「モアの金色の歌声」

−第2回−

ゲームマスター:大木リツ

 歌姫に選ばれたアリューシャ・カプラートが魔獣子ウヨンによって連れ去られてしまった。目覚めた魔獣ウテルの指示により、ホリワの森の北西に位置するボントリー山岳に連れ去られてしまう。そこで待ち受けるのは千を超える魔物とウヨン、二体の火吹き飛竜であった。
 歌姫救出に乗り出したい王国騎士団モア・レティスだったが、ウテルが五千を超える魔物とウヨンを引き連れ、ホリワの森から進軍をしている。騎士団長サバス・イアンは歌姫救出を他の者達に任せ、ウテル軍の侵攻を阻止せんと準備を進めていた。

Scene.1 想い渦巻く、トイ街

 ウテル軍の標的とされたトイ街は混乱が広がっている。観光客は我先にと逃げ出し、祭りで活気溢れていたトイ街が閑散とし始めた。誰もが逃げ出す状況だというのに、トイ街の住人達は誰一人逃げ出すことはない。
 だが、恐怖や混乱が収まっている状況でもなかった。この混乱に乗じて略奪をする者達、耐えきれない恐怖から罵声を上げたり喧嘩をし始める者達がいる。
 誰もが冷静になれない中で機転を利かせた異世界の者がいた。若草色のワンピースを揺らし、甘い香りを漂わせたリュリュミアだ。リュリュミアは大勢の人が恐怖や混乱の所為で喧嘩が始まっていた大広間にやってくる。
「みんな怖いですぅ。祭りの楽しい雰囲気がなくなっちゃって…わたし、悲しいですぅ」
 祭りが大好きなリュリュミアは、楽しい雰囲気でなくなった街を見て悲しんだ。魔物が攻めてくる恐怖から混乱している街の人達を見て、リュリュミアは行動に移す。大広間の噴水の台に上がると、笑顔を浮かべて声を上げる。
「喧嘩なんてやめてぇ、わたしの歌を聞いて下さいぃ。きっと落ち着きますよぉ」
 その言葉に誰も聞く耳を持たなかった。辺りに罵声が止まない中、リュリュミアは気にする事無く即興の歌を歌い出す。
「きしだんは〜とってもつよい〜。モアのきも〜きんいろにかがやいてる〜」
 リュリュミアの柔らかいソプラノの歌声が辺りに広がる。その歌声は和みというよりもどこか力の抜ける歌だった。
「だからあんしん〜あんしん〜だいじょうぶ〜。もうすぐ〜うたひめももどってくる〜」
 街の人達を落ちつけさせる為に歌うリュリュミア。次第に喧嘩をしていた人達が手を止めて見つめていた。リュリュミアには『平和の歌』という、聞く者の心を穏やかにし、争いごとをやめさせる歌の魔法を持っていた。その魔法の力とリュリュミアの気持ちが合わさり、歌の魔法は何倍もの力となって人々に届く。
「だからそれまで〜みんなでうたって〜おどりましょ〜」
 楽しそうにくるくると回り、歌って踊るリュリュミア。マイペースなリュリュミアを見ていた人々がその歌が終わると、突然笑い出した。
「はははっ!なんだ、その歌詞は!」
「今まで聞いた事がないぞ!」
 リュリュミアの適当な歌に人々は争いを止め可笑しそうに笑う。辺りから聞こえてくる笑い声に、リュリュミアは不思議そうに首をかしげた。
「あれー?そんなに可笑しかったですかぁ?」
「この音楽の街で適当な歌を歌う人は殆どいないわよ」
 音楽の中心地としてあるトイ。そのトイでリュリュミアのような歌を歌う人は今までいなかった。しかし、それが逆にこの街の人達にとっては新鮮な驚きでとても良い効果が生まれた。あちこちでリュリュミアの歌の事を話題にし楽しく笑い、喧嘩をしていた人は照れくさそうにお互い謝っている。
 大広間から争いは消え、リュリュミアの歌によって人々は落ち着きを取り戻す事が出来た。祭りの時と同じにはいかないが、そこには楽しそうにしている人々がいて、リュリュミアも自然と楽しくなっていく。笑顔を浮かべながらリュリュミアは街人達に訴える。
「みんなぁ!みんなで歌えばきっと良い事があると思うよぉ〜。だからみんなで、一緒に歌いませんかぁ?」
 歌姫に任せきりではなく、皆で歌えば何かの効果があると考えた。その問いに街人達は声を上げて応える。誰もがリュリュミアの話に耳を傾け、一緒に歌う事を承諾した。大勢の人が楽器を手に持ち、リュリュミアに近寄る。
「あんたの歌、良かったぜ!街中の奴らにあんたの歌、聞かせてくれないか?」
「私達も協力するわ。一緒に貴方の歌を歌って、皆を落ちつけましょう」
「ありがとうですぅ。こんなに沢山の人が、一緒に付いてきてくれて嬉しいですぅ。では、みんなで歌を歌いながら街中をぐるぐる回りましょうねぇ」
 リュリュミアを先頭にして、街人達は楽器を奏でながら後をついていく。
 歌が街人達を落ち着かせていた頃、もう一人街人達の為に走る青年がいた。丈の長いTシャツとベストに付いたフードを揺らし、ジニアス・ギルツは職人地区までやってきている。お世話になった職人達の職場を回り避難を呼びかけていた。
「ここは危険だ!魔物達が侵入してきたらすぐに標的になる!まだ、街の中心部の方が安全だから、そっちに移動してくれないか!?」
 職人地区は中心地より外れた場所にあった。その為魔物達が一番早く現れる所でもある。そこで危険な郊外にいるよりも、安全な街の中心地に行くように伝える為に来ていたのだ。 
 声を張り上げ誘導するのだが、職人達はこの場を離れられないと誰もが首を横に振る。その中で先日会った魔法職人が前に出てきた。
「私達はこの場所から離れるわけにはいきません。この場所は私達にとって命と同等に大事な場所です。移動するなら私達の家族を移動させましょう」
「命の方が大事だろ?生きていたら、何度でも壊れた場所でも再生する事が出来るぞ」
「この場所は代々守ってきた場所です、そう簡単には離れる訳にはいきません。それに、私達は守って下さる王国騎士団の騎士達や義勇兵達を信じています」
 頑なにジニアスの誘導を拒んだ魔法職人は、ジニアスに怒りや闘争心を抑えるハーモニカ『プレイケイト』を手渡した。それを受け取ったジニアスはハーモニカを握り締めて、強く頷く。
「俺に任せてくれ。親切にしてくれたこの恩は必ず返す」
 そう言い残したジニアスは騎士団が集まっているという、とある貴族の屋敷へと駆けだして行った。
 そんな中、たった一人を強く想い行動し始める少年がいた。ソフトレザーのローブを翻し、荷物を背負ったアルヴァート・シルバーフェーダだ。一人宿屋を後にしようとすると、宿屋の店主が慌てて引き留める。
「アルヴァートさん!彼女を救いにいくのですか!?一人じゃ危険ですよ!」
「アリューシャはオレの助けを待っているんだ。オレが助けないで…誰が助けるっていうんだ!」
「ですが、一人では…ちょっ!ちょっと、アルヴァートさん!」
 宿屋を飛び出したアルヴァートはそのまま駆けだして行く。連れ去られたアリューシャだけを想い、強く手を握り締めた。
「魔獣どもめ、よりにもよってアリューシャを攫うなんて…連中はやってはいけないことをやったんだ。たとえこの身がどうなろうと…魔獣、魔物を全滅させても絶対にアリューシャは取り戻す!」
 強く決意したアルヴァートは単身、ボントリー山岳に向って行く。自分しかアリューシャを助けられない、と強く信じていた。誰に助けを求める訳でもなく、一人でアルヴァートはトイ街を後にする。
 その宿屋にもう一人ボントリー山岳に行く事を決意する者がいる。
「紅郎さん、お願いです…アリューシャさんを助けに行って下さい」
「だが、俺はウテルと戦いたい。いいや、それ以上に街に残るおまえの傍に居て守りたいんだ」
 紫のベストに白いロングドレス着たアーニャ・長谷川と長身痩躯な体にスーツを着込んだ長谷川紅郎が口論になっていた。お互いに引かない姿勢を見せていると、アーニャが微笑を浮かべてそっと紅郎の手を包み込んだ。
「もし私が歌姫になっていたら、攫われていたのは私。そしたら、あなたは何を放っておいても来てくれたでしょう?」
「…大丈夫か?」
 心配そうな紅郎を前にして、アーニャは笑顔で返す。
「これでも、私はあなたの妻ですからね」
「ふっ…妻の頼みは夫として断る理由がねぇ。愛してるぜ、アーニャ」
 募った想いを唇に乗せ、紅郎はアーニャにキスをした。お互いに離れたとしても、心はいつでも一緒の二人。キスした後に暫く見つめ合うと、アーニャが優しく笑い紅郎も釣られるように口元を上げた。
「ちょっくら行って、すぐに帰ってる来るさ」
 最後に優しく抱きしめると、紅郎はアーニャをトイに残し歌姫救出へと向かう。

 その頃、王国騎士団は王国の使者コモス・ヨリシスを交えて貴族の屋敷の一角を借りて作戦会議を行っていた。そこには騎士団長であるサバスを始め、部隊長や前回の戦いで戦績を収めた異世界の者達が控えている。
 ウテルが目覚め、五千を超える魔物と魔獣子ウヨンを引き連れてトイ街に攻めてくる状況に、皆が渋い顔を浮かべていた。
「今から王国に救援を求めても、とても間に合わないだろう。今ある戦力でウテル軍を阻止しなくてはならない。私は司令塔でもあるウテルを倒し、我らがウテルより勝っている事を知らしめ、魔物を敗走に追い込む方法を考えているのだが。皆はどう思う?」
 サバスは謎の声よりも、金の粉の力を信じていた。始めからウテルを討たんとして出陣した為、簡単には自分の考えを曲げる事が出来ない。そこに静かに手を上げたのは、Tシャツにベストと動きやすい服装をしたシャル・ヴァルナードだ。
「ボクは謎の声に従った方がいいと思います。あの声はボク達への忠告でもあり、勝利への道標を指示しているのではないでしょうか?」
「…だが、そう簡単に信じていいものなのだろうか?もしかしたら、魔獣ウテルの差し金かもしれないぞ」
「あの優しい声が魔獣ウテルに関係するものとは、ボクは思いません。それにあの声はモアという人の声ではないでしょうか?理由は分かりませんが、ボク達を守ろうとして伝えてきたのだと…そう考えれませんか?大切なのは倒す事ではなく、街に魔物達を近づけさせないようにする布陣だと考えます」
 シャルの訴えにサバスは驚いた表情を浮かべ、少し考え込む。そこに助言をしたのがコモスだ。
「シャル殿の言う事は間違いないでしょう。あの声はモア様と断定して、いいと思います。危機が訪れた時、モア様は長い眠りから覚め我々を助けてくれる…そう私の一族で伝えられております。私の一族は代々モア様に関する歴史や言い伝えを守ってきたのです」
「コモス殿がそう言うなら、そうだろうな。分かった、シャル殿の案を聞き入れよう。だが、阻止しようともこちらの戦力が圧倒的に足りないのは事実だ。誰か良い策を持ってはいないだろうか?」
 サバスの問いに真っ先に手を上げたのは、胸当てを装備し両手剣の『炎帝剣・改』を腰に下げたフレア・マナである。
「倒せないのであれば、足止めに最も有効な戦術であるトラップを仕掛ける事だと思います」
「それはどのようなトラップだろうか?」
「底に杭を設置した落とし穴、私の『爆炎珠・改』で作成した爆弾を使い、魔物の進行速度に合わせて起爆する地雷原等です。戦いは平原ですから、戦場を考え火計を実行します。それに、草を編みこんだワイヤートラップも有効かと思います。防御陣地の設置も重要です。陣地の外に豪を作り、杭をむき出しにした馬防柵を設置などどうでしょう」
 フレアの幾重にも張られたトラップや防衛策にサバスも部隊長も感心したようにうなずいた。
「その策であれば兵力差を補えるかもしれないな。敵が来るまで間に合うかは分からないが、出来る限りの事をしよう」
「はい、それと私からもう一つ提案があります。騎士団を突貫部隊と工作部隊に分けるのです。突貫物部隊は戦術的突撃と離脱を繰り返し、工作部隊はそれにより稼ぎだされた時間を利用して罠などの設置を急がせます」
「二つの部隊か…突貫部隊の動きが要になるな」
 一連の戦略を聞きサバスは突貫部隊が重要な部隊となる事に気づく。
「その突貫部隊に私が志願します」
「危険な任務だぞ?」
「承知しております」
 危険な部隊にフレアは率先して志願する。少し難しい表情を浮かべたサバスだがフレアの事を信じてみる事にした。
「分かった。まだ敵が来るまでに時間はあるだろう。杭や馬防柵の作成はこの街の住人に協力を依頼しておこう。他に策がある者はいるか?」
 他に策を求めると、皺一つない軍服を着こんだジェルモン・クレーエンが口を開く。
「私が陽動部隊を率いて兵力を分散させよう。歌姫を救出しにいく者達の事を考え、ボントリー山岳とホリワの森の近辺で敵を誘導する。そうすれば、敵本隊の兵力と歌姫近辺の兵力を少しでも欠く事が出来よう」
「こちらも危険な任務だな。援軍は出ないが、それでもいいのか?」
「ふっ…倒せないなら、思う存分抹殺するつもりの限界まで、倒す努力をしてもかまわないわけだ。目の前の標的を叩きつぶせばいい、簡単な努力だ」
「そうか、苦労をかける…任せたぞ。他にはいないか?」
 ジェルモンが陽動部隊に名乗りでると、すかさず立ち上がったのはアメフトのプロテクターを装着したジュディ・バーガーだ。
「Hey!陽動ならこのジュディにもお任せデスネ!騎士団本隊の近くで派手に動き回って、モンスターをおびき寄せるデ〜ス!」
「うむ、ジュディ殿なら陽動向きと言えるな。危険な役目だが宜しく頼むぞ」
「ボクは空中から魔物を足止めさせます。火計でしたらボクに任せて下さい」
「シャル殿は騎士団の遊撃手という所か。期待しているぞ。では、これより作戦実行とする」
 それぞれの役割が決まると作戦会議が終わりをむかえた。だが、その時騎士に連れられてジニアスが会議室に入ってくる。
「サバス団長!この方が今回の作戦に提案があると言う事でお連れしました!」
「新しい義勇兵か!それは頼もしい限りだ。名は何と言う?」
「ジニアスだ。俺の話を聞いて欲しい。今回の戦いでまともに戦えば、不利なこちらの被害が甚大になる。そこで魔物を離反させてみてはどうだろう?」
「離反か…ウテルの力を利用して我らに復讐を企む魔物が易々と離反するだろうか?」
「魔物達は始めはそうだったろう。だが、今はウテルが目覚め魔物達は従わなければ殺されてしまう運命だ。生きる為に従っている状況下では、きっかけさえ与えてしまえば離反すると思うんだ」
 ジニアスの鋭い分析は的確だった。魔物達はウテルに従っているが、騎士団への復讐ではなく、今は生きる為に従っている。魔物の変わった考えを見抜いた者は他にはいなかった。
「無闇に倒す必要はないし、極力戦闘は回避した方がいいよな。残るのは負の感情だけだからね。それに、魔物が減れば戦力的にも五分五分になるだろ?」
「まともに戦えばこちらの被害は甚大だ。陽動もトラップも仕掛けた所で目の前の兵力に押し潰される可能性もあるな」
「この戦いから魔物達だって学ぶだろう。敵わないって思ったら、お互いの住む土地を隔てて、共生の道もある」
「共生か…今まで騎士団は魔物の討伐ばかり行い、それは考えた事がなかった。討伐に行けば数か月は帰ってこられず、家族がいる騎士達には辛い思いをさせていたな。お互いにお互いの壁を壊さなければ共生の道もある、か。ジニアス殿、これが何かのきっかけになればいい、と私は思う」
 サバスはジニアスに近寄り、固く握手をした。これからの騎士団を見据えての戦いになる事は必至だろう。ジニアスの提案は今後の王国の方針ですらも変えてしまう力があるものだった。
「よし、戦略は決まったぞ。本隊となる突貫部隊にはフレア殿、シャル殿、私が任に就く。工作部隊は副団長が指揮し、本隊と対になって行動する陽動小隊をジュディ殿に任せよう。また本隊の近くではジニアス殿が魔物に離反を薦めて貰う。陽動中隊としてジェルモンが本隊とは離れて任に就く。では、それぞれの武運を祈る!」
 会議も終わりそれぞれの役割に就こうとすると、ジェルモンがサバスに近づき最後の提案をする。
「実はこの街に最高の傭兵が来ているのだが、起用してみないか?」
「それほどに腕が立つ者なのか?」
「間違いないだろう」
 真っすぐに強い目をしてサバスに助言した。強い意思を感じたサバスは強く頷く。
「分かった、ジェルモン殿を信用して起用しよう」
 サバスはジェルモンが薦めた最高の傭兵を起用する事に決める。そしてジェルモンは街へと出て行った。

 作戦会議が終わりコモスは疲れた頭を休める為、用意された部屋で一休みをする。一人で部屋に居るとドアをノックする音が聞こえ、ドアに近寄った。
「どなたかな?」
 不用意に開けた先にいたのは、襟に装飾が施された黒のロングコートを着た形代氷雪だ。
「君がコモス、かな?」
「あ、あぁ…私はコモスだが。貴方は?」
「形代氷雪。私の顔を忘れたのか?」
 不思議な表情を浮かべるコモス。氷雪は左目にはめ込んだ『リューゲ・ビンドゥング』という催眠装置を使って、氷雪をとても親しい友人として認識させた。
「おぉ、氷雪殿か。立ち話もなんだ、部屋に入ってくれ」
 初対面の氷雪を友人として認識したコモスは警戒なく部屋へと入れた。
「今日はどうしたんだ?」
「頭に響いた声はモアで間違いないのだろうか?」
「あぁ、間違いないだろう。だが、まだ目覚めていないというのに…声が聞こえてきたのかは私にも分からないのだ」
 不思議な声はモアで間違いない。だが、コモスは不思議な表情を浮かべ首を捻る。コモスの中ではまだモアは完全には目覚めていない、という事だ。
「そうか。私はモアがあの木に宿っていると考え、モアの木と対話をしたいと思ったのだが…」
「今、私が話しかけてもモアの木に眠るモア様のお声は聞こえない。目覚めるのは皆がモアの木に歌を歌った後、ようやく完全に目覚めるのだ。目覚めれば私の力がなくても、モア様は皆の前に姿を現すだろう」
 モアは完全に目覚めていなかった。対話をしようにも、目覚めた後からになるようだ。
「なら、今は用はない。その時が来るまで私は身を潜めているとしよう」
 まだ、氷雪の野望を叶えるのは先だ。その場から立ち去ると、コモスにかけられた催眠は一時的に解け、何があったのか記憶がなくなっていた。

 歌姫を決める催しが終わり、コリーは実家に籠っていた。あの後、シャルティースと言葉を交わさなかった二人は微妙な関係になっている。それを気にしてか明るかったコリーは暗い表情をして、一人で笛を作る作業を行っていた。
 そんなコリーを見て元気を出して貰おうと、スカートを揺らしショートブーツで床を鳴らしたトリスティアがコリーの前に現れた。
「もう!そんなに暗くならないで、いつものように明るくなってよ!ボクのこの新しい『踊跳(ようひ)のタンバリン』を見て楽しい気持ちになって!」
 少し怒っていたトリスティアだったが、直ぐに笑顔を浮かべるとコリーの前で足でリズム音を取りタンバリンを叩きだした。すると、音が響く範囲にあった小物が宙に浮かびダンスを踊るように陽気に回りだす。
「わー、凄い!魔法職人の楽器ね!」
「そうだよ!ボクの意思がタンバリンに伝わって、宿っている魔法の力で音が届く範囲の物を宙に浮かせたり出来るんだ!こんな事も出来ちゃうんだから」
 驚いて楽しそうに宙を見上げると、トリスティアは意識を集中してタンバリンに意思を伝える。すると、小物同士がくっつき生き物のように動き出した。曲芸のような光景にコリーの表情も和らぐ。それをみて安心したトリスティアは宙に浮いた物を元に戻し、コリーの前に立つ。
「ねぇ、もう歌姫の選抜が終わったから、シャルティースが歌姫に選ばれる事は無くなったんだ」
「え…う、うん」
「シャルティースが歌姫に選ばれなかったことで、もうシャルティースと仲違いする理由はなくなったはずだよ?」
 二人を仲直りさせ、一緒に歌わせたいトリスティアはコリーを説得しようとする。でも、まだコリーの中でわだかまりが無くなった訳ではない。まだコリーの中で燻っていて素直に成りきれなかった。
 行動に移さないコリーを見て、少し残念そうにトリスティアが肩を落としていると…旅支度を整えた、軽装のシェリル・フォガティがコリーの頭に軽く手を置く。
「何、意固地になってるの。歌姫はコリーだから、浚われた子は歌姫じゃない、一寸間違えて持ってかれただけ」
「え、でも…実際モアの木の実を落としたのは…」
「何言ってるのよ、少なくともコリーはあたしにとっての歌姫よ。コリー以上に歌姫になりたがっていた子がいた?それに彼女は歌姫になりつもりはなかったのよ…そんな子が酷い目に合わされるのは許せない。だから、護りに行ってくるわ。コリーが誇り高い歌姫である限り、モアの加護はコリーのもの。大丈夫…コリーは守られているわ」
 自信と安心を与える言葉にコリーは綻んで笑う。シェリル流の気遣いが詰まった言葉はコリーに勇気を与えるきっかけとなる。シェリルは「後は任せた」と言わんばかりにトリスティアに視線を送ると、トリスティアは強く頷きそれに答えた。シェリルがアリューシャ救出に向かうと、部屋に残ったのはコリーとトリスティアだけ。トリスティアはその時が来るまでコリーの傍にいた。
 コリー家を出て行ったシェリルは、ボントリー山岳を目指す為にトイ街の門にたどり着く。そこには待っていたかのように、ジェルモンがいた。
「フォガティ、今回貴女を最高の傭兵として起用することになった。ついては歌姫の救出へと向かって貰いたい」
「…そうなのね。別にそんな事頼まれなくたって、あたしの意志で行くのよ」
 意味深な二人の会話は少しだけ重かった。しかし、二人は少しの気まずさを表情に出さず打ち合わせを始める。ボントリー山岳の地理を確認しルート策定、今回の詳しい陽動作戦の詳細を話すと、素っ気なくシェリルは背中を向けた。
「アリューシャちゃんの救出、あたしに任せなさい。いい事?これは自分の意志で行くのだから、雇われたとか傭兵とかじゃないからね」
「あぁ、任せた」
「しっかり街の安全を守りなさいよ。この街には私の歌姫がいるんだからね」
 そう言い残しシェリルはジェルモンを軽くかわし、ボントリー山岳に向って行った。その後ろ姿をジェルモンはじっと見守っていたという。

一方、シャルティースは他の一部の音楽貴族達が逃げている中、屋敷に残りその時が来るのを待っていた。大きな窓の傍で椅子に座り中庭を見つめているが、その顔には表情がない。コリーと話す事が出来ず、どうすればいいか悩んでいた。
 溜め息をついていると、中庭の方から綺麗な竪琴の音が聞こえてくる。その音に引き寄せられるように、外に出て行くと木の下で白を基調とした質素な巫女装束を着たアメリア・イシアーファが竪琴を奏でていた。そのアメリアの肩や足元には鳥や猫、犬等が集まっている。
「綺麗な音色ですね」
「えぇ、『伝心の竪琴』っていうのぉ。こうして音を奏でると、色んな生き物と音を通じてぇ、心の中で会話が出来るのぉ」
 買い換えた竪琴を見せていると、近くに居た体長30cm程の白いぬいるぐみに憑依したラサ・ハイラルが話しかけてきた。
「魔法を使っているけど、音でも気持ちを伝えられるんだ。歌でも相手に気持ちを伝えられるよ?」
「一緒に歌う二人はきっと会話しているように、歌っている様かもねぇ。二人が一緒に歌っている姿を、見てみたいなぁ」
 ラサもアメリアも二人を仲直りさせたかった。二人の気持ちに感謝をするシャルティースだが、今もまだ迷っている。そんな時、もう一人の心優しい人がこの屋敷を尋ねてきた。
 執事のロイに連れられてやってきたのは、スリットの入ったパーティードレスに赤いコートを羽織っていたアリス・イブだ。
「貴方は?」
「初見だったわね。わたしはアリス、貴方がシャルティースかしら?」
 アリスの問いにシャルティースが頷く。アリスはシャルティースとコリーの仲を昔のように戻す為に屋敷を訪れてきた。
『不思議な声は時が満ちるまでと言っていたわ。きっとこれは二人が仲直りして心を一つにして歌う事じゃないかしら』
 アリスは緑の窓から世界を見ていた。この土地はずっと歌姫を選び、魔獣を眠らせていたが…それを繰り返す事はあっても断ち切る事が出来ていない。この連鎖を断ち切るためにも、そして何よりも二人の為にも心を一つにして、昔のように仲良くなり歌を歌って欲しかった。
「遠くでシャルティースの歌を聞かせてもらったわ。その歌はコリーを想って歌った歌じゃないかしら?」
「…そうだったかもしれません。でも、そうじゃなかったかもしれません」
「もう、意固地になったら駄目よ。シャルティースはモアの名を受け継いだ家系で、責任とか使命とかあるのは分かるわ。でもね、今までコリーと接していたシャルティースがそれを考えながら今まで一緒にいたの?」
 アリスの問いにシャルティースは背を向けて、空を見上げた。
「…コリーといるとその事を忘れられるんです。血縁とか家系とか、それを抜きにしてコリーと一緒に歌を歌うのが楽しかったんです。でも、今は…使命感の方が強くなって昔のように何も考えないで純粋に歌を歌えなくなってしまったんです」
「でもぉ、歌姫を選ぶ催しは終わっちゃったしぃ…二人とも歌姫に選ばれる事がなくなったよぉ。それってぇ、仲違いになる理由が無くなったんじゃないかなぁ?」
 胸の内を告白したが、それは昔と同じ気持ちで歌を歌えなくなったという事だ。使命感が強いシャルティースにアメリアが諭そうと言葉をかけると、悲しそうにシャルティースは顔を伏せる。
「理由はなくなりました。ですが、昔と同じ気持ちが湧いてこないのです。こんな事初めてでどうすればいいか…」
「でも、そのまま仲が戻らないで離れてしまっていいのかしら?後悔してもっと辛い想いをするのはシャルティース自身よ」
「そうだよ!もう二度と歌が歌えなくなっていいの?歌は気持ちを込めて歌うもの…その気持ちも歌に込めて歌ってみようよ」
 戸惑うシャルティースにアリスとラサが励ます。二人の力強い言葉にシャルティースも次第に心の氷が溶かされていく。そこに温厚のアメリアが激を飛ばす。
「今は王国を守るためにぃ、皆で力を合わせる時だよぉ!意地張ってぇ、閉じこもってぇ、よそよそしくしている場合じゃないよぉ!」
「アメリアさん…」
「そうよ、シャルティース。歌は皆と心を一つに出来る、数少ない一つなのよ。それは大勢でも、少数でも、一人でも同じ。それは誰だって出来る事だけど、行動しなきゃ何も始まらないわ」
「アリスさん…」
「歌おうよ!皆の為に、コリーさんの為に、何よりもシャルティースさんの為に!」
「ラサさん…皆さん、私の為に…ありがとうございます」
 シャルティースは少しの涙を浮かべて笑顔を浮かべる。三人の励ましによりシャルティースはコリーと会う事を決意する。その時は着実に迫りつつある。

 ある者は大勢を、ある者は一人を想い、トイ街でそれぞれの信じる道へと進んでいく。ウテル軍が進軍するよりも早く、ボントリー山岳では歌姫救出が始まっていた。

Scene.2 ボントリー山岳、想い寄せる人の為に

 歌姫を連れ去ったがウテルは歌姫を殺さず、ボントリー山岳に連れ去る。そこには魔物やウヨン、火吹き飛竜2体が来る者を拒んでいた。肝心の攫われたアリューシャは手足を縛られて狭い洞窟の中に押し込められている。洞窟の前では何十体もの魔物が周囲を警戒していた。
『なんとか脱出しなきゃ。眠りのルビーと鉢植えはありますね』
 捕まっている状況を確認すると、服についているルビーとポシェットのように腰にぶら下げた鉢植えは魔物に取られていない。暫く大人しく捕まっていたアリューシャも、そろそろ自力で脱出を考えていた。
『見張りの魔物と意思の疎通が出来ないでしょうか…』
 逃げる事も考えながら、魔物からモアとウテルの関係など聞き出せたかったアリューシャ。だが、周囲には見張りの魔物はいなく、離れた出入り口を見張っていた。近寄る魔物は殆どいない中、アリューシャは二つの関係の事を聞き出せない。眠りのルビーで寝かせようとも、魔物達はアリューシャから離れた所にいる。
『何かのきっかけがあれば、わたしも動けるのですが…』
 未だ身動きが取れないアリューシャ。そんなアリューシャを救い出そうと独自の行動を取った者達がいた。4頭身で手の平サイズの女の子、氷雪が所属している組織が作り上げた人工生命体、ルフト。ルフトは氷雪の命令で魔物達の約半数を連れ歌姫の救出にやってきた。
 ルフトは魔物達をテレパシーで命令している。歌姫と接触するグループと、救出班を案内するグループに分かれ、ルフトは接触するグループにいた。ルフトは小さな体を生かし魔物の中に隠れると、歌姫に食糧を渡しにアリューシャが捕まっている洞窟に近寄る。
 食糧を持ってくると渋い顔を浮かべながらも、小人型と爬虫類型を中に入り獣型は来た道を戻って行った。中には捕まったアリューシャがいる。見張りの魔物の目を盗んでルフトがアリューシャの目の前に現れた。
『歌姫さーん、ご飯持ってきましたー。ボクは助けることはできませんが、もうスグ勇者さんたちが来ると思うのでがんばってくださーい』
「えっと…わたしを助けてくれる方ですか?」
『えぇ、少なくとも今は敵ではないです』
 やり取りが終わるとルフトは外にいる獣型にテレパシーを伝える。
『人間の匂いを嗅ぎつけて、救出する人達を探して下さい。そして首にぶら下がった手紙の入った筒を渡して下さい』
 ルフトは救出してくるであろう人達をこの場所に呼び寄せるのが一つの目的だった。そして、その救出を目的に来た人達はボントリー山岳へと集結している。

 一人で先に訪れたのはアルヴァート。アルヴァートは感情的になってはいたが、行動はとても慎重だった。『召魔召神の笛』で闇の精霊を呼び出し、精霊が作る影により隠れる。影が無い場所では『光の精霊ルクス』の力を借り、可視領域を操作して姿を消したりして進んできた。
 物陰に隠れながら進んでいき、単独になった小人型の魔物を見つける。アルヴァートはその魔物を捕まえ物陰に強引に連れ込んだ。
「いえ、アリューシャはどこだ?」
 魔物の首筋に『聖剣ウル』を突き付け居場所を吐かせようとした。だが、魔物は中々居場所を教えようとはしない。そこでアルヴァートはもう一つ脅しをかける。
「この剣はオレの世界では聖剣だ。魔物には特に効くだろう。音の力を付与することで振動の刃を作っているからな。今切り落とした指と同じぐらい首もたやすく切り落とすよ。試されたくなかったら知ってることを洗いざらい喋るんだな」
 低い声で殺気を露わにして、魔物に最後の忠告をする。震えあがった魔物は話すのだが、その言葉は人間の言葉ではなくアルヴァートは理解出来なかった。
「…分かった。その場所に連れていけ」
 言葉で分からなければ、その場所に案内して貰えればいい。そう思ったアルヴァートは再び姿を消し、魔物の後を付いていく。だが、進みにつれて魔物達の密集地帯を通らなくてはいけなくなる。物音一つせずに進み、姿を完璧に消しても…その臭いは消せる事は無かった。臭いに敏感な獣型の遠吠えが響くと、あっという間に周囲は魔物達で固められる。
 姿を消してもアルヴァートがいる場所を獣型が顔を向けて示し、唸り声を上げていた。身動きが取れなくなったアルヴァートは、姿を現し剣を構える。
「ちっ…見つかったか。この聖剣の餌食になる奴はどいつだ」
 その時、遠くから何かが近づいてくる気配がした。派手に暴れながらボントリー山岳にやってきたのは紅郎だ。
「俺と戦いたい奴は掛ってこい!」
 わざと魔物達が多い場所を選びここまでやってきた。派手に動くのには紅郎なりの理由がある。それは魔物が自分に向き、歌姫救出に向ったアルヴァートが動きやすいようにする為だ。紅郎の声と爆撃音に周囲の魔物達は紅郎に向い、アルヴァートの周辺には数えるだけの魔物だけしかいなくなった。
 共闘しないと言っても、他の者達はそんな事は全く考えないで独自のやり方で歌姫救出に力を貸している。その状況に少し胸の奥を熱くさせながら、アルヴァートは聖剣を振るいアリューシャがいるであろう場所へと向かって行った。
「さぁて、ヒーローのために花道を作ってやるとしますか。大盤振る舞いだ、ハデに行くぜ!」
 魔物達が紅郎に集中すると、不敵に笑った紅郎は両手を空に上げる。意識を集中すると右眼窩に嵌めた『多念宝玉』が紅く光り、『無機物創造』の力を使い宙に数えきれないほどの手榴弾が付いた日本刀を創造した。その光景に魔物達が目を奪われていると、容赦ない紅郎の攻撃が始まる。
「食らえっ!絨毯爆撃ぃぃっ!!」
 紅郎が大きく腕を振り下ろすと魔物達の集団に日本刀が雨のように降る!刃の雨が降ると、今度は爆発の連爆が鳴り響く。地面が揺れるほどに大きな爆発は周囲にいる刃が当たらなかった魔物にも被害が加わる。爆発が止み煙が消えるとその場所には魔物達の死体が山ほど積み上がっていた。
 その音を聞きつけ大量のウヨンが駆けつけてくる。
「へっ、集団できやがったな。俺はお前らを待ってたんだぜ!!」
 紅郎の宝玉が再び紅く光ると周囲にあった大岩が宙に持ちあがった。大岩をウヨンの頭の上に移動させると、力を解きウヨンを大岩の下敷きにする。それを何度も繰り返すとウヨンの大半はいなくなり、残ったのは数少ないウヨンだ。
 紅郎はこの様子をウヨンが見れば、こちらに魔物やウヨンをこちらに割かせるかもしれないと考えていた。だが、ウヨンは援軍を呼ぶ事は無く、ボントリー山岳に押し込めた魔物達を再び呼び寄せる。空が騒がしくなり、遠くから飛竜の声が聞こえてくる。逃げる魔物は殆どいなく、皆ウテルとウヨンを恐れ命令に従っていた。
「逃げると思ったのにな、忠実な部下だな。いいや、奴隷か?まぁ、そんな事はどうでもいい、向ってくるんだったら…容赦はしねぇぜ!」
 紅郎は空からくる鳥型の魔物達に向って、鉄杭を創造し多念宝玉の念動力で翼目掛けて降らせた。次々と落ちてくるが、まだ空には数多くの魔物が飛んでくる。そこで紅郎は宙に分銅付き鉄網を創造した。
「これで一網打尽だ!」
 分銅付き鉄網を魔物達に被せると、翼が絡み重さに耐えきれず次々と地面へと落ちて行く。だが、その鉄網に入らない程の巨体をした魔物が空を飛んでいる。飛竜が騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。
 空を見上げ、紅郎は不敵に笑う。
「さあ、かかってこい!このトカゲ野郎!」
 一人で紅郎は飛竜に立ち向かっていく。

 騎士団の本隊から離れて陽動中隊として独自に動いていたジェルモンはホリワの森周辺を目指し馬を走らせていた。既にウテル軍が進軍した後で、ウテルはジェルモンの存在には気付かなかった。だが、中には気付いた魔物もいたらしくジェルモンを追ってきた魔物やウヨン達がいた。
 敵本隊の敵を引きつけやってきたのはホリワの森周辺の平原だ。目的の場所についたジェルモンは騎士達に向け大声を張り上げる。
「モア・レティスは、人間の生活圏ラインをソーリ平原と定め、ここを死守。敵たるウテル、ウヨンの進軍は阻め。だが逆に撃ちいり過ぎの深追いをし、森に入ることは禁ずる。自分が倒されない程度に、魔物共を討ちまくれ。それでようやく均衡がとれるのだと心得よ。怯む必要はない、あれらを我々が倒せないのと同じく、あれらも我々を倒すことはできん」
 騎士達は静かにジェルモンの言葉を聞いた。その間にも中隊目掛けて魔物達は距離をつめていく。引き付けた魔物とホリワの森にいた魔物が、標的を中隊に向ける。
「全騎、構え!行くぞ!!」
 ジェルモンの声で一声に放たれた弓矢は魔物達に降り注ぎ、兵力を削ぎ落として行く。有りっ丈の弓矢を放ち終わると、今度は剣や槍を持って突撃する。ジェルモンは突撃する前に、何かを想うように握り締めるように強く拳を握り、魔物の群れに突進していった。
 統率の取れた中隊は次々と襲いかかってくる魔物を討ち取る。そして、ある程度討ち取った所で離反させる為に声を上げた。始めは効果が無かったのだったが、次々に倒れて行く同胞を見て散開し始める。
 段々、数が減っていく魔物だが…まだ立ち向かってくる魔物もいる。全力で突撃した騎士達は荒息を上げて、疲れたように立ち止っているとジェルモンが一人馬を下りて魔物達の前に立ちはだかった。
「まだ戦う気のある奴はこい。戦意のある奴に逃げられても、こちらが困るのでな」
 長年愛用していた『バスタードソード』を構えると、一瞬魔物は怯える。だが、近くにウヨンがいる事を気にして全力で立ち向かって来る。それを迎え討つジェルモンは剣の舞を躍った。次々と倒れる魔物、動きの止まらないジェルモンから鼻歌混じりの歌が聞こえてきた。
「わがこいびとの エメラルドの瞳 一瞥くりゃれば 城塞さえ落ちぬ いとしかのひと みどりのひとみ 一目ながしゃば 巨神もたおれぬ 如何に耐えらりょ あわれな我が身 カルタで建てた かそけきこころ?」
 戦い最中に想う人に当てた歌。届かないと分かっていても、ジェルモンは歌う。それだけで全身に力が宿り、何にも負けない力となっていた。その姿を見て勇気づけられた騎士達も力を振り絞って、再び突撃していく。
 乱戦に次ぐ、乱戦が繰り広げられる。戦いながら離反を薦めると、魔物は一目散に逃げ、残った魔物とウヨンは数少ない。中隊の陽動作戦は成功に向いつつある。誰もが勝利を目前にしたとき、ジェルモンはボントリー山岳に熱い視線を向けていたのだった。

 一方、最高の傭兵として名指しされたシェリルは打ち合わせ通りにホリワの森に深入りした事を装って、ウテルが眠っていた大岩は西に迂回し、ボントリー山岳を目指した。途中魔物も現れたが、シェリル独特の威嚇攻撃で気弱な魔物は逃げ出す。そんな脅しに屈しない魔物がいたが、上手く逃げ出していた。
 目的地に到着すると既に紅郎が暴れた後で周囲には魔物が倒れたまま散乱している。シェリルはそのまま山岳の地理を確認し、ルートを策定していく。だが、異常に魔物が多い所は避けていった。一人で先に進むと、遠くから爆撃音や飛竜の雄たけびが響いてきたのが分かる。
「あっちが怪しいけど…危ないわね。どうにかして近づく方法はないかしら」
 一人で考えていると、近づいてくる獣型の魔物がきた。
「あたしに近づくんじゃないー!!」
 怒鳴り声を上げて魔物をビビらせるシェリル。相手の命を取るのが嫌なシェリルは決して剣を構える事はなかった。その脅しに怯んだ魔物だが、負けじとシェリルに近づき首にぶら下げた筒を見せる。
「ん?これをあたしに?」
 シェリルは筒を開けると中に一枚の手紙が入っていた。その中身の内容は「歌姫の所まで案内する。信じる信じないは君たち次第」と書かれてある。
「誰かがどこかで援護してくれているのね。この魔物達もあたしを襲わないようだし、付いていくわ」
 シェリルはその魔物の後を追う事にした。その魔物は臭いを嗅ぎ分け出来るだけ魔物が少ない方向に進んでいくのだが、その道は紅郎が派手に暴れた後の道。どうやらその道には魔物が恐れおののき、近づいていないようだ。
「景色は良くないけど…この道なら安全なルートね。よし、安全なルートも確保したし、後はアリューシャを救出するだけだわ」
 レンジャー経験から、身軽に山岳地帯を進む。遠くから聞こえる飛竜の雄たけびの方向を避けて、シェリルを先に連れて行く。

 その頃、アリューシャと同じ洞窟内にいるルフトは救出に来た人の気配を感じると、再び魔物達に紛れて姿を消した。
『では、ボクはこの辺で失礼しますね。ご武運を〜』
 テレパシーで言葉を伝えると、ルフトは魔物達と一緒に洞窟を後にする。その帰り道、ルフトは氷雪の命令でウヨンの遺体を探していた。紅郎が派手に暴れた所為でウヨンは一塊りになって倒れている。その中で頭部だけを小人型が回収すると、ボントリー山岳を降りて行った。
 一方、残されたアリューシャは魔物達が紅郎に向って行ったのを確認すると鉢植えの盆栽という仮の姿をした体長40p程の人型『精霊シュシュ』を呼ぶ。
「シュシュ、お願いです…わたしの縄を解いて下さい」
「はーい、ボクにおかませでしゅ〜」
 アリューシャの声でシュシュは鉢植えから現れ、縄を解く。
「アリューシャしゃま、大丈夫でしゅか〜?」
「えぇ、平気ですよ。アルバがきっと助けに来ている事でしょう。早く会って上げないと、心配ですね」
 シュシュを再び鉢植えに戻すと、危険を顧みずアリューシャは周囲を警戒しながら洞窟を後にする。その時、聞きなれた声が届いた。
「アリューシャ!」
 アルヴァートはアリューシャの姿を見かけると一直線に走って行き、体を包み込むように抱きしめた。
「良かった…無事だったんだね。ずっとキミだけを想っていたんだ」
「アルバ…それはわたしもですよ。助けにきてくれて、ありがとう」
「アリューシャの為なら、オレはどんな所でも助けにいくよ」
 二人は頬笑み見つめ合う。そして、触れるだけのキスをした。
「さぁ、行こう。その前に、他にも救出しにきた人がいるかもしれない。知らせる為に信号弾を打ち上げていこう」
 そういうと、街で買ってきた信号弾を打ち上げた。音が響き、光が発光するとそれは離れていた所にいた紅郎まで見える。
「アルヴァート、無事に助けたんだな。だったらこんな所には用はねぇな。俺もとっとのアーニャの所に帰させてもらうぜ!」
 飛竜と戦っていた紅郎はここが引き際だと悟った。だが、その信号弾に飛竜は反応し飛び上がる。
「しまった!これでも食らえ!!」
 急いで鉄杭を創造し飛竜に向けるのだが、飛竜は翼を上手に使いそれらを避けた。そして、比翼の腕輪で飛んで逃げようとしたアルヴァートとアリューシャに翼を叩きつける。衝撃に耐えられなかった二人は地面へと落下するが、腕輪の飛行能力で少ない衝撃で地面に落ちる事が出来た。
 紅郎一人で飛竜を二体、他にウヨンや魔物を相手にしたが、全てが上手くいくとは限らない。魔物やウヨンは時間を増すごとに増え、それを相手にする事によって飛竜二体に対する攻撃も上手く決まらなかった。
 地面に落ちる際アリューシャを庇ったアルヴァートは背中に強い打ち身をしてしまう。アリューシャが体を支えようとも、力がそれほどないため上手く支えられない。紅郎も周囲を取り囲む魔物や飛竜の相手で手一杯だ。
 そんな時に魔物につれられシェリルが、険しい道から姿を現した。
「一足遅かったようね。…って、怪我してるじゃない!あたしの肩を貸して上げるわ」
 苦渋の表情を浮かべているアルヴァートを見てシェリルは慌てて体を支える。
「安全なルートを確保しているわ。そこから、行きましょう」
 シェリルは二人を連れて安全なルートで足早にそこから立ち去った。その最中シェリルはペットのハヤブサかたつむりを殻から出し、コリーの下へと飛び立たせる。紅郎も長いは無用と魔物を牽制しつつ、ボントリー山岳を降りて行った。
 辛うじてアリューシャを救い出す事に成功した者達。シェリルの働きが無ければ、最悪の状況を招いたかもしれないだろう。

Scene.3 戦略のソーリ平原

 モア・レティスはソーリ平原で目の前から押し寄せるウテル軍を待っていた。敵本隊が到着するよりも早く、必要な陣地やトラップを作る事が出来ている。それぞれが配属される隊で号令が掛るのを誰もが待っていた。
 少しの緊張が流れる中、その雰囲気を一層するのが陽気なジュディだ。ジュディは金の粉を指先に付け、ぺロリと舐めとる。
「これで無敵モード発動デ〜ス!もう負けないネ!」
 ムードメーカーなジュディは、心のどこかに悲壮感を抱え戦場に臨む事になる騎士団の士気高揚にとパフォーマンスをした。大型バイクのエンジン音でリズムを取り、陽気なカントリーミュージックを唄い緊張を解す。
 ジュディを慕い小隊に配属された騎士達は笑いながら、しどろもどろにジュディの後に続いて歌った。戦う前に唄で心を一つにした小隊は異常なまでに士気が上昇し、小隊自体が独特のオーラを放っていた。
「(エクセレント!もう、ジュディ達は怖いもの無しデ〜ス!戦友と肩を並べられて…ベリーハッピー!これぞスーパーヒーローデスネ!)」
 犠牲を覚悟で挑む騎士団に強い共感を覚えたジュディは、彼らと肩を並べ戦いたいと思っていた。高ぶる気持ちをエンジン音に乗せ、誰よりも強い視線で向ってくるウテル軍に視線を向ける。
「さぁ、準備はオーケー!?一人は皆の為、皆の一人の為デス!派手に動き回って、敵を陽動するネ!」
 両手に持った丸太を持ち高く掲げると、騎士達は同じく武器を掲げ雄たけびを上げた。一層賑やかになったジュディとは反対側にジニアスは待機している。
「凄い気合いだなー。よし、俺も負けないような大きな声を出して行こう」
 騎士の隊とは離れジニアスは魔物達に離反を薦める為にいる。一人では不安だとサバスはジニアスの護衛に10人の騎士達を配属させていた。
「俺はあんな風に士気を上げる事は出来ない。だけど、俺に協力してくれないか?」
 ジニアスは騎士達に協力を求めると、騎士達は強く頷きジニアスの命令に従う事を誓う。金の粉を握り締め、ジニアスはその時になるのを本隊がいる方向を向いて待っていた。
 ジュディとジニアスよりも前に出ていた本隊は、すぐ目の前に大群が押し寄せている光景を目の当たりにしている。だが、誰も怯む事無く号令を待っていた。
「相手を恐れるな!恐れこそ最大の敵!全軍、突撃ー!!」
 サバスが大剣を振り下げると、本隊は二つに分かれて動き出す。正面から衝突するのはサバスとシャル、側面から狙うのはフレアだ。
 正面から突撃したサバスは馬の勢いで魔物を圧倒し進行速度を押しとどめていた。だが、それでも魔物は抵抗をし力づくで押し返そうとする。その時シャルが自分のペットに命令をかけた。
「行って下さい、ハンター!」
「ガゥッ!」
 体内にナノマシーンを埋め込まれた『バイオ犬』ハンターが騎士達の間から飛び出してくる。凶暴化する事で体全体が硬質化し、騎士達に紛れて共に戦う。援護をしながら、黒い火を吐き魔物を焼くとその隙に騎士達が猛攻をかける。力押しは次第に弱まってきたところでシャルは『アーマードエアーバイク』を変形させ、パワードスーツとして身に纏い魔物の上空へ飛んできた。
「閃光弾を投下します!」
 声を上げると本隊は一度離脱をした。ある程度離れた場所に離脱するのを確認し、持っている全部の閃光弾を投下する。眩い光を放ち、魔物は目を眩ました。すると進軍が止まり、混乱が広がる。その隙をつき上空から手の甲に付けられた放水銃を向けた。そこには水のアーツという水の力が込められた古代のアイテムが嵌められている。シャルは放水銃を魔物に向かって放水した。びしょ濡れになると今度は雷のアーツが嵌められた手に力を込めた。
「騎士達は離れて被害が及ばないですね。魔物共の侵略はボクが許しません…その身に今まで人を傷つけた痛みをお見舞いします!」
 手の甲に雷を纏わせると、魔物達に向かって飛んでいく。そして、地面に向かって雷パンチを放つ!水で濡れた魔物は感電し、殆どの魔物が一瞬で昇天した。だが、後ろに控えていた魔物が再び動き出すと、それを止めるべく『魔銃α』と『魔銃β』を合体させマシンガンモードに切り替える。追い討ちにとばかりにマシンガンを乱射した。次々と倒れる魔物を見ながら除々にシャルは後退していく。
「ボクの前に立つという事を思い知って下さい。悪はこの世に栄えません。たとえ悪が現れたとしても、ボクが地の果てまで追い詰めて、必ず滅ぼしましょう」
 悪人を許さなく元気な性格のシャルだが、裏では冷静で少し冷酷さがあり任務のため少しやりすぎる所もある。魔銃が届かなくなるところまで、シャルはずっと撃ち続けていた。シャルが本隊に合流すると、既に次の策である火計の準備は整っている。フレアの提案で必要以上の類焼はしない様下生えは刈っておいた平原。その平原に油が撒かれてあった。
「シャル、無事か?」
「はい、ボクが魔物にやられる訳ありません」
「そうか、ではここを離脱する!全軍、後退!」
 サバスが後退の合図をすると、本隊が後ろへと下がっていく。魔物が進軍を開始するのに多少の時間はかかったが、着実に前に進んできた。魔物が油の撒かれた平原に入り込むと、工作部隊の副団長が号令を出す。
「火矢を放て!」
 騎士団から大量の火矢が放たれた。火矢は直ぐに油をつたい、燃え広がっていく。あっという間に火に包まれた魔物は進軍を停止し、一部が散開し始めた。この火計でかなりの時間が稼げるようになり、一度突貫部隊と工作部隊は後方に下がっていく。
 ここでようやく陽動小隊が動き出す。本隊への集中が散漫になった頃、ジュディが激しくエンジン音の鳴らせ、騎士達の馬が何度も蹄で地面を鳴らす。
「Hey、Hey!こっちにも騎士団いマース!」
 音を鳴らし注意を引き付けると、さらにジュディが大胆な行動に出る。大型バイクに装備した『バーナーロケット』を使い、大きな音を響かせ空を走り出した。
「良い眺めデスネ〜。ついでにプレゼントデース!」
 空から有りっ丈の煙玉を放り投げると、魔物達が煙に包まれ戸惑う声が上がる。
「さぁ、こっちデース!」
 エンジン音を高く響かせると、小隊に戻っていった。そして、再び存在を主張するかのように騎士達は大声を上げて魔物の注意を引き付ける。煙玉という小細工に頭に来た魔物達が一斉に小隊に向かって駆け出してきた。
「来ましタヨ!全力でファイトデス!歌いながら行きマース!」
 ジュディが声を上げると、騎士達も同じく声を上げた。底抜けに明るい歌声が戦場に響き、ジュディを先頭に小隊は向かってくる魔物達と衝突する。両手に掴んだ丸太を豪快に振り回しながら、次々と魔物を倒していく。騎士達もそれを見習って槍や剣を大きく振るい戦う。何度も振るった丸太が衝撃に耐え切れず亀裂が走ると、丸太を一旦しまい腰に下げていたエネルギー源をサイ・フォースとし、小型化した熱線銃『小型フォースブラスター』を取り出す。
「今日は容赦も手加減もして上げまセン!」
 小型フォースブラスターを使い、魔物に向かって休む事無く連射した。熱線を受けた魔物は次々と倒れ、その数を減らしていく。だが、一直線に進む熱線では乱戦には向かなかった。そこで、他の世界から学んだ魔術を使う。
「ジュディの力は物理攻撃だけではありマセン!魔術の力もお見せしまショウ!」
 そういうと右手には火炎魔術、左手には水氷魔術の力を集中させる。まず先に水氷魔術を使い魔物の足元を狙い凍らせた。身動きが取れなくなった魔物に、火炎魔術の炎を浴びせる。次々と倒れていく魔物に向かってジュディ率いる小隊は一気呵成に攻め込み続けた。その時、アメリカンフットボールのスタープレイヤーだった頃の出来事が脳裏に過ぎる。押し寄せる相手チームを蹴散らしながら、ゴールに突進した過去の記憶が走馬灯の様に浮かんできた。共に戦い抜いた戦友と過ごした日々は突然崩れてしまった過去。色恋沙汰が原因で相手チームと大乱闘を引き起こし、無期限の出場停止処分を受けてしまい元に戻る事が出来ずにいる。
「(懐かしい記憶デスネ…昔と似たような状況に、つい思い出してしまったネ)」
 はにかんで笑い、少し俯いた。その隙を付き、魔物がジュディに飛び掛ってくる。それに気づき顔を上げると、飛び掛ってきた魔物を騎士達が槍で弾き飛ばしていた。
「OH…サンキュー。助かったデ〜ス。今は戦いの最中、気を緩めないで戦いマース!」
 頭を横に振り正気に戻ったジュディは再び丸太を両手に持ち、全力で立ち向かっていく。その戦う姿はバーサーカーのようだったと、騎士達は語っていたという。また、ある程度攻撃を仕掛けると大声を張り上げて離反を薦めていた。ジュディと小隊の勢いに負け、逃げ出した魔物は数多くいたようだ。
 その頃、魔物を離反させる為独自に動こうとしていたジニアスもようやく動き出す。予めウヨンが少なく魔物が多く配置されている所を探し当て、そこを目指して騎士達を引き連れやってきた。
「撤退する魔物には極力攻撃しないようにしてくれ。まずは牽制し、こちらの力を示す」
 そう言ったジニアスは雷の力が宿った剣『サンダーソード』を構えると魔物に向う。魔物の群れに飛び込んだジニアスは隙間を縫うようにして駆け抜け、剣撃と共に雷撃を魔物に浴びせる。鍛えてきた魔剣技でサンダーソードに宿る力を最大限に引き出し、身軽な体を生かし止まる事無くジニアスは駆け抜けた。その素早さに密集していた魔物は追いつかず次々と倒れて行く。またジニアスの背後を守ろうと騎士達も後を追い、背後からジニアスを襲おうとする魔物を排除していった。
 ウヨンが少ない為か魔物同士で連携を取り合っていて、魔物の特技を生かした攻撃を仕掛けてくる。だが、身軽さや軽業で魔物がジニアスに敵う筈がなかった。次々と斬りこんでは魔物に雷撃を食らわせ、麻痺させる。
「よし、でかいのいくぞ!」
 そう言うとジニアスはサンダーソードに精神を集中させて雷の力を引きだす。最大限に引き出された時、ジニアスはその場で一回転して回った。周囲に雷が広がり魔物達を感電させる。
 雷の力を見せつけると、魔物はジニアスと距離を取って囲む。強敵を相手に様子を窺っているようだ。
「その闘争心を削いだら、俺の話を聞いてくれ」
 ジニアスは怒りや闘争心を抑えるハーモニカ、プレイケイトを取りだすと吹きだした。ハーモニカの音に魔法の力が加わり、音を聞いた魔物は次第に闘争心が薄れていく。演奏が終わり魔物が静かになると、ジニアスは訴えた。
「あんた達がウテルを恐れて、戦っているのは分かる。だが、人間に攻撃しなければ俺達もあんた達に危害は加えない。生きたい為に戦っているのであれば、矢面に立って戦っているあんた達が一番被害が一番大きいんだ」
 自分の意図を主に群れで行動している狼型、知能の高そうな小人型中心に離反を薦めた。ジニアスの言葉に魔物は動揺したように声を上げる。
「今、あんた達に一番安全な道はここから離れる事。人間と戦わない事が一番の安全な道になる。騎士団にも必要以上にあんた達の討伐をしない事を考えてくれているんだ。これからはお互いの住む場所を隔てて、共生出来る環境だってあるかもしれない」
 ジニアスの説得に魔物達は耳を傾けていた。今まで騎士団に討伐され、人里離れた場所で暮らしていた。騎士団に恨みウテルを後ろ盾にその恨みを晴らそうと思っていたが、今度はウテルがウヨンを使って命令に従わないと直ぐに殺していってしまった。これなら前に戻りひっそりと暮らした方が良かったと、魔物は考えていた。
「まだ、ウテルに従い俺達と戦うなら容赦はしない。だが、俺の話を聞いてくれるなら遠吠えで仲間を連れて逃げて欲しい。逃げてくれるなら俺がウヨンと戦い、逃がしてやる」
 ジニアスの言葉に始めは反応を示さなかった魔物だが、獣型が一頭遠吠えを上げると周囲にいた獣型も次々と遠吠えを上げた。それが暫く続くと魔物の群れから次々と離れて行く光景が見えてくる。逃げられる機会が今までなかった所為かそれは大群となって散開していく。 そこに異変を察知したウヨンが現れ、逃げて行く魔物目掛けて襲いかかった。
「やらせるか!ウヨン、あんたの敵はここにいる!」
 ジニアスはサンダーソードに金の粉を振りかけ、ウヨンに立ち向かっていく。声に反応したウヨンはジニアスに標的を変えた。勢い良く飛んできたウヨンを身軽な体で避け、サンダーソードを振り下げる。一撃を喰らったウヨンは断末魔を上げ、ぴくりとも動かなくなった。金の粉はウヨンに絶大な効力を発揮している。
「このまま魔物の離反を支援するぞ!」
 ウヨンに立ち向かっていくジニアス。それに応える形で騎士達も共に奮闘して行った。
 それぞれが忠実に役目を果たしていく。突貫部隊は何度も突撃を離脱を繰り返し、ウテル軍の侵攻を遅らせていった。時間稼ぎに有効だった火計の他、離脱の際魔物をわざと落とし穴のある場所へとおびき寄せて落とす戦法も効果が見られる。また、事前に作成していた馬防柵に工作部隊が駐留し、魔物目掛けて弓矢を放っていた。杭が外側に向いた馬防柵と周囲に掘った壕によって攻め入りにくくし、魔物が侵入してくる前までに無事に工作部隊も逃げる事が出来ている。
 その戦略の発案者は今も突貫部隊の支援をし続け、大地の上を飛んでいた。
「もう一度突撃するぞ!全軍、突撃ー!」
 サバスが何度目かの突撃を仕掛けると、フレアは小隊を連れてその方向とは90度違う方向に走っていく。そのフレアには風の魔力を宿し、短距離なら瞬時に移動距離を詰める事が可能な『風聖甲』という胸当て、空を飛ぶ為の『バーナーロケット』を装備していた為、馬に乗っている騎士よりも早く駆け抜けた。
「注意が本隊に向かっている今、側面を叩き強襲をかける!」
 炎帝剣・改を構え魔物に向かって切り込んで行く。疲れを知らない程に激しく両手剣を振り回し次々と倒していった。同時に正面と側面から突撃を受けたウテル軍の陣形は乱れる。その隙を付き、フレアは全ての力を集中させさらにウテル軍を追い込んでいった。また、ジニアスが離反を薦めていた所為か、次々と軍から魔物達が離れていく。ある程度侵攻を止めると突貫部隊は離脱していった。それにフレアも気付き、突貫部隊を追って離脱する。
「よし、魔物を地雷原へ誘い込む!」
 フレアが事前に作成していた時限式で爆発する『爆炎珠・改』を大量に配置した平原へと向かっていく。魔物はフレアの隊に引き寄せられるように後をついていった。そして、爆発の時間が来た平原に差し掛かると魔物を包み込むように大きな爆発音がいくつも響く。その光景を見ていた魔物はその場を逃げ出した。
「これで敵軍の侵攻も一時止まるだろう。このまま本隊と合流する、次の突撃に備え体を休めよう」
 騎士達に伝えるとフレアは本隊と合流に向かっていく。

 フレアによって幾重にもはられた戦術、それに合わさった形でシャルの慈悲無き猛攻とジュディの陽動策でウテル軍の侵攻は大幅に遅れ時間を稼ぐ事が出来ていた。また、ジニアスの離反の薦めでウテル軍の大半の魔物は話を聞き入れ、自分達が過ごしていた土地へと戻っている。フレアの戦略に個々の戦略が互いに効果を高める程に相性が良かった結果だ。
 その戦果は直ぐにトイ街に伝えられ、住民の混乱は急激に収まっていった。

Scene.4 モアの木が鳴る時

 本隊がウテル軍と戦っている頃、モアの木に変化が訪れる。小さな鈴の音がモアの木から聞こえてきたのだ。その音は小さい音なのに街中に響いている。
「ようやくこの時がきた。どうか、この木に向って歌を歌ってくれないだろうか?さすれば、モア様の加護がこの街を助けて下さるだろう」
 モアの木の前で集まった街人達にコモスが訴えた。その言葉に半信半疑ながらも街人達は歌うがモアの木に反応はない。中には必死になって歌う者もいるが、状況が変わる事はなかった。そんな状況を見つめていたアーニャが訴える。
「皆さん、そのまま歌を歌っていても駄目だと思うの。心から信じて、自分の心と相手の心を一つにして歌うのよ」
 アーニャは街人達に歌う時の注意点を伝えた。皆、心がバラバラでコモスの言う事も信じていない。戸惑う街人達にアーニャは歌う事を伝えていった。その時、楽器を奏でながら街中を歩いていたリュリュミアの一団がやってくる。その数は数百人を超えていた。
「みなさんを連れてきましたぁ。歌う気満々ですよ〜」
 リュリュミアの歌に励まされた人達が大勢でモアの木に集合したのだ。一気に賑やかになりそれぞれが自由に歌い出すと、アーニャが提案をしてきた。
「全員がバラバラな歌を歌っても、それぞれの歌の力はバラバラになってしまうわ。だから、皆で同じ歌を歌ってみるのはどうかしら」
「いいですねぇ〜。どんな歌を歌うのですか〜?」
「それはね、この街の人なら皆が知っている…とってもなじみのある歌よ」
 微笑みながらリュリュミアに説明する。アーニャが向けた視線の先には、この時を待っていたシャルティースとコリーが互いに距離を離し向かい合っていた。だが、二人ともまだ気まずいのか何も喋らず俯いているだけだ。そんな二人を応援するのがアメリアの『光の精霊ジルフェリーザ』である。 空色の瞳と髪をもった手の平サイズの少女の姿をした精霊のジルフェリーザには、心を癒し宥めることが出来る力があった。二人の頭の上を飛び、まずは二人の気持ちを落ち着かせる。でも、まだ一歩踏み出さないコリーの背中を押して少しだけ近づけさせた。
「ほら、素直になってよ。よそよそしている場合じゃないんだよ」
「うん…」
 トリスティアはコリーを励ます。一方、不安なシャルティースは少し震えると、優しくアリスが抱きしめた。
「大丈夫。もう、心は繋がっているはずよ。仲良くなれるわ」
「…はい」
 心が落ち着く香水を付けたアリスから良い匂いが漂い、シャルティースの緊張がほどけて行く。その時、ペットの栗色のリス『リズ』が胸の谷間から顔を出しシャルティースの肩に移動した。そのリスにシャルティースが手を伸ばすと、リズは地面へと降り駆けだして行く。その後を追うと、すぐ目の前にコリーがいた。
 二人とも目を会わせるのだが、中々良い出す切っ掛けがない。そこで、トリスティアとアメリアが顔を合わせて苦笑いをすると、二人に近づき手を握り締めると、強引に握手させた。
「一緒に歌おうよ!」
「一緒に歌うですぅ!」
 二人の言葉がシャルティースとコリーの素直な気持ちを呼び起こさせる。
「シャル、一緒に歌おう!歌ってこの大好きな街を守ろうよ!」
「はい!私もコリーと一緒に歌を歌いたいです!」
 満面の笑みを浮かべ、昔の二人に戻った。その姿を見て今まで見守ってきた異世界の者達が拍手を送ると、街人達からも拍手が沸き起こる。これを祝い楽器の音が響き渡り、陽気な音に合わせるように街人達は躍り出す。
 また祭りが始まりそうな楽しげな雰囲気になると、じっと見守っていたコモスが声をかけてくる。
「あの…踊りではなく、楽器の音色でもなく、歌を頂けませんか?」
「焦らなくてもいいんじゃないかしら?だって、歌を歌う環境も必要だと思うわ」
 困り顔のコモスを見てアーニャが笑い、大目に見て欲しいと伝えた。
「二人の仲も戻った事ですし、皆が知っている歌を歌わないかしら。誰もが知っている歌…シャルティースとコリーが良く皆に歌った歌をよ」
「あー!それボクも考えてたんだよー!」
「あら、そしたら話が早いわね。皆で二人が良く歌ってた歌を歌いましょう。二人もいつもの歌の方が気持ちが入りやすそうですし、皆もそうだと思うわ」
 アーニャもトリスティアも考えは一緒だった。アーニャが周りの人達に伝えると、二人が良く歌っていたという楽しげな曲が流れ出してくる。その曲を聞き二人は笑いあい、手を取り合ってモアの木を見つめた。
 その時、シャルティースの横にもう一人近づいてくる。
「ボクもシャルティースさんと一緒に歌いたいな。歌に気持ちを込める事が大事だから、ボクも歌に気持ちを込めて歌うよ」
「えぇ、歌に気持ちを乗せて歌いましょう。そしたら、きっと…願いは届いてくれますわ」
「うん!ボクの気持ちが届くように歌うよ。教えてもらった、この歌で」
 ラサが込める願いは『人も魔物もウヨンもウテルも皆が仲良くなれますように』という願いだった。皆が仲良くなれば争いは起きない。起きたとしても二人のように仲直り出来ると信じている。
「私も気持ちを込めて歌うわ。この街、そこにいる人達、何より目の前にいる人を守る為に…強い気持ちを持って」
 アーニャが歌う前に胸のあたりで手を組み、そっと目を閉じる。
「(あなた、私はこの街を守ります。遠くで戦っているあなたを想って、この歌があなたを守ってくれるように…)」
 ボントリー山岳で戦っているであろう紅郎を想い、アーニャも歌う。
 楽器の音色に合わせて、シャルティースとコリーは歌い出した。賑やかな街を象徴するかのような、活気溢れる歌だ。二人が歌い出すと街人達も一体になって歌を歌い始める。
 するとモアの木が眩いほどに金色に輝き、鈴の音が次第に大きく鳴りだす。音は金色になりドーム状になりながら広がって行く。それが何度も続くと、街を包み込むように金色の半透明なドームが出来上がる。
「あれはなんだろう?バリアみたいなものなのかな?」
 ラサが空を見上げると金色に染まっていた。不思議な光景に首を傾げていると、目の前のモアの木がより一層輝きだす。人々は顔を両手で覆い光を遮る。その光も直ぐに収まり、再び視線をモアの木に移すと…金色の何かがモアの木の前に浮いていた。細長い楕円状のものでゆらゆらと揺れている。
「貴方は誰ですかぁ?」
 不思議な物体に誰もが見ているだけの中で、マイペースなリュリュミアが話しかけた。
「私の名はモア。長き眠りから覚め、魔獣ウテルを永遠の眠りに付かせる為に戻ってきました」
「おお、モア様!申し訳ございません、貴方様を目覚めさせてしまいました…」
「いいのです、犠牲者が出し過ぎました。それに…ウテルはずっと人を憎むことを止めませんでした。ウテルの更生の余地は残されていないでしょう」
 モアとコモスが意味深な話をしていると、人の目を避けていた氷雪がテレパシーをモアに送り会話を試みた。
『私は氷雪。君に人の姿になれる方法があるので、話を聞いて貰いたい』
「(…悪しき者でなければ聞きましょう)」
 氷雪の話にモアは耳を傾けた。
『街を守る為にもウテルの一番の復讐対象者である、モア自身が動く事が出来れば犠牲者が減るのではないだろうか?』
「(確かにそれは否定出来ません。ウテルは人よりも私を憎んでいますから、私がここからどこかに行けばウテルも追ってくるでしょう)」
『君はウテルに対しての決着を着けたいのではないのか? 君が見守り続けた者、歌姫の犠牲を終わりにしたくは無いのか?』
「(えぇ、その通りです。この長い時でウテルが改心してくれると信じ、今まで 選ばれた歌姫に力を与え歌を歌って頂きました。ですが、ウテルが改心してはくれません。長い時間に溜められた力が強大になり、その力に人間が耐えられず亡くなってしまいました。この先、犠牲者を出したくはないと思い…私も目覚めました)」
『ならば君も戦うべきだ。歌姫とともに。私にはテイムプレートという無機質からでも怪人が作り出せるものがある。私の部下となるならモアの木を怪人化させ、モアがそこに乗り移れば良い。だが、決着がつくまで自殺行為以外はモアの意志を尊重すると約束しよう』
 氷雪の目的はモアの力を手に入れる為、自分の配下の怪人にするのが一番の目標である。その力を手に入れ、ウテルを確実に倒す手立てが欲しいのだ。そこで氷雪が考えたのは破壊対象であるモアの木を怪人化させ、動かすというものである。
「(モアの木をここから移動させる訳にはいかないのです。この木がなくなると金色の壁が消えてしまい、魔物の侵入を許してしまうのです。例えその話を受けたとしても、モアの木だけではウテルを倒す事は出来ません)」
『何?だが、ウテルを倒す為に目覚めたのであろう?なら、それ相応の力がモアにあるのではないか?』
「(私の力はウテルに対抗出来る力ですが、それが直接ウテルを倒す事が出来る力ではなく…ウテルの力を無効化させる事なのです。何故、魔獣ウテルが『時の魔獣』と言われているか分かりますか?それは時を食べる魔獣だからではありません。貴方にも皆にも聞いて貰いましょう)」
 そういうとモアは氷雪やモアの木の前に集まった人達に話出した。
「私は今までウテルがいつか改心してくれると思い、眠りに付かせていました。ですが、ウテルは改心してくれずにずっと同じことの繰り返しです。そして、選ばれた歌姫の命を奪ってしまう状況にまで陥りました。ウテルを倒す為に目覚めましたが、今のままではウテルを倒す事が出来ません。弱点を付かなければ、ウテルが死ぬ事はないのです」
 モアは簡潔に説明し、ウテルを倒すには弱点を付かなければいけない事を話した。
「ウテルの弱点は『心臓』です。ですが、今のウテルの体には心臓はありません」
 弱点があっても弱点がない事態に人々は戸惑いの声を上げる。だが、まだ方法が無いわけでもなかった。
「ウテルは過去に自分の心臓だけを残しました。なので過去に飛び、ウテルの心臓を本体に戻さなければなりません。本体に戻った時に心臓を貫くとウテルは消滅するでしょう。戻す方法は私の力が宿った実の果汁を飲み、心臓に向けて歌を歌うのです」
 弱点である心臓は過去に置き去りのままだ。だが、それはモアの力が宿った実の果汁を飲み心臓に向けて歌うと本体に戻る。歌姫の力というのは、この実の果汁であった。ウテルについて詳しいモアに疑問を持った氷雪は質問した。
『何故、そこまでウテルに詳しい?ウテルはモアから生まれたものではないのか?』
「(少し違いますね。この事も伝えなければいけないようですね)」
 モアとウテルは何らかの関係はある。だがそれは表に決して出てこなかった重要な秘密であった。モアは決心して真実を伝える。
「私とウテルは時の神から生まれた存在です。この世界には伝説や伝承として神の存在は殆ど出てきません。その代わりに神が作った存在が伝承として数多く残っています」
 モアとウテルは時の神より生みだされた存在だった。そして、この世界の伝承の存在を明らかにする。伝説や長年伝えられた伝承の殆どが神の手によって生み出された存在が殆どだと告げる。 
「お互いに対となる存在として生まれ、お互い無しでは存在出来ないのが私とウテルです。ですが、私は存在はあったとしても体を無くしてしまいました。このままでは十分な歌を歌う事が出来ません。そこで、私の力を代々その身に宿してきたシャルティース。貴方の体を貸して下さい」
「私の体…ですか?」
 モアの申し出に戸惑ったシャルティースだが、少し考えると頷いた。すると、金色のモアがシャルティースを包み込んだ。辺りの人達がざわめき立ち、シャルティースを見守った。
 そして、金色が無くなった時…シャルティースの意識は眠りに付き、代わりにモアが意識を借りる。
「さぁ、終わりの歌を歌いましょう。この連鎖を断ち切る時が訪れました」
 ウテルとの決着は近づいていた。

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