『赤い流星』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

 バレッタ・オリクエフ。
 それがパスツール地方の『丘の上の魔女』と呼ばれるデザイナーの本名だ。
 バレッタの母親が「流星が落ちて一日で真っ赤に染まった丘に住む娘の安否を確かめてきてほしい」という依頼を冒険者ギルドに掲示してからすぐの事。日が傾いた頃、子供と少女が依頼者の自宅を訪れた。
 子供は茶色の肌でやや尖った頭に金髪をのせた、吊り眼に銀の瞳が印象的。
 「まいど! ボクはビリーや! おばちゃんの依頼を承知した冒険者や!」
 ビリー・クェンデス(PC0096)は戸口で依頼者を見上げて自己紹介した。
 「こんにちは。未来よ。わたしもあなたの依頼を受けた冒険者なの」
 ブラウンのショートカットで大胆なミニスカスタイルのブレザーにシャツ、ルーズソックスという女子校生ルックの姫柳未来(PC0023)も明るく名乗った。
 出迎えたバレッタの母親は二人の第一印象にとまどった様だ。
 冒険者には老若男女、様様な種族の者達がいるとオトギイズム王国国民にはよく知られている。
 しかし幾らなんでもビリーは見た目、九歳か十歳かという子供で、雰囲気も奇妙だ。それがビリーが『座敷童子』というオトギイズム王国では珍しい妖精的な種族なのに起因するのだが、彼女には解らない。
 未来もビリーよりは年上だが、それでもローティーンというのが頼りない印象を与えている。ちょっと動くだけで下着が露わになりそうな超ミニスカも不安の要因だった。さぞや男性の眼を惹きつけるだろうがこれで冒険が出来るのだろうか?
 「鳩が豆鉄砲くらった様な顔せんでもあんさんの悪い様にしないから安心してや。戸口で立ったままで話してても何やし、よければ奥へ入れてや。座って話した方がいいやろ」
 ビリーはそう言って、彼女と共に家の中へ入った。
 未来は足の不自由な依頼者を介助する様につきそって、部屋の奥の椅子へ導く。
 ビリーと未来はテーブルを挟んで自分達について話し、依頼者を安心させる様に努めた。
 自分達のこれまでの冒険譚。
 それは依頼者の興味を十分に惹いた様だ。
 家の中に不安が取り除かれたムードが満ちた頃、ビリーは「ところで足が悪いんやて?」と針灸セットを取り出す。
 見慣れない道具を見て再び不安な表情になる依頼者を、未来が「心配ないからね」と優しく押しとどめる。
 「これは怖いもんやないんや。ちょっと失礼するで」
 ビリーの銀色の眼が笑いかける。まず彼女に近づいて、スカートの上から足を指で押した。不自由な足に効くはずのツボだ。
 それを押された依頼人はちょっと驚いた顔をした後、温かみを感じた様な柔和な笑みになった。
 「効くやろ? すぐに全快は無理かもしれへんけど、徐々に気持ちよくて幸せな気分になるはずや。……ちょっとめくらしてもらうで」
 未来に依頼者のスカートの裾をめくってもらったビリーは、針灸セットで彼女の足に癒しの術を丹念に施した。
 針に刺された依頼人の表情から不安は、ほふぅ、と安堵の声が漏れる。
 「ね、幸せでしょ」と依頼人を座らせたまま、肩を揉んでいる未来の言葉。
 「足の事も娘さんの事も心配せんでも大丈夫や」細い針を依頼者の足ツボに打ち込んでいくビリー。「おばちゃん、みんなでハッピーになろうや!」
 「そうよ! 大丈夫、わたし達に任せて!」ミニスカからすらりとのびた白い脚。未来の明るく大きな声が室内に響き渡った。

★★★
 雲一つない、快晴の空。
 綺麗な絵の具で丁寧に塗りつぶした様な青空の下を、大柄な女性ジュディ・バーガー(PC0032)はハーレーダビッドソン・アメリカン・スピリット製の大型バイクでドライブしていた。セクシーな尻の下でアルコールを主燃料とする大型内燃機関が轟き、黒い動輪に大パワーを送りこんでいる。
 緑濃き丘陵地帯を進む鉄のモンスター。その重量でタイヤが不整地の道に沈みがちだが土を蹴散らしてバイクは走り続けた。
 風景に時折、赤い花の群れ成しているのが眼に入る。
 何の花だろう、と彼女は流れる風景にゴーグルの内側でふと気を留める。
 チューリップ。
 娼婦の口紅の様に真っ赤なチューリップだ。
 牧歌的というよりは童話的な、それでいて扇情的な風景。
 赤いチューリップの群生が頻繁に緑の風景に現れる。
 ヘルメットの代わりに手製のとがり帽子をかぶったジュディは、ハンドルを握りながらふと思い出す。
 ……あれは幾日前の事だったか。
 『バハムート殺し』。アルコール度数98度の炎の酒。
 ドワーフは皆、酒豪だというが、ダンブルはその噂に違わぬ豪快な酒豪だった。
 それはジュディも同じくに。
 ジュディはドワーフの男達と旅先の酒場で意気投合した。
 ドワーフの一人、ダンブルが彼の秘蔵の火酒とジュディの自分の『バハムート殺し』を互いに持ち寄っていつかここで飲み比べをしようと約束を交わしたのがその夜の事だった。
 ダンブル達は『赤い流星』騒ぎで有名になったパスツール地方に行く途中だった。空から落ちた隕鉄を探しに行くのだ、と。
 朝になって彼らは酔いも醒めやらぬ体で町から出ていった。
 ジュディは『バハムート殺し』を用意し、彼らの帰還を酒場で待った。
 だが何日経ってもダンブル達は帰ってこない。
 その内にジュディはパスツール地方についての悪い噂を耳にした。
 町の冒険者ギルドで、最近パスツール地方から帰還者がなく、近寄った者はとがり帽子の悪霊にとりつかれてしまう、という話だ。
 ダンブルはその類のトラブルに巻き込まれたのだとジュディは確信した。
 ジュディは案ずるよりは即行動する気性だ。小荷物をまとめ、ハーレーダビッドソンに火を入れるとすぐさま、パスツール地方へとハンドルを切った。
 そして緑の景色に赤いチューリップが飛び過ぎるパスツール地方をバイクが走り行く。
 バイク後部には『バハムート殺し』の入った小樽と飼育箱が固定され、彼女のグラマラスな身体には愛蛇『ラッキーセブン』がゆるく巻きついている。
 三十分ほど走っているがなかなか村が見つからない。
 手製のとがり帽子はパスツール地方の村人達が皆、とがり帽子をかぶる様になったという情報からの策だ。村人達は閉鎖的になったというが彼らと同じ帽子をかぶっていれば、上手く事が進むかもしれない。
 「ホワット? ……ドーヤラやっと最初のムラを見つけられたヨーネ」
 森の中を抜け、ジュディはようやく遠景に最初の村を見つけた。

★★★
 はいほー、はいほー、ふふんふふんふんふーん♪
 ほわわわわーんとした雰囲気でリュリュミア(PC0015)はパスツール地方の緑の景色を歩いていた。
 波打つダークグリーンの髪にライトグリーンの瞳。肌こそはミルクカラーなれど、若草色のワンピースにタンポポ色のつば広帽子と基本グリーンな彼女はこの濃緑色の風景ととてもよくマッチしている。
 リュリュミアとは外見は人間そのものだが、実は非常に植物的な人種なのだった。光合成もしているし。
 何故、はいほーはいほー♪な鼻歌を歌っているかというと行方不明のドワーフ達を捜しているからで、ドワーフといえばはいほーはいほー♪の歌がつきものなのはリュリュミアにとって揺るぎない真実であり絶対の正義だからなのだ。
 ドワーフ達を捜す理由。それは彼女がパスツール地方で丘の草木を真っ赤に染めたという赤い流星に興味があるからだ。それを見つければ自分のワンピースも綺麗に真っ赤に染まるかなーという興味の下、流星を見つけに来ているドワーフ達に何か話を聞ければなぁと、この丘陵地帯をずーっとさまよっている。
 何故、自分のワンピースが流星によって真っ赤に染まれば嬉しいのかというのは、彼女が赤い染料フェチだから、というわけではなく、赤い物を見るとバーニングファイヤーを連想して胸躍るから、というわけでもなく、血しぶきや大量の完熟トマトをかぶって服が真っ赤に染まるよりは素敵だからなのだ。多分。
 ともかく、彼女の気分はずっと『赤』だった。
 一つ、小さな丘を越え、二つ、大きな丘を越え、時折見かけるチューリップの群生に自分もあんな美しい赤色になれればいいな、と思いつつ、自然あふれる風景をさすらう彼女はある村の近くまでやってきていた。
 「こんにちはぁ、ドワーフさん達を見かけませんでしたかぁー?」
 村の縁にあった赤いチューリップの花畑を越えてリュリュミアは村に入った。
 何処かでシチューを煮込む、美味しそうな匂いが漂ってくる。
 「あらあら、これはぁ食事の匂いかしらぁ〜」
 そういえば昼の食事時ももうすぐだ。匂いをかぐままに歩いていくリュリュミアは、奥の広場まで入り込む。 村の中央の広場には井戸と花壇があった。
 花壇に根づいた花も赤いチューリップ。
 「なんだべ? お前は」
 そこで村人に声をかけられた。
 「こんにちはぁ、ドワーフさんたちを見かけませんでしたかぁ」
 リュリュミアはそう返したが、聞きなれぬ声に反応した村人が村のあちこちから広場に集まってきた、
 村人達が数十人に増える。全員がとんがり帽子
 まるで宴会の様な三角帽子をかぶった村人達に囲まれ、リュリュミアは逃げ道をふさがれていた。
 老若男女。全員、高さ五十センチはあろうかというとんがり帽子。
 放し飼いの山羊も馬も犬も集まってきて、それらも同じ様なとんがり帽子。
 村の全員が集まっているのだろうか。声もなく意志の強そうな眼に見つめられる。
 「……一体、どういう事なのかしらぁ」
 リュリュミアは緊迫という概念がないかの様なのんびりした声音。
 村は日光に照らされたのどかな景色なのに、何処か幽鬼じみた陰影がある。
 「誰だ、お前は?」
 茶色のチュニックを着た、腹の出た中年男にようやく声をかけられた。勿論、彼もとんがり帽子をかぶっている。
 「ここはよそ者が来る所じゃねえべ。解ったらとっと帰んな」
 訛りが強い口調で若い女性も口を開く。とんがり帽子で。
 「いや、こいつも俺達の仲間なのでないか。生き物として雰囲気が似てるぞ」
 「帽子もかぶってるみたいだしな」
 とんがり帽子をかぶった六歳ほどの双子がタンポポ色の帽子を見つめて大人びた口をきいた。
 「帽子といってもこんな平たい帽子だぞ。俺達を隠すだけのスペースが何処にある」
 とんがり帽子をかぶる中年の妊婦が反論した。
 「こいつは同胞じゃない。この星の人間そのままだ」
 とんがり帽子の若い村人が鍬を両手で構える。
 リュリュミアの登場がこの村にちょっとした騒ぎを起こしている。
 「イップ様に知らぁせて、指示を仰ぐぅんだ」
 とんがり帽子をかぶった歯抜けの老婆のふにゃふにゃした声。
 「いや、そこまでには及ばない」人間より背が低いドワーフ族の者達がきっぱりと言い放つ。彼らもとがり帽子だ。「おい、お前。帽子を脱げ。ここで俺達の同胞にしてやろう」」
 あ、ドワーフだ、とリュリュミアの心は色めきたった。
 しかし当のドワーフは彼女のそんな感情には気づいていない風だ。
 村人達はある者は棍棒を、ある者は鍬を握っている。動向によっては荒事に出るつもりなのだろう。
 リュリュミアは頭上のタンポポ帽子の縁を手で握った。よく解らないが帽子を取ってみせるのはまずい気がする。そもそも植物人種のリュリュミアはこの帽子も身体の一部であり、脱ぐ事が出来ないのだ。
 リュリュミアは次にどうするべきか、ぽわぽわ〜と困った。
 村を吹きすぎる強い風。
 花壇の赤いチューリップが不自然なまでに揺れる。
 その時だ。
 「ウエイト・ア・リトル! ちょっと待ちナサイっ!」
 ドロドロという大排気量のエンジン音と共に、一台のバイクが村の広場に進入してきた。
 とんがり帽子の村人達は驚きの声を挙げ、バイクに道をあける。
 「大勢が一人をイジメるのは関心シナイネー。メイ・アイ・ヘルプ・ユー? ナニか困っているコトはないデスカ?」
 バイク上から大柄な女に話しかけられたリュリュミアは「……あ、えーと、アイムファイン・サンキューぅ」と言葉を返す。
 村人達に割り込んできたのは、上半身にヘビを巻きつけた身長二メートルを越えるの女性だ。頭には布製のとがり帽子をかぶっている。
 「……ってジュディさんじゃないですかぁ」
 「OH! リュリュミア!」
 近づいて、二人は顔見知りなのに気づいた。
 こんな場所で出合ったのは偶然か、運命か。
 それはともかく、眼にとまった一対多の揉め事に介入せずにはいられないのがジュディ・バーガーの性分だ。彼女はリュリュミアを囲んでいる村人達を睨む。
 だが村人が騒いだのも一時の事。ジュディのとんがり帽子に気づいた村人達が緊張を解いた。
 「何だ、二輪自動車じゃないか」
 「この星の文明レベルでこんな物があったとはちょっと驚きだな」
 「お前が手に入れたのはその身体か。その二輪自動車もついでに手に入れたのか?」
 騒ぎが収まった村人が口口にジュディに尋ねる。
 「……ダンブル! ダンブルじゃないノ!?」ジュディの顔は話しかけてきた村人の中にドワーフ達を見つけて明るくなった。「ジュディだヨ! ジュディを忘れたノ!?」
 ここに集まったドワーフ達の中にダンブルがいた。とんがり帽子をかぶって。
 「ダンブル? この身体の個体名か? 何故、個体名で呼ぶ?」
 ダンブルはジュディに対して怪訝な顔を向けた。いかにも初対面な面持ちだ。
 ジュディは話の噛み合わなさに妙だと感じた。
 彼女は革ジャンの肩にある『蒼い流星』のエンブレムをさりげなくダンブルに強調して見せた。昔いたアメフトチーム『ニューアラモ・ハイウェイスターズ』のエンブレム。酒場でのダンブルは「そうか、お前は蒼い流星か。俺が探しに行くのは赤い流星だから、今夜は流星が取り持つ縁かもな」と笑っていたのを思い出す。
 だが今のダンブルにこの蒼い流星への反応は微塵もない。
 ジュディの疑念は確信になった。このとがり帽子をかぶったダンブルは、ダンブルじゃない。
 「……アナタ、ナニモノ?」
 「何者? 何故そんな事を訊く?」ダンブルは眼に強い意志をこめて睨んできた。「そうか……お前は違うんだな。……その帽子は偽物か」
 ダンブルのその判断を聞いた村人達が再び緊張した。今度はリュリュミアと共にジュディを内にする様に包囲する。
 ジュディの愛蛇ラッキーセブンが威嚇するが、村人達を怯ませる事は出来ない。
 周囲の空気が緊迫をはらんだ。
 「あのぉ」状況に気づいていない様なリュリュミアの声。「あなたはドワーフさんの知り合いなのですかぁ」
 ジュディは答えなかった。
 村人が一斉に詰め寄ってくる気配を見せたからだ。
 思いがけず、ここで決定的な動きを見せたのはリュリュミアだった。
 「気をつけて下さぁい」
 その声と同時に握っていた彼女の手が開かれ、乳白色の掌から何本もの緑の蔓が螺旋を描きながら急成長した。ブルーローズ。召喚魔法によって爆発的成長をしたそれぞれの蔓に青い薔薇の花が咲き、煙の様な青い花粉を撒き散らす。
 機先を制され、その花粉の霧にとり込まれる最前列の村人達。足を止めて、身体を折り、凄まじい急性花粉症に激しくくしゃみをする。
 ジュディはこの隙を逃さず、バイクにまたがったまま広い肩の上にリュリュミアを拾って抱えあげ、エンジンを吹かした。
 ここは逃げるのが先決と、ジュディは現場の混乱に更に煙玉を追加した。
 爆発する煙幕が村の広場に広がり、全てを白煙の中に覆い隠した。
 ジュディは比較的、人が少なかった方向へとリュリュミアを担いだままバイクをダッシュさせた。
 走るバイクは煙幕も村人の制止も突破し、通りを突っ切って、村から飛び出す。
 その時、新たな人物の声が村の近くの森から聞こえた。
 「こっちよ!」
 村から出て森と並走するハーレーダビッドソンは森の縁にいる赤い少女を目視した。
 そのスレンダーな少女は赤いハイレグのレザースーツに赤いストッキング、レザーブーツといういでたち。何よりも重要な事に、彼女は赤い頭巾をかぶっているがとんがり帽子をかぶっていない。
 ジュディは赤頭巾の少女に向かってハンドルを切った。
 赤い少女はジュディを先導して森の中へと走っていく。
 「お知り合いですかぁ?」
 担がれたままのリュリュミアが問うがジュディは勿論、こんな森の中でハイレグTバック姿をしている少女に面識はない。
 「さあネ。あんなビザールな少女に面識はないヨ。ジュディ達をドコへ連れてくつもりヤラ。でも、『案ずるより生むが易し』ネ。ムラから離れるならついていった方がヨサソウネ」
 「郷に入ってはごぉー、ですもんねぇ」
 ジュディとリュリュミアは木の根が入り組む森の地面を跳ねる様に駆け抜けた。

★★★
 「私の名はサンドラ・コーラル。この森の愛と正義を守っている選ばれた美少女戦士なの。……ごめん、ウソ。ただの冒険好きの赤頭巾よ」
 濃緑の森の真ん中に青い空が開けた、萌黄色の大きな広場が出来ている。
 年齢は十六ほどか、苔むした横倒しの切り株に腰掛けた赤頭巾サンドラが自己紹介。
 赤い頭巾。白い肌の長い手足が赤いボンテージスーツから伸びて、未成熟の肢体に小悪魔的な色気を与えている。股間はハイレグ。背後から眺めた結果、白いヒップにTバックが食い込んでいるのがよく解った。
 ジュディとリュリュミアは冒険者ギルドの大掲示板にあった依頼の一つをようやく思い出していた。
 ハイレグの赤頭巾捜索依頼。
 サンドラがその依頼の当人なのだ。
 「ジュディが受けた依頼じゃないケド」ジュディ・バーガーは草むらに駐車させたバイクの横に立っている。「サンドラ、ライト・ナウ、今すぐ帰った方がイイわヨ。捜してるヒトがいるみたいダシ」
 「ふーん」とサンドラは切り株に寄りかかっている木に背中を預け、セクシーさを強調するデザインのハイレグ・コスチュームの長い脚を組んだ。内腿がきわどく白い。男が見たら唾を飲み込むかもしれない。「探してるのは父かしら。残念だけど、今すぐには帰れないわね」
 「ホワイ?」
 「このパスツール地方の村村が変なのよ。どうも放っておけないわ」少女が意志の強そうなライトブラウンの眉をひそめる。「……チューリップよ」
 バスケットに入った赤ワインの残りを飲み干したサンドラが語りだした。
 彼女が祖母の誕生日祝いにこの森の家を訪れたのは数日前だ。。
 しかし祖母の様子がよそよそしく、頭におかしなとんがり帽子をかぶったままでいる。しかも一切その事には触れようとしなかった。尋ねてもはぐらかされる。
 この奇妙さに早早に祖母の元から立ち去ったが気になって付近の村にも立ち寄ってみた。すると、何処の村でも同じ様な帽子をかぶり、民の態度がよそよそしくなっているのに気づいた。
 何か怪しい新興宗教でも流行しだしたかとも思ったが違うらしい。
 そして村の花壇や野原のあちこちに赤いチューリップが群生しているのも奇妙だった。今までパスツール地方でそんな風景を見た事はない。
 「赤いチューリップ」サンドラが強調した。
 ついにある村で襲撃を受けた。
 村人や獣にではない。空を飛ぶチューリップに襲われたのだ。
 ある村で花壇に植えられていた赤いチューリップが一斉に飛び上がり、彼女めがけて頭上から迫ってきた。
 葉ごときりもみ回転するチューリップは彼女の頭を狙っていた。球根から垂れた根を頭に食い込ませようとする。
 頭に頭巾をかぶっていたおかげで村から逃げるのには成功した。
 この事態のあまりの剣呑さに彼女がとった行動は、決定的な真相を見つけるまで森に潜んで村村を偵察する事だった。
 「そしてね、その鉄の獣」サンドラがジュディのバイクを指差す。「その吠え声が近くの村でしてるのを聞いて、怪しそうだから村へこっそり近づいたのよ。そしたら、あなた達が村人に襲われてるのを見て……隙を見て、助ける事にしたわけ」
 リュリュミアが自分の赤い衣装をじっと見ているのにサンドラが気づく。
 「この服、似合ってるでしょ? 私のお気に入りなのよ」赤頭巾が自慢げにうそぶく。
 「エニウェア・ワンスモア、ともかくもう一度、ムラへ行くワ!」サンドラの話を聞き終わったジュディはバイクにまたがった。とがり帽子は脱ぎ捨て、アメフトのヘルメットをかぶっている。「クリムゾン・チューリップか何だか知らないケド、早くダンブル達、ドワーブズを助けなくッチャ!」
 「今行ったら、警戒されてるんじゃないかしらぁ」リュリュミアの声は走り出そうとするジュディを止めた。「それにダンブルって人は記憶を失っているみたいだしぃ」
 ジュディは言葉に詰まった。
 とにかく今の状況は異常だ。
 ダンブルの意識が他の何者かにのっとられている事は間違いない。
 ダンブル。あの村の村人達。そして、まだ出会っていないパスツール地方の大勢の人間達。
 彼らのとがり帽子の下にある物は……。
 その時、足元に黒い影が落ちた。
 雲の仕業ではない。
 快晴の空を見上げた三人は、日を翳らせる物体がここへ降りてくるのを目撃した。

★★★
 空を飛ぶ鳥を追い越していく。
 サンドラ・コーラルの話から十分後。
 リュリュミアとサンドラはパスツール地方を空高く飛ぶ、ヨットほどの大きさの飛空艇『空荷の宝船』に乗って風を受けていた。
 同乗するのはビリー・クェンデスと姫柳未来。
 ジュディ・バーガーはこの船を追って、バイクに乗って地上を走っている。
 「旅は道連れ、世は情けや。歓迎するで」
 空荷の宝船の持ち主であるビリーは惜しみなく笑みを配っていた。
 ビリーと未来はこの飛空艇で『丘の上の魔女』が住む丘を訪ねに行く途中で、リュリュミア達を見つけたのだ。元元、この地方にいる冒険者を見つけたら拾う予定だったので二人を乗せるのに躊躇はなかった。
 リュリュミアと、ビリー、未来は顔見知りだった。ジュディもだ。
 飛空艇は『魔女の丘』をめざして飛んでいた。
 ジュディはバイクを置いていくわけにいかず、同乗しなかった。彼女は丘の魔女という新たな目標に気持ちを切り替えていた。もしかしたら状況の打開策になるかもしれない。根拠はないが、そんな望みだ。
 リュリュミアも丘の魔女という存在に興味を抱いていた。サンドラも同じ風だ。
 二人はパスツール地方に蔓延する赤いチューリップの話と自分達の体験を全て、ビリーと未来に話した。
 聞いた二人は「むぅ」と唸った。
 「赤いチューリップでっか……」
 「とんがり帽子の悪霊というのはそれと思いっきり関係がありそうだね……」
 ビリーと未来は船縁を越えて、地上へと視線を下ろした。
 ジュディのバイクが走る濃緑色の風景の中で、頻繁に赤い染みが流線として流れていく。
 あれらが最近、パスツール地方に現れたという赤いチューリップの群生なら、もうかなりの数が繁茂している事になる。
 赤い流星が落ちて、一日で赤く染まったという丘とは……。
 飛空艇は既に幾つもの村を飛び越えていた。
 「あ! あれじゃないかな?」
 未来が声高く叫び、前方の風景を指差す。
 ジュディが走らせるバイクの先にその光景が現れた。
 赤。
 赤。
 全き赤色。
 大きな丘として緩やかに大地が持ち上がり、その全体が真紅に染まっている。
 その頂上に小屋と呼ぶには大きめの建物が、赤い丘のふもとから頂きへと続く一筋の小道の先にあった。
 強い風が吹く。
 全員、気を引き締めざるをない。
 丘の上の小屋のそばへと飛空艇が降り立った時、その赤色の全てが無数の真っ赤なチューリップだったのは予想通りだった
 そして戦慄すべき事だ。
 「どうでもいいんやけど」と船を下りながら、ビリー。「未来さん、風でめくれて下着ギッリギリやで」

★★★
 丘を覆って、広がる真紅。
 それは全て、無数の赤いチューリップ。
 炎の様に赤い色が丘を埋め尽くし、風に騒いでいる。
 植物人種のリュリュミアだけはこの光景にシンパシーを覚えている。花騒ぐ故郷への共感。
 風に揺れる以外にチューリップにアクションはない、
 しかし今、一斉に襲われるとしたら……。
 慎重に道を上がってきたジュディ・バーガーはバイクを小屋のそばに停める。
 訪問者達は唾を飲み込み、小屋の戸のノッカーに手をかけた。
 自然と扉が開く。この戸はそういう『デザイン』なのか。
 五人は小屋の中を覗き込んだ。
 先客がいた。
 小屋の中は幾つかの部屋に区切られ、応接間にあたる所にアンナ・ラクシミリア(PC0046)がローラースケートを履いたまま、テーブルについていた。
 アンナは女子高生だ。セミロングの茶髪。ヘルメットをテーブルの上に置いていた。椅子の下に立てかけているのは長さ五十センチほどの小型モップ。
 アンナは「丘の魔女の無事を確かめに行く」という依頼で一足先に出発した冒険者だ。不整地が多かったで、高速スケーティングでも苦労してきた。だが、基本的に村をよけてきたのでトラブルに巻き込まれず、誰よりも早くバレッタに会えたのだ。今はチーズケーキの二個目にとりかかっている。
 新たな訪問者達が家内を見回せば、家具のデザインは簡素ながら悪くない。奥の部屋の『魔女の鍋(コルドロン)』もむき出しの地面に積まれた石のかまどに置かれ、魔力のこもったデザインが威容を示している。
 「私の『デザイン』はアイテムをこの鍋で煮込んで加工する事が肝心なのです」
 艶のある声。興味深げに大鍋を見つめていた冒険者達の視線に答える様に、バレッタ・オリクエフが手元のティーカップからハーブティーを飲みながら呟く。テーブルの上席に座った彼女は深紫のコートを羽織り、頭につばの広い、如何にも魔女然としたコートと同じ色のとがり帽子をかぶっている。客に応対しているというのにぶっきらぼうな印象を与える彼女の頭上で、高さ一メートルの帽子はそびえ立っていた。
 コートの下のグラマラスな肢体はいきなり紫の下着姿だった。グラマラスな胸を包む様に、セクシーな下半身に食いこむ様に、二十歳をとっくに越えた彼女が扇情的なデザインでいる事は、大人しげな室内とは違和感ありありの光景だった。
 そして隣にある椅子にうずくまっているバレッタの老猫も、宴会で酔客等がかぶる様なとんがり帽子を頭に載せて、金色の眼でじっと葵を見つめている。
 これは何処からツッコめば?と訪問者達は瞬間、思った。
 その中でもビリー・クェンデスは(完全にツッコミ待ちやないかー! 特にあのでっかいとんがり帽子とかとんがり帽子とかとんがり帽子とかー!)と魂で叫んでいた。
 「どうかしましたか?」
 バレッタはあくまでもこの下着姿が普段着という雰囲気。
 「……いや、何でもないわ。まあ、自分の家でどんな格好でいても自由よね」
 テーブルに着きながらバレッタの声に答えたのは姫柳未来だ。
 新たな訪問者にバレッタ自らの手により、ハーブティーが配られる。
 再びカップにハーブティーを注がれながら、アンナはこの部屋を思う存分清掃したい衝動に駆られる自分に気がついていた。
 「で、あなた達は何の御用なのかしら? こんな所でまで私を訪ねてきても何の儲けにもなりませんわよ」
 バレッタがカップを胸元に持ち上げる。同性でさえ胸の谷間に眼を奪われがちになる。
 「ともかく」と話の本題をアンナはあらためて切り出した。「一人暮らししているとはいえ、ママに心配かけては駄目ですわ。世間で赤い流星騒ぎが知れ渡っていますの。一度、実家に顔を見せに帰った方がいいですわ」
 「ママ?」バレッタがその単語の意味が解らないという風に動きを止めた。
 「ボクはバレッタさんのお母さんに頼まれて様子を確かめに来ただけやから」ビリーは熱熱のハーブティーを半分ほど飲んでいた。心の中でツッコミ衝動を抑えつつ。「話によれば流れ星が落ちてきたらしいけど、バレッタさん家も無事みたいさかい安心したわ。お母さんには嬉しい報告が出来るで」
 「おかあさん……?」バレッタがわずかにとまどった顔をする。
 「……そや。お母さんや。バレッタさんの親や」ツッコミ待ちのじれったさにうずうずしながらビリー。「冒険者ギルドへ直接、依頼をしに来たんやで」
 「ビリーの針治療で不自由な足もよい方向へ向かっているわよ」ビリーと一緒に未来は微笑む。
 「まあ、いきなり全快は無理やろが、徐徐(じょじょ)によくなってると思うで」
 「親……そう、その『DNA』を受け継ぐ子株なのね。このバレッタは」
 「D・N・A……?」今度は冒険者達がバレッタの口から聞こえた思いがけぬ単語にとまどった。幾人かには何かの頭文字だろう事しか解らない。
 「……そうね。あなた達が無事に帰れなかったら不審に思った人間達がまた調べに来ますわね」バレッタはそう言うとティーカップをソーサーに戻した。「『お母さん』に伝えてちょうだい。私は何事もなく無事でいます。心配しないで、と」
 どうにも雰囲気が変だ。
 「ところで本当に流れ星が落ちてきたの、バレッタ?」ケーキを食べ終えたアンナが口を開いた。「流れ星は何処へ行ったの?」
 「解らないですわ」
 「この丘は流れ星が落ちてきてから赤く染まったなんて聞くけど、こんなに満開なチューリップは以前からここにあったの?」今度は未来が尋ねる。
 「ありましたわ……うん、さあ、どうでしょうね。最近、ちょっと物忘れ癖がついたみたいですわね」
 その相槌のタイミングでとんがり帽子をかぶった老猫が鳴いた。
 何かが妙だ、と訪問者達は思った。
 その時、背後で騒音がした。
 玄関にあたるドアが突然、開け放たれたのだ。
 「イップ様!」
 バレッタの小屋をいきなり訪問したのはいかにも農民といった感じの素朴な中年男だった。頭に高さ五十センチほどのとがり帽子をかぶっている。
 「二輪自動車に乗った見慣れない旅人が来て、わしらの正体を探っています……!」
 息せき切ってバレッタに語りかける男がそこまで言って小屋の中の訪問者に気づいた。
 その男とジュディの眼が合った。
 ジュディは思い出す。自分達が逃げてきたあの村にいた村人だ。
 「イップ様……」男が自分の入ってきたタイミングの悪さに気づき、小さくなる。
 訪問者達はバレッタへ振り返った。
 バレッタのぶっきらぼうな美貌に戸惑いがかすかに見えた。
 今や、とじれったくてどうしようもなかったビリーの悪戯心が発動する。
 『神足通』。一瞬、ビリーの姿が消え、バレッタの背後に現れる。
 そしてそのまま、隙を突いて彼女の深紫のつば広帽を脱がしてしまう。
 「その帽子が異常に気になりすぎ、怪しさ大爆発なんやーっ!」
 この小屋にいる者が全員目撃した。
 バレッタの黒髪の上には一株の花が咲いている。
 厚く長い緑の双葉が反り返る、たくましい茎に支えられた赤い花びら。
 高さ一メートルほどの瑞瑞しく、堂堂とした立派な赤いチューリップ。
 丘の魔女は椅子から立ち上がる。
 「……見たな!」
 彼女の態度が豹変していた。風になびく様に紫のコートが大きくひるがえり、紫色の下着で飾られた裸身が眩しい。
 瞬間、村の男が叫びながら、冒険者達にとびかかってきた。
 その突進を未来のテレキネシスがはね返す。
 見えない巨手に押し返された様に男の身体は後方へ飛び、木の壁に激突した。
 男のとがり帽子が床に落ちる。そこから現れたのもやはり頭髪の上に球根が載った、高さ五十センチほどの赤いチューリップだった。
 「……どうやら、私の正体が解った様だな」
 バレッタの口調が変わっている。言いながら背後のビリーを捕まえる。
 だが、ビリーの神足通は彼を元いた場所へとまた瞬間移動させている。
 「ちぃ! 逃がしはないぞ! 我が子株らよ! こいつらにとりついてやれ!」
 冒険者達は嵐の様に小屋の外の空気が大きく鳴ったのを聞いた。
 バレッタの声に反応している。この小屋の中にいるのはまずい! 全員がそう予感し、バレッタに背を向けて小屋を飛び出す。
 それと入れ替わるタイミングで窓や戸口から大水の様な赤い奔流が流れこんでくる。
 チューリップだ。
 丘を埋め尽くしている無数のチューリップが飛翔し、小屋の中に入り込んできたのだ。今や、小屋の中はチューリップで一杯だ。
 二枚の緑葉をきりもみに回転させ、赤い花の群は突撃してきていた。
 頭にチューリップの親株を咲かせたバレッタの声を聞き、丘を占領するチューリップのカーペットが一斉に宙に飛び上がっている。土のこびりついた球根から生えた根を触手の様に疼かせる。全てが身を鋭くひねり続け、長く丈夫な二枚の葉をプロペラの如く回転させながら宙を舞う。
 小屋の外に飛び出した冒険者達は丘を染めていた赤い色は全て飛び立ち、地肌の土色が剥き出しになっているのを見た。
 見上げれば、午後の快晴の空に雷雲の如く、赤い花の大群が大渦の形で迫ってくる。
 赤い流星。
 冒険者達は雪崩から逃れる様に丘を一気に駆け下る。
 アンナはローラースケートで滑走しながら自分のモップを伸張し、回転翼の様に頭上で大回転させ、赤い花のアタックをはね返す。
 ジュディやアンナのとっさにかぶったヘルメットがチューリップの激突を防ぐ。
 赤頭巾をかぶるサンドラ・コーラルや肉体の一部を帽子と化しているリュリュミアの頭のすぐそばを、紅花がかすめる。
 「間違いないわ。チューリップはむき出しの頭を狙っているのよ」
 走りながら未来は叫んだ。テレキネシスで赤い激突を何度もはね返して自分と仲間を守る。
 それでも冒険者達の身体は空飛ぶ花に幾度か触れる。回転する二枚の厚い緑刃は刃物の様で、服が肌を露わにするほど切り裂かれた。服はあっという間に下着や肌が大きく目立つほど傷だらけになる。
 「あかん! ここは撤退や!」
 神足通を連続させてチューリップの攻撃をかわすビリーは「てれててっててー♪」と青い猫ロボの如く、お腹の三次元ポケットから空荷の宝船を取り出した。妖精パワーで飛空艇は見る見る内にヨット大へと大きくなる。
 ビリーは飛空艇に飛び乗った。起動した飛空艇は上昇を始める。
 その飛空艇に次次と仲間が飛び乗る。
 アンナ。
 リュリュミア。
 未来はテレポートで飛び移る。
 ジュディはバイクに乗って丘を全力で降下していた。
 「サンドラ!」
 船縁から身を乗り出すリュリュミアの手から、緑色の蔓がロープ代わりに垂らされる。
 最後に残ったサンドラがそれを掴もうと宙に手をのばし、その時。
 運命の悪戯。強い風。
 土煙が晴れた。
 蔓が揺れてサンドラの手がそれを掴めず、指先で弾いた。
 赤い頭巾が強風にめくれてライトブラウンの髪が露わになる。
 次の瞬間、チューリップの球根の一つがサンドラの頭頂にとりついた。
 皆はサンドラの名を呼んだ。
 最後にかろうじて見えたのは彼女が赤い雲の中に飲み込まれていく姿。
 もう、群れ飛ぶ赤いチューリップの中に引き返すには危険すぎた。
 「逃げるでぇ!」
 ビリーの声と共に飛空艇が加速した。
 未来が後方に煙玉を投げつける。
 地上のジュディも飛空艇を追いながら背後に煙玉を投げつけた。
 大量の白い雲の中に赤い花の群を置き去りにする。
 飛空艇は全力で飛び続けた。
 皆は逃げる。
 やがて、丘が遠くの風景になる。
 風が吹き続ける。
 いつのまにか、遠くなったあの丘は赤い色を取り戻していた。

★★★
 空荷の宝船の下で地上の景色が流れていく。
 ビリー・クェンデスは今、地上スレスレに船を飛ばし、バイクのジュディ・バーガーと並航していた。
 「サンドラさん、群れのどこにいるのかわからなくなっちゃいましたわねぇ」
 リュリュミアが独り言の様に呟いた。
 「一度、冒険者ギルドに戻って、この事を伝えた方がいいわね。……バレッタの母親にどう伝えればいいのかしら」
 姫柳未来の制服は切り傷が沢山あり、白くて若い肌が露わになっている。肌に傷がないのが救いだ。
 「あのチューリップ達は何をしているのかしら? もしかして侵略の準備?」
 アンナ・ラクシミリアが収納時の長さに縮めたモップを腰のベルトに差し込む。彼女の服も切り裂かれた部分が多く、スカートが裂けて肌色の脚が大きくはみ出している。
 「侵略かー。……そうなったらコトやな。王国からの正規の軍隊が戦争始めたら死人怪我人が仰山出るかもしれへんな」
 ビリーは船を操縦し、安定させている。行く先は冒険者ギルドがある、近くの町だ。
 「サンドラは死んでないでしょうねぇ」リュリュミアはサンドラ・コーラルの指が自分の蔓を弾いた時の感情を思い出していた。「あのチューリップは誰かを殺したりするよりぃ、仲間を増やす方を選ぶと思うのぉ」同じ植物人種だからなのか、リュリュミアにはバレッタにとりついていたチューリップの気持ちが解る気がした。
 皆は一瞬、回想した。
 飛び交う赤い花の群。その中に立つ深紫のコートと下着姿のグラマラスな姿。その頭上で咲く大きな赤いチューリップ。
 「スーン・アウト・フュエル・オルソー・マイ・モーターサイクル、ハーレーもそろそろ燃料切ダワ。一度、タウンへ戻って、燃料をサプライ、補給しなければいけないワ」
 併走するジュディはそう仲間に伝えながら、ドワーフのダンブルを思い出していた。彼が赤いチューリップにとりつかれていたのは間違いない。隕石を探しに行ったドワーフは皆、囚われているのだ。
 撤退する者達は濃緑色の丘陵地帯を戻っていく。アンナが行きに辿った、村へは近寄らないコースだ。
 時折、パスツール地方の景色を流れていく赤いチューリップ。
 それらが来た時よりも数多く、色濃く見えるのは気のせいと思えなかった。