「モアの金色の歌声」

−第3回(最終回)−

ゲームマスター:大木リツ

 異世界の者達とトイ街の人々の歌声でモアの木に眠っていたモアが目覚めた。モアの話によると、モアと魔獣ウテルは時の神から生み出された対となる存在だという。
「さぁ、終わりの歌を歌いましょう。この連鎖を断ち切る時が訪れました」
 目覚めたモアはウテルの弱点である心臓を求め、異世界の者達と共に過去に行く。一方、ソーリ草原では時を喰らったウテルの力が増しその体は巨大化していった。力が戻りつつあったウテルは口から紫の霧を吐きだし、王国騎士団モア・レティスに浴びせる。すると、騎士達は急激に老いて装備が全て錆びてしまう。紫の霧は物や人を50年過ぎた姿にする恐ろしい力を持っていた。騎士団長であるサバス・イアンは黙って居られず単騎で突入していく。
「己、魔獣ウテル!良くも私の同胞を!」
「ハハハハッ!お前も老いてしまえ!」
 立ち向かってくるサバスにウテルは紫の霧を浴びせた。

Scene.1 決戦へ向けて

 魔獣ウテルの異様な力を野生の勘で感じ取った異世界の者がいた。アメフトのプロテクターを装備したジュディ・バーガーだ。
「嫌な予感がしマス…」
 ウテルがいる方向を注視していると、ウテルが口から紫の霧を騎士達に向って吐き出していた。目を凝らして良く見ていると、騎士達の体や装備品に異変が起こる。一気に肌が皺だらけになり、鎧等が錆びてしまったのだ。
「オーマイガッ!なんデスカ、あれは!」
 頭を両手で抱え驚く。勇敢で豪胆なジュディでも脅威を覚えるウテルの力。次々と紫の霧を浴びた騎士達が戦闘出来ない状態になっていく。
「これは、一時撤退も止む終えないデス。一度後退して、隊列を整える必要がありマスネ」
 撤退の言葉がジュディの頭の中に浮かぶと、叫ぶサバスの声が聞こえてきた。ジュディの目の前でサバスは単騎でウテルに突撃していったのだ。
「OH!無茶デス、サバスー!」
 サバスの行動に驚愕したジュディは大型バイクのアクセルを力一杯回した。サバスの気持ちは分かるジュディは見殺しには出来なかった。
「ジュディ、サバスを助けに行くデス!」
「はっ!我々は本隊の撤退援護を!」
 陽動小隊の騎士達と目を合わせ、お互いに肯き合う。ジュディの考えを騎士達は汲み取っていた。アクセル全開でジュディが大型バイクを走らせると、陽動小隊は本隊に向って駆けだして行く。
 ジュディが向かう先では、紫の霧を浴びたサバスはウテルの目の前で倒れいる。今にもウテルはサバスを鋭い爪で突き刺しそうだった。その時、ジュディが大気を揺るがすほど大きな雄たけびを上げる。
「ゥアアァァァァッ!!!」
 腹の底からの声を張り上げた。遠くまで聞こえる大声にウテルは手を止め、視線を向ける。雄たけびによって気を反らす事が出来たジュディは、持ってきた丸太を火炎系魔術で発火させた。
「セットッ!!…ハット、ハット、ハットォォォッ!!」
 アメフトでの攻撃の掛け声を上げて、燃え盛る丸太を豪快にウテルに向って投げる。火の槍と化した丸太は鋭い速さでウテル目掛けて飛んだ。
「こんな子供騙しが、俺様には効かんぞ!」
 飛んでくる丸太を大きな手と爪で力づくで壊した。だが、その隙にジュディは倒れていたサバスを拾い上げ素早くウテルの前から離脱する。そして、紫の霧により崩れていた本隊の前衛をジュディの小隊が援護をしたお陰で、素早く撤退する事が出来た。
 撤退していく騎士団をウテルは必要以上に追おうとはしない。逃げる先は分かっているからだ。
「このまま貴様ら人間もモアも一網打尽にしてくれるわ!」
 そういうとウテルは普通の魔獣子ウヨンとは違う赤い魔獣子ウヨンを生み出した。
「モアは壁を作り魔物から街を守ったつもりだろうが、俺様の特別製のウヨンはそんなものになど負けやしない」
 ウテルは今度は50体の赤いウヨンを生み出し、街へと向かわせた。
「今度のウヨンは殺せば爆発する特別製だ!しかも、そのウヨンも俺様と同じ紫の霧を吐き出すぞ!」
 ウテルは先に赤ウヨンを街へと向かわせた。その後ウテルは再び軍を整える。侵攻はすぐ目の前に迫っていた。

 ウテルが軍の再編成を行っていた頃、トイ街の大広間に異世界の者達と騎士団達が集結していた。本隊の約半数が紫の霧により老化し、装備品も錆びてしまっている。騎士達の姿を見て街人達は動揺し、騎士達自身も動揺していた。
 そんな騎士達に老いたサバスが声を上げる。
「何をそんなに落ち込んでいるのだ。モア様が協力者を連れてウテルの弱点を求めて過去へ飛んだのだぞ!勝機はまだ我らに残っているぞ」
 70歳越えをしたサバスだが、その心までは老いていなかった。嗄れた声で叫ぶとそれに続いて、軍服に着こんでいるジェルモン・クレーエンが声を上げる。
「体が老いても騎士の誇りは老いていない筈だ。まだ、戦えるという者は名乗り出よ。もう一度隊を編成し戦うぞ」
 ジェルモンの言葉に騎士達の心の中で誇りが蘇ってきた。そこに二つの魔銃を持っているシャル・ヴァルナードが喝を入れる。
「あなた達は何かを言われないと、動け出せないのですか?そんな人達に街を守る資格などありません。邪魔になるだけです。この街を本気で護りたいと心から思っている人だけ戦いに来て下さい」
 冷たく厳しい喝。シャルは士気を下がっている今、その言葉をかけて士気を上げたい考えだった。ジェルモンとシャルの言葉にどうすればいいか分からなかった老いた騎士達は次々に雄たけびを上げて戦う事を決断する。
 だが、騎士達の闘争心を掻き立てたものの戦力的には格段に下がっていた。それを埋める手立てがないまま騎士達は、ウテル軍に挑む事になる。

 一方、集団とは離れて行動する異世界の者がいた。人目を避けるように形代氷雪は街のとある一室にいる。そこで魔物達に回収させたウヨンの頭部をサイコメトリーを使い、脳を調べていた。
「ふむ…これはウヨンを生み出す際にあらかじめウテルが命令をウヨンに植え付けていたようだ。ウテルの考えを埋め込まれ、そしてその考えの下に動いていた…小さなウテルそのものだな」
 ウヨンは生れ出る際に事前にウテルからの行動命令を埋め込まれ、独自に行動していた事が分かった。テレパシーを使う事無く、ウテルと同じ考えの下にウヨンは行動していた事になる。
 例えテレパシーの力があったとしても、ウテルは何千体といるウヨンにその場にあった命令を送るのは至難の業だったであろう。
「ウヨンの体を通してウテルが語りかけてきたのは…どうやらテレパシーの類なものではないな。眠っている間に意識を飛ばして語りかけてきた、ということか。テレパシーで操っているのであれば、私が逆にコントロールする事が出来たが…これは出来ないようだ」
 氷雪は赤ウヨンがテレパシーで操れるのならば、街から離しウテルの場所に戻し自害させる事を考えていた。そうすれば爆発ダメージがウテル自身に与えられ、また爆発で起こる街の損害を限りなく0に出来る。次に氷雪は体の神経について調べを進めた。
「よし、神経の構造ははっきりと分かる。これならば私の超能力で体を動けなくする事が出来るだろう」
 ウヨンの神経の構造を頭の中に収めると、氷雪も決戦への準備を進める。遠くで待機していた、魔物達や人工生命体の『ルフト』にテレパシーを送り配置に付かせた。

Scene.2 赤ウヨンと個々の戦略

 ウテルがとうとう軍を動き出してきた。数は減ったものの、新たに生み出された爆発する赤ウヨンがいる。大地を震わせ進軍してくると、まず始めにジェルモンが老いた騎士達を連れて街から出てきた。
「50年経っても、不良老人の用意のあるもの!年の割に元気なはずという自信のあるものは、我に続け! 勇敢であったら老人でも十分、尊敬の対象になるぞ!!」
 ジェルモンは信頼と見込みのある老いた騎士達を従える。
「我ら『シルバー・モア・レティス』が名を残すだろう!」
 当初はその隊の名を「お達者くらぶ」と名づけたが、老いた騎士達の反論もあり名前を代えざるをえなかった。その名で満足した老騎士達は嗄れた声を目一杯に上げ、腰痛にもめげずに馬を走らせる。
 金色のバリアをすり抜け駈け出して行くと、先頭を切って走ってきた赤ウヨンがジェルモン隊に襲いかかる。鋭い爪を向け弾丸のように飛んでくる赤ウヨンを、巧みな騎馬の技術で避けた。
「決して殺さず、だが行動不能にせよ!その両手両足を斬り落とし、喉笛をかき切り…生かす手段を取れ!」
 殺せば爆発する赤ウヨン。そこでジェルモンが考えたのは一体ずつ各個撃半殺しにする事だ。隊を三つに分け赤ウヨンをおびき寄せると、騎馬で囲い逃げられないようにした。
 その時、ジェルモンと老騎士達で閉じ込めた赤ウヨンは紫の霧を吐き出す。事前に風向きを考え風下に騎士達を配置せずにいた。その為か霧が吐きだされても一定の距離を保ち、直ぐに霧から逃れる事が出来る。
 赤ウヨンは普通に霧を吐いても人間に掛らないと知ると、ジェルモン目掛けて強く霧を吐き出す。勢い良く吐き出された霧はあっという間にジェルモンを包み込んだ。その自体に騎士達が慌てる事はない。霧が晴れた先にいたのはバリアによって護られた姿だった。それを見た赤ウヨンは驚き混乱する
 ジェルモンはシェリル・フォガティより太陽エネルギーでバリアを張れる『サンバリー』を借り受けていたのだ。
『あとで生き残ってたら返してね。あなたのことだから大丈夫だとは思うけど』
 頭の中で借り受けた場面が蘇る。苦戦が強いられると予想したシェリルは知人であるジェルモンの為にとサンバリーを貸したのだった。借りたサンバリーをじっと見つめると、大事そうに懐にしまい『バスターソード』を掲げる。
「敵が混乱している!今が攻め時よ!!」
 大声の合図に騎士達は一斉に弓矢を放った。決して殺さないように足や手を狙い射ると何本かの矢が突き刺さり、赤ウヨンは悲鳴を上げる。動きが鈍くなった頃合いを見て両手を切り落とし、足を縛り付け、霧を吐き出さないように口に石を詰め込む。
 他の騎士達も赤ウヨンを半殺しにして縛ると、ジェルモンは捕まえた赤ウヨンを連れてホリワの森に直行する。俊足の足で駆け抜け、ホリワの森を突き進み、襲いかかってくる魔物やウヨンを自慢の剣で斬り倒して行った。
 すると見えてくるのは、ウテルが眠りについていたという大岩だ。
「連れてきたウヨンを一定距離で並べ、大岩共々爆発させる」
 赤ウヨンを導火線のように一定距離で並べ、遠距離攻撃で大岩と共に誘爆させる事を考えていた。騎士達がウヨンを並べ終えると、ジェルモン達は一定距離を保ち離れる。そして、一番近いウヨン目掛けて騎士達は弓矢を構えた。
「放て!」
 ジェルモンの声と共に弓矢が放たれると、雨のように弓矢がウヨンに降り注ぐ。弓矢を急所に射られると、途端にウヨンが大爆発した。そして、その爆発に巻き込まれ次々とウヨンが誘爆していく。最後の爆発で大岩は破壊され、長年続けられてきた一つの歴史が幕を下りた。
 その光景を騎士達は神妙な面持ちで見守り、ジェルモンは直ぐに背を向け声を上げる。
「まだやり残したことがある。急いで魔獣ウテルの所へ引き返す!」
 その声に騎士達は声を上げジェルモンの後を追って行った。後は大切な人が護りたいと思った少女を護るだけだと、強く心の中で思う。

 トイ街のバリア付近までやってきた魔獣ウテル軍。先に突出してきた赤ウヨンがバリアのすり抜け、街目掛けて駈け出してくる。その光景を『しゃぼんだま』に乗って空から見ていたのはタンポポ色の幅広帽子を被ったリュリュミアだ。
「わぁ〜、沢山やってきましたねぇ。だけど、それ以上はぁ…行かせませんよぉ。街をメチャメチャにしたらぁ、許しません〜」
 過去へ飛ぶ事も考えたリュリュミアだが、過去に行っている間に街を破壊される事に悲しさを覚える。過去に行く事を諦めて、街を守る事に決めた。街を守るためにリュリュミアは事前に赤ウヨンが来るであろう場所にある物を植えている。
 近づく赤ウヨンを確認すると、空から近づいて行った。
「こらぁ、街を壊したらわたしが許しませんよぉ。わたしの歌を聞いて下さい〜」
 ウヨンに聞こえるようにリュリュミアは声を上げると、歌を歌い出す。
「モアの〜まもりはかたい〜。ウヨンの〜あしはおそい〜」
 歌を歌い出すと周囲に金色の小さな光の粒が生まれ、それが赤ウヨンに振りかかり動きが鈍くなる。リュリュミアは金の実の果汁を飲み、モアの力を手に入れていたのだ。
「ウヨウヨからむよ〜、きをつけて〜」
 歌を歌うリュリュミアに赤ウヨンの注意が行くと、地面から蔓が生えてきて赤ウヨンの体に絡み付き身動きを封じ込めた。動けなく赤ウヨンだったが、紫の霧を吐き出し蔓を腐食させて束縛から抜け出す。だがその時、地面から無数のスギの樹が生えてきて赤ウヨンに突き刺さった。
「いいわすれていたけど〜、スギのきも生えてくるのでした〜」
 蔓とスギの種を植えていたリュリュミアの作戦は見事成功する。街から離れた場所で撃退された赤ウヨンの爆発の被害は地面だけで終わった…かに見えた。
「あ〜れ〜。爆発が大きくてぇ、吹き飛ばされちゃいますぅ」
 数体爆発した爆風の衝撃で身軽なリュリュミアはしゃぼんだまと一緒に吹き飛ばされる。そこに『アーマードエアーバイク』をパワードスーツモードにして上空で待機していたシャルがリュリュミアを受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「はい〜、助かりましたぁ。あやうく、もう少しでお空のお星様になるところでしたよぉ」
「後はボクに任せて下さい」
 そう言うとシャルはバリアの傍までやってきた魔物やウヨンに標準を定める。密集したその場所に閃光弾を次々と投下していくと、辺りが眩い光に包まれ魔物もウヨンも目を眩ませた。
「この街の平和はボクが守ります!」
 下降していったシャルは両手で『魔銃α』と『魔銃β』を構えると魔物とウヨンに向って魔力弾を放つ。密集している為逃げ道の無いウヨンや魔物は魔力弾によって次々と倒され行く。
 だが、数が一向に減らずに数で攻め続ける。バリアを壊そうと、バリアに向って体当たりなどをしてきた。そこでシャルは魔銃をマシンガンモードに切り替えると、限りなく撃ち続ける。
「このまま戦っていても、死ぬだけでしょう!引き下がらなければ、このままボクが叩きつぶします!」
 魔物に向ってシャルは離反を叫んだ。脅しのような言葉を投げかけると、一部の魔物が竦み上がる。周囲で次々と死んでいく同胞を見て恐怖を覚えたようだ。
「死にたいのでしたら、来て下さい。ボクが相手になりましょう!」
 シャルの大声をきっかけにして、魔物は戦線を離脱して行く。今回ばかりはウヨンも裏切り者に制裁を食らわせる余裕がないのか、離脱していく魔物は殺さずにバリアの破壊に全力を尽くす。
 そこをシャルのマシンガンモードの魔力弾が無数に飛んでくると、直撃したウヨンはその場に次々と倒れて行く。最前線で戦うシャルに街を目指していた赤ウヨンが戻ってきた。シャルが赤ウヨンに気が付くとすぐに対峙する。
「残念ながら、もう対策はすんでいます。ボクと対峙時が命運尽きたと思って下さい」
 赤ウヨンに対して対策を考えてきたシャルは引く事無く赤ウヨンと戦う。逃げないシャルを見て、赤ウヨンは勢い良く紫の霧を吐き出す。するとシャルは後退しながら霧に水のアーツで放水を始める。放水された水は霧を消し去る事が出来た。
 霧が効かないとなると赤ウヨンは爪を武器にシャルに向ってくる。飛んできた赤ウヨンに対してシャルは雷のアーツの力を使い、雷パンチを赤ウヨンに放った。感電した赤ウヨンは倒れ込み、その場で身動きが取れなくなる。
「これでおしまいです」
 赤ウヨンからシャルが後退して離れると、魔銃で赤ウヨンを撃つ。魔力弾が赤ウヨンの体を貫くと、大きな音を立てて爆発した。爆風がシャルに飛んでくるが、シャルは飛ばされる事無く赤ウヨンとの戦いで勝利を収める。
「バリアが壊される前に…ボクがこの大群を引きとめて見せます」
 バリアの内側に居たシャルは再び魔銃を大群に向け戦い続ける。街を守りたいという心は誰よりも強いシャルから魔銃の音が鳴り止む時がなかった。
 街の外で戦いが繰り返されていた頃、その入り口付近では騎士達を集めて胸当てを装備したフレア・マナが指揮をしている。
「ボク達は爆発を引き起こす赤ウヨンの撃退を優先して行う!皆、ボクの指示に従って動いて欲しい」
 得意の白兵戦、接近戦を封じられたフレアは赤ウヨンに対しての戦略を考えてきていた。フレアの言葉に下に付いた騎士達は声を上げて、指示に従う意志表示をする。フレアが考えた戦略は赤ウヨンを敵が密集している所で爆破させるという事だった。そこで敵が密集する所で赤ウヨンを爆発させれば、被害を被るのはウテルの方だ。密集させる為、事前にバリアの外に返しのある空掘を作らせてあり、次々とそこに敵が落ちて行く。
 その空掘には一か所だけ登りやすい場所を作ってあった。そうすれば赤ウヨンがそこから登ってくるであろう、そう考えていた。だが、赤ウヨンはそこから登らずに密集したウヨンらを踏み台にして飛んできたのだ。
「フレア殿!赤ウヨンが次々と飛び出してきます!」
「そっか、密集しすぎて底が高くなったのか…身体能力も高かったな。よし、後はボクがけりを付けてくる!」
 騎士の報告にフレアは駆けだして行った。まだ密集地帯の傍にいる赤ウヨンを少しでも早く仕留めれば、その分被害は敵にいく事だろう。
「『ポール』!頼めるかい!」
「了解シマシタ〜!」
 フレアは異世界で出会った円筒型のレトロロボット系ポールを呼ぶ。『バーナーロケット』を装着したフレアはポールを抱きかかえると、勢い良く飛翔した。上空から見下ろすと、丁度密集した地点が丸見えになる。
「あの赤い奴目掛けて眼光レーザーだ!」
「眼光…ライトデスカ?」
「そっちじゃなくて、目に付けたレーザー機能だ…」
「ソチラデスネ、理解シマシタ」
 少しとんちんかんな事を言ったポールは目を密集地帯に向けた。そしてエネルギーを集中させると、一直線にレーザーが走っていく。レーザーは動きながらも、赤ウヨンを捉える事が出来た。体を二つにされた赤ウヨンは途端に爆発し周囲を巻き込む。近くに居た赤ウヨンがその爆破に巻き込まれ、連爆を起こした。
 爆風がフレアに襲ってくるが、バーナーロケットを巧みに操り難を逃れる。

 街の外で戦いが繰り広げられている頃、侵入した赤ウヨンを撃退しようと街の中でも戦いが始まっていた。大通りにジュディは騎士達を連れて布陣を張っている。その通りには大型弩のバリスタが設置されていた。
「ジュディが赤ウヨンをおびき寄せるデス!赤ウヨンの足元を凍らせてから、バリスタで槍を撃ちこむデスヨ!これは全てがタイミングが重要デ〜ス。一人は皆の為に、皆は一人の為デス!」
 ジュディが考えた戦略は赤ウヨンを囮役のジュディがおびき寄せ、水氷魔術で足元を凍らせた後に時間差でバリスタから槍を撃ちこむものだ。タイミングとチームワークが大切になる戦略に皆が心を一つにして共に声を上げる。
 騎士達に説明をした後に、大型バイクに乗りこみ赤ウヨンを求め街を走り抜けた。街の出入り口付近にまで大型バイクを走らせると、塀を乗り越えて街の中に入ってきた赤ウヨンを発見する。
「Hey!そこの赤いボディ!このジュディが相手をして上げるデスネ!カモン!」
 エンジン音を響かせ大声を上げた。赤ウヨンはその音と声に気が付きジュディに向ってくる。すぐに大型バイクを走らせると、騎士達がいる場所へ急いでいく。早く走るジュディに赤ウヨンは紫の霧を吐くタイミングもなく、追って行った。そして、バリスタの射程範囲に入るとジュディは水氷魔術を使う。
「フリーズ、デース!」
 走ってくる赤ウヨンの足元目掛けて魔術を打つと、一瞬で足元が凍りつき赤ウヨンの身動きが止まった。アクセル全開でその場を素早く離脱すると、騎士達がバリスタを起動させる。
「標的は赤ウヨン!放てー!」
 掛け声と共に槍が勢い良く放たれ、飛んだ槍は赤ウヨンの体を貫いた。瞬間赤ウヨンは爆発し辺りを破壊する。だが、その爆発は思った以上に小さなもので遠くから見ていたジュディも首を傾げた。
「Why?爆発の規模が縮小されてイマース」
 爆発した場所の近くに行き肩を竦めていると、遠くから歌声が聞こえてきた。その歌声を聴いたジュディはピンとくる。
「OH!遠くから歌声が聞こえマス!きっとこの歌声のお陰で爆発が抑制されたに違いアリマセン!ジュディ達も心を一つにして、歌いまショウ!」
 遠い所からの歌声のお陰で爆発の力が抑制されていた。これで心おきなく赤ウヨンと戦えると思ったジュディは騎士達と一緒になって心を一つにする為歌い出す。
 そして、その歌声を届けている者は救出された歌姫のアリューシャ・カプラートだった。
『良かったですわたしの歌声が届いたようですね。爆発の音が思った以上に小さく聞こえます』
 アリューシャは金の実の果汁を飲み、声が良く届く高い所で歌を歌う。その手には母親から譲り受けた竪琴『セイレーンの竪琴』を抱え綺麗な音色を奏でていた。セイレーンの竪琴には奏でる者の歌声に反応し、響きを倍増させる事が出来るのだ。その力のお陰でアリューシャの歌声が遠くまで届き、歌の力が広範囲に届く。
『気休めかもしれませんが、金の粉の力も役立っているといいのですが…』
 アリューシャは金の粉を分けてもらい、それを竪琴に振りかけていた。気休めかと思った行為だったが、それは通常の歌の力をさらに高める結果となっている。そのお陰で爆発が思った以上に小規模に抑える事が出来ていた。
 それともう一つ、アリューシャの歌を広めている他の力もあった。
『ありがとうございます、アルバ…わたしの我儘を聞いて下さって…』
 遠くで歌の力を広めているであろう、アルヴァート・シルバーフェーダを想い心の中で感謝の言葉を述べた。しかし、心の中で一つだけアリューシャを苦しめる事がある。
『でも、切ないですね…わたしにとって大切な歌が凶悪な魔物とはいえ、苦しめているのだと思うと。ですが、今は歌わなければいけないですね。この歌が街を守ると、人を守ると…信じて歌います』
 大切な歌が誰であろうとも苦しめるものになると思っていたアリューシャは切なげに目を閉じた。だが、今はその歌が人々と街を救う唯一の手段なのだ。気を引き締めてアリューシャは竪琴を奏でて、歌を歌い続ける。
 一方、アリューシャの歌を広める為にアルヴァートは街の中にいた。魔力の篭ったフルート『召魔召神の笛』で風の精霊を呼び出して、風で歌声を街中に広めて行く。アリューシャの為と思い歌声を広めているが、敵に対してアルヴァートはアリューシャを連れ去った事を許してはいなかった。
『正直、一時とはいえオレからアリューシャを引き離した魔獣なぞ、滅んでしまっても一向に構わない。それがオレの偽らざる気持ちではあるが、アリューシャがそれでも魔獣を救いたいというのならオレはそれに全力を尽くすだけだ。そういう優しい子だからこそ好きになった訳だしな。これも惚れた弱みと言う奴か…』
 フルートを吹きながら自問自答をするアルヴァート。大切な人を誘拐した敵を簡単に許す事が出来ないが、それでもアリューシャの気持ちを尊重したかった。心の中で葛藤するが、やはりそんなアリューシャが好きなのだと強く自覚する事となる。
『正直、俺としては魔獣に心臓を戻して、それで打ち倒せれば十分ではあるんだがな。過去のいきさつがどうであれ、オレ自身には魔獣を救ってやる動機が無い。だが、アリューシャが助けようとするのなら、オレはアリューシャの気持ちを最大限尊重するだけだ。オレ自身の気持ちはニの次でな…』
 許せない心は捨てきれない、だがそんな気持ちを抑えてアルヴァートはアリューシャの気持ちを何よりも優先する。そんな時、赤ウヨンがアルヴァートの存在に気が付き近づいてきた。
「来たな、オレが相手にしてやろう」
 片手にフルートを持ち、片手に『聖剣ウル』を持ったアルヴァートは赤ウヨンと対峙する。勢い良く飛びかかってくる赤ウヨンに対して、剣で防いで受け流した。カウンター剣術の応用を使い、アルヴァートは殺さずに生かす為受け流す事に決めたのだ。何度も飛び込んでくる赤ウヨンだったが、全ての攻撃を受け流され苛立つ。アルヴァートに向けて紫の霧を吐き出すと、フルートに呼び出された風の精霊の風で霧を封じ込め、さらに火の精霊で霧を焼き尽くした。
 どんな攻撃もアルヴァートに効かず、さらに苛立ちを募らせる赤ウヨンだったが、何度もアルヴァートに向っているとその動きが段々鈍くなってきている。実は剣に金の粉をかけていたため、その粉に触れた赤ウヨンは次第に弱りだしたのだ。
「普段なら、切りかかってくるような奴は問答無用で切り捨ててるところだが、今回はアリューシャが救いたいって思ってるからな。戦闘力を奪う程度で押さえといてやるよ…」
 そういうとアルヴァートは持ち主や仲間の潜在力を引き出し声帯に魔力を付与する力を持った『魔法のチョーカー』を使い聞こえてくるアリューシャの歌声に合わせて歌を歌い始める。その歌で赤ウヨンは殆ど身動きが取れない状態となり、その場に伏せた。
『歌が思いを伝える手段なら、一人だけより多くの人の歌があったほうがより伝わる…同じ思いにはいたれないけど、それでもアリューシャの思いは伝えられるから』
 アリューシャの想いを歌に乗せてアルヴァートは歌う。少しでも思いを伝えて行きたい、アリューシャの為を想って歌い続けた。
 二人の歌声が街中に響く中で駆け回る集団がいた。
「急いで木の実や苗木を花屋から集めてくれ!後は作戦通りに動いてくれればいい。俺は職人地区に行ってくる!」
 8名の騎士達が花屋に向い、残り2名が職人地区に行くジニアス・ギルツを援護しに走る。ジニアスは収集に時間がかかると思い、単身『魔黄翼』で空を飛び急いで職人地区へと飛んで行った。
 騎士よりも早く職人地区に飛んでいくと、そこにはすでに赤ウヨンがいた。職人達は建物のドアと窓に木の板を打ちこみ赤ウヨンの侵入を拒んでいる。だが、赤ウヨンは紫の霧を吐き出し、木の板を腐食させると強靭な爪でドアを破壊しようとした。
「待て!俺が相手になってやる!」
 声を上げて地面に降り立つと『サンダーソード』を構える。赤ウヨンは建物の破壊を後回しにして、ジニアスに襲いかかった。少し動きが鈍くなっても、赤ウヨンは速さを生かして飛びかかってくる。ジニアスは軽業を駆使し何度も飛びかかってくる赤ウヨンを避け続けた。
 当たらない攻撃に赤ウヨンは苛立ち、今度はジニアスに紫の霧を吐き掛ける。紫の霧に対しジニアスは『サンバリー』を使いバリアを自分の体の周りに張った。すると、紫の霧はジニアスには効かず赤ウヨンは動揺する。
「このバリアは物理攻撃も効かないんだ。さて、今度は俺の番か?…行くぞっ!」
 サンダーソードを構えたジニアスは赤ウヨンに向けて雷撃を放つ。動揺した赤ウヨンはそれを避けきれずに雷撃を体に受ける。雷により体が痺れた赤ウヨンは身動きが取れなくなった。
 そこに騎士達が到着し、身動きの取れない赤ウヨンを鎖で縛り付ける。被害を最小限に収める事が出来たジニアスはほっと一息つくと、直ぐにまた走り出す。赤ウヨンを騎士達に持たせて、井戸を目指した。
 暫く走っていくと、道の交差点の真ん中に一つの井戸を発見する。
「よし、あの井戸に赤ウヨンを落として、倒すぞ」
「はっ!」
 ジニアスの指示で騎士達は赤ウヨンを井戸の中に放り投げると、ジニアスは強い雷撃を放ち直ぐに井戸から離れた。井戸の底に落ちた赤ウヨンは強い雷撃を体に受けて、一瞬で絶命し爆発を引き起こす。大きな音と共に火柱が井戸から噴き出るが、それはとても小さなものだった。アリューシャの歌がジニアスの所まで届き、赤ウヨンの爆発を抑制している結果だ。
「誰か分からないが、助かったな。爆発が小さくなって井戸の損傷も大きくはならかかった。よし、ここは大丈夫だろう。今度は手薄な場所へ援軍に行ってくる。あんた達は俺の代わりにこの地区を守ってくれ」
「了解しました!」
 爆発の被害が思った以上に大きくなく安心したジニアスは、この地区を騎士に任せ手薄な場所へと援軍に向って行った。
 街人の為、街の為に動いたジニアス。もう一人、街人の為にと動いた者がいる。赤ウヨンが街中まで迫ってくると、避難していた街人達は逃げ惑う。その手助けの為にラサ・ハイラルはやってきた。
「ボクが逃げる手助けをするから安心してー!」
 ぬいぐるみ姿のラサを見て少しの不安があったが街人達は避難をし始める。そのラサの姿を見て近くに居たコモス・ヨリシスは助っ人にやってきた。
「私も手伝おう。一人では大変だろう」
「ありがとうコモスさん!ところで、金の粉があれば分けて欲しいんだけど…」
「あぁ、構わない。自由に使ってくれ」
 コモスから金の粉を貰い受けたラサは金の粉を『魔銃』に振りかけ対赤ウヨンの準備をする。それと、事前に借りてきた音響機やマイクをセットしてラサは赤ウヨンがやってくるのを待った。
 暫くすると赤ウヨンが姿を現し、街人達に襲いかかる。
「よーし、ボクの『時の歌』を聞けー!」
 ラサはマイクを通し、時の歌を歌い出す。赤ウヨンに対して時の歌の効果で動きを遅くさせ、街人達を逃がしやすくした。動きの遅くなった赤ウヨンは走って逃げる街人達に追いつく事が出来ない。人を捉えようと赤ウヨンが紫の霧を吐き出すが、逃げる街人の方が早く紫の霧が追いつかなかった。
『時の歌で人の老化を遅らせようと思ったけど、その必要はなかったみたいだね。よし、このまま赤ウヨンの動きを止めて行こう』
 老化対策を考えていたラサだが、その必要がないほど時の歌の力は効果的だった。街人が赤ウヨンから離れて行ったのを確認すると、今度は魔銃を赤ウヨンに向ける。
『倒しちゃうと爆発するから、それをさせないように…動きを止める所を狙わないとね』
 倒さずに戦力低下や行動力低下を狙うラサは魔銃を撃つ。発射された魔力の弾は赤ウヨンの爪や牙に当たり破壊され、狙った足を貫いた。唯一の武器を奪われ、身動きが取れなくなった赤ウヨンはその場でもがく。それでもまだ残っている紫の霧を惜しげもなく噴出すると、紫の霧が大量に吐き出され風に乗って街に流れようとする。
「そうはさせないよ!」
 ゆっくりとだが広まっていく紫の霧に向ってラサは風を吸収させた『緑の元素水晶』を使い風を発生させ、押し込んでいく。また、もし自分の所にも飛んでくる事を予測し水を吸収する事が出来る『青の元素水晶』を自分の前に出す。霧は水分なので、その霧を青の元素水晶で吸収させようとした。
 そんな時、駆け出してきた騎士達が紫の霧を吐き出す赤ウヨンに向って木の実を投げつける。すると木の実はあっという間に50年後の姿である木に成長した。木は赤ウヨンを囲い、その体は幹や枝で身動きが取れなくなっている。
 騎士達は赤ウヨンが身動きを取れなくなった光景を確認すると街人達にある説明を始める。
「紫の霧は50年時が経つ恐ろしい力があります。ですが、それを利用して霧を吐き出した時にこの木の実を投げれば、実は一瞬で木になり赤ウヨンの身動きを取れなくさせるでしょう。ここに木の実があります。赤ウヨンが襲ってきた時に使って下さい」
 それはジニアスが考えた赤ウヨン対策だった。騎士達は街人達を集め詳しい説明をして木の実を渡して行く。街人は自分達で出来る事、身を守れる手段を貰いとても安心した表情をして避難していった。
 そんな騎士達を見ていたラサは感心したように腕を組む。
「へー、あんな方法もあったんだ。はぁ、でも…この大変なときにジニアスはどこほっつき歩いてんだー?」
 街が大変だと言うのに連れのジニアスの姿も噂も聞かないラサは、少し呆れたように肩を竦めた。

 こうして、異世界の者により赤ウヨン達は十分な働きも出来ないまま撃退されていった。所々で爆発は起きたものの、アリューシャとアルヴァートの活躍により被害は最小限に抑えられる。

Scene.3 激戦、魔獣ウテル

 赤ウヨンの脅威が殆ど去った。ウヨンはシャルによってその数を減らし、離反の進めによって魔物達は次々と住む土地土地に逃げ帰っていく。
 その間に魔獣ウテルはバリアの直ぐ傍まで攻めてきた。だが、この時を待っていたと言わんばかりにウテルに対抗する者達が次々と現れる。
「例え体が老いたとしても…この誇り高い騎士の心は老いはしない。ジュディ殿に助けられた命だが…私はまだ戦える。王国騎士団団長として、騎士と共に全力で歌う者達を守ろう」
 サバスは装備を整えて再び戦場に立とうとしていた。他の異世界の者が赤ウヨンの戦いに集中した為、ウテルに対して歌う者の援護をする戦力がなかった為だ。少し頼りない老騎士達と少数の若い騎士達と共に、歌を歌うアーニャ・長谷川とコリーの目の前で騎士の誓いを立てる。
「ふふ、頼もしいですわね。でも、大丈夫です…私には私だけの騎士がいますから」
「ありがとうございます、サバス様。…実は私にも守ってくれる、大切な人がいます」
「そ、そうなのか。この国の騎士となったならば、危機的状況で人を守るのが夢だったのだがな」
 アーニャにもコリーにも守ってくれる特別な人がいた。アーニャは黙ってボントリー山岳がある方向を向いて手を組んだ。その手は微かに震えていたが、長谷川紅郎の事を強く想うと自然と手の震えが消える。
「やっぱり…怖いものね。でも、これが私にできる事。それに、あの人がきっと来てくれるから」
 これから向うであろう所には数多くの魔物がいて、ウテルもいる。怖くなどない者などいないのだ。アーニャはその恐怖を紅郎への深い信頼と愛情で乗り越え、絶対に守ってくれると信じている。そこにコリーが話しかけてきた。
「私も信じてアーニャさんと一緒に歌うよ!私達は一人じゃないよね」
「えぇ、そうですわね。コリーより私の方が年上ですから、私が先頭に立って歌います。あなたは安心して歌って下さいね」
「はい!ありがとうございます!」
 アーニャは自らの危険を顧みずにコリーの前に立ち、誰よりも先頭に立って歌う意思を表した。それを聞いたコリーは勇気を貰い、強く頷く。
 と、そこにコリーの大切な人であるトリスティアがコリーの肩を叩く。
「ボクがいる事を忘れないでね。大切な友達であるコリーを絶対に守って上げるよ!」
「うん!トリスティアが守ってくれるお陰で安心して歌を歌えるよ!シャルも過去で頑張っているんだから、私も頑張らないと!」
「その意気だよ!ボクはしっかりと護衛するから、歌い続けて」
 トリスティアはコリーの護衛とウテルを止める為に戦う事を決意している。コリーとお互いの思いを繋げると、トリスティアはサバスに近づく。
「ねぇ、ボクにも金の粉を分けてよ。ウテルには効果があるんでしょ?」
「うむ、これが金の粉だ。くれぐれも我が身を捨てるような事はなさるなよ」
「分かってるよ。友達を助けるのは、当たり前の事だよ!」
 自信気に笑ったトリスティアは金の粉をブーツにふりかけた。周囲が決戦への準備を終わらせるのを確認すると、震える手でサバスは大剣を掲げる。
「では、ウテルの心臓が戻るまで出来る限り時間を稼ぐぞ!」
 サバスの声に騎士達は声を上げ、バリア付近まで近寄っていく。

 金色に輝くバリアは魔物も通常のウヨンも受け付けない。何度叩いても体当たりしても決して壊れる事はなかった。
「モアめ…目覚めても、人間側に付くというのか。よかろう、その人間共を皆殺しにしてやろう!」
 バリアの前に立ったウテルは巨大化した右腕を振りかざし、バリアに爪を突きたてる。すると、バリアにひびが入ってしまう。次々と腕を振り下ろすとバリアは音を立てて剥がれ落ち、大きな穴が出来てしまった。
「さぁ、行け!一人残さず、殲滅するのだ!」
 ウテルの掛け声と共にウヨンが中へと侵入していく。だが、真正面からきたウヨンに対し騎士達は一斉に弓矢を射る。雨のように降る弓矢はウヨンに突き刺さり、次々とその場に倒れていった。そんな中で騎士達に交じり、シャルのペット『ハンター』が飛び出して行った。
「ガウゥッ!」
 ハンターは体全体を硬化した凶暴化になり、黒い火を吐く。その火にやられたウヨンは次々と焼き倒れて行った。ハンターは騎士達と共に戦い続ける。
「ぬぅ…老いても、まだ立ち向かってくるか。忌々しい人間共めっ!数で攻め立てよ!」
 中々攻めきれないウテルは次々とウヨンを前線に送りだして行く。だが、そのウヨンの様子が可笑しかった。駈け出したウヨンが突然立ち止まる。予想していなかったウヨンの行動にウテルも騎士達も驚いた。
 ウヨンの停止の原因は…氷雪だ。氷雪は離れた場所で超能力を使い、ウテルの神経に働きかけ止まるように仕向けている。一部のウヨンが止まっている上空では数羽の鳥型の魔物が飛び回り、氷雪の付き人であるルフトがテレパシーで情報を伝えていた。
『ウヨン達が止まっています。でも、全員は操られていないようですよ』
『構わない。他の敵は他の者が相手にしてくれるだろう
 姿を隠している氷雪には戦場の状況まで詳しく把握出来ない。そこでルフトが戦場を確認して、逐一報告しているようだ。氷雪は止まっているウヨンの場所にテレポートで僕の魔物を移動させた。身動きと取れないウヨンは恰好の獲物だ。テレポートで飛ばされた獣型と爬虫類型の魔物は一斉にウヨンに飛びかかり、一方的な戦いを展開させる。
 ウヨンが格下である魔物によって次々と倒されていくと、ウテルは混乱し命令が鈍ってしまった。そこにアーニャを先頭にしてコリーが前に出る。
「私の歌を聞きなさい。絶対に街を壊させません、あなたにこれ以上の殺生はさせません」
「この街は私が守る!」
 アーニャとコリーは強い想いを抱いて、声高々に歌う。モアの力を宿した二人の歌声は金色の光の粒となって辺りに広がっていく。繊細でいて力強いその歌声はウテルとウヨンに重く圧し掛かり、その動きを抑制する。
「ぬぅぅ…これはモアの歌声!何故だ、貴様らは歌姫ではない筈だ!」
「確かに私達は選ばれた歌姫ではありません。ですが、いつまでも同じ事を繰り返すと思ったら大間違いです」
「くそっ…体から力が抜けるっ」
 モアの歌の力でウテルとウヨンは力を弱めていく。ウテルが苦しみ出すのだが、力を振り絞り雄たけびを上げた。その声は一時的にでも歌をかき消す。
「人間に屈しはしない!愚かな人間など…滅べばいい!まずは、前に出てるお前から殺してやる!」
 不屈の精神で持ち直したウテルは先頭に立っていたアーニャに襲いかかろうとする。その時だ空から黒い翼を生やした紅郎が飛んできた。紅郎はアーニャとウテルの間に降り立つとウテルと対峙する。
「よぉ、俺の女に手を出す馬鹿はお前か」
 ボントリー山岳から戻ってきた紅郎は妻であるアーニャを助ける為に戻ってきた。ウテルを威嚇するように睨みつけていると、その後ろからアーニャが駆け寄ってくる。
「あなた…来て下さると信じていました」
「待たせたな、俺が来たからには安心しな」
 アーニャは心の底から安心した表情を浮かべると、紅郎は少し優しい眼差しで応える。そして、ウテルと魔物達を前に紅郎は殺意の笑みを返して口を開く。
「さぁて、俺の女に手ぇ出すんなら、相応の覚悟をして来るんだな!」
 紅郎はまずアーニャに敵を近づけさせないようにする為に『無機物創造』で無数の槍で襖のようにして取り囲ませる。そして、その外の地面には刃を無数に突き立て剣山を作り上げた。
 これでウヨンも魔物も容易には近づけられなくなった。
「ぬぅ…仕方がない。赤ウヨンを再び作ってやろう!」
 ウテルは悪状況下で再び赤ウヨンを生み出し、紅郎に向かわせる。飛んでくる赤ウヨンは紅郎に向って紫の霧を吐き出した。
「あなた、危ないわっ!」
「安心しろ。こんな霧が俺には効かない!」
 紅郎は再び物質を作り上げる。今度は扇風機の羽を創造し、『多念宝玉』の念動力で羽を勢いよく回転させる。すると強い風が吹き、紫の霧は紅郎まで届かなかった。赤ウヨンは少し距離を取り、紅郎の様子を窺う。
「びびって怖気づいたか?なら、こっちから行くぜ!」
 今度作成したのは巨大な篭手だ。それを複数作った紅郎は赤ウヨンを捕まえようと動かした。だが、素早い赤ウヨンはそう簡単に捕まえられず紅郎は悪戦苦闘する。その時、アーニャが『時の歌』を歌う。
「あなた、いきますよ。慣れてくださいね」
 アーニャが歌い出すと、紅郎の周りが身軽になり素早さが増す。すると、篭手の動きが倍くらいに素早くなった。
「俺の知らないところで成長してたんだな。流石、俺の妻だ」
 自慢げに口元を上げると、加速した篭手で赤ウヨンを捕まえる。そのまま空高くまで飛ばした篭手は爆発範囲外にまで達すると、赤ウヨンを握りつぶす。無害の爆発が起こり、赤ウヨンは倒された。他にも赤ウヨンを握った篭手は魔物しかいない場所で爆発し、被害を敵に加える。
「どうだ、爆発をそっくりそのまま返してやったぜ!」
 紅郎は不敵に笑う。だが、この方法に近いものを考えた人が他に居た。
『報告です!赤ウヨンが現れましたー』
『分かった。例の手筈で頼む』
『お任せ下さい!』
 氷雪の事前の指示を想い浮かべたルフトは地上にいる異世界の者達にテレパシーで警告をする。
『勇者のみなさーーん!!怪我したくなかったら頭伏せてくださーーい!!』
 頭に響くテレパシーに驚いたが、皆が頭を伏せる。すると、氷雪は赤ウヨンをテレポートさせた。その行く先は飛竜の口元だ。口を開いたところに赤ウヨンが突然現れ、驚いた飛竜は赤ウヨンを噛んでしまう。赤ウヨンは飛竜の口の中で爆発し、弱い内部から爆破された飛竜は一瞬で絶命する。
「くぅ…どこのどいつだ!もういい、俺様が直々に手を下してやるわ!」
 予想しえない状況にウテルがようやく動きだす。そのウテルに真っ向勝負を挑む少女がいた。スカートをなびかせた、トリスティアだ。
「コリー、とびっきりの歌をお願い。その間にウテルはボクが押さえてみるよ」
「うん、気を付けてねトリスティア!」
 トリスティアの後ろで応援するコリー。そして、その前で守る為に戦おうとするトリスティア。二人の心は一つに重なっていた。
「そこの、ウテル!ボクがキミの相手になる!」
「ふん、お前見たいな子供が俺様に敵う筈ないだろう」
「そんなのやってみなきゃ分からないよ!」
 トリスティアを見てウテルは完全に侮っていた。トリスティアの後ろでコリーが力強く歌い出すと、ウテルの表情が曇る。体が重くなり、手を動かすのも困難になってしまう。
「くっ…忌々しいモアの歌めっ」
「これでも食らえっ!」
 そこでトリスティアは『とりもちランチャー』を取りだし発射した。とりもち弾はウテルの口元目掛けて飛び、ウテルの口をとりもちが覆う。口を開けられなくなったウテルは紫の霧を吐けなくなってしまう。
 とりもちを外そうとするが、とりもちはひっついて中々取れない。ウテルが困惑していると、そこにトリスティアが駆け込んできた。
「小さいからって油断してたら、痛い目にあうんだからね!」
 ウテルの傍まできたトリスティアは勢い良く足を振り上げる。ウテルを蹴り上げようとして全力で蹴ったのだが、巨大化したウテルをトリスティアの力だけでは宙に浮かせられなかった。
「うぅ、重い!駄目だねっ…なら仕方ない!」
 蹴り上げられなかったトリスティアは宙に浮かせるのを止め、自身が大きく宙に飛びあがった。
「ボクの必殺技…『流星キック』だぁぁっ!!」
 相手の防御力や特殊防御技能を無視出来る、素早く力強い流星キックを放つ。その足には金の粉がついており、かかと落としのようにウテルの脳天に鋭く突き刺さる。口を塞がれたウテルは満足な悲鳴を上げられず、地面にその巨体を横たわらせた。
 そこにより一層コリーが力強く歌を歌い出す。少しでも多く時間を稼ぐ、その為にコリーは歌い続けた。

Scene.4 真実の過去

 シャルティースに乗り移ったモアはシェリル・フォガティ、アリス・イブ、アメリア・イシアーファを連れて遠い過去に飛んだ。着いた先は鬱蒼とした樹海で、薄明かりしかない不気味な所だった。足元も悪い場所で率先して歩くのは、レンジャー活動をしていたシェリルだ。
「こっちで間違いないかい?」
「はい、そちらで大丈夫です。ウテルの気配を感じます」
 モアの道案内を聞きながらシェリルは道を切り開いていく。そのモアに付き添う形でアリスとアメリアは歩いていた。
「そういえばぁ、過去の世界でどんな出来事があったのかなぁ?」
「そうですね、まだ到着するには時間があります。話ながら歩きましょう」
 するとアメリアが気になっていた過去の事を聞くと、モアは語っていく。
「過去には多くの民族が存在し、自分達の土地を守る為に争いをしていました。その争いを見ていた時の神は、争う事を止めない人間達を試そうとします。その為に私とウテルは地上に産み落とされました」
「試されるだけにぃ生まれたのぉ?」
「えぇ、そうです。私達は赤ん坊のまま人間の手に渡りました。私には聖なる力を、ウテルには悪しき力を持たせて。その力が手に入ると人間はそれを自分達の為に利用するのか、神の試しが始まりました。私達が成長するにつれて力が強くなりましたが、ウテルの力は人間に恐れられ…山奥に捨てられたそうです。そして、魔物がウテルを育てたと聞いています。成長したウテルは自分を捨てた人間に復讐しようと魔物を引き連れて攻め入りました。そこで、人間は不思議な力がある私とウテルを戦わせ…ウテルは眠りにつき、私は力尽きる前に人間に苗木を渡したのです。これが全ての始まりでした」
 争いを繰り返す人間を試す為に、時の神はモアとウテルを人間の手に渡してその行く末を見守った。その力を利用してまた新たな争いが起これば、時の神も審判を下すつもりでいたのだ。だが、利用させる為に生み出したウテルが己の力で戦いを起こし、それにモアが対抗した為審判を下す事が出来なかった。
 そして、それから長い年月が流れ今日にいたったのだ。
「そんな事があったのねぇ…なんだか切ないなぁ」
「いつかウテルが改心してくれると思い見守りましたが…長い時を隔ててもウテルが変わる事はありませんでした。これ以上、同じ事を繰り返してはいけません。ウテルを倒さなければ…」
「モアが決意したならぁ、私頑張って歌うよぉ。それが望みなんだよねぇ」
 強い口調でモアが言うとアメリアは拳を握って強く頷いた。その時、その話を聞いていたシェリルが大きな疑問を口にする。
「ウテルを倒したい気持ちは良く分かったけど、モアはどうなるんだい?対となる存在なんだろう?」
「そうです…対となる存在として生まれた私達は片方が死んでしまうと、もう片方が死んでしまう存在なのです」
 モアはウテルが死ぬと自分も死んでしまう。その話を聞いてアリスは険しい表情を浮かべる。
「それじゃ、自分が死ぬ事を承知でウテルを倒そうっていうのかしら?」
「はい…改心する試みが成功しない今、その方法しか思いつきませんでした」
「…馬鹿馬鹿しいわ。自分を殺して、何になるというの?自分を殺しては駄目よ…絶対に」
 自分を殺す事に絶対の反対論を持つアリスは難しい顔を浮かべた。だが、モアにはそれしか他に手段がない。そんな時、シェリルが自分の意志を伝えてくる。
「あたしはねウテルの本当の憎しみがどこからきたのか解き明かせば、滅ぼさずに済むかもしれないって思ってるわ。まだ、諦めては駄目よ」
 シェリルはウテルを滅ぼさずに済む方法を考えていた。憎しみさえ晴れてくれれば、ウテルでも改心してくれるだろうと思っている。それぞれの想いを胸に4人はさらに奥へと進んでいった。

 薄暗い樹海の中、大きな樹に張りつくように心臓だけがそこにある。ドックン、ドックンと脈打ち、不気味な雰囲気を漂わせていた。
「これがウテルの心臓です。ウテルは自分が眠りに付く前に、寝ている間心臓を付かれて死ぬ事を恐れ…人が立ち寄らないこの場所に隠したのです」
「不気味だわ…でも、部下達の姿は見えないわね」
「安心したよぉ。じゃぁ、歌を歌おう」
 心臓から少し距離をおいた所にモアとアメリアは立った。アメリアは心を通わせる事が出来る『伝心の竪琴』を手に持つと、優しく奏で始める。音が鳴るとそれい合わせるようにモアとアメリアが歌を歌い出す。すると周囲は金色の光の粒が生まれ、キラキラと光り輝いていた。
 だが、その時。ウテルの心臓が大きく音を鳴らし始めた。警告音のように音を高鳴り、心臓がボコボコとうねり出すと、そこから数体のウヨンが現れる。歌の効果でウヨンは苦しみ出すが、身動きが取れない訳ではなかった。
「ここは私に任せて。私が守ってあげるわ」
 アリスは使用者の精神力を糧にする『零刀「夢幻」』を構える。
『精神力を使うから、無理は出来ないわ…直ぐに終わらせるしかないわね』
 自身の精神力を使ってでも、アリスはシャルティースを守りたかった。ウヨンと対峙するアリスの脳裏に妹の事が浮かんでは消えて行く。その所為かいつもより力を出してしまう。
「さぁ、行くわよ!」
 刀を構え、アリスは駆けだした。動きの鈍ったウヨンは爪を突きたてようと振り下ろしてくる。だが、それを簡単に避けたアリスは隙の出来たウヨンに背中から刀を振り下ろす!それから流れるように刀を振り上げた先には、飛んできたウヨンが返り打ちに合ってしまった。
「はぁはぁ…まだよ。絶対に守りきってみせるわ!」
 不屈の精神力を見せるアリスはしっかりと意識を集中してウヨンを見定める。警戒したウヨンは暫くの間アリスを取り囲み様子を窺った。そして、一斉に飛びかかる。アリスの刀はそれを予知していたかのように、素早く斬りかかり刀を振るい続けた。止まらない猛攻はウヨンに攻撃をする暇さえ与えない。一刀両断されたウヨンが地面に転がり、最後の一体をアリスは全力で斬り付ける。悲鳴を上げウヨンが倒れたが、沢山の精神力を使ったアリスも同様に地面に倒れた。
 その姿を見たモアは一瞬だけ意識をシャルティースに明け渡す。
「アリスさん!大丈夫、ですか…?」
「はぁはぁ、大丈夫…死にはしないわ。ほら、ちゃんと歌わないと駄目よ…」
「はい…無理はしないで下さいね」
 体の意識を奪われても、周りで何が起こっていたのかシャルティースは知っていた。心配になって思わず駆け寄ったが、アリスは心配させまいと笑顔を作るとシャルティースを優しく叱る。再び体をモアに預けると、モアは再び歌を歌う。その姿を微笑ましく見守ったアリスの漆黒のロングヘアが真っ白くなってしまった。刀を使ったことによる副作用だが、その副作用は強くアリスの精神力も底に付き添うだ。そんな時、ペットのリス『リズ』が胸の谷間から顔を出し肩に乗ると、アリスを励ました。なんらかの力でリズはアリスを回復させると、アリスは弱弱しい手でリズを撫でる。
「ありがとう、リズ。少しは良くなったわ…」
 再びウヨンが現れる事無く、アメリアとモアは歌い続けた。その時、心臓の一部がウテルの顔のように変化する。
『何故だ…何故、ここにモアがいる。貴様も人間の愚かさをその身で分かっているはずだ』
「確かにそうかもしれません…ですが、審判を下すのは私達ではありません」
『黙れ、モア!生まれた時から俺達は時の神と人間の道具にしか過ぎなかった!モアは道具のままで良いというのか!?』
 時の神や人間に対して負の感情を抱き続けるウテル。そのウテルの本心を探ろうとシェリルは闇の精霊『ザイダーク』を呼び出した。
「ザイダーク、ウテルの心を読み取って頂戴」
「任せておけ」
 ザイダークはウテルの負の感情をキャッチして、感じ始める。
「ふむ…人に捨てられた時、人に受け入れられなかった時の負の感情だ。それが次第に膨らみ、敵対心になっていったようだ」
「そう、それが全ての始まりなのね」
「生に対する執着心もそれに当てはまる」
 ウテルの負の感情は人に対してのものが多かった。一番強かったのが人に捨てられた時、受け入れられなかった時だ。その話を聞いて何かを悟ったようにシェリルは前に出る。
「ウテル、あたしの話を聞きなさい。あんただって始めは人間が恋しかったんじゃないの?負の感情は人間に対してのものが多かった、それはそれだけ人間を求めていたんじゃないかしら?」
 捨てられる前はウテルも今のように人を嫌いではなかったのかもしれないとシェリルは考えた。
「生まれおちて、悪のみを成す存在はない。あたしはそう信じてる。だから、ウテルも生まれた時は人間を求めていた…だけど、捨てられることで裏切られ、自分を拒絶されたと感じたから嫌いになったんじゃない?」
 シェリルの鋭い指摘にウテルは押し黙った。そこにザイダークが言葉を続ける。
「ウテルだって、おのれの生をいとおしむあまり、周りに攻撃という形で今は暴れているだけ。生きてさえいれば、その気さえ起これば、やり直すことはいつだってできるだ」
 過去にザイダークはシェリルによって更生された。その経験から二人は更正出来ない者はいないと強く思っている。二人の言葉に動揺したウテルが声を上げた。
「煩い!俺様の事など分かるはずが無い!たった今、会った貴様になど…!」
「分かってないのはウテルよ!憎しみの根源は昔の人間なのよ、何故今の人間と話し合わないの!?ちゃんと向き合って離せばお互いを滅ぼさなくても済むかもしれない」
 シェリルが声を荒げると、ゆっくりと鞘の入ったままの『ショートソード』を構える。その柄には事前に貰っていた金の粉が振り掛けられていた。
「一度、現世に帰って人間と向き合いなさい。何故、憎かったのか。何故、人間と敵対する事になったのか…全てを正直に話してからでも遅くないわよ。ウテルが神の創造物というなら、人間も同じよ。同じ者同士、感情が重なるんじゃない?」
 ウテルも人間も同じだと諭す。その言葉にウテルは黙り、より一層歌声が轟いた。シェリルはまるでウテルの背中を押すように、心臓を鞘で叩く。
「現世に帰ってもう一度やり直し出来るわ!」
 歌の力が強くなるとウテルの心臓は金色に輝き、光の粒となり消えていく。完全に消えた所でモアが歌を止めてシェリルに向かい合った。
「ありがとうございます。貴方の言葉のお陰でウテルに変化が起きたようです」
「いいのよ、別に。あーいうのは、放っておけないのよ。ね、ザイダーク?」
「…話を振るな」
 ウテルはシェリルの言葉を聞いて何かを感じ取った。それに気づいたモアは感謝を言うと、シェリルは笑みを浮かべてザイダークに話を振る。だが、ザイダークは素っ気無くそっぽを向いたのだった。そこにアメリアが話しかけてくる。
「早く戻ってぇ、皆にこの事を伝えよぅ。モアはウテルがいる所に戻れるのぉ?」
「えぇ、大丈夫です。皆でウテルを見守りましょう」
 そういうとモアは全員をウテルがいる場所を目指し、現世に帰っていった。

Scene.5 新たなる伝承

 戦いが繰り広げられている、トイ街の入り口付近。誰もがウテルに心臓が戻ってくる事を信じて戦い続けている。その時、突然ウテルの様子が可笑しくなった。
「ぬ、お、お、おぉ…俺様の心臓がぁ…」
 胸元を掴み身を縮める。その体に心臓がようやく戻ってきたのだ。すると、過去に飛んでいたモア達が皆の前に姿を現す。
「皆さーん、ウテルに心臓が戻ったよぉ。だけどぉ、戦う前にぃウテルの話を聞いてねぇ」
 アメリアが心臓が戻った事を報告するが、すぐに戦う事よりも話を聞いて欲しいと伝えた。その言葉に紅朗は首を傾げる。
「話ってなんだ?俺はウテルと戦いたんだが」
 心臓が戻ったら『八咫烏』を抜き、戦おうとしていた。ウテルを見ると何故か大人しくなり、ウヨン達も攻撃の手を止めている。暫くの間、静寂が辺りを包み込み誰もがウテルに視線を向けた。
「俺様は人間が憎かった!時の神が人間を試す為に生まれたての俺様を人間の手に渡した。だが、成長するにあたり俺様の容姿は醜く、魔物の様に変わる。魔物を呼び寄せる気味の悪い生き物として、俺様は捨てられ集まってきた魔物によって育てられた。それでも、人間を忘れられなくて人里に下りても人間は容姿だけで判別し、敵とみなし、攻撃してくる。何故、人に害など与えていない俺様が迫害を受けなければならない!?憎しみが膨れに膨れ、俺様は人間と敵対したのだ」
 ウテルは大声で叫び、人間への憎しみを語った。魔物が近づく気味の悪い子だと捨てられ、容姿が魔物と変わらないとだけで、人間に捨てられ拒絶される。それがウテルが持つ憎しみの原因であった。
「貴様ら人間が自らを害なす者…魔物を狩るように、俺様も害なす者を狩るのは同義ではないか!?答えろ、人間よ!」
 人間が魔物を狩るように、ウテルは人間を狩っていた。自分を守る為に、生きる為に戦うのは人間もウテルも同じだ。ウテルの話を聞いたサバスが前に出る。
「私は王国騎士団団長、サバス・イアンである!確かに我々は害なす者、魔物を討伐してきた。自分達が生きる為に行った手段だ!だが、我々は今までの行いを改め…魔物と共存する道を模索しようと思っている」
 ジニアスに教えられた魔物との共存。サバスは本気で共存の道を探そうと考えていた。ウテルはサバスの意外な言葉を聞いて驚く。昔は共存など全くなかった時代、やるかやられるかの時代であった。それが、今になって共存という考えに変わっていた事に衝撃を受ける。
「国王陛下にご報告をし、国を挙げて平和への道を切り開く。その為には互いを理解し、互いの協力無しでは実現しないだろう。もし、共存を考えてくれるのであれば、私達は危害を加えない。ウテルも危害を加えられるから、我々を敵視し戦いを挑んでくるのであろう?なら、我々が危害を加えない事を約束する。さすれば、共に生きて行けよう」
 サバスは真正面から共存へと道を訴えた。そして、自分達が危害を加えないと約束し、サバスは大剣を投げ捨てる。その行動を見てウテルは驚く。
「さぁ、どうする?このまま戦うのか、それとも共存するのか…どちらだ?ウテル、君の答えが聞きたい」
 ウテルと向き合おうとするサバス。熱い目線にウテルは黙り、サバスを見続けたまま動かない。モアがその様子を心配そうに見つめていると、ウテルがゆっくりとサバスに近寄った。周りに居た者は騒ぎ出すが、サバスは微動だにせず黙ってウテルの言葉を待つ。黙ってサバスを見下ろしたウテルがようやく口を開く。
「共に生きていこう」
 ウテルは人間と共存する道を選んだ。時の神の試しは、人間が力を持った者と共に生きる…という終焉を迎えた。それは時の神もモアもウテルすら想像にしなかった終焉である。

 ウテルと魔物の脅威が去ったトイ街では盛大に祝いの祭りを開いていた。街中に楽器の音色が響き渡り、あちこちで楽しげな歌声が聞こえてくる。その中心にはこの危機を救ってくれた異世界の者達と騎士達がいた。ウテルの紫の霧により老いてしまった騎士達は元の姿に戻る。ウテルと対峙したサバスも若々しく戻った。
「良かったデース!元に戻りましタネ!」
「うむ。これから忙しくなるだろうし、いつまでも老いた姿では流石に腰がいたいわ」
 ジュディは元に戻ったサバスを見て陽気に話しかけ、サバスも陽気に笑った。
「そうデス!今回の報奨金を銅像建立に役立てて下サイネ!こんな記念すべきものは残すべきデスヨ!」
「そうか、それはありがたい」
「あ、ちょっと待った。俺の報奨金も復興費として使ってくれないか?花屋に木の実や苗木代を差し引いちゃうから、全額じゃないけどな」
 ジュディが自らの報奨金を銅像建立に寄付すると、ジニアスは壊れた街の復興費としてサバスに進言した。二人の親切心にサバスは嬉しくて泣きそうだったそうだ。そんな姿を微笑ましく見ていたジニアスの頭に凶器が振り下ろされた。
「いっ…!」
「え?…あ!ごめんなさい!」
「シャルティース、良くやったわ。スイカ割り、成功よ。でも、海でスイカ割り出来なかったのは残念だったわねー」
 アリスはジニアスの頭をスイカに見立て、シャルティースに目隠しをしてスイカ割りをした。まさかアリスの指示通りいった場所にジニアスの頭があると知らなかったシャルティースは懸命に謝ったが、アリスは楽しそうに笑っていた。
「いつつ…何をすんだよ。頭が割れそうだったぞ」
「こんな小さい事なんて気にしない方がいいわよ」
 二人の可笑しなやり取りを見てシャルティースは可笑しそうに笑う。その表情をみたアリスはシャルティースに言うのだ。
「一生ここに居る訳じゃないけど、一緒に居るときは私の事を姉のように想ってもいいのよ。悩み事があれば、他の事でもいいけど何でも気軽に話なさい」
「…はい!ありがとうございます、アリス姉さん」
 アリスの言葉に心を許しているシャルティースは満面の笑みを浮かべた。そんなシャルティースにアメリアが駆け寄ってくる。
「あっちにぃ、コリーがいるよ〜。一緒に歌って欲しいなぁ」
 アメリアはシャルティースの腕を掴むと、コリーがいる場所へと連れて行った。その場所は街人達に溢れて、賑やかに歌を歌っている所だ。その中にコリーはいる。
「ようやく、あの二人が戻ってきたよ!」
「お嬢ちゃん!また、一緒に歌を歌っておくれ!」
 街人達から早く歌えと催促が飛ぶほどに二人の歌を待ち望んでいた。シャルティースとコリーはお互いの手を取り、笑顔を向ける。
「また昔のように歌ってくれますか、コリー」
「うん!また、一緒に歌おう!」
 ようやく昔の二人に戻った二人は街人が奏でる音楽に合わせて楽しそうに歌い出した。その時、近くに居たトリスティアは『踊跳のタンバリン』を鳴らし出す。すると、周囲にあった物が宙に浮かびトリスティアの周りを浮かんで回った。
「ボクも一緒に歌って、踊るよー!」
 トリスティアの行動でより一層、周囲が賑やかになる。街中では楽しい声が聞こえるが、一人だけ街の外に居る者がいた。
「数日後に君たちの暗示は解ける。あとは君たちの自由だ。…諸君たちには感謝する」
 氷雪は僕にした魔物達を土地に返して上げていた。魔物達は氷雪を名残惜しそうに見つめながら、森の方へと進んでいった。
「まさか、ウテルが共存を望むとはな…私も予想だにしなかった事だ。色々と考えてきていたのだが…まぁ、こんな時もあるのだろう」
 氷雪は少し苦笑いを浮かべながらテレポートで飛んで行った。誰の記憶にも残らなかったが、傍にいるルフトだけが氷雪をずっと見守っている。

 その頃、街の中ではアリューシャがアルヴァートと一緒に歌を歌い、竪琴とフルートを奏でる。その歌はアリューシャが催しの時に歌った同じ歌を歌う。優しい歌には歌への合いが籠っており聞いた者達の心を穏やかにした。その歌をシャボン玉に乗りながらリュリュミアはウテルが去ったと見られる方向を向く。
「ウテルも仲間外れにされてぇ、淋しかったんですねぇ。平和になって良かったのですがぁ、ウテルと一緒に歌を歌えなかったのは残念ですぅ。だからぁ、わたしが代わりに一緒に歌って上げるですぅ。ウテルはいい子ー、本当だよー。これから皆と仲良くなるんだ〜」
 呑気なリュリュミアは自己流の歌を歌い、皆に交じり楽しそうに時を過ごした。その歌の中心でもあるアリューシャは歌に気持ちを込めて歌い続ける。
『今、私が歌っている歌は届いてますか?大切な歌だから、本当は傷ついて欲しくない歌だから…心の癒しになって欲しいです』
 切なる願いは風に乗って流れて行く。それはアルヴァートがひそかに風の精霊を召喚していたからだ。風は緩やかに歌を運び飛ぶ。その歌は街を離れたウテルに届く。
「ウテル…聞こえますか?この優しい歌が…」
 一緒にあるくのはロングウェーブの金色の髪をした女性。地面に足をついて歩く女性はウテルに話しかけると、ウテルはその歌に耳を貸す。
「…あぁ、聞こえている」
「私も歌いましょう。もう、私の歌でウテルが苦しむ事もないでしょうから」
「そうだな…また、モアの歌が聞きたい」
 ウテルは口元を上げ小さく笑う。隣に居たモアはその歌に合わせ歌を歌った。優しい音色は辺りを包み込み、太陽の光が降り注ぐ。それは、金色に輝いていた。

 王国グレンワースの最西地、ティンレミ地方。音楽が盛んな地で、マルトース一の音楽家が集う賑やかな地だ。その地には長年伝えられてきた「魔獣ウテル」の伝承があった土地だ。
 魔獣ウテルは人間に虐げられてきた過去から人間を敵視していた。自らを害する為に人間と戦ってきたが、それは大昔の出来事である。王国グレンワースは王国騎士団団長サバスの熱心な進言により、魔物と共存する道を模索し始めた。
 人間と魔物が共存するには、多くの困難が待ち受けているだろう。人間も魔物も直ぐに受け入れる事が出来なかった。そんな先頭に立ったのはサバスとモア、ウテルである。三者が架け橋となり、両者を結び付けようと万進して行った。
 そんな中で両者が受け入れられる街が名乗り出る。その街からは絶え間なく楽器の音色が響き渡り、楽しげな歌が流れている街。そんな街には名物となる銅像があった。二人の少女が手を繋ぎ歌を歌っている銅像を中心に見た事のない服装をした人達の銅像が建てられてある。
「あの銅像の題名ってなんだい?」
 一人の観光客が街人に尋ねると、街人は自慢げに胸を張って応えて見せる。
「題名かい?『世界を繋げる歌声』っていう題名なんだよ」
 それは新しい伝承としてティンレミ地方に長年伝えられる事となった。その物語を街人達は歌にして残したという…

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