ノーザン・チョコ&アイスフェスタ

ゲームマスター:夜神鉱刃

もくじ


●アンナのフェスタ

●萬智禽とアイスのフェスタ

●ジュディとスノウのフェスタ

●マニフィカとバトン兄妹のフェスタ

●呉とエリスのフェスタ

●未来とトムロウのフェスタ



●アンナのフェスタ

 真冬の冷たい朝空が澄んでいるノーザン・チョコ&アイスフェスタは既に千客万来だ。
 氷の彫像展示会を見学しているアンナ・ラクシミリア(PC0046)にはどれも驚きばかり。
 芸術的に美麗な神や魔物やらの氷像が展示されている様には息を呑んで観覧していた。
「ふふ、噂に聞いていたノーザンランドの氷像展示物は流石ですわね。特にレヴィゼル神は教徒ではないわたくしですら気迫を肌で感じる程でしたわ。魔物の方も温泉地区付近で以前に戦った事がある熊やら精やらの精細な氷像でしたわね」
 色々と面白い物も多いが、アンナは子ども向け展示会に足を運んだ時、思わず声を上げる。
「あら! 嘘!? まさか昔のわたくし!?」
 目を丸くしたアンナが観ている目と鼻の先にある物は、ヒーローショーの氷像展示会だ。
 まるでアンナみたいな戦闘美少女とアーマードピジョンで働いていた頃に戦ったような怪人が格闘している氷像もあるではないか。
「うふふ!? レッドクロスを思い出しますわね? 子どもが多いですわ。形だけでも変身してみようかしら?」
 アンナよ、ここで変身してしまうのか!?

 子ども達の期待に応えて軽くヒーローショーをしてしまったアンナ。
 さて、お腹の虫が騒ぐのでそろそろお昼ご飯の時間かもしれない。
「アイスクレープいりませんか〜!? アイスハウスからそのまま食べられますよ〜?」
 アンナがアイスハウス前まで歩いて来ると係員がクレープを配布していた。
 どうやら試食らしく無料で頂けるのでアンナもお一つ頂いてみる。
「あら? もちもちクレープに包まれているのは苺アイスですわね? これまたとろとろあまあまですわ〜!?」
 感動して完食したアンナは気になるアイスハウスを目で追ってみた。
 おや? アイスハウスの一軒はアイスクレープだらけで建造されているではないか!?
 正に文字通りのアイスクレープの家である。
「お持ち帰りいかがですか〜!? 旅の思い出にアイスクレープを〜?」
 どうやら売店ではあのアイスハウスを崩した上、クレープをボックスで販売しているようだ。
(そうですわね? 風紀達も会場に来ていますし差し入れでもしようかしら?)
「店員の方? クレープボックス一箱頂けるかしら?」
「まいどあり〜」

 フェスタの中央部には巨大な風紀ブースが存在感を示している。
 もっともここのブースは聖アスラ学院の風紀ではなく当フェスタの風紀だ。
 飽くまでスノウ委員長(NPC)達はボランティアで参加しているに過ぎない。
「スノウ? いるかしら?」
 アンナの来客に対応してくれたのはウォルター顧問(NPC)だった。
 ウォルターは席に待機しながらボトルをぐびぐびと飲んでいた。
「おや? アンナさんじゃないですか? よく来ましたね? ああ、スノウさんね? スノウさんは今、見回りに行っているのでいませんよ?」
 残念。でもこの事をアンナは事前に何となく予感していた。あの仕事一筋のスノウ委員長が暇なはずがないからだ。
「いえ、大した用ではありませんわ。実はですね、風紀に差し入れをと思ってこれを……」
「おお! これは、アイスクレープのボックスではあーりませんかー!?」
 ボックスを受け取ったウォルターは立ち上がり、大人気なく大はしゃぎだ。
 何の騒ぎかと風紀モブ達も現れて、皆でアイスクレープを分け合った。
「いやあ、本当にすみません、アンナさん! ごちそうになります!」
「いえいえ。大した物ではありませんわ。ところで先生? 職務中に飲酒は厳禁ですわ?」
 ウォルターはクレープを大口で齧りつつボトルをぐびぐびと飲み干した。
「え? 飲酒? やだなあ? これ、ノンアルコール・ウィスキーですよ? 無論、現在は職務中です! お酒を飲む訳がありません!」
(え、ノンアルならば……? ですがノンアルには1%に満たないアルコールが入っていましたわね? まあ、後でスノウに説教して貰えば良い事ですわ……)
 一礼して去ろうとするアンナに風紀顧問がいやらしく語り掛ける。
「ふふ。アンナさんもぼっちですか? ははは、私もですよ! いやあ、私らお友達ですなあ? お互いにぼっち同士、頑張りましょうね!」
「は? ぼっちですって!? 失礼ですわね! いい年して独身で飲んだくれのあなたと一緒にしないで頂きたいですわ!」
 ぷりぷりとタコのように激怒したアンナは走り去って行ってしまった。

 夕刻が迫ると広場のコンサート会場からは優雅なクラシック音楽が流れる。
 アンナは芳醇なホットチョコを啜りながら暖を取っていた。

――アヴェ♪ アヴェ、マリ〜ア♪
――アヴェ〜♪ マ〜リ〜ア〜♪
――♪〜〜〜

「あら? この曲は懐かしいですわね」
 楽団が演奏している曲名はバッハの『アヴェマリア』だ。
(この曲はマギ・ジスタン世界の曲ではなくて異世界の名曲ですわ。最後に聴いたのは異世界のフランスにいた頃ですわね? ヨーロッパの冬祭りにはバッハの宗教音楽が厳粛に奏でられたりするのでしたわね……)
 そんな故郷の古典音楽を回顧しつつ、アンナのフェスタは静かに終わるのであった。

●萬智禽とアイスのフェスタ

 祭りが喧騒に包まれる真昼頃に会場へ現れたのは萬智禽・サンチェック(PC0097)だ。
 何やら……アイスのフードファイト大会がこれから始まろうとしているらしい。

「おお。なんと!? アイスとチョコの早食い大会と大食い大会が合体した『早食い大食い大会』であるか? 無論、参加するのである! ほう、お題目は『チョコミントアイス』を沢山かつ早く食べる事とは……!」
 実は何を隠そう目玉の魔物さん、チョコミントアイスには文字通り目がないのである。
 迷いなくエントリーに志願し、参加費を支払って、決戦に赴いた。

――レディ〜・セット・フード・ファイッ!!

 レフェリーが気合を入れて勝負開始を告げる。
 総勢百名近くのフードファイター達がバケツに盛られたチョコミントアイスに向かって一心不乱にがっつくのだ!
「むおおおおお! 負けるものか、なのだー!! うががが、がつがつ、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐちゃ……!!」
(このシーハーしたハッカの味にチョコの甘さがつ〜んと来る快感が止められないからいくらでもイケるのだあああ!!)
 凄まじい勢いで群を抜くのはエントリー番号1番の萬智禽選手だ。
 彼の人物は魔物の図体に鋭利な牙、そしてチョコミントアイスに対する偏愛が武器だ。開始早々、他者の追随を許さない猛攻を見せつけている。もはや他の選手の誰もが敗北を肌で感じ取っていた。
(ふはは! ゴールまであと一息なのだ! 私がぶっちぎりの1位なのだー!!)
 勝負は最後まで何があるかわからないからこそ面白い。
 土壇場でアクシデントが発生した!
「うがああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
 エントリー番号1番の萬智禽選手がまさかのノックアウト!
『アイスクリーム・ヘッドエイク(アイスクリーム頭痛)』の強襲はまさに悪夢だ。
 剥き出しの巨大目玉体質が災いしてか、鋭敏な痛覚を全身で味わうのだった。
(しまった……私としたことが! かつてイベントで宇治金時かき氷を食べた時にその恐ろしさを知っていたはずなのに!)
 さて、彼が現世にカムバックを果たした頃には既にビリが確定してしまったが……。
「……それでも私は……頑張るのである!」
 不屈の闘士を燃やした巨大目玉は負傷しつつもチョコミントアイスを完食したのだ!
 順位はビリだったが会場は沸いた。
『いいぞー! 目玉! ナイス・ファイト!』
『目玉さーん! いい勝負を見せてくれてありがとー!』
『目玉、お前はサイコーだあああ!!』
「ははは……。ビリだったが、こういう終わり方も悪くないのだな?」

 ビリで敗退したものの、エントリー番号1番の萬智禽選手には努力賞が出た。
「こここ、これは……!! マギ・ジスでは既に生産停止になっている……かの伝説の『クリゴ ジャイアントガブリゴ パンダ』ではないであるか!!」
 正しくその現物だ。どでかいコーンに大盛りのパンダ顔のアイスが盛られた逸品。
 決め手は特製ホワイトチョコに込められた匠の技だ。
 萬智禽は授賞式で有難く努力賞を頂戴すると拍手喝采を受けて大会を後にした。
「いやはや、早速食べるのだ。何? 今、チョコミントアイスを食べたばかりだと? ふはは、クリゴ ジャイアントガブリゴ パンダは別腹なのだよ」
 萬智禽は休憩所広場まで浮遊して行くと即座に席を取った。
「さて、頂こう」
 念力で持ち上げて〜!
「ぐしゃり、ぐしゃ、ぐちゃ、ぐしゃぐしゃ、ぐちゃあああ――」
 一瞬で景品を平らげてしまったのだ。最後はお約束の頭痛がきーん♪
「ぷはー! この為に生きているのだー! キンキンに冷えているガブリゴ パンダは体温でホワイトチョコが溶けないから美味しいのである」
 勝利の味(?)を満喫した巨大目玉はさらなるアイスのお代わりを目指して旅立つのであった。
 それにしてもノーザンランドは彼にとって天国ではないか。
 なぜかクリゴ ジャイアントガブリゴ パンダの屋台がとある広場一帯を支配していた。

 夕刻が近くなると屋台前の酒広場が活性化する。
 萬智禽は美酒を求めてふらふらと浮きながら酒場に引き寄せられたという。
「ノーザンランドの祭りのシメはこれに限るのだな?」
 今、彼のテーブル前で盛られているのは、ノーザン大福のウィスキー味である。
 巨大なジョッキに地方特製のウィスキーが注がれ、その上に雪玉みたいなアイスが乗る。
 雪玉は外がもっちもっち、中が冷え冷えのとろとろという……。
 イースタ由来に言えば「大福」のアイスなのだ。
 乗っているアイスは一つとは限らない。まるまるとした雪玉が一玉、二玉、……いや、五玉?
 これは大人のパフェとも称せるメニューである。ウィスキーとアイスの合わせ技が絶妙なのだ。
「それでは……。お一人様のハッピー・バレンタインを祝うのである」
 もちろん最後は……。
「ぐしゃり、ぐちゃり、ぐちゃぐちゃ、ざく、ざく、ぐしゃあああ、ごごごご……!!」
 シメも豪快に終えた萬智禽の美味しいフェスタであった。
 でもやっぱり最後まで頭痛がきーん♪

●ジュディとスノウのフェスタ

 事の始まりは風紀委員会会議でのスノウ委員長による提言だった。
「今年は私達、風紀委員会もノーザンランド・バレンタイン地方のチョコ&アイスフェスタに参加する運びとなりました。私達は会場の手伝いをします。私達は風紀委員会ですので、お祭りでも風紀委員会枠で参加します」
 風紀委員達がざわめく中、風紀助っ人のジュディ・バーガー(PC0032)は感心して聴いていた。
(ワザワザ学院外で社会奉仕に努めるのデスカ!? スノウは生真面目プラス、キチンと一本芯トオルなスタンスデース! ナイス・デスネ!)
 騒めいているのは学生達だけではない。あろう事か風紀顧問のウォルターまで叫び出す。
「な、なんで、せっかくの学外のお祭りでも風紀委員会なんてするのですかー!?」
 ジュディはこのやり取りも微笑ましく眺めていた。
(世の狡いアダルトは、モットモらしい理由をエックスキューズ(言い訳)に面倒を避けるデース! シカーシ、愚痴りナガラもスノウ達に付き合うプロフェッサー・ウォルターはGOODなアダルトデース!)
 ジュディはふと、過去を回想してしみじみとした。
 聖アスラ像首切り事件をやらかした頃に比べたらウォルターは成長したものだ、と。
 あれ? ウォルターの方が年上だが……まあ、GOOD、としよう。
 さて、祭りの具体的な話題に移る所でジュディは元気良く挙手する。
「オーライ! ジュディも当日はマジ・ヘルプするデース! 風紀委員会、ノーザンランドのフェスタでもバッチコーイ、デース!」
 ジュディ先生という強力な援軍も加わりスノウ委員長の表情がますます輝いた。

 そして当日……。
 聖アスラ学院風紀委員会のフェスタでの役割は警備になった。
 有志で参加した学院の風紀達はシフトを組んでペアとなり会場警備に取り組むようだ。
「ヘーイ、スノウ? フェスタはアンガイ、コールドないデスネ?」
「暖房バリアが掛かっているからでしょうね。それに何と言ってもジュディさんのコレもありますから?」
 スノウの冬衣装の右腕には風紀タスキが巻かれ、とあるステッカーも貼られてあった。
 コレはジュディが風紀用として仕入れてくれた『エアコン・ステッカー(空調貼紙)』という代物なのだ。ちなみに発案者はジュディ自身である。
「イエ―ス! コレさえペタリ貼るダケデ、コールド・ウィンターもホット・サマーも楽勝デース!! エアコン・オールウェイズ(常に)・快適デース!」
 警備ペアのジュディとスノウは戦場となった会場の風紀を正しに出発するのであった。

 ハレとケという言葉もあるように祭りに乱れは付き物だ。
「ヘイ、ユー達? 屋台はキチリと並ぶデース!」
「はい、そこ! 整列! 最後尾の人もだらけないで並んで!」
 屋台広場が何と混雑して列が乱れている事だろう。
 ジュディとスノウが乱列による事故を未然に防ぐべく注意喚起に奮闘する。

「オウ! アー・ユー・オーケー?(大丈夫?) ネーム(名前)、わかりマース?」
 ジュディは泣いている小さな女の子の前にしゃがんで優しく声を掛けた。
 おそらく彼女は迷子で不安だから号泣していたのだろう。
「ねえ、おばあさん? そんなにアイスボックスを抱えて大丈夫かしら? 私が持ちましょうか?」
 スノウの方は巨大ボックスを担いで歩く老婆にきりりと声を掛ける。
 老婆はスノウに礼を述べた後、荷物を駐車場まで運んで貰えるようにお願いした。
「ジュディさん、そっちはお願いできるかしら? お互いに片付いたら一度、風紀ブースで合流しましょうか?」
「ラジャ。このキッド、ヒトマズ迷子のアナウンスまで連れて行くデース!」

 その後も風紀の激闘は続く。
「こら! あなた達、公然の場で不純異性交遊とは何たる不道徳なのかしら! 適切な距離を取って離れなさいよ!」
 激怒したスノウが広場で迷惑な程いちゃついているカップルを引き離して叱責する。
「オウ、ノー! ユー達、フェスタでは、ノー・パンチ、ノー・ファイト!!」
 大慌てのジュディは、殴り合いを始める若い野郎達の間に入り仲裁を呼び掛けた。
 カップルの方はスノウのお陰で公序良俗が守られた。
 ケンカの方はジュディのお陰で社会秩序が保たれた。

 やがて休憩の時間になると二人は食事をする事にした。
 風紀ブースの付近でチョコアイスピザを販売している屋台が視界に入る。
「ヘイ、スノウ? ピザ、レッツ・イート?(食べません?)」
「いいえ。この後も風紀の仕事は続きます。私はマギ・ジスメイトでも食べますから……」
 スノウが栄養食を取り出そうとするとジュディが舌を鳴らして制止した。
「アノネ、スノウ? イベント、楽しみマショウ? アマリ根を詰めルト、カエッテ効率が落ちるデース。屋台のピザは気分転換のチャンス、デスネ!?」
 スノウも流石のジュディには敵わないのだろう。
 ジャイアント・アメリカン・レディに手を引かれてピザ屋台へ突撃する事にした。

「ワオ! デリシャス、ネ! ホットなピザパンの上にコールドなチョコとアイスのトッピング!?」
「あら? 意外と美味しいですね! お代わりないかしら?」
 ピザはボックスで注文したはずだ。
 それもジュディが五箱でスノウが一箱。
 あろう事かスノウは一箱のピザを一瞬で平らげてしまったのだ。
「オウ? ユー、意外とイート、シマース? お腹、オッケー?」
「あら? これぐらい普通ですよ? ジュディさんの箱も余っているなら頂いていいかしら?」
 ジュディはスノウに一箱を譲り渡すと大笑いした。
「HAHAHA! ユー、やるジャン! フードファイター・デース!」
「え? 私がフードファイター?」
 ジュディはピザをぺろりと食しながらも笑顔で会話を続ける。
「本日のアフター、コーテス(NPC)とフードファイト予定立ててたデース! デスガ、予定チェンジデース! ヘイ、スノウ! ファイトするネ!?」
「へ? フードファイトですって? まあ、いいですよ? 仕事が終わった後でしたら」

 本日の最大の収穫は、ジュディがスノウの意外な一面を発見した事ではないだろうか。
 もっとも、スノウといえども流石にジュディの胃袋を完封する事は難しかったようだ。

●マニフィカとバトン兄妹のフェスタ

 緩やかな子ども向けポップスが流れる中、氷像展示会子ども広場は賑わっていた。
 真っ赤な防寒具に包まれた小さな女の子をそのお姉さんとお兄さんが追い駆ける。
「こらこら? ジェニーちゃん(NPC)? あまり遠くへ行ってはいけませんわよ?」
「おいジェニー? ここは家とは違うからな? 迷惑はかけてくれるなよ?」
 ジェニーに優しく呼び掛けた「お姉さん」はマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)だ。
「お兄さん」の方はジェニーの実兄であるティム・バトン(NPC)である。
 今日は三人で揃ってノーザン・チョコ&アイスフェスタへ旅行に来ているのだ。
「極寒のノーザンランドと聞いていましたが、お祭り会場は思ったよりも暖かですわね? 暖房バリアが効いているからでしょうか?」
 マニフィカが隣でジェニーを捕まえているティムに向かってにこやかに話し掛ける。
「それもあるでしょうけれど。何といっても、マニフィカさんが僕達に買ってくれたこの防寒具があれば身も心も寒い事なんてありません!」
 実はこの三人、今日はお揃いのペアではなくトリプルルックなのだ。
 マニフィカがデパートで購入した真っ赤な防寒具のセットを三人で身に着けているのである。
「いえいえ。たまには三人でお揃いの服でも着て歩いてみたかったのですわ」
 改めてお礼を言われると人魚姫も頬を朱色に染めた。
 マニフィカは両手で子ども二人の手を繋ぎながら展示会を巡りつつもふと思う。
(「お姉ちゃん」……というのも良きものですわね。わたくしは、ネプチュニア連邦王国の第9王女として生まれ、末っ子として大勢の兄や姉に可愛がられて育ちましたわ。いつからでしょうか、『お姉ちゃんになりたい』願望を抱くようになったのは。ええ、きっと、バトン兄妹の夢を見守りたい……と思うようになってからでしょうね。
 それにしてもこのお二人、わたくしと生まれも育ちも真逆ですので、その辺は気を付けてあげないといけませんわね。いくらわたくしがお姫様育ちでもスラムの生活が厳しいことは知っています。しかしそれは伝聞の知識であって、本当の意味では理解してないのかもしれません。だからこそ、善意の押しつけは避けるべきですわ。
 そうでしたら……今日というお祭りで『楽しい思い出』をティム兄妹と共に作ることができればいかがでしょうか? 多少理屈っぽいですが、お二人の幸せを願うわたくしの気持ちに偽りはありませんもの!)

 やがて昼食時になり三人は屋台で食事を買って食べる事にした。
「皆さん? 何をお食べになられますか?」
 マニフィカの問いに子ども二人は声を合わせて満面の笑みで答える。
「ホットドッグですね!」
「ホットドッグがいいー」
 ふふ、とこれには流石の人魚姫も笑ってしまった。
 兄妹の夢がワスプから独立してホットドッグスタンドを作る事だと知っているからだ。
 もちろんリクエストを否定する訳もなく、三人で仲良くお祭りのホットドッグを購入。
 皆で立ち席で立ち食いをしながら、はふはふ、と熱いホットドッグを平らげる。
「ううむ? 美味しいけれど……悪くはない程度かな。もうひと捻り欲しいところですね」
「ですね」
 この兄妹はホットドッグを研究するあまり、ついには評論家風情になっていた。
 マニフィカもそれを確かめるべく、お上品に気を配りながら食した。
「あら? 本当ですわね? ティム君の作るホットドッグに比べましたら……味のインパクトが薄いですわね?」
 兄妹の成長に舌を巻く人魚姫であった。
 そこでマニフィカは本日のお祭り活動で何をするべきかが鮮やかに閃いたのだ。
「でしたら……! 今日は皆でお祭り屋台を回りませんか? 色々と将来の為のお勉強になるかと思いますわよ。費用はわたくしが負担しますので遠慮なくお食べなさいな」
 人魚姫の太っ腹に兄妹が諸手を挙げて大喜びだ。
「わーい!? って、いいのですか、マニフィカさん!?」
「ごしょうばんにあずかります!」

 さて、三人が向かった次のホットドッグスタンドは……。
「あら!? アイスドッグにチョコドッグですって!?」
 不思議さに驚くマニフィカに対してティムが冷静に解説を加える。
「アイスドッグとは……。アイスの入ったホットドッグですね。ですが、ホットドッグの肉の部分はありません。代わりにアイスの棒を肉に見立てて入れています。チョコドッグの方はチョコの入ったホットドッグですね。こちらの方も同じく、肉はなくて、代わりにチョコの棒が入っているんですよ。どうでしょう、マニフィカさん? 食べてみませんか?」
「たべたーい!」
 ティムにそう習い、ジェニーに急かされ、マニフィカは即座に屋台に注文した。
 そしてまた立ち席にて、三人で改めて試食会が始まる……。
「むう? これは……! なんという完成されたバニラアイスですか! チョコも……ノーザンランドの本場の味がします!」
「むう? これは……すごい!」
 バトン兄妹が驚愕の表情で感動しているのを見て人魚姫も慌てずにはいられなかった。
 どちらもそっと、気を付けながら、口に入れてみると……。
「あら!? 普通のホットドッグとはまた違った趣で美味しいですわね?」
 止まらなくなった人魚姫はジュディの如くぺろりと完食してしまった。
 食べ終えた直後、互いに目が合った三人は思わず大笑いしてしまったのである。

 本日のフェスタ後半からは屋台巡りの研究で一日が終わった。
 やがて撤収の時間の頃になるとティム兄妹はぐったり疲れて歩くのもしんどいらしい。
「それ! 運びますわよ! お二人共、ホテルまで頑張って下さいませんか!」
 大女のマニフィカは身体の右側でジェニーを抱えて左側でティムを抱えた。
「わわ! マニフィカさん! 止めて下さい! 僕、子どもじゃないですよ!」
「きゃはは! おもしろい!」
 焦って喚くティムに面白がってはしゃぐジェニー……。
 そんな二人を抱えたマニフィカは宿泊先のリゾート温泉ホテルまで歩みを進めた。
 実はこのホテル、ティムがワスプの福利厚生で予約を取ってくれたのである。
(ティム君も出世したものですわね)
 暴れる兄妹を抱えながらも小さく笑うマニフィカお姉さんであった。

●呉とエリスのフェスタ

「魔導にそびえる〜♪ 白金の城〜♪ 巨大♪ ロボット♪ マギンジス・ゼット〜♪」
 楽しそうにロボットアニメのテーマ曲を歌いながら氷像を造っているのは呉 金虫(PC0101)である。
 本日は早朝から、氷の彫刻展示会の自作展コーナーの一角を借りて黙々と作業している。
 一体、彼は何をそんなに上機嫌かつ必死になって造っているのだろうか?
「よし、完成♪ 宇宙戦艦♪ エ〜リ〜ス〜♪」
 完成した像は魔導ロボ・エリス(NPC)をモデルにした氷の彫刻であった。
 時にこのエリス、宇宙戦艦ではもちろんないが、な〜んか、マギンジスZに似ているような……!?
「……いかん。造形が上手くいかなくてマギンジスZみたいに武骨な彫刻が出来上がってしまった。まあ、顔を出来る限り可愛く造っておけば気に入ってくれるかもな?」
 顔をエリスっぽく……したいが……こ、これは!?
「おっと、デートは夜だ。ライトアップ予定も織り込み済みでセットアップしておこう」
 展示会から豆電球のコードを受け取った呉はエリスの氷像(?)に丁寧にセットする。
 実は今夜、「研究の名目」と嘯いてエリスとのナイトデートが約束されている。
 呉よ、男として今夜はカッコ良くキメてくれよ?

 さてさて、時間は夜の帳が下りた頃まで進む。
 呉とエリスは隣に寄り添い歩きながらもまずは展示会巡りだ。
 自作展コーナーの一角まで連れて来られると、エリスは思わず表情が明るくなる。
「わあ、素敵ですね! このライトアップしているロボット!」
 呉は間髪入れずに教えた。
「実はそれ、俺が造ったのさ!」
 エリスは尊敬の眼差しで呉を見つめる。
「すごいですね! 技師さんなので手先が器用な方だと思っていましたが……まさかこんな物まで造れてしまうのですね?」
 ここまでで黙っていれば良いものの、呉は……。
「実はそれ、エリスなのさ!」
「は!?」
 氷像の前で実像のエリスが凍結してしまった。
 氷が解けると今度は炎が燃えた。
「って、呉さん、ひどいです! 私、こんなに武骨じゃないですよ! 顔なんてぐちゃぐちゃの魔物みたいじゃないですか!」
 見事に大失敗した呉は、てへぺろの表情で誤魔化すよりも素で謝罪する方を選んだ。
「うおおお! 申し訳ありませーん!」
 でもエリスは意外にも本気で怒ってはいないようだ。
「いえ、私の方こそカッとなってすみません……。その、わざわざありがとうございます」
 いや、ツンデレなのかもしれない……。

 今度は氷の迷路を探検しようという話に流れた。
 入場すると同時に呉はさっと手を差し出した。
「これは?」
「そう、これは手を繋ぐという意味さ。だって考えてもみてくれ? この迷路にはお化けが出るみたいじゃねえか? そんな危ない所でエリスを放置することなんてできねえ! 俺があんたを守ろう! その為にはお手を……」
 エリスは無言で手を繋いでくれたが、「科学的」なコメントもくれた。
「了解しました。お化けが出た場合、二人で力を合わせて戦う必要がありますから手を繋ぎましょう。ですが……お化けなんて『非科学的』な物を私は信じませんね」
 ともかく、二人は暗く冷気に満ちた透明の迷路をゆっくりと進む。
 夜間の時間帯はカップルも多く、色とりどりのライトアップも所々綺麗だ。
(ロボットのエリスがお化けの類をどう怖がるかリアクションが楽しみだ。実は女の子と一緒に氷の迷路に入るってのは俺の夢だったんだよな。怖がる女の子に頼られるってのは男のロマンじゃねえか?)
 とは思ってみたものの、現実とは無常にも裏切るものである事が証明されてしまう。
「あれ? 呉さん、あの先の通路にいる人って……?」
「え? 何? エリス? 人なんていねえよ、ははは?」
 いいや、確かにそこにいる。薄っすらと、淡泊な色で浮遊した足のない女の人が……!?
 突如、口裂け女みたいなお化けが振り返り、ぎらりと牙を剥いて呉に微笑む!!
「うぎゃあああ!! 出たあああ!!」
「あ、待って、呉さん!!」
 忘我状態に陥った呉は血相を変えて逃走を決め込む。
 片手にはエリスの手が握られている為二人で一緒になって入口まで戻って来てしまった。
 さて、呉が本当に真っ青になるのはこの後からだった。
(は! しまった、俺としたことが! 俺が怖がってどうすんだ!? エリスに嫌われたかもしれねえ!?)
 一方、隣にいるエリスはなぜか楽しそうな表情だ。
 どうやら氷の迷路は面白い経験だったそうだ。

 最後にカッコ良い所を見せるべきだろうか。
 呉は何を思ったか会場大手の酒場にエリスを連れて来た。
「で、呉さん? 何を呑んでいるのですか?」
 エリスの疑問に大酒飲みの呉が玄人の解説を加える。
「こっちがノーザン・スピリタスという酒。ノーザンランド産のウォッカの一種だ。アルコール度数96度という最高レベルの度数の酒さ。火には近づけるなよ? 純粋なアルコールに近いから引火するかもしれねえからよ?
 で、これがノーザン・テキーラという酒。このテキーラもノーザンランド産だな。ライムや食塩と一緒に飲むのが正統な飲み方と言われている。ちなみに食塩を舐めるのは、高いアルコール度数から喉を守る為だ」
 解説しつつも、次々とお代わりする呉をエリスは心配な親のように見守っていた。
「あれ? エリスは呑まないの?」
「いえ、私は燃料を飲んでいますので……」
 つれない子だなんて思いながらも、呉はスキルを発揮して気づけば十杯は超えていた。
「おうい、エルス〜? あ・ん・たも飲め、や? 気分がよ〜くなるぜ、うへへ〜!」
「はあ、出来上がっていますね? だから私は呑まないんです! すみません、お会計で」

 時刻は当に夜更けだろうか。
 暖房バリアの力もそろそろ弱まる頃、北風の寒さで呉は起きた。
(あれ? ここは!? ん、まさか!?)
 呉が目を覚ますと、彼はエリスの膝を枕にしている自分に気が付いた。
 酔い潰れた呉を介抱してくれたエリスは、彼をベンチで寝かせていてくれたのだ。
「エリス……すまん……ありが……」
 呉が言い掛けると夜空には光輝く火炎の華が派手に炸裂していた。
 どうやら花火大会は既に始まっていたようだ。
「呉さん? もう大丈夫になりました?」
 夜空の淡い光の華に照らされたエリスが真顔で質問する。
「うん、ありがとう……。もう返す言葉がねえが……俺で良かったらこれからも頼む!」
 次の連続花火が弾ける時、笑顔のエリスが何かを言い返してくれたが聞き取れなかった。
 華やかな夜空の閃光がまるで二人を祝福してくれているみたいな聖夜だった。

●未来とトムロウのフェスタ

 一般論で氷の迷路とは肌寒い場だが、カップルにとってこれ程熱い場はなかなかない。
「トムロウ(NPC)? お化けとやらはなかなか出ないね? わたし達の愛の力によって既に倒されちゃったんじゃないかな?」
 真冬のノーザンランドで今日も元気にミニスカ制服姿なのは姫柳 未来(PC0023)だ。
 会場は暖房バリアがあるからそんなに寒くはないが……。
 いや、寒くないと言えば、こちらの彼氏トムロウ・モエギガオカの燃え盛るHENTAI心の方だ。
「んだね、未来ちゃん? お化けの苦手な物って知っているかい? それはだね……。HENTAIさ! お化けは人を怖がらせたりするけれど、お化け自身がHENTAIを恐れると出なくなる。そんな伝承がイースタにはあるんだぜ!」
 さりげなくいらない知識をひけらかすバカ彼氏は、事もあろうか未来のミニスカをちら見しながら語っている。
 トムロウの熱い視線がスカートにじりじりと集まるが、未来は意外と笑顔だ。
 むしろ、さっきからスカートの裾でひらひらとわざと舞っている。
 からかっているのか、喜ばせているのか――
 それは乙女の秘密だ。
 やがて迷路の行き止まりまで辿り着くと二人は熱い抱擁を交わした。
 トムロウの名言(迷言?)通りだったようだ。
 お化け役のスタッフ達は恥ずかしがってなかなか二人の前に出現できなかったらしい。

 本日はカップルの二人にとって記念すべき日である。
 そう、言うまでもなく本日は2月14日当日、バレンタインの日だ。
 仲良く手を繋いだ二人はチョコレートを購入するべく屋台広場へ向かった。
 未来が当然のように入店したのは高級チョコレート売場である。
 ノーザンランド本場の豪華で高価なチョコレートの数々が所狭く陳列していた。
「トムロウのチョコはあれにしよう! すみません、店員さん! あれをお願い!」
 未来が手に取ったのはハート型のリッチなチョコレート箱だ。
 トムロウはすかさず値段を目線で追うが……。
(おう!? 一万マギンか、あのチョコ! いや、未来ちゃんの為なら俺だって!)
「わりい、店員さん! あの輝かしい星型のチョコくれねえか?」
 トムロウが店員から手渡して貰った高級チョコも同じく一万マギンの値段である。
 良かった、これならこれからも未来と肩を並べられる。

 未来達はチョコを購入したついでに、おやつのアイスも探す事にした。
 アイスハウスを通り掛かった時、スタッフがアイスクレープを配っていた。
 どうやらアイスハウスから直に取った苺アイスのクレープらしい。
 有難く受け取った二人は噴水広場前に辿り着くとしばしの休憩をする事にした。
「トムロウ、バレンタインおめでとう!」
「おう、おめでとう未来ちゃん!」
 今先ほど購入した高級チョコをプレゼントし合った二人は早速食べてみる。
「はい、トムロウ? 美味しいチョコだよ? あ〜んして♪」
 カップルの毎度お馴染みあ〜ん♪ だ。
「うおお! 未来ちゃんチョコの味だぜ! いっただくぜい!」
 未来がハート型のチョコをトムロウに食べさせ、代わりにトムロウが星型のチョコを未来に食べさせる。
 バレンタイン特有の熱いムードが展開されているが、実は周囲も皆、同様だ。
 そこへ愛を育むカップル達を邪魔すべく鬼の風紀が参上。
「あれは、スノウ!?」
「マジかよ、あいつ!? こんな日まで風紀なんかやっているのか!?」
 未来もトムロウも心から驚いたと同時に「面白い事」を思いついてニヤリと笑う。
 二人が立ち上がり、未来がわざとコケてトムロウがわざとらしく抱き留める手筈で……。
「きゃあ! ごめ〜ん! 氷で滑っちゃった!」
「大丈夫かい、未来ちゃん? 俺が抱き留め……あ、ありい〜!?」
 手筈がずれたらしく、トムロウが未来を変な角度で抱き留めてしまった。
 同時に未来の握っていたアイスクレープがすっ飛んでトムロウの頭に乗ってしまう。
 しかしこのカップルに掛かればそんな事は標準誤差だ。
「いやん、トムロウ? 顔に付いちゃったアイス、わたしが舐めてあげるね〜」
「あはん、未来ちゃん! くすぐったいぜ!?」
 怪しい角度で抱き留めているトムロウの顔に付いたアイスを未来が危うく舐めている。
 これは……もう……アウトだ。風紀的に!
「こら、そこのカップル! 破廉恥な行為はお止めなさい! 公然で猥褻行為とは言語道断! 私が直々に指導してあげるから風紀ブースまで来て反省文書きなさいよ!! ……って、嘘、あなた達!? 未来さんにトムロウ!?」
 もはや言い訳の仕様がない。怒りの限界を超えたスノウが真っ赤に燃え上がる。
 そこへなぜか風紀のタスキを腕に巻いているジュディが飛んで来た。
「ヘイ、スノウ! ストーップ! マ、マア、未来とトムロウには悪気ないデース! チョットした出来心デース!」
「何がストップですか! こんな公然でのHENTAI行為、風紀で取り締まるべきでしょう!? その為に私達風紀が警備をしているのであって……」
「デスカラ、スノウ! ヤングなカップルには滾るパワーというモノがアリマシテ、ネ……」
 ジュディが未来に目配せをして必死に伝える。

――ジュディがスノウを引き付けているうちに早くGOデスヨ!! 死亡判定出る前に!!

 血気盛んな萌えカップルは脱兎の如く逃げ出した。
「やーい! スノウの彼氏ナシー!!」
「へん、バーカ! そんなだからスノウはモテねえんだよ!!」
 未来とトムロウは捨て台詞を吐いて地獄の風紀委員長から逃走成功したのであった。

 聖夜も深まると最後の締め括りに相応しいイベント、花火大会が始まる。
 未来とトムロウはとある特等席に座っていた。
 巨大な魔導杉のてっぺんにある魔鳥の巣跡に二人で並んで肩を寄せ合っているのだ。
 熱い二人は一緒に毛布にくるまって寒い北風も凌いでいる。
「トムロウ! 今、夜空に昇った光って花火かな?」
「おう? いよいよ始まるな……」
 闇夜を切り開く烈火の華が炸裂すると、空気を切り裂く爆発音が鳴り響いた。
 大会の開始を告げる花火の直後、連続で七色の火花が夜空に舞い散った。
 二人は煌びやかに咲き誇る夜空の華を眺めながら愛を語り合う。
「トムロウ? これからも恋人として末永くよろしくね?」
「おうよ、未来ちゃん! 俺達カップルは永遠だぜ!」
 次の花火が恋空を彩る頃、二人は情熱的に輝く華の中で最愛のキスを交わした。

――Happy Valentine's Day!

 了