「モアの金色の歌声」

−第1回−

ゲームマスター:大木リツ

 マルトース、西の大陸トクレテル。最西地の王国グレンワースに伝えられている、時の魔獣ウテルの魔獣伝説。通常の攻撃も魔法も効かないその魔獣に対抗出来るのは、モアの木に選ばれた歌姫だけだと言う。
 歌姫の唄で長年眠りについていたウテルだが、今また長い眠りから目覚めようとしていた。モアの木に生る実が金色に光る時、ティンレミ地方トイ街で再び歌姫を選ぶ王国主催の催しが開かれる。

Scene.1 音楽の街、トイ

 何十年に一度開かれる歌姫を選ぶ王国主催の催し。王国の運命を決める重大な催しにも関わらず、催しを見学しようとマルトース中から観光客が押し寄せる。音楽によって財政が成り立っているトイ街は、観光客の遊戯資金を目当てに街を上げて催しを祭りにしてしまう。歌姫に関してトイ街に数えきれない恩がある王国側はその祭りを承諾していた。

 街の至る所で観光客とそれを目当てにした商人や大道芸人達が賑わいを見せている。歩くのも窮屈な街中を避けるように、酒場にジェルモン・クレーエンがカウンター席に座って酒を飲んでいた。金色のオールバック、右目の下に大きくはない刀傷があるのが特徴な物静かな男だ。街の盛り上がりとジェルモンの静かな物腰にコップを拭いていた店主が話しかけてくる。
「騒がしい時期にお前さんのような男が一人で酒場に来るなんて…なんか訳ありなのかい?」
「…戦う前に酒が飲みたかっただけだ」
「戦う?…あぁ、そうかい。お前さんは騎士団に協力する兵なんだね」
「ふっ、半分外れだ」
 ジェルモンは無表情で席から立ち上がり、静かに店から去って行った。ジェルモンは傭兵経験が買われ、王国騎士団モア・レティスの騎士団長サバス・イアンの補佐役の任に就いている。これから魔物退治に行く前にトイ街に寄っていた。人で埋め尽くされる道にふと視線を向けていると、その先に見知った女性を見てしまう。
「…偶然か。貴女もここにいたとはな」
 その女性はジェルモンにとって大切な人だった。動揺はしないが、確かに一瞬目を奪われたのは確かである。ふと、思考が止まると赤髪の少年がぶつかってきた。
「おっと失礼!人が多くてね、避けきれなかった」
「構わない。呆然としてたのはわたしだ」
 赤髪を一つに束ねている少年、ジニアス・ギルツは陽気な声をかけると、ジェルモンは首を横に振る。ジェルモンがその場から去り、ジニアスは酒場に入って行き店主に話しかけた。
「なぁ、手軽な楽器を手に入れて演奏出来るようになりたいんだけど…ハーモニカとか小さめな楽器を作ってる職人がいる所って知らない?」
「観光客かい?トイ街は観光客を大歓迎している。今、地図を書いてやるから待ってな」
 音楽の街に来たジニアスはせっかくだからと楽器と演奏技術を取得しようとしていた。観光客には寛大なトイ街の人々、店主はにこやかに対応する。

 店主に地図を渡されたジニアスは中心街の外れにある、楽器職人が大勢住む地区へとやってきた。店が立ち並ぶ中心街に比べ、職人地区は閑散としており人の走る足音まではっきりと聞こえている。
「えーっと、まずはハーモニカ職人の職場を回るかな」
 地図を片手に周囲を見渡して進むジニアス。本人は用事があってきたのに、そこに住む人達はジニアスの事を観光客が迷ってきたと少し心配そうに見ていた。人の目を感じ始めた頃、まず一軒目の職場に到着した。中から出てきた職人の弟子に事情を話すと、観光客だと思った弟子は快くジニアスを職場に案内する。中に通されると、数人の職人が机に向かってハーモニカを作っていた。
「親方、観光客の人が楽器の作成に興味がある…という事で見学に来ました」
「ほぅ、店で買わずに直接来るとはな。通な観光客もいたもんだ。自由に見て行きな、と言ってもここじゃ普通のハーモニカしか作って無いから面白みもないぞ」
「見学もそうだけど、良い物があれば購入したんだ。変わった効果がついているものがあれば、そっちの方がいいんだけど」
「だったら魔法職人と機械職人を尋ねるが良いだろう。まともな楽器は作っていないが、変わった効果の付いた楽器が手に入るだろう。おい、この人をそこまで案内してやれ!」
 ジニアスの要望を受け、親方は弟子を案内に付かせた。弟子はジニアスを連れて、普通の職場から立ち去って行く。その時、弟子から普通のハーモニカは5000ピックあれば良い物が買えるとジニアスに助言した。

 弟子に連れられジニアスがまず向った先は魔法職人がいる職場だ。弟子がジニアスの事を伝えると、魔法職人の弟子がジニアスを中へと連れて行った。
「変わった方ですね。こんな所を見たいなんて」
「どんな感じで楽器が作られているのか興味があってね」
「私達はまず材料に様々な魔力を込める作業から始めます。鉄なら叩きながら魔力を込めて精錬して、木なら職人の手で魔力を込めるんです。魔力を込める職人と加工して楽器にする職人に分かれてますよ」
 詳しい説明を受けながらジニアスは実際の職場に着いた。まず通されたのは魔力を込める職人がいる部屋。部屋には様々な本や魔玉、薬などが置いており圧迫感を感じる。その中に魔法を込める職人が机に向かっていた。
「先生、観光客の方が」
「…」
「すいません、今は精神集中していて気づいてくれません」
 弟子が声をかけても職人は目を瞑ったまま動かない。弟子は軽く謝ると今度は楽器作りの職人がいる部屋に向う。そこでは職人と数人の弟子がハーモニカを手作業で作成していた。
「先生、観光客の方が見学に来ました」
「それと良いハーモニカがあったら欲しいんだけど」
「そうですか、分かりました。どうぞ、完成品を見て行って下さい」
 職人は手を止めてジニアスに完成品2つを見せてきた。一つ目は幼い子を持つ母親に人気の眠気を誘う魔力が込められたハーモニカ、二つ目は酒場に人気の怒りや闘争心を収める魔力が込められたハーモニカだ。
「納入先は特に決まっていないので気に入ったならここに買いに来て下さい。店で並ぶよりも安く売りますよ。値段は両方共20000ピックという所ですか。これが店頭に並べば1.5から2倍の価値にはなりますよ」
「結構、値が張るものだな」
「ここで一番高い楽器と言ったら、王国から勲章を貰った凄腕の職人。コンクールで上位に取る人達の次に私達のような魔法職人が来ますからね」
 ジニアスは職人の話を聞いて腕を組んで悩んだ。それを見ていた職人がにこやかに話しかけてくる。
「まだ他に職人はおりますし、それを見てからでも構いませんよ」
「あぁ、そうさせて貰うよ」
 職人の話にジニアスは頷き、弟子の案内で次の職場へと向かって行った。機械職人がいる場所に着くと、周囲から耳障りな高い機械音が聞こえてくる。
「凄い音だな…周りも同じ音ばかりだ」
「えぇ、楽器と銘打っても作っているのは可笑しなものばかりで。その殆どが楽器というよりも、兵器や玩具になってます」
「兵器ねぇ…」
 弟子の話を聞きジニアスはこの音は兵器を作っているようにしか聞こえなかった。弟子が恐る恐る職人の建物を尋ねると、再び弟子が迎えてくれてジニアスを中へと誘導していく。
「お兄さんは変わった楽器に興味があるっスか?」
「楽器の作成には興味はあるんだけど、今日は変わった効果の付いた楽器が欲しくて来たんだ」
「そうっスか、親父ー!観光客が楽器見たいって来たぞー!」
 陽気な弟子がジニアスを建物の奥へと連れて行くと、中で大柄の男がゴーグルをつけて現れた。
「おぉ、是非ワシの新作を見て行ってくれ!ハーモニカを吹きながら痺れ針を飛ばせる楽器だ!どうだ、珍しいだろう!」
「(楽器というよりも、暗殺の道具になってるな…)」
「ここまで来た特別割引で9800ピックで売ってやろう!」
「うーん、少し考えさせてよ」
 自慢気にハーモニカを見せてくる職人をさらりとかわし、ジニアスは職場から立ち去った。
「気に入ったものはありましたか?」
「次までに決めておこうと思う。それと、簡単な曲くらい吹けるようになりたいんだけど…教えてくれる人っている?」
「でしたら、今度開かれる歌姫の催しの為に集められた演奏団員を紹介しますよ。彼らも催しまで暇をしているので、丁度良いと思います」
 ジニアスの要望に弟子は快く承諾し、今度は演奏団員がいる宿屋へと向かって行く。

 人で賑わう道を進みジニアスは大きな宿屋の前に連れてこられた。弟子は話を付けてくるといい、宿屋の中へと行ってしまっている。暫く一人で壁に寄りかかりながら待っていると、ようやく弟子が宿屋の中から現れた。その後ろには一人の白髪の老人がいる。
「この方が演奏の基礎を教えてくれるそうです。熟練された方なので色んな演奏の仕方も教えてくれますよ」
「ほっほっほっ、色んな弟子を育ててきたワシにかかればお主も立派なハーモニカ吹きになれるぞ」
「そりゃ、頼もしいな。宜しく頼むよ」
 ジニアスと老人は握手をすると、早速演奏の手解きを受けた。老人のレッスンでジニアスは一日でハーモニカの基礎をマスターすると、催し開催までの期間老人の下に通い様々な曲や演奏を吹き身につけて行く。後は買うハーモニカを決めるだけとなった。

Scene.2 二人の歌姫候補

 トイ街に有名な二人の少女がいる。街で一、二に歌が上手いと言われている、幼馴染のシャルティース・モア・ヴィヴィリアンとコリー・モーティス。今度の歌姫を決める催しもこの二人のどちらかが歌姫になるのではないかと、街中で噂されている。
 本来仲の良かった二人だったのだが、歌姫を巡り不仲になってしまっていた。いつも街の広場で仲良く歌っていた二人の姿は街から消えてしまう。

 コリーは笛職人を父に持つ、4男3女の大家族の長女。弟子を雇えない父の代わりに自宅で笛を作る作業の手伝いをしていた。今日も笛を作りながら歌を口ずさんでいると、傍にいた超ロングストレートの茶髪を三つ編みにしたシェリル・フォガティが声をかける。
「良い声じゃないか。だが、油断は禁物だ。しっかりと練習するんだよ」
「うん、絶対に歌姫になるんだから」
「あぁ、その意気だ。そういう心意気があたしは好きだね」
 シェリルは催しで勝ちたいと強く意欲するコリーに惹かれて、無償で雇われ傭兵をしていた。楽しそうに歌うコリーを見て、シェリルは気になっていた事を聞く。
「あなたはなぜ歌うの?」
「歌うが好きだからだよ。小さい頃からお父さんが作る笛を吹くより、歌う方が楽しかったの」
「そうなのね。でも、既にあなたは歌を歌ってるじゃない。あたしだって、歌をうたえば歌姫になれるっていうのに…」
 シェリルの挑発的な言動にコリーは少し驚き目を見開く。挑発をして奮起してくれる事を期待しているようだ。
「歌姫はそんな簡単になれるものじゃないよ!気持ちもそうだけど、沢山沢山歌を歌って聞いてもらって色んな人に愛されて…ようやくなれるものなの!」
 コリーはシェリルの挑発に感情を表に出した。自分の気持ちを吐き出したコリーを前にして、少しシェリルが満足気に頷く。
「ふーん…じゃーなぜ、わざわざ歌姫に選ばれたいの?」
「シャルに歌姫を譲れないから。それは絶対に…」
 両手を組んで顔を伏せるコリー。どうやらコリー自身が歌姫になりたい、というよりも幼馴染のシャルティースに歌姫を奪われたくないようだ。それを聞いたシェリルは肩をすくめる。
「あたしはてっきりコリーが一途に歌姫に選ばれたいって思ってたよ。幼馴染に渡したくないか…」
「そんな理由じゃ、駄目かな?」
「いいや、あたしは勝ちたいと意欲するコリーに惹かれたのは確かよ。だから、弱気な態度は見せないでね」
 元より勝ちたいという意欲、声にならない叫びに惹かれていた。シェリルの言葉に後押しを貰ったコリーは嬉しそうに笑う。その後、シェリルは戦いには事前の情報収集が重要だと、じゃれてくるコリーの兄弟達を振り切って街へと飛び出して行った。
 落ち着いたコリーの下にもう一人の来訪者が現れる。職場の扉が叩かれ、コリーが玄関に向かうとハニーブロンド色したショートカットの少女トリスティアが立っていた。
「ええっと、お客様?」
「ううん、ボクはトリスティアだよ!噂の少女の演奏係になりたくてきたんだ!」
 明るい笑顔を向けたトリスティアは街で買ってきたタンバリンを片手に、コリーの前で楽しそうに回りながら叩く。明るく元気なトリスティアを前にしたコリーは少し可笑しそうに笑った。
「もしかして観光客の人?演奏だったら王国から演奏団員が集められるから大丈夫なんだよ」
「えぇー!!そうなの!?ボクはコリーに協力して、歌姫になるお手伝いを出来ればと思ったんだけど…」
 トリスティアはシャルティースとコリーを仲直りさせたいと考えていた。まずはコリーと接触する為に演奏係に立候補したのだが、話を聞いて落胆する。一人しょんぼりと買ったタンバリンを見つめていると、コリーが明るい声をかけてきた。
「でも、必ず王国から集められた演奏団員と一緒に歌を歌うっていう約束はないの。それにトリスティアの気持ちが嬉しいな、良かったら一緒に催しに出ない?」
「うんうん!ボクが協力したからにはコリーは大船に乗ったつもりでいてね!」
 トリスティアの積極的なアプローチがコリーの心を開かせた。嬉しそうにタンバリンを振るトリスティアをコリーは家の中へと招き入れた。椅子にトリスティアを座らせると、温かい紅茶を差し出す。
「ありがとう!ねぇ、コリーには仲の良い幼馴染がいるって聞いたけど…どうしてそんなにシャルティースのことを嫌ってるの?」
 二人を仲直りさせる前にコリーと仲良くなり、コリーの事を良く知ろうと考えていた。シャルティースと険悪な関係になった理由を確認すると、コリーは少し言い辛そうに口を開く。
「…それはきっと、歌姫が関係してると思うの」
「歌姫?二人とも一人だけ選ばれる歌姫になりたいからなのかな?」
「私達ね昔から『どちらかが歌姫になる』って言われてきたんだ。でも、本当はどちらがなってもいいって思ってたの…」
 辛そうに目を瞑るコリーはゆっくりと語りだす。
「…歌姫ってね、歌の力が尽きた時…死んじゃうんだ」
「え?死んじゃうって…」
「昔は違ったけど、二代前くらいの歌姫から歌の力が無くなった時…皆、死んじゃったの。だから、今回歌姫に選ばれる人もそうかもしれない。選ばれる人はもしかしたらシャルかもしれない。だから、私が歌姫になるの」
 コリーとシャルティースが険悪な関係になったのは、歌姫にさせたくない為だった。それは相手を死なせたくないからである。
「シャルもきっと私と同じ気持ちだと思うの…でも!シャルが歌姫になって死んじゃうなんて、嫌っ!だから、私はシャルに歌姫を譲れないの!」
 二人の友情は終わってはいなかった。強く思っているからこそ、譲れないものがある。コリーの話を聞いたトリスティアは複雑な心境だった。
「(コリーがシャルティースの事を思っているのは分かったけど、歌姫になると死んじゃうって。ボクはどうすればいいのかな?)」
 コリーを歌姫になるためのお手伝いをしようと考えていた。だが、それは同時にコリーを死なせてしまう可能性もある。タンバリンをじっと見つめたトリスティアは悩んでしまった。

 その頃、シェリルは歌姫の催しの歴史について調査していた。様々な楽師や職人、住人や役人に話を聞いて回る。人ごみをかき分けながら、異世界の闇の精霊ザイダークを肩に乗せ情報を纏めていた。
「この催しは大分昔からあるようね。それも王国が出来る前から、このトイ街でずっと続けられた事だったわ」
「ふむ、歌姫が魔獣を眠らせる毎に魔獣の寝る期間が長くなっている。だが、それと反比例するように歌姫達の寿命が短くなったり、二代目前から亡くなってしまっているな」
「歌姫になると与えられる『歌の力』っていうのが関連してるわね。でも、それに関しては情報を得られなかったわ…どうやら『歌の力』っていうのは王国関係者が握っているって事ね」
 シェリルの調査で予想もしていなかった事実が浮上してきた。その調査で気がかりなのは歌の力と言われるものだ。どうやら、その歌の力を得た歌姫が魔獣を眠らせるらしい。だが、今回の調査で歌の力の所在が全く掴めなかった。
「歌の力は今は置いておくわ。次の調査は国の成り立ちも含む歴史よ…ん?あれは!?」
 次の調査に差し掛かろうとした時、人ごみの中に懐かしい人の後ろ姿を見た。その瞬間、過去の事が蘇りシェリルに動揺が走る。
「まさか、いるとは思わなかったわ…でも、今は会えないわ」
 しかし、自分のするべき仕事に邁進するのがシェリル流。気を取り直して調査を続けようとすると、ザイダークから野次が飛ぶ。
「気の緩みはけしからん。余所見をしていると、どこの誰に突然刺されるかもしれないぞ」
「私がそんな事になる訳ないじゃない、どうしたのよザイダーク」
「…ふん」
 不貞腐れたようにそっぽを向いたザイダークは黙り込んでしまう。シェリルは不思議そうな顔をして首を傾げつつも、再び調査に乗り出して行く。様々な人に話しかけ国の成り立ちや歴史を調べて行った。
「大昔は国ではなく多数の集落、民族がお互いの領土を守り生きていたそうね。その始めの頃に現れたのが魔獣ウテル、モア。モアって人物名だったのね」
「だが、人だったのかは…確かではない」
「この王国グレンワースが出来たのは魔獣ウテルの登場から300年前後。それから600年後位が現在って事かしら。街の中で調べるとざっとこんなもんね」
「…図書館に行けば良かったのではないか?」
「嫌よ、あんな所。ってわざと言ってるの?」
 調査が終わってもザイダークは少し不機嫌の様子。その理由が分からずシェリルは首を傾げるのだった。

 トイ街の少し外れに並ぶ音楽貴族達の豪邸。そのいくつもの豪邸からは綺麗な楽器の音色と共に美しい歌声が辺りに響く。どの音楽貴族達も王国主催の催しに参加し、歌姫を目指すようだった。その中で一番大きな豪邸、ヴィヴィリアン家の鉄門の前に異世界から来た二人が立っている。一人は白い猫のぬいぐるみに憑依したラサ・ハイラル。もう一人は金髪のウェーブヘアが特徴のアメリア・イシアーファだ。
「すっごく大きなお家だね。もしもーし!誰かいませんかー!?」
「あのぅ、私はシャルティースの演奏係で立候補したいぃ、アメリアって言いますぅ」
 二人が門の前で声を上げると、一人の白髪頭の執事が現れた。
「はい、私はヴィヴィリアン家の執事のロイと申します。今日はどういったご用件でしたでしょうか?」
「あのね、ボクは色んな歌を歌えるようになりたいんだ!そこで、この街で特に歌が上手いって言われてるシャルティースさんに教えてもらえないかなって」
「私はぁ、今度の催しでぇシャルティースの演奏係になりたいと思ってきたのぅ」
 ラサは歌を教えに貰いに、アメリアは演奏係の立候補にしにきた。だが、二人とも仲違いになったシャルティースを気にかけているのは確かである。特にアメリアは仲違いになった二人を仲直りさせたいと演奏係として、シャルティースと仲良くなろうと思っていた。二人の話に少し考えたロイは、笑顔を浮かべて二人を中へと導く。
「只今シャルティース様は王国主催の催しの為にお歌の練習をしております。ですが、最近はどこか元気がないのか…いつものような歌声ではありません。どうか、お二人のお力でシャルティース様に元気を分けて上げて下さい」
 歩きながらロイは元気のないシャルティースの事を二人に打ち明ける。以前、コリーと一緒に歌っていた時はロイを困らせるほどで…街に赴き帰ってくるのが遅いのが当たり前になっていた。だが、今はずっと豪邸から離れず一人で歌の練習をしている。
「歌うと気分もうきうきして楽しいのに…今のシャルティースさんは楽しくないんだね」
「コリーと仲違いになった事が原因だねぇ…二人を仲直りさせられればいいなぁ」
「はい、是非お二人のお力でシャルティース様を元気に…良ければコリーさんとの関係も戻して頂きたいです」
 ロイは深々と二人にお辞儀をした。ずっと二人を見守ってきたロイにとって、二人の関係が悪い事がとても気がかりだからだ。
 話をしている間にシャルティースがいる部屋の前にたどり着く。そこからは少し悲しそうに歌う歌声が聞こえてきた。先にロイが中に入ると、暫く経ってから二人は部屋の中に招かれる。二人が部屋の中に進むと、大きな窓の傍にシャルティースは微笑んで二人を待っていた。
「初めまして、私がシャルティース・モア・ヴィヴィリアンと言います。執事のロイから話は伺いました、良ければ私の歌に付き合って頂ければ嬉しいです」
 柔らかい笑みを浮かべて二人を迎える。シャルティースも一人で練習するよりも、誰かに聞いてもらった方がいいらしい。そんなシャルティースを前にラサが早速話しかける。
「あのね、僕に歌を教えてもらいたいんだ!」
「歌…ですか?えぇ、いいですよ」
「突撃歌って教えてもらえる?」
「突撃歌ですか…残念ながらそれは私では役不足です。私が教えられるのは、周りに元気を与える応援歌位ですね」
 シャルティースの歌声は突撃歌には向かない歌声だった。それを聞いたラサは残念そうに俯く。それを見ていて黙っていられなかったシャルティースは少し言いにくそうにある事を伝える。
「突撃歌はきっとコリーの方がいいと思います。力強い歌声を持っているのは、コリーですから」
「あのぅ、そのコリーとはぁなんで仲違いになったのかなぁ?」
「うん、さっき聞こえた歌声もなんだか悲しく聞こえたんだよ。何か悩み事とかあるの?」
 コリーの名を聞いた二人は疑問に思っていた事を尋ねた。二人の言葉に悲しそうに目を伏せたシャルティースが話す。
「私達が仲違いになったのは…歌姫をお互いに譲れない為です」
「それはなんでかな?」
「…歌姫になり歌の力を貰い歌うと、死んでしまうからです。だから、私は親友でもあるコリーを歌姫にさせて死なせたくありません」
「そんなぁ、死んじゃうなんてぇ…それは本当なのぉ?」
「えぇ、先代の祖母が歌姫だったのですが…歌を歌い切った後直ぐに亡くなってしまいました」
 シャルティースもまたコリーを歌姫にさせて、歌の力で親友を死なせたくないからだった。二人はお互いに思っている、だからこそお互いに歌姫を譲れない。
「それに私が歌姫になるのは…モアの名を受け継いだ、ヴィヴィリアン家の女性としての使命です」
「名を受け継ぐってぇ、どういう事ですかぁ?」
「モアの名は過去歌姫になった家系にのみ付ける事が許される偉大な名です。この名は国王から頂きます。ヴィヴィリアン家は記録に残っている限りでは過去に3人も歌姫を送り出した音楽貴族なのです」
 モアの名について説明を終えると、シャルティースは大きな窓を開け二人を中庭へと連れ出した。
「今は歌姫になる事しか考えられません。どうか、私の歌を聞いて下さい。やはり、歌は誰かに聞いて貰う為ですから」
「じゃぁ、私がぁ買ってきた竪琴で伴奏するよぉ」
「ふふ、お願いします。ラサにも歌の歌い方を教えますよ。突撃歌は無理かもしれませんが、歌い方を知っていれば何か役に立つかもしれません」
「うん!突撃歌は残念だったけど、歌の歌い方は教えてもらいたいな!」
 アメリアとラサの心使いにシャルティースは満足だった。アメリアが優しく竪琴を奏でだすと、その音に合わせるようにシャルティースは歌を歌う。その歌声はラサが前に聞いた悲しいものではなく、温かい歌に聞こえていた。
「(綺麗な歌声だなー。歌はやっぱり楽しい物じゃなきゃ、だね!)」

Scene.3 ホリワの森の戦い

 ティンレミ地方にある広大なホリワの森。その中に魔獣ウテルが眠っている大岩は、奥地の樹海にある。魔獣ウテルが目覚める強い魔の息吹を感じた魔物達がこの地に集まっている。魔物達は王国騎士団モア・レティスの存在に怯え、今まで人里に下りる事はなかった。だが、魔獣ウテルの強大な力があれば憎き騎士団に復讐出来ると考えているようだ。
 普段穏やかなホリワの森だったが、何千体を越える魔物の数に森中が怪しげな雰囲気に包まれている。そんなホリワの森の出入り口付近で、モア・レティスは翌日の出陣に向けて挨拶をしていた。
「これよりホリワの森に入り、魔物及び魔獣子ウヨンの排除を行う!王国騎士団モア・レティスの精鋭達よ!その名を胸に、突き進むぞ!」
 騎士団長サバス・イアンが声を上げ大剣を振り上げると、騎士達は武器を掲げ雄たけびを上げた。士気を高めこれからの戦に備えると、補佐役のジェルモンが気を引き締める為に厳しい言葉を投げかける。
「熱くなりすぎず、冷静に対処せよ。一人で突っ込む無謀者は命がないと思え!隊列を乱す事無く、敵の力量を図り、勝てぬ相手と戦うな!敵を倒す事よりも、味方を死なせない…それを肝に銘じろ!」
 ジェルモンの言葉に騎士団は高い士気のまま、ホリワの森に入る事が出来る。だが、その前にサバスにはもう一つ言う事があった。
「この騎士団に頼もしい義勇兵が味方に付いた。皆にまず紹介したいと思う」
 その声に大きなエンジン音が木霊した。地面を揺らす程に大きな音と振動に騎士達は驚く。そして、高々と飛んできた二つのバイクが士達の前に立つ。
「義を見てせざるは勇無きなり〜!!放浪の鉄騎兵ジュディ・バーガーと愛蛇ラッキーちゃん参上デ〜ス!ベリー、ベリー騎士道精神が好きですネ!昔から、スーパーヒーローに憧れて…騎士団をヘルプする為に来たネ!」
「ボクはシャル・ヴァルナードと言います。自分の故郷で民衆を守る為の組織に入ってました。守る為に戦う騎士団に心を打たれて、協力したいと思いました」
 アメフトのプロテクターで全身を固めたジュディは陽気な声を上げ、その隣で丁寧にお辞儀をする白い猫耳としっぽが特徴なシャル。一方は大柄、一方は小柄で相対する風格だが二人とも誰にも負けない正義の心を持っていた。
「身なりは個性的だが、この二人も我らと同じ熱い志を胸に秘めた勇敢な仲間である!共に戦い、魔物と魔獣の恐怖をこの地から一掃しようではないか!」
 少しの笑みを浮かべて、サバスが二人も騎士団の誇りに似た気持ちを秘めていると声高々に伝えた。その声に騎士団から同志を喜ぶ雄たけびが響く。
 熱い騎士団長サバス、その補佐役として任に就いたジェルモン。騎士団に負けない正義の心を持つジュディにシャル。心強い仲間を得た騎士団はその夜、ジュディが手土産にと持ってきた一頭分の牛肉と大樽の麦酒で楽しい酒宴が行われた。
「こんな名言あるデース!腹は減っては戦はできぬ!なので、戦う前にしっかり食べまショウ!!」
 陽気で豪快なジュディはバナーロケットの火力で豪快に丸焼きにしたスペアリブを振る舞い、騎士団と一緒に楽しく酒を飲んだ。ジュディの発想は騎士団にはなく、騎士達は鎧も脱ぎ捨てて炎の周りで楽しそうに宴を満喫していた。楽しく騎士と歌を歌っていたジュディにサバスが近づく。
「ジュディ殿感謝する。こんなに楽しそうにする騎士達を見たのは久しぶりだ。皆の心がより強く結びついた事だろう」
「それはベリーグット!ジュディ、超ハッピーデス!ところで、モアの木やモアの加護って良く聞くのデスガ、モアってなんデスカ?」
「モアはこの地に突然現れた魔獣ウテルを始めに眠りに付かせた偉大なる人だ。そして、一本の木の苗木を人間に渡したそうだ…それがモアの木だ。人なのか精霊なのか神なのか…はっきりとした事は分かっていない。モアの加護とはモアの歌声の力という事だ…これだ」
 サバスは高級な絹袋を取り出すと、その中を見せた。その中には金色の粉が入っている。
「モアの力でしか魔獣ウテルに対抗できない。これは、前回の歌姫が歌い終わった時に、枝や葉を頂き粉にしたものだ。これがあれば、ウテルを斬る事も魔法を食らわす事も可能になる。これを長年守り、時が来るのを待っていた」
「ずっと守ってきたのデスネ〜。歌声で封印した経緯とか分かりマスカー?」
「これも言い伝えに過ぎないが…突然現れた魔獣ウテルは多くの魔物を率いてきたそうだ。人間はそれに対抗したが、到底勝ち目が無かったそうだ。そんな所に突然現れたのがモアであり、モアが歌うと魔獣ウテルは眠りに付き魔物達はいなくなった。その後モアは人間にモアの歌の力が宿った木の苗木を渡したそうだ。それからずっと、歌姫を探し出し魔獣ウテルが目覚めるたびに眠らせる…そんな事が続いていたのさ」
 ジュディは頷いてその話を聞いた。
「OH、そんな事があったなんて知らなかったデース。バット、疑問が晴れて良かったデスネ」
 その夜は楽しい時間が過ぎた。翌早朝にモア・レティスはホリワの森へと進行を始める。その騎士団よりも先に、二人の異世界の者がホリワの森で既に戦いを繰り広げていた。

 ホリワの森を奥へと進むと、普段居ない魔物達で溢れかえっていた。小人型、狼型、鳥型、爬虫類型…様々な魔物がいる。森の中に居れば必ずどんな魔物でも見える程に密集していた。その中で黒髪のオールバックで一本に縛っている、長谷川紅郎が駆け抜けていた。
「ちっ、アーニャが歌姫になるかもしれないと思って掃除しにきたが…数が多いな」
 紅郎は催しに参加する妻、アーニャ・長谷川が歌姫になったら矢面に立つ事になる妻の為に魔物を減らそうとしていた。だが、魔物の数が多すぎて一人の手ではとても足りない。駆け抜ける紅郎は周辺を魔物達に囲まれ、その場に立ち止まる。前方には小人型、後方には狼型、木の上には凶暴な鳥の魔物が紅郎をターゲットにしていた。
「…ふっ、数がいても雑魚には変わりねぇ。俺の力、とくと味わっていきな」
 周囲を100体以上の魔物に囲まれても、紅郎は不敵な笑みを浮かべた。意識を集中すると人ではない紅郎からは魔物が恐れる力、魔力や妖力を感じる。魔物達が騒ぎ出すと、紅郎は無から有を作り出す無機物創造の力により上空に100程の日本刀を作り上げた。
「食らいやがれ!絨毯爆撃っ!!」
 右眼窩にはめた、念動力を多様に制御する為の宝玉『多念宝玉』が紅く光った!強い念動力は全ての日本刀を念力で操り、それらが魔物達の上から雨のように降り注ぐ。日本刀は魔物達の体に突き刺さり、辺りに断末魔が響いた。だが、数の多さは魔物が勝っている。日本刀の脅威から難を逃れた、20体程の魔物が紅郎目掛けて襲ってきた。
「言っとくが…その日本刀はまだ死んでねぇぞ!!」
 念動力を最大限に高めると、さらに宝玉が紅く光る!魔物に突き刺さっていた日本刀が、襲いかかってきた魔物に再び突き刺さる。周囲に魔物達の血が飛び散り、死体が転がった。援護に駆け付けた魔物達はその光景を見て怯えたが、まだ紅郎に敵意を向け襲いかかろうとしている。
「なんだ、この俺とやろうっていうのか?」
 敵意を向ける魔物達を紅郎は殺気を漂わせ睨みつけた。人間の外見からは想像出来ない、恐ろしい力が外に溢れる。それを感じ取った魔物達は一目散に逃げ出した。
「ふん、今後俺を見たらそうやって逃げな」
 捨て台詞を吐き、紅郎は大岩を目指し走った。少し走ると周囲から魔物達の断末魔が突然響く。自分と同じ奴がいるのかと、紅郎は思ったがそれは違った。走った方向に数十体の魔物の死体が溢れ、そこに紫色の魔物が一体立っているのを見る。
「あれは…他の魔物とは違う、嫌な感じだぜ。魔獣子ウヨンって事か?ひでぇな、逃げた味方の魔物を殺しやがった」
 異様な力を感じ取った紅郎は気を引き締め、ウヨンの前に現れた。1m程の身長をしている。弛んだ脂肪に鱗を纏い、手足に鋭い爪、長い尾に、口には牙が生えていた。
「なぁ、お前の本体はなんの為に目覚めるんだ?」
 人の言葉を解する知能があるのか気になった紅郎はウヨンに話しかけた。ウヨンは紅郎を見るだけで何も言わない。
「(人の言葉を理解出来ないのか?だが、いきなり襲いかかってこないのは…何かの意図を感じる)」
 他の魔物とは違う冷静なウヨン。紅郎を観察するように見つめたまま動かなかった。暫く二人の間で沈黙が流れると、それは突然紅郎の頭の中で響く。
『異界の者か、この地に何用だ』
「お前がウヨンか?」
『俺様こそ魔獣ウテル。魔獣子ウヨンを通して話をしている』
 突然のウテルの返答。まだ眠っている状態のウテルだが、既に意識はありその意識でウヨンを操っているようだった。
『俺様は自分の意思では目覚めない、憎きモアの力によって眠らされているだけだ。その力が無くなった時、俺様は目覚める』
「在る為に目覚めるだけなら、悪さしなきゃいいだけなんだかがな。周りではしゃいでる連中は、抑えりゃいいだけだし」
『恨みだ、それ以外理由はない。俺様を眠りに付かせたモア、そのモアが守りたかった人を…俺様は許せない』
 ウテルは人を恨んでいた。モアという人物が人を守るために、ウテルを眠らせたからだ。
『周りは俺様を後ろ盾にしたいようだが、こちらが利用する側には代わりない。話は終わりだ、長話が運の尽きと身に染みて感じろ』
 その言葉を最後にウテルは紅郎との会話を止める。気がつけば紅郎の周りを数十体ものウヨンが取り囲んでいた。
「足止め、と言いたげだったな。だが、こちらは現れて助かるぜ!探す手間が省けるってもんだ!!」
 不敵に笑った紅郎は手加減無・容赦無の合図でもある、妖刀『八咫烏』を抜き去りウヨンへと立ち向かう!

 もう一人、一人でホリワの森に入ったのは長い金髪のポニーテイルを揺らした女騎士、フレア・マナだ。フレアが予想していた通り、森の中は魔物達に混じり魔獣子ウヨンと見られる生き物が巡回している。
「僕が予想した通りだ。数が多いのは予測していたけど、暴れたら近くの魔物達も呼び寄せられそうだ」
 木の陰に隠れながらフレアは周囲を観察していた。魔獣に対抗する前に、歌姫が決まる前に魔獣側勢力を削ぎ落とす為にフレアは騎士団より先に来ている。
「本拠地まで十重二重の群れに阻まれる、簡単には勢力は削げないだろう。だけど、僕には炎熱系の魔力増幅装置としての効果がある『炎帝剣・改』と時間で大爆発を起こせる『爆炎珠・改』がある。これを有効に使えば、群れで勢力を削ぐ事が出来る」
 フレアの考えはこうだ。まず巡回しているウヨンに炎帝剣・改で襲撃、その最中に隙を見計らって爆炎珠・改をウヨンの体に埋め込む。逃亡したウヨンが報告の為に戻るとすれば、群れの中心だ。その時に爆炎珠・改を爆破させれば各個撃破よりもより効率が良かった。
「よし、あそこにいるウヨンにしよう!」
 両手に両手剣を握り締め飛び出して行った。巡回するウヨンの目の前に現れたフレアは、両手剣を振り下ろす。不意を突かれたウヨンは避ける事が出来なく、深手の傷を付けられた。
「僕が相手をしよう!さぁ、掛って来い!!」
 フレアの声にウヨンが反応する。散らばっていたウヨン十数体がフレアの周りに集まり、様子を窺っていた。直ぐに飛びかからなかったウヨンは声を上げて近くに居る魔物達を呼び寄せる。
「仲間を呼ぶのか。数が増えるが、努力と根性で乗り切ってみせる!僕はここで成し遂げなければいけない事があるんだ!」
 近づく魔物達が到着するより早くフレアはウヨンに向って駆けだす。身なりが少し太めのウヨンだが、地面を蹴ると鉄砲玉のように素早くフレアに向って飛んできた。次々と飛んでくるウヨンをフレアは避けるが、爆炎珠・改を埋め込む隙がない。
「くっ…速い!まずは弱らせないといけないという事か。ならば、行くぞ!はぁぁっ!!」
 両手剣をウヨンに向けて振り下げる!素早いウヨンだがフレアも腕に覚えのある騎士だ、避けきれずに一体のウヨンは背中に傷を負う。
「まだまだぁっ!」
 止まる事無くフレアは駆けだす。飛んでくるウヨンを避け、自慢の炎帝剣・改を振り回す。殺すのではなく、弱らせた隙に爆炎珠・改を埋め込む為だ。休むことなくウヨンと戦うフレア、少し息が上がったとしても全力でウヨンに立ち向かう。暫く交戦を続けて行くと、傷つき動きが鈍るウヨンが出始めた。
「(今だっ!)」
 動きが鈍った隙を付き、魔力を練成し作り出した爆炎珠・改をウヨンに向けて投げつける。口や傷口に珠が入り込んだ。後はウヨンが傷を癒しに群れと合流し、爆発を起こるのを待つだけだった。
「(設定時間は1時間、これくらいの時間ならばウヨンも群れに合流するだろう)」
 だが、傷ついたウヨンは群れに帰る事無く傷ついた体でフレアに襲いかかってくる。
「傷を癒しに戻らないのか!?」
 始めの予想は合っていたが、ウヨンが傷を癒しに戻る事はなかった。それは、魔獣ウテルがウヨンを操作している一方、ウヨンの意識を掌握し外の状況を把握しているからだ。ウヨンが何体死のうがウテルには関係の無い事、死ねばまた生みだせばいいからだった。他の策を考えていなかったフレアは戸惑いつつも、再び両手剣を構えてウヨンと集まりだした魔物と対峙する。
「僕の策がならなかったのは残念だけど、少しでも多くの力を削がせてもらう。諦める事なんて、僕には出来ない!」

 一人で応戦している紅郎とフレア。そこに近づくモア・レティス。それらとは真逆な行動を行っている人物がいた。ショートの白髪と黒のロングコートを揺らしながら、形代氷雪はホリワの森を駆け抜ける。
「(単独行動している敵がいるな。見つからないように離れなければ)」
 ホリワの森に響く魔物達の悲鳴。その悲鳴から離れるように氷雪は走り抜ける。堂々と駆け抜ける氷雪は、森中の魔物達に丸見えだった。だが、氷雪の狙いはそこにある。
「(よし、魔物達は付いてきているな。このまま魔物達を集め、私の力で仲間に引き入れよう)」
 氷雪には生物に対して仲間や友人、主人と認識させる魔道具『リューゲ・ビンドゥング』がある。そのテレパシー能力で魔物達を仲間に引き入れ、自らの戦力にしようと考えていた。追ってくる魔物達は氷雪に攻撃を仕掛ける。だが、氷雪の形代超能力であるテレキネシスで魔物同士をぶつけ合い、重たい石をテレポートさせて魔物の頭の上に落としたりしてかく乱させる。魔物達は思うように攻撃を仕掛ける事が出来ず、氷雪をそのまま追い続けていた。
 暫く両者の攻防が続いて行くと、少し開けた場所へとたどり着く。
「この辺りでいいか」
 氷雪が立ち止ると周囲を魔物達が取り囲む。魔物達の殺気に取り囲まれながらも、氷雪はリューゲ・ビンドゥングを使用する。
「さぁ、私の下へ来い!」
 左目の義眼としていたリューゲ・ビンドゥング起動する。瞳の色が紅くなると、半径5mにいる魔物達に催眠の力がかかる。今まで敵意をむき出しにした魔物達が大人しくなった。
「ふー、一段落だな」
 少し疲れたように氷雪はその場に座る。すると仲間にした狼型の魔物が氷雪に近寄り、心配そうにその顔を舐める。仲間にした魔物は狼型が20頭、小人型が15体、鳥型が10羽、4足歩行の爬虫類型が10体だ。
「後はウヨンを上手く弱らせて、服従させればいいのだが」
 氷雪は手の平サイズの四角い鉄の板『テイムプレート』を取りだす。貼った物を忠実な怪人に変身させる力を持つアイテムをウヨンに貼り付け、仲間に引き入れようと考えていた。暫くその場に留まっていると、氷雪の下にもウヨンが一体現れる。魔物達はウヨンを知っているのか、激しく威嚇するのだが少し弱腰だった。
「安心しろ、私の指揮で君達に勝利するための道を示そう」
 テレパシーで魔物達に呼びかけると、少し半信半疑ながらもその指示に従いウヨンと戦う事を決める。ウヨンが黙って立っていたが、直ぐに爪を向け鉄砲玉のように素早く飛んだ。その素早さに1体の小人型が即死した。
「(見た目よりずっと素早いな。だが、統率を上手く取りさえすればウヨンの1体と戦える)」
 氷雪はウヨンの周りを狼型で回らせ、ウヨンの気を反らす。そこに鳥型で空から奇襲を掛け、ウヨンの注意が空に向いた。そこに周囲を回っていた狼型が飛びかかり、その牙と爪で傷を負った。重症は負ったものの、命には別状のないウヨン。そこに氷雪が近寄り背中にテイムプレートを貼る。
「さぁ、ウヨン。その体を怪人化し私と共に来い!」
 テイムプレートの力が発揮されると、突然弾かれた。
「なんだと!?」
『…ほう、俺様の分身を奪う気なのか?だが、そんな力では支配する事など出来ない』
 ウヨンはウテルの分身であり、支配者はウテルだ。氷雪のテイムプレートの力では、ウテルの力がかかったウヨンを服従させる事が出来なかった。
「お前、魔獣ウテルか?まさか、ここでお前と話せるとは思ってもみなかったが…良い機会だ色々聞きたかった所だ」
『知りたがりが他にもいたか』
「答えろ、お前とモアの木との関係はなんだ?まさか、お前を倒ししてもモアの木が一定周期で蘇っているのか?歌姫との関係は生贄なのか?人間との戦いの歴史はなんだ」
 氷雪は聞きたい事を全部出した。ウテルは暫く黙りこんだ後、氷雪に語りかける。
『全てはモアが始まりだ、モアが人間を守るために俺様を眠らせ…復讐が始まった。歌姫はモアの次から現れた、モアと似た力を持つ者達。あぁ、憎い!何度起きても、歌姫が俺様を眠らせる!』
 モアと歌姫、そして守られる人間に対してウテルは激しい憎しみを抱いていた。
『何故、歌姫が現れたのかは俺様が知りたい方だ。だが、お陰で良い事を聞いたぞ…そうかモアは人間に木を残したのだな?』
 ウテルは歌姫の誕生の流れや、モアの木の存在を知らなかった。
『お前に感謝しよう。お陰で今度は俺様の復讐が上手くいきそうだ。だが、だからと言って生きては返さんぞ』
 氷雪の周囲を数十体ものウヨンが取り囲む。いくら、統率が取れたからといって魔物達に対抗する力はない。
「ふっ、ウヨンを服従させる事が出来なかったが…仲間も手に入った。私はこれで失礼するとしよう」
 テレポートを使いウヨン達の前から魔物と一緒に姿を消した。

 フレアは爆発時間が迫ったウヨンから離れる為走っている。その後を魔物と動けるウヨンが追って行った。飛びかかる魔物達を両手剣で切り払い、挫けぬ心を持ってフレアは戦い続ける。
「(そろそろ、爆破する時間だ。ウヨンを引き離さなければ)」
 両手剣で魔物達を切りつけ、ウヨンに投げつける。魔物によって埋もれたウヨンは身動きが取れなくなり、大きな音を立てて大爆発した。森の至る所で大爆発が次々と起こり、ウヨンの近くに居た魔物達は死滅する。予定よりは勢力を削れなかったが、フレアは他の誰よりも魔物を多く倒した。
「ふー、一段落…してないな」
 一息つこうとしたが、生き残っている魔物やウヨンはまだいた。他の策を考えていなかったフレアは戦い切るしか出来ない。森を走り抜け、大きな開けた道に出ると…反対側からも誰かが近づいてくる気配がする。
「しつこい奴らだ!斬っても斬っても湧いて出てきやがる!」
 紅郎が八咫烏を使い、素早く飛んでくるウヨンを斬り倒していた。確実に倒しているのだが、一人の刀の力だけでは敵を増やしているに違いない。紅郎もフレアと同じ道に出ると、森から数えきれない魔物やウヨンが現れる。
「貴方も一人で戦っていたのか?」
「ほぅ、俺と同じく一人で戦っていた奴がいたとはな。俺は歌姫になる妻の為に数を減らしている」
「奇遇だ、僕も歌姫の負担を軽減させる為に勢力を削ぎ落としている」
 武器を魔物に向け、簡単な会話を交わす二人。その時、魔物の一部が突然悲鳴を上げて次々と倒れ出した。『魔銃α』と『魔銃β』を合体させスナイパーライフルモードを変形させた、シャルからの遠距離攻撃だ。次々と倒れて行く姿を見て、魔物達は混乱し始めた。
「今が好機です!」
「敵が怯んでいる!ジュディ殿は援護を、ジェルモンは総指揮を頼む!鉄騎兵、シャル殿と共に突撃ーー!」
「ジュディに任せなサイ!グットラック、デース!」
「突っ込みすぎるなよ」
 掛け声と共にシャルがサバスが率いる鉄騎兵と突撃していく。その後方には弓騎兵を率いるジェルモンと、援護役のジュディが続いた。
「閃光弾、行きます!皆さん、強い光に気をつけて下さい!」
 その声に魔物に囲まれていたフレアと紅郎がその場から少し離れる。シャルは閃光弾を放つと、辺りが眩い光に包まれた。魔物達やウヨンは目を暗まし、さらに混乱が広がる。
「魔銃の力、くらいなさい!」
 変形を解き両手で魔銃を握ると、魔法弾が魔物達に向けて放たれる。無数の魔法弾は魔物達を確実に倒して行く。数を減らしていくが、まだウヨンが一向に減らない。そこに閃光弾から逃れたフレアと紅郎が再び飛び出しウヨンを斬りつける。
「出来るだけ数は減らいておきました」
「よぉ、先に戦わせてもらってるぜ」
「ここにも義勇兵がいたか!心強いな!よし、我ら王国騎士団も後れを取るな!」
 二人の奮闘ぶりを見てサバスも勢いづく。大剣を掲げると、シャルと共に魔物の群れに突っ込んでいく。
「距離が近いですね。でしたら、このトンファーモードでどうですか!」
 接近戦用に魔銃を切り替え、さらに信頼出来る最高のパートナーのバイオ犬ハンターをサイドカーから登場させる。体内にあるナノマシーンにより凶暴化したハンターは、サイドカーから黒い炎を吐き出し魔物達を焼く。
「僕も民の為に戦わせて下さい!」
 アーマードエアーバイクから飛び出したシャルはサバスと共に魔物と戦う。接近戦が繰り広がれている頃、ジェルモンの指揮で森の中から現れる魔物達を弓で射抜く。
「ジュディはサポート、しマース!」
 大型バイクに乗り騎乗槍の代わりに丸太を棒のように軽々と抱えながら、森から現れる魔物に向って走る。
「ヘイヘイヘーイ!向って来て下サーイ!!」
 大型バイクを走らせながら丸太で魔物を叩く!叩かれた魔物達は次々と強く飛ばされた。豪快なジュディが走ると、その後に弓騎兵が雨のような弓を降らし止めを刺す。
 強力な協力者を得たモア・レティスは、重傷者を出す事無く魔物達やウヨンの群れを壊滅へと追いやる。数日間、駐屯地とホリワの森を行き来し着実にその数を減らしていったのだった。

Scene.4 歌う者達

 トイ街で歌姫を決める催しが始まった。街中が祭りのように騒がしく、あちこちから始まってもいないのに楽器や歌が聞こえてくる。賑やかな民や観光客をしり目に、王国の使者の長い話から催しが始まった。その間、催しの参加者は近くの建物の控室に控えているのだが、今も祭り気分を楽しんでいる二人の少女と少年がいる。
「アルヴァート、この街は本当に楽しいですね。周りに色んな音楽や歌が聞こえてくるなんて、素敵です」
「あぁ、そうだねアリューシャ。でも、はしゃぎ過ぎて転んだら危ないよ」
「ふふっ、そういうアルヴァートも外見をして人とぶつからないで下さいね」
 楽しそうに祭りを楽しむのはロングの金髪をしたアリューシャ・カプラートとロングの黒髪をしたアルヴァート・シルバーフェーダだ。アリューシャが祭りの雰囲気を楽しみたいと言い、時間ギリギリまで歩き回っている。様々な所へ行き楽器の音色や歌を堪能した二人。その中でここの住人に疑問だった事を聞き、噴水の縁に座り整理をする。
「モアの木の実って歌う人の強い気持ちによって反応するんですね。科学的に何も証明されていない、まさに神のみぞ知るって所です」
「うん、選ばれた歌姫達の気持ちがどれも同じではなかったね。でも、誰も歌姫がどこで歌の力を手に入れるのか知らないっていってたよ」
「皆さん、口を揃えて王国の関係者が知っているって言ってました。この催しに王国の使者でくるヨリネス家の者が知っている、っていう話でしたね」
 街の人々の話では歌の力までは分からなかった。だが、使者で来ているヨリネス家の者がなんらかの事情を知っているという事を掴む。
「そうです、アルヴァート!わたし歴代の歌姫の歌が聞きたいのです。その場所を見つけたので、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと!付いて行くから、引っ張らないでよアリューシャ!」
 笑みを浮かべたアリューシャはアルヴァートを連れて、過去の歌姫の歌が聞ける店へと向かった。その店には他の観光客に交じって、ロングウェーブの銀髪をしたアーニャ・長谷川もいる。その店から流れるのは先代の歌姫の歌声を録音したものだった。
「先代の歌姫の歌が聞けてよかったわ。この歌なら私にも歌えるし、皆さんも良く知っているわよね」
 歌で世界を救う、という強い気持ちがあったアーニャ。自分の歌が役立つのならと、今回の催しに出る事に決めたのだった。アーニャは生まれ育った場所では歌姫と呼ばれ、歌唱力は今回の催しでトップレベルだろう。一度聴いた歌なら音感も再現も出来るほどの実力も兼ね備えている。
「歌が先代のしか残っていなかったのは残念だけど、歴代の歌姫がどんな歌を歌っていたか…それ位なら分かるかしら?」
 歴代の歌姫の歌にも興味があったアーニャは店主に話しかける。
「あの、今までの選ばれた歌姫はどんな歌を歌っていたのかしら?」
 店主が応えようとすると、先ほどまで先代の歌姫の歌を聞いていたアリューシャが近づいてきた。
「すいません、私もその話聞かせて頂いてもいいですか?」
 アーニャは微笑んで頷くと、店主が話し始める。
「歌の記録は残っているが、どれもこれも共通性のない歌ばかりだな。自分で作った歌、民族の歌、子供向けの歌、国歌を歌う歌姫もいたそうだ。だから、毎回どんな歌姫が選ばれるか予測も付かないって事。誰よりも負けない強い気持ちを持った者が選ばれる、って俺達は勝手に思っているがな」
 選ばれる歌姫の歌に共通性はない。あるとすれば気持ちの部分だった。
「お嬢さん達も参加するのかい?だったら、そろそろ控室に戻った方がいいぜ」
 店主の言葉に二人は頷き、控室がある建物へと向かって行った。

 催しの参加者が続々と集まる控室にダークグリーンのウェーブがかかったロングヘアーを揺らし、参加者に笑顔を振りまくリュリュミアがいる。
「みなさんの歌ぁ、楽しみにしてますからぁ。わたしの歌も訊いて下さいねぇ」
 のんびりとした口調で参加者に話しかけた。少しの緊張と張りつめた空気がリュリュミアのお陰で和らぎ表情が緩む。
「(お祭りみたいで楽しいですぅ。でも、折角参加するだけでは物足りませんからぁ、観客席で他の人の歌を聴きましょう)」
 祭りが大好きなリュリュミア。歌姫を目指すというよりも、祭りを楽しんで満喫したいっという気持ちの方が強い。その気持ちが周りの参加者に伝わるのだが、二人だけ雰囲気の違う少女がいた。シャルティースとコリーだ。付き添いに来たラサやアメリア、シェリルやトリスティアは二人を見守っていた。そこにアリューシャ、アルヴァート、アーニャが入ってくる。入って分かる一部の悪い雰囲気が噂の二人だと分かると、アルヴァートが声をかける。
「キミ達、友達同士なんだろ?友達同士が競い合うのならまだしも、憎しみあったりいがみ合ったりするのは…そんなことは悲しすぎるよ」
 音楽は音を楽しむものだという事を伝えたいアルヴァート。その言葉に二人はハッと何かに気づきながらも、まだ心が晴れていないように表情を曇らせた。そこに、アーニャも加わる。
「負けたくない気持ちも判るけど、歌は心で詠うものよ。そんな気持ちで詠っても人の心には届かないわ」
 少し厳しい言葉を投げかける。歌はアーニャにとって無くてはならないもの。だから、歌姫を競い仲違いしている二人を見て忠告をしたかった。しかし、シャルティースとコリーの本心を知っているアメリアとトリスティアは複雑な心境で見ている。
「(本当はぁ、お互いに思っているから譲れないっていいたいけどぉ。ここで言ったらぁ、いけない気がするよぉ)」
「(うぅ、大切な友達を守るためなんだけど…なんて言ったらいいのか分からないよ)」
 二人の本心を知って、相手を本心も知っている。だけど、見守る事しか出来なくて二人は歯がゆい気持ちだった。そんな時、アーニャが言葉を付け足す。
「二人が詠ってる所一度見てみたいな。とても素敵なハーモニーでしょう」
 少し微笑んだ言葉にシャルティースとコリーは少しだけ目線を合わせ、少し気まずそうにそっぽを向く。そんな事をしていると、案内係が部屋に入ってきた。
「そろそろお時間です。皆さんはステージの後に用意された場所に移動して下さい」

 長い使者の話が終わりようやく始まった催し。最高潮にまで盛り上がり、辺りからの盛大な拍手で歌姫候補を迎えた。この日だけに集められた演奏団員達が控え、参加者の希望によって使う楽器や音を変えて行く。遠い地からやってきた人、遊び半分で参加してきた人と様々な人達が歌うが…モアの実は全く反応しなかった。それが10人、20人と続いた後にアーニャの出番となる。
「(先ほど聞いた先代の歌をイメージして、今は悲しくとも前を向き踏み出そう、頑張ろうっていう歌を歌うわ)」
 ゆっくりと深呼吸をして歌を歌い出すと、その歌唱力や表現力の豊かさに周りがあっという間にアーニャの歌に引き込まれた。先代の歌姫が同じ歌を歌っていたが、それとは全く違う歌の色になる。騒いでいた観客も静かに聞き入る中、アーニャが歌い終わった。モアの木に視線を向けると実は落ちてはいない。
「そう、私の歌は届かなかったわ」
 少し悲しそうに俯く。人を魅了しても、実を落とすまでにはいかなかった。だが、周囲からは拍手喝采でアーニャを称えるように演奏団員達が音を奏でてアーニャを祝う。
「わぁ、凄いですぅ。こんなに綺麗な歌を聞いたのはぁ、もしかしたら初めてかもですぅ」
 観客席に座っていたリュリュミアがうっとりとしていると、今度はステージにリュリュミアが呼ばれた。
「あっ、次はわたしの出番ですねぇ」
 観客の脇をすり抜け、ステージに上がる。歌の知識も無かったリュリュミアは、その場の雰囲気で歌詞を作り歌い始めた。
「きょうは〜とってもいいてんき〜。まちじゅうが〜おまつりさわぎ〜。きもちのいい〜かぜがふいてる〜」
 音程も表現もそれほど上手くはないが、その歌にはリュリュミアの楽しさが詰まっている。それに合わせて音楽を奏でる団員達も、心が弾むように楽しく音を弾ませた。くるくると回って踊ると、客席やステージにばら撒いておいた花の種から芽が出る。その芽から沢山の花が咲き、吹いてきた優しい風に吹かれた。
「みんなたのしく〜。わたしもたのしく〜、うたいましょう〜。ほら、みんなが〜にこにこ〜わらってる〜」
 リュリュミアのパフォーマンスに見ていた人達がわっと盛り上がり、演奏も派手に楽しそうになっていく。歌い終わっても実は落ちなかったが、誰もがリュリュミアに関心高く、声を上げてリュリュミアの歌を褒め称えた。
「わたし力にぃ、モアの木は反応しなかったけどぉ。皆が楽しそうでよかったよぉ〜。歌を聞いてくれてぇ、みんなありがとうぉ」
 リュリュミアがステージから再び観客席に戻ると、生えてきた花はスタッフによってステージの横に備え付けられた。その後も色んな人が歌ったが、実が落ちず…とうとうコリーの番が来る。すると、街の人達は声を上げコリーを迎えた。演奏係として立候補したトリスティアは、その盛り上がり振りに少し驚く。
「凄い盛り上がりだね」
「皆、子供の時から歌を聞いてくれた人なんだ」
 言葉を交わしながら二人は運命のステージに立つ。
「(コリーが歌姫になって死んじゃうのは嫌だけど、コリーと約束した演奏係はちゃんとしなきゃ…だね!)」
 トリスティアがリズムカルにタンバリンを叩くと、その音に合わせてコリーが歌う。弾むように明る歌声、聞いた誰もが足先でリズムを取るような心躍る歌だ。
「(お願いモアの木、私の気持ちを聞いて!ずっと、この先もシャルが歌を歌って欲しいの!)」
 シャルティースを歌姫にして死なせなくない、その強い思いを歌に込めて歌い切った。視線を向けてみると、実は落ちていない。その事に街の人達は残念そうに、でもほっと安心したように拍手をコリーに向ける。コリーはトリスティアとステージを降りると、その場に座り込んでしまった。
「コリー!大丈夫!?」
「うっうっ…どうしよう、トリスティア。私の力じゃ、歌姫になれなかったよ。このままじゃ、シャルが…死んじゃう」
 まだシャルティースが歌姫に決まっていないのに、コリーはその気でいた。トリスティアはコリーを支え、その場から離れる。そして、シャルティースの番が来た。その隣には同じく演奏係に立候補していた、アメリアがいる。
「宜しくお願いします、アメリアさん」
「うん、シャルティースも頑張ってねぇ」
 お互いに微笑むが、アメリアも複雑だった。
「(歌姫になって死んじゃうってあまり信じたくないけどぉ、今は精一杯頑張らなきゃぁ)」
 不安を取り除きアメリアは静かに竪琴を引いた。優しい音色にシャルティースは優しい歌声で歌う。美しい歌声に誰もが聞き入り、別世界が広がって行く感じだ。
「(私が受け継ぐ歌姫の血…これは私の使命です。この使命をコリーに負わせたくはありません…絶対に死なせません)」
 強く思いながら歌う。その時、実が微かに動いたのだが…誰も実など見ずにシャルティースを見つめていた。そして、歌が終わる頃視線を向けてみると…その実は落ちずにまだ枝に付いている。
「…そんな、私では駄目だというのですか?」
 とても悲しい顔をして目を伏せた。だが、それがどこかほっと安心したようにアメリアには見えたという。歌姫候補の二人が終わり、モアの木から実が落ちなかった。街の人達は信じられないと皆、首を傾げる。その後も何人も歌を歌ったが実が落ちる事は無く…終わりが近づいてきた頃にアリューシャがステージに上がった。
「(この街はとても楽しかったです。楽器や歌、街の人々…とても良い時間を過ごせました。だから、この楽しみを皆にも分けて上げたい。あの二人にも聞いて貰いたい)」
 そして、アリューシャは歌い出す。魔獣を眠らせる役目にちなんで歌うのは子守唄。優しい歌声にそっと目を閉じれば、楽しかった思い出が蘇ってくる…そんな心温まる歌。
「(きっと、この街の人々は魔物の不安もありましょう。そして二人の気持ちがほぐれるように、遠くに居る魔獣も心安らかになるように…気持ちを込めて)」
 アリューシャの歌は、色んな思いが詰まった歌。それをステージ横で見ていたアルヴァートも歌声に聞き入っていた。
「(そう、これが歌だ。誰かを蹴落として、誰かを憎んで…そんな心で歌った歌が、そんな心でつむいだ音が楽しいわけが…音楽になるわけが無い。そう信じるからこそオレたちは今ここでこうして歌うんだ。一人の歌じゃなく、みんなで歌ってこそ楽しい音になるんだってことを伝えたいから…)」
 聞いてくれている人が歌に身を寄せている、そんな光景を見て微笑んだ。そのアリューシャの歌声に合わせて、笛を吹こうとすると…アリューシャが視線を合わせてきて首を横に振った。
「(…分かったよ、アリューシャ。キミの心で歌った歌でみんなの心を一杯にするんだ。憎しみや敵愾心を鎮めるような歌でね)」
 アリューシャを歌姫にしたい、そんな気はない。音楽とは音を楽しむものだ、その事を伝える為にここまで付き添ってきたアルヴァート。それがアリューシャの歌であの二人に届いたのか、気付かせられたのか…気になっていた。同じ道を志す友達との友情を捨てるような事は認めたくない、だから気付かせたいと思っている。
「(わたしの楽しい気持ちを…みんなさん受け取って下さい)」
「(みんなで歌えば楽しい音になる。届いて欲しい、聞いて欲しい)」
 音楽に対する二人の気持ちが重なった。その時、実が大きく揺れて…地面に落ちる。その瞬間、観客席の人々は総立ちになり歓声を上げた。新しい歌姫が誕生した瞬間だ。驚いたアリューシャがアルヴァートを見ると、アルヴァートは頬笑みステージに上がった。
「やったな、アリューシャ!気持ちが伝わったんだよ!」
「そう、ね…そうなんですね!嬉しいです!」
 二人はステージの上で喜びを分かち合った。そして、その二人に盛大な拍手が送られた…その時だ!建物の上から大量のウヨンがアリューシャ目掛けて飛んできた!
「きゃぁぁぁっ!」
「なっ、魔物か!?」
 アルヴァートは腰にぶら下げていた、『聖剣ウル』を抜き去り飛んでくるウヨンを切り捨てる。だが、ウヨンの圧倒的な数にアルヴァート一人では対抗出来なかった。ステージの上がウヨンによって、埋め尽くされると…ウヨンは再び屋根の上へと飛び上がる。その時、集団のウヨンの中にアリューシャがいた。
「アルヴァート!助けて下さい!」
「アリューシャ!!」
 歌姫に選ばれたアリューシャがウヨン達によって連れ去られてしまった。一人残されたアルヴァートは悔しそうに、ステージを殴り再び声を上げる。
「アリューシャーーーッ!!」

大木マスターシナリオトップP