「石の導きのもとに」
第一回
ゲームマスター:高村志生子
雲多く、常に冷やりとした空気に包まれている国、レイクラウド。その城主が変わり果てた姿で発見されたのはとある大雨の日のことだった。 「旦那様が!?」 第一報を受けた時、夫人のルリエが脳裏に描いたのは、ここ一月ほどの城主の苦悩している姿だった。 「お義母様?」 前妻の娘、サリィがルリエの様子を不審に思ったのか、軽く眉をひそめながら問いかけてきた。ルリエはサリィに縋りつくようにしながらつぶやいた。 「このところ旦那様の様子がおかしかったことには気が付いていて?あの呪い師が来てからだわ……。先見の能力を持っていたのかしら。旦那様は一体あの呪い師に何を告げられたのかしら……」 「まさかそいつがお父様を?」 レイクラウドにおいて、パワーストーンの力を借りて先見や夢見の力をふるう呪い師は、貴族とはまた違った意味で畏敬の念を抱かれる存在だった。念で人を殺せるとは聞いたことがないが、可能性がないとも言い切れなかった。しかし神秘の力を持つ存在をむやみに疑うことは不敬ともいえた。ルリエははらはらと涙をこぼしながら口をつぐんだ。 死んだ城主、スルファは己の死を予感していたのか、遺言を残していた。それは一人娘のサリィではなく、未亡人となったルリエを新しい城主とするというものだった。 「わたくしが新しい城主に?」 「はい、こちらがその遺言書です」 スルファ付きの騎士だったティルドが、驚くルリエに一枚の書状を差し出した。そこにはまぎれもなくスルファの字でルリエを後継者とするとしたためられていた。 「旦那様はご自分が亡くなられることを知っていたのかしら……」 「わかりません。が、もしも自分の身に何かあった場合は、これを公表するように、と」 「渡されたのはいつなの?」 「半月ほど前です」 半月ならすでに呪い師と会った後の話だ。スルファとルリエは歳の離れた夫婦だったが、スルファはまだ50歳。壮年の充実した年頃で、死の予感などなかったはずだ。もちろん一国の王として非常事態に備えるのは当たり前だったかもしれないが、それにしてはタイミングが良すぎた。建国祭が間近だったからだ。レイクラウドは小国だったが、国を挙げての祭りとなればそれなりににぎわう。スルファも楽しみにしていたはずなのだ。なんといってもルリエと向かえる初めての祭りだったのだから。ルリエは前年の祭りでスルファに見染められ、婚礼を上げたばかりだった。 「建国祭は喪が明けるまで延期ね。民も楽しみにしていたでしょうに」 「仕方がありません。このような事態ですし……。せめて葬儀と戴冠の儀を済ませてしまいましょう」 「そうね……遺言がある以上、そのお気持ちには応えなくては」 「スルファ様は私に、以降はルリエ様にお仕えするようにと残されております。なんなりとお申し付けください」 「ありがとう。では、旦那様のことは事故でお亡くなりになったと、民には触れを出すように」 「事故、ですか」 「真相はわからないけれど。いたずらに民の不安を呼びたくはないわ」 「かしこまりました」 そのやり取りをそっと立ち聞きしているものがいた。サリィだ。サリィはティルドが部屋を出てくる気配に慌てて自室に戻ったが、見聞きしたものに困惑していた。自分が城主とならなかったことには安堵していたが、父親の不審死が事故として片づけられること、なにより義母とティルドの親密な様子に泣きたいような不安を感じていた。 「ティルドは……お義母様のことを?まさか、ね。お父様の命があったから、それだけよ。そうに決まっているわ」 幼いころから父に仕えていた騎士への思いは、淡いあこがれから成長するにしたがって恋と呼べるものに変わっていっていた。はっきり変わったのはルリエが嫁いでくることが決まってからだろうか。ルリエは下級貴族の娘だった。サリィ自身の母親はだいぶん前に病で亡くなっていたので再婚にはこだわりはなかったが、スルファがルリエを手に入れるためにかなり強引な手を使ったことはうわさが耳に入ってきていた。実際、歳の差を考えたら権力には逆らえずと思っても仕方がなかっただろう。結婚式の時のルリエのどこか寂しげな顔が、サリィの印象に強く焼き付いていた。夫婦仲は悪くはなさそうだったが、今となっては自分にはよくわからなかった。ただ言えているのは、後継者にならなかったことでティルドに嫁ぐ夢をあきらめなくてもいいのかもしれないという希望が残されたことだった。 『お義母様は私の気持ちに気づいて……まさかね』 ベッドに寝転がって自嘲するサリィだった。 通常ならば服喪の期間は30日だ。その間に葬儀と戴冠の儀を行わなくてはならない。遺言があったこと、事故死としたことで、それらはつつがなく執り行われた。ルリエは建国祭を喪が明けるまで延期することを民に告げていたが、それもやむなきと民には受け入れられていた。 「イヤッホー!」 ドルンドルンドルンと重低音を響かせながらバイクを走らせていたジュディ・バーガーは、濃くなる霧に視界を塞がれてやや困惑していた。 「オヤ、ココはどこデショウ」 バイクのエンジンを切り、周囲を見渡す。どこなの街中のようだが、霧が濃いためか行き交う人々はどこか物憂げだった。なかでも黒衣に身をまとった小柄な人物は、目立たないように道の遠くに離れていこうとしていたが、その身のこなしはなかなかのものでジュディの気を引いた。 「体育会系の動きデハありまセンが、ああも忍ばれると面白くなってきますネ」 だが特に害意も感じられなかったので、追うことはせずに、もう少し周囲を観察することにする。と、街から離れたところに城らしき建物が建っていることに気づいた。ピュウと口笛を吹いて、ジュディはバイクに括り付けた飼育ケースの中で首をもたげている愛蛇のラッキーちゃん♪の頭を撫でた。 「なんだか面白ソウなトコロがありマスね。行ってみまショウか」 城の門扉は固く閉ざされていたが、深いことは意に介さないジュディは、どんどんと扉をたたき続けた。と、がちゃりと扉があく。すかさず閃いた殺気に、ジュディはさっと身をひるがえした。 「何奴!?……って、あれ?」 「ヘイ!アルトゥールじゃないデスか」 ジュディに向かって剣をひらめかせたのは、アルトゥール・ロッシュだった。アルトゥールも本気で剣を向けたわけではないが、相手がジュディと分かって少しほっとしたように剣を納めた。 「アルトゥールもこちらに滞在を?ジュディも泊まれないか聞いてもらえまセンか」 「ジュディならちょうどいいかも。今この城では訳ありで護衛を雇い入れているところなんだ。聞いてあげるから中に入りなよ」 「サンキューデス!」 招き入れられたジュディが対面したのはティルドだった。いかにも外界からの訪問者といった雰囲気のジュディの明るさに気おされながら、ティルドは手早く事情を説明した。前城主・スルファが謎の事故死を遂げたこと、遺言で未亡人となったルリエが新しい城主となったこと、それに伴い護衛の数を増やすことになったことなどだ。話を聞いてジュディがニカッと笑った。 「そういうことならジュディにお任せネ!用心棒やガードマンの経験は豊富ダカラ」 「それは心強い。同性ならばルリエ様も安心だろうし、よろしく頼……む!?」 「ラッキーちゃんもいますしネ!」 寒いのかやや動きの鈍い大蛇・ラッキーがジュディの首に巻き付く。突然の光景に度肝を抜かれたのかティルドが言葉を失ったが、ジュディは委細気にせずにずんずんと奥に向かった。巨大な蛇を首に巻き付けた大柄な女が足音高らかに歩いていく光景に、使用人たちも物陰に隠れてしまったが、ティルドは微妙に顔を引きつらせながらジュディをルリエの部屋に案内した。部屋に招き入れられたジュディの姿にルリエも目を丸くしたが、陽気なジュディの笑顔に頬を緩ませていた。 「ルリエ様?ジュディです。ボディガードならおまかせネ」 「こちらこそよろしくね」 どうやら打ち解けられそうな雰囲気に、ティルドがほっと息を吐く。その様子を見守っていたアルトゥールが、苦笑しながら話しかけた。 「彼女の腕の程は保証しますから、安心してください。ところで先ほどの話の続きですが……」 「あ、ああ。あまり人前では話したくないな。私の部屋に行こうか」 「はい」 アルトゥールは広い城内の気配を探りながらティルドの後について歩いた。城主付きの騎士というだけあって、ティルドの部屋はなかなか立派なものだった。窓の外には高い塔が見えていた。 『あそこが城主が死んだとかいう塔か』 「主の不名誉な話はあまりしたくはないが……」 「不名誉?」 「お若い頃は浮名を相当流していたようだ。私が城に上がったころはサリィ様の母君が亡くなられたばかりで、そうでもなかったが。ルリエ様も、出自こそそれほど高い身分ではないが、いやだからこそか、結婚に際してそれなりの圧力を先方にかけていたんだ。まあ、城主に望まれて嫌だと言える貴族がどれほどいるかではあるが」 「ルリエ様はこの結婚に乗り気ではなかった、と?」 「そこまではわからないがな。ただ結婚してからの仲は決して悪くはなかったと思うぞ。少なくとも私にはスルファ様を嫌っているようには見えなかった。サリィ様とは義理の母娘になるが、姉妹のように仲が良かったしな。新しい城主となったことで気丈にふるまわれてはいるが、スルファ様の死を一番悲しまれているのはルリエ様だろう。だからこそ真相を……」 ティルドがはたと口をつぐむ。アルトゥールはさりげなく言葉を促した。 「事故……ではないと」 ティルドが苦しそうな顔をした。 「わからない。スルファ様は塔の上から落ちてなくなられたのだが、あの塔は基本的に城主のみが立ち入りを許されている塔だ。スルファ様は長くあの塔に出入りされていた。慣れていたということだ。だからなぜ転落死されたのか、本当にわからないのだ。偶然という可能性は否定できない。あの人物さえいなかったら、な」 「黒衣の呪い師ですか」 「ルリエ様も気にされていたが、あの呪い師がやってきてから確かにスルファ様の様子はおかしかった。なにかにひどく怯えておられるような、そんな感じだった。だが私には何も打ち明けては下さらなかった。ルリエ様にも話されてはいなかったようだ。この国では呪い師を疑うのは不敬ともいえる行為だが、疑わずにはいられないだろう?」 「そうですね。ティルド卿はスルファ殿を信頼されていたのですね」 「君主としては悪くなかったと思う。多少強引な面がなかったとは言わないが、統率者としてはそれもやむない面もあるだろう。城下のものには敬愛されていたはずだ。私も息子のようにかわいがってくださった方を嫌いにはなれないな」 「息子のように、ですか」 「城に上がったのは15の歳だからな。サリィ様のことも妹のように思ってきたし、ルリエ様が嫁いで来られてからは、私にとってはルリエ様も妹のようなものだろう。まあ、今は主だが」 「15で?早かったのですね」 「私の家は比較的、格が高いからな。これまでも多く城に仕える騎士を輩出してきたんだ。もっとも私の場合はそれだけではないが」 「それはどういう……?」 「個人的なことだ、気にしないでくれ」 ティルドはどこか寂しげな顔になって、そっと視線をそらせた。そこに強い拒否の色を感じて、アルトゥールも口をつぐんだ。 「ティルドさんっていい人ですネ〜!」 「あら、ジュディはティルドみたいな人が好き?」 ぽっと頬を赤らめながら気持ちを口に乗せたジュディの様子に、ルリエは優しい視線を向けた。ジュディはぶんぶんと首を縦に振った。 「この城の人はみんなジュディを遠巻きにしてマシタ!そんなにラッキーちゃんが怖かったのかなぁ。でもティルドさんは、最初はチョット驚いたようデシタけど、あれこれ言わずに信用してくれマシタ。ラッキーちゃんもティルドさんが気に入ったみたいデス。動物好きに悪い人はいまセンネ。アア!ジュディ、惚れたカモ!?」 惚れっぽさが悪い癖(?)のジュディだったが、その屈託のなさがルリエを微笑ませた。 「そうね、ティルドは優しいものね。だから、本当なら自分よりはるかに格下の私にも、主として仕えてくれる。私よりも……」 「ドウかしましたか?」 ささやきのようになってしまった言葉が聞きとれなくて首を傾げたジュディに、ルリエがはっと表情を改めた。そして軽く頭を振って話題を変えた。 「そういえば、ジュディは城下を通ってきたのよね。その……怪しい人とか見かけなかったかしら」 「怪しい人デスか?例えば?」 「黒衣に身を包んだ、人目を忍んでいるような」 「小柄な?」 「ええ!見たの?」 「チラッとデスが。なかなかの身のこなしデシタが、スポーツをやっている感じではなかったデスネ。人目につかないヨウ忍んでいたカラ、そういう動きになったのカモ」 「ああ……」 「誰なのデスカ」 「正体はわからないの。ただ、旦那様に何かしらの予言を残した呪い師である可能性が……まだ城下にいたなんて。また何か起きるのかしら」 蒼白になってしまったルリエの肩を、ジュディが元気づけようと力強く叩いた。 スルファが発見されたあたりをうろうろしていたのは、やはり護衛役として雇われていた坂本春音だった。正確にはルリエにはスルファの死の真相の調査を依頼されていた。 「さて、ここに土地神様はいらっしゃいますでしょうか。いらっしゃいますよね」 ルリエからは呪い師の力はいわゆる呪術ではなく、未来視の先見や他人の心と同調する夢見の力なのだと教わっていた。だが人を呪う力がないとも言い切れないとも聞いていたので、そしてなにかしらの呪いの力が振るわれたのなら土地にその痕跡があるのではないかと思ったのだ。 「うう、ん、ん」 しかし大地からはそういった力は感じられなかった。どうやらこの世界には土地神はいないようだ。正確には、大地に何かしらの力は感じるのだが、神と呼べるほどはっきりした存在ではないようなのだ。地面についていた手を放して、春音はため息をついた。 「この力はやはりパワーストーンの力なのでしょうか」 石の力なのだとすれば、大地の力にむらがあるのも理解できる。いわばパワーストーンは大地の力の結晶なのだろうから、流れみたいなものがあるのだろう。しかしそれではスルファの死が呪われたものなのかどうかはわからなかった。 春音が首をかしげていると、庭からティルドとリュリュミアがやってくるのが見えた。なぜかリュリュミアはどこかぼうっとしていて、足元も心なし危うかった。そのためかティルドの視線も心配そうだった。 「大丈夫か?」 「ティルドさぁん、歩くの早いですぅ。ちょっと待ってくださぁい」 「どうしたのですか?」 リュリュミアがあまりにもふらついていたので、春音が慌てて駆け寄って、その体を支えた。リュリュミアが春音の体温にほうっと息をついた。 「ああ、暖かいですぅ」 「大丈夫ですか?」 「護衛の仕事があるからというから来てみたのですけどぉ。この世界は寒いうえにお日様がささないから力が湧いてこなくてぇ。お城は広いしぃ」 「しっかりしてください」 春音が回復術を使うと、リュリュミアも少し元気を取り戻したようだ。しかし光合成によって力を得ているリュリュミアにはこの気候はやはり厳しいらしい。春音はティルドに問いかけた。 「この世界のパワーストーンには、魔力増幅の力があるのですか?このままでは彼女の回復もままなりません。もしよろしければこの城にあるパワーストーンをお借りできませんでしょうか。石の力の助けがあったなら」 「魔力増幅になるかどうかはわからないが、私の持つ石で良かったら試してみるか」 「お持ちなんですか?」 「城にもいくつかありはするが、それを貸すわけにはいかないからな。大きなものではないが、それで良かったら」 そういってティルドが懐から出したのは、乳白色に輝くムーンストーンだった。落とさないようにだろう、春音がお守りとして持っているペンダントのようにチェーンが取り付けられていた。城主付の騎士ともなるとやはりこういったものを与えられるのだなと春音は思ったが、ティルドはかなり無造作にそれを春音に放ってよこした。 「あら、そんなに乱暴に扱ってよろしいのですか。城主様から頂いたものでは?」 「あ、いや、これは私物なんだ。かた……いや、親に渡されたもの、でな。いいんだ。力があるとも思えないし」 「え、でも、これ……」 春音が触れただけでも、その石の力はわかった。確かに強大というほどではないが、発するエネルギーは力強く空気を震わせていた。 ともあれ私物というものをいつまでも持っているわけにはいかない。石の力をなんとかリュリュミアに注ぎ込んでみようとしたが、うまくはいかなかった。春音が困った顔をしているとティルドも困った顔になって春音の手からムーンストーンを取り上げた。 「やはりこの石には力がないんだろう。まあ、昔から持っていても、私が力に目覚めたことはないしな」 「いえ、そんなことは」 春音の否定を慰めととったのか、ティルドは軽く肩をすくめた。そしてリュリュミアを託して、ひとり城に戻っていった。 城の1室では、アメリア・イシアーファがサリィを相手にお茶会を開いていた。気位が高そうに見えたサリィも、同い年のアメリアには心を許しやすかったらしい。厨房を借りて靴ったという異国情緒のある焼き菓子は、サリィの乙女心をくすぐるのにうってつけだった。最初こそは警戒心が見えていたが、屈託のない笑顔と甘いお菓子、柔らかな話し声にいつしかアメリアとは旧知の仲のようになっていた。警戒心が程よくほどけたのを見計らって、アメリアはさりげなく話題を核心にもっていった。 「私はねぇ、実は今、ある願いを持っているのぉ」 「願い?」 「うん……あのねぇ。アルトゥールから、プロポーズされないかなって」 「アルトゥールって、他国の貴族だという?両思いなの?いいわね……」 「サリィには好きな人はいないのぉ?」 「私は……」 「ティルドとか、お似合いだと思うんだけどなぁ」 そう突っ込むと、サリィの頬がぽっと赤く染まった。しばらくその状態でもじもじしていたが、やがて小さくうなずいた。 「ずっとね、好きだったの。私は一人娘だから、私の伴侶となる人が城主になってしまうでしょ。お付きの騎士であるティルドがそれを望むとは思えなかったし。でもお義母様が城主になってくれたから、少しは希望があるかしら、なんてね」 そこで少し苦しげな顔になって黙ってしまったので、アメリアがサリィの手にそっと手を添えた。 「なにか気になる事があるのぉ……?」 「お義母様……」 「うん」 「お父様を恨んではいなかったのかしらって」 ぽつりとつぶやいた言葉には涙がにじんでいた。 「仲が悪いとは思わなかったけれど、本当はどうだったのかしらって。だって、お義母様の身分だったら、本当は結婚なんてなかった。ただお父様が好きになったって、それだけで、婚礼をあげさせられた。もしかしたらお義母様にも好きな人とかいたかもしれないのに。でも城主に申し込まれて嫌を言える家なんてないもの。でなきゃ結婚して1年で死別するなんて」 「う……ん?サリィは、ルリエさんがお父さんを殺したかもしれないと思っているのぉ?」 アメリアの問いに、サリィはついに肩を震わせ出した。 「そんなこと思いたくない。でも、疑わしい人物がいるのに事故で片づけるなんて。ティルドもティルドだわ。いくら遺言でお義母様付きになったからって、素直にそれに従うなんて。納得できないわ。お父様はなぜなくなったの!?」 「サリィ……」 アメリアが泣き出してしまったサリィの肩を抱き寄せた時だった。 「この世は老いも若きも男も女も、心のさびしい人ばっかりでんなぁ。そんな皆さんの心の隙間を埋めまっせ、おーーーーーーーほっほっほ!さて、今日のお客様は」 ぽんと室内にビリー・クェンデスが現れた。ツンととがった頭の9歳児がにやりと笑いながらいきなり妙な前口上とともに現れたものだから、サリィとアメリアは思わず抱き合って固まってしまった。 「だ、誰?」 かろうじて気丈に問いかけてきたサリィに、ビリーが揉み手をしながら近づいてきた。 「ボクはビリー言いまんねん。人々の願いから生まれた妖精でおます。立派な神様になるべく修行中の身やさかい、不幸の種は見過ごせへんのや。ここからそんな気配を感じてやってきたっちゅう訳やねん。きっちり人生相談さしてもらいます、なんも遠慮せんといて」 「遠慮というか、その……」 微妙に身が引けているのは、登場の仕方のインパクトが強すぎたのだろう。アメリアは困ったように笑っていたが、サリィは肩を落としてくつくつと笑い始めた。 「いくら私でも、子供に人生相談はしなくてよ」 「外見で判断するんはあかんでっせ。ボクは座敷童なんでっから」 「座敷童?」 「ああ、ニッポンという国の伝承に出てくる、その家に幸運を運んでするという存在だよねぇ」 アメリアが言うと、ビリーは自慢げに胸を叩いた。 「せや!幸福を招く妖精のプライドにかけて、あんさんの不幸をはらしたるさかい、任せとき。ほんでどないしたん?」 きっぱり言い切られて、サリィの気も少しは軽くなったのだろう。まだ泣き笑いのような表情だったが、アメリアにもたれかかりながら、気持を整理するかのようにぽつりぽつりと話し始めた。 「考えたくないけど……お父様の死には、お義母様が絡んでいるんじゃないかって。それだけなら、悲しいけれど、わからないでもないの。まだ若いのに、父親みたいな人の妻に無理やりさせられてしまったんですもの。逃げ出したくても、そんな簡単な話ではないし。女がこの国で自由に生きるって難しいのよ。呪い師のような特別な存在ならともかく。そう、お父様を訪ねてきたという呪い師とも、何か関係があるのかもしれないわ。こんなこと考えたくないのに……!」 「呪い師ねぇ」 「城下で見かけた人もいるらしいけれど、それはなぜなのかしら。お父様の命が目的なら、とうにいなくなっていてもいいのに。まだいるのはなぜ?私の命が次の目的なのかしら。ティルドもそれに加担していたりとか。そんなことないわよね!?」 「ティルド?」 「前の城主様のお付きの騎士様だよぉ。遺言で今はルリエさんのお付きをやっているみたいだけどぉ」 ビリーの疑問にアメリアが答えると、サリィが大きくかぶりを振りながら自身の疑惑を振り払うように誰ともなしに問いかけた。 「ティルドはお義母様が嫁いでいらっしゃる前から私のことを知っているもの。優しくしてくれた。私の命を狙うなんて、そんなことないわ」 「あんさんはその騎士さんは関係ないと思ってるんやね」 「絶対に関係ないわ」 「言い切りますなぁ。信頼している、というより、信じたがっているみたいやわ。もしかして惚れてはるんか」 すぱっと見透かされて、サリィが真っ赤になった。言葉に詰まってもじもじしていると、ビリーがぽんぽんと背中を叩いてきた。 「まあ恋愛は専門外やけどなぁ。乗り掛かったなんとかや、ボクがなんとかしたるで!」 妙に自信ありげなその様子に、サリィもアメリアも微笑んでいた。 おなかにポケットのついたクマのぬいぐるみ型のリュックを背負ったミンタカ・グライアイは、城の中でもひときわ高く見える塔を遠目に見ながら、背中のリュックに話しかけた。 「あの塔は城主しか入れないそうだから、掃除が大変そうだね……じゃなくて、テオ君、いよいよ城に乗り込むから、君の聞きたいことを確認しておくよ」 背中のリュック、もといテオドール・レンツが、ミンタカに聞こえるくらいの小声で返事した。 「うん、いいよー」 ミンタカはメモをめくりながら書き留めておいたことをひとつひとつ読み上げていった。 「基本的にはルリエさんについてだろ。一年前の結婚にどんな利益があったかということだよな。ルリエ妃に、死んだ城主をどう思っていたかってことと、結婚を申し込まれた時どう思ったかということと、申し込まれかた?他に好きな人がいたか、って答えてくれるのかなあ」 「難しいとは思うの。だから、菊だけでいいよー。あとは独り言で聞けたらなって」 「それで置いて行けっていうのか」 「動いたりしゃべったりしなかったら、ボクはただのぬいぐるみだもの」 「まあね。あとそれから、怒ってくれる人がいなかったか?実家の方でってことか、これ」 「うん、ルリエちゃんの周りに、そんな人はいなかったのかなあと思って。だっていくら城主様でも、おじいちゃん、まではいかなくてもうんと年が離れていたんでしょう。ひどいって怒ってくれる人がいそうじゃない」 「それは興味深いな。そんなもんか」 「あと、ルリエちゃんの実家がどういうおうちだったのかも聞いてね。この結婚で利益を得たとか、権勢を得たとか聞かないんだもの」 「わかった、ん?」 新たなメモを取っていると、視界の端で怪しげな人物が動いた。小柄な黒衣は、すっぽり顔まで覆っていて、男か女かわからない。だがミンタカにはその人物のつぶやきがはっきり聞こえていた。 「哀れだが……」 その人物はミンタカたちに気づくことなく遠ざかって行ってしまったが、直前に城を見つめていたのは確かだった。 「哀れだって?誰がなんだろう」 「お城を見ていたね」 「やっぱり前城主の死にはなにかありそうだね。よし、行こう!」 城内ではルリエが結婚の際にスルファに贈られたというネックレスを、マニフィカ・ストラサローネがうっとりした目で見つめていた。アメジストを中心に、ルビー、タンザナイト、サファイヤ、光り輝く宝石で作り上げられたネックレスは、豪勢でありながらも繊細さも兼ね備えていて、ルリエの華奢な雰囲気によく似合っていた。 「これはやはりそれぞれの石が最高級品だからこそですわね」 「御用商人のおすすめしたものはお気に召しませんでしたか?」 「そうですわねぇ。それなりに素晴らしくはありましたが、あともう一つ、こう決め手となるものが。せっかくご紹介いただいたのに申し訳ありませんですわね」 「いえ。やはり王族ともなると、見る目が違いますね。先代も厳しい方でしたわ。パワーストーンはこの国を支えるものと言っても過言ではありませんから、当然かもしれませんが」 「まあ、そうでしたの。なんだかお話が合いそうな方でしたのね。残念でしたわ。事故だったそうですわね」 「え、ええ」 歯切れの悪い返事に、マニフィカが軽く眉をひそめる。ルリエはその様子には気づかずに、物思いにふけっていた。しばらく沈黙が続く。やがて意を決したようにルリエが顔をあげて、マニフィカの手を取った。 「事故……かどうか、実はわからないのです」 「わからないとは」 「そういえばルリエさん、先代の死に疑問を抱いているらしいですわね」 会話に加わってきたのはアンナ・ラクシミリアだ。アンナはついつい癖で室内の掃除にいそしんでいたのだが、どうやら満足いくまできれいにできたらしい。それで本来、聞こうと思っていたことを口に出してきたのだが、偶然にもそれがマニフィカの問いと合致したのだ。2人に見つめられて、ルリエは言葉に詰まってしまった。 「もしかして死因に何か不審な点がありまして。でもそれでしたら、一番疑わしいのは、ルリエさんではありません?事故でまわりが納得しているのなら、蒸し返したりしない方がよろしいのでは」 「そうですわね。もしかしたら知らない方が良い真実もあるかもしれませんわよ。それでもお調べになりたいですの」 交互に言われてルリエはしばらく考えこみように黙っていた。アンナがじっとそんなルリエを見つめた。 「もしや疑わしい人物がいるとか」 はっとルリエが顔を上げたが、続けられた言葉に困り顔になった。 「先妻の娘がいるそうですわね、彼女を疑っていらっしゃるのですか?」 「サリィはそんな娘じゃありませんわ。父親を殺すなんて。自殺である可能性の方が……」 「ルリエさんも身の危険を感じてらっしゃるとか!?」 畳み込まれるように言われてルリエが沈黙する。マニフィカが苦笑しながら救いの手を伸べた。 「サリィ様のことはさておいて、ルリエ様、真相を知りたいお気持ちに変わりはございませんこと。それが辛い真実でも」 「旦那様が亡くなる前に接触した黒衣の呪い師……その人物が旦那様の死に何らかの関与があると思われるのです。亡くなられるひと月ほど前に来訪されたのですが、それから様子がおかしくなってしまわれて。直近の臣下の間ではなにかを悩まれて自殺したのではというものも。ですので事故と断言して葬儀を執り行ってしまったのですが。けれど、その呪い師はまだ城下にいるらしいとか。騎士のティルドは次に狙われるのは私だろうと言っています。けれどもしかしたらサリィを狙うのかもしれません。旦那様の死が何者かによるものなら、新たな悲劇が起きる前に真実を知りたいですわ。協力していただけまして」 おそらくルリエは自分よりもサリィの身に危険が及ぶことを心配しているのだろう。その心根の優しさを感じ取ったマニフィカは、にっこり笑った。 「そういうことでしたら協力は惜しみませんわ。ではまず聞き込みから始めましょうか」 そういってマニフィカは城付の医師を紹介してもらい、聞き込みを開始したが、収穫は芳しくはなかった。ルリエ直々に声をかけられたので医師は率直に話してくれたのだが、転落の原因がはっきりしないのだ。 「はっきりしない?なぜですの」 「なにぶん息を引き取られてからご遺体が発見されるまでに時間がかかったものですから。転落したと思しき部屋は特定できましたが、誰かが一緒だった目撃証言はなく。部屋は多少あれておりましたが、もともと城主様しか立ち入らない場所、その時荒れたものかどうかもわからないのです。転落したため傷も無数にありましたし。持病はございませんでしたが、お顔はかなり苦悶されておりましたので、急病に見舞われたか、あるいは……毒か。なんとも言いようがないのです」 「ご遺体をこれから調べることはできまして?」 「いえ、葬儀がもう済んでおりますので。荼毘に付されてしまいました」 「そうですの」 となるとやはりその黒衣の呪い師を見つける方が早いだろうか。どのみちこの分では、この世界の医術に高望みはできそうになかった。 ミンタカはルリエに頼んで城主が転落したと思われる部屋の捜索にかかっていた。今は新しい城主となったルリエがこの塔の主だったので、立ち会ってもらいながら当時の様子を聴いたりしていた。 「部屋があれていた?」 「もともと人の立ち入らない部屋だったから、旦那様がもともとそうしていたのかはわからないのだけど。自分で片付けとかはもちろんしないし。誰かを接待していた様子はなかったけれど、なんていうのかしら、暴れたような形跡があったの。ただの印象だけれども。それが亡くなる直前のものだったかの判断は、誰にもつけられなかったのだけど」 「この塔はそもそも何の目的であるものなんですか」 「私も入ってみてわかったのだけど、宝物庫のような役割をもっていたみたい。代々の城主の肖像画もあったし、いくつもの石が秘蔵されていたり。昨年の建国祭でお見かけした旦那様の装束もここに在ったから。寝泊りできるようにもなっていたから、必要な時は城主自らなんらかの支度をしたり……そうね、有事に備えて呪い師を招いていたのかもしれないわ」 「なるほど。荒らされていたと言いますけど、ずいぶんきれいなようですが」 「私が片しました。いけなかったかしら……?」 スルファが死んで1か月近くがたつのだ。当たり前と言えば当たり前な返事に、ミンタカが内心でずっこける。仕方がないので、テオドールが気にしていたことを何気ない会話に紛らせて聞いてみるところにした。だがそれもあまり収穫があるとは言えなかった。 「結婚の申し込みは、昨年の建国祭のすぐ後にお城から書状が届いたのですわ。私の実家は、聞き及んでいらっしゃるかもしれませんがそれほど身分は高くありませんから、娘の私をどこか良いところに嫁がせようとは考えていたみたいですけれど、さすがに王妃というのは身分が違い過ぎますもの。両親はずいぶんと悩まれたのですけれど、そうしている間にも城の方からどんどん話を進められてしまって、断れなくなってしまって……。姻戚となったからと言って家柄が良くなるわけではありませんから。相応のお金は払われたようですが。この国ではそう珍しいことではないんですよ。家柄や女を金で買うというのは……。結婚してからの旦那様はそれなりにお優しかったし、そういう意味では恵まれていたと思います。まさか城主にしてまで死後も縛り付けておこうと考えられていたとは思いませんでしたが」 「そうなんだ」 己の行く末、行動を他人によって決められるというのは、ミンタカには想像のつかない世界だったが、淡々と話すルリエにはとくに諦めの色も見られず、まさに『そういう世界』なのだと思い知らされた。男で貴族であるティルドや若いサリィには憐れみをもよおさせる環境だったのかもしれないが、ルリエ自身にはあまり意味はなかったのだろう。 「それでも、やはり私というのはどうなのかしらね」 「え?」 「いえ、こちらの話です。もうよろしいですか?あまりこの塔に人を入れたということは、ほかの臣下たちに知られたくないんです。肩身が狭いことに変わりはありませんし」 「ああ、すみません。ありがとうございました。今この塔には誰か住まわれているのですか」 「ええ、私が。建国祭が近いので準備があるのですわ」 「そうですか」 後は頼んだぞ、テオ君……。内心でつぶやいて踵を返した部屋の中には、クマのぬいぐるみ型のリュック、もといテオドールがさりげなく置き忘れられていた。ポケット方メモを取り出すときにおいて、そのまま忘れて言った風情を装ったのだ。 戻ってきたルリエは、ミンタカの忘れ物にすぐに気づいたが、もう一度この塔にミンタカを入れる気にはなれず、城にとどまらせていたミンタカに後で届ければよいかと、疲れた様に椅子に座りこんだ。外には1か月前と同じような大雨が降り始めていた。窓から雨を眺めながらルリエがつぶやいた。 「やはり私なんかが城主なんておかしいものね。サリィに継いでほしいけれど……命の危険があるなら、その危険を侵させるわけにいかないわ」 つぶやきを聞いたテオドールのつぶらな瞳がきらんと光った。 |