『Velle Historia・第3章〜固き地の意志』 第2回

ゲームマスター:碧野早希子

 ヴェレスティア共和国大統領、ワイト・シュリーヴがSDSに拉致されてから、2日が過ぎた。
 向こうからの犯行声明はなく、ただ時だけが無駄に過ぎ行く。
 もうそろそろワイト自身にも疲労が溜まり始めているだろう。考えても仕方が無い。
 外務特別顧問官ツァイト・マグネシア・ヴェレは、数時間の仮眠を取ろうと仮眠室へ行き、横になった。
 が、暫くして、大統領官邸ではない空間を感じる。
(……?)
 目を開けたら何もない暗い空間にいる。布らしきものが身体を巻いて動けなくしている。まるでミイラのようだ。
(夢である事は間違いないんだが……あまり思い出したくない過去の夢だな)
 その口ぶりから、どのくらい前の過去か忘れるほど昔、こういう風にされた記憶があるらしい。
 二度と刃向かわぬ様に巻き、無属性魔導『リミッター』をかけた者――双子の実兄であるヴェレ王国最後の皇帝、ティーマ・マギステリウム・ヴェレとの忌まわしき記憶が。
「ティーマ……何処かで俺を見ているんだろうな。こんな格好をさせておいて、未だ束縛する気か」
 顔を赤くしながら歯を食いしばる。別に力んでいるわけではない。
 時空をも手にしようとする奴だ、直接傍観して薄笑いしているのかもしれない――ツァイトは今でも兄に対する己の無力さに、悔しさを隠し切れない。
(どんなに力を付けようと、超える事など一生無理なのか……)
 突然、上に何かが落ちてきた。よく見るとナーガが寝ている。
「な……何故……」
 気がつけば、官邸内の空間に戻っていた。というより、目が覚めたのだ。
 巻きつけていた布もなく、いつもの服装になっている事を確認してホッとするツァイト。
 腹の辺りでうつ伏せで気持ち良さそうに寝ているナーガを見て、
「感謝せねばなるまいな……」
 ツァイトは頭を撫でようとして手をかざしたが、ナーガは変な寝言を言った。
「……にゃ……」
「お前は猫か」
 呆れながらも父親のようにナーガの頭を撫でる。
「俺にとっては、ナーガはまだまだ子供なんだよな……ところで、スペルビア秘書官。影でこそこそ何をやっているのかね?」
 人の気配に気付き、ツァイトが声をかける。「あはは」と笑いながら出てきたのは、カメラを構えた秘書官のマイ・スペルビア。
「いやー……せっかくのツーショット写真、撮り損ねちゃったわ」
「そんなの撮るな。撮ってもつまらんぞ」
「そうですか? なかなか似合うカップル――」
「それ以上言ったら殴るからな」
 顔は元より、雰囲気でツァイトが怒っているのがわかる。撫でていた手が殴りの準備をしている。
 同時に今度は秘書官のエンジュ・ケストレルが入ってきた。
「やっぱりここにいたのね……もう、また写真で投稿しようとしてたでしょ」
「だってお似合いだったからね。それに、顧問官の結婚歴なんて聞いた事ないし。これはもしかして職場のこ――」
「本人の目の前で怒らせるような事しない、マイ」
 どうやら、マイは以前にも似たような事をした事があるらしい。1ヶ月前では有名な男性芸人と美人歌手のお忍びデートを偶然見つけて写真に収め、芸能雑誌や新聞に投稿しようとしたのだ。しかし、ワイトとエンジュが「プライバシーに関するから手出しせずに見守れ」と、即座に止めた為に公にはしなかったのだが。
「秘書官より記者になるべきだったんじゃないか?」と、ツァイト。
「特別顧問官、お休みのところ失礼しました。マイ、お邪魔だからさっさと出るの」
「えー、でも絵になるじゃない」
 無理やりマイの服を掴んで出て行くエンジュだが、ツァイトに呼び止められる。
「スペルビア秘書官。珍しい姓ではあるが、意味はあるのか?」
「さあ……名前なら親の気持ちとか込められているけど。でも子供にとって気に入るとは限りませんからね」
「気に入ってないのか?」
 考える素振りをするマイだが、客観的とも取れる返答をする。
「私、革命孤児だから本当はどんな名で呼ばれてたか分かりません。でも意味に興味を持つなんて珍しいですね」
「いや、別に意味はないが。滅多にない姓名は憶えやすいからな」
「ともかく、これ以上顧問官の邪魔しちゃ駄目。それでは本当に失礼します」
 今度こそ二人が部屋を出、静かになったところで、ツァイトはため息をつく。
「うるさかったのに、起きないんだな」
 ナーガはぐっすりと眠っていた。「まあいいか」と横になるツァイト。
(しかし……引っかかるな。スペルビア――意味が思い出せん)
 考えても仕方がないので、ツァイトは改めて仮眠をとった。

Scene.1 目に見えぬ先の特徴

 朝の大統領官邸。
 対応に追われているのは相変わらずだが、進展もないまま苛立ちも目立ち始めている。
 廊下で、シエラ・シルバーテイルがマスコミの記者達と話をしている。因みに、最初シエラの姿を見て惑星ソイルの獣人だと思っていた記者が多かった。
「ご協力願いたいけど、ごつい体格の人物の情報をお願いしたいわね。それと、ぶん回しカメラの映像供出もね」
「しかし……」
「政府に恩を売っておけば、後で取材に有利になるかもしれないわよ。それでなくとも、ツァイト――顧問官ならこの事許してくれるから」
 ツァイトは何処かでここを見てはいるだろうなと思い、シエラはとりあえず口にした事は後悔しない。
「わかりました……で、ごつい体格ですか? ここの警備員にもごつい奴はいるけど、どうかな」
「体育会系って事よね? あとは軍関係者も多いけど」
 言ってみるもんだと思ったシエラ。
 カメラ映像は手元にある分のみ借り、該当しそうな人物の情報はデータバンクを照合しながら探してみる。
(やっぱり軍人の割合が多いみたいね。あとは格闘家やプロレスラーといったスポーツマンが続いて多い……)
 映像のチェックでは怪しい点は映っておらず、ため息をつく。
「有力な映像は無し……か。該当する体格の者でもこんなに多いんじゃ、絞り込むのは必至だわ」



 官邸内に設置してある情報分析室、通称IAR。
 梨須野ちとせは、今日もビデオメールを解析している。
「次の犯行声明メール、いつ届くか分かりません。それまで、このビデオメールから更に情報を引き出さなくてはいけませんね」
「そう落ち込むなって。くるみパンでも食べて、気持ちを整えるさね。それと、ビデオメールのバックアップを複数とって置いてくれるかい」
 ちとせの好物であるくるみパンを持参してきたマリー・ラファルの言葉に、ちとせは最初首を傾げたが、その意味を理解する。
「解析後に何らかのトラブルを想定しての事ですね」
「ウィルスの発生ってのも考えられるから。ラリーはどんなウィルスでもどんと来いだ、アンチウィルスをインストールしてるしね」
 マリーは、さっそくエアバイクに搭載されている人工知能『ラリー』で解析の協力をする。こういった事はマリーは得意分野ではないので、ラリーに任せているのだ。
「薄っすらと映っている人の全体像……これさえ分かれば、犯人がどういう特徴かが判明できる筈です」
「ウィルスは今のところ無いみたいだね。じゃ、やってみるかい?」
 マジックミラーに映り込んでいる3人の分析に取り掛かる。その周囲の背景を消し込んでいき、顔や服等から特徴として取れそうなものを探す。3人のうち一人はごつい体格以外未だ判明していないが、二人の大きさが少し分かり始めてきた。
「細身と……小柄? というより、学生ぐらいでしょうか。でも大き目の服なんか着ているみたいですね。太っているのでしょうか?」
「細かいのはやっぱり見え難いさね。とりあえず現時点での情報を、外で調査している皆に送信するよ」
 マリーが大量送信すると共に、ツァイトとナーガが入ってきた。
「邪魔するぞ。どうだ?」
「大雑把ですが……残り二人の体格は細い人と学生ぐらいの背で太った人らしい事が分かりました。一番背の高いのはあのごつい体格の人ですね。人物特定するには早いかもしれませんが、それだけ該当する人物が多くなるかもしれませんし。情報量に応じて応援を呼んでもらっても宜しいでしょうか?」
「俺は別に構わんが……」
「そういえば、シエラさんが書類や映像を睨むように見ているみたいなのですが……」
 IARに来るように連絡を入れるナーガ。数分後、シエラが入ってきた。
「わたしが見てた物を持って来いと言われたけど……何か見つかったの?」
 ちとせは再度説明し、協力を頼む。
「こっちでも未だ掴めないのよ。役に立てるかしら?」
「それは良く見てみないと。ところで、ツァイトさんとナーガさんにお聞きしたい事があるのですが、この3人のシルエットで見覚えのある人はいますか?」
 ナーガは首を傾げるが、すぐに横に振る。
「申し訳ないですが、憶えはないですね」
「右に同じだ。ただ――」
「どうしました?」
「俺は惑星キャエルムで特別の幹部にいたからな、軍隊所属の体格等は理解しているつもりだ。で、その筋肉質のは相当鍛えられているのは間違いないだろう。好戦的の可能性も否定できんが」
 好戦的かあ……もしそうならば、大統領の拉致というのは苛立つ行動かもしれないだろうにと、ナーガは思う。
「あのさ、未だ次のビデオメールは来てないのかい?」
 マリーの問いに対し、首を振るツァイト。
「来ていないというのは、心配させておいてこちらの精神を疲労させておく魂胆か、それとも向こうで何らかの作戦を練っているか――向こうの個人的事情も含まれているかもしれない」
 そこまでは分からなくとも、時間が無駄に費やされていくような感覚になる。
 外で調査をしている者達の報告も何処まで判明したのか気になるところだ。



 苛立つといえば、グラント・ウィンクラックが少し焦らして待つのも苛立っているらしいとの噂。
「辛抱強くというのも修行の一つなのはわかってんだけど、行動次第によっては良くも悪くもなる」
 肥大化した欲望を満たすだけに大統領を誘拐して、その影でこそこそと陰謀をめぐらせる――彼の一番嫌いな連中に上げられる。
 とはいえ、ここで焦れて飛び出しても手がかりが無い以上、無駄に走り回るだけなのは分かっている。
 初志貫徹してツァイトとナーガの護衛に徹するべきだが、別の小細工もしておこうかと考えたグラント。
 数分の後、グラントはエアバイクの『凄嵐』に乗り官邸を出る。手薄になるのは分かっているのだが、これも作戦の内。
 それを遠くから見かけるナーガは、
「あれ? 何処か用事で出かけるんでしょうか?」
 ストレス発散しに出かけたのだろうかと思っているナーガ。
「あれはグラントではないぞ。そこにいるじゃないか」
 ツァイトが指したのは、ミラーシェードのサングラスをかけた短髪のSPだった。
「え? 何を言っているんですか。全くの別人――」
 ナーガは首を傾げるが、ツァイトはお構い無しにつかつかと近づき、サングラスを外す。
「ほらな」
「わっ、びっくりした! 師匠は何で分かっちまったんだろう」
 短髪に見えたのは、髪をまとめて服の背に隠していた為だった。これならば、遠目からしてグラントと分かりはしない。
「人には、自分にしかない揺らぎがある……ま、波長やオーラみたいなものだと思ってくれて結構だ」
「……半分分からん」
 例えが理解したようなそうでないような表情をするグラント。ナーガは感心するかのように顎に手を当てる。
「本当にグラントさんでしたか……でも、何故変装をしているのですか?」
「うーん、説明するのも面倒だけどな……大まかに言っちゃえば、警備が手薄になっていると見せかけて、SPに頼んで俺に変装させたんだ」
 サングラスを返してもらい、再びかけ直すグラント。苛立っているという噂も作戦の一つ。
「それで引っかかってくれる人が出てくるんでしょうか?」
「どうなるかはわからねえけどな」
「もし引っかかった場合、それは下っ端の可能性もあるな。幹部クラスとなると、見た目に騙されない性格がいる事も忘れるな」

Scene.2 残された車

 リーフェ・シャルマールは、一人の官邸職員――大統領官邸の報道官と話している。
「お忙しいところ失礼するけど、マーク・トナード報道官……だったわね。あなたは昔L・Iインダストリーに勤めていた事があると聞いてるけど?」
「ええ。何年か前にそこを辞めて政治の道に進んだのですが、更に忙しくなったかな」
「なるほどね。何かコネでここに入ったような気もするけど。ところで、大統領の車――アノールはご存知だと思うけど、携わった事は?」
「それを製造していた事だけは把握していますが、直接はないですね」
「本当に?」
 疑問を投げかけるリーフェ。何度も問いただしてみたが、返答は「自分は量産用の一般車しか関わっていない」と言うだけだった。
「他に知り合いでL・Iインダストリーに勤めてて、アノール製造に関わった人はいるの?」
 なおも食い下がるリーフェ。考え込むマークだったが、
「知り合いというわけではありませんが……『ケイン・セヴン博士』が関わっていたと」
「セヴン……? どういう人なの?」
「さあ、仕事をしているところを見た事がないし……ただ、『アルカス共和国』という国から招かれたエンジニアである事は間違いないかな」
 アルカス共和国は、ヴェレスティア共和国の西にある大国である。陸続きではなく、両国の間は『アークアトルス』という大海が広がっており、行き来には飛行物か船のみとなっている。
「その人は今何処に? 国に帰ったのかしら?」
「それが……」
 口ごもるマーク。リーフェは黙っていたが、その表情は「居場所を聞くまでは動かない」とでも言っているかのようだ。
 仕方がないなとでもいうように、口を開くマーク。
「彼の消息は掴めてないんです。アノール製造後に何処にいるのかも。国には帰っていないようですが」
「何それ……行方不明って事?」
 マークは頷く。ふと、前にリストアップしたブラックリストを思い出し、その人物をチェックしてみる。
(載っていないわね……かといって、この報道官が嘘を言っているとは思えないし)
 新たな人物が浮上し、リーフェはますます腑に落ちない表情を得ざるを得なくなっていた。



 ヴェレスティア共和国の極東区域。
 正式には『ツォアル』という、名の通り『小さな』村とその周辺地域を表す。
 とはいえ、この村を含めて極東地域は『ミツパ州』という名があるのだが。
 それはさておき、国境近くの空き地でポツンと一台だけ取り残されたように、ワイトの所有物である車――アノールはあった。
「間違いない、ナンバーも合ってる。黒のテスト・アノールだわ」
 ラウリウム・イグニスが再度確認する。
「本当に荒らされたって形跡ないね」
 姫柳未来は少し驚いたような表情をしながら述べる。
「エンジンは止めてあるけど、機能の損傷は……なさそうね」
 車の中を覗き込むエスト・ルークス。手袋をはめてドアを開けると、熱射病になるくらいの暑い空気がこもっており、思わず閉める。
「夏だし窓締め切っているから、空気が循環されてないのね。まずはこれを適温に戻さなくちゃ」
 助手席の窓を開け、運転席側のドアを再度開けては閉める事数回、少し気温が下がった。
「この前テレビでやってたのを思い出したの。本当に効果ありね」
「これなら楽に調査できるね。じゃ、リーディングやっちゃうよ」
 未来の持つ超能力の一つ、リーディングで早速調査を開始する。
「どう?」
「車からは確かに大統領は確認できるけど……何かな、ここから少し離れた場所で男の人に声をかけてるね。あ、車の故障で助けを求められたんだね」
「助け? 誰かが手を振って車を止めさせたという事かしら」
「だと思う。その人を乗せて、ここまで送って、大統領がその人に握手を求められたから握った途端に引っ張られてドアにぶつけられたみたい」
 未来が助手席側のドアを指す。ガラスの縁に血のようなものがついていた。
「頭にぶつかったけど、致命傷になるような量じゃないから大丈夫ね。鍵は付けられたままだし、ワザとかな?」
「或いは、大統領を運び出すだけで頭がいっぱいだったかもね。エンジンはその人が切ったみたいだよ」
「捜査している途中悪いんだけど……アノールは一応防犯カメラ搭載してるわよ」
「え? なーんだ、早く行ってくれれば……って、でも、もしかしたら大統領以外の人の顔が映ってない可能性もあるんじゃないかな」
 確かに未来の言うとおりだ。一応カメラの映像をチェックするラウリウム。
 底には官邸からエンジンを切る前までの映像と音声が残されていた。
 問題の映像はここに来る前の箇所から確認する。
「前方に手を振っている人が見えるわ。しかも――」
「これって、犯人の特徴だっていうごつい人に似てるね。この人が大統領を引っ張ったみたいなんだけど……」
「声が流れるわ、静かに」
 ラウリウムの声に、未来とエストは黙って注目する。



 ――映像のワイトが窓を開けて顔を出す。

「どうしました?」
 ごつい体格の男が申し訳なさそうに寄ってきた。長い金髪に褐色肌、サングラスをかけている。
「いやあ、車がどうも故障しちゃったみたいでな……って、大統領!?」
「もしかして、家まで乗せていって欲しいという事ですかな?」
「い、いや、大統領にそんな事をさせるわけには――」
「大丈夫ですよ。貴方は外見からして、軍人かアスリートですね。もし急ぎのようでしたら送りますよ。ご遠慮なく」
 一瞬躊躇する男だったが、
「ではご好意に甘えさせてもらいやす」
 結局大統領は疑う事無くその男を乗せて、このツォアルの空き地まで送る事になった。
 その間は色々と世間話でもしていたようだったが、その男の名や職業を聞き取る事はなかった。
 何故なら、向こうが一方的に話を進めていたからだ。聞く隙すら与えてくれていない。
 周囲を見回すワイト。何もないところに家でもあるのだろうか。
「うちは近くなんで。大統領、お忙しい中、送っていただき有難うございました」
 男がアノールから降りる。近くといっても、この男にとってどの範囲までが近くといえるのだろうか。
「そんなにかたくならなくとも。ではお気をつけて」
 男の手が差し出され、ワイトも座ったままであるが握手を交わす。
 次の瞬間、いきなり引っ張り出され、ワイトは助手席のドアに直撃。
「う……」
「すまないね、大統領。こんな事はしたくねえんだけどよ」
「気付……けば……良か……った……な……何も……か……ん……」
 ワイトが気を失ったのを確認し、男は運転席側に回り、エンジンを切る。

 ――映像はそこでぷつりと途切れた。



 見終わった後、3人は暫く考え込む。
「犯人は、やっぱりその男って事だよ」
「大統領……少しは疑って下さいといっても、もう遅いわね」
 呆れるラウリウム。
「でも、顔は分かっただけとはいえ、特徴的には何処にでもいるような特徴だもの」
「とりあえず、大統領官邸に報告するわね。それと、アノールの回収依頼もして良いかしら?」
 ラウリウムが連絡をし、映像も官邸内のIARに送信された。



 近くでは、ルシエラ・アクティアがバイオ犬ハンターと共に、周辺を探索していた。
「どうですか?」
 SDS対策本部で借りたもの――ワイトの匂いがついたハンカチ――をハンターに嗅がせ、ワイトの居場所をつきとめるのが目的。
 何もない土地とはいえ、匂いは微かに残る筈である。幸い雨は降らなかった為に、
 不審者や怪しい車等を見かけたかの情報も同時に聞き込みしてみたが、残念ながら得る事ができなかった。
(相手は相当、慎重に行動したかごく普通に行動していたかのどちらかでしょうね……)
 突然、ハンターがぴたりと足を止める。
「何か手がかりでもありましたか?」
 地面を見るが、タイヤの跡も含めて何もない。まだ居場所すら掴めていない。首を傾げるルシエラ。
(もしかして、匂いはここで途切れているのでしょうか……)
 道路の向こうを見やる。その先はミツパ州の州都『ツァファ』へと続いており、更にその先にはヴェレシティへと続いている。
 再度地面を確認すると、地面を蹴ったような足跡があった。しかも大きい。
「犯人は未だ国内にいるとみて間違いなさそうですが……匂いが途切れているという事、そしてこの足跡からして空を飛ぶように去っていった感じですね。あとは、嗅覚を遮断するようなものに入れられているとしか考えられないですが」
 空を飛べる人間なぞ、この惑星には別惑星からやってくるソイル人やブローダ人の有翼人種ぐらいしか考えられない。または空を飛べる魔導を使用する事のできる人間かもしれないし、跳躍力の優れた人間の可能性だってある。
 嗅覚遮断の事は、余程高度の高い技術でなければ不可能だ。やはりヴェレ王国の技術がもたらした遺産のようなものなのだろうか。
 思考中にハンターが道の端で吠える。何かを見つけたようだ。
「……粉末? クッキーか何かの菓子でしょうか?」
 鳥も飛んでいなさそうなところに、何故こんなのがあるのだろうか。しかも食べかすがかなり落ちている。
 これも犯人が残したものかどうかは謎だ。相当お腹がすいていたのかもしれないと思った。 
「とりあえず、気になるものは発見しました。レイス、お役に立てるのはまだ先になってしまいますが……やはり地道に見つけ出すしかないようですね。例え行き先が分かりそうでも、そう簡単に見つけられないという事ですか」
 時々、『時は残酷だ』と感じざるを得ない時がある。
 待ってくれないのもそうだが、試練を与えているような気がするのも時だからだろうか。
(ツァファ……気になりますね。何かあるような気がする)
 女の勘というわけではないが、ルシエラは道の向こうを見続け、ツァファへ向かう事にした。

Scene.3 プロトタイプの兵器テスト

 ヴェレスティア一のコングロマリット、L・Iインダストリー。
「ぽにーん、ぽにーん」
 アホ……もとい、犬のジョリィはここの動物総合課という部門内にある食品部で、何故かジャイアントパンダの子供というか、子パンダとじゃれあっている。本当は試食品であるドッグフードをタダで食べられるという事で喜んで行ったが、目の前に毛触りのいい動物を見たらスリスリしたくなるのがジョリィの良い癖というか悪い癖というか……。
「ちろくろおおぱんだってえーのー。このほあんほあんかんがたまりまちぇーんっ」
「ジョリィ、その子は『アイユウ』ですよ。それに、何だか苦しそうに見えますが……」
 テツト・レイアイルは止めに入ったほうが良いのか迷っている。ジョリィにとって抱きしめる事は嬉しいのだが、逆に『愛友』という名の子パンダに乗りかかられているように見えなくもない。
「うーん、おもいー。でもうれちーっ」
 テツトは仕方なさそうにため息をつき、課の職員にジョリィを預ける。
「申し訳ないですがジョリィを頼みますね」
「はい、安心してお仕事してきて下さい。他の子達もいますし、ジョリィは退屈しなくてすみそうですから」
「その前に、皆が気疲れしてしまいそうで心配なんですが……」
 何か幼稚園にでも預かっているような感覚で楽しそうなのだが、色々と心配の種が続々出てきそうでもっと怖い。
 テツトは気持ちを切り替えて防衛開発課に向かった。



 防衛開発課では、泊まり込みで兵器開発中のトリスティアが、対ティーマ兵器のプロトタイプレーザー銃を完成させた。
「なんか大きいみたいですが……」
 テツトが入ってくるなり、太い銃身を見て気にする。
「レンズを大口径にしたからね。重く見えそうでも、一応銃全体が重くならないように調整してるんだよ」
 レーザー収束用レンズを従来のものより大口径にした他、エネルギーパックを腰にぶら下げられる様に外付けの大型に変更している。レーザー銃の火力を強化させた結果だ。
「接続用のコードもバッチリ。で、演習施設の使用許可は?」
「武器開発のテストという形で許可が取れました。場所は北東の州『イグニシア』の州都アグリアにある演習場です。ただ、一部の部隊も使用しているので流れ弾に当たらないようにして下さいとの注意を受けています」
「ヴェレスティア軍の部隊かあ……邪魔になんないようにテストしないといけないね」



 アグリア演習場へ直接行ってみるテツトとトリスティア。
「や……山の中だったんだね」
「住宅街から少し離れたところにあるのは、流れ弾等で住民に被害が及ばないようにしている為です。とはいっても、武器の盗難の恐れもあるので、セキュリティはしっかりしているつもりではありますがね」
 遠くで発砲音が響く。一部の部隊が使用しているのは確かだ。
 テスト場所へ行く途中で、その部隊の演習風景を目にする。軍人の体格が大きい。しかもゴツイのばかり。
「殆どが筋肉ダルマに見えちゃうんだけど……」
「あれは……」
 テツトは迷彩服の袖のエンブレムを見る。鉄色にクロスされている腕のマーク、そして、26と書かれた数字。
「『フェ・アルマ部隊』……」
「ふぇ……フェルト?」
「ヴェレスティア共和国陸軍、第1陸上兵士団26部隊……通称『フェ・アルマ』と呼ばれている傭兵部隊です」
 地面に『Fe Arma』と書くテツト。フェは鉄の元素記号で『フェルルム』の略、アルマは兵器や武器、腕、道具を表す言葉だという。
「だから鉄色に腕のマークなんだね。じゃあ直訳すると『鉄の腕』とか『鉄の武器』って事?」
「そうなりますね……あの体格揃いを見れば、納得いくかもしれませんね」
「そこの民間人、ここは貴様等の出入りする所じゃねえぞ」
 フェ・アルマの軍人らしき者が近づいてきた。近づく度に大きく見えるのは筋肉質な身体のせい。
 金髪のショートヘアに褐色の肌が筋肉質に良く似合う。年齢は30〜40歳くらいか。
「圧倒されちゃうね……」
「フェ・アルマ部隊の方ですね。多分ここの責任者から聞いていると思いますが、僕達は武器開発テストの為に来たのです」
 少し考える軍人。
「もしかして、L・Iインダストリーか。社長が直接来ると聞いていたが、こんなに若いとはな。しかもガキを連れてくるとは常識欠けてんな」
 軍人の黒い瞳が疑うように近づく。思わずたじろぎそうになるトリスティア。
「し、失礼しちゃうな……確かにそうだけど、社長に許可を得てるんだからね」
「ま、そういう事です。ご勘弁を」
「ふーん」と興味なさげに返事をする軍人。
「で、どんな兵器のテストなんだ? もしかして実戦投入される新型か?」
「武器に食いつくとは、さすがというか……いえ、彼女専用の武器という事で」
 首を傾げる軍人。この人物に対ティーマ兵器とか復活した皇帝打倒の為とはとても言えない。
「さ、行きましょうか」
 そそくさと移動するテツトとトリスティア。これでは怪しい人物にとらえかねないが、仕方がない。
 数分後に目的の場所へ着き、早速テストを始める。
「ふと思ったのですが……例え重くならないようにしているとはいえ、エネルギーパックを腰にぶら下げるのは面倒ではありませんか?」
「それはこれからだと思うよ。だって製品でも最初は大きく、次第に小さくしていったのが多いしね。じゃ、やるよ」
 エネルギーを充填し、的に向けて試し撃ちをするトリスティア。収束したレーザーが狙い通りに的に当たる。
「力が多すぎたかな。ちょっと音が大きいかも」
「この音で反応してきそうな人がいそうですね……」
 と、テツトは後ろを振り返ってみる。案の定、一人立っていた。あの軍人だ。
「すげえ音がしたな」
「ずっと後をつけて来ましたね」
 感心するような表情をする軍人に対し、呆れるテツト。
「悪りぃな、興味あるんだ」
「未だテスト段階なので、誰にも使用させるわけにはいきません。申し訳ありませんがお引き取り下さい。とりあえず、お名前をお伺いしましょうか」
 テツトは念の為と付け加える。
「俺の名はジョー・アヴァリティア。憶えなくてもいいぞ」
 はっはっはと笑いながら去っていくジョー。姿が見えなくなったところで、テツトは携帯端末でデータバンクにアクセスし、照合する。珍しい姓だったので、スペルを気にしながら打ち込んだら大丈夫だった。
「ジョー・アヴァリティア、階級は曹長……フェ・アルマ部隊のリーダーですか」
 トリスティアはテストをしながら話を進める。
「あの軍人さん、面白いっていえば面白いけど……ちょっとしつこそうな気がするね」
「そういえば、大統領誘拐の犯人の一人はああいった体格の人らしいみたいですね。念の為、これも送っておきましょうか」
 テツトが送信の手続きをしながら、トリスティアにこんな事を言った。
「トリスティアさん、その兵器は絶対に手放さないで下さい。もし何処かでノヴス・キャエサルがこの事を聞きつけて狙ってきたら大変ですから。あと、アヴァリティア曹長のような戦争大好きそうな人間も」
「そうだね……この威力は確かに強いけど、盗まれちゃったら大変だもん。使う人次第で良い事にも悪い事にも使われる、でも使わなければならない理由ってものがあるから、武器は生まれ続けていくんだよね」
「戦う事は運命付けられた永久機能の一つだという事をマグネシア顧問官から聞いた事があります。生きる為には必要な事だし、精神から消し去る事は難しいと」
「できれば誰も傷つけない戦いがいいけど……」
 戦わなければならない理由は何かが起きた事がきっかけで生じる事がある――テツトはため息をついた。
 国の防衛の為とはいえ、ある意味武器商人のようで、少々罪悪感を持たざるを得ないのが現実なのだ。

Scene.4 地下の謎

 天空遺跡(ヴァーヌスヴェレ・ルイン)、胎児育成施設のある9階。
 シャル・ヴァルナードが、かなり下にあるという地下格納施設に行ってみたいと、ナガヒサ・レイアイルに告げる。
「気持ちは分かりますが、大統領の許可が下りないと――」
「ですから、その扉が開くかどうかだけでも調べてみる価値はありますよ」
「ワシはその上の階に行ってみたいのう」
 エルンスト・ハウアーも興味津々である。
 ナガヒサは暫く考えたが、二人に根負けした。
「……そうですね。とりあえず、ツァイトにはその事を伝えておかないと」
 メールを打ち、送信する。相手は忙しい為に返事はすぐには返ってこない事は承知の上だ。
「では、エレベーターで行かないといけませんね。巨大なマグナストーン(浮遊石)でこの都市は浮遊していたのですから、まだ動力が生きている筈だと思うのですが……それと、浸水してない事も祈るしかないですね」
 遺跡の半分は海に浸かっている。しかも地下にあたる部分は墜落時に衝撃で潰されているらしく、果たして地下格納施設のある階がどうなっているのかは分からない。無傷である事はまず考え難いというのが普通だろう。
 とはいえ、例え破損したものでも使えそうなものは手に入れるべきなのかもしれない。
 3人は中央のエレベーターまで歩いていく。非常階段で下るという手もあるのだが、地下格納施設がどのくらい下にあるのか分からない。
「……案内表示が書かれてますね。しかも縦長、字が細かいですよ。でもこれで何処にどのようなのがあるのかが把握でき……辛いですね、細かすぎて。しかも地下の分しか表示されていませんし」
 因みに、地上のはその階数66階分だけは表示されている。どちらも、重要な箇所に関しては関係者以外立入禁止などという但し書きも加えられているのだが。
「この階も含め、地下4階から下は全て関係者以外立入禁止じゃのう。一般人には知られたくないものがわんさかあるっちゅう事じゃな」
「それに、一部表示されていない階もありますね。地下66階から69階、あとは……年月が経っているせいか、かすれていて読み難い」
 シャルが指しながら該当する階を探す。
「えーと、地下格納施設は……ん? 666階!? そんなに下だったんですか? というより、地下にはそんな階数あったんですか?」
 驚くのも無理はない。広大な遺跡といえど、地下はある意味未知の領域であるのだから。因みに、最下層は996階らしく、そこまでが全て地下格納施設だ。巨大な飛行物体等を多く所有していた可能性がある。
「遺跡の外見や水面から海底までの深さからして、50〜100階ほどに見えたんじゃが……やはり海底に埋まっとるんかのう?」
「もしくは途中の階が墜落時に潰されたかのどちらかでしょう。海底の接地面でも浸水や土砂で埋まってたらそれまでですが」
 下りのボタンを押してみるナガヒサ。しかし、反応がない。どうやら墜落時に壊れてしまったのだろう。25年も経っているのだから動かないのは当たり前か。
「何か……非常階段で降りてこいと言っている様な感じがするんですが……」
 降りるのは楽でも、上って外へ出るまでの間に筋肉痛で疲労が蓄積しそう。
「その上の665階は、どうやらそこの管理室らしいのう。660階までが全て管理室とは、結構多くのものを管理しているんじゃな。となると、サブの指令室も兼ねている筈じゃて」
 非常階段に行ってみると、瓦礫が多々あるものの通れなくはない様子だ。
 不思議な事に、何故かヒカリゴケがある。燐光を発する花まで咲いている。
「日が当たらないのに、植物があるなんて……花が咲いてますし」
 マグナストーンの影響なのだろうかと、ナガヒサはそう思った。考えてもきりがないので先へ進む。その光りのお陰で瓦礫を避けながら十数階下まで下ってきたが、瓦礫のほうを時々見やると、表面が妙に新しい。勿論古いのもあるが、前者の場合は無理にこじ開けた形跡がある。近くには木の根が何故かあった。
(随分前に崩れた……わけではないようですね。誰かが先に入ってきているとしか考えられない。しかし、そんな気配はなかったですし……)
 シャルも同じ事を考えていた。
「まさか大統領の拉致犯がここにいる訳ではないですよね……?」
「だとしたら、誰かに目撃されている筈ですし」
 二人の話を割るように、エルンストは突然の提案を告げる。
「面倒じゃから、ワシの暗黒魔術で瓦礫とか邪魔なものを退かしてみるかの」
「できるんですか?」と、ナガヒサ。
「やってみなくてはわからんのう」と、エルンストは少し離れてから暗黒魔術で通路の封鎖部分を腐食させてみる。
「……? びくともせんのう」
「地下はそれだけ丈夫にできているのでしょうね。墜落時のはしょうがないとしても、エルンストさんの魔術が通用しないのならば、魔導全般も通用しないと見たほうが良いでしょうね」
「いえ、何かグラつきませんか……? かなり下のほうから」
「上手くいったようじゃな」
 床にひびが入る。瓦礫の重みですぐに穴が開き、退避する暇もなく下へ落ちる3人。
 数メートルで強く叩きつけられると同時に、大きな水柱があがる。そこは水だった。
「建物等のは数十年ぐらいは耐震性とかある筈なんですけどね……長年海水に浸かっていたせいか、腐食のスピードは速かったかな」
 自己診断モードを走らせるナガヒサ。暫くして『異常なし』と表示され、通常モードに戻す。
「それよりも大丈夫なんですか? 液体でショートしてませんよね?」と、シャル。
「一応防水加工されていますから大丈夫ですよ」
 水の高さは80センチといったところか。進めなくはないが、水圧で少し抵抗がある。
 とりあえず水面からナガヒサが上がり、シャルとエルンストを引き上げる。
「ここは目的地かのう? 液体に浸かっている割には、海草とか生えておらんが」
 見回すエルンスト。しかし、地下格納施設にしては天井が低い。
 上を見上げるシャル。
「5階分落とされましたからね。地下14階……かな」
「ここまで海水が上がっているという事は……この下は潜水服でも着ない限り探索は難しいですね」
 これで腐食して使い物にならなくなっていれば、ある意味安全なのだが――ナガヒサはそう思った。もしここにナーガがいれば、彼も同じ事を考えていたに違いない。水の賢者ならば、海等の液体を通じて何か感じ取れるかもしれないのだが。
「エレベーターが動かないのは、やっぱりこの海水のせいかもしれませんね」
「ここはどの施設区域だったんでしょうね」
 この階のエレベーターまで行くには、また水に入らなければならない。3人は仕方なく再び入り、そこまで歩く。
 案内表示はあったものの、何十年も水に浸かっていて錆びていた。辛うじて読めるのはこの階を含む幾つかだけ。
「……保管区域? その前の部分が腐食されていて読み難いですね」
「何を保管していたのか、気になるところじゃの」
 思案している時に、突然女の子の声が聞こえる。
「あれぇ? 地下に行きたい人が他にもいましたねぇ」
 暗い地下空間に、似つかわしくない女の子が一人――リュリュミアがいた。
「……確か、リュリュミアさん……でしたよね。何でこんな所にいるんですか?」
「えーとですねぇ、一人でお散歩してたんですぅ。上のお花畑に行ってから周りを探検したくなったんですねぇ」
 リュリュミアの話によると、降りられるところまで降りてみようと地下20階まで行っていたという。ヒカリゴケや燐光の花があるのは、暗闇でも見えるようにと彼女が植えたものだった。無理にこじ開けた形跡も、リュリュミアが木の根の成長する力によって生じたものであったのだ。
「魔導と相性が良いらしいとはいえ、無理な事しますねえ……第一、この水は海水だから、海草や海藻といったもの以外植物にとっては危険な筈なのですが。塩害とか」
 植物学者ではないのだが、ナガヒサはその点が気になって仕方がない。
「海水が入ってくる事なんて考えてなかったからねぇ。うっかりしてたんですぅ」
 地下21階へ行こうとして瓦礫や扉をこじ開けたら、突然海水が勢い良く入ってきたという。どうやら、21階以降の地下は既に海中に没してしまっていると見てよさそうだ――否、14階以降まで上昇してしまったのだから、これ以上先に進むのは困難だ。
「その20階に行っても、あまり見てないのでしょうね」
「うん、見てないよぉ。一番下に着いたらとっても高くなる木の種を蒔いてぇ、お日様があたるところまで頑張って成長させたいなぁって思ってたんですぅ。でも残念ですねぇ」
 どちらにしろ、それは無理だろうと心の中で思うナガヒサとシャル。何年かかるか分からないし、第一、最下層が浸水している以外どのようになっているのかも分からない。
「これでは八方塞じゃのう。未だ海水は流れ込んでおるようじゃし」
 ナガヒサは少し考える。
「お二方、どうしますか? この階を調査しますか? それとも、水に潜ってでも下へ行きますか? どちらを選んでも何階まであるのか怪しいですが」
 水は抜いてもまた入ってくるからできない。かといって、潜水するには準備が必要。どちらにしろ、シャルとエルンストの意見を聞いてから決める事にした。
 リュリュミアは調査よりも探検、しかも植物が無事に育てられる場所を再度探そうかなと思っていた。

Scene.5 行きつけの店

 首都ヴェレシティの繁華街。
 軍人のジョーのデータが重要参考という形で送信され、ラウリウムとエストが考え込むように確認する。
「何か似ているような気がするけど……微妙だね」
 未来も同様に考える。口調の感じが違う印象ではあるが、ただ映像や音声を聞いただけでは結論はでない。
 フェ・アルマ部隊のスケジュールは、テツトから確認をしてもらったところ、当日のうちにヴェレシティに戻ったらしいとの情報があった。
「軍だから宿舎に帰ったというのが考えられるけど、何処かで遊びに行ってたりして」
 繁華街の一部――水商売の区画に行ったら出くわすかなと思ったエスト。大人が気兼ねなく出歩ける時間で、電飾が派手なところは、ある意味楽しくもあるしうるさくも感じる。それが好奇心を醸し出しているのだろう。
 バーに行くぐらいならば納得が行くかもしれない。果たして、ジョーのような軍人がそんなところに行くのか怪しい。というより、何か不釣合いな気がする。
「想像しながらにやけているみたいね、エスト」
「え? ああ、探偵としての癖みたいなものよ。ほら、調査の際に必要でしょ?」
「必要とは思えないけど……歩き回っていれば、見つけられるんじゃな――」
「いたよ。あれじゃないかな?」
 未来の指す方向、ネオンが周囲に負けないくらいに明るく輝く店。スナックバーと書かれているようだ。
 名前は『バブルアイル』――泡の小島という意味。
「あぶく銭に引っ掛けてるのかな? なんちゃって」
 その入り口で、体躯の良い男が近づいてくる。照合してみると、噂の彼だった。
「偶然とはいえ、でかしたわね。あれがジョー・アヴァリティア曹長か……」
「あ、店の中に入ってっちゃった。どうする?わたし達も入ってっちゃう?」
「スナックバーとはいえ、酒以外も出すけど……未来は年齢的に入店するのはまずいかも。もし司法公安局が巡回でもしてたら、監督責任とか言われて問われるわね」
「うーん……」
 考え込む未来とラウリウム。エストはこんな事を告げる。
「お酒出されない限りは、食事だったらOKなんでしょ? 或いは、私が博士を呼んで一緒に行こうかな。他に行きたい人がいれば良いけど。で、ラウリウムはこういうの苦手と聞いたけど……別行動で調査続けてくれる?」
「そうね……私が入っても真面目に取り合ってくれないような気がするわね。色んな人を相手に接待する職場とはいえ、素直に応じてくれるかどうか。二手に分かれるのも良いけど……博士は遺跡調査で忙しいんじゃないの?」
「それは昼間で出来るでしょ。夜の事は夜でしか出来ないし。余程破壊されない限り博士は記憶……じゃなくて記録できるしね」

Scene.6 新たなビデオメール

 再び、大統領官邸。
 エンジュとマイは、次期候補者の調査を続けていた。
「何か調査対象者が限定されてしまうのよね……ちょっと少ないわ」
 ため息をつくエンジュ。
「一体何で今調査が必要なのかしらねえ。今までこんなのやってこなかったのもあるけど、大統領になりたい人が一人も出て来なかったのに……もしかして、老後の自由が気になって焦ってるとかね」
「まあ、確かに大統領は革命後に就任してからずっと頑張ってきたもの。本当に次世代の人達へ引き継ぐ為の潮時だと思ってるのかもしれないわね」
 エンジュのように、それでもワイトに未だ続けて欲しい気もする人は多数いる。
「一応これで大統領に報告できるのは良いとしても……その本人がいつ戻ってくるかが分からないのよね。それまで保留になっちゃうし、やっぱり私達も手伝っちゃわない?」
 結構マイは乗り気である。エンジュはまたため息を一つ。
「あたしは本来の仕事に戻るわ。宇宙間の運輸調査が残ってるもの。マイはどうなの? 次回の議会に必要な資料集め、他の人達にやらせちゃって」
「あー、あれは申し訳ないなーなんて。あとでおごらなきゃ。でもほら、SDS特別対策本部のほうを手伝えば、今後の議論に必要な資料とかすぐそろえられるわよ」
「ある意味一石二鳥的ね……本当は副大統領や顧問官の調査を続けられるから?」
「そうとも言うわねえ」
 マイの嬉しそうな表情を見て、またため息をつくエンジュなのだった。



 通常の会議は行われているものの、やはり大統領が不在では書類等が溜まる一方だ。
 ツァイトはマクシミリアン・フィンスタイン副大統領と共に、書類の整理を行っていた。
 いつの間にか夜になっており、時刻は11時を過ぎていた。
「ナガヒサからは地下格納施設の階まで向かってみると書いてあったが、難しい気がするな」
「好奇心旺盛な方がいらっしゃるのでしょう。歴史の封印を解く時期が今なのかもしれなかったりして」
 それを聞いたツァイトは深くため息を一つ。
「お前も知ってると思うが、あの遺跡――ヴェレ王国の本島は国レベルの大きさだぞ。質量からして、墜落時はかなり底が潰れている筈だが」
「革命当時、そこにいた人は脱出する暇も無かったでしょうね……広すぎるから」
「骨さえも拾えなんだ。ある意味そこは国の墓標だよ」
 辛そうな表情のツァイト。マクシミリアンは慌てて話を切り替える。
「そ、それにしても……大統領は良くこんな仕事をこなせましたね」
「ストレスの元になるものばかりではないがな」
「あのーお二人とも、結構話す割に仕事がはかどっていますね」
 飲み物と菓子を持ってきたナーガが、二人の行動を見て感心する。
「政治関係者は、これぐらいやっておかないとな」
「それでなくとも、書類が溜まり続けては大変な事になってしまいますしね」
「プライドが問われそうな難題に聞こえそうなんですが……」
 ふと顔を上げるツァイト。外が少し騒がしい。
「何かあったらしいな。声の一人はグラントだが……」
 書類の仕事をマクシミリアンに任せ、ツァイトとナーガはロビーへ向かう。
 そこには、SDSやノヴス・キャエサルとは関係なさそうな一人の男性を捕らえたグラントが。
「えーい、白状しやがれ!」
「俺はただ頼まれただけなんですってば」
「だから誰にだって言ってんだ!」
「知らないよぉ……」
「落ち着け。何がどうなっているのか説明してもらおうか」
 逃げもしない事を感じたのかどうかは分からないが、グラントに少し手を緩めるようにと告げるツァイト。
 不審さは残るが、グラントは手の力を緩める。ただし押さえている手は離さない。隙を突いて逃げ出したら大変だ。
「その首に下げてあるIDからして、VBS――情報通信局員だな。報道部の人間ではなさそうだが……」
「わ、私は教育部所属です」
 この近くで教育番組のロケ中にいたスタッフだった。肩書きはカメラマンである。
「なんでそんな担当部署の人間が、関係ねーとこにいるんだよ? しかも夜に」
「天文学の番組収録中に知らない人から頼まれたんですよ。普通の一般人でしたけど、名前を聞く暇なくその人行っちゃったんですから。これを受け取ったんで」
 1枚の紙を渡されるツァイト。そこにはこう書かれていた。
『RECORDED VIDEOMAIL SDS』
「SDS……」
「あの新聞に載せたメッセージでも、ダイレクトに通話はせんっていう事か。すまないが、そこのカメラマンにはもう少しここに留まって頂きたいが……ロケのほうは大丈夫かな?」
「今休憩中ですが、30分後に撮影再開しますのでそれまででしたら」
「よろしい。少しの間、報道局員と共にいてくれないか」
 カメラマンを信用しないわけではないが、変な行動を起こさぬように別の所属者に監視させる為ではある。
 IARへ赴き、職員に問うツァイト。
「着信で未開封のメールは?」
「お待ち下さい……ありました。一件だけですね、しかもお待ち兼ねのSDS名義で。チェックはしてあります」
 中身を閲覧すると、通信アドレスだけが載っていた。ただし、そのメール自体は独自のアドレスで、国内なのか不明だ。偽装という可能性もある。
「例え通信が可能だとしても、それが直接なのか、幾つかの中継局を経由してくる可能性がある。送信元を走査してくれ」
 通信アドレスから次の犯行声明メールが流れる。やはり犯人グループの顔は見せず、砂嵐のような画像だけ。音声も聞き取りづらくなっている様な感覚。
「我々を探し出している人間はご苦労な事だな。それと、新聞の広告欄は読ませてもらったが……交渉はしない。意味を成さないとの判断が下された」
「いきなり決裂って事か……誰が決めたのかは分からないけど、ノヴス・キャエサルかしらね。送信するまでの数日間に何か変わったって事?」
 リーフェは落胆した。会う機会が一方的に切られた感じだ。ビデオメールを一時停止し、考え込むツァイト。
「それに前にも言っていた、天空階級の者に次期大統領にさせたいというのが気になる。交渉しないのならば、相応しい者を向こうから選んできたのか、或いはこっちから発表するのを待っているのか――」
「でも、前者だったらある程度は発表するんじゃないの?」
「それはサプライズじゃねえのか。あいつの名が出たら大騒ぎどころじゃなくなるかもしれねえぜ」
 割り込んだグラントの言うあいつとは、紛れも無くティーマの事である。ただ、SDSにはティーマがまだ生きている事を知っているのだろうか。
「調査している人達がいるから交渉しないって事は……強襲してくる事もありえるのでしょうか?」
 不安げに呟くナーガ。
「最悪のケースとしてはだ。グラントが前もって仕掛けているのに加えて、我々も身を守らねばならん。無論、官邸もだ」
 続きを聞く為に一時停止を解除する。
「……大統領閣下からツァイト・マグネシア顧問官へメッセージがあるそうだ。無駄な事を伝えても意味をなさないがな」
「俺に……?」
 砂嵐からワイトの画像に切り替わる。あまり痩せ衰えていないところを見ると、余程食には困っていないと見た。いざという時の為に体力なくしては意味はない。無論、SDSも人質に死なれたら困るのだが。
「許可が下りたか……さて顧問官。私に預かった『あれ』、もうそろそろ本人に返すべきだと思うのですが。それとも、貴方が持っていますか? どちらにしろ、近いうちに必要な気がしてなりません。願わくば、その時が来ない事を願いますよ……以上」
 画像はそこで途切れた。ツァイトは考え込む。
「あれって……?」
 首を傾げるナーガ。
「アクセサリーだよ……地の」
「え……っ?」
 何となくツァイトの言葉の意味が分かった。
 この世に一つしかない、『地の賢者の増幅器』の事を指しているのだ。
 ナーガは自分の首に下げている『水の賢者の増幅器』に手を当てる。
「力が必要ない世の中を願って預けたんですよね……『ディオス』は」
「ディオス? それが地の賢者の名前か」
 グラントが問う。
「『ディオス・パンジーア』……地の賢者。別名、『大地の審問官』」
「大地の審問官……?」
「あいつは今までの事象を嘆きながらも、決して手を貸す事は無く見守るだけに徹しているが……」
 地の賢者は再び表舞台に上がる可能性がある。ティーマが生きており、ワイトがこのような状態になっている以上、黙って見過ごせるわけではないのだろう。だが、未だ行動を起こす気配がない。きっかけを待っているのだ。
 本当の賢者監督責任者であるツァイトは、重要な決断を迫られているような気がしてならなかった。
 出来れば、何事もなく事を終えたいという願いを――。

碧野マスタートップP