「心いろいろ〜アーユーレディ?〜」

−第1回−

ゲームマスター:高村志生子

 多数の異次元と交流を持ち、世界の中心にはいろいろな次元からやってきた生徒たちが在籍しているSアカデミアがある世界・アット。学校は基礎課程と専門課程にわかれており、昇級方法には幾つかある。
 今回の昇級試験が社会科見学によるレポート提出であることを学内新聞で告知してから数日。部室に向かっていたディスは試験官の1人であるミリと偶然すれ違った。
「今回の受験者はどうですか?」
「そうね。まずまずってところかしら。受付の時にリセに手厳しく忠告されていたから、みんな神妙にしていたわよ」
「リセ先生は厳しいからなぁ。まあ、行き先が次元博物館ならそれなりに楽しくやれるんじゃないですかね。いろいろなところで活躍している連中ばかりだから、懐かしい場所とかにもあえるでしょうし」
「そうね」
「そうよ!学生は学生らしくまじめに勉学に励まなきゃ!!」
「っと、やだな、リセ先生。ここにいる生徒はみんなまじめに勉強しているでしょう」
 唐突に現れてディスに不穏な言葉を投げつけたリセは、悔しそうにディスをにらんでいた。隣ではミリが笑いをこらえていた。
「ふううん、そぉ〜〜〜〜〜〜〜うなの」
「当り前じゃないですか。ボクだって論文とか実験とかいろいろやっているでしょ」
 実は成績は何気にいいディスだった。単純に要領がいいともいえるが、痛いところを突かれてリセが悔しそうに顔をしかめた。ディスは軽く肩をすくめながらリセをなだめるかのように言った。
「今、ミリ先生にも言ったんですけどね、今基礎課程に在籍している生徒は、他の世界でいろいろ活動してきたものが多いんですよ。きっと次元博物館にも、行ったことのある世界の情報があると思うんですよね。当時のことを思い出して、進路を見つけてくれるんじゃないですかね」
「まじめにやってくれたらそれでいいわよ。ここは学び舎なんだから」
「新しいシステムも入ったことだし」
「あ、あれいいわよね」
 ディスのつぶやきにミリが反応すると、リセがすさまじく不本意そうな顔になった。
「あ〜ん〜な〜、ふざけたののどこがいいのよ」 「え?便利でしょうに。可愛いし」
「あんたから可愛いなんて単語が出てくるものは、ろくでもないってことじゃない。でもそうねぇ。昔行ったことのある世界の情報なら、その後とか気になるかもしれないわね。ふふ、それは楽しみだわ」
 2人の会話を聞きながら、この2人あんがい気が合っているのではないかと思ってしまったミリだった。

 社会科見学はレポート提出が必須ということで、一泊二日の日程が組まれていた。初日に次元博物館で各自の希望進路に添って見学、翌日は博物館付属の研修室でレポート作成の予定だ。校外学習ということでマイクロバスで次元博物館に向かう。進級がかかっているとあってほとんどの生徒は神妙な顔つきだったが、ただ1人、ビリー・クェンデスだけはひどく楽しげだった。周りに合わせて神妙にしようとはするのだが、時折、「ふ」と笑いが漏れる。一番前の席に座らされていたので周りに気づかれることはなかったが、隣に座っていたリセにだけは分かってしまっていた。なぜそんなに楽しげなのか理由を知っていたリセは、そのたびに手にした出席簿を半分に折りかねない勢いで握りしめ、ミリをハラハラさせていた。
「リセ〜他の生徒にばれちゃうわよ」
「わかってるわよ。でも腹立つのは仕方ないでしょ」
 ビリーはSアカデミアに入校して間もない生徒だった。もちろんそれでも見合う実力があれば昇級は可能だ。だがあえてビリーは今回は昇級を望まないままこの社会科見学に参加していた。表向きは新人だから、昇級とは関係なく己の実力を確かめるための実験をしたいということにしていた。問題はその実験の内容だ。どんな内容であれ、正当な理論のある実験ならば勉学とみなして許可しないわけにはいかず、リセも許可していたのだが、申し出られたときに目が笑っていたことにも気が付いていた。しかも内容が内容だった。
「あかんですか?」
「……せいぜいまっとうなレポートを提出して頂戴」
 のほほんと確認されて、リセは肩を落とした。
 違う意味で緊張しているものもいた。アメリア・イシアーファだ。今回の話を聞いた時から、考えていたことがあったのだ。アメリアはちらりと隣に座っているアルトゥール・ロッシュの横顔を盗み見た。
『進級して、いつかは卒業するんだろぉしぃ。将来かぁ。私は、いつかは……』
「どうかした?」
 アルトゥールがアメリアの視線に気づいて笑顔を返してきた。考えていたことを見透かされたような気になってアメリアが真っ赤になって飛び上がる。アルトゥールが怪訝そうに首をかしげているので、アメリアは慌ててごまかすように笑顔を浮かべた。
「ううん。先生が、私たちがこれまでかかわった世界の資料もあるって言ってたでしょぉ?私の故郷ともつながっているのかなぁと思って。まあ、お兄ちゃんはあそこにはもういないから、里帰りしたいわけじゃないんだけど。アルトゥールはどこか調べたいところとかあるのぉ?」
「ああ、うん。僕はオーディアス世界のことを中心に調べたいと思っているんだ」
「オーディアスって、たしか前の王様がひどい人で、反乱分子に追放されたところだよねぇ。なんで?」
「僕はもともと自分の世界では貴族の出身で、いつかは故郷に帰ってロッシュ家の後を継ぐことになるじゃないか。ずっとそれが当たり前って思っていたけど、こうして色んな世界を旅してきてね、言われるがままに生きるんじゃなくてちゃんと自分の意志で道を歩きたいって思うようになったんだ。オーディアスだけじゃなく、もっといろいろな世界を調べたいところだけど、今回は時間がないしね。まずは故郷に近いところの文化を調べてみようかと」
「うん、いいかもねぇ。私も手伝うからねぇ」
「よろしく」
 アメリアが答えたタイミングでバスが止まった。一行はバスを降りて、まずはリセたちが入館申請を終えるのを待った。
「大きなビルですネ!」
 目のまえにでんとそびえたつ建物をみあげながらジュディ・バーガーがひゅうと口笛を吹いた。バスケットに乗ってふわふわ漂っていた梨須野ちとせが、大きさに目がくらんだのかふらふらと地上に落ちそうになって慌てたジュディに抱えられた。
「学校よりも大きい感じがしますわね」
「そーですネ。敷地はさすがにアカデミアの方が広いカモですが、建物はさすが次元博物館を名乗るダケあります!なんかワクワクします」
「私が育った神殿より大きそうだもんねぇ」
 アメリアは故郷では一番大きな神殿で育ったのだが、次元博物館はそれよりも大きかった。
「形は城に似ているかな?」
 アルトゥールは実家を思い出しながら言った。
「手続き終わったわ。さあ、中に入りましょう」
「驚かないでね」
 ミリの言葉に全員が怪訝そうな顔になる。その理由はゲートをくぐってすぐにわかった。
「……なんですの?これは」
 マニフィカ・ストラサローネが目の前に現れたそれに手を伸ばす。あっと声を上げたのはミリだ。止める間もなくマニフィカの手がそれに触れる。とたんにそれはぽぽぽぽん!と増殖した。
「「ようこそ、次元博物館へ!!」」
 はじめは小さな猫耳をつけた妖精のように見えたそれは、増殖すると同時に普通の人間サイズになった。服もメイド服に変わっている。変わらないのは猫耳ぐらいだろうか。それらが一斉に声を発した。
「なんでこの子だけ小さいままなんですの?」
 ちとせの目の前にいたものだけが小さいままだった。ためしにちとせが人間の姿になると、合わせた様に相手も大きくなり、元に戻ると小さくなった。
「個別対応……」
「あ、新しく取り入れられたシステムなのよ。ここ、広いでしょう?案内係なの」
「詩歩?詳しいのですね。いらっしゃったことがあるのですか?」
 かつて異次元とのいざこざに巻き込まれた詩歩がにこやかにうなずいた。
「ラーグの資料を収める時に来たの。それに希望進路を次元交流学に変えたから、そのあとも勉強のために先生方に連れてきてもらったりしていたし」
「増えるとは思いませんでしたわ」
 目のまえで急に増殖&巨大化されて驚いたマニフィカが、驚きから立ち直ってくすくすと笑った。
「ラーグの交換留学生なのよ。そういう能力を持っているんだって」
「1対1?」
「うん。希望の世界のところに連れて行ってくれるの」
「あ、わたくし、魔法について知りたいのですけれど、教えていただけます?」
 突然の増殖にも動じず詩歩の説明もろくに聞かないまま、目の前にいた案内役に手を差し出したのはアンナ・ラクシミリアだ。それをきっかけにそれぞれが思い思いの場所を願い出た。その熱心な様子に満足げにしていたリセは、簡単に一日のスケジュールを改めて伝えていた。
「出発前にも言ったけれど、今日は一日ここで見学してもらうわよ。お昼は鐘が鳴ったら各自自由にとって頂戴。食堂もあるし。場所はその子たちに聞けばわかるから」
「はあい!」
 全員が口をそろえて返事をし、猫娘と一緒に歩き始めた。

「では連れて行っていただけますか?先ほども申し上げましたが、わたくしは魔法について知りたいので、歴史的な魔法の道具とかあるとよいのですけれど」
 アンナにそう告げられると、猫娘はしばし考えた後「ではこちらへ」と手を差し出した。ついていってたどり着いたのは、ケイトス世界の間だった。
「あら、懐かしいですわね。ここはアメリアさんの故郷ではありませんの」
 かつて闇と光の精霊の戦いに巻き込まれた世界に久しぶりに触れて、アンナがふっと表情を緩めた。
「この世界は特に魔法の恵みが豊かな世界ですので、ご希望に添えるかと思います。そちらのボタンを操作しますと、各種資料を見ることができますので」
「今はどうなっているのでしょうねぇ」
 猫娘の説明を無視して、それでも適当に見つけたボタンを操作していると、様々なものが映し出されていった。
「そういえば結構古くから魔法の恵みで生活していた世界でしたわね。これは?ああ、神殿の資料ですか。ええと、年代別にみていくには……こうして、こう……あ、でましたわ」
 目の前にケイトス世界の歴史的資料が次々と現れ始めた。
「ふうん、やはり昔から砂漠の世界だったのですわね。その割には水の魔法が強かったのですか。いえこれは、砂漠だったからこそ強化、いえ洗練されたのでしょうか。水は貴重ですものね。装飾も凝ってますこと。デザインにあまり変わりはないようですが。ああ、そうか。一度、歴史的資料が失われてしまっているから……。ふむふむ、あら、今は緑豊かな世界に変わっているんですのね。光と闇の精霊が復活したからでしょうか」
 数百年の昔に光と闇のバランスが崩れてともに封印され、四大精霊だけが残されたケイトスは、その時に記録も封じられてしまい世界も調和が崩れて砂漠地帯となってしまっていたのだが、そのバランスが取り戻されたことで砂漠が消えうせ、緑豊かな世界へと変貌していた。それによって魔法の力も強化されたのか、各種の魔法具も増えているようだった。もちろん封印が合った間も四大精霊の力を行使するために様々な魔法具が生み出されていたのだが、それらは元素の力に特化されていたため、決して万能ではなかった。だがそれはそれでなかなかに興味深いものだとアンナは思った。
「水の魔法、火の魔法、風の魔法、土の魔法……。いずれも生活には欠かせないものだったのですわね。けれどやはり土の魔法が一番、弱いでしょうか。植物が育つには地と光が重要ですから、光の魔法が封じられた影響を最も受けてしまったのですわね。火と風の魔法はあまりかわらないでしょうか。水は強いというより、やはりだんだん洗練されて行っている感じですわねぇ。これはやはり生活に密着しているからでしょうか。こうしてみると、自然の力は生命の力と根源を同じくしているとぴえるでしょうか」
 テキパキとメモを取りながらアンナの目は好奇心に輝いていた。

 マニフィカは地球世界の間に来ていた。もちろん彼女もこれまで多くの旅を経験しており、懐かしいと思う世界はいくつもあった。だが自分自身が世界のほとんどが海でおおわれている異次元の出身であることから、それら様々な世界を知ることによって、世界の共通点を知ると同時に、世界の環境の違いがいろいろな価値観や考え方を生み出しているのではないかと思うようになっていた。その考えは、マニフィカに環境という分野についてもっと深く知りたいと思う欲求を生み出していた。様々な軋轢を、最適な環境を得ることによって回避できるのではないかという疑問だ。彼女もまた故郷では王族であるがため、上に立つものとしての知識を得たいと思わせたのだ。
 地球世界はマニフィカの故郷ほどではないが海が多いということでは親和性の高い世界だった。だが魔法の力はなく、物質文明の世界だった。そんな世界にもかかわらず、物質のエネルギーだけで星を飛び出し、宇宙へと旅立ったことに深い感銘を受けていた。
「素晴らしいですわね……」
 地上に住む人に羽はなく、自力で空を飛ぶことはできない。それでも大空に夢をはせ、巨大で精密な機械を作り上げ、幾度もの失敗を経てついには青空を抜け濃紺の宇宙に進出して衛星へと降り立ったのだ。その宇宙船が飛び立つさまは緊張と興奮が夢となって煌めく軌跡を大空に残していた。カウントダウンから衛星に向かう様子は荘厳とも呼べるものだった。最初の到達者は「地球は青かった」という言葉を残していた。なんとロマンティックな話ではないか。払った犠牲は大きかっただろうが、それだけにその一言に込められた感慨はいかばかりか。映像を見ていたマニフィカは、いつしか涙を流していた。
 マニフィカの故郷では、海から出て天空を眺めることは禁忌とされていた。旺盛な好奇心からその禁忌を幾度も破り、ついにはこうして他次元に旅に出てしまったマニフィカだったが、それだけに全く魔力を使わずに物質文化だけであの輝く星空へ旅立つという偉業を成し遂げた地球の文明には称賛の意を贈らずにはいられなかった。
「マニフィカさん?どうしたの、泣いたりして」
 見回りを行っていたリセが声をかけてきた。マニフィカはキラキラと目を輝かせながら両手を胸の前で組み、満面の笑顔でリセに訴えた。
「地球のこの偉業には、可能性という言葉がふさわしいですわね。どんな夢でもいつかは実現できるということを教えてくださいます。ああ、この星々の美しいこと。そこに物質の力のみで到達するとは。わたくしの故郷では星空に行くことどころか見ることすら禁忌であるというのに。やはり理想を追い求めるのは間違いではありませんわね。より良き世界を作るために、この可能性を心の支えとしていこうと思いますわ」
「理想?そういえばあなたの希望専攻は環境工学だったわね」
「はい。これまでたくさんの世界を見てまいりましたが、それぞれに共通点があり、また相違点がありました。人も環境も。いえ、思うんですの。環境の相違が生きとし生けるものに与える影響は大きいと。ですから理想的な環境を得られるなら、そのに住むものも平穏で豊かに生きていけるのではありませんか?そういったことを学んでいきたいですわね」
 リセの目がふっと和んだ。
「そういう考えはいいわね。頑張りなさい」
「はい」
 マニフィカは星灯りが瞬く映像に再び目をやりながら力強くうなずいた。

 ちとせはとりあえず猫娘には大きくなってもらって、バスケットごと抱えてもらって館内を移動していた。
「ラーグからの交換留学生なのでしたわよね?いかがです、アットは」
「ここで主に勉学させていただいているのですが、面白いですね。こんなにたくさんの世界があるとは。姫巫女の強さもわかるような気がします」
「姫巫女って、ああ、詩歩さんのことですか。そういえばあなた方はここに来ると力が強くなるんでしたっけ?あなたも?」
「はい。ラーグでは私はせいぜい2人にしか分かれられなかったのですが、ここでは自在に数を増やせるんです。まあ最初はうまくコントロールできなくて溢れてしまったりしましたが。今では望むような数に調節できるようになって」
「溢れ……それはすごいですわね」
 こうして歩いていても博物館の広さはよくわかる。そこに溢れかえる猫娘たち。想像してさすがのちとせも頬が引きつってしまった。
「何事もほどほどが一番ですね」
「それはもちろんですわ。アットだって多数の次元と交流がありますけれど、一つ間違うと大きな影響をお互いに与えかねません。ラーグとつながった時がそうでしたから。動物や植物で滅んでしまうのもあるのではないでしょうか。そういった展示はございませんの?」
「アットとかかわったためではありませんが、生態系の乱れから大きな環境変化があった世界がありますよ」
「まあ。それは大変ですわね」
「アマルティアという世界なのですが、ご覧になりますか」
「そこなら知っておりますわ。今はどうなっておりますの?見せていただけますか」
 ちとせが連れてこられたところでは、一見なんの変りもない、むしろ活気にあふれた世界に見えたが、よく見ればかつて行った時より森が少なくなり、動物が増え、天候もあまりよくはないようだった
 アマルティアの生態系の乱れとは、その頂点に立っていたドラゴンが子孫を残さずに絶滅してしまった影響を受けたものだった。絶滅の原因は。
「私たちが手を貸した結果、でしたわね……」
 この世界にはドラゴンにかなう存在はなかった。人間はいたが、その文明は未開化で、魔法もなく、とうていドラゴンにかなうほどの力はなかった。ドラゴンが世界の頂点という意味では、ちとせの故郷に近いだろうか。他の世界との交流はないようだし、ちとせのような獣人族もいないようだったが、たどれば自然が豊かで、特に森林が多いことは森林警備の仕事をしていたちとせには懐かしさすら感じさせるものだった。
「あ、リセ先生!ちょっとお伺いしたいのですが」
 通りがかったリセを見つけ、ちとせは思わず呼び止めていた。
「どうかしたの?」
「アマルティア世界のことなのですけれど……。ドラゴンを滅ぼしてしまったことで生態系が乱れてしまっているようなのですけれど、これ以上の環境汚染を止める事は出来ないのでしょうか」
 ちとせはそっとドラゴンを倒したときに手に入れたソレイユーレを握りしめた。太陽のパワーが凝縮されているそれは、どこかほんのりとぬくもりを蓄えているようだった。
「そうねえ。この程度はまだ想定範囲内だったみたいよ。先々を危惧して、対処方法を残していった人がいたみたいだから。それによく見てごらんなさい」
 リセに言われてちとせは改めてアマルティアの現在の様子をうかがった。
「環境汚染といっても、致命的なものはないでしょう?確かに自然はだいぶん変わったし、絶滅した種がほかにもないとは言えないけれど、これはこれで必死にバランスを取り戻そうとしていると思うの。違うかしら」
「そうですわね。栄枯盛衰は生物の常ですもの。私の故郷でもよくありますわ。欲によって引き起こされてはなりませんが、あのときは嫌味な欲ではありませんでしたし。そう、覚悟があった。栄枯盛衰に逆らう生物の性そのものだったのかもしれません。いえ、そう考えるのが正しいのでしょうね。だから私たちも手を貸したのですから」
「あら、ドラゴン絶滅の理由を知っているの?」
「ミリ先生……はい」
 うっかりドラゴンの縄張りに入ってしまい食い殺された親の仇を取ろうとしていた双子に力を貸したいきさつを説明すると、リセの背中から覗き込むように顔を出していたミリが感動した顔になった。
「若いっていいわね〜」
「そういう問題じゃないでしょ」
 リセがこめかみに指をあてた。ミリはくすくす笑いながらリセの背中をポンポンと叩いた。ちとせも溜息をついた。
「たしかにあの2人はまだ子供でしたけれど。きちんと説得を聴いたうえでの決意でしたから止められなかったのですわ。密猟とかだったら決して許しはしませんでした。私の誇りにかけて。でもこうして予測通りの異変があるのを見てしまうと、なんだか本当に良かったか悩んでしまいますね」
「ん〜それは何とかなるものでしょ。1つ種がなくなったくらいで壊れるような世界は、もともとその程度の力しか世界自体が持ってなかったのよ。そういう世界って意外に多いのよ。まあ、アットはそういうところとはつながっていないけれど。うんと小さな世界でも消失の力はそれなりに大きいから、どんな影響があるかわからないもの。この次元博物館に資料が残っているってことは、まだまだ大丈夫な世界だってこと。過ぎたことは気にしないの」
「ミリったら、またそうやって勉学意欲をそぐような」
「だってあたしおなかがすいちゃったんだもん」
「おなか?」
 ちとせが首をかしげると同時にお昼のチャイムが鳴った。ミリが「ね?」と微笑み、リセがおやという顔になった。いつのまにかだいぶん時間が過ぎていたらしい。ちとせはぷるっと軽く頭を振って明るく笑った。
「この辺のテーマについてはもっと深く掘り下げたいものですわね。でもとりあえずランチにしましょう。こんなにいいお天気なんですもの、食堂より外で食べたいですわ。中庭とかありませんの?」
「ありますよ。皆さんにも館内放送で呼び掛けましょうか?」
「お願いします。おっ昼、お昼」
 明るい笑顔の裏に、まだどこか寂しさがにじんでいるのに気が付いたリセだったが、突っ込みはいれないことにした。

『Sアカデミアの皆様にお知らせです。昼食は中庭に用意させていただきますので、中央ロビーからおいで下さいませ。道案内は私たちがさせていただきますので、遠慮なくお聴きください』
 館内放送が流されると一同がぞろぞろと集まってきた。次元博物館ならではの多国籍(?)料理がそこには用意されていた。一足先に来ていたビリーが猫娘たちを手伝っていた。ビリーはマニフィカの姿に気が付くと、非常に愛想よく声をかけてきた。
「すごいでんなぁ、ここは。さすがに次元博物館言うだけはありますわ。種類が豊富で、どれもうまそうでっせ」
「あら、そうですわね」
「うわぁ、本当に」
 後に続いていたちとせも嬉しそうにした。一緒にやってきたリセだけが、この後の展開を想像して嫌そうな顔をしていた。
「お先にいただいてマス!」
 ジュディがぽかぽかと日当たりの良い席を占拠してすでに口をもぐもぐさせていた。さすがに家具までは個別対応になっていないようだったので、ちとせが人間の姿になってジュディの隣に座る。なんやかやと面倒見のよいジュディがすかさずちとせの好きそうな料理をさらに持って差し出してきた。
「ありがとうございます」
「イエイエ、ところでなにか面白そうなトコロ、ありましたカ?ジュディはあれこれ悩んでしまって、なかなか一つに絞れなくて困ってイタんですよ」
 ちとせの手がピタッと止まった。少し表情を曇らせる。その様子にジュディが首を傾げた。
「どうかしましたカ?」
「ええ、実は」
 ちとせがアマルティアの状況を話すと、しばらく考え込んでいたジュディがポンと手をたたいた。
「アア!あの世界ですネ。ジュディは都合で最後までかかわれなかったので気にはしていたんですケド。生態系の乱れですカ。産業とかも変わっていましたカ?」
「産業ですか?そういえば酪農が始まっていたみたいですよ。きっと動物が増えたからでしょうね」
「酪農……」
 そのときジュディの脳裏を養父母の姿がよぎった。酪農ということは、牧場ができたということだろう。それはジュディが育った場所でもある。あれこれ見て回って進路に迷っていたジュディに、その時天啓のようなものがおりた。
『獣医というのはドウでしょう』
 ジュディはもともと故郷の大学に通っていたが、アメフトのスポーツ特待生であったため、アットでのような普通のキャンパスライフとは無縁だったのだ。そのアメフトも、事実上、引退させられたようなもので再開できる見込みはなかったし、趣味であるバイクや特撮の道に進むのも微妙に決め手に欠けているような気がしていたのだ。
『せっかくこうしてキャンパスライフを謳歌していることデスし。きちんと将来のコトを考えたいデスよね』
 何事にもマイペースなジュディですら、過去のあれこれで老いた養父母に心配をかけてきたのではという自覚はあった。牧場なら、獣医の存在は必要不可欠なはずだ。そしてこの道を極めたなら、いつか故郷に帰った時、親孝行ができるのではないだろうか。その考えがジュディの目の前の靄を払ってくれた。
「ありがとうゴザイマス!」
「え?なにがですの?」
「ジュディの迷いは晴れマシタ!ジュディ、獣医になりマス!」
「獣医?」
「フフン♪」
 理由は分からなかったが、ジュディが機嫌よさそうになったので、ちとせも苦笑しただけで深くは問いたださないことにした。誰もがいつかはそれぞれの道を歩くことになるのだ。迷っていたジュディにとってそれが獣医というはっきりした目標になっただけで。
「私はどうしましょうねぇ」
 仕事なら森林警護をしたことがあるし、その関係で環境問題に興味があるのも確かだ。だが1つに絞れとなるとジュディではないが悩ましいのも確かだった。
「いやぁぁぁぁぁ」
 と、そこへマニフィカの悲痛な叫びが響き渡った。ちとせとジュディが何事かと顔を見合わせる。と、ふと気づいたようにジュディが鼻をひくひくとさせた。
「ナンダカ、甘い匂いがしますネ!」
「あれは……なんですの」
 視線の先にあったのは、大量のお菓子だった。それと、ビリーが掲げているプラカードだった。
 お菓子は焼き菓子から生菓子まで色とりどり豊富に用意されていて、視覚的にも匂い的にもいかにもおいしそうだった。2人の視線に気が付いたビリーが、手を振ってよこした。
「これも食べ放題でっせ。ボクが用意したものやから、もちろんタダ!今日中に食べなあかんけど、量だけはいくらでも出せるから安心して食べなはれ」
「ウ〜ン、たまりませんネ。いっただきま〜す」
「あ、お待ちください」
 なぜかおろおろしているマニフィカの制止も聞かずに、ジュディが突進してくる。そしてむしゃむしゃと食べ始めた。マニフィカの様子に少し警戒していたちとせも、いつの間にか一緒になって食べていたアンナがクッキーを1つ差し出してきたので恐る恐る口にしてみた。
「あら、おいしいですわね」
 てっきりロシアンルーレット並みに外れでもあるのかと思っていたが、笑顔で「美味しいデス」を連呼しているジュディの様子を見る限りではそうでもないようだ。アンナもニコニコしながらつまんでいる。ただこちらはさすがにジュディの食欲にはかなわないらしく、適当なところで手を止めた。と、すかさずビリーがプラカードを掲げた。カードにはなにやら数字が書き込まれていた。
「今アンナさんが食べはったお菓子の全部のカロリーはこれやで!」
「!!!!!!!」
 美味しいからとつい食べ過ぎていたらしい。アンナもぎょっとした顔になった。ビリーが不敵に笑う。
「いやいや、勉強に疲れた脳には糖分が必要でっからなぁ。うひょひょひょ〜」
「いやでも、こんなに〜!?」
 甘いものの誘惑と摂取カロリーが気になるのは、切ない乙女心かな。アンナはせめて少しでも消費しようかと、ばたばたとそこいらじゅうの掃除を始めた。案の定の反応にリセが額に青筋を浮かべる。しょうもないいたずらにちとせが思わずスパーンとはりせんをビリーに振り下ろした。ビリーはけたけた笑いながら、なおもプラカードを掲げようとした。
「ちなみにちとせさんのは〜」
「結構ですわ!その分このはりせんで消化させていただきます」
「わ〜タンマ、タンマ。これはボクの研究テーマなんでっせ。実験の一環なんや。女性が甘いものが好きなのに、ダイエットを気にして我慢してしまうのはよくある話やろ?その枷を取っ払ったらどうなるかな〜と、と?」
「ハイ!とってもおいしいネ!」
 やり取りの間もむしゃむしゃと食べ続けていたのはジュディだ。その速さや量にはさしものビリーが絶句した。
「もうナイのですカ?」
 むしろお代わりを要求されてビリーがガクッと肩を落とした。
 ちなみにもう一人の女性であるアメリアは、せっせとアルトゥールに手作り弁当やらデザートを食べさせていた。
「あれは食べなくてよかったね」
「そぉだねぇ。まあ、わたしは食べるより作る方が好きだから。アルトゥールに食べてもらいたくて、今日も張り切って作ってきたんだよぉ」
「ありがとう、アメリア」
 別方向からまた違った攻撃を受けて撃沈したビリーだった。

 それでもくじけなかったビリーのスイーツトラップに詩歩や猫娘が引っかかって騒ぎになったりしているのをしり目に、一足早く食事を終えたアルトゥールとアメリアは、再び見学へと乗り出していた。2人は午前中は予定通りオーディアスの歴史を見学していた。新たな国王は善政を敷いているようだった。それでも前国王におもねって堕落を貪っていた一部の貴族が反抗してくるのの対処に苦労しているらしい。優しいばかりでは政治は行えない。民衆の意志と上流階級の意志と、バランスを取って社会は回るものだ。そのへんのさじ加減はアルトゥールには興味深いものだった。
 アメリアは一緒に回りながら、主に貴族階級の文化、特に礼儀作法などのたしなみを集中して調べていた。
『やっぱり貴族のダンスって華やかだねぇ。衣装とかもこっているし。そういえばアーニャさんの婚礼衣装は素敵だったなぁ』
 反乱の決め手となったアーニャは、救い出してくれた冒険者と結婚してオーディアスを旅立っていたが、式自体はオーディアスで行われていた。悪政からの解放の象徴ともされたその結婚式の様子は映像として残されていた。もともと美しい娘だったアーニャが、幸せいっぱいのオーラをまとっている様子は、アメリアにはまばゆいくらいだった。
『お嫁さんかぁ。なれたらいいなぁ……いつか、アルトゥールの』
「アメリア?顔が赤いけれど、大丈夫?」
「う、うん!大丈夫だよぉ。午後はどうしよぉ?まだもうちょっとオーディアスの歴史を調べる?」
「うーん、それでもいいけど。アメリアにはどこか行きたいところがある?なんかつき合わせちゃっているからね。もし行きたいところがあったら、こんどは僕がつきあうよ」
「そぉ?ありがとう。じゃあね、サナテルってところをちょっと見てみたいのだけど、いいかなぁ?」
「サナテル……」
 なぜかアルトゥールが一瞬かたまった。アメリアがきょとんとすると、はっと気が付いたように笑顔になった。
「知っているよ。行ったことがある。領主一家にお家騒動があったところだ」
「貴族とはちょっと違うかもだけどぉ、やっぱり民を治めているという意味では関係があるかなぁって。沢山の文化に触れたいしねぇ」
「そうだね、それはいいかも」
 実はアルトゥールはその世界で失恋という苦い経験をしていたのだ。今はアメリアという可愛い恋人がいるのだが、それはそれでまたちょっと胸をうずかせた。
 しかしそれはアメリアと知り合う前の話だ。過去は過去として受け止めようと、アルトゥールはややぎくしゃくしながらもついてきた猫娘にサナテル世界への案内を頼んだ。
「でもそこに行くのも、なんだか僕の進路につき合わせているみたいだね。アメリアはどんな将来の夢があるの?」
 問われてアメリアが真っ赤になった。
「わ、私の夢ぇ?ええと、それは、その」
「ん?」
「……たらいいなぁ」
「え、なんだって」
「アーニャさんみたいな素敵なお嫁さんになれたらいいなぁって、そのぉ」
「お嫁さんかぁ。アメリアだったらいい奥さんになるだろうね」
 純白のウエディングドレスはアメリアによく似合うだろう。だが、結婚するには相手がいる。そのことに思い至って、アルトゥールも赤くなった。
「えと、その相手って」
「いやぁ、聞かないでぇ」
 アメリアが叫んでパタパタと走り出す。残されたアルトゥールは、顔を赤くしたままドキドキ高鳴る胸を押さえた。
「やっぱりそういうことなのかな」
 いや、アメリアの隣に立つのは自分しかいないという自負はある。というより、その場所は誰にも譲りたくない。それにこの先、アメリア以上に自分についてきてくれる女性は現れないだろう。いつか故郷に帰って家督を継ぐ日が来ても。
「ああ、だから貴族の文化とかを熱心に見ていたのかな」
 夢も現実も精一杯見るのは女性の方だろう。さきほどのお昼でのスイーツトラップのように。だとしたらこれ以上に嬉しい話はあるだろうか。アルトゥールは幸せが胸の奥底から湧き上がるのを感じて、ぎゅっと手を握りしめた。そして急いでアメリアの後を追う。ちゃんとしたプロポーズは自分からしたい。アメリアもはっきりとは告げないだろう。その日は多分そう遠くないはずだ。
 遠くにアメリアの姿が見えてきた。その前には、結婚した領主の子供たちの式の様子が映し出されていた。アルトゥールの足音を聞いて、アメリアが振り返る。その頬はまだ赤かったが、浮かんでいる笑みはいつもとは違うどこか大人びたものだった。そうして並んだ2人は、サナテルの統治の様子をあれこれ調べながら、幸せのオーラをまき散らしていた。

 午後は見学に加えて、希望者には簡単な実習なども実施された。そしてそれぞれの思いを秘めて、夜は更けていった。