『Velle Historia・第3章〜固き地の意志』 第1回
ゲームマスター:碧野早希子
新暦(A.H.)25年9月。 ヴェレスティア共和国の首都ヴェレシティにある中央行政府。その中央に大統領官邸がある。 周囲を緑で覆われており、別名『グロウヴネスト』(小さな森の巣)と呼ばれる事がある。 通常は毎月ソラリス太陽系の全惑星からアスール担当外務長官が集って会談をしているのだが、今回は事情が違う。 大統領ワイト・シュリーヴがいなければ、会談も行われない。 直属の官庁さえも機能が麻痺しかねない事態となっている。 一般にはいつものように見えるところでも、政府の中身は大変慌ただしくなっているのだ。 Scene.1 SDS特別対策本部 「今までの経過を教えてくれ」 外務特別顧問官ツァイト・マグネシア・ヴェレが到着早々聞いてくる。 グロウヴネストの第3会議室に設置されているSDS特別対策本部に入り、ヴェレスティア副大統領のマクシミリアン・フィンスタインが即座に返答。 「最初の犯行声明以降、SDSからの連絡はありません。大統領の体調の面も気になりますが……」 「それは大丈夫だろう。タフそうだしな。それに最低限の優遇措置は取られているんじゃないかな」 あくまでもツァイト個人の予測。犯人側も要求が満たされるまでは人質を簡単に死なせては困る筈。生理的な事は許容範囲でも、それ以外は制限されると見てよいのかもしれない。 「あのー、ちょっとすみません」 梨須野ちとせがツァイトの肩に乗る。 「話す内容が長くなりそうならば手短に頼みたいが」 「ビデオメールの解析、私にやらせてもらえませんか? 人間の目では見つけ難い箇所があるかもしれませんし。勿論音声もですが」 「それは構わないが……音声の場合は静かなところでやらないと見逃す恐れもある。ヘッドフォンつけるには小さ過ぎるが」 「ご心配無用です。一応聴覚は良いほうですよ」 「それよりも気になる事はあるわ」 シエラ・シルバーテイルが腕を組みながら問う。 「気になる事とは?」 「誘拐されるまでの間、大統領の所在分からなかったの? 担当のSPは何してたのよ」 「それは私がお話します」 マクシミリアンが割って入る。 「SPは公務やこの大統領官邸しかシュリーヴ大統領の護衛につきません。個人的な事に関しては、ご本人が護衛を遠慮しているそうなのです」 「何それ……それじゃオフの日なんて無防備じゃないの。そういう時こそSPの真価は問われるのではなくて?」 「仰るとおりですが、それでも大統領はつけてくれません。実は大統領の知り合いでもある八賢者の方が護衛についているらしいのですが、見た事がなくて……」 真偽の程は定かではないと言っているように聞こえる。知り合いで八賢者といえば、水の賢者ナーガ・アクアマーレ・ミズノエを真っ先に思い浮かべるが、彼はどちらかといえばツァイトについて行くほうだ。実際、本当に隣で話を聞いている。 シエラの視線に気付いたのか、ナーガは今の問いに答えるかのように、無言で首を横に振る。 もう一人思い浮かぶのはワイトの妻であり医師でもある風の賢者ウィンディア・シュリーヴ。だが、休日にはSPの代わりに護衛をするのだろうか。彼女も医師としての仕事もあるだろうに――シエラはそう考えてしまう。 「シエラ、もしウィンディアの事を考えているのならば、ある意味当たっているかもしれん。が、彼と仲が良い賢者は他にいる」 「誰よ?」 「……『地の賢者』」 「地の賢者? 初耳ね。その人はこの事知ってるのかしら?」 「知っている筈だ。だが、現時点では『動かん』だろう」 首を傾げるシエラ。まるで放っているかのように聞こえる。もしかしたら様子を見ている最中なのかもしれないが。 「何故そう言い切れるの?」 「本来、八賢者の監督は俺だからだ」 「あれ? 皇帝直属じゃなかったのですか?」と、ちとせ。 「それは全世界――全宇宙に権力を誇示する為の表向き説明だ。あいつが全員の監督責任なんか務まるか? あいつが興味あるのは一人だけだ」 あいつ――ヴェレ王国最後の皇帝、ティーマ・マギステリウム・ヴェレの興味対象。皆一斉にナーガを見る。 「何か存在して申し訳ないような気がしてきます……」 「最後の皇帝の好みがナーガさんのような方だというのは本当だったのですか」 マクシミリアンは噂として知っているようだった。 「ナーガが謝る事ではない。親に望まれて生まれたのだから、気にする必要はないさ。例え『王族に愛された者』と言われようと、お前はお前だ」 恥ずかしい台詞ではあるが、ツァイトが言うと納得できるような気がする。 『王族に愛された者』――ナーガがヴェレ王国へ連れ去られて暫く後に、殆どの天空階級がナーガの事をそう呼んでいた。 ツァイトの後をついていく姿を毎度のように見かけられたのがその理由なのだが、ひいきされているというのも含まれていたらしい。 無論、その天空階級の者等はナーガが八賢者の一人である事は最後まで知らない。この世に生きているものもそうでない者も、真相を知る事はない。 水の賢者は性別問わず、意思も関係なく皇帝の寵愛を受けている事を。これは、ヴェレ王国で唯一真実として伝えられているもの。そして、それ以外に寵愛される者の対象は決まって外見が決まっているというのも伝えられている事を。 ツァイトは一度口に出した言葉を後悔するかのように眼を伏せる。 「すまない……思い出したくなかったんだよな」 「いえ、昔の事ですし。ツァイトが気にする事ではないでしょう。あくまでも噂として付けられたもの。実際はその通りと言わざるを得ませんけれども」 二人の間に重い空気が流れるのを感じて、話を変えるようにちとせが問う。 「えーと……地の賢者は何処にいるのでしょうか?」 が、ツァイトは「極秘扱い」と言うだけで教えてくれなかった。その本人の意思を尊重している為、自ら現れるまで黙秘するつもりでいる。或いはSDSがこちらの動向をどのくらい把握しているのか分からないとの理由もある。どちらにしろ、覚られたくはないのだろう。 「護衛しているんなら、その賢者はアジトまで当然ついて行っているって事?」 「どうだろう。もしかしたら、向こうが動向を把握した上で煙に巻かれた恐れもある……どちらにしろ、失態である事は間違いないな」 これ以上考えても仕方がなく、シエラはため息をついてマクシミリアンに問う。 「SPの話に戻すけど、こっそり護衛をした事はあるんでしょ?」 頷くマクシミリアン。 「何度かありますが……あの方は寄り道する事もありますし、もう一つの私邸が病院近くにあるらしいですが、追跡するのも一苦労ですよ」 両腕を上げてお手上げする仕草をするマクシミリアン。 「大統領が人を振り回しているように見えるんですが……」呆れてものが言えないナーガ。 「ワイトらしいな。一応車には最低限のセキュリティ機能等が搭載されているが、最終的な判断は人間の考える事だ。それに、地の賢者の事もな」 因みに、ワイトが私邸を持つ理由は、月に一度だけ官邸から離れてのんびりしたい事と、引退後の住まい確保の為であるという。その私邸にはウィンディアが主に住んでおり、急患が運び込まれる際に病院にいち早く駆けつけたい理由からでもある。 「副大統領は八賢者をご覧になった事はありますか?」 ちとせがマクシミリアンに問うと、意外な答えが返ってきた。 「昔の事ですけどね。仮面をつけていらっしゃいましたが、あった事はあります。私はこれでもインフルエンティアに匿われた事がありまして」 八賢者は決して素顔を見せない。それが暗黙の了解でもある。一部の者以外、誰も見た事がない。 その彼等と共に戦った反天空組織インフルエンティア。匿われた理由はこの状況下で今のところ話さなかったが、時間があいて興味があったらどうぞと、マクシミリアンに言われた。彼もある意味関係者である事に変わりはないのだ。 「マクシミリアン――」 ツァイトが言い掛けて、手で制するマクシミリアン。 「長いので『マックス』と呼んで下さって構いませんと申し上げた筈ですよ、顧問官」 「すまん、癖だ。いつビデオメールが届くか分からん。一応の万全体制をとらねばならんな。無論、ワイトの居場所もSDSの事も」 Scene.2 個人情報調査 「個人情報閲覧……ですか?」 「ええ。色々とね」 数分後。データバンクルームの一室にて、リーフェ・シャルマールがマクシミリアンに閲覧許可を求めている。 理由はSDSに関係する者がいるかどうかを調べたいのだ。 要求内容から察するに、天空階級の人間とはいえ政治的素人に実権を握らせる訳がない。 ここに至るまでの状況の迅速さから、SDSでの『大統領候補』は政府中枢に近しき者――政治家や高級官僚――か、ナーガ周辺の人物と推察しているのだ。 「ツァイトさん……ではなくて、特別顧問官のお知り合いなら許可は出しますが、一部プロテクトがかかっていますよ」 「プロテクト?」 「本人の立会いの下、本人の指紋や声紋、網膜パターン、そして設定したパスワードが必要なのです。ここは全国民のデータが収録されておりますが、中にはホームレス等何らかの都合で未登録の方もいるようです」 因みに、芸能関係者は家族構成や年齢が非公開が多い。新聞等で暴露されたら人権侵害だと訴えられる事もある。エスカレートすれば裁判沙汰に発展しかねない事態も起きうる。とはいえ、自業自得な点になる事もあるが。 人というものはスキャンダラスな事が好きなんだなという事を、改めて認識させられる。 マクシミリアンは苦笑いしながらそう告げた。 「表向き……一般人には見られても大丈夫なものは良しって事ね」 別に芸能関係者を調べるのではない。政治関連ならば、公式に経歴や家族構成、交友関係が載っている筈だ。 ナーガの周辺に至っては、ツァイトの他に交渉官ラウリウム・イグニスや探偵のエスト・ルークスも閲覧対象に含める事になる。 マクシミリアンが部屋を去った後、リーフェは気の遠くなりそうな作業に取り掛かる。 (ラウリウムとエストは養子……両親は大地革命前後に死亡。でもここまで生きてこられたのはナガヒサの育て方が良かったのかもね) 因みに、革命時で孤児となった者は名の通り『革命孤児』と呼ばれている。 二人の個人情報にはプロテクト部分はなかった。 (秘書官の二人も調査対象にしないと) ワイトから次期大統領候補者の調査を依頼されている二人の秘書官、エンジュ・ケストレルとマイ・スペルビアも調べるリーフェ。 (……エンジュは空中・宇宙間の運輸関連サポートを担当。で、154歳か……惑星ソイルの人って長命なのね) 因みに、有翼人種である為、鳥類との会話や操る事も可能な能力を持っている。ヴェレ王国で実験された動物は人語を解する事ができ、今日の2世や3世も同様なので、エンジュの持つその能力はある意味不要であった。 3年前に秘書検定に合格、秘書官を拝命して現在に至っている。情報の一部はプロテクト部分がかかっていた。 マイに関してだが、彼女も革命孤児だった。最近秘書官を拝命されたばかりで、議会関連のサポートについている。責務ではあるが、明るい性格でこなしている為か評価は悪くないようだ。こっちはプロテクトの箇所はない。 「でも……何か内容が少ないような気もするんだけど、気のせいかしら。それとも、個人によって内容ってこんなものなのかしら?」 考えても仕方がないので、リーフェはツァイトの閲覧に取り掛かる。 「ヴェレ王族とか今までやっていた外務長官の事は書かれているわね。でも、ティーマの弟というのは書かれていない。これはプロテクト部分に当たるのかも」 ただし、表示されない箇所がある。ヴェレ王国時以前のほうなのだが、何故かそれがない。 (データが失われている? そんな訳無いわよね。ヴェレ王国時代のは見せたくないって事かしら) 「何をやっている?」 リーフェにかける低い声。ビクリとして後ろを振り返ると、いつの間にかツァイトがいた。 「ちょっとね……色々と」 自分の個人情報が表示されているのを見て、ツァイトは腕を組む。 「俺のを見たって面白いのはないぞ」 「聞きたい事があるのだけど、ヴェレ王国以前での履歴表示されない箇所があるのは何故? もしかしてプロテクト部分がそれなの?」 「ああ、この部分か……その通りだ。あの頃はあまり良い事が無かったからな。忘れたくとも忘れられん。それに詳細に覚えてられるか?」 人間の記憶というものは未知の部分であり、蓄積するにも限度がある。新しいものを覚えていく度に、古いものは忘れ去られてしまうのだろう。事故等の衝撃で記憶をなくす事もある。 「それもそうかもしれないけど……ところで、プロテクト部分の内容が見たいのだけど……」 「見てもつまらんぞ。それでも良ければだが」 プロテクト欄にパスワードを入力し、両手と両眼を別モニタへかざす。男性のような機械音が流れる。 「指紋及び網膜パターン照合、声紋チェックを」 「ヴェレスティア外務特別顧問官、ツァイト・マグネシア・ヴェレ。プロテクト箇所の開示を許可されたし」 数秒後、再び機械音が流れた。 「ツァイト・マグネシア・ヴェレ本人に相違ないと確認。プロテクトを解除します」 すぐに多くの情報量が表示された……が。 「……何て書いてあるのかよくわからないのだけど」 アスール語ではなく、ソラリス語で書かれていた。これもある意味プロテクトな感じがする。 リーフェはソラリス語は読めなかったので、ツァイトは仕方がないなとため息をつき、代わりに読む。 「大まかに言えば、八賢者の実質的監督責任者である事、最後の皇帝の双子の弟である事、皇帝の代理として各惑星の外交を担当していた事、ヴェレ王国軍の副司令官も勤めた事。因みに総司令官はティーマだったが」 因みに、プロテクトされた部分はコピーする事は出来ない事をリーフェに告げる。 「何故読めない言葉で書かれているのかしら? 極秘扱いって事?」 「極秘扱いではないが、あまり思い出したくないのでな」 再びプロテクトを施すツァイト。 「そうね、何か辛そうな表情をしている。気になったらまた見させてもらえるかしら?」 「気が変わったらな。あまり画面を見続けると視力を悪くする。程々にしろよ」 踵を返すツァイトだったが、何かを思い出して忠告を付け加える。 「この個人情報データの内容だが、自己申告制で正直に情報を公開しているところもあれば虚無もある。信じるかどうかはお前次第だが」 「そういうツァイトのは?」 「今更嘘を載せて何になる……余程載せなければならない情報以外は、私情の問題もあるからな。他の人間では、それがきっかけで精神に不安を来した人間も少なからずいるそうだ」 ツァイトが部屋を出ると、リーフェは再び画面に向き直って政治家の個人情報の閲覧を始めた。 その結果、政治家や官僚、軍事関係者約60人にデータ不足が見られ、とりあえずブラックリストを作成する。 (証拠は見つかってないけど、誰もが金持ちっていうのも嫌な感じよね。これも天空階級だからなのかしら) リーフェは更に、短い文章を打って、ある場所へと転送した。 Scene.3 マスコミへの対応策 「何を……やっているのですか?」 ナーガがグラント・ウィンクラックに声をかける。 「電気系統の施設に警報装置を仕掛けてんだ。侵入者が監視システムとかを無力化しようとしたら即座に分かるようにな。ちゃんと副大統領には許可を取ってるぜ……ま、こんなところかな」 「確かに、色んな人が出入りしてますけど、通行許可証がないと入れませんしね」 「持ってなくとも強行突破でやってくる。もしかすると、精巧に作られた偽装の通行許可証持って既に入ってるかもしれねえ。どっちにしろ、最低限の事は早めに手を打っとかねえとな」 バタバタと慌てる大統領官邸のスタッフを見て、グラントは腕を組む。 「それにしても……真っ当な手段で政権を取る事ができねえから人質を取って退陣迫りとは、典型的な小悪党の仕業だな。SDSとやらも、お里が知れるってもんだ」 天空階級を随分と誇りに思っているようで、実はやっている事が飴玉が欲しくて駄々をこねている子供と変わらないと、グランドは思っている。 「面白いものを仕掛けてるわね」と、シエラがいつの間にかいた。 「面白いわけじゃねえんだけどな……ま、いいか」 「副大統領から面白いものを仕掛けていると聞いたが」 ツァイトも声をかけてきた。 「ツァイトまで……」 「冗談だ、気にするな」 「その顔で冗談は合わねえ気がするぞ。で、解析はどうなってんだ?」 「今やってくれている。結果が出るのはいつ頃になるか分からんが。とにかくIARに行くぞ」 IARとは情報分析室の事。いかなる緊急事態にも情報を把握できるように、大統領官邸の中に設置している。 そこへ着くまでの間、シエラはマスコミに関して聞いてみる。 「マスコミには極秘というのは、あまり頭の良い方策とはいえないわね。もし報道がなされていなければ、犯行グループ――SDSはマスコミに犯行声明を送りつける可能性もあるわ。当然のオプションとも言うべきね」 その時、事件そのものよりも隠匿の事実が政府にとって致命的になるのではないか。大統領不在の今、誰がどう責任を取るのだろうか。それを含めてシエラはどうしても聞きたい。 「ここは、マスコミには公表の上、報道自粛と協力を呼びかけるのが上策ではないかしら」 ツァイトは考える素振りをする。 「確かに、シエラの言っている事はわかるが……」 「もしかして、マスコミを悪戯に世論を騒がせている煩わしい存在だと思ってる? 記者クラブみたいなのもこの世界にはあるんでしょ? ゴシップ記者と違ってそういう人達は頭の良い人達だって分かってる筈よ。誠意を持って話せば、掛かる国難にきっと力になってくれるわ」 足を止め、考えるツァイト。 「それは分かっている。だが、その中にスパイの真似事でもしている奴が混ざっている可能性も否定できない」 「リスクは覚悟の上でやるべきじゃなくて? それと先程も言ったけど、責任は誰が取るの?」 皆一斉にツァイトを見る。心配そうなナーガ。 「……俺が全責任を取る。それでなくとも、既に行動を起こしていそうな奴がいるがな」 「誰よ」首を傾げるシエラ。 リーフェが何かやるらしい……と言いかけて、あえて黙っておく事にするツァイト。 「そこまで知るか。ちょっと空間的に歪みを感じたのでな」 「何だよ、それ」と、グラント。 「空間感応というか何というか……で、怪しい人でもいるのですか?」 「今のところはいないが……では、解析後に会見を行う事にしよう。無論、シエラの要望に応えてな」 Scene.4 情報分析室 一方、情報分析室では。 「本当に音声は雑音が入り混じっていて、大統領と犯行声明を行っている人の声以外は入っていなさそうですね」 耳を側立てて聞いていたちとせ。特定されないように、わざと粗悪な録音装置を使用しているのだろうか。そんな疑問が頭によぎる。 「大統領とは違う、別の男の声だというのは何となく分かるのですが……ちょっと野太いというか、力のこもってるって言うか」 何度聴きなおしても同じだった。ちとせがため息をつくと同時に、ツァイト達が入ってきた。 「残念そうな表情を見ると、あまり芳しくないな」 「何度もチェックしているのですけど……耳と眼が疲れてきました。でも犯人は男性だという事までは特定できましたけど」 推定年齢30〜40代。20代でもおかしくない感じで、少し威圧感が漂っていそうな声質という予測を打ち出すちとせ。 「大統領は目隠しされていませんね。でも、まっすぐ前を向いているところを見ると、そこに犯人がいるのは間違いありません」 「しかしよ、目を細めてはいるみてえだけどな」 グラントが指摘する。まるで暗いところで見ているかのようなワイトの表情。或いは、目の前が暗い場所である可能性も。 「つまり、見えないところにいるって事ですか?」 「そう考えられるでしょうけど、でも部屋は明るいみたいですしね。場所は未だ特定できませんが、明るい部屋である事は間違いないようです。ところで……大統領は何処で消息を絶ったのですか?」 ちとせが問う。 「その日はもう一つの自宅……私邸へ行く日だったから、そことこの官邸の間という事になる。消息地点を探すには難しいところだな」 「官邸ではないのですか。もしここで消息を絶ってしまったのなら、内部で手引きした者がいたかもしれないと思ったのですけれども」 「案外、そういう考えも有り得るな。大統領の行動を把握した上で手引きしたというのも」 ツァイトの言葉に、うーんと考え込むちとせ。目線は未だ画面に釘付けだ。 「その線も調べたほうが良いのでしょうか?」 「それはちとせに任せる……どうした?」 目を細めて見続けるちとせに、ツァイトが声をかける。「視力が悪くなるぞ」と言おうとした矢先、 「何か……別の人が半透明で映っているような気がするのですが」 小さい手で大まかな輪郭をなぞってみるちとせ。薄っすらとではあるが、確かに人の形が見える。 「まさか幽霊が――!?」 「そんな訳ないでしょ。これって、マジックミラーみたいね。大統領の足の部分をよく見ると、人物の一部が見えるんじゃない?」 シエラが指す箇所を見ると、薄っすらとではあるが、確かに明らかに別のものが映りこんでいるのが見える。 「一応……3人ぐらい見えますね。少なくとも、この人数は確認できます」 「そのうち一人は、何かゴツイ気がすんなあ……もしかして、声の主ってこいつだったりしてな。そんな気がする」 グラントの言葉に、頷くちとせ。 「合っていそうですね。でも、顔までは分かりませんし、あとの二人がどういうのかも――」 「もう少し調べられるか?」 「やってみますが……新たなビデオメールが来れば、より詳しい事がわかるかもしれないんですけどね」 「で、会見を行うんでしょ?」 忘れてないか、念を押すように告げるシエラ。 「分かっているよ。時間はかかるが、ある程度の資料と準備はしたい。そうだな……明日の午前4時前後に」 「何故明日なんですか? しかも夜明け前に」 首を傾げるナーガ。 「新聞配達の時間に合わせたい」 ツァイトの言葉がいまいち良く分からなかったが、何かあるという事だけは何となく分かった。 Scene.5 L・Iインダストリー アスールで最大のコングロマリット、L・Iインダストリー本社。 その防衛開発課では、トリスティアが今日も兵器開発に携わっている。 正式名称は未だ決めてはいないものの、『対ティーマ兵器』は進めている。 「ティーマと再戦する際には、今度こそ倒す。あの時は力を見せ付けられたんだもん、対抗できるぐらいの同等の力というか、武器を作らないと」 社長のテツト・レイアイルは感心するように頷く。 「最近の若者はすごいですね。意欲を見せる人もいれば、逆に未来を見出せないでブラつく人もいますから。特技の一つでもあれば就職できるでしょうにと思ってしまいます」 「何か年寄りっぽい台詞だね……社長の苦労が具間見えるような気がするよ」 「色々と事実を見せられたような気分ですからね。『ナーガ父さん』は若くなって、顧問官の秘書になるんだと意気込んでるし、『ナガヒサ父さん』は発掘作業を引き継いでる。やっと見慣れてきたは良いけれど、心情は複雑だね」 名前を入れないと、混合してしまうというテツト。事情を知るものしか口に出来ない事だ。 現時点で開発しているのは、高出力のレーザーガン。トリスティアは腕前を生かす為に、社内に泊り込んでいる。 「たしかトリスティアさんは、ナイフのほうが得意とも聞いてるけど……そっちのほうは良いのですか?」 「それもそうなんだけど、今置いといて。ティーマって絶大な防御力を持ってる筈だから、それを貫くほどの高出力レーザーを実現させるのが第一の目標だよ」 「でも問題もある。その皇帝はどのくらいの防御力を持っているのかがね」 未知数の防御力。テツトは実際に見た事が無いので何とも言えないのだが、果たして効果があるかどうか……それが不安だった。どちらかといえば、人に向けて大丈夫なのだろうかという事のほうが気がかりだ。 レーザーガンの開発ならば、通常の攻撃では意味が無いという風にも聞こえる。 レーザー照射のテストを開始。一直線の眩しい光が、厚さ5センチほどの鉄板にめがけ、中央にあたる。 「うーん……時間がかかるなあ。もう少し出力を上げないと……」 更にレーザーの出力を上げる。鉄板の中央は2〜3分かかって貫通したが、これ以上は出力が上がらず限界であった。 「遮光グラスを付けてるとはいえ、やっぱり眩しいよね。でももうちょっとこう……鉄板だけじゃなくて、他のも試さないと。それに時間がかかるのも惜しいかなあ」 「そういえば、友人が来ているんですよね。君がここで泊まり込んでいる間、向こうで手伝ってくれるとか」 「うん。ボクも参加したかったけどね、分かった事は教えてもらう事になってるから」 Scene.6 調査 「トリスティアの頼みで来た、姫柳未来だよ。よろしくね」 いかにも元気のいい未来。 「こちらこそ宜しくね。でも制服のまま行動したら汚れちゃいそうな気がするんだけど」 探偵のエスト・ルークスが心配するが、 「心配しなくても大丈夫。運動神経いいから」 「でも結構ミニよね。この手の趣味なカメラ小僧がいたら捕まえるけど」 安心してというように、手でヒラヒラと仰ぐエスト。 別の世界でも似たような輩がいるというのはここでも変わらないなと、未来は思った。 「少し前に大統領官邸に行ってきて、リーディング能力で犯行当時の事をちょっと読み取ってみたよ」 彼女の持つ超能力の一つ、リーディング。 それから得た情報では、犯行当時、ワイトは夜11時ごろまで仕事をしていた事、彼が一人で車に乗り込んで私邸へ向かっていった事、そして、その後を追う車があったのだが、それはSPであった事がわかった。 どうやら、SPを断っていただろう事が伺える。何故ならば、数十分後に戻ってきたSPはため息をつき、頭を抱えていたからだ。 残念ながら、犯行時の現場や手口までは掴める事はできなかったが。 「乗ってた車が何処にあるかが問題なんだよね。途中で乗り捨てられていれば、犯行がある程度分かるんだけどね」 「あまり無理しなくてもいいわよ。それだけでも十分手がかりの一つになりうるかもしれないし。シェリルもあまり無理しないでね」 「大丈夫よ。あたしには心強い相棒がいるから。ね、ザイダーク」 シェリル・フォガティが闇の精霊ザイダークにビデオメールから情報を読み取れるかどうかを頼んでいる。 「映像から読み取れるかどうかが心配ね。大統領府のほうも同じように調査が進められているけれど……」 交渉官ラウリウム・イグニスが気にしている。一応複製の上転送してもらったものをシェリルに渡すが、果たして得られるものはあるのだろうか。 「どうなの?」 エストが問うが、ザイダークの表情は芳しくないようだ。 「ビデオメールでは、はっきりいって負や感情を読み取るのは難しい。実物の人物を読み取るわけではないからな。あるのは電波……いや、別の力か?」 「もしかしてマグナエネルギーの事かしら。この惑星アスールを含めたソラリス太陽系では、それの他に恒星ソラリスからもたらされる太陽エネルギーとかあるから。それを感じ取ったんじゃないかな」 「じゃあ無理という事?」 残念がるシェリル。ラウリウムが大統領官邸に連絡を取ると、向こうからの情報――犯行声明を出した男性の予想する特徴と二人の共犯者がいるらしい事を伝えられる。 「体を鍛えていそうな人が捜す際のポイントね。でもいっぱいいると思うし……探すの大変よ」 ため息をつくシェリル。 「それと車。ナンバーって分かる?」 「それなら今出すわ」 ラウリウムが車体とナンバーのデータを表示させ、未来に見せる。 「スポーツカーっぽいね。色は黒で、ナンバーは『V-00001-03884』」 はっきりいって憶えづらい。未来の表情は苦笑いしている。 「L・Iインダストリー製の車よ。5年前、大統領の為に特注したもので、実はカメレオン・エフェクトが内蔵されているの」 「カメレオン……って、外見の色が変化するっていう事?」 頷くラウリウム。 「製品名は『アノール』。トカゲの一種というか、カメレオンの仲間から名付けられてるの。量産はされてなくて、全宇宙中では3台しかないわ」 アノールというトカゲは、温度と光量とによって皮膚の色を変える事ができるという。それをヒントに、この車は生産されている。 「その一つが大統領のだとして、残り二つは誰が所有しているの?」 エストが良くぞ聞いてくれたとでも言わんばかりに答える。 「二つともレイアイル邸にあるわよ。最初に作られた『プロト・アノール』は碧緑で、博士……というか、本来ナーガの所有物となってるの。もう一つは大統領所有のと共に作られた『テスト・アノール』で、深みのある赤をしているのよ。これは、おじさまに送られたものなんだけどね」 エストのいう『おじさま』というのはツァイトの事である。因みに、赤のほうは色の問題なのだろうか、理由は不明だが彼本人は殆ど乗っていないという。 「じゃあ、性能は同じ?」 「微妙に違うみたいよ。何があるかは家族でも知り合いでも企業秘密だって教えてくれないから。技術が盗まれでもしたら大変だって言ってたわね」 だが、ワイト行方不明の今、そうも言ってられないだろう。ラウリウムは考える素振りをする。 「車のほうと犯人の特徴を持ってる人の調査、二つに分けて捜索したほうがいいのかもしれないわね……」 因みに、暫くして司法公安局からの連絡によって車は発見された。私邸より遥かに遠い、ワイトにとっては立ち寄った事のない極東区域の空き地でポツンと一台だけ取り残されたように。 幸いにも、荒らされた形跡はなく、機能は働いている様にも見えるのだが……ワイト発見には至らなかった。 Scene.7 発掘範囲を広げたい 天空遺跡(ヴァーヌスヴェレ・ルイン)、胎児育成施設。 シャル・ヴァルナードは今日もここで調査を行っている。 自分の出来る事はこれぐらいしかないが、調べれば真実が見えてくる意志を信じて。 「大きいから、部屋もたくさんあるのは納得できますが……時間のズレを感じそうで怖いですね」 隠し部屋も何処かでありそうな予感。遠くから何かが走ってくる小さな音が。 「にゃーんっ!」 「ジョ、ジョリィ?」 アホ……もとい、ジョリィが何故ここまで入って来れたんだろうかと気になったが、当の本人(犬)はシャルの相棒であるハンターに飛びつく。 「んー、このはんたーかんがーっ」 「何ですか、それ」 呆れるシャルに眼もくれず、ジョリィはハンターにスリスリしていたが……。 「うーんうーん、おもいぢょー。でもまんぢょくだぢょー」 数秒後、ハンターに圧し掛かられたジョリィ。 「泣くか嬉しがるかどちらかにしなさい」 呆れながらも、ナガヒサ・レイアイルはジョリィの頭を撫でる。彼が連れてきたのなら納得はいく。 「博士、すみません」 「いえ、こちらこそジョリィが迷惑をかけてしまいまして……そんなことより、頼まれたもの持ってきましたよ」 ナガヒサから手渡されたもの――それは、ツァイトから聞いた情報を基にした図。プリントアウトしたものだ。だが、彼本人も知らない隠された空間も多くあるといい、それはティーマや関係者にしか知らない所だろうと告げられている。 本当は天空遺跡の見取り図か、それに近いようなものを手にしたかったシャル。 あまりにも広い浮遊大陸の成れの果ての中身、どのような配置がなされているのだろうか。 「新たに発見された場所は、ここに書いておくといいでしょう。でも、書き込めるスペースがどのくらい必要かは、その時になってみないとわかりませんね」 この区域は地下6〜9階にある事が分かり、今まで調査していたのは9階である事も把握した。階数を表すような表示物が見当たらないのだから仕方がない。 更に奥深い地下は何階まであるのだろうか……シャルはますます興味を抱く。 「地下格納施設も調査したほうがいいと、ツァイトから言われてはいるんですけどね……大統領の許可が正式に下りない限りは手が出せません」 「地下格納施設?」 「文字通り、武器とか戦闘機の類ですよ。場所は同じ地下ですが、かなり下になります。これから起こり得る事象を予測し、自衛できるものの参照になるものは調査すべきだと」 かなり下というのは、底にあたるものとみてとれる発言だ。 大型だろうが小型だろうが、すぐにでも地上へ投下できるもの、或いは一般市民たる天空階級の住民に事態を悟られぬよう配慮した位置らしい事を、ナガヒサは告げる。 「これから起こり得る事象――って、戦争ですか? もしかして、ノヴス・キャエサルはそんな事も考えているとでもいうのですか?」 不安そうなシャルに、ナガヒサは首を振る。 「それは分かりません。ただ、ティーマだったら、そう考えているのも有りではないのだろうかと。ツァイトはそう思っていますね」 ヴァーヌスヴェレ王朝末期時、このアスールは上も下も戦場みたいなものだった。最終的に安心できる場所など少なかったという。 「時間をかけている場合ではないかもしれない気がしてきましたよ……でも、未だ未知の部分が多いんですよね。八賢者や皇帝の事……特に後者に関しては」 ため息をつくシャル。ティーマに関するものが必ずある筈だと信じ、すぐに調査再開する。 気の遠くなりそうな広い調査対象の空間を見つめながら、好奇心が更に高まっていくのを感じた。 「そういえば最近、匿名希望で情報提供してくれる方が現れましてね」 ナガヒサがメールを見せる。ここ2ヶ月間のノヴス・キャエサルの行動に関するものだった。 「小さな事件も含め、一致しているものが多いですね。こうなってくると、ちょっと不気味さを感じますが……アンドロイドなのに、恐怖を感じるのは変だと思われますが――」 「複雑な感情プログラムを施されているみたいですね。それはさておき……そのメールは一体誰が?」 二人は首を傾げるが、見当もつかないのは当たり前である。 ジョリィもちょっと真似している。 「ジョリィは見てもわからないと思いますけど……」 「ぢぇんぢぇん」 想像通りの答えが返ってきた。 「ともかく、この情報は有難く思わなくては。この提供者もいつか会ってみたいですね」 Scene.8 鳴らない連絡 「SDSからのは来ませんね……」 手に持てるくらいの小さなものを見つめ、ルシエラ・アクティアはため息をついていた。 2ヶ月前に奪取したリシーヴィングセット・テレメールには、ノヴス・キャエサルからのは入ってくるのだが、残念ながらSDSからのはこない。因みに、ナガヒサ宛に情報提供のメールを送信したのはルシエラである。 (SDSは独断で行動でもしているって事なのでしょうか) もしそうならば、連絡が来ないというのは何となく納得はできるかもしれない。 ただ、その部分が妙に引っかかるような気もしてならない。 「相当上の位に位置しているのでしょうか、それとも、ノヴス・キャエサルの一つと言いながら、実は独立して行動しているのか、或いは名を借りただけの便乗犯か……便乗犯はないですね。ともかく難しいですね、これは」 SDSに関する情報は殆どといっていいほど無い。唯一知る事ができるのは、あのビデオメールだけだ。 ルシエラがその組織の存在を知ったのはビデオメールだったが、別に彼女はレイアイル邸にいたわけでも、大統領官邸にいたわけでもない。闇に潜み、あらゆる所から情報を得る事が『怪盗伯爵』としての特技であり、意思なのかもしれない。 新たなビデオメールが来れば、何らかの情報が出てくるかもしれないが、それだけ苛立ってしまいそうだ。 (本当に大統領を辞めさせるのが目的なのかも怪しいですね……) じっとしていても仕方がなく、ルシエラはSDSに関する情報を知る為に、再び行動を再開させた。 Scene.9 非公開会見、そして 次の日、午前4時。 ツァイトの予告どおり、大統領官邸で非公開会見を始めた。 「何故非公開なんですか?」 案の定、不満げに質問する記者たち。カメラは一応許可を出しても、録画は許可しない。動きや音声ではダイレクトに伝わるので、事件が公になるのを良しとしない。マクシミリアンは申し訳なさそうに告げる。 「マグネシア特別顧問官の要望です。詳細はご本人からお伝えします」 ツァイトが前に進み出る。 「パニックに陥りやすい事象なのでな、この形を取らざるを得なかった。発表しても、すぐに記事にはしないで欲しい事をお願いしたい」 静かになったところを見計らって、ツァイトは本題に入る。 「ワイト・シュリーヴ大統領不在ではあるが、それと関係がある事件が発生した。一部の天空階級が騒ぎを起こしている事件が多発しているが……その関係する組織により拉致された。犯行声明も来ている」 ざわつく記者達。 「誰がやったのか、わかっているのですか?」 「まず、一部の天空階級の大型組織の名称を発表していなかったが……ノヴス・キャエサルと名乗っている。大地革命後に発足され、再びヴェレ王国を復興させようとするのが目的だ。ノヴス・キャエサルの名称の件に関しては、今後も控えて欲しい。混乱させたくないからな。情報通信局も同様に守ってもらう」 国営である情報通信局にも知らされていない、『新しき皇帝』の意を持つ組織名。皇帝復活を連想させる理由もあるが、実際、ティーマは健在している事を知るのは数少ない。ティーマ本人も自身の存在を知らしめる意思があるかは現時点で不明だ。 だが、ツァイトは実兄の意思や行動――存在も含めて――によって苦しめられた者が多くいる事を知っている。同じ身であるナーガも然り。 「その組織が大統領を拉致した――?」 今一つ理解し難いように問う記者。 「そのグループの一つらしく、犯人は自ら『SDS』と名乗っている。素性は現在調査中だ」 「あれ? SDSって言葉は確か……新聞の広告欄に載ってなかったか?」 別の記者が口走る。各新聞社が各々自社の新聞を広げ、広告欄の内容を探す。 「うちのもある」 「こっちもあるぞ」 「誰かが情報を掴んで、先に広告として掲載させたとしか考えられんぞ」 記事の内容は、「To SDS 当方交渉の準備有、連絡求む」というものだった。 「新聞配達の時間に合わせたいと言ったのは、そういう事だったのね……」 眉をしかめる様に考え込むシエラ。だが納得はしていないようだ。 「誰だ? こういうのを載せた奴」 グラントも見当がつかない表情。 「犯人側への連絡方法が取れないから、このような方法を取ったまでだ。私が許可をしたから、正式なものと思って構わない」 ツァイトはちらと奥にいるリーフェを見る。目が合った途端に無理やり笑みを作るが、行動がばれたような気がして少し引きつっているようにも見えなくはない。 実は、リーフェが短い文章を送った先がヴェレスティア国内の有力新聞社数社であり、内容は広告欄の文そのままだったのだ。 会見は短めに済ませ、ツァイトが奥へ戻ると、リーフェに声をかける。 「例え出したとて、相手が出すかどうかは怪しい。何らかの理由で読んでいない可能性もあるからな」 「読んでもらえる事を期待するわ」 次の犯行声明が来れば、その内容によっては読んだかどうかわかる筈。 しかし、この日はビデオメールは来なかった。 ○ 「ねえ、調査どころじゃないと思うんだけど」 マイは頬杖をつきながら、エンジュに話しかける。 「確かにそうだけど……でも、あたし達が出来るのは次期候補者の調査――大統領の命令なんだから、仕方がないわよ」 「秘書官って、会議の準備したりとか、スケジュール管理とかするわけじゃない。調査をしつつ、私達も手伝っちゃわない?」 「マイの言い分も分かるんだけど……お邪魔にならない?」 他の秘書官は確かにワイトの行方やら分析やら手伝いをしている。自分達は複数の仕事をやっても支障をきたしたらどうなるのだろうかと、エンジュは気にし始める。 「秘書官がこんなところで何悩んでるかな?」 声をかける中年男性。政府高官のタバル・ポンピドーだ。 「ポンピドー議員、まあ……色々と」 「大統領不在の今だ、海外の政府には健康上の理由で休暇中と伝えてはいるが……事実が伝わるのは時間の問題だな」 「さすが総合情報局の初代長官。一高官のままでは惜しいわね」 「とんでもない。ところで、特別顧問官は何処に?」 タバルはツァイトに用があるみたいだった。エンジュの指す方向に姿を確認する。 手を上げて御礼を示し、去っていくタバル。 「……ポンピドーも次期候補者に入れる? 大統領よりも上だし」 とりあえずマイはタバルの名を記入する。 「そういえばマグネシア顧問官も年上よね……幾つだっけ?」 エンジュの問いに、マイはこんな事を言ってのける。 「外見からして40代じゃないの? あーでもそれだと大地革命の頃が10代になっちゃうか……やっぱり50〜60代じゃないかな。もしかしたら今流行のアンチエイジングなんてしてるかもよ」 手が止まり呆れるエンジュ。 「……見た目は気にしてなさそうな気がするけど」 「いいじゃない。やっぱり次期候補にピッタリなのは、やっぱり顧問官しかいないわよ」 何かツァイトに対して執着を持っているような気がする。声は低いし顔は怖いが、中身は別だ。マイはああいうタイプが好みなのかと、エンジュは更にそう思いながら呆れた。 ○ 「……何をやっているのですか?」 タバルが声をかける。ツァイトはナーガの手をかざして、言葉を呟いているようだった。アスール語ではない、ソラリス語でだが。 「ポンピドーさん、一応おまじないをやっておきたいなあと――」 「まじない? 皇和語で呪いと書いてそう読むアレか?」 呟くような言葉を止めると、ツァイトは少し顔を赤くするような表情をする。 「ちょっとな……なあ、やっぱり視線が気になる。はっきり言って誤解される」 「何を言ってるんですか、リミッター緩和の為にやっているのなら、人目は気にしなくても」 「今の状態が気になるんだ。これではまるで――」 「カップル、ですね」 タバルの一言で、ツァイトの表情が怒っているように見える。 「俺は別にそういう事でやってるわけではないからな」 「何を言っているんですか、親子でもやりますよ」 ナーガは本当にそう思っているのか、嬉しそうに笑みを浮かべている。 「お、親子……か。確かに見た目は親子ほど離れていますね」 納得するかのように、タバルは頷く。 「で、何か用があってきたのだろう?」 話題を変えてくれと言わんばかりに、かざした手を引っ込めて問うツァイト。 「ああ、そうでしたね。大統領の車が発見されたのは良いですが、手がかりになるようなのが残ってると良いのですがね」 「それなら大丈夫でしょう。あのアノールには防犯カメラとか設置している筈ですから」 ナーガの発言に、意外そうにタバルが目を丸くする。 「……お前さんがL・Iの、しかも市場に出回っていない車に詳しいとは思わなんだ」 「え……あ、今ナガヒサさんの家にお世話になってますし、車も見させてもらってるので……」 慌てて誤魔化すナーガ。L・Iインダストリーの元社長がこんな若い姿になっているなんて、自分の口からはとても言えないし、相手にとって知らないほうが良い部分もある。 「なるほどね……それで、殿下。民放は元より情報通信局にも規制をかけるとは、余程の事がない限り、いつ反発するところが出るかもしれませんよ」 「殿下はやめろと言っているだろう……とにかく、お前にも頼みたい。総合情報局及び司法公安局に情報漏えいの監視を命じて欲しい。できるだろう?」 「国内外問わずか?」 「そういう事だが……できればヴェレスティア内で治まる事を望むよ」 これはヴェレスティアの問題。もし国外にワイトが拉致されているのならば、ある意味国際問題になりそうな気がしてくる。 ツァイトはそれが気がかりでもあった。そして、もう一つ。 (ナーガの問題もある……ノヴス・キャエサルはこの一件、何処まで把握しているのだ?) |