フィアレルの希望

ゲームマスター:高村志生子

【シナリオ参加募集案内】(第1回/全6回)

 平穏な世界と言っても、悪人がいないわけではない。
 貴族ばかりを狙う盗賊団『シークス』。その首領シルドナは、優れた魔法使いでありながらその力を悪用し、非情なことでも知られていた。

 とある夜半のこと。没落貴族であるログレイン家にシークス一味は押し入っていた。
「あれはどこだ?」
 シルドナがひとりごちる。手下どもは宝物庫を探して屋敷内を探索していた。魔法使いの家系であるログレイン家には魔法具が数多く残されていた。それらを手下どもが片っ端から集めてゆく。
 しかしシルドナの目的は他にあるようだった。
 額のサークレットに意識を集中させて探索の手を屋敷内に伸ばしてゆく。しばらくして奥まった部屋に入っていった。
 その部屋では15〜6歳くらいの少女が眠っていた。シルドナはそれを見て取ると軽く目を細めた。
 足音も立てずに近寄ってゆく。少女は何も気づかずに眠り続けていた。金茶色の髪に縁取られた白い首筋が、わずかな明かりに浮かび上がっている。シルドナはいきなりそこに咬みついた。
 いつの間にか伸びた牙が首筋に食い込んでゆく。少女はそこでようやく異変に気がついた。
「きゃああ」
 ほの暗かった室内に悲鳴とともに閃光が放たれる。シルドナが弾き飛ばされた。
「カナンの指輪を渡せ!」
「だ、だれ!?」
 とっさに魔法を放った少女は、シルドナの言葉に左手を後ろに隠した。その指には、赤い石がはめ込まれた指輪がはまっていた。
「それか」
「渡さないわ!」
 シルドナがつけた傷から甘い痺れが走る。少女の意識が一瞬、ぐらついた。
 しかし足早に相手が近寄ってくるのを見て取って、揺らぐ意識を必死に保ちながら転移魔法を使った。
「ちっ、逃げられたか」
 室内からふっと少女の姿が消える。その展開に、長い黒髪を無雑作に束ね、鋭い視線で辺りを見回したシルドナが吐き捨てるようにつぶやいた。
 再び気配を探る。転移したと言っても、一度『刻印』を施した相手のことはすぐにわかった。目標の居場所を確かめると、シルドナは面白げににやりと笑った。
 そして周辺にいた手下どもに命じた。
「あのお宝はなんとしてでも手に入れるんだ。目標はアザクの森のほうに逃げて行ったようだ。追うぞ!」
 とたんに手下どもの間からざわめきがもれた。
「お頭、アザクの森って言ったら……」
「モンスターの巣じゃねぇか」
「それがどうした。モンスターごときにおびえるような奴などシークスにはいらねぇぞ」
 くくっっと低い笑みがこぼれる。その額で冷たい輝きを放つサークレットがきらりと光った。
 モンスターと自分たちの首領とどちらが怖いか。手下どもには考える必要もない。それ以上の反論もなく、一味は襲いこんでいた屋敷をあとにした。

 アザクの森では転移してきた少女が必死に走っていた。
 闇夜の中、起伏の多い森の中を走るのはたやすいことではない。小さな崖になっている場所で誤って転がり落ちてしまった。
 ズザザザ……。がつっ。
 岩場に頭をぶつけ、自慢の長い髪に血が滴る。当惑と混乱が少女の意識を支配していた。 『逃げなきゃ……逃げるのよ。渡してはならないわ』
『ああ、でもなにから逃げているの?』
『渡しちゃならないって、なにを?』
『あたしはなぜ逃げているの』
『あたしは……誰?』
 頭をぶつけたショックからか、少女から記憶がすっぽり抜け落ちていた。ただ逃げなくてはならないと言う衝動が少女を突き動かしていた。
 ふらふらになりながら立ち上がり、前も後ろもわからない森の中をさまよいだす。
 と、不意に木の根につまずいて少女が転んだ。走り続けるのも限界にきていた。少女は突っ伏したまま、しばらく身じろぎもせずにいた。
『どうしてこんなところにいるのかしら……』
 ぽうっと淡い光が少女のはめている指輪から広がり、少女の周りに結界を作る。うっそうとした森の中、そこだけが小さな平和に満たされた。
 失われた記憶がさらなる混乱と恐怖を呼び、少女に涙を流させる。血に汚れた髪がさらりと地に広がった。
『誰か助けて』
 結界にさえぎられた外で、モンスターが咆哮する。かすかな嗚咽がそれにまじった。

「シークスがログレイン家を襲ったですって!?」
 数日後。
 冒険者たちが集う宿で一つの悲鳴が上がった。
「なんだよ、マリー。ログレイン家といったらかつてはけっこうな栄華を極めた家だって言うじゃないか。シークスが狙ってもおかしくはないだろ」
「魔法使いの家系だったよな。どうやらそこの娘が家宝を持って逃げ出したらしいぜ。ん?そういえばログレインって」
 シークスの話題に興じていた一人が、ふと気づいた風にマリーと呼ばれた少女を見た。マリーは青ざめた顔でうなずいた。
「そうよ……私の実家よ」
「その割にはあまり魔法を使わないよな」
「悪かったわね。そっち方面の才能がなかったのよ。だから家のことは妹に任せて冒険者になったんじゃない」
「じゃ、逃げ出した娘ってのはお前さんの妹かい」
「リーンなら、大丈夫だと思うけれど……」
 マリーがきつく唇をかむ。仲間の冒険者が言葉を続けた。
「その娘がつかまったって話は聞かないからな。無事なんじゃないか」
「ただなあ」
「ただ?」
 歯切れの悪い言葉に、マリーがぱっと視線を向ける。見つめられた相手は気の毒そうにあとを続けた。
「シークスのやつら、アザクの森に行ったらしいぜ。お前さんの妹もそこにいるってことじゃないか?」
「冗談でしょ。アザクの森って言ったら、有数のモンスター生息地帯じゃない。あの子は私なんかよりはるかに魔法の腕に長けているけれど、一人で逃げ切れるとはとうてい思えないわ。シークスの首領もたいした魔法の使い手だって言うじゃない。助けに行かなくちゃ……放っておけないわ」
「一人でいく気か?」
 その問いに、マリーが青の目を見張った。
「誰か手をかして、お願い」
 マリーの懇願に、ざわめきが広がった。


【アクション案内】

S1.リーンを助ける
S2.マリーから情報を引き出す
S3.シークスを追う
S4.アザクの森でモンスター狩り