「セラ海域冒険録 〜コーリア島と海竜〜」 第2回(最終回)

ゲームマスター:大木 リツ

 海竜との戦いに勝利し、コーリア島の調査を進める事が出来た調査団テラスマ。調査団の体調が万全になる時を待っていた矢先、副団長であるメイリ・バルテイロスが何者かによって連れ去られてしまった。その光景を幽霊少女パルが見ており、総団長トルカ・ウィシャードに伝える。パルの話だとメイリを連れ去った悪霊海賊は昔、海竜と戦い命尽きた海賊だという事だ。しかもその海賊はパルの父、同胞達と教える。パルは海竜と海賊は誤解をしてずっと戦っていると考えている。この機会で両者を引き合わせて、誤解を解いてほしいと願った。
 トルカはパルの話を受け、メイリの救出に調査団を動かそうとする。だが、調査団はキビートの反逆者扱いされているメイリを助ける必要はない、と言い切ってしまった。

Scene.1 対立と対話

 太陽が厚い雲で覆われ、暗くなっている昼下がり。コーリア島の近くで錨を下ろしたサンテール号の甲板で、総団長のトルカは調査団を纏めるべく声を上げていた。
「メイリは同じ調査団の仲間なんだぞ!君達は仲間の命よりも、掟を大事にするのかっ!?」
 以前は思想の違いからいがみ合い、認め合わなかったトルカも少しずつメイリに歩み寄っている。以前は掟重視だったが、今では違う。天秤はメイリの方に傾いていた。だが、調査団はトルカの言葉に反論の声を上げるばかりだ。
「掟を蔑ろにして、今まで好き勝手にやっていた奴を何故助けなければいけない!」
「そんな奴を調査団の副団長にしてから、キビートで調査団への風当たりが強くなったのは奴の所為だ!」
「悪霊なんかと戦ったら、こっちが全滅してしまうぞ!」
 一人声を上げればまた一人、また一人と大声で反論し続ける。キビートの反逆者だというレッテルだけで決めつける者。キビート住民から調査団へ、厳しい批判の声を上げられた責任のなすり付け。敵わないと思った相手への弱腰の発言。どれもが身勝手な話ばかりだが、数にものを言わせ調査団は勢いだけで無情な声を上げ続けた。それでもトルカは説得の声を上げたが、誰も聞く事はない。その時、甲板の端に寄りかかっていたシェリル・フォガティが震える拳を甲板に叩きつけた。その音に誰もがシェリルに視線を向ける。
「そう、自分の命がそんなにも大切なら…帰ったらその稼業の看板は下ろすことね」
 超ロングの茶色の三つ編みを揺らし、険しい表情を浮かべながら弱腰の傭兵達に捨て台詞を吐く。
「メイリがあなたたちの社会に必要かどうかは、雇い主さんの決めること。傭兵として働いている間の、ヘイタイ様が考えることじゃない。考えてしまって戦いを忘れるようなら、傭兵には不適格よ」
 傭兵経験のあるシェリルからしてみれば、戦いを放棄する傭兵を許せる筈もなかった。だが、一番に許せないのは…命の危機にさらされているメイリを助けようともしない事。
「あたしはメイリを助けに行く。貴方達には…失望したわ」
 鋭い視線を調査団に向け怒りを露わにした。シェリルは隣にいたオレンジ色した90cmのテディベア、テオドール・レンツを腕を引っ張り小舟に乗りこむ。シェリルの激で調査団は言葉を失っている。そこにレイナルフ・モリシタが口を開く。
「機械文明云々はともかくよ、女の子がさらわれた。けれどびびっちまって、助けにすらいけねぇってぇ了見のヤロー共なら、なるほど…力としての機械を手にした日にゃー、テメェよりよわっちいヤツいじめる武器にしか使えないわな。オレと同じく男だなんて言うなよ、てめーら」
 レイナルフはベリーショートの黒髪を片手くしゃくしゃにしながら、調査団…特にトルカに強い視線を向けた。全体に言っている言葉なのに、レイナルフの視線はトルカにだけ集中する。それは挑発的に、真っ直ぐトルカに届く。トルカは何か言いだそうにも言葉が出ず。口を固く結び、険しい表情を浮かべ悔しそうに手を握りしめた。
「俺は海竜と海賊を会わせたい。メイリも安全に救出したい。無謀な事でも、諦めなかったら全部実現すんだ。てめぇら、ちゃんとその目で見とけよ」
 強い口調で言葉を残すと、レイナルフは先に出て行ったシェリル達を追って小舟に乗り込んだ。協力者達からの突然の宣言に、調査団はざわめき立つ。動く訳でもなく、賛同の声を上げない調査団を目の前にショートカットのハニーブロンドの髪が現れた。
「ねぇ、一緒に助けに行こうよ!掟よりも、もっと…もっと大切なものがある筈だよ!」
 トリスティアは大声を上げて力強く訴える。その目に涙が溜まり、調査団も少しうろたえ出した。だが、誰も賛同の声を上げる事はない。メイリを救出をする訳でもない、パルの願いを叶える訳でもない調査団を目の前にしてトリスティアは顔を歪ませ涙を流す。
「…人でなしっ!!」
 目尻一杯に溜めた涙を甲板に落としながら、トリスティアは親友であるアメリア・イシアーファの手を掴み小舟へと駆け出していった。協力者達の訴えを聞いた調査団は罰が悪そうな顔をしながらも、動かずにいる。静まり返ったその場所で話を黙って聞いていた、武神鈴が伊達眼鏡を押さえながら重い口を開く。
「一つ教えといてやる。確かに機械は悪しき心で扱えば多大な被害を及ぼす。だが、そんなものはどんな道具でも…いや、道具を使わなくても起こり得る事だ。そんなことも分からず、ただ感情論で機械を排斥してるお前らは調査団を名乗るに値しない。火を恐れる野生の猿そのものだ。わかったら生意気にも人の言葉を口に出すな。それは知性のある人間が口にしていい言葉だ」
厳しい視線を向けながら、鈴も自分の考えや思いを吐き出した。鈴の話を聞き、調査団は何か言いたげな表情を浮かべるが誰も口を割ろうとはしない。再び沈黙が降りると、鈴は険しい表情を浮かべながら調査団に背を向けた。
「たとえ、自分たちと考え方が違おうと、同胞であろう?それが攫われているにもかかわらず、助ける算段を考えるどころか見捨てるとはな。トルカはまだしも、他の連中は学究の徒以前に人間としても見下げ果てた連中だ。こんな奴らの手など借りる必要はない」
 最後の言葉を力強く宣言した。鈴はその場でサンテール号に付ける筈だった「半属性式対消滅迎撃装置」を調査団の目の前で爆破する。計算された爆破はサンテール号を傷つけることなく、半属性式対消滅迎撃装置を壊した。鈴は壊れた装置からエネルギーの元である魔力炉を取り出し、残骸に使用者の望んだものに変換させる変換符を張り付ける。途端、残骸が変化していきそこに羽織っていた反重力白衣を放り投げる。変化が終わった頃には反重力白衣がメカに近い姿となった。肩や腕、足や眼鏡等に至るまで高性能な武装を施した、対霊体用パワードスーツの完成だ。鈴は無言で白衣を着て、完成したメカを装備する。調査団が黙って見つめている中、白衣を翻し最後に一言言い残す。
「メイリは…この俺が助け出す。天災科学者の名にかけて、な」
 譲れない想いを言葉と視線に込め、鈴はサンテール号から飛び去ってしまった。だがすぐに、変換符で力を使ってしまった為意識が朦朧とし始める。
『くっ、このままでは悪霊海賊に出会う前に墜落してしまう。仕方がない、島で少し休んでいこう』
 術者の精神力を媒介とする変換符。精神力がかなり減ってしまう。鈴は頭を抱え、仕方なく一度コーリア島で休憩を取ることになった。

 大半の協力者がサンテール号から出て行ってしまう。この非常事態にトルカは抱える問題の多さに頭を悩ませた。調査団と協力者の双方の意見が対立したが、協力者の言葉によって調査団に動揺が広まる。それは誤った行動をしたのは、自分達ではないか?という動揺だ。そんな時、一人の協力者が立ち上がる。団長室で悩むトルカの目の前に、ジュディ・バーガーが現れた。
「ミスタートルカ!ジュディと協力してくれませんカ?」
「ジュディ…どうしてここに?」
 扉を勢いよく開けて現れたジュディにトルカは驚いた。協力者全員がサンテール号から去ってしまったと思ったからだ。
「ジュディ、調査団を…ベリーグットな環境にする為残りまシタ。バット、その為には…ユーの協力をお願いしたいのデス」
「そうだったのか。君のような協力者が残ってくれて、助かった。本当に助かったよ、ありがとう」
 ジュディは調査団の意識改革を試み、その手助けに環境の快適化を行うと宣言した。ジュディの申し出にトルカは安堵の表情を浮かべ頭を下げる。トルカの協力を得たジュディは思いを打ち明けた。
「メイリはきっとコンラッドが救出してくれマス。心配いらナイ。バット、メイリがカムバックしてもこの状況は大変デス」
「確かに。戻ってきたとしてもこちらの意識が変わらなければ、また同じことを繰り返すかもしれないな」
「Yes、それはとても悲シイ…ハードデス。That’s、意識改革が必要デス!まずは不安や疲労をリフレッシュさせて、その後にハートにスピークデスヨ!」
 ジュディはメイリが戻ってきた時の事を考える。メイリの居場所を作る為、調査団の意識改革に踏み切った。トルカの了承を得たジュディは取得していた魔術系の力を使い、調査団の気分転換や疲労回復を狙う。
「Hey!皆、ホットな体にクールなウォーターはいかがデスカ?」
 目立つほどの巨体を揺らし、ジュディは豪快に笑いながら調査団に冷たい水を配っていく。他の協力者達とは違いジュディは底のない明るさを全面に押し出し、調査団と接する。調査団は不思議な生き物を見えるような目で見つめているが、ジュディは別に気にならなかった。
「疲れていると、マイペースな考え出来ないデース。シャワーを用意したので、皆でリフレッシュデスヨ!」
 陽気で明るい声がサンテール号内部や甲板に届く。始めは戸惑い避けていた調査団。だが、ジュディの強引さと陽気な明るさに背中を押される形でジュディの提供を受け始める。ジュディは嫌な顔を向けず、調査団を見守った。少しずつ、ジュディという協力者がどんな人なのか理解し始めた調査団の一人が訊ねてくる。
「何故、君は…こんな俺達に優しくしてくれるんだ?」
「OH、それはデスネ。ジュディ、ユアにいけない事しまシタ。キビートの人が、こんなにもマシンが嫌いだと思わなかったデス。なのに、ジュディ…愛車持って来てしまったデス。ソーリー」
 調査団の問いかけにジュディは謝罪の言葉を述べる。
「とても、とても…強いフォルトを感じマシタ。ジュディ、認識甘かったデス」
 申し訳なさそうに顔を歪め、頭を下げた。ジュディの行動に調査団は戸惑う。まさか、協力者が謝ってくるとは思ってもいなかったからだ。
「シードラゴン、ゴーストへの不安や恐怖がネガティブな感情の引き金になったと思うのデス。だから、メイリにハードに当たってしまいまシタ。バット、リフレッシュしてどう考えますカ?これでもまだ、メイリをコンラッドとして受け入れられませんカ?」
 ジュディはそのまま調査団に訴えた。調査団は難しい顔を浮かべ俯くばかり。ジュディの気持ちが分からない訳ではない、ジュディのお陰で気分転換も疲労回復も出来た。感情で熱くなっていた頭が冷やされる。それでも調査団が動けないのは、決定的な一言が無かったからだ。
「我々も言ってはいけない事を言ってしまったと思っている。だが、こんな我々に何が出来るというのだ?」
 意識は少しずつ変わり始めていた。だが、どう動いていいか分からない調査団は戸惑うだけ。ジュディは困ったように腕を組み、悩んでいると…
「それはもちろん!サンテール号を出して、メイリを救出する事ですわ!」
 アンナ・ラクシミリアが現れた。レッドクロスの装着を解除したアンナは学校の制服とヘルメットを被っている。少し怒っているアンナは口を開く。
「仲間の女性がさらわれたら、助けに行きますわよね?それが反逆者はいらないだの、悪霊が怖いだの、思わず怒りでモップを持つ手に力が入ってしまいますけど…」
 アンナも調査団がメイリにした仕打ちは許せなかった。モップを持つ手が震え、折れそうになる。だが、アンナは怒りの感情を抑え頭を下げた。
「機械や科学が嫌だと言うなら、力は使いませんわ。だからサンテール号を出航させてください」
 捨て身にも思えるアンナの宣言。力強い言葉で交渉を進めると、尚も訴える。
「メイリは一緒に航海してきた調査団の仲間ですわ。メイリが機械を使って悪事を働きましたか?みんなのために機械を使おうとしてたはずですわ」
 諭すような言い方は強く調査団の心に響く。
「参りましょう、メイリがいる場所に。このままでは後味が悪すぎますわよ?」
 アンナの言葉に調査団は重い腰を上げた。誰もが立ち上がり、メイリ救出への意欲を声にして上げる。ジュディの意識改革とアンナの訴えはこうして実を結んだ。やる気になった調査団を目の前にして、トルカは改めて二人の前に立つ。
「なんと感謝をしていいものか…君達のお陰だ、感謝する」
「アンナ、サンキュー!調査団がようやく纏まりまシタ!」
「全く、しょうがない調査団ですわね。でも、これでサンテール号は動きますわ」
 こうしてサンテール号はメイリが捕まっている場所に出航する事になった。だが、まだ問題は全部解決したとは言い切れない。成すべき事は残っていた。

Scene.2 海竜の場所へ

「じゃぁ、ボクはメイリを助けに行くよ。アメリア、後宜しくね」
「はいぃ、分かったよぉ。トリスティア、気をつけて行って来てねぇ」
 トリスティアは超高速エアバイク『トリックスター』に跨り、メイリを助ける為に飛び去った。後を頼まれたアメリアはトリスティアを見送る。
「私も行ってくるわ。しっかりと海竜を説得してくるのよ」
「へいへい、了解」
「シェリルちゃん、頑張ってねぇ」
 先に行ったトリスティアを追うように、シェリルも魔白翼を背中に付け飛び去っていく。残ったレイナルフとテオドールは、同志を集めパルの場所へと向かった。暗い熱帯林の中を進むと、パルはアメリアの姿を見かけ現れる。
「アメリア!来てくれたの!?」
「えぇ、もちろんだよぉ。私はぁ、パルの願いを叶えたいから来たんですよぉ。ここにいる皆もぉ、同じ気持ちを持っているよぉ」
 嬉しそうに駆け寄るパルにアメリアは優しい笑みを浮かべた。そして、アメリアはパルに皆を紹介する。テディベア姿のテオドール、エンジニアのレイナルフ。赤髪の冒険者のジニアス・ギルツ、ネコのぬいぐるみに憑依したラサ・ハイラルだ。
「宜しくな!すれ違いのまま終わらすのは、悲しいもんだ。それに物語はやっぱハッピーエンドで終わらなくちゃな!」
「ボクもパルのお話は、みんなが仲良くなりました、めでたしめでたし♪って感じで終わって欲しいな」
「うん!私もめでたしめでたしで終わって欲しいよ!」
 明るく話す三人、童話も物語もハッピーエンドが良いと確認し合った。その所にテオドールが提案をしてきた。
「ねぇねぇ。きれいなお花のあるところ、おしえて。そうして、一輪一輪、君の想いをえらんで、パルちゃん。僕たちが花冠に編込んで、集落のみんなも一緒に海竜さんに会いに行こう」
「でも、どうやって行くの?だって私達熱帯林から出て行かれないんだよ?」
 テオドールの話に不思議そうにパルは首を傾げる。
「それはね、作った花冠で海賊じゃない幽霊を囲むの。花冠が熱帯林の代わりにして、熱帯林の臨時出張所に出来ないかなって思ったの」
「やってみる価値はあるだろう?花冠作りだったら、俺に任せておけ。技術的にバックアップしてやるぜ」
 花冠で熱帯林の代わりをさせ、幽霊を海竜の所へ移動させようとテオドールが思いつく。それに協力するのはレイナルフだ。だが、これを二人で行うには少し人数不足だった。なのでテオドールは他の協力者の協力を要請し、他の協力者もそれを承諾した。こうして海竜の場所に行く前に、花冠作りが始まった。熱帯林で動ける幽霊達はその話を聞き、花冠に必要な材料がある場所を探す。花冠の土台となる木の蔦、一番大事な部分となる花も探し当てた。幽霊は物体に触れられないため、実際の材料確保と編み込みは協力者に委ねられる。
「ほら、木の蔦…取ってきたぞ」
「おぉ、助かったぜ。男手が少ないからな、重たい木の蔦を女の子達に持たせる訳もいかねぇし」
 女性陣が花を摘んでいる時、ジニアスは木に蔦がある場所に行き必要な分を取ってきた。レイナルフに木の蔦を渡すと、硬い蔦を道具に使い器用に編み込んでいく。
「ジニアスは花を摘みに行かないのか?」
「いや、俺…男だから。ここで完成するの、待ってるぜ」
 レイナルフの言葉に遠慮気味に手を上げるジニアスは、その場に座り込み完成を待つ。熱帯林の中で唯一花が咲くその場所では、パルが摘んで欲しい花を選んでいる。その花をテオドール、アメリア、ラサが代わりに摘み、溜ったらレイナルフに手渡していた。その周囲には協力者達の行動が気になったのか、幽霊達が集まり作業を見守りつつ景気づけに楽しげな歌を歌っている。
『未練や執着、自分にかけるまじないか。一番タチが悪ぃな。すれ違っている意見を伝えるだけじゃ、らちがあかねぇ。幽霊達を還すためにも、生きている海竜と直接会わせた方がいいよな』
 子供の頃から熱心に信心していた、教えの中で示唆されていることを思い出す。タチの悪い未練や執着が、伝言だけのやり取りで解消されるとは思わなかった。言葉よりも会って話した方がいい。双方の考え方が合い、レイナルフはテオドールの作戦に加担したのだ。黙々と作業に励むと、2m弱の花冠が完成した。
「でかいな…お前も1.5倍くらいでかくなっているがな」
「湿気で大きくなっちゃったみたい。でも、大きさが足りなかったから一人で花冠を持てないや。一緒に花冠を持ってくれる?」
 テオドールとレイナルフが花冠を持つと、その内部に海賊ではない幽霊を入れた。と、その中にちゃっかりパルも入っている。
「えへへ、もし行けるんだったら私も行きたいな」
「うん、一緒に行こう。僕は女の子には優しいからね」
「…分かった、分かった。ほら、さっさと行くぞ」
 出来上がった花冠の中に幽霊とパルを入れたテオドールとレイナルフは、海竜が待つという入り江へと向かっていく。その道中、海賊の幽霊が興味津津に協力者達の後を着いてきた。賑やかに歌を歌い、楽しげな笑い話まで聞こえてくる。
 ずっと進んでいくと、とうとう熱帯林の終わりに到着した。テオドールとレイナルフは花冠を持って、熱帯林を抜ける。花冠に入っていた幽霊達はというと…熱帯林の端に悲しそうな表情を浮かべ立っていた。花冠を熱帯林の臨時出張所には出来なかったようだ。
「やっぱり俺達、この場所この熱帯林から出れないらしい」
「お前達だけで行ってくれないか?」
「そうか、分かった。後は俺達に任せておいてくれ」
 幽霊は苦笑いを浮かべ、海竜の事を任せる。レイナルフも少し残念そうな顔を浮かべたが、必ず合わせると強く頷いた。その横でパルは顔を伏せ、声を殺しながら泣いている。
「ひっく…折角会えると思ったのに。ごめんね、ごめんねっ…」
「泣かないでパルちゃん。大丈夫、君の声が直接届かなくても君の想いで摘んだ花冠があるから。僕がちゃんと届けるよ」
「…うん、絶対…絶対だよ?」
 テオドールは優しくパルを宥めると、パルも泣きやんで約束をした。互いの体が通り抜けるが、二人は手を差し伸べ指きりげんまんをする。
「よし、俺達だけで行くとするか」
「あ、ちょっと待って!パルは海竜に何か伝えたいことある?ボクが代わりに伝えてくるよ」
 気を引き締めるようにジニアスが出発の声を上げる。と、そこにラサが思い出したようにパルに近づいた。パルは伝えたいことと言われ少し考えるように首を傾げていると、着いてきた海賊達がここぞとばかりに声を上げる。
「そりゃ、もちろん!一緒に歌って騒ぐことよ!」
「海竜と一緒に踊ってみたいもんだな!」
「エルンストが教えてくれた演劇も一緒になってみたいぜ!」
「あはは!海竜が演技出来るわけねぇよ!」
 海賊の幽霊もそうでない幽霊も声を上げる。もう会った気でいる幽霊を見て、パルは可笑しそうに笑った。
「私も一緒に歌ったり、踊ったり、騒ぎたい!それに、私が作った童話も聞かせてあげたい!」
「うん、了解!ボク達にまっかせて!」
 明るいパルの声を聞き、ラサは胸を張って答える。協力者達は熱帯林から幽霊達のエールを受けて、海竜が待つ入り江へと向かった。

Scene.3 臆病な海竜と

 周囲を断崖絶壁の壁で覆われ入り江。少しの砂浜と大きな岩が存在するその場所で、海竜は体の半分を海面に上げた状態で眠っていた。波の立たない入り江の水面で、海の泡が大量に発生する。小さな音を立てて海の泡が弾けると、その泡の中から一人の人魚が現れた。
「…誰だ?」
「偉大なる古き海竜様、畏みて御挨拶を申し上げまする。わたくしはマニフィカ・ストラサローネ、異界の海に棲まうマーメイドの王族に名を連ねし者。奇なる縁から海竜様の御前に罷り越しました次第。どうかよしなに…」
 現れたのは銀色の超ロングストレートを揺らし、古代ローマ風の貫頭衣、腕輪や髪飾り等の多様な装身具を身につけたマニフィカだった。年長者の海竜に対し敬意を込め、丁重な挨拶を向けたが海竜の反応は薄い。
「変わった挨拶だ…今までそんな挨拶受けた事がない」
「そうでしたか…ですが、わたくしの世界で海竜様は母なる海神の使者。敬いの心を持ち、接するのが習わしのようなものです」
 マニフィカは自分の世界の礼儀だと説明した。海竜は興味がない感じで再び目を閉じる。疑心暗鬼になった海竜は簡単に話そうとはしなかった。マニフィカは少し困ったように眉を顰めていると、海竜の体が傷ついている事に気づく。もっと良く観察してみると、海竜の体は皺が寄り老体だという事が見てとれる。
「水の精霊ウネお姉さま、いらっしゃいますか?」
 その呼び声に青いストレートロングを揺らし外見年齢20代前半の女性をした、水の妖精ウネが宙に浮かびあがるように現れる。
「どうしたのですか、マニフィカ」
「ウネお姉さま、海竜様の出血を止める事は可能でしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
 マニフィカの頼みに快く頷くウネ。出血している海竜の喉元に近寄り手を差し伸べた、その時だ。海竜が近づくウネに大きな口を開け、咆哮を浴びせる。
「我の体に何をする!」
「わたくし達は海竜様の傷を癒そうと…」
「黙れ、異世界人がっ!信じられぬわっ!」
 唸り睨みつける海竜。マニフィカは説得を試みるが、疑心暗鬼な海竜は敵意をむき出しにして話を聞こうとはしない。誠意を示す事で友好的なコミュニケーションを図ろうとしたが、疑う心で満たされた海竜を説得するには足りなかった。
『人と海竜様の仲介役になるはずでしたが、これでは疑いを増幅させるだけですわ』
 困ったマニフィカは思い悩み、一つの話を海竜に向けた。
「世界も種族も異なっていても…対話こそがお互いを理解する基本でございます」
「我は何も聞きたくないわっ!嘘を吐く者の言葉など、聞いても無駄よ!」
「本当に嘘だとはっきり言えますか?もし、言えるのならば仕方がありません。ですが!少しでも、そう思わなければこれから来る者達と話をして下さい!」
 強く訴えるマニフィカの言葉に海竜も口ごもる。マニフィカは海竜に拒絶されても、身を引かなかった。海竜と接触を試みる協力者の為。双方に対話の機会を提供する、その信念を貫き通す。
「異種族間、寿命の違い…それだけでも考え方や物の受け取り方が違ってくるのですわ!ですが、それは対話によって勘違いが解消される筈です。疑う心で拒絶するのではなく、今一度素直な心で話し合ってみては頂けませんか?」
 対話を強く主張するマニフィカを見下ろした海竜は考えるように少し目を閉じた。
「…確かに、我は今まで人としっかりと対話した事が無かった。語る事も無かった。よかろう、今一度だけ人の話を聞いてやろう」
「そうですか、ありがとうございます」
「お前も変わった人魚だ。何故、そうまでして我と人を繋ぎ止めようとする?」
 海竜は人と話す事を約束した。マニフィカは嬉しそうに笑うと、海竜に一つ問われる。その言葉にマニフィカは即答した。
「異世界でも同じ海の者です。お困りの海竜様に敬意と親近感が覚えましたわ」
「親近感だと?」
「ずっと海の中で過ごしてきて、私は地上や人がどんなものなのか分かりませんでした。いつの間にかそれに興味を持ち、冒険や旅に出て行きましたわ。わたくしはそこで、様々な価値観を持つ人々が存在する事を理解できました。海竜様もわたくしのように、人を理解して頂きたい…それだけですわ」
 自分も海竜と似ていると語った。その話に海竜は耳を傾け、真剣に話を聞く。その時、この入り江に近づいてくる人の声が聞こえてきた。
「では海竜様、わたくしはこれで失礼しますわ」
「お前は残らぬのか?」
「ふふっ、それもいいのでしょうが…わたくしは影から見守らせて頂きます」
 海竜の名残惜しい言葉にマニフィカは笑い海に潜った。その時、気づかれないように手を結んだ。人の生命の危機や安全を願う力を得て、生存率を高める「天空魔法」の天空願を行った。その祈りで海竜は知らぬ間に生命力が増幅する。
『きっとこれで大丈夫ですわ。わたくしは事の成り行きを見届けましょう』

 入り江に到着した協力者達は、体を海面から出している海竜を見つける。
「ほぅ、貴様らは…あの時の者達か」
「覚えてくれていたのか、それは嬉しいな。俺はジニアス・ギルツ、冒険者をやっているんだ」
「ボクはラサ・ハイラルだよ!今はぬいぐるみの姿だけど、元は人間なんだ」
 見覚えのある姿に海竜が言葉を漏らすと、陽気な態度でジニアスとラサが自己紹介をした。敵意のない雰囲気に、海竜も落ち着いて対面する。
「そういえば。キミの名前、ボク達知らないよ!」
「名前などない。人が我を海竜と呼ぶだけだ」
 ラサの問いに海竜が答える。海竜には名前がない、それは付ける人もいなければ自分で考える事もしなかったのだ。ラサは少し考えると、手を叩き口を開く。
「それじゃ、今からキミはドラちゃんだよ!ボクが名づけ親なんだからね」
「…勝手にするがいい」
 嬉しそうにラサが宣言すると、海竜は拒絶する事無く受け入れる。
「あらぁ、可愛い名前だねぇ。じゃぁ、早速なんだけどぉ…その怪我を治療してもいいかなぁ?」
 雰囲気が和やかになると、アメリアは笑みを浮かべて治療を海竜に勧めた。海竜はマニフィカの言葉を思い出しながら、暫く黙り込んだ。
「治療は貴様らが信用に値するものなのか、対話をし見極めてからにして欲しい。ここに来たという事は、我に何か話したい事があったのだろう?」
 まだ完全に疑う心が無くなったわけではない。慎重な海竜は協力者達と距離を置き、様子を見ようとした。だが、これで海竜と対話が出来るようになる。アメリアは思っている事を海竜に伝え始めた。
「私はぁ、皆と仲良くなって欲しくて話し合いに来たよぉ」
「…皆、だと?」
「えぇ、昔ドラちゃんが一緒に戦った海賊の幽霊が居るのぉ。私達はその幽霊の一人ぃ、小さな女の子のパルに頼まれてぇここに来たんだよぉ」
 海竜はアメリアの話に驚いた。あの時の海賊が幽霊となって今もここにいるとは知らなかったからだ。
「頼まれて、か。幽霊になった海賊の代わりに、戦いに来たのか?我の事がうとましく、思うからか…」
「違いますぅ!幽霊達はドラちゃんが嫌いだから戦ったんじゃないよぉ!だってぇ、人間には戦いが好きな人も、嫌いな人もいるよぉ。戦いが好きな人同士ならぁ、戦いが交流になるかもしれないけどぉ。嫌いな人とは交流の手段にならないよぉ」
 知らない事実を知り、海竜は動揺した。昔戦っていた者達の頼みだと聞くと、疑う心が全てを負の思考に染めてしまう。アメリアが声を上げ説得をするが、海竜の表情はさえない。だが、アメリアもここで引き下がれなかった。
「交流の手段は色々あるけどぉ、一番は相手と話すことぉ!話せば相手の事も分かるよぉ。相手の事が分かればぁ、どんな交流をすれば良いかも分かるよぉ」
「話すか…時間をくれないか?決心がつかぬ」
 アメリアの言葉に海竜の導かれる。だが、その言葉だけでは海竜の頑なな心はまだ動かない。話さなければ相手の事を理解できない、それは分かったが…決心がつかなかった。
「今直ぐぅ、話に行ってくれないのぉ?待っているんだよぉ」
「…少し考えたい。会って何を話せばいいのか、分からない。それに、奴らが我をどんな風に思っているか…」
 こんな事は初めてでどうしていいか分からない。不安になった海竜は消極的になってしまう。そのまま、海の中に潜ろうとした時ジニアスが声を上げる。
「こんな話なんてどうだい?人間の多くが、自分と違う能力がある奴や初めて見るもの、未知のものが怖いみたいだ。俺は色々な世界旅しているが、ある世界じゃ俺も同じ人間なのに、ちょっと違う力使えるって事で雷獣とか言われて魔物扱いされてるしな」
「…人間の姿をしているのに、魔物か?」
「あぁ、俺が魔物だなんて笑えるよな。人間には見た目やその力で、勝手に決め付ける事がある。だから、あんたを最初に見た奴は、真っ先に怖いって思ったんだろう。だから、攻撃をしかけた。それは、悲しいけど事実だと思う」
「…そうだ、初めに会った人間は怯えていた。悲鳴を上げ、逃げ惑う。我が近づいていくと、奴らは攻撃を仕掛けてきた。そうか、我は人間と違う姿をしているから怖がられていたのか…」
 ジニアスの言葉に海竜ははっとした。昔、初めて会った人間達の事を思い出す。海竜は何故自分が怖がれているか、その理由を知らなかった。ずっと心にあった疑問が解消され、もっと知りたいと思う。
「で、あんたが色んな船団と戦う中で、人との交流が戦い。人間も海竜は人を襲うと、勘違いしたんじゃないかな?」
「誰も教えてはくれなかった。ずっと同じことの繰り、その行動が全てだと…戦いが全てだと思っていた」
「ほら、話し合えば相手の事が分かるってもんだ。あんたに何度も戦いを挑んで楽しい、って言っていた海賊がいただろう?そいつらが今、亡霊となってあんたを探して海を彷徨っているらしい」
 ジニアスの教えは、海竜の人間への疑問を殆ど消した。疑問が晴れ、あの海賊達が亡霊となって自分を探していると聞くと話を聞きに行きたくなる。
「だが、奴らはなんと思っているのか?今、会ってどうすればいい?」
「それはもちろん話すことだよ!あのね、ドラちゃんと仲良くなりたい幽霊の海賊が言ってたんだ。ドラちゃんと話してみたい、一緒に歌って騒ぎたいって」
 消極的な海竜の背中を押すのはラサだ。ラサは海賊達が言っていた事を話すと、海竜は驚く。そんな事を思っていてくれているとは、知らなかったからだ。
「この場所を教えてくれた女の子のパルは、ドラちゃんが主人公の童話を書いたんだよ」
「我の童話…それはどんな話だ?」
 ラサがパルと童話の事を伝えると、海竜の興味が沸いた。ラサはパルという女の子の事と童話の内容を教える。パルはいつも戦いに出る父や仲間達を見送っていたが、本当は戦って欲しくなかった。それは、海賊達が海竜に親しみの心を募らせていた為。それを知ったパルはいつか仲良くなって欲しい思いを込め「コーリア島の泣き虫海竜」を作ったと教えた。
「泣き虫海竜か…我もとんだ言われようだな」
「その海賊さんもドラちゃんと仲良くなりたくても、戦う方法以外思いつかなかったのかもしれないよ。もう、海賊さん達は死んじゃったけど、強い想いがあって幽霊になって今もこの世界にいるんだ。ボクは、その強い想いっていうのは、ドラちゃんと会いたいってことじゃないかなって思うんだ」
 少しずつ心を開く海竜にラサは優しく教えた。その海賊達の想いをしり、自分を想ってこの世界にいると聞くと疑問も不安も吹き飛んだ。
「我が嫌いではなく、想ってくれている。そんな事、今まで知らなかったわ」
「うん!今それが分かったなら会って確認する事、誤解を解く事が出来るよ。悩んでばかりじゃなくて、一緒に海賊さんたちに会ってみようよ!」
 ラサの明るく元気な声に海竜は頷く。ようやく海竜が海賊達と会う事を決意した瞬間だった。そこに、テオドールとレイナルフが花冠を持ってくる。
「これはね童話を考えたパルが花の一つ一つ想いを込め、海賊達も協力して皆で作った花冠だよ。皆のドラちゃんへの想いが一杯詰まった宝物」
「本当はこれであいつらを連れてこれたら良かったんだけどな。受け取ってくれ、お前に合うように作ったんだぜ?」
「これが花か…いつもは遠くでしか見た事がなかった。良い匂いだ、心が軽くなる…」
 二人によって持ち上げられた花冠は海竜の頭の上にのった。良い匂いに海竜も上機嫌になる。これから海竜が悪霊海賊達の所へ行こうとすると、どこからともなくギターを奏でる音が聞こえてきた。
「ヘイ!誰か忘れてないかい!?後の事なら、このアストル・ウィントに任せておきな!」
 親指を立てて勢い良く現れたのはアストル。海竜と悪霊海賊を引き合わせる為にやってきた、キリギリスの触覚と羽を持った協力者だ。
「俺の演奏を聞いたドラちゃんは、もう俺の友達じゃん!友達である俺は困っている友達を見捨てては置けないぜ!」
 ハイテンションなアストルは自分が海竜を悪霊海賊がいる場所に連れて行くと宣言する。
「大丈夫、大丈夫!俺とブレスレットの力、そして俺が奏でるリュートでドラちゃんと悪霊海賊を友達にしてやるじゃん!」
「…友達?」
「そうそう、友達!こんな所で喋ってる暇はなさそうだから、行く途中で色々話そうぜ!」
 アストルの勢いは止まらない。海竜が何も言えないまま、話を進める。明るく話しかけたアストルは海竜の頭に上り、進むべき方向に指をさす。
「さぁ、行こうじゃないか!君の友達と出会いに!」
 アストルの心強い言葉に海竜は入り江から出て行く。目指すべき場所は、悪霊海賊がいる海だ。

Scene.4 海上の決戦

 空は雲で覆われ、辺りが薄暗い。波がたたない不気味な海に3つの幽霊海賊船が浮かんでいた。腐敗した船体にはコケや海藻、ふじつぼが付いている異様な姿。その船に乗っている悪霊幽霊も海の物が寄せ集めて出来た姿をしていた。
 「ゼリルダ海賊団」の海賊船。船首付近にメイリが手足を縛られている。悪霊海賊に囲まれ、いつでも海に突き落とせる状態だ。
「海竜ヲ、ドコヘヤッタ…」
「あ、あんた達に言うものですか!それよりも海竜を居場所知ってどうするの!?」
 海賊帽子を被った悪霊海賊はメイリの問いに答えなかった。その代わりに悪霊海賊達は錆びたシャ―ベルを向け近づく。メイリは尻もちをつき、後方に下がるがそれ以上はいけなかった。
『もう、駄目なの…まだやる事が残ってるのにっ!』
 ぎゅっと目を閉じ、協力者達や調査団を思う。その時だ、海の向こうから大きなエンジン音が近づいてきた。
「メイリーー!!助けに来たよーー!!」
「そ、その声は…トリスティア!」
 トリックスターに乗り、現れたのはトリスティアだ。海面の上を高速で走るトリックスターの前を持ち上げる。すると、トリックスターは飛び上りメイリのいる幽霊船の甲板に突撃した。飛んできたトリックスターによって、一部の悪霊海賊がなぎ倒される。
「これでどうだ!」
 甲板の上で停止すると、とりもちを発射する手持ち砲…とりもちランチャーを構え発射した。とりもちは悪霊海賊達を包み込み、見動きを抑制する。だが、トリスティアの猛攻はこれだけではない。とりもちランチャーを投げ捨てると、今度は刃に触れた物を凍結させるコールドナイフを取り出す。得意のナイフ投げは適格に悪霊海賊達の足元を凍らせ、見動きを取れなくさせる。身動きの取れなくなった悪霊海賊だったが、動く腕でシャ―ベルをメイリに向かって投げつけた。メイリは本能でそれを避けたが、その先は何もない海の上だ。
「きゃぁぁぁっ!」
 悲鳴を上げて幽霊船から落ちる。その時、上空から魔白翼を羽ばたかせシェリルが急降下してきた。
「メイリ、掴まって!!」
 手を伸ばしシェリルはメイリの体を受け止める。抱えたまま海面すれすれを飛び、先ほどとは違う幽霊船に降り立つ。
「ふぅ、危ないところだったわ。怪我はない?」
「え、えぇ…大丈夫よ。でも、驚いちゃった。シェリルに翼があるのね」
「まぁ、これは貰いものだけどね」
 驚いた表情をするメイリに、シェリルは笑みを浮かべ他愛のない会話を交わす。シェリルはその場にメイリを下ろすと、腰にぶら下げていたショートソードを構えた。
「今回は敵や戦う事に迷いはないわ。メイリ、貴方も逃げる為に戦うのよ」
「で、でも…私戦う為の武器がないわ」
「大丈夫、私が持っているダガーとサンバリーを貸してあげる。それで自分の足で逃げるのよ。後の事は任せなさい」
 戦う事に迷いのないシェリル。強い口調でメイリに自分の足で逃げろと促すと、持っていたダガーとサンバリーを貸し与えた。メイリは少し強張った顔をしたが、覚悟を決めたように頷く。
「わ、分かったわ。どこまで出来るか分からないけど、頑張ってみる」
「その意気よ。さぁ、私が相手よ!どこからでも掛かって来なさい!」
 意欲を見せたメイリを確認したシェリルは改めて悪霊海賊達と対峙した。シェリルが相手にするのは「ガガーホン海賊団」。飛び道具や鎖の付いた鉄球を振り回す、中距離・遠距離を主力とした海賊団だ。錆びた鉄球を振り回し、投げナイフを装備した悪霊海賊団が襲いかかる。
「私が直接手を下さなくても、ザイダーグが貴方達の負の感情を取り除いてくれるわ!来て、ザイダーク!」
 シェリルの呼び声に、闇の精霊ザイダークが姿を現した。
「承知した。だが、我一人では多すぎる人数だ」
「分かってるわよ。その為に私がいて、ザイダークがいるんじゃない」
 ザイダークは頷き、周囲の人間数人の負の感情を吸い取り鎮静化させることが出来る能力を使う。すると、悪霊海賊が一人一人甲板に座り込み、体を覆っていた海産物がはがれ落ちて行く。シェリルは身軽な体を生かし、素早く悪霊海賊達に斬り込んでいく。シェリルの素早さに悪霊海賊はついていけない。シェリルが斬り付けた場所から、音を立てて海産物が落ちて行く。次々と悪霊海賊達が甲板の上に沈んでいくのにも関わらず、シェリル達を襲う事を止めない。
「オォォ…海竜ハドコニ…」
「死ぬ心配がもうないからって、調子に乗らないで。戦いを生業にする者の栄誉は、何よりも生き残ること。それが強いことの証。あなたたちの時間は、もう済んだ!だれかを傷つけることでしか確認できない未練なぞ、迷惑なだけね!」
 海竜を求める悪霊海賊の声にシェリルは激を飛ばす。それでも悪霊海賊達は襲ってきた。その脇でシェリルのように戦う力のないメイリはダガーを上手く使えず、太陽エネルギーで盾又は全身に纏うバリアが張れるサンバリーで身を守っている。縮こまって襲ってくる悪霊海賊達をやり過ごしていると、空の上から声が聞こえた。
「この天災科学者、武神鈴もいるぞっ!」
 鈴が復帰し、幽霊船の上空に現れた。アウトレンジ戦法で反重力白衣の肩にある、20連長距離霊子ミサイルポッドから煙幕弾を発射させた。煙幕が甲板を包み込むと今度は眼鏡に装備した、自動照準と生体センサーで悪霊海賊の位置を特定する。
「ロックオン、だ。俺の逆鱗に触れた事…後悔するのが遅すぎたな。霊子ガトリング砲、短距離霊子ミサイル…発射!」
 両腕に装備した霊子ガトリング砲、両足に装備した6連短距離ミサイルが勢いよく発射された。それらは船にいたシェリル達を避け、悪霊海賊達に命中する。眼鏡に装備された、火器管制システムで威力を弱めている為船体を破壊する程の強い衝撃は船体に加わらない。また、足に装備した姿勢制御バーニアのお陰でミサイルを撃った衝撃も軽減された。
「げほっ…私達がいるのに、煙幕とかミサイルとかキツイんだけど」
 煙幕が薄くなると、残っているのはシェリル達だけだった。悪霊海賊達は体を覆っていた海産物を全て剥ぎ取られ、甲板の上に透明になった体を横たえていた。
「…こいつは亡霊の生贄にするには惜しいんでな。俺が頂いてくぜ!」
 甲板の上に鈴が降り立つと、蹲っていたメイリを抱き抱え空に逃げ去ってしまう。残されたのはシェリルとザイダークだけだった。
「私達の敵は倒されちゃったし、やる事がなくなったわ。海竜が来るのをここで待ちましょう」
 シェリルとザイダークはその幽霊海賊船で海竜が来るのを待つ。

 鈴が飛び去った後、残った「キペル海賊団」に近づく船が一つある。それはアンナ率いるサンテール号だった。
「さて、皆さん覚悟は宜しいですか!メイリを助けに行きますわよ!」
 アンナの掛け声に調査団は威勢の良い声を上げる。アンナはレッドクロスを装着しいつでも交戦出来る構えだ。
「グットラックね、アンナ!任せたデスヨ!」
「気をつけて行って来てくれ」
「任せて下さいですわ!先にわたくし行き粗方悪霊海賊を退治してきます。その後に続いて来て下さいね」
 飛び立とうとするアンナにジュディとトルカがエールを送る。アンナは自信気に胸を叩くと、幽霊海賊船に向かって飛び立ち、降り立った。その時、アンナの体に電流が走ったような衝撃が走る。
「な、なんですか!このヌタヌタ、ベタベタしている状況は!あぁ、我慢できませんわ!」
 汚れた甲板にマスト。汚らしい幽霊海賊達を目の前に、アンナの綺麗好きな性格が発動する!手にモップを持ち、ローラースケートで滑りだす。
「全部、ピッカピカの綺麗な姿にして差し上げます!このアンナにお任せ下さい!」
 華麗に甲板を滑り始めたアンナはモップであちこちを綺麗に仕上げていく。幽霊海賊の錆びた機械から放たれるエネルギー砲を掃除しながら避け、幽霊海賊達も掃除していった。
「そのサンゴも岩も綺麗にしますわよ!」
 モップで幽霊海賊達を磨き上げる。綺麗にするはずだったサンゴや岩は甲板に落ちた。残ったのは体が透明な幽霊。海産物をそぎ落とされた幽霊達は脱力するかのように、見動きを取らなくなった。その様子を見て、モップでの掃除が有効だと知ったアンナは力強く声を上げる。
「あの方々が海竜を連れてくるまで、わたくしがお相手致しますわ!」
 アンナの手によって幽霊海賊船が綺麗に掃除しつくされるのは、時間の問題だった。

Scene.5 海賊と海竜

「キキちゃん!!俺様は今、モーレツに閃いている!!」
「キィ……(期待しないが、話を聞いてみるか……)」
 協力者達が海竜と接触し、悪霊海賊と戦っている表舞台とは見当違いの場所にアリマ・リバーシュアとテナガザルのペットキキちゃんはいた。コーリア島のシンボルである煙突山に飛行艇レッツラ号を向けている。眼下に見える煙突山を目の前にしたアリマはとんでもない妄想を吐き出す!
「煙突山はその名の通り、船の煙突だったのだーーーっ!!」
「キキーーーーッ!?(な、なんだってー!?)」
 アリマは結論づけ、それにキキちゃんがその話にのってしまった!
「だがな、ただの船ではないぞ!船は船でもそれは移動要塞だ!」
「キッキー!(昔の奴は移動要塞を作れるほど凄かったのか!)」
「そうだぞ、キキちゃん!昔の戦いでこの船が悪用される事を恐れ、島にしてその姿を隠したんだ!…だが、大空賊になる俺様の目をこの島は騙せなかった!」
 オーバーリアクションをしながらアリマは熱く語る。その真剣さに思わずキキちゃんも納得するように頷いた。
「きっとこの船は宇宙にも行けるぜ!大気圏に耐えられるかどうかは分からないが、俺はこいつで広大な星の海が広がる宇宙に行くぞ!」
「キッキ!キッキーッ!(そいつはすげぇっ!とうとう宇宙に行くのか!)」
「宇宙が俺を待っている!行くぞ!俺様最終兵器だ!!」
 アリマは自信気にレッツら号につんでいた、大砲の横に立つ。アリマの十八番、人間大砲をする気だ!
「爺さん…爺さんがレッツラ号を持ってた時、宇宙に行ってたって言ってたよな。俺もとうとう宇宙に行ける時が来たぜ。へっ、柄にもなく感動しちまったぜ」
 煙突山に突撃をする前にアリマは爺さんの事を思い出し、思い出と夢に浸っていた。少しだけ目尻を拭うと、レッツラ号に向けて親指を立てる。
「行ってくるぜ、爺さん!俺はあの船を…もう一人の相棒を奪ってくるぜ!」
 レッツラ号に声をかけると、アリマは大砲の中に入った。沢山の思いと夢を胸に詰めて、アリマは大砲を発射させる!サンバリーを起動させ、アリマを包み込むように丸い橙色したバリアが現れた。アリマは体を激しく回転させる。回転力も合わせた最終兵器アリマだ!
「がははははははっ!!ついでに煙突山を倒してやるぜぇ!!」
 あわよくば煙突山を悪霊海賊達に倒そうと目論んでいた。そのままアリマは煙突山の付け根の部分に衝突する。勢いで煙突山に長い穴をあけるが、強い衝撃にサンバリーが耐えきれない。バリアが消えてしまった。
「ぬわぁにぃぃぃぃぃっ!!?」
 アリマは煙突山を倒すことが出来なかった。煙突山の中心部でアリマは突き刺さったまま止まってしまう。音を立てて煙突山の壁が少し崩れ、アリマは閉ざされてしまった。
「…キキ〜。キキッ!(良き、友であった。お前の事は忘れないぞ!)」
 ありがとうアリマ、さようならアリマ。君の勇姿は忘れない。

 その一方、海の上…「ゼリルダ海賊団」の海賊船でトリスティアは説得に当たっていた。悪霊海賊達はとりもちの粘りと、コールドナイフで凍った足元の所為で見動きが全く取れなくなっている。
「聞いて!ここにパルって言う女の子のお父さんはいない!?」
「…パル?」
 トリスティアの声に海賊帽子を被った悪霊海賊が反応を示した。いいや、その悪霊海賊だけではなく周囲の悪霊海賊もざわめき立つ。
「パルはね未練があってあの島に残ってる。パルだけじゃない、島に残した仲間も未練を残して幽霊としてずっといるんだよ!」
 悪霊海賊達はその話を知らなかった。動揺が広がる。海賊帽子を被ったパルの父、ゼリルダは体についた海産物を全て払い落しトリスティアに視線を向けた。
「…君達は海竜を奪ったのではないのか?ずっとこの海にいた海竜が突然姿を眩ました。それは君達がこの海に現れてからだ」
「奪った?奪ったのはそっちだよ!ボク達は何も奪っちゃいないんだ、ただ誤解をしているだけなんだよ!」
 体の透けたゼルリダの問いにトリスティアは否定をする。
「海竜は今コーリア島の入り江にいる。ボクの仲間が海竜を連れてくると思うよ」
「では、本当に海竜を奪った訳ではないのか?俺達はてっきり海竜が奪われたと思い、物に取り憑き緑髪の人を連れ去った」
 説明をするとゼルリダも他の悪霊海賊達も驚いた。どうやらゼルリダ達は海竜が姿を眩ました原因が調査団にあると思い、メイリを連れ去ったようだ。今は真実が分かり、物に取り憑く悪霊海賊達も普通の幽霊に戻っていく。すると、海賊達は何事もなかったように海に戻ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って!どうして海に戻るの!?」
「海竜が健在であれば異論はない。俺達はまた海に戻り眠りに付こう」
「待って!パルも仲間も、集落でずっと幽霊になってキミ達が帰るのを待っているんだよ!それなのに、戻るなんて酷いよ!」
「…会えのならば、もう会っている。残念な事に、俺達はこの海から出れないのさ」
 ゼリルダ達はこの海から出られなかった。トリスティアが説得するも、既に諦めているゼルリダ達は海に戻ろうとする。しかし、トリスティアも引き下がらなかった。
「海竜がらみの未練があるんだよね」
「…奴とはもう会わないと決めている。その方が奴も幸せだろう…」
「それは違うよ!パルは言ってたんだ!キミ達と海竜が戦いをやめて、仲良くなってくれる事が望みだって!その強い気持ちから、キミ達と海竜が仲良くなる童話も書いているんだ!」
 海竜とは会わない、その一言にトリスティアは大声を張り上げた。アメリアから聞いた話とパルの想いを言葉に乗せて強く訴える。ゼルリダはその話に驚いた表情を浮かべた。
「パルがそんな事を…」
「そうだよ。それに、海竜は戦いを人間との唯一の交流だと勘違いしていたんだ!だから、ずっと戦いを挑んでいた。本当は交流したくて、仲良くなりたくて…キミ達と戦っていたんだ!」
「…奴が戦いしか俺達に要求しなかったのは、そんな勘違いをしていたのか。俺達は戦う事だけが奴との唯一の繋がりだと思い、ずっと戦いを挑んでいた」
 トリスティアの説得で互いのすれ違いの思いが、今重なり合おうとしていた。ゼルリダ達は戦いしか挑んでこない海竜と接するにはそれしかないと思い、戦い続けていた。そんな日々を過ごすうちに海竜と交流したい…そんな思いが膨らむ。
「ねぇ、会って話をしよう?話をして誤解を解こう?それをパルもキミ達の仲間も待ち望んでいるんだ」
 切実な言葉にゼリルダは頷く。こうして、トリスティアの説得により海賊と海竜が出会う機会が設けられることになる。

 トリスティアが説得に成功した頃、悪霊海賊達がいる場所を海竜とアストルが目指していた。顎の上から海面に出して進む海竜。その頭にはアストルがリュートを弾きながら乗っていた。
「ドラちゃん、そのままでいいからちょっと聞いてくれね?」
 アストルの問いかけに海竜は耳を傾ける。
「人間も竜も、見た目の姿がみんな違うように心の中もみんな違うぜ。キミを嫌う奴もいるかもしれないけど、友達になりたい奴も絶対いるって」
「…だが、今までずっと我の姿を見て襲ってきた者ばかりだった。そう簡単になれるものだろうか」
「だから本人に直接聞こうぜ?信じるのを諦めるのはそれからでもいいじゃん。俺も一緒に行くからさ」
 前向きなアストルの言葉は消極的な海竜の心の支えとなった。明るいアストルの励ましに海竜の不安も解消される。また、海竜を勇気付けようとリュートも奏で続けた。
 暫くすると目の前に怪しく浮かぶ幽霊船が見えてくる。
「そうだ、戦う意志が俺達に無くても悪霊海賊が攻撃してこないとは限らないな。っていうか、可能性特大。そん時は俺がリュートを奏でて、アメジストのブレスレットの力で海竜の幻影を出現させてやるぜ。悪霊海賊の皆さんにはそっちと気の済むまでバトルってもらおうぜ」
 もし、戦う事になった時の対処を考えてきたアストル。海竜はその話に頷いた。アストルが目を凝らし、相手の状況を確認する。一つの幽霊海賊船に居たのは手を振るトリスティア、シェリル、アンナ、ジュディ。調査団のサンテール号もそこにいた。
「どうやら、俺の出番は無さそうだぜ。ドラちゃん、行こうぜ。絶対良い事が待ってる」
 仲間の動きを見てアストルは戦う雰囲気ではない事を悟った。リュートとブレスレットを下げ、海竜を導いていく。頭を高く上げ胴の一部を海面の上に姿を現す。その姿は待っていた者達にも見え、歓喜の声が聞こえる。周囲が盛り上がる中、何千年か振りに海竜と海賊達が向かい合う。
「こうして面と向かうのは久しいな。俺達はずっと海の中でお前を見守っていたんでな…お前はどれくらい振りに俺達の姿を見た?」
「大分昔の事、もう我も覚えてはおらぬ。だが、お前達は幽霊となり姿は死んだ時のままだ。だが、我はもう年を取り過ぎてしまったわ」
「海竜も年をとるもんだな。姿は変わっても、その口調は昔のままだな」
 これが初めての他愛のない会話。ぎこちなく話すゼルリダと海竜を周囲の者達は心配そうに見つめていた。
「だが、何故だ?お前達は幽霊となりここに残った?どんな未練があるというのだ?」
 はっきりと聞けない海竜にゼルリダは笑って答える。
「色々残しちまったものはあったが…お前と一度語り合いたかった、だけかもしれないな」
「…我も人間と、いやお前達と語らいたいと思っていた」
 ずっとすれ違っていた人間と海竜。長い間、交わされなかった対話はお互いの心を知る事が出来た。そんな海竜とゼルリダ達を祝福するかのように、空を覆っていた灰色の雲も次第に晴れ、日の光が辺りを包み込む。

 海竜とゼルリダ達が和解を成立させた上空に、メイリを抱きかかえた鈴がいた。
「良かった…ようやくお互いの誤解が解けたんだね」
「あぁ、お互いを知るには少し時間がかかったがな」
 メイリが嬉しそうに胸を撫で下ろすと、鈴は頷く。両者を見届けた鈴は暫くの沈黙の後、メイリに話しかける。
「なぁ、メイリ。調査団の連中もキビートも見限って俺と一緒に旅立たないか?」
「え…鈴と一緒に旅に?」
「メイリは機械を受け入れず酷い仕打ちがするキビートや調査団と一緒に居ない方がいい。他の世界なら見た事のない機械もある、メイリに冷たく接する人もはいないだろう。お前がその気なら、俺が道を開いてやる…どうする?」
 鈴の真剣は話に目を丸くするメイリ。少し照れたように頬を染め、海竜達を見下ろした。
「…ありがとう、私の事を思ってくれて。でもね、遠慮しておくわ。私が機械の発展を望むようになったのは…キビートに住む人達が楽な暮らしになって貰いたいっていう思いからなの。ただ単に機械が好きなんじゃなくて、キビートの人の為なの」
「だが、調査団の奴らは…」
「言ったでしょ?いつか分かってくれる時が来るって私、信じてる。ほら、あの海竜と海賊のように。時間はかかるかもしれないけど、いつかはお互いを理解し合える関係になれるわ」
 柔らかく笑うメイリは鈴の誘いを断った。メイリにはこの世界で、キビートでやらなければいけない事がある。機械の発展はいつかキビートの人の豊かさになる。メイリはその未来を信じて疑わなかった。鈴は強いメイリの信念を目の当たりにし、小さくため息をつく。
「…なんとなく、そんな気はしていた」
「そう?鈴はなんでもお見通しね。でも…私は貴方がこの世界にてくれたらな、って思っているわ」
 少しショックを受けたように顔を伏せる鈴。そんな鈴にメイリは柔らかく笑いかけた。同じ世界で生きていければ、二人とも同じ道を一緒に歩いていけたのかもしれない。

Scene.6 大団円、のその前に海底調査を行うのじゃ!

 海竜とゼルリダ達の和解が成立した時、こっそりサンテール号にいたエルンスト・ハウアーが物陰から見守っていた。
「こっちはこっちで解決したようじゃな。だがな、もう一つ解決してない事があるのじゃよ」
 一通り見守ったエルンストは不敵な笑みを浮かべ、意味深な言葉を吐いた。
「この海底に沈んでいるであろうアレの解決がまだじゃ!一発解決が難しいと踏んだ甲斐があったわ。ワシがアレの解決をすれば、全てが大団円じゃ!」
 エルンストは海底の調査に乗り出す。海底に沈むために重りの石を抱え、サンテール号の端に立つ。
「まっとれよ、遺物…機械兵器!ワシが大事に使ってやるぞ!」
 機械兵器を夢見て、エルンストは音を立てて海に飛び込んだ。海の中では呼吸は出来ないが、エルンストなら大丈夫だ。何故なら、エルンストはアンデッド…半幽体に呼吸は必要ない。

「がぼっ、あばばぁぁっ(ふむ、海中では喋れぬか)」
 ようやく海底についたエルンストは喋ろうと口を開けたが、海中では喋れなかった。仕方なく口を閉じ、暗い海底を進んでいく。
『深く潜ると水圧で体が圧迫されて、上手く体が動かぬのぅ。痛みは感じぬが、体が変形してしまう前に戻る必要がありそうじゃ。海を歩いて…というのは体に堪えるから卒業したいのぅ。』
 上手く動かない体を押して、エルンストは海底を歩いていく。
『あれだけ派手にやりあってる話が残っとるんじゃ。後は少し歩けば船の墓場みたいなのがみつかるじゃろ』
 幽霊海賊達の話を聞き、一番戦いが行われた場所に来ていた。暗がりで良く見えないが、周囲には船らしきものが何十隻も沈んでいた。点在しているものもあれば、何隻もの船が折り重なっているものもある。
『ふむ、どれを調査していいか分からんぞ。船の墓場はあったが、どれがどれなのだか分からん』
 海底に調査をしに来たが、あちこちに船が沈んでおりどれが目的のものなのか分からなかった。手当たり次第に調査を行えば何かしら出てくるだろう。深い海の底に居る所為で体が水圧に耐えきれなくなるのが問題だ。
『うーむ、詳しく聞けば良かったのぅ。船の特徴とか、目印とか…』
 目的の物、機械兵器が積まれているという船がどんなものであったか。幽霊海賊に聞きそびれたエルンストは海底で頭を抱える。
『折角、調査をした内容を教えてやろうと思ったのに…これでは埒があかんぞ』
 そのまま機械兵器が積まれているであろう、船を探し歩いたがエルンストには良く分からなかった。仕方なくエルンストは調査を諦め、地上へと戻っていく。

Scene.7 大団円

 肩を落としエルンストがコーリア島に海底を歩いて戻ってくると、夜になっていた。
「ふぅ、何も収穫がないまま帰るのは悔しいのぅ」
 夜の砂浜を歩いていくと、賑やかな声が少し離れたところから聞こえてきた。エルンストがその場所に向かうと、明かりのない場所で調査団や海賊の幽霊達…海竜が海から頭を砂浜に乗り出し楽しげに話していた。
「な、なんじゃなんじゃ。どういう事じゃ?幽霊達がなんで砂浜に出てこれるんじゃ?」
「がははははっ!話を聞いて驚け!幽霊達の未練が変わったから、呪縛から解かれたんだとよ!」
 集落に居た幽霊達、海に居た幽霊達はその場から動けないはずだ。戸惑うエルンストにいつの間にか復活を果たしていたアリマが笑って答える。幽霊達はそれぞれの未練を果たした、だがそれが果たされるともう一つの未練が生まれたらしい。
「海竜…いいや、今はドラちゃんか?お前を置いて俺達だけで天国に行けるわけがないぞ!俺達はドラちゃんが死ぬまで、共にこの島に残ろう!」
 ゼルリダの言葉に出会いを果たした海賊の幽霊達も、そうでない幽霊達も声を上げた。どうやら皆の本当の未練は海竜を残したままいなくなることだったらしい。騒ぎ出す幽霊達に合わせ海竜も楽しげにその時を過ごす。
「そうか、そうか。それはいい話じゃ」
 エルンストは頷き納得すると、調査団の方に視線を向ける。あの後、調査団はメイリと話し合い謝罪をしていた。メイリは調査団を許し、調査団を纏めてくれたジュディとアンナに感謝の言葉を贈る。
「ふむ、どうやらこっちも和解をしたようじゃな」
「エルンストか?今まで一体どこに…」
「おぉ、トルカ君か。丁度いい所に。実はな幽霊達から聞いた話に関する事なんじゃが…」
 エルンストは幽霊達から聞いた話に、民俗的な意味や民話としての価値はあると思っていた。これらを無駄にしないためにも話を作り本を売り出す事、演劇にして稼ぐ事を提案する。これらの売り上げで今後の調査団の活動費用の足しにしようと考えたのだ。
「どうじゃ、良い話じゃろう?」
「確かに、我々を支援してくれる組織が少ない。それに本や演劇にすれば昔の出来事が人々の目に触れる事が多くなるな。では、演劇指導をエルンストにして頂こうか?」
「ほっほっほっ、望む所じゃ。ワシにかかれば、どんな無名な演劇団でも、有名な演劇団に仕立ててやるわい」
「それは頼もしいな。だったら、あの海賊達にも教えてあげてくれないか?エルンストの演劇の話を聞きたいそうだ」
 トルカが視線を向ける方向には、エルンストを待っていた海賊幽霊達がいた。幽霊達はエルンストを取り囲むと、演劇の指導を申し出てくる。より一層賑やかになる中、ジニアスとラサが突然声を上げた。
「さぁ、皆お待ちかねの童話が完成したぞ!」
「皆、集まってー!」
 ジニアスとラサの呼びかけに調査団も幽霊達も集まった。その中心にはアメリアに連れられた、パルが恥ずかしそうに立っている。
「みんなぁ、パルが童話を完成させたから聞いてねぇ。ちなみにぃ、後で私が本にしてみんなにあげますよぉ」
「お、お姉ちゃん…恥ずかしいよ」
「大丈夫ぅ、大丈夫ぅ。パルも早くみんなにお話を聞かせてあげてぇ」
 アメリアの先導にパルは恥ずかしそうに頬を染めた。周囲がパルに視線を向けると、パルが恥ずかしそうにお辞儀をする。拍手が沸き起こり、パルは嬉しそうな顔をした。
「聞いて下さい、『コーリア島の泣き虫海竜』」

 大昔、コーリア島周辺の海に小さな海竜が住んでいました。海竜は生まれた時からずっと一人です、親も兄弟も友達もいません。
「しくしく…寂しいよ」
 一匹の海竜は寂しくてずっと泣いていました。その泣き声は雷雨を呼び、その涙は津波を起こしてしまいました。仲間を探しに長い旅に出ると通った海面に沢山の渦潮が出来、セラ海域を渦潮で閉じ込めてしまったのです。海竜は何百年と旅をしましたが自分と同じ姿をした生き物に出会うことが出来ませんでした。一人ぼっちが寂しくて海竜はコーリア島に戻ってきてもずっと泣き続けます。
 そんなある日その海に一隻の船がやってきますが突然襲ってきた大津波に船は壊れコーリア島に漂着してしまいました。
「ごめんなさい。僕が泣いていたから大津波が出来てしまったの」
 大粒の涙を流して海竜は船に乗っていた人間に謝りました。怒られると思っていた海竜でしたが船長は笑って答えるのです。
「船は仲間と一緒に作り直すから大丈夫だ」
 船長の優しさが嬉しくて海竜はまた泣きました。
 それからコーリア島で海竜と人間の交流が始まりました。一人ぼっちだった海竜にとって初めての友達です。一緒に海で泳ぎ、一緒に船を作り直し、夜になれば入り江に集まりお祭りのように大騒ぎました。
 ずっとこんな日が続けばいい、海竜はそう思っていました。そんなある日、壊れていた船がようやく直ったのです。とうとう、船長達が戻る時がやってきました。
「ここにずっといてくれないの?」
「許しておくれ、私達の帰りを待っててくれる人がいるのだ。だが、必ずこの島に戻る。約束しよう」
 海竜は船長との約束を交わしたのです。その日からずっと、ずっと海竜は船長達が帰ってくる日を待っていました。ですが、何年経っても船長達は戻ってきません。
「しくしく、もう僕の事忘れちゃったんだ」
 戻ってくるのを待っていた海竜はまた泣き始めました。またコーリア島の海は荒れてしまいます。そんな海竜を見ていた渡り鳥が話しかけてきました。
「ねぇねぇ、どうして泣いているの?」
「約束していた船長達が戻ってこなくて泣いているんだ」
 渡り鳥達は海竜を可哀想と思い、海竜の願いを叶えようとします。渡り鳥は空を飛んで、船長を探しに行きました。荒れた海を越えるとそこに大きな船が一隻いたのです。
「もしもし、海竜さんの友達の船長さんですか?」
「あぁ、そうだ」
「どうして、ずっと会いに来ないの?」
「私達がここにくる頃には海がずっと荒れていて、コーリア島にいけないのだ。困った、どうしたものか」
 どうやら船長達は海が荒れていてコーリア島まで行けなかったのです。そこで渡り鳥は考えました。
「海は海竜さんが泣いているから荒れているんだ。船長さんが来たと分かったら、きっとこの海も穏やかになるよ」
「そうか、なら君に頼みたい事がある。この帽子を海竜に見せてくれないか?そしたら海竜も私が来た事が分かるだろう」
 渡り鳥の話に船長は、思いの詰まった帽子を渡り鳥に渡しました。渡り鳥は帽子をくわえ、海竜の所に戻っていきます。
「海竜さん、海竜さん。船長さんが君に会いにくるよ。でも海が荒れていて、ここにこれないんだ。だから、泣きやんでおくれ」
「しくしく、悲しくて涙が止まらないよ」
 渡り鳥が船長の事を話ますが、海竜は泣きやみません。そこで渡り鳥は帽子を渡すことにしました。
「船長さんが海竜さんに渡してほしいって頼まれた帽子だよ。船長さんの思いが詰まった帽子さ」
 くわえた帽子を海竜の頭に乗せました。すると、海竜は懐かしい帽子とその匂いに泣きやんだのです。荒れた海は穏やかな海へと戻りました。
「ねぇ、海竜さん。船長さん達の所に行こう?」
「うん、ありがとう渡り鳥さん」
 渡り鳥は海竜を案内していきます。暫く海を泳いでいると、懐かしい船が近づいてきました。
「待たせてすまんな」
「船長さん、ずっと待ってたよ」
 こうして船長達と海竜はまた出会う事が出来ました。それからずっとずっと、コーリア島から楽しい笑い声が聞こえます。コーリア島に住む泣き虫な海竜はいなくなりましたとさ。

【童話「コーリア島の泣き虫海竜」】


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