『Velle Historia・第3章〜固き地の意志』 第5回

ゲームマスター:碧野早希子

 生まれた時から、死に向かっている。
 自然物だろうと人工物だろうと、例外はない。
 唯一例外なのは、死に対する特殊な力を持ち、その運命付けられた一生から外れてしまった者だけだ。
 はたして、そんな者がこの世に存在するのだろうか。
 もしかしたら、誰も気がつかないだけなのかもしれないが。
 そう、目を少しだけでも別の方向に向けていればの話として――。

 そして、未だ知らぬ事物を知る為に。

Scene.1 思い出と後悔

 大統領官邸。通称、グロウヴネスト。
 副大統領のマクシミリアン・フィンスタインからマイ・スペルビアの正体と伝言を伝えられた時、秘書官のエンジュ・ケストレルは暫く呆然としていた。
「大丈夫ですか?」
「え? ええ、はい……でも信じられません。マイが消滅したなどと――」
「ツァイト・マグネシア・ヴェレ特別顧問官達数人が目撃していますから、間違いはないでしょう。私は居合わせておりませんが」
「彼女の使っていた、机に残されているものが遺品になってしまうんですね」
 落ち込んでいるエンジュに、小さな包みを手渡す。
「ナーガ・アクアマーレ・ミズノエ氏から預かったものです。スペルビア秘書官の心臓であり脳のようなものだと言っていました」
 包みを広げると、核だった。
「これがマイの本体なのかしら……やはり消滅したというのは間違いなさそうですね。肉体がないから葬式が出せない……この小さなものを墓場に埋めても、何かむなしい気分です」
「調査の必要が出るかもしれません。どちらにしろ、その核も最終的に貴方へ渡すつもりでしたから」
「そうですか……何か、後悔しているんですよ。マイの出生が分かっていたら、色んな事を教えてやりたかったなと」
 ポンとエンジュの肩に触れるマクシミリアン。
「本当の年齢が2歳とは思えないですが、子供だったというわけですね」
「カメラで芸能人のプライベート写真とか撮ってたのも、社会人としてのルールやマナーを知らなかったという事ですよね。大人でもそうしてしまう事はあるけれども」
「自分が良かれと思っていても、相手にとっては不快に思う事がある。最悪の場合、裁判沙汰に発展しかねないですから。知らないでは済まされない」
 エンジュはマイの机から大量の写真が入っているのは知っていた。しかし改めて見ると、自分の映っている写真や仲間と一緒に行った旅行の写真も入っている。
「楽しい思い出もあったのにね……」
「思い出は美しいままにしておきたいですね……話は変わりますが、大統領救出は出来たのでしょうかね?」
「それ以前に居場所が分かっていても、隠し部屋だったら時間がかかりそうです。顧問官なら早く解決できそうな気がしますけど……」
 二人は腕を組んで「うーん」と考え込んだが、これ以上時間の無駄と知り、仕事を始めた。
 マイの核は、無くさない様に一応エンジュの机の上に置く事にした。

Scene.2 強欲のアヴァリティア

 姫柳未来は、出会って早々ジョー・アヴァリティアからの攻撃を受けて、戦闘体制に入っている。
(連絡はしたけれど……どのくらいで来れるのかなあ。わたしが倒れてしまう前に早く来て!)
 短距離間でテレポートを繰り返しながら、ジョーの攻撃をかわすという繰り返し。
 攻撃手段を持ち合わせていない為、自分が出来るのはテレキネシスによる投石。
「荒野で良かったって思う事がこれだけって……何か哀しいな」
「譲ちゃんらしい戦法だな。そのままじゃ体力使い切っちまうぞ」
 大笑いするジョー。
「悪い軍人さんに言われたくないよ。それに、いきなり攻撃してくるなんてあんまりじゃない! SDSってもうコソコソ行動しなくてもいいって事かな?」
「時間稼ぎだよ」
「何の?」
「答える義務は無いなぁ!」
 大きな岩を抱えているジョー。普通ならば例え鍛えられている人間だとしても、潰される位の重さである事は間違いない。
 それをジョーは軽々と持ち上げて、まるでボールを扱うかのように投げる。
「うわっ!」
 側をギリギリで避ける未来。同時に岩は突然崩れた。
「お待たせ!」
 エアバイク『トリックスター』に乗ったトリスティアが、レーザーキャノンで岩を攻撃したのだ。
「トリスティア! やっと来てくれたんだね」
「時間稼ぎ、お疲れ様」
「何だ、譲ちゃんもそれか? なんの?」
「こっちも答える義務は無いよ。というわけでトリスティア、宜しく」
「未来もね」
 再び未来が投石をし、ジョーの様子を伺う。体勢を崩せばこっちのものだ。
 しかし、ジョーはそれを素手で殴り壊す。
「体格強化されてるの!? 体に傷を付けないと駄目って事かな?」
「大丈夫なの?」
 ラウリウム・イグニスが心配して声をかける。
「何とか……それよりラウリウム、地上から銃で撃つ事はできないかな?」
「やってみるけど、はね返すくらい硬そうなら期待はしないほうが良いかも」
 足元を狙うラウリウム。弾は足元を反れて地面にめり込む。
「おおっと、危ねえ。そっちの真面目そうな譲ちゃん、威嚇してんのかな?」
「処刑人ではないから、例え当たってもびくともしないんでしょ?」
「なら、あたしが止めてあげるよ。これでもくらいな!」
 マリー・ラファルがジョー目掛けて、スタングレネードを投げる。
 名の通り、非殺傷性であり気絶させる為の榴弾だ。
 ジョーは顔面をかばう様に両腕をクロスさせ、爆風と発光をあびる。
「これで捕縛してやるよ!」
 マリーが次に投げたのは液化窒素。
 マイの様に身体を変えられる(厳密にいえば『かい離現象』とでもいうべきか)事ができる者がいてもおかしくないと考え、すぐに手に入りそうなものを探していたら、これを見つけたという。
 動きを固めるには最適だろうが、通常は人間に対して使用したら大変な事になる。相手がSDSだからこそやれる攻撃なのだ。
「効いた……かな?」
 ジョーは五感を強化された存在だろうと考えているマリー。聴覚と視覚を奪うスタングレネードなら効くだろうと思っての事だ。
 様子を伺うと、彼の口元がニッと大きく笑っている。
「そっちの姉ちゃんは威勢がいいな。軍人かい?」
「元だよ。それにしても随分余裕だねえ」
「焦ったほうがよかったかな?」
「身体特化――特に五感を強化しているのは間違いなさそうだね。ならば、これはどうだいっ!」
 マリーは愛銃レイヴンで攻撃。
 ジョーは自ら動きを回復、弾が当たる寸前で避ける。倒すには、一筋縄ではいかないというのが伺える。
(捕縛したいけど……最悪な場合、再起不能なまでにするしかなさそうだね)
 未来による投石での威嚇や、トリスティアのレーザーキャノンも続けて攻撃を行なう。
(早く捕まえて、SDSの事色々と聞きださなくちゃならないのに……)
 マイの様に消えたら二度と聞きだす事が出来ない。その現場で立ち会っているトリスティアは、多少焦っているようだった。
 ジョーはそんな空気を読めないのか、それとも知らぬフリをしているのか、楽しんで戦っているようにも見える。
「どうした、やっぱ女ってのは何人かかっても力はその程度かねえ」
「そっちが強すぎるんだよ! 馬鹿の一つ覚えみたいに戦う事しかできないのかい?」
「俺は強欲だからなあ。宇宙一の力、有り余る金、いい女……最高のものを手に入れるのが俺のモットーでな」
「そんなの全部手に入れるわけないでしょ。皆最低は一つでも良いものと悪いものを持ってるんだからね」
「なら、それを覆そうじゃねえかよ!」
 ジョーの拳が地面を突く。
 同時に地響きが起き、少し離れたところまで強い振動が伝わる。
 まるで地震みたいに――。

Scene.3 翼の骨と記憶

 その頃。
 天空遺跡、海水の溜まっている地下14階。別名、実験体用捕虜保管区域。
 ナガヒサ・レイアイルは一人で調査を続けている。
 そこへ、エスト・ルークスが来た。
「携帯用の充電器持ってきたわよ。もうそろそろ動きが鈍くなる頃じゃないかなって」
「そういえば……ちょっとだるいみたいな気分ですね」
 ナガヒサはアンドロイドだ。通常充電すれば一日中稼動可能である。
 だが、必要以上に行動すれば、内蔵型のバッテリーが早く消費する事もある。
 充電率は未だ十分であったが、エストにかけた言葉は彼女の行為を無駄にしない為の気遣いでもある。
「夢中で周囲が見えなくなるのは良い事なのか悪い事なのか……ところで、いつも遺跡調査に加わっている二人が見えないのだけれど?」
「貸出されている相棒の身に嫌な事が迫っているような事を口にしまして、気分転換と称して二人とも何処かへ向かわれたようです。その事で何か動きはありますか?」
「グロウヴネストで動きがあったみたい。秘書官の一人がSDSに関与していたと。で、伝言を残して消滅したと聞いてるんだけど」
「消えた? という事は、人間ではないというわけですか?」
「私に聞いても知らないわ。見てないもの。SDSの居場所がミツパ州の州都ツァファにあるらしいから、そこに向かったんじゃないかな」
「そうですか……話は変わりますが、ケイン・セヴン博士は無事に行かれましたか?」
「大丈夫。何事もなく飛行機は皇和国へ飛び立ったから」
 エストは周囲を見回すと、翼の白骨が目に付く。
「あれは……?」
「この階の一室で見つけたものです。ちょっと気になっていました……ナーガの記憶と似たようなのがありましたので」
 ナガヒサはL・Iインダストリーでの仕事を中心に、ナーガとの記憶を共有している。
 ただし、ヴェレ王国時の記憶に関しては、ナガヒサにとって関係ない事でもあり辛いものばかりである為、余程の事がない限り制限されている。
「もしかして、おじさまの背中にある『翼をもがれた様な痕』と関係ある事? 大まかだけど聞いた事はあるわね……辛い顔をして」
 ツァイトは滅多に自分の過去を話さない。それは必要な事ではないし、過ぎた事。
 今の世が、ヴェレ王国のような事態にならない事をただ祈るばかりだ。
 それが王族の一人として罪を背負う意志でもある。
「皇帝の命令で、実験名目という形で勝手に付けられ、飽きたから勝手に斬られた……という記憶と照合しますね。やはりこの白骨は顧問官の――」
「本人に聞いてみないと分からないでしょ。でも話してくれるかどうかも微妙だし」
「これ以上は聞かないほうが良いかもしれませんね……ん?」
 階段のほうを見やるナガヒサ。エストもつい同じ方向を向く。
「どうしたの?」
「いや……誰かの気配がした気が。でも熱源は感知できませんし」
「野ネズミかしら?」
「いなかった気が……コウモリも」
「ジョリィとテツトかもよ」
「テツトは仕事中ですから来れませんよ。それに、ジョリィは今日も動物と遊んでいるでしょうね」
「そうね。という事は、幽霊だったりして」
「幽霊の存在を否定するわけではありませんが、それはないでしょうね。眼の代わりであるレンズならば、赤外線機能とか付けていれば、オーブと呼ばれる浮遊体らしきものが映っている筈でしょうし、ここで亡くなられているヴェレの人達のがたくさん出てくる筈ですよ」
「それはそれで怖いわね」
 二人は笑っていたが、ナガヒサは不安な事を口にする。
「この遺跡が、いつまでも残っているとは限りませんよ。25年も経っているんです、幾つか崩落の危険性があるし、何よりもノヴス・キャエサルやIGK――皇帝によって、いつかはここを壊される可能性も否定できない。どういった理由かはわかりかねますが、それが一番心配ですよ」

Scene.4 真実は分かっているものだけではない

 赤のテスト・アノールがツァファを走って、どのくらい経つだろうか。
 周囲には家も人も見かけない。
「この世に出てくるまでは大変だが、いなくなる時は呆気無いものだな」
「ツァイト、急にどうしたのですか?」
 ツァイトの神妙な表情に、助手席に座っているナーガが問う。
「お前の好きな『エデニア神話』、一部の内容を覚えているか?」
「創世神話の……どの部分でしょうか?」
「太祖と太母が誕生した箇所だ」
「はい……確か神様から創られて、別の惑星に向かうという内容でしたね」
「厳密にいえば、追われたというべきだが。マイ・スペルビアは『親』によって創られ、最低限の知識等を覚えこまされ、人の中に放たれた。後は自分で何とかしろという意味だろうな」
「それが神話と似ているというのですか?」
「違う。意味を持って創られたという点で同じだという意味だ。ヴェレスティアは生物に関して、人間動物を問わず一つの生命体として権利を持っている――まあ、動物にいたっては実験の償いとして含まれているがな」
「私達は、神様といったら太祖と太母の事ですし……何を願って人の先祖を誕生させたんでしょうね」
「さあな。相当昔の話だし、未来に託すような意志を願って人を誕生させたのは間違いないと思う」
「未来に託すような意志……」
 託される意志とは何か、ナーガは考えてみたが思いつかない。
 テスト・アノールに搭載されている機器に、警報音と『地震発生』の機械音声が流れる。
「な、なんか空気が押してる感じが……空気震でしょうか。これも地震の?」
「いや、地震が起きるような断層もプレートもない筈だ。……向かっている先に何か爆発でもあったのか? ともかく急ぐぞ」
 今は向こうで起こっている事を片付けるべきだ。
 ツァイトはスピードを出して目的の場所へと向かった。



 見渡す限りの荒野、荒野、荒野。
 他にあるのは一軒家しかない。
 ジョーの放った拳によって、こっちにも振動が伝わる。
 ただし、倒れるほどの大きな揺れではなかった。
 そんな中で、ルシエラ・アクティアは数本の投げナイフを構え、目の前にいるマリアン・ルクスリアとグーラの出方を伺っている。
 自分から攻撃をせず、間合いを保ったまま。
「あの馬鹿、力押しで地面を殴ったわね」
「アヴァリティア、いつも手加減なしズラブー。こっちも揺れで倒れそうズラブよ」
「マリアン、とか言ったわよね。大統領――ワイト・シュリーヴは何処にいるのですか? そこの家の中ではないでしょうね?」
「聞いてどうするの? 一人で助けられると思って?」
「さあ……」
「ここにいるわよ」
 あっさり答えたマリアン。拍子抜けするなあとルシエラは思ったが、緊張感が抜けない。本当の事を言っているのかもしれないが、嘘かもしれない。
「もう、もう……我慢できないズラブー!」
 グーラがガーッと大口を開けて突進してきた。バイオ犬ハンターは凶暴化して黒い炎を吐き、ルシエラの後方支援をする。ルシエラはグーラを避けつつ、マリアン目掛けてナイフを投げる。
 マリアンが避けたのも予想の内なのか、再びナイフを投げると同時に、ペンデュラムペアリングをブーメランモードにして投げる。それが戻ってくる時に当たれば良いほうだ。
 しかし、これもかわされてしまう。グーラにもペンデュラムを投げてはみたが、寸前でかわされる。
「嗅覚が鋭くなかったら危なかったズラブー」
 人の持ち物のにおいまでわかるのだろうか。グーラのそれは犬並み――或いはそれ以上といってもいいのかもしれない。
(レイスが戻ってくるまでの時間が分かりにくいですが……この二人の能力がどんなものか、様子を見ますか)
 ルシエラは再度攻撃を仕掛ける。
「ついでに、あなたにはこれを!」
 ナイフの後、すぐグーラの鼻に目掛けて投げつけた物。小道具衣装変身指輪から現出させた臭いのする袋。
「おわっぷぅ!」
 見事に命中。これで彼の戦力を落とせればいいのだが。
「酷いズラブよ……でも、嫌いじゃないズラブー」
「……逆効果でしたか。本当に雑食が好みらしいですね」
 ルシエラは額をおさえる仕草をするが、気を取り直す。
 ハンターも接近戦に持ち込まれないように、得意の敏捷でマリアンとグーラをかく乱させる。
「犬は犬らしく吠えるだけにしてね」
 ムチを振るうマリアン。ルシエラとハンターは同時に避ける。
 ムチに当たった石が、勢いよくルシエラに向かってくる。
「避け切れな――!」
「しめたズラブー!!」
 機会を逃さまいとグーラが土ごと食らいつこうとしたその時、目の前に突然レイスが姿を現す。
 思わず急に止まるグーラ。
「戻ってきましたか!」
「幽霊ズラブか? 幽霊って悪い事するんじゃなかったズラブか?」
「私のレイスは良いほうですよ。そちらにとっては嫌な存在と思われますが」
 ルシエラの上空から発砲する音が聞こえ、マリアンとグーラは後ろに避ける。同時に弾痕が地面に残る。
「ハンター、無事ですか?」
 聞いた事のある声だなとルシエラが振り返ると、シャル・ヴァルナードがいた。
「遺跡にいたのではなかったのですか?」
「嫌な予感がしたので……ハンターの身に何か起きているんじゃないのかとね」
「ワシもいるぞい」
 今度はエルンスト・ハウアーが近づいてくる。少し呆れてしまうシャル。
「エルンストさんも来ちゃったんですね……」
「シャル君のただならぬ不安ぶりが気になってのう。遺跡の調査は追々調べていくとして……今はこの事を片付けるべきじゃろうて」
「そうでした……現状を教えてもらえますか?」
 ルシエラはシャルとエルンストに今までの状況を説明する。
 シャルは自分のアーマードエアーバイクをパワードスーツに変形させる。
「ボクはグーラのほうをやります。エルンストさんはどうしますか?」
「ワシはマリアンとやらを相手にするかの」
「私に対して二対一とは卑怯じゃない?」
 冷静に、しかし薄笑いをしているようにも見えるマリアン。
「数ではそうですが、戦闘時の事を考えれば妥当だと思いますが」
「そこのお嬢さんに宣言しよう……ワシはこのまま歩いて前進する。そしてお嬢さんの腕を掴む。止めてみたまえ」
「命知らずに見えるけど……いいの?」
「外見だけで判断しては困るのう」
 緊張感漂う中、遠くから車のエンジン音が聞こえ、段々近づいてくる。
 テスト・アノールだ。
 助手席からナーガが、続けてツァイトも降りる。
「無事ですか? えーと……確かシャルさんとエルンストさんは遺跡に――」
「ちょっと訳アリで」
「ワシもじゃ」
「捕らえる気というか、倒す気満々ですね」
 苦笑いするナーガ。
「で、あいつ等がSDSの……」
 マリアンとグーラをまっすぐ見るツァイト。
「あら。会いたかった人が自ら出てくるなんて。嬉しいわね」
「どういう意味だ?」
「私の興味対象がここに来たって事」
「期待を裏切るようで申し訳ないが、俺は興味がない。それよりも、ワイトがここにいるらしいという情報は聞いている。何処だ?」
「情報聞いているんなら、分かってるんじゃないの? で、誰に聞いたのかしら?」
 後ろを見るような仕草で首を動かすマリアン。
「マイ・スペルビアという人物は知っているだろう、あいつから聞いた」
「傲慢になり損ねたスペルビアね……それで拘束したの?」
「マイさんは……消えました」
 俯き加減にナーガが告げると、「あ、そ」とだけマリアンは返事する。
 呆れるような表情のツァイト。
「知っていた素振りだな」
「ええ。『役に立たない』とお父様からの声がしたから」
 グラント・ウィンクラックは破軍刀を構える。
「あ、そ……じゃねえよ。消耗品の扱いみたいな言い方しやがって」
「だって、私達は消耗品のようなものだもの。役に立たないのなら消えるのみだわ。その覚悟はとうに出来てるしね」
「存在理由か……さて、どうやって奥の建物へ行くかだが――」
 ツァイトは侵入方法を考えているが、どうしても目の前にいる二人と戦闘せざるを得なくなる。
 シャルは「何だ、そういう事ですか」と余裕に言ってくる。
「だったらここはボク達に任せて、大統領を!」
「このくらいの人数ならば、片付くじゃろうて」
「わたしが先に攻撃しましょう。その隙に中へ」
 ルシエラはそう言うと、再度ペンデュラムを投げる。シャルとエルンストも続けとばかりに向かっていく。
 数回の爆発音によって地面がえぐれ、グラントはとっさに下級の火術魔導『ファイアウォール』を発動させる。
「あ……何か出来たっぽいぞ。修行の成果かな」
「やっと本格的な発動が出来たか……すまんな、グラント。ついでだが、それを維持したまま建物まで直行できるか?」
「師匠の頼みとあらば仕方ねえ。やってみる」
 この状況で精神的に保つのは難しい。戦闘よりも二人を護衛する事が優先だと、グラントは魔導が途切れないように集中させる。
 そのお陰か、ツァイト達は無事に建物の中へ入る事ができた。



 建物に向かったのは彼等だけではない。
 梨須野ちとせも反対の方向から侵入していたのだ。
 先程の爆発音と同時に、窓に向かってフェイタルアローを放った。
 簡単に穴が開き、警戒をしながら中へ入る。
「ひんやりしていてジメジメしそうな感じですね……日が当たらないのは幸いかどうか分かりませんけれども」
 中は誰もいない。SDSの残りがいそうな気がするのだが、それすらも見当たらない。
(いないというのが引っかかりますね。でも、待ち伏せしている人はいなかったし)
 だが、逆にワイト救出のチャンスでもある。
 SDSが戻ってくる前にカタをつけなければならない。
「いる可能性が高いのは、外に音が漏れない地下か建物の中心辺り……では、スニーキングミッションですわ」
 頭まで覆うような服装だが、床の色と同じようにしてある。まるで光学迷彩の技術を結集したかのようだ。
 ちとせはそれを身につけ、ワイトを探し始めた。
 暫くして、真新しい壁のあたりに来ると一瞥する。
「ここだけ塗り替えたという事は、何かあるって事でしょうか。ともかく、調べてみなくては」
 扉を見つけると、ちとせは中に誰もいない事を確認してから入っていった。



 再びツァイト達。グラントは少々困ったような表情をしている。
「師匠やナーガと一緒にいれば、他のSDSは元より、もしかしたら『親』が出てくる可能性は高いからな」
 まるで二人を囮にしているようだ。正直気は進まないものの、ツァイトとナーガを守る。それが護衛を務めるグラントの意志。
「果たして、そう出てくるものだろうか? 気配が感じられない……いや、別の人間か?」
「SDSの誰かですか?」
「いや、違うな。俺達と同じように、ワイトを救出しに来たのかもしれん」
「だといいんだがな。というか凄えな……伊達に軍人はやってないって感じか」
「元軍人だが。とはいえ昔も今も、俺を快く思わぬ者はいる。生き残った王族の俺は罪人だ――どのくらい出来るかはわからないが、この世に対して償う責任がある」
「責任……か」
 重く圧し掛かるそれは、会社や個人に対する責任とは違う。
 国家間だけでなく、惑星間――宇宙全体に対する責任。
 それを、ツァイト一人で背負っているような気がしてならない。
「あのSDSは覚悟はあっても、責任は背負っているのでしょうか?」
「本人に聞いてみねえとわかんねえな。マイは確かに人を欺いて、ナーガを人質にとった卑劣な奴だったけどよ、その事を許す気も認める気も無え。とはいえ、あんな風に殺されるほど非道な真似までしたわけでもねえ。許せないのは個人の勝手で命を生み出し、用済みになったら壊れた玩具を処分するかのように殺してしまう……何処の下衆野郎か知らねえが、『親』って奴は絶対に許しちゃおけねえって事だ」
「その『親』が誰で、何処にいるかも分からない。正体がハッキリするまでは、心に留めておくべきだ」
「そうしておくしかねえな」
「殆ど光が入ってこないような暗さですね……まるで、密封された雑居ビルのような」
「火事になったら脱出口を探すのが大変そうだ」
「んで、どうやって大統領を探し出すんだ?」
「その為にこれを持ってきている」
 ツァイトが取り出したのは、地の賢者専用の増幅器――黄水晶のアクセサリー。
「これが、ワイトのいる場所まで探し出してくれる」
「という事は、地の賢者ってのもそこにいるわけか? 俺達と同じように救出しに来た別の奴ってそいつか?」
「それは違うな。気配が違いすぎる。それに……いや、地の賢者に関しては、ワイトを見つけてからだ」
 増幅器を握り、四方をかざす様に動かすツァイト。
 揺れるような動きをした増幅器は、左手の通路に向けると更に揺れている。
「こっちにいるって事か……行くぞ」
 強く揺れている方向へ歩を進める。
 やがて、一方の壁が他とは違うところへ来ると、増幅器は自ら床に落ちた。
「ここらしいな……」
 拾い上げるツァイト。これ無くしては、渡す事ができない。
「最近強化したように新しいぞ」
「ここから入れますね……あれ?」
 少し扉が開いている。ナーガはそっと中の様子を見るが、誰もいない。
「撮影用の機材が少しあるだけだぜ。あとはガラス――? 外に接していないのに何故だ?」
「そこに別の部屋へ通ずる扉がある。間違いないな」
 ガラスの向こうを覗くと、ツァイトの言う通り、ワイトが座っていた。
「大統領!」
 思い切り開けて駆け寄るナーガ。
「あ、来ましたね」
 そこにはもう一人、ちとせが先に来ていた。ワイトの後ろに隠れて待っていたのだ。
 先程の機材を使用して、外で戦闘している者達に発見の報告を伝え、これからツァイト達にも連絡しようとしていた矢先だった。
「ツァイトが感じた気配って……ちとせさん?」
「らしいな」
 あっさり認めるツァイト。しかし口調からして自信は無さそう。
「その様子だと、無事みてえだな」
「おかげ様で――と言いたいところだが、こう長い間閉じ込められてると、体が鈍るし世界情勢も気になる」
「世界情勢は相変わらずですが、その……マイ・スペルビア秘書官の事で」
 ナーガは当時の状況を伝えると、ワイトは眼を瞑る。
「そうか……消えたのだな。秘書官として採用した当時、無邪気さも気にはなっていたのだが。今を思えば、SDSとの関わりや彼女――もとい、彼の誕生秘話があったわけか」
 今更悔やんでいても仕方がない。過ぎた事はどうしようもないのだ。
「話は変わりますが……顧問官、持ってきていますか?」
「ああ。お前の言っていた物とは、これだろう?」
 ツァイトは黄水晶の増幅器を見せ、ワイトに渡す。
「申し訳ありません、殿下」
「だから殿下と言うな。で、持ってこさせた理由がある筈だ」
 周囲を見回すワイト。ツァイトとナーガは別として、グラントとちとせが気になるらしい。
「どうせいつかは知るんだ。早い内に彼等にも知っておいたほうが良いと思うが」
「それは、許可すると言っているように聞こえますが」
「その通りだ。八賢者の責任者として頼みたい」
「命令ではないのですね」
「命令は強制ともとれる。だから頼みとして言っている」
 考え込むワイトだったが、意を決するように頷く。
「……分かりました。増幅器に関して、口に出さなくとも分かっている筈ですが」
「『封印解除(ディスペル)』――だな。装着しろ、始めるぞ」
 右耳に増幅器を取り付けるワイト。ツァイトは手をかざし、ソラリス語で唱え始める。
「エラウ、イジナン・エオク・エモトム、『ディスペル』……」
「何を始めるんだ? それに、何を言ってるのか分かんねえ」
 誰に頼まれる事なく、ナーガは通訳する。
「我、汝の声に求めて封印を解除す。汝の意志と力が負ではなく、正の為に使用される事を願う――そう言っているのですよ」
「封印の解除という事は、力をセーブしていたという事ですか?」と、ちとせ。
「力というよりは、魔導の割合が大きい。一度も使ったところを見た事が無い筈です」
 それは大統領だから使用する機会がないという事なのだろうか。
 それとも、政治的に介入するほどの使用ではないのか。
 ナーガの言った言葉が、どちらともそう聞こえるし、他に意味があるのかもしれない。
 ワイトの周囲を取り巻く何かが、重力のように重く、広がっていくのを感じる。
 同時に、ワイトの瞳もゆっくり見開く。
「イエリエム・アグ・『ツァイト・マグネシア・ヴェレ』。サピエンス・アブ・テラ・『ヴェルト』、エオク・エラウ・エアトク、イフシ・オトゥ・アラキーク・ウオヒアク――」

Scene.5 地の賢者

 その頃、建物の側で戦闘中。
 シャルは魔銃をマシンガンモードで攻撃。狙うはグーラだが、時々マリアンにも攻撃する。
 向こうの隙を作る狙いである。
 ルシエラもマリアンを中心に攻撃を仕掛ける。
 グーラに隙が出来たところを見計らい、パワードスーツ状態のバイクによるホバー走行で一気に加速。雷パンチをボディに食らわせる……が。
「い、いたたたっ。酷いズラブー」
「よろけてはいますが、丈夫に出来ているようですね」
「子供はモリモリ食べなくちゃいけないズラブー。だからこんなに丈夫ズラブよ」
「ただの肥満児のように見えますが……顔以外は」
 これは何度も繰り返しやらなければ、ダメージを蓄積させる事はできない。
 そのつもりで、シャルは再度攻撃する。
 ルシエラの攻撃をかわしつつ、エルンストにも攻撃を仕掛けるマリアン。
「御年寄りは身体を大事にしなきゃ」
「余計なお世話じゃが、気遣いだけは受け止めておこう。ワシはこれでもただの老人じゃないそ」
 自身の魔術抵抗力を超える魔術エネルギーをぶつけるエルンスト。
 マリアンはそれを鞭で思い切り強く叩くと、消滅した。
「『正』に属する魔術以外は非効率極まりないからのう……やはり無理じゃったか。ならば、この暗黒魔術を付与した武器でやるしかないかのう」
 目の前の敵が持つ鞭が、どのくらいの威力を持っているのか、試してみたくなる。
「早よう逃げんと、ワシに捕まれたら最後じゃぞい。生気を吸われて動けなくなるからのう」
 エルンストの表情は、とても楽しそうに見えるが真面目なのだ。
 その時、エルンストやルシエラの攻撃を邪魔する粉塵が。
「な、何じゃ!?」
「これは……花粉ですか?」
 こんな場所に植物が自生する事は難しい。しかも、大量に花粉を撒き散らすほどのものは、殆ど無い。
「駄目ですぅ!」
 ヴェレシティにいる筈のリュリュミアが花粉を撒き散らしているのだ。
 スナックバーのバブルアイルに行っても気が乗らなかったし、何か見慣れた人達がいない事に気付いて、行き先を聞きまわったという。
 ツァファで地響きを感じたのか、ここへ着てみたら、偶然にもマリアンを見つけたというわけなのだ。
「何故助けるんじゃ?」
「その人は大統領を捕らえて閉じ込めたのですよ。この戦闘の状況が見てわかりませんか?」
「大統領なんて良く知らないから、どうでもいいんですぅ。わたしはただマリアンと話がしただけなんですぅ」
 確かに、彼女ならワイトやこの状況には興味を示していないようだ。
 純粋にツァファに行って美味しいものを探しに来てみただけであるが、マリアンにも会えて嬉しいのだ。
「あら、何でこんなところにいるの? こういうの興味ない筈なのに」
「誰かに捕まえられるくらいなら、わたしが捕まえるですぅ。そして、色んな事話したいんですぅ」
 リュリュミアは蔦でマリアンの鞭を捌こうとしたが、跳躍力が凄いのか上に跳んで避ける。
「何を話すって? 貴方といて話しても、私にとって退屈な事ばかり。店では客に合わせているだけだもの、それくらい察してくれなきゃ世渡りは出来ないってものよ。女優みたいにお芝居して接客するのも仕事だから」
 マリアンの表情は何処となく冷たい。言葉に関しても、店で話すような優しそうなものではなかった。
「もしかして、出会ったらもう友達――だと思っているの? とんだ勘違いだわ。ヒトというのは最初、敵かどうか警戒しながら様子を伺い見極める事もあるんでしょ? 簡単に言えば『距離を置く事』かしら。何でもかんでも聞きたがる人は、人の心情を配慮しないという事もいるのがわかったわ」
 くすくす笑うマリアンは、まるで小馬鹿にしているように見える。
「……グーラ、お望みの『食材』が来たわよ」
「本当ズラブか!」
 グーラは嬉しそうな表情をしながらガバッと顔を上げ、リュリュミア目掛けて突進してくる。
「豚さんみたいのがこっちに来るですぅ。美味しいものを食べるのは好きですけど、食べられるのは嫌ですよぉ!」
 リュリュミアは広い所に移動して、グーラから離れようと花の種を急いで蒔いて成長を促す。
 背の高い花畑が出現、それが彼女にとっての隠れ蓑なのだ。
 本当は約十数メートルの範囲に蒔きたかったのだが、それよりもグーラのほうが早かった。
「甘い花の香りで眠らせるですぅ」
 眠らせたら蔦でグルグル巻きにするつもりであった。そうすれば、残りはマリアンだけとなる。
 しかし、それでも突進を止めないグーラ。あと数十センチに迫ったその刹那。
(えっ? 何かお花が揺れているですぅ。土が震えているのですかぁ?)
 リュリュミアは感じた事のない振動を捉えている。有感地震のようなものではあるが、揺れの酷いというものではない。
「がっ……!?」
 突然、グーラが空中を舞う。いや、この場合吹き飛ばされたといっていい。
 何が起こったのか、誰も見ていない。
 というより、誰かは見ている筈だが、把握すらも難しい。
 同時に草が一部刈り取られたように切られ、宙に舞う。
 リュリュミアの目の前には、黒い大鎌があった。それを手にしている者はワイトだった。
 身長よりも大きく長い大鎌を、苦もなく持っている。
「大丈夫か?」
 きょとんとしているリュリュミア。声をかけられても、未だ理解できないのか返事はない。
「大統領、いきなり外に向かって飛び出すから……私びっくりしてしまいましたよ」
 ちとせが彼の肩上で、落ち着かせるように息を整える。
「すまんな。危うかったら離れていれば良かったと思うが」
「は、早えな……封印解除したら、こんなに早かったのかよ」と、息を切らして外に出てきたグラント。
 ナーガとツァイトも走ってきたが、あまり息切れしていない。
「久しぶりに見ましたね……『クトーンサイス』」
「シフトするにも少し時間がかかった。大地革命以降、体が鈍っているのは否めないさ」
「ぶ、ぶぶぶ……ぶっ!?」
 痛みを堪えて立ち上がろうとするが、シャルにあっさりと押さえつけられる。
「グーラを確保しましたよ。全く、ただの豚じゃないのが良く分かった気がしますが、その食い意地さが油断となりましたね」
「マリアーン、ご……ごめんズラブー」
 黙っているマリアンだったが、口に出したのは意外な言葉だった。
「愚か者だな、やはり食料に成り下がるしかないのかな」
 マリアンの声ではない。低く、どちらかといえば男性の声に近い。
「誰かが乗り移った……?」
 ナーガは考えてみるが、マイの件といい、自分の事といい、何か目の前のマリアンも実は男性ではないのかと疑ってしまう。
「と、父ちゃんズラブー。ごめんズラ――」
「食い意地だけは一人前だな。焼き殺したほうが未だマシかもしれないが……」
「父ちゃん? では、あなたが『親』って事ですか?」
 ルシエラが問う。
「私は色欲のルクスリアを通じて、声を出しているに過ぎん。ルクスリアは今、意識下層で眠っているよ」
 つまり、『親』と呼ばれる本人は、別の場所にいるという事だ。
『親』はリュリュミアのほうを見る。
「そこの女、面白い技を持ってるな。植物を自在に操るとはすばらしい。改造等の研究材料にもってこいだが、少々性格に難有りだな。ルクスリアを捕らえたい、でも他人の攻撃から助ける。私から見れば、はっきり言って矛盾している。どちらにしろ、私はそういうのが嫌いなのでな」
 戦うなら戦う、話すなら話す。矛盾な事をするのならば割り込むな。
 マリアンにそんな顔をさせる『親』から見れば、リュリュミアは子供しか見えない。それであるが故の残酷さ――彼はそう言いたいのだろうか。
 次に『親』はワイトのほうを見る。
「さて……久しぶりに見たぞ。『地の賢者』」
「地の……賢者? 大統領が!?」
 グラントは元より、皆一斉にワイトを見やる。
 ツァイトが改めて紹介する形で、口を開く。
「八賢者の一人――地の賢者、ディオス・"ヴェルト"・パンジーア。それがワイト・シュリーヴの本名だ」
「ヴェルトの名は継ぎたくなかったが」
 ため息をつくワイト。余程その名が苦手なのだろうか。
「仕方がないだろう、その鎌と共に代々継承される。それが地の賢者のルールだからな」
「久しぶりですな、殿下。それにしてもルールか……その鎌は『大地狩る鎌”クトーン・カイラーサ”』だろう?」
 くっくっ……と冷笑する『親』。
「エデニア伝説上の武器を引っ張り出してどうする。これはただのレプリカだ。本物は何処にあるのかも分からない。あるとしても取り扱える人物が限られるし、もしかしたら想像上の産物で終わりかもしれないぞ」
「そんな事はないだろう? あのお方は鎌を欲している。本来持つべき人物は、その方のみだ」
「ならば、何故王国の存在時に奪おうとしない? いつでも奪取できた筈だ」
 ワイトは不可解だと言わんばかりに問う。
「極秘裏だよ。そんなの他人に知られたら大変じゃないか。とはいえ、地の賢者殿はいつも何処かにいて探し出す事が難しい。そういえば、『時を刻む剣』と『生命紡ぐ杖』、何処にあるのだろうねえ」
「それも想像上の武器だろうが……ちょっと待て」
『親』の発言に気付くツァイト。疑問に思ったのは伝説の事ではない。
「ヴェレ王国時代での俺の地位を知っている事に加え、地の賢者を知っているという事、そして、大地狩る鎌の事を出してくるという事は……ノヴス・キャエサルのメンバーだな。何者だ?」
「未だ思い出しませんか? 背中の傷は、未だ疼きますかな?」
 最初に気付いたのはナーガだった。
「ま、まさか……!」
「そうか、何度か傷の疼きや痛みが久しぶりに出ると思ったら……お前、『セプト』だな」
「ご名答! 嬉しいねえ、私の事を知ってる人が未だ生きているなどと――」
「顧問官、彼は革命時に死亡した筈ではなかったのですか?」
 信じられない表情のワイト。
「すまない。そういえばあの時、探しても見つからなかった筈だ。セプトはいつも地下のほうにいたから、墜落時に死んだものだと思っていたのだが」
「それに……彼にとって大事な資料や材料を残して脱出しないのではないのかと。確認するにも、既に国内は混乱の状態でしたからね……」
「殿下も水の賢者も酷いこと言いますねえ。私とて人の子、未だやり足りない事が多い。これからもな」
「未だに人体実験をしているのか?」
「それはどうでしょうねえ……」
「人の身体を通じて、本人は姿を露わさねえのかよ! 卑怯だぞ!」
 怒りをあらわにして、グラントは刀を抜く。
「卑怯と言うか。それもすばらしい褒め言葉だよ。だが、私は忙しいのでな、そこへは顔を出せん。許されよ」
「遠くにいるという事だな。何処にいる?」
「それは殿下であっても教えられません。ただ、懐かしい場所である事は間違いないですよ。ナーガと深い関わりのある場所。言っておくが、ヴェレスティアではない。命により『天翔ける方舟』を探しておるのだ。お分かりでしょう?」
「くっ……!」
 黙るツァイトの拳が強く握り締められる。
「探しているという事は、今も発見できていないとみたが」
「元々ヴェレの小型戦艦、それを地上の為に盗むとは」
「盗んでなどいない。封印しただけだ」
「裏切り者である殿下がそう言いますか」
「命を持て余しておいて、何を言うか。人を裏切ったのはお前のほうだろう!」
「まあいいでしょう。いずれ近い内に取り戻してみせる。あれは、あのお方の所有物だからな。いつかはナーガもお迎えに参りますよ。ついでに殿下も」
「お前の言う『あのお方』というのは、ティーマだな」
 ルクスリア(を通じて話しているセプト)はそれには返答せず向こうを見、ジョーに叫ぶ。
「アヴァリティア、戻るぞ!」
 数秒後、ジョーがすっ飛んで来た。
「何でだよ、親父! 面白い事になるかもしれないのによ」
「アヴァリティア曹長。まさかと思うが、フェ・アルマ部隊は全員そっちの味方なのか?」
「これは大統領、物騒なモノ持ってんなあ。いんや、あいつ等は知らねえだけだぜ。なんせ、俺は個人の自由行動が好きでよ。しっかし……この生活楽しかったんだけどなあ。別れんのはしゃあねえか」
「話はここまでだ。私のところに戻れ」
「グーラ、捕まってんな。どうする?」
 鼻先で笑うジョー。
「そんなもん、くれてやれ。ただでさえ非常食しかならん奴だからな」
「そ、そんなズラブー。酷いズラブよ、父ちゃんの側にずっと――」
「たわけが! 食い物ばかりしか眼に入らんくせに、未だいたいだと!? 私は自立可能なものを造った筈だ。お前は失敗作だ」
 キッパリと吐き捨てるセプト。これがマリアンの口から出しているのだから、まるで夜の女王様。
「マリアン、待ってくださいよぉ!」
 リュリュミアが声をかけても、マリアンの耳には届かない。
 未だセプトに繋がっているままなのか。
 ジョーと戦っていた未来とトリスティア、マリー、ラウリウムが駆けつけると同時に、マリアンとジョーは東のほうへ向けて飛んでいった。
「に、逃げられた……突然こっちに行ったかと思えば、忙しい奴等だね」
 ボコボコに殴りたかったマリー、拳を強く握り締める。
「申し訳ありませんが、大統領と顧問官から状況を説明して欲しいのですが。その鎌もどうしたのかを」
 ラウリウムにそう言われ、ワイトとツァイトが簡単に説明する。
 勿論驚いたのは言うまでもない。特にワイトの正体。
「大統領が賢者……それなら納得いく点があるかもしれませんね」
「とにかく――ジョーにまた出会ったら、今度こそ倒して聞き出してやらなくちゃ」
「でも、時間稼ぎって何だったのかな?」
 未来とトリスティアは考え込んでみたが、今思えば、セプトの行動と関係があるのかもしれない。
 大鎌をシフトで戻し、大きく息をつくワイト。
「さて、こうして皆にばれてしまった。大統領の仕事を続けられないな」
「何度も辞めたいと言っていたな。辞職するならば、引き継ぐ奴は決まっているのか?」
「ありますよ、顧問官。貴方です」
 ワイトに指され、ため息をつくツァイト。
「申し訳ないが、俺は辞退させてもらう。知っているだろ、表舞台の職は好かん。寧ろ、見えないところで走り回って行動し、役に立つのがいい」
「そう言うだろうと思いました。もう一人、マクシミリアン・フィンスタイン副大統領を候補に挙げていますが――」
「彼は未だ若いですよ。突然言われたら驚くし、困惑するんじゃ……」
「ナーガ。今の発言は、L・Iインダストリーを興す際に驚いて困惑していた『昔の貴方』のようだ。しかし、ナーガは『ナガヒサ・レイアイル』として、立派にやっていけたんじゃないかな」
「それは大統領やツァイト達が助けてくれたからこそです」
「勝手に次期大統領を決めて辞職するのは、官邸の人間は元より国民全体が驚く。彼らの意見も聞くべきだと思うが」
 ツァイトの言うとおりだ。
 ワイトは眼を瞑り、頷く。
「分かりました。もしも大統領職を続けるのであれば、再度力をセーブしていただきたい。鎌ぐらいは出しても構わないかもしれませんが」
「聞いても結果は分かりそうな気がします――辞めないで欲しいとね」
「もうそろそろ一般的な生活がしたいのだがなあ」
 こんな会話をしているが、ただ気になる事はある。
 ツァイトの背にある傷痕の事だ。
(傷口が開いていないだろうか。それが気掛かりですよ……それに、陛下の行動も)
 ナーガの表情が芳しくない。
「どうしたのですか?」
 ナーガに声をかけるちとせ。
「セプト博士が出てくると……何か嫌な予感が」
「あいつも博士かよ……ノヴス・キャエサルは博士軍団で構成されているのか?」
 ナガヒサだった時のナーガを襲ったのも、輸血に関する事も天空階級の博士……グラントは呆れるしかない。
「それは違うぞ。各分野にいるから、誰がそれに入っているかは難しい。分かっていても、ほんの一握りだ。幹部クラスにいくほど、詳細は不明だという事だ」
「ともかく、大統領とツァイトさんには聞かなければならない事があります」
「分かっている」
 SDSの事もそうだが、セプトがどういう人物なのかも含め何処まで把握しているか、話せる範囲なのか――。
 知らなければならない真実。聞かなければならない疑問。
 この世界を知るには、未だ多くの疑問が山積みされているのだ。

碧野マスタートップP