」
「あなたが心を取り戻してくれるか、さもなくば、どちらかが燃え尽きるかですわ……」
「こんな事して、あたしが改心するとかそんな甘っちょろい考えでいるんじゃないでしょーね……」
 仲間達が周囲で見守る中で、アンナは不幸な身の上の彼女をぎゅっと強く、逃げられない力で押さえ続けた。炎と一体となるかの如く、アグニータを抱きしめる。
 雪の中、ひどい火傷の痛みを味わいながら。
 雪が降る。
 雪がひとひらずつ触れる度、アグニータが痛そうな呻きを挙げる。
「何よ……あんたの涙が一番痛いじゃない……」
 その言葉が最後だった。
 アンナの腕の内から少女の感触がふと消えた。
 アグニータが一瞬で実体のない炎としてあっけなく消散した。
 最後の表情にうっすらと笑顔があった気がしたのは見間違いか。
「えらいこっちゃ! アンナさん、早く火傷治さんと!」
 空からビリーが治療道具一式を抱えて降りてくる。
 崩れ落ちるアンナの身体を皆で支えた。
「成仏したみたいね……」と未来。
 既に町の火災はほとんど消火されていた。
 マニフィカの精霊ウネは帰ったが、それでも雪はなおも降ってくる。
 広場では焼け出されそうになって、建物から出てきた町民達が集まっきていた。かれらのほとんどは冒険者達とアグニータの戦いをずっと観ていた。そこかしこで消火隊が配ったロケットストーブに群がっている。
 濃紺の空からの冷たい雪が音もなく、町を白く染めようとしている。

★★★
「ダンブルは『冒険者としての本分を自覚してほしい』という言葉をホワイ・シンキング、どう思ウ?」
 すっかり白くなった町の冒険者ギルド二階の酒場。
 アグニータとの戦いは数日前の事だ。
 ジュディは町からロケットストーブの追加受注を受けてきたドワーフのダンブルと、わずかな空き時間で酒を酌み交わしていた。
 互いにジョッキを傾け、強烈なアルコールが身の内に染みる。
 ジュディはその言葉をダンブルに投げかけたが、オトギイズム王国国王の言葉だとは説明しなかった。
 ダンブルも特に誰の言葉かを知るつもりはない様だ。
「ジュディは冒険者の本分はヘルピング・エブリワン、『人助け』だと思うんだケド」
「冒険者の本分か……人助けという一面は間違ってないだろうな」ダンブルが酒のつまみの太いソーセージをパキッと齧りながら唸った。「このオトギイズム王国に限って言えば『冒険』という『商売』をする事だな。自分から宝探しや悪人怪物退治に出かける事もあろうが、このギルドに依頼が貼りだされたとして、その依頼が果たして本当に人助けになるかどうかは解らないのもあるよな。ダーティでダークな、このギルドの地下酒場の常連が好みそうな依頼も出るかもしれない。それでも依頼を受け、従う。その報酬をもらう」
 ジュディはここ数年で見かけた依頼の中から、アングラっぽいダーティそうな依頼を思い出す。
 例えば、三匹の子豚を食べ様としていた狼男の依頼、スノーホワイトを暗殺しようとしていた鏡の精の依頼。
 そういう依頼を受けそうな冒険者も確かにギルドにはいる。
 しかし、彼らは善人や悪人であると同時に冒険者なのだ。
「ジャスティス、正義とは限らナイ、ヘルプ、人助けと限らナイ。毒にも薬にもなる、アドベンチャラーズ・フォー・ナウ、それが冒険者の本分? アドベンチャラーズ・ビジネス、善悪併せ持つのが、ジュディ達、冒険者……?」
「だが、冒険者には依頼を選ぶ自由がある。選ぶ権利は不可侵で、ジュディ達はジュディ達が思う商売をすればいいのさ。王国の兵士じゃ持てあます様な小さなささやかな願い、それをフットワーク軽く引き受けるのも冒険者の本分ってヤツかもな。冒険者ってのは生き方だ」
 ダンブルがジョッキの酒の残りを飲み干す。
 ジュディも中身を一気に飲み干し、ウェイトレスにおかわりを頼んだ。

★★★
 冒険者達が色色な人達から協力を得られた慈善事業は、とても順調なスタートを滑り出した。
「ほんま人の情けが身に沁みるちゅーこっちゃ。おっと、口の中、火傷せーへんよーに気をつけてや」」
 ビリーは『打ち出の小槌F&D専用』で出したホカホカのたこ焼きを仲間達を薦める。
 おっかなびっくりに最初の一歩を踏んだけど、勇気を出して本当に良かったと福の神見習いは思う。
 自己満足でも構わない。
 この感動を決して忘れないだろう。
 何事でも最初から完璧なはずはない。
 神様だって見習いから始めるくらいである。
 所詮『無謬』は幻想に過ぎない。
 試行錯誤が大切。
 とにかく継続は力なり。
 雪の降る墓地の長いベンチに、皆は横並びに座っている。
 ジュディやマニフィカから慈善事業の今後を説明された。
 仮に自分達が関与出来なくなっても炊き出しが続けられる様、冒険者達は今回のクエスト報酬のほとんどを教会に寄付。子供達がまともな仕事に就く為の準備金にしたりする。
 そういう道筋だ。
 未来はアグニータの墓を作るのにも依頼報酬を使った。
 小さいが立派な墓碑だ。
 彼女はこの墓に子供達の行く末について祈った。
 マニフィカは今後も協力関係になるだろう消防隊の有志達に感謝の気持ちを表す意味もあって、自分の報酬全額を消防隊に寄付した。
 今後も慈善事業を継続させる為、きちんと段階を踏みたい。
 事後になったが、それでも根回しでコンセンサスを得る事は大切だと彼女は思う。
 この町の住人状況は既に大幅に改善され、明日をも知れぬ人達の数は減ったそうだ。
 勿論『マッチ売りの少女』も。フィーナもだ。
 だが、そうしていると、まだまだ自分の手が届く範囲が小さく、道が果てしない事を痛感した。
 ビリーは座りこんだ老人と寄り添う痩せた犬の姿を脳裏に思い浮かべつつ、更なる精進を改めて決意している。
 救世主の道は果てしなく遠い。
「冒険者が慈善事業してはいけないわけではないでしょうけど、慈善事業と冒険者がイコールというわけでは……ちょっと違うのでしょうね」
 墓地を掃き清めてきたアンナは呟く。
 彼女にアグニータを抱きしめていた時の火傷はもうない。
「今、寄付してくれている方達がぁ、ずっと寄付を続けてくれるといいわねぇ。見返りを求めずにぃ」
 リュリュミアはぽやぽやーとしながら寒そうにする。
「さて、そろそろ行きマショウカ」
 ジュディは立ち上がった。
 皆も立ち上がった。
 雪が降る。
 アグニータの墓碑には、リュリュミアが生長させたスノードロップの小さな花束が添えられていた。
 スノードロップの広く知られている花言葉は『希望』『慰め』である。
★★★