「マギ・ジスタン文化鑑定士試験」第2回(研修試験編)

ゲームマスター:夜神鉱刃

もくじ


●未来の研修試験@イースタ

●呉の研修試験@ノーザンランド

●ジュディの研修試験@ノーザンランド

●ビリーの研修試験@サウザンランド

●マニフィカの研修試験@マギ・ジス

●最終試験の合否


●未来の研修試験@イースタ

 春爛漫。淡くも切ない桜色の花びらが吹き乱れる中、イースタでは祭典日和だ。
 本日は、イースタ最大規模の同人即売会「東洋同人祭典(春祭り)」の晴れ舞台。
 通称、「東人祭」(とうじんさい)の日である。
 そして同時に、文化鑑定士試験の研修試験という最後の関門を潜る日でもある。

――どうせだったら、楽しみながらイースタのことを知ってもらいたいよね!

 同人文化が大好きな姫柳 未来(PC0023)はそんな志を胸に秘めて観光案内という名の最終試験に臨む。
 本日の彼女は魔法少女アニメのコスプレ姿で会場の人々を萌え殺している。
 ところで「東洋魔法少女プロジェクター」というアニメを諸兄姉はご存知であろうか。
 通称、「東法プロジェクター」の巫女ヒロインに未来がコスプレ中なのである。
 無論、清楚な巫女衣装に超ミニスカートという凄まじき萌え姿なのだ。

(ぬおお! 未来ちゃんの巫女スカートが桜吹雪の嵐と共に吹き飛びそうだぜ!)

 あろう事か、彼氏のトムロウ・モエギガオカ(NPC)は真っ赤な流血を鼻からロケット噴射してぶっ倒れそうだ。
 ちなみに本日の彼の衣装は著名なファンタジーRPG(テーブルトークRPGからネトゲのRPGまで勢揃い!)である「バウム・ファンタジー」の厳つい勇者姿である。

「トムロウ! 血が出ているけど、大丈夫? もうすぐ試験時間だけれど?」
「お、おう、未来ちゃん! な〜に、君の美しい勇姿に感動して鼻血を噴いたまでさ!」

 ともかく、本日の試験が間もなく始まる。
 未来とトムロウは萌え同人の観光案内会場へ胸を弾ませて急いだ。

「こちらにあるのは東方プロジェクターの萌え同人誌だよ! ほら、今日のわたしと同じ巫女衣装の子いるよね? この子は檸檬(れもん)って言ってね……」
 未来は超ミニスカの巫女衣装をひらひらとさせながら観客に解説をする。
 いや、ちょっと待て、檸檬って子の巫女衣装は超ミニスカートだっただろうか?
 むむ、おそらく、スカートの丈が長かったような気もするが……。
 会場の男子達はな〜んか楽しげに解説を聞いているので、ひとまず、良し!
(彼氏は少し複雑かも……)

「で、こちらにあるのが、東方プロジェクターのバトルシーンをメインに描いた同人誌の数々だぜ! ほら、今、未来ちゃ……いや、巫女衣装の子が解説してくれているだろう? そのコスプレ元になった檸檬ちゃんが本編にない悪の妖怪組織と戦う同人誌がコレでな……」
 未来が萌えを丹念に解説し、トムロウが燃えを豪快に解説する。
 流石にカップルなだけあり二人の観光案内は息がぴったりだ。

 試験は午前の部が終わり、午後に差し掛かろうとしていた。
 昼休みの休憩前に企業ブースの観光案内にも取り組むのだ。

「わお、今回のモエジマ電気の企業ブースはお得だね! 大人気パズルゲームの『うにうにMEGA』の体験プレイができるよ! 『うにうに』のパズゲーはわたしも得意だけれど、どうやら、今回はその新作が出るとのこと……」
「『うにうに』の体験プレイをしてくれた人にはオマケでウニスナックのミニパックを無料(限定品)で配っちゃうぜ!」
 未来が客の誘導を促し、トムロウが体験プレイを終えた客をもてなす。
 カップルのコンビプレイによってモエジマ電気の企業ブースは熱く盛況だ。
 やがて案内が終わると、店長のタクマおじさん(NPC)がにこやかに話し掛けて来た。
「いや〜、良い集客っぷりだったね? これ、おじさんからのお礼のウニサンドさ。休憩中にでも仲良く食べておくれな。それと、試験もがんばれ!」
 タクマおじさんからウニサンドのパックを受け取った未来は瞳が輝き涎も出そう。
 加工された新鮮なウニがたっぷり塗られた美味しそうなサンドである。
「タクマおじさんありがと! 大事に頂くね! 試験ももちがんばる!」

 午後の部に入ると、会場ステージは最後の仕上げとも言うべき熱狂場面に入る。
 華やかに現れたのは、魔法少女アニメの名作中の名作、『魔法少女レヴィ+』のヒロイン声優達だ。
 タイトルに『+』が付くが、これはシーズンが入れ替わった為である。
 今や、魔法少女レヴィは新時代へと突入し、本日はその祝典リサイタルの日でもある。
 ヒロイン声優達が萌えを振り撒いて自己紹介と歌唱を萌えに終えると、未来達の出番だ。
 未来は学院の広報部で鍛え上げたマイクを握ってのトークを繰り広げる。
「さ〜て、ここからは少し萌え産業の観光案内を入れちゃおう! 『魔法少女レヴィ』シリーズは伝統的な国民萌えアニメなので、小さい子からお年寄りまで楽しめるアニメとして今や全世界に愛されているよ! 『魔法少女レヴィ』が世界に与えた社会現象の大きさはイースタ大学の文化論でも研究されていてね……」
 未来の堅実な観光案内に彼氏がここでバトンタッチ。ちょっと難しい話の補足だ。
「おう、それだが、『魔法少女レヴィ』が経済に与えた影響も大きい事はご存知だろうか? イースタの古典経済学では『神の萌えざる手』という理論があってな、萌えの力により国の資本が富むという研究もあるんだ。昨今では萌え経済学の理論が社会政策にも応用されていてな……」
 鮮やかに萌え経済学の理論を解説する彼氏の凛々しい姿に未来は惚れ直す勢いだった。
(ふふ、さすが、わたしの彼氏だね……。こういうところは、ほんと、頼もしいよね!)

 さて、本日の研修試験は無事に終了した。
 未来とトムロウは最終試験に万全の態勢で臨んでベストを尽くした。
 やがて運命の合否通知の日、二人は……。
(下記「●最終試験の合否」に続く)

●呉の研修試験@ノーザンランド

 季節は常に真冬だが、温暖バリアで守られている当会場は仄かに暖冬だ。
 人々はチョコとアイスがふんだんに振る舞われる当祭典を和やかに楽しんでいる。
 ノーザン・チョコ&アイスフェスタの冬祭りは本日も大盛況である。

「さて、当フェスタ。何と言っても、まず昼の時間帯に祭りの目玉が目白押しだぜ。あちらに見えるのが雪合戦会場。子供達の熱いファイトの声が聞こえてくるだろう? で、熱いファイトと言えば、アイス各種のフードファイトなんかもあるんだぜ。中にはチョコファウンテンでチョコの大食い大会もあったりしてな……」

 真昼の祭典会場のど真ん中で呉 金虫(PC0101)が観光客の群衆相手に解説をしている。
 本日は、文化鑑定士試験の研修試験の晴れ日和である。
 でも、あれ? ノーザン・チョコ&アイスフェスタは2月14日頃にあるお祭りでは!?
 通常であれば、今の時期に当祭典は開催されていないはずだ。
 だが、当祭典の案内役を目指して文化鑑定士試験を受ける人も多いらしいとの事。
 試験委員会としては、希望者に対して当研修試験を特別に実施しているのだ。
 つまり、今回の試験に登場しているお祭りは試験用の「偽物」のお祭りとも言えよう。

 呉は観光客達を引率して移動しながら解説を加えていく。
「で、夜には会場のライトアップがあるんだが、これまた一段と綺麗で見ものだぜ。氷像彫刻展、氷の迷路、コンサートなんかは一日中開催されているが、ライトアップされた夜の時間帯に楽しむのもオツなもんだ。特にカップルにはお勧めだぜ。中でも花火大会は、大輪の花火が輝く瞬間にキスをしたカップルには永遠の愛が約束されるという伝説なんかもあるぐらいだ」
 そこで観光客に混ざっている試験官の合図により質問タイムの時間に突入した。
 呉が観光客に質問の為の挙手を促すと……。
「あ、あんたは!?」
「よお? ちゃんと案内やってるみてえだな?」
 よれよれの白衣姿の革命老人がギラりと笑う。
 ヴァイス(NPC)の突然の登場であるが、こういう誤差も織り込み済みで対応したい所である。
「おう、質問だがな? 酒は出ねえのか? こういう祭りの日にゃあ、ぱあーっと、酒でも飲みてえ。なあ、ガイド? 酒が飲める所を勧めろ?」
 呉はここで難解な科学議論が炸裂してしまうのかと冷や冷やと予測していたが……。
 まあ、これぐらいだったら軽く答えられる。ひとまず、冷や汗を拭いて冷静に回答する。
「そうだなあ……。酒広場ではこんな屋台がある……。例えば、チョコレートリキュールやアイスボンボン(中身はウィスキーやウォッカだ)なんか主力としてあるぜ。チョコアイスピザやアイスドッグとかもあるから、そんなのもつまみにどうかな?
 特にお勧めなのが、ウィスキー味の『ノーザン大福』だ。こいつは食通や酒通達すらも垂涎するという憧れの的のスイーツさ。で、『ノーザン大福』ってのはな、巨大なジョッキに地方特製のウィスキーが注がれ、その上に雪玉みたいなアイス大福が一気に5玉も盛られる逸品なんだ。大福の外がもっちもっち、中が冷え冷えのとろとろという絶妙な組み合わせだ。当祭典が誇る大人のパフェとしてこの界隈じゃあ有名な酒料理だし、お勧めだぜ!」
 呉による熱心な観光案内を拝聴するとヴァイスは思わずにやけて笑い出す。
 悪意はないが、あの呉が意外にも真面目に観光案内をしている姿に心を打たれたらしい。
「ありがとよ。後で寄ってみるか……」

 いよいよ当観光案内もクライマックスに突入。
 呉は観光客達を巨大な青空スケート広場周辺に集めると気合を入れて解説する。
「ふふ、今から俺が観光案内することはアイススケートの遊び方だと思ったって? いいや、違うさ。何を隠そう、『グレート・スノードラゴン』の召喚儀式だぜ! こいつは、実は当祭典でも4回に1回しかお披露目されない貴重な儀式でな。今回は研修試験という話なんで、特別にコレも観光案内に入っているのさ!」
 呉が広場内に控えているプロスケーター達に合図を送ると、彼らは銀盤を滑り出した。
 会場のバリアも暗色を演出して、躍動感のある音楽が緩やかに流れ出す。
『さあ、出でよ、グレート・スノードラゴン!!』
 呉がメガフォン越しからスケート広場に向けて大声で叫ぶ。
 銀盤では総勢25名ものフィギュアスケーターが華麗に滑走している。
 スケートライン上では華美で複雑な魔法陣の図式が完成していく。
 上空から飛行カメラが映し出す鮮やかな状況が巨大スクリーンに映し出されていた。
 観客は息を呑んで見守っている。
 やがて氷状の魔法陣が寸分の狂いなく完璧に完成すると召喚術式が発動した。

――ぐるるる……。きゃおおお!!

 ノーザンランドの冬の王者の一角であるあの『グレート・スノードラゴン』が降臨した。
 もっとも、竜は虚像であり、わずか一瞬ぐらいの時間しか姿を現わせない。
 それでも、まるで白亜の氷の城の様に強大な勇姿を見せつけんとばかりに咆哮する。
 観光客達が感動で絶句している姿を一瞥すると呉は勝利の笑みを浮かべた。
「んじゃ、会場の皆、竜に祈った後、拍手で送迎してやってくれな? なにせこの竜は、俺達に一年間の無病息災を授けてくれるんだぜ!」

 ともかく、「偽祭典」とは言え「本物の祭典」そっくりな研修試験が終了した。
 ヴァイスの応援もあった事だし、切望していた召喚儀式も問題なく解説出来た。
 呉はいつも以上に力を発揮出来た事だろう。
 やがて、呉の元に届いた合否通知の封筒を開けてみると……。
(下記「●最終試験の合否」に続く)

●ジュディの研修試験@ノーザンランド

 本日は、真冬の吹雪も綺麗に晴れ上がった観光日和だ。
 一方、観光の舞台となるのは雪中で既に朽ち果てたゴーストタウン。
 マギ・スノーバイクのエンジンを全力で吹かせる巨体の白人女性が先頭を切る。

「ヘイ、エブリバディ(皆さん)、イヨイヨ観光シーン突入デース! アー・ユー・レディ?(準備はいい?)」

 今回の文化鑑定士試験の観光案内役はジュディ・バーガー(PC0032)だ。
 魔導雪上車という雪道でも難なく走行するバスから観光客がぞろぞろと降りて来る。
 皆、防寒具を着ている上にジュディお手製の「エアコン・ステッカー」も装備済み。
 雪に閉ざされたゴーストタウンの崩れた標識には『旧魔石村』と描かれていた。

 一体、このゴーストタウンに何が待ち受けているのであろうか。
 実はここ、遺跡巡りとして人気が高い観光スポットである。
 巨大な雪密室とも言える厳しい自然環境から遺跡自体が地下に存在する。
 だが遺跡の一部が見学用に整備されており、ガイドがいれば安全面の配慮も行き届くとの事なので……。
「ハーイ、足元、頭上、ワッチアウト(気を付けて)デース! 遺跡内部にGOデスネ!」

 先頭のジュディに続く長蛇の列が遺跡を下って行くとこれまた寂れた採掘場に出くわす。
 どうやら廃鉱山の地下集落のようであるが、資源らしい資源は既に枯渇しているらしい。
 あっけない光景に首を傾げる観光客達に向かってガイドが解説を加える。
「ハイ、ココが『旧魔石村』遺跡デース。ムカーシ、ムカーシ、ノーザンランドにも魔石の産地があったデース。シカーシ、ビッグな繁栄を迎えた末、リソース(資源)カラカラ、衰退でバッドエンド、デース。サイゴは、ゴーストタウンと化したデースネ」
 ソウソウ、とガイドが豆知識を補足する。
「ココの魔石は、カノ有名な聖アスラ像ニモ使われた魔石と同じ魔石デース。コノ手の魔石の採掘場は、マギ・ジス森林部の『地底神坑道』にある洞窟も有名デスネ」

 どうやら遺跡はさらに最深部があるようだ。
 ガイドの行き届いた配慮もあって皆、怪我する事なく無事に遺跡を降りて行く。
 やがて巨大な地下集落に出ると、今度は蟻の巣状に中が広がっているようだ。
 一体、ここは……!?

「最盛期には3,000ピープル(人)をオーバーするノーザンドワーフ族が採掘に従事していたデース。採掘がエンドした坑道をワイドに活用シテ、ソノママ居住区として転用したデスネ」
 なるほど、それでここの地下集落はこんなにも広大で蟻の巣みたいな訳か。
 観光客達はふむふむと納得して頷きながらも興味津々で周囲を見渡す。
 おや? 何やらまた寂れて崩れた標識があるようだが、読めない……。

「オウ、コレはコウ、リード(読む)デース。トハ言いましてもジュディもリード(読め)できないノデ記録の伝承カラの知識デース。コチラはゲーノモス村で『地に住むもの』の意デース。アチラはエルトマネケン村で『土の小人』の意デスネ」

 ゲーノモスにエルトマネケン?
 一体、何語だろうか? 訝し気に思えた観光客から質問が出た。

「ノーザンドワーフ語デスネ。ツマリ、地の精霊であるノーム信仰とフカ〜イ関連性が伺えるデース。他ニモ、クエスチョンある方、挙手デース?」

 ジュディは、質問がないかと気を配ると一人の観光客が手を挙げた。
 きょろきょろと見渡していた挙動不審な男から質問が出た。
「その……。ノーザンドワーフ族は今、どこにいるのでしょうか? ゴーストタウンであると先程、説明がありましたが、もしかして隠れているのでは? あ、あと、おみやげに魔石を取って行っても良いでしょうか?」
 フウム、とジュディが唸った後にスマイルで答え返す。
「ナゼカ、彼ら、旧魔石村からGOしたデース。イゴ、ノーザンドワーフ族の消息は、アイ・ドント・ノウ(わかりません)。ナオ、現在デモ小規模な魔石の採掘は可能デース。デスガ資源の枯渇トイウ原因を疑問視するオピニオン(意見)もアルデスカラ、魔石のおみやげはノー、デスヨ?」

 なぜ、ノーザンドワーフ族は旧魔石村を去ったのだろうか?
 そしてその後、彼らはどうなってしまい、現在は何をしているのだろう?
 このような歴史の謎は、マギ・ジスタン世界における歴史学者達の論争の的である。
 さらに資源の方も環境問題としてノーザンランド大学で研究されているようだ。
 いずれにせよ今後の研究が待ち遠しい所である。

「サ〜テ、観光案内はコノ辺でグッバイ、デース! アフターは温泉タイム、デース! レッツ・ゴー・トゥ・ホワイトベア・オンセン!(シロクマ温泉に皆で行きましょう!)」

 遺跡の観光案内が終了して解散となると、一同はウィッチクラフト地区の温泉旅館シロクマで温まり寛ぐ予定だそうだ。北の魔女ドロシア(NPC)とももちろん了解が取れている。予約漏れによる人数オーバーの心配は無用だ。
 今宵、ジュディは温泉に浸かりながら冬の月見酒を呑んで疲れを癒すのであった。

 後日、ジュディの元へ一通の手紙が文化鑑定士試験委員会から届く。
 試験の出来には割と自信あり気なジュディであったが、合否通知開封は緊張の瞬間だ。
 彼女が通知を開封すると、そこには……。
(下記「●最終試験の合否」に続く)

●ビリーの研修試験@サウザンランド

 常夏の南国サウザンランド。
 そんな爽やかな夏のイメージに相応しく、とにかく海は綺麗で観光リゾートにも最適。
 今回の観光案内は、まさに地上の楽園とも言えようサウザンランドの穴場をご紹介。

 もっとも、今回登場する絶景は「海」ではなく「熱帯雨林地帯」。
 しかも「陸」からではなく、なんと「空」からである。

『ほな、そろそろ現地の滝に着くで! 飛空艇から間違って飛び降りないように気いつけてな!』
 先頭に立つガイドは「空荷の宝船」を操縦するビリー・クェンデス(PC0096)である。
 もっともこの船は彼ひとり乗りであり後続には飛空艇が続いている。
 飛空艇からビリーの声が伝導で流れているのである。
「熱帯雨林の光景もそろそろ飽きてきたよね? もうすぐしたら壮大な滝が見れるよ?」
 本日の観光案内には、冒険大好きなシルフィー隊長(NPC)もお供している。
 ビリーの補佐とでも言った所だろうか、彼女は飛空艇内から観光客を案内している。
 飛空艇内中央にある大きなテーブルにはビリー差し入れのお菓子(BY小槌)が山盛りだ。

 さて、今回の観光案内はあの奇跡の閉鎖型生態系『ロストワールド』だ。
 アクセス条件が悪過ぎる為に学術目的以外の一般観光客には珍しいスポットである。
 密猟に類する処罰は厳格である一方、特別自然保護区への立ち入り許可は比較的容易である。
 ただし公的サポートは皆無な上に完全な自己責任でもある。
 だからこそ文化鑑定士ライセンスを持つガイドが安全の為に同行するのだ。

 さあ、険しいジャングルの上空飛行もいよいよ奥地に差し掛かると謎の台地が姿を現す。
 ほぼ垂直に切り立った巨大なテーブルマウンテン(卓状台地)が点在して見えて来た!?
 先頭を切るビリーが「いよいよやで」と張り切りマイクに向かって話し出す。
『ほな、飛空艇から見下ろしてみるのはどうやろ? あそこにある大きなテーブルマウンテン見えるやろか? あれはな、世界最大の落差を持つ瀑布『堕天使(フォーリンエンジェル)の大滝』っつう名称でな、世界的にも有名やで』
 ガイドの声が飛空艇内で響き渡ると観光客は思わず歓声を上げる。
 そう、これが見たかった。一生に一度だけでも。
 神秘的かつ壮大な滝が卓状台地から流れ出るその様はまさに疾風怒濤の絶景だ。

『せや、もう少し近づこうかいな? あの辺に大きな穴が見えるかいな? そう、あの穴やで……』

 遠くから目を凝らしてよく見てみよう。よくわからない人は双眼鏡を使おう。
『堕天使(フォーリンエンジェル)の大滝』の一角にぽっかりと空いた穴が見えないだろうか?
 ガイドの熱意ある解説が続く。
『あの大穴の底はな、近年、生物学的な大発見があったんやで。直径が3kmを越える穴の底にはな、外部から隔絶され、独自の進化を遂げた奇妙な生態系が成立していたねん。でな、偶然にもこれを発見した異世界人の探検家は『ロストワールド』と命名したんやで』
 飛空艇内で伝導するガイドの声にシルフィーが補足する。
「うん、これはね、学術的に貴重だよね? だからここら一帯は周辺のテーブルマウンテンも含め、特別自然保護区に指定されたんだよ」
 なるほど、と観光客達は知的好奇心を満たされて楽し気に聞いていた。

 流石に上空からという事もあり、台地の大滝や大穴への道のりは険しく近寄り難い。
 そんな大自然の荘厳さを上空から眺めていた一同はとある事に注意を奪われる。
 あれ? 交通すら険しいはずの大滝に人影が……!?

『ああ、あれかいな? あれは人ではなく魔物の類やで。ここらの生物相は爬虫類と昆虫類で構成されていて、哺乳類と鳥類が全く存在しないねん。爬虫類から進化した狩猟民ドラゴニュートと昆虫類から進化した農耕民ミュルミドンが、小さな原始的共同社会を築いているみたいやで。彼等の文化に金銭という概念はなく、食糧も道具も基本的に共有財産であると言われているねん』
 飛空艇内に響くガイドの解説を聞くと小さな女の子が手を挙げた。
 どうやらビリーに質問があるらしく、シルフィーがマイクで繋いであげた。
「あのね? 竜さんと虫さんには会えるの?」
 質問が先頭のビリーまで到達すると、座敷童子はふと考える。
 この子の願いは叶えてあげたいが、先方にも都合というものはあるだろうから……。
『訪問者は……つまり、彼等に会ってお話するとなるとな、カルチャーギャップに関する注意が必要やで。せやな、んなら、物々交換でもしようかい? ボクの小槌でお菓子出すんで、それと交換できるか聞いてみるかいな?』

 ビリーは彼の空船に女の子を乗せ、二人で「竜さん」と「虫さん」に会いに行く。
 ちょうど彼らは緩い滝の上層を散歩中だったので、少々濡れてしまうが接近は出来た。
「よお、すまん。元気にしとん? よかったらボクらと物々交換せえへん?」
「はい、お菓子です!」
 ビリーが交渉に臨み、女の子がスナック菓子を差し出す。
 すると、「竜さん」がスナックを恐る恐る受け取って、「虫さん」が花の蜜をこっそりとくれた。
「わあ、すごい! ありがとう!」
「あんさん、花の蜜ええな〜? ほな、ドラゴニュートもミュルミドンもおおきにな!」

 上空の観光案内は案の定大変だったが、特別自然保護区から皆で無事に生還する事が出来た。
 シルフィーの同行援助や観光客達の協力的な態度もあったお陰で研修は無事に終了。
 後日、ビリーとシルフィーの元に届いた合否通知を研究所内で同時に開封する事にした。
 最終的に二人の努力の結果は報われたのであろうか……。
(下記「●最終試験の合否」に続く)

●マニフィカの研修試験@マギ・ジス

 今回の研修試験を申請する上で一番苦労したのはマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)だったかもしれない。
 何しろ、彼女が申請した場所は難所中の難所とも言えるあの『迷宮図書館』だからだ。

(わたくしは司書の資格を有していますが、過去に何度も門前払いをされていますわ。それでも熱心に通い続け、ようやく入館を許された経緯もありましたわね。ですが、未だに希少本の閲覧を却下されるケースも多いですわ。そして今回の試験。さて、どうしたものでしょうか……?)

 実は今回、一度は試験委員会から申請の差し戻しが来ていた。
 マニフィカは担当教員のウォルター教授(NPC)同行の元、試験委員会相手に直談判となった。
「いや、ですから、マニフィカさん? そもそも一般人の観光を許可する事が大変難しい難所でありましてな。私共試験委員会としましては、無謀な申請のようにも思えましてね……」
 それでもマニフィカは自分の信じる司書としての正義の為に交渉に強い決意で臨む。
「仰る通り、無謀な試みかもしれませんわね。ですが、ですからこそ、『迷宮図書館』は一般人に向けて観光案内したいのですわ。マギ・ジスの憲法でも一般人には『知る権利』もあれば、書籍の焚書や災害の歴史は『表現の自由』の歴史そのものですわ」
「マニフィカさんとは風紀委員会でもよく一緒になりますが、とても熱心な学生さんでね。どうか、私の方からもお願いできないかと。きっと彼女の観光案内はこれからの文化鑑定士試験にとっても必要な試みになると思えますよ?」
 マニフィカの誠実な熱意とウォルターの温かな擁護に押されたのだろうか。
 最後は試験委員会も納得して申請を許可したのであった。

 時と場所が変わり、ここはマギ・ジスの静謐な森林部に佇む古代建築の図書館。
 国立中央博物館に付属する学術書籍保管部ジグラート分館が正式名称。
 別名の『迷宮図書館』という呼称が一般的には有名だろう。
 そんな古代図書館の書架の一角で司書姿のマニフィカが観光案内を丁寧に解説していた。
「かつて災害や戦火によって知識や文献が失われることを憂いた賢人達が、貴重な書物を安全に保管する場所を望んだことが設立の発端と言われていますわ。宗教戦争や対科学戦争という二度の大戦時には、各地の神殿や大学から避難してくる文書類が急増しました。結果的にマギ・ジスタン世界でも最大規模の蔵書数を誇る巨大図書館の一館へと成長したのですわ」

 マニフィカが解説に熱弁を振るっている最中、ちょこまかとゴーレムやオートマタが機動している。どうやら書架の仕分け、床や窓の掃除、返却本の整理等で多忙な様だ。その様子を気にしていた老婆が挙手して質問する。
「ここには人間があまりいないのかい?」
 マニフィカが穏やかな笑顔で回答する。
「生身の司書は数人程度らしいですわ。職員の大半はゴーレムやオートマタ等の使い魔で構成とのことですわね。高齢化の弊害と後継者不足の問題とも言われていますわ。さらにその影響でしょうか。館長代理を自称する司書らしき複数の人物が確認されていますわね」
 これには「自称館長代理」が咳払いをして、一同に微かな笑いが零れた。

 著名な古代図書が多数収められている書架の数台を詳細に解説し、次は禁書室へ移る。
 当図書館は無数の禁書を所蔵する事からも閉架式システムが採用されているのだ。
 入退室には魔術セキュリティによる入念な管理がされている。
「当図書館には開かずの間と呼ばれる書庫は多く、忘れ去られた隠し書庫の存在が囁かれる程ですわ。例えば、今、皆様がいらっしゃいます当禁書室こそがその一室ですわね。手前の魔法陣に収められている古代書籍は爆発系黒魔術の奥義書と言われております。さらに、一部の区画はダンジョン化しているという噂があるものの詳細は不明ですわ。観光案内では立入禁止ということですので、どうぞよろしくお願いいたします」
 観光客は固唾を呑んで禁書目録クラスの黒魔術書を遠目で眺めている。
 解説によると爆発する恐れもあるとの事で閲覧には細心の注意を払った。
 禁書室の見学が終わると、今度は政治思想書の禁書本の書架へ移る。

「当図書館は、政治や宗教に加えて、如何なる思想信条からも完全な中立を標榜していますわ。そういう訳でして、浮世離れした超然主義から部外者に門を閉ざすことも多いそうですわね。こうしたスタンスは一般にも知れ渡っておりますので、俗に『偏屈』や『変わり者』の代名詞に使われることもありますわ……」
 マニフィカの博学な解説を細かく採点していた試験監督が結論を催促してきた。
「では、最後にまとめの一言を下さい」
 さて、これにはマニフィカ、どう答えるのか?
「当図書館の観光ツアーはいかがでしたでしょうか? わたくしは書物を護る司書として、そしてこれからは文化鑑定士として、引き続き皆様と共に『表現の自由』を護りたいと強く願いますわ。図書館という知性の場が戦争や災害などの禍根に負けませんように」

 最初に申請が差し戻されて直談判になった頃、マニフィカは少なからず焦燥した事であっただろう。
 だが難所中の難所である『迷宮図書館』という最終関門を知性と弁論の力で切り抜ける事が出来たようだ。
 どうやら審査が通常よりも厳しめだったが、試験委員会から届いた通知に「合格」の二文字は刻まれていたのだろうか?
 後日、合否通知の封書を開封したマニフィカの命運は……。
(下記「●最終試験の合否」に続く)

●最終試験の合否

 未来とトムロウが、呉が、ジュディが、ビリーとシルフィーが、マニフィカが、それぞれの合否通知を開封すると……。
 通知には以下のメッセージが同封されていた。

***

 合格です。
 おめでとうございます。
 マギ・ジスタン文化鑑定士としての今後のご活動を応援しております。

 了