ゲームマスター:高村志生子
ドラゴン退治決行も間近になったある日のこと。相変わらず鍛錬に余念がないネアをよそに日課である畑仕事を終えて家に戻ってきたネルを、気難しい顔をしたエルンスト・ハウアーが出迎えた。 「どうかしましたか?」 いつにもまして不機嫌そうな様子に、ネルが少しひるんだ調子で話しかける。扉にもたれかかっていたエルンストは、黙ってネルを家に入れさせると、後から続いて入ってきてほかのだれもいないことを確認してから扉を閉めた。 「ドラゴンを倒すことは決定してしまったからの。それについてはもはやとやかく言いはせんが、ネル君にだけは話しておきたいことがあっての。待っていたのじゃよ」 「僕にだけ……ですか?」 エルンストを座らせて香草茶を淹れてきたネルが向かいに座る。じっと見つめられて思わずピンと背筋が伸びてしまったネルに、エルンストは静かに語り始めた。 「うむ。表だって話せば、ワシの話が現実となったとき、ネア君の責任を問う声も上がるかもしれんからな」 「責任?どういうことですか」 今やドラゴン退治には、テルナ姉弟による単なる復讐ではなく、村の安全のためという大義名分が掲げられていた。だから、心強い助っ人がいるということもあって、ネアの行動は村人たちから黙認されていた。かつて家族を失ったことのある村人にとっても、口では諦念を告げていても、内心には忸怩たるものがあった。それは人間ならではの感情だ。無事にドラゴンを倒して戻ってこられたら、良くやったときっと褒められるだろう。それが責任を追及されることになるというのは、ネルには良くわからない話だった。不思議そうな顔のネルに、エルンストが肩をすくめた。 「どうやらネル君もわかってはおらんようじゃな。これは何年先になるかはわからんことじゃが、そう遠くはない未来に必ず起きるはずのことじゃ」 「何が起きるというんですか?」 「ドラゴンを倒した影響じゃよ。おそらくこの村を含めたドラゴンのテリトリーである山一帯を襲うじゃろうな」 「襲う……っていったいなにがですか」 「考えてもみたまえ。奴の住む山は、巨体かつ肉食のドラゴンの生命をこれまで維持し続けてきたのじゃ。さすればさぞや豊富な獲物に満ちているのではないかね。ドラゴンはこの世界の生態系の頂点に立つ存在なんじゃろう?頂点がいなくなってしまったら、いったい何が起きると思う」 「え?」 そもそも自然に寿命を迎えるまでドラゴンがいなくなることはこれまでなかった。そして一匹のドラゴンがいなくなったら、いつの間にか新しいドラゴンがそこを縄張りとしていたのだ。ドラゴンが突然消えた状態など誰も知らない。ネルにはとても想像できなかった。困った顔でネルが考え込んでいると、エルンストが話を続けた。 「まず、天敵のいなくなった草食の獣が増加し、森林が荒廃するじゃろう。荒廃の結果、餌が不足するようになれば、獣たちは近隣の村や町にやってきて畑を荒らし始める。あるいは増えた草食獣を求めて、他の肉食獣が入り込んでくるじゃろう。草食獣が畑を荒らすくらいならまだ可愛げがあるが、その肉食獣までもが村を襲い始めたらどうする。ドラゴンではなくそやつらが人や家畜に害をなすようになるのじゃよ。他にも、そういった生態系の変化によって、これまではなかった病気や害虫の発生も考えられる」 それはネルにはわかりやすい事柄だった。かといっていまさら姉を止めることなどできない。ネルがため息をついていると、エルンストがわずかに表情を緩めた。 「こういうの変化はすぐには目には見えない。じゃから首尾よくドラゴンを倒して浮かれてしまった連中に話しても、怪訝な顔をされるだけじゃろうな。ましてや協力者はこの世界の住人ではないのじゃし。影響が出るころにはこの世界からはいなくなっておろう。じゃからここで生き続ける君だけでも、将来に備えて準備しておいてほしいんじゃよ」 「そうですね……いずれ、別のドラゴンがきっと住み着くようにはなるんでしょうけれど」 「うむ。そうじゃろうな。じゃが、ああした天敵の少ない生物はえてして繁殖力が弱い。すなわち絶対個数が少ないということじゃ。敵が少なければ無理に増えることはないんじゃからの。つまり新しいドラゴンがいつくるのかはわからないということじゃ。それまでは人間自身がドラゴンが保っていた生態系を守らねばならん。もしくは、新しいドラゴンが住めなくなるような環境を作らねばならん。狩りを強化して餌を減らすとかでな。実害が出るまではだれも耳をかさんとは思うが、害が出てからでは遅いとは思わんかの?」 「わかりました。確かに、もうじき成人とはいえまだ子供である僕たちがあれこれ言っても、きっと聞いてはもらえない。何ができるかわからないけれど、精一杯のことはしていこうと思います」 ネルにもまだ想像は追いつかなかったが、大変な事態になるのだということだけは理解できた。これまでだれもしなかったことをしようとしているのだ。影響は出て当たり前だ。それでも生きていかなくてはならない。決意を顔に浮かべたネルに、エルンストが笑いかけた。 「ワシが話してやれるのはこれくらいじゃ。君や君の姉さん、村の人々に、より良い未来が訪れることを祈っておるよ」 カタンと立ち上がって家を出ていくエルンストに、ネルが深々と頭を下げた。 そのころネアは武神鈴の作った弓の強化アイテムと格闘していた。 「な~に~よ~こ~れ~」 「名づけて、強化ネジ巻き!」 鈴が言い切った通り、弓に据え付けられたそれはまさしくネジだった。鈴が胸を張ってネアに告げた。 「特訓の成果はそれなりに上がっているようだが、まだまだ威力が足りないようだったからな。それはネジを巻いた回数に応じて武器の威力を高めるんだ。巻けば巻くほどきつくなって、次に巻く力が必要になってくるが、渾身の力で巻くがいい!そうすればいかに強固なドラゴンの鱗といえど、貫くだけの威力は出せるようになるはずだ」 「うう~~~~~~~~~~~~~ん、ええ~~~~~~~~~~い!」 「まだまだ!もっと気合を入れるんだ!」 「わかってるぅぅぅぅ~~~~~~~~~」 ぎりぎりぎり。鈴の言うとおりネジはどんどんきつくなっていったが、ネアは鈴の叱咤に合わせて顔を真っ赤にさせながらネジを巻き続けた。ネジは固く固く締まってゆき、ネアが精根尽き果ててバッタリ倒れるころには、大人がやったのにも劣らないくらい強固なものになっていた。ネアが地面に突っ伏してぜいはあと荒く息をついているのを無視して、鈴は巻かれたネジの調子を確かめていた。それまで手を出さなかったのは、ネアの決意のほどを見てみたかったからだ。ごろんと仰向けになったネアがきゅっと唇をかみしめながら鈴を見つめてくる。ぽんぽんと巻かれ具合を確認し終えた鈴は、不敵な笑みでネアのそのきつい視線に応えた。 「うむ。これだけ巻ければ上等だろう。一つ試してみるか?そうだな、あの木を狙ってみろ」 ネアは荒い息を必死に整えながらひらりと狼にまたがって、鈴が指差した大木に狙いを定めた。ぴんと張られた弓は引くのも容易ではなかったが、ネアは意地で矢を放った。ひゅんと飛んだ矢はきらりとした軌跡を描いて、大人が数人でやっと周りを囲えるような大木を見事に貫いた。それまでとは段違いの威力にネアの顔がぱっと明るくなる。そして狼から降りると、見定めていた鈴の手をぎゅっと握ってぶんぶんと振った。ネアがあまりにも嬉しそうだったので、鈴はわざとそっぽを向いて手を放した。そして歩き出しながらネアに言った。 「強度は問題なさそうだが、矢を放つまでに少し時間がかかっているようだな。もっと早く放てるように練習していろ」 「鈴さんはどこにいくの?」 「作戦会議に参加してくる。奴のテリトリーは結構広いようだからな。良いポイントの指示など出してこなくては」 「ああ、はい。お願いします。よーし、あたしもがんばるぞー!」 意気揚々とした声を背に聞きながら鈴が向かったのは双子の家だ。集まっていたのはネルと一緒におとり役を買って出てきたメンバーだった。リシェル・アーキスとジニアス・ギルツはのんびりとドラゴンの肉対談などしていた。 「さすがに食ったことないんだけど、旨いのかなぁ」 ものめずがしがりやなジニアスがわくわくした口調でリシェルに問いかけている。リシェルは冷静に対応していた。 「肉食獣の肉なんてあまりうまくなさそうだな。って、そういう問題じゃなく、今はどうやってドラゴンを誘い出すかだぞ」 「それならリュリュミアにお任せなのですぅ。ドラゴンって鼻がよさそうですからぁ、わたしのにおいで誘い出しますよぉ。ネルさんがおとりになると言ってもぉ、何キロも走って逃げるわけにはいきませんでしょう?わたしのにおいなら、風に乗せて遠くまで運ばせることができますからねぇ」 確かにリュリュミアの体臭である甘い香りは、普通に人が発するにおいより強力なものだ。それはかなり有効そうに思えた。 「了解。んじゃとりあえず誘い出すのはそれで良しとして、次はポイントへの誘導だけど、ネルだけに任せるのはやっぱり危険だから、俺も手伝うよ」 緊張しているネルの肩に手をやって、ジニアスが陽気に笑いかける。 「リュリュミアも戦闘向きには見えないもんな。安心しなって。俺がついているから」 「たち、ですわ。私もネルさんと行動を共にさせていただきますわ。こうして肩の上に乗っていればネルさんとは違う方角の確認もできますし、私ならいざというときは戦えますからね。ネルさん、ですから安心して誘導役に徹してくださいませ」 口を挟んできたのはネルの肩に坐っていた梨須野ちとせだ。小さな姿でどうやって戦うのだろうとネルが怪訝そうにしていると、ちとせはこしょこしょっと自分が人間形になれることやその姿でなら戦闘できることなどをささやいた。 「わかった。そういえば結局落とし穴のポイントは決まったんだったっけか?」 「グロイゾーXの偵察で奴の大体の行動パターンははわかったぞ。問題はどうやって穴を用意しておくかだ。言っておくが俺はそこまでは協力しないからな」 鈴がそういうと、リシェルがしばらく考えてからおもむろに言った。 「テリトリーが山で、谷の洞窟が住処なら、穴を掘るのも面倒だし、いっそ谷の上から下に落としちまえばいいんじゃないか?上には上がるんだろう」 リシェルが鈴に問いかけると、鈴はこくりとうなずいた。 「火の属性のせいか、魚はあまり食べないようだ。だからたいがいは谷の上の森に入って獣を獲ったりしているようだぞ」 「その谷は険しいのか」 「そうだな。それなりの高さはあるな」 「じゃあ決まりだな。奴は空を飛べないようだし、知能も低い。不意を突かれて谷底に転落したら、結構な傷を負うんじゃねぇのかな。こういう面倒事はさっさと片づけちまおう ぜ」 根はまじめなのだがどこか面倒くさがりなところのあるリシェルがさっさと決めてしまう。鈴が即席で作成した地図を広げながら細かいところを決めはじめた。 「あの谷には近くに大きな滝がある。あの滝なら滝壺もそれなりに大きいだろう。ま、ドラゴンの体全部は入らんと思うがな。だがひとまず動きを封じるくらいはできるはずだ。火の属性のドラゴンだから水にはあまり強くないはずだ。だからそこをポイントにしよう。いいか、大義名分を掲げている以上、とどめは姉にやらせなきゃならん。その権利があるのはこいつらだけなんだから」 「わかってるって。だから直接戦うんじゃなくて、誘導役を買って出てるんじゃないか。さて、におい作戦はいいとしても、まさかリュリュミアを前線に出すわけにはいかないよね。炎を浴びたら燃えちまうだろ?」 厳密には動物ではなく植物に属するリュリュミアがあははと笑った。 「洞窟の向かいにも森がある。そこに隠れていたらどうだ」 鈴が地図をトントンとたたきながら指し示す。ジニアスも地図を覗き込みながら鈴に尋ねた。 「距離はどのくらいなのかな。ドラゴンのブレスって、飛距離がかなりあるようだけど」 「多分、燃えるな」 さらりと答えられてジニアスがなんとも形容し難い顔になったが、すぐさま陽気さを取り戻した。 「ま、なんとかなるよね」 「はいですぅ。リュリュミアには雨を降らせる能力はありませんけどぉ、腐食循環で樹木を土にかえることができますからねぇ。山火事の延焼はそれで防げると思いますよぉ」 「なるほど。手前を枯らしておけば、見晴らしもよくなるね。ネル、じゃあ俺たちはそこで待ち構えよう。ひきつけて、飛び出させるんだ。もしも炎を吐かれたても俺がなんとかするからさ」 「うん」 まだまだ緊張がほぐれない様子のネルの顔をジニアスが覗き込んだ。 「え?あ、うん。お願いします」 生真面目に言って下げかけたネルの頭をジニアスがやさしくなでた。ちとせが心配そうに身を寄せた。暖かな感触にネルが顔を上げた。目の前には屈託のないジニアスの笑顔があった。 「みんな協力してくれてるし、大丈夫!気楽にいこうよ」 「そうですわ」 ちとせも優しくネルの髪をなでながら言った。それでようやくネルの体から少し力が抜けた。 「そうだなぁ。どうせならまずは空で待ち構えていようかな。そのほうがドラゴンが見つけやすいだろうし」 ジニアスのつぶやきに待ったをかけたのは形代氷雪だ。 「いや、それは待ってくれ。人間一人では目標にするには小さすぎる。ドラゴンは鳥をブレスで攻撃していたらしいな。きっと鳥にはドラゴンの気をを引き付ける何かがあるんだろう。だから私が力を使って鳥の群れを操り、ひきつける役目を果たそう。うまく誘導できたら地上で待機しているネルくんたちとバトンタッチするから、そこでせいぜいドラゴンを走らせるがいい。滝壺に無事落とせるようにな。火を吐くタイミングなどはルフトにまだ探らせているから、わかったら教えよう。どうだ?」 「ルフト?」 「ドラゴンの居場所を探っていた、私と同じ格好の小さな女の子がいただろう。あれがルフトだ」 「ああ!」 手のひらサイズの女の子のことを思い出して、ジニアスがぽんと手を打った。 「んじゃ頼むよ。こっちはこっちでせいぜいドラゴンを狩りに夢中にさせてみせるさ」 「うむ。ルフトと私はテレパシーで会話ができる。ネアに同行させておこう。もしもの時の保険にもなるからな」 「よし。ではそういう手筈で。各自あとは決行の日まで十分な英気を養っておくのだ。もう日にちが迫っているからな」 「終わったら宴だぞー!二人の成人祝いを盛大にやれるよう、頑張ろうぜ」 ジニアスがリシェルの服をくいくい引っ張りながら明るく言う。そういう席はあまり得意ではないのに、なにかとジニアスのペースに巻き込まれてしまうリシェルは、嫌な予感に顔をぴくぴくさせていた。ちとせが楽しげにネルに告げた。 「宴にはご両親が用意してくださっていた衣装を着て参加してくださいませ。せっかくの晴れ着なんですもの、着ないのはもったいないですわ。そのほうがご両親だって喜ばれますわ。それにネアさんがおっしゃっていましたの。着たところを見てもらいたかったって。ネルさんもそう思われますでしょう」 「あの服のこと?うん、僕も見てもらいたかったな」 「きっとどこからか見てくださいますわ。胸を張って着られるようにいたしましょうね」 練習でへとへとになったネアが勢いよく扉を開けて家に入ってくる。おなかが空いたから早くご飯にしてほしいと訴えられて、みんなの笑いを誘った。 ○ そして決行の日がやってきた。 早朝から準備運動に余念がないのはグラハム・アスティレイドだ。愛用の重さ20kgはある鉄アレイで黙々とトレーニングをこなしている。戦う気満々なのは見え見えだったので、鈴に忠告されていた。 「いいか、くれぐれも勝手に倒してしまうんじゃないぞ。とどめはネアにさせるんだ」 「わかっている。エリナにもそれは言われているからな。息の根を止めなければいいんだろう」 ふんふんと軽々アレイを動かしながらグラハムが簡潔に答える。傍らに浮いていた精霊のエリナが、鈴に向かって安心させるように微笑みかけてきた。 「ネアは?」 「ここよ。特訓の成果を見せてあげるわ。さあ出発しましょう!ネルも覚悟はできているわね」 「大丈夫。ネアも無理はしないでね」 ホウユウ・シャモンが双子の肩を抱き寄せた。 「まずはネルたちが滝壺にドラゴンを落とさないことには話にならん。多少の無理は必要だが、やれるな。落下後のことは任せておけ。ちゃんとネアがとどめを刺せるようにしてやろう」 「攻撃支援はしっかりするからね。その気合の入れようなら心配ないと思うけど、最後までやり遂げようね」 今日までネアの特訓に付き合ってきたアルトゥール・ロッシュがネアの背中をたたいた。ネアが力強くうなずく。ネルはまた緊張していたが、アメリア・イシアーファが精霊のジルフェリーザに頼んで、その緊張を解きほぐしてやった。 「宴の準備をして、みんなが無事に帰ってくるのを待っているからねぇ。私はアルトゥールを信じているよぉ。必ず吉報を持って帰ってきてね」 「うん、必ず。アメリアが信じてくれているんだから、絶対に成功するよ」 がしっと手を握り合った二人は、にこにこと視線を合わせて笑い合っていた。ほんわかした雰囲気に頭を抱えつつ、レイナルフ・モリシタがネアに頼み込んでいた。 「この戦いが仇討なんかじゃなく、狩猟の一環だってことで納得してやるよ。だから殺生を無駄にしないために、倒したドラゴンの体はすべて持ち帰ってこいよ。うろこや骨は頑丈だからいろいろなことに使えるだろうし、肉は食っちまえばいいんだからな」 「旨いかな?」 それが何より気になるのか、ジニアスが問いかけてきた。レイナルフが手をひらひらと振った。 「ま、くせがありそうだしやっぱりそのままじゃかたいだろうな。ひき肉製造機を作っておいたから、それでミンチにして適当にハーブとか野菜をぶち込んでソーセージなりハンバーグなりにしてしまえばなんとかなるだろ。玉ねぎ刻んで待っているからな」 「あ、お料理なら任せてねぇ」 アメリアが異世界で培った料理の腕を披露してやろうと張り切る。レイナルフはさっさと台所にひっこんで、玉ねぎの皮むきやらひき肉製造機の最終調節やらを始めた。 そして出発した一行は、鈴の指示に従ってドラゴンの住む山に向かった。すでにリュリュミアが先行して地ならししているはずだ。グロイゾーXやルフトの探索で、ドラゴンが住処の洞窟の上の森で狩りをしていることはわかっていた。二手に分かれる前に、氷雪はネアがまたがっている狼に、ネアの戦いの補佐とその命を守り抜くことを命じていた。鈴はひそかに用意しておいた発明品で電磁フィールドを発生させ、双子のガードをかためていた。致命傷を負うことがないように。ただそのことを双子には告げることはしなかった。安全に戦えるようにすることは、復讐への侮辱だと思っていたからだった。 そうしてそれぞれの配置についた一行は、ドラゴンがやってくるのを待ち構えた。 「よし、ちょうどいい群れを見つけたぞ」 目の前にリュリュミアによって一面土となった平地が広がっていた森の中で空を見上げていた氷雪が目を細めた。氷雪はさっと空を指さしながらネルを促した。 「少し遠いが見えるか?あそこに鳥の群れがいる。あれを使うぞ。では行ってくる。直にドラゴンが気づいて追いかけてくるはずだ。あとはうまいことやるんだぞ。私の策略で必ず君たちを勝利に導いてやろう」 「はい!」 「鳥の群れ……あれですわね。ネルさん、気を引き締めてゆきましょう」 氷雪が指差した鳥の群れはネルやちとせにも見えていた。遠いので小さく感じられたが、一羽二羽の集団ではないことははっきりしていた。それなりに大型の鳥のようだ。ネルがごくりと息をのむ。ちとせもしっかりその群れを見つめていた。どこからともなくリュリュミアの甘い香りが漂ってきて、氷雪が合図した。 「さあ行け!」 「うん!」 ネルが平地に向かって走り出すのと同時に氷雪の姿がふっとその場から消え失せた。テレポーテーションで一気に鳥の群れのところまでとんだのだ。氷雪はテレキネシスで群れの中に体を浮遊させると、左目にはめ込まれたリューゲ・ビンドゥングの力を解放させた。目が赤く輝きだす。それまで自由に空を飛んでいた鳥たちは、たちまち意識を氷雪の支配下に置かれて、すばやくドラゴンに向かって飛び始めた。谷を隔てた向かいの森では、リュリュミアのにおいにつられたドラゴンがやってくるところだった。眼下ではジニアスに背後を守られたネルが平地のど真ん中で走り出す準備をしていた。 ぐぉおおお!鳥の群れが発する鳴き声に興奮したドラゴンがどどどっとダッシュしてくるのが見えた。かぱと口を開いたので、火を吐こうとしていることが氷雪にはわかった。 どうやらドラゴンは一度に複数の動きをすることが苦手らしい。火を吐く直前に必ず動きを止めることは確認していたので、その瞬間に地上にいるネルたちに向かって群れを引き連れて急降下していった。ドラゴンの視線が追いかけてくるのがわかる。鳥の降下によってドラゴンが自分たちを餌としてとらえたことを察したネルたちが、リュリュミアが隠れている森に向かって走り始めた。ごぉっと炎がやってくる。ドラゴンに背を向けて走っているネルにはわからなかったが、ドラゴンのほうを見ていたちとせが警告の声を上げる。すかさずジニアスがサンバリーを掲げた。さんさんと降り注ぐ太陽の恵みを集めたサンバリーは、次の瞬間にはバリアを展開させていた。強力な炎がバリアに防がれる。ドラゴンが次の炎を吐きだす前に、ジニアスはすかさずネルの腕をつかむと、魔黄 翼で斜め上に飛び上がった。氷雪に支配された鳥たちもそれに続く。獲物に逃げられそうになって怒り狂ったドラゴンは、走るスピードを上げてネルたちのほうに突進してきた。 「どう……?」 「もう少し……やった!」 リシェルの思惑通り、勢い余ったドラゴンが切り立ったがけから滝壺にまっさかさまに落下していった。ばっしゃーんと派手な水しぶきが上がる。ジニアスがぴゅうっと口笛を鳴らした。 ドラゴンは体勢を整えようと水の中でもがいていたが、どうやら片足がずっぽり深い滝壺にはまってしまったらしい。水の感触が不愉快だったのだろう。咆哮しながら水の中で暴れ狂っていたが、暴れれば暴れるほど動きは鈍っていった。狼に乗ったネアたちが下の森から駆け出してきた。その姿を見て、ちとせがネルに耳打ちした。 「攻撃隊がやってまいりましたわ。ああ、先頭にいらっしゃるのはグラハムさんですわね。ホウユウさんも続いていらっしゃいますわ」 「ネアは!?」 「リシェルさんやアルトゥールさんと一緒です。大丈夫、落ち着いていらっしゃるようですわ。すでに矢の狙いを定めていらっしゃいます」 「ジニアスさん、降ろしてください。ネアが勝つところを見届けなくちゃ」 「ああ、いいよ」 ひとまず自分たちの役目はきっちり果たしたのだからと、ネルの頼みを快く聞き入れてジニアスは森の中に着地し、リュリュミアと合流してから森のはずれでドラゴンハンティングの様子を見守ることにした。 トップバッターのグラハムは、水中で暴れるドラゴンに嬉々としながら感卦法で念のため耐熱性を身に着け、雷撃のナックルをはめたこぶしを突き出した。いらだったドラゴンは威力の劣った炎のブレスをところ構わず吐き散らしていた。その程度の炎なら十分耐えられる。炎を突き破って飛び込んでいったグラハムのこぶしは、見事にドラゴンの顎をとらえていた。ドラゴンがのけぞると、その頭上からはホウユウが切りかかってきていた。 「秘剣・夢想華。わが心は『無』なり」 精神を澄みとがらせたホウユウは、持てる力を最大限に発揮して、グレートソード状に変化させた斬神刀を上空からドラゴンの口につきたてた。固いうろこを貫いて斬神刀がドラゴンの口を串刺しに封じてしまう。ドラゴンは初めて感じた痛みに一層暴れはじめ、ホウユウは口を開かせまいと懸命に刀を握りしめていた。力の攻防が続く。その間に後陣のネアたちがやってくる。疾風のブーツを履いているアルトゥールや狼に乗っているネアに比べて、どうしても自力で走っているリシェルは機動力で遅れをとってしまう。それははなから気づいていたリシェルは、ネアに「ま、無理しない程度に頑張んな」と声をかけて二人から離れた。目指すはドラゴンの目だ。近くまで行ってから足元に小さな、だがその分強力なシールドを展開させてドラゴンの顔面まで飛び上がる。そして今度は空中に展開させたシールドに閃光弾を力いっぱいたたきつけた。ぴかっと宝玉が光ってドラゴンの視界を奪う。立て続けの苦痛にドラゴンが大きくのけぞった。 「今だよ、ネア!喉を狙って」 「わかった!」 一矢目は惜しくも首をかすめただけだった。もちろん動き回る対象に矢を当てる訓練も積んではいたのだが、ネジによって強化されたクロスボウでの経験値がまだ足りなかったのだ。ネアが悔しそうな顔になる。だが威力は確かに十分だったようだ。矢がかすった部分のうろこが剥がれ落ちてきた。ひょいとそれをグラハムがキャッチする。アルトゥールが自身もドラゴンにジルフェスの真空刃で攻撃しながらネアを励ました。 「当たりさえすれば倒せるはずだよ。攻撃の手を休めないで」 ネアはきゅっと唇をかみしめて、新しい矢をつがえた。ホウユウの夢想華の限界が近づいて、振り落とされそうになる。エリナに指摘されてグラハムはエリナと融合し風の力を得、とっさに背中を駆け上がって頭にたどり着き、ホウユウを支えた。 「ネア、行けーっ」 「倒れろーっ」 アルトゥールとネアの叫びはほぼ同時だった。ひゅんと飛んだ矢はやや的からずれていたが、とっさにリシェルがシールドで突風を吹かせ、軌道修正をかけた。弓なりに飛んだ矢は今度は太い首の中心を見事に射抜いた。串刺しにされて閉ざされた口からごぼっと血があふれ出てくる。ひゅーひゅーという音は、ドラゴンの断末魔だったのだろう。しばらく痙攣していた身体がどうと横倒しになった。 「や、やった……の?」 水の中からドラゴンと一緒に落ちてしまったホウユウとグラハムが顔を出す。ホウユウが引き抜いた斬神刀を天に向け、ネアの健闘をたたえた。まだ信じられないでいるネアの背中をアルトゥールがそっとさすってやった。森の中からネルたちが駆け寄ってくる。グラハムと融合をといたエリナが、ふと何かに気づいたように水面に視線を向けた。 「どうかしたのか」 「なにかが現れますわ」 「もしかしてまだ生きているのか?」 「いえ、そうではなくてもっと純粋な光のような感じが……ああ」 生命活動を止めたドラゴンから太陽の力が抜け出ていく。それはこれまでドラゴンが捕食してきた生き物たちの魂だった。大半は光の塊となって空に消えていったが、ひときわ大きな輝きが見つめているネアとネルの前で人の形になった。見た瞬間、双子から叫びが上がった。 「お父さん、お母さん!」 テルナ夫婦は優しい目で子どもたちを見つめていた。愛に満ちた視線にリュリュミアが固まっている双子を前に押し出しながら明るく言った。 「見てくださいぃ。あなた方のお子さんたちがドラゴンをやっつけたんですよぉ。二人とももう一人前ですねぇ。だから心配しなくても大丈夫ですよぉ」 テルナ夫妻は微笑みながら子供たちを抱きしめた。もちろん魂だけの存在だから実際に触れあった感触はなかったが、自分たちを解放してくれた子供たちへの暖かな気持ちがすぅっとネアとネルに沁みこんでいった。それは成長を喜ぶ強い感情だった。双子にはそれが痛いほど伝わって、たちまち涙があふれてきた。 「おと……う、さん」 「母……さん」 そしてテルナ夫妻も光の塊となって空へと昇って行った。少ししてから空からキラキラしたものが降ってきた。それらは双子に協力してくれた者たちの手の中に納まった。 感動の再開をよそにドラゴンの体のサンプルをあれこれ集めていたグラハムも例外ではなかった。 「なんだ、こりゃ」 エリナがくすくすと笑った。 「ソレイユーラ。太陽の力の結晶ですわね。これを持っていると力が増しましてよ」 「ほお」 奥義の影響で疲弊しきった体に体力が戻ってきたホウユウも、ソレイユーラを握りしめていた。アルトゥールは光にかざしてしばらく輝きを見つめていたが、ふと双子を見て差し出してきた。 「頑張った二人へのご褒美だよ。上げる。高く売れるようだったら生活費の足しにしたらいいんじゃないかな」 ネアが涙をぬぐって、おそらくは両親が亡くなってから初めての心からの笑顔を浮かべた。 「ありがと。でもこれはアルトゥールが持っていて。みんなも。あたしたちだけでは絶対にドラゴンを倒すなんてできなかった。みんなが力を貸してくれたからできたことだもの。せめてものお礼にさせてよ」 「うん。僕たちは父さんや母さんから大切なものをもらったから。それで充分なんだ」 ネルも姉の本来の笑顔を見ることができて、ほっとしたらしい。はにかみながらネアと抱き合っていた。 ドラゴンの体を解体するのはそれほど大変ではなかった。特殊な力を失ったせいだろう。うろこは固かったがバリバリはがすことができたし、肉も意外にやわらかかった。大きい分、骨だけがいささか難しかったがなんとかばらすことができて、手分けして戦利品を村に持ち帰ると、まさに快挙な出来事に村中が浮かれていた。どうやら双子と同じ現象は村でも起こっていたらしい。二人は集まってきた村人たちにもみくちゃにされながら健闘を称えられていた。 持ち帰った肉はさっそくひき肉にされ、アメリアが腕によりをかけて料理をつくりはじめた。そちらは任せて、レイナルフはとりあえずうろこの検分を始めた。 「ふんふん、やっぱりかなり頑丈だな。良い盾が作れそうだ。削れば剣も作れるかな。磨けば輝きそうだから、小さめのは装飾品にもなりそうだな」 「骨はどうするの?」 持って帰ってきたはいいが、何に使えるのかさっぱり見当がつかなかったネアが問いかけてきた。レイナルフは小山になった白い骨を見上げて、こんこんとたたいた。さすが野山を駆け回っていた巨大な肉食獣だ。かなり太いものからそれこそ象牙のように美しいものまであった。 「家、建ててやろうか?」 「えっ。できるの!?」 かなり本気で驚かれてちっちと指を振られた。 「バッキャロー!俺様に作れないものなんかないんだよ。お前たちはもっともっと成長していく。立派な家があったっていいじゃないか。いずれは誰かと結婚して子供も生まれるだろうしな。そうだ。ネアにはアクセサリーも作ってやろう。美人になること請け合いだからな」 「え、やだ。こんなガサツな女の子が?」 ネアが赤くなる。レイナルフはころころとダイスを手でもてあそんでいた。 「俺様の予知に間違いはない!」 実際レイナルフにははつらつとした大人のネアの姿が見えていた。輝く笑顔の女性は、間違いなく魅力的な存在だった。小さな子供の手を引いている穏やかな顔の青年の姿も見えている。それはたくましく成長したネルの姿だった。 「そうと決まれば設計図を……っと、その前に今晩の宴会用のアクセサリーをなんか作ってやるよ。成人祝いなんだろ」 「あ、ありがとう」 「祝杯は俺はパスさせてもらうぜ。この世界に来た目的も果たしたしな。そういう場は苦手なんだ。じゃあな」 さっさと去って行ったのはグラハムだ。「目的?」とネルたちが首をかしげていると、レイナルフが憮然とつぶやいた。 「む。あいつ、ドラゴンの体を少し持っていっちまった」 まだネルの肩に坐っていたちとせは、小さく噴き出してから双子を促した。 「さあ、お二人とも着替えてきましょう。今夜の宴はお二人のドラゴン退治成功祝いだけでなく、お二人の成人祝いでもあるんですから。せっかくご両親が晴れ着を用意してくださっていたのですもの。着て差し上げなくては。きっと天上から見ていてくださっているでしょうから、ね」 「アクセくらいならすぐに作れるから、着替えて待っていろ。主役なんだからせいぜい着飾るんだな」 わいのわいのと騒ぎながら双子とちとせが家に入っていく。レイナルフは手ごろな骨を拾い上げながら、ふっと笑みを漏らした。 家の中では氷雪が双子を待っていた。ネアが屈託なく礼を言った。 「狼とクロスボウをありがとう。あれがなかったら目的、果たせなかったと思う。本当にありがとう。宴にも出てくれるでしょう」 氷雪はネアと一緒に家に入ってきた狼の毛並みをそっとなでてから静かに首を振った。ネアが残念そうな顔になる。ネルも戸惑っていた。 「君たちが復讐……いや、未来をつかんだことに敬意を表しよう。ネアくん、君にはこの狼を置いて行ってやろう。きっとこれからの生活の良き仲間となるだろうからな」 「え、いいの?」 「ああ」 「ありがとう!なんかあたしも離れがたくなっていたのよね~。そっか、じゃあお前は今日からうちの家族だね。よろしく。うーん、それなら名前を付けてあげないといけないわね。シェルフなんてどうかな」 「ああ、いいかも」 ネアの言葉を聞いてネルも破願する。氷雪が軽く首をかしげて説明を求めた。 「初雪って意味なの。氷雪の名前にちなんでみたんだけど、だめ?」 「いや。そうか。良かったな、シェルフ」 狼は嬉しそうに尾を振った。ネアがちとせとシェルフを伴って着替えに行ってしまうと、氷雪はまじめな顔で残ったネルに紙の束を渡した。 「これはなんですか?」 「生態系のトップがいなくなったんだ。バランスが崩れたことで、なにかしらの変化がこれから起きてくるはずだ。想定される事態とその対策案をまとめておいてやった。役立てたまえ」 ネルがはっと顔を上げた。 「それ、エルンストおじいさんにも言われていたんだ。言いたいことはわかったんだけど、だから頑張るつもりでいたんだけど、実際にどうしたらいいのかが実はよくわからなくて困っていたんです。すごく助かります。ありがとう」 「礼を言われるほどのことじゃない。ネアくんにはシェルフを上げたからな。これはネルくんへの褒美だとでも思ってくれ。もう会うことはないだろうが、この世界にこれからも挑み続ける君たちの健闘を祈っているよ」 「はい」 そうして氷雪は静かに家をあとにした。 「味見したけれど、案外おいしかったのぉ。たくさんあるからいっぱい食べてねぇ」 「お疲れ様、アメリア」 「アルトゥールもねぇ」 アメリアが出来上がった料理を次々に運んでくる。アルトゥールがそれを手伝っていた。村の広場にはかがり火がたかれ、村人たちがこぞって集まっていて、着替え終えた双子に口々にお祝いの言葉をかけていた。達成感がおてんばなネアを少し大人にしたようだ。レイナルフが作ってくれた首飾りは繊細な細工が大人っぽく、ネアの表情も大人びさせていた。ジニアスは念願のドラゴンの肉のハンバーグを皿に乗せてリシェルを探して歩いていた。そのリシェルは、適当に料理を盛った皿を抱えて人ごみから抜け出そうとしていた。 「あー、リシェル!やっぱり黙って立ち去るつもりだったな」 「いや……そういうわけでもないんだが」 「じゃあどこに行くつもりだったんだよ。せっかくのドラゴン退治成功&双子の誕生祝の祭りだっていうのに。逃がさないからな。盛大に祝ってやらなきゃ、あいつらだってさびしがるだろ」 「……なんだってこいつはこうも人を巻き込むのが好きなんだ」 「なんか言ったか?」 「別に。はぁ、こういう賑やかなのは面倒で好きじゃないんだがな」 「ったく、本当にめんどくさがりなんだから。少しくらい我慢しろって。おおい、ネア、ネル!リシェルを連れてきたぞー。誕生日と成人おめでとうな。これお祝いのケーキなんだ。食べてくれよ。ほら、リシェルもなんか言ってやれってば」 「ああ、おめでとう」 淡々とした物言いにもネアとネルは嬉しそうだった。ジニアスが差し出したホールケーキには「おたんじょうびおめでとう」と書かれていた。イチゴのアクセントが可愛らしい。さっそく切り分けてもらって双子がおいしそうにぱくつく。わいわい騒ぐジニアスにしっかり引き止められていたリシェルは、不承不承料理を口に運んでいた。 ぱちぱちとかがり火は燃える。はしゃいでいるネアに合わせながら、ネルはエルンストや氷雪に言われたことに思いをはせていた。きっと困難は想像以上なのだろう。けれど、ネアの笑顔を見ているうちにネルもだんだん元気になっていった。みんなが力を合わせれば、どんな困難にも勝つことができる。そう、ドラゴンを倒せたように。両親が残してくれた愛がきっと支えになってくれる。少し大人になったネアとともに。 「ネル?なぁに考え込んでいるの?」 「大したことじゃないよ。未来はきっといつだって頑張れば掴み取れるんだなって思っていただけ」 「なによー。あんたってばこんな席でそんな小難しいこと考えていたの?」 「ここでだからだよ。ネアが生きているからだよ」 「うっ」 少し前までは死ぬ気満々だったことを責められた気がして、ネアが言葉に詰まる。ネルはその反応にきょとんとしてから、くすくす笑い始めた。 「これからも二人力を合わせて生きていこうね、姉さん」 「……頼りにしているのはあたしのほうなんだからね」 ネアの顔が赤いのはきっとかがり火のせいだ。いつもは名前で呼んでいるのに、なんとなく「姉さん」と呼びかけてしまったことが気恥ずかしいのも炎が温かいからだ。太陽の力を手に入れると宣言したのはネアだったが、たぶん自分も手に入れたのだろうとネルは思っていた。 |