『Velle Historia・第2章〜煌めく風の息吹』  第2回

ゲームマスター:碧野早希子

 ヴェレ王国の生き残りで天空階級の身であり、現在は惑星キャエルムでアスール担当外務長官を努めているツァイト・マグネシア。
 彼は毎月アスールに来る時、会談期間中はレイアイル邸に部屋を借りる事になっている。
 まあ、元々この屋敷はツァイトが所有していたものであり、大地革命後にナガヒサ・レイアイル(ナーガ・アクアマーレ・ミズノエ)に譲渡したのであるが……。
「ああ、シュリーヴ大統領からの正式発表でな、まさか無期限の中断になろうとは思わなんだ。俺の気を察してかどうかは……いや、ワイトも同じか……」
 病院から戻ったのは夜。私用の電話ではあるが、通話のみの設定をしている為に、相手の顔は表示されない。
 ヴェレスティア大統領、ワイト・シュリーヴが一部の天空階級の動向を理由に会談中断の発表をした。別に会談中止の脅迫を受けたわけではない。本当の理由はナガヒサの心配であったが、不穏な天空階級の動きも気になるのは事実だ。それに事故の真相は未解決のままであり、司法公安局は事件事故両面から捜査をしているというニュースが流れている。
「便乗して会談の場である大統領官邸を襲撃――というのは?」
「確かに、革命後過去に何回もあるからな、ザルドズ。ワイトもそれは否定できんだろう」
『ザルドズ』と呼ばれた電話の相手は、別の話をふる。
「ところで、無期限という事はキャエルムにすぐに戻ってくる事ができるとみなして宜しいかな?」
「俺の補佐官たるお前が、そんな楽観的な事を言って良いのかな?」
「そうは言ってない。俺だって心配だからな……ナーガの容態は?」
「今のところ安定している。だが……引っかかるものがある」
 それ以上は言わない。何か言わなくとも、向こうに情報が伝わっているのかもしれない。
「会談が中断したのならば、お前も事故現場に行けばいいと思うが」
「いや、そこは既にやっている者がいるから手伝う事はないな。むしろ、あの血液を運んだ奴が気になる……」
 ザルドズと少し話をして、ツァイトは通話を終了した。
 1人で分厚い本を広げる。ソラリス語で書かれているそれは、内容こそ分かりづらいが図解からして数式らしきものが伺える。そこに1枚のカードがはさまれており、手にする。
 ツァイトは目を細め、少し悲しそうな表情をしながらそれを見つめていた。
 そこには、ソラリス語で書かれていたが、あの文字も印刷されていた――『O−SDDDeSb/ZMV』と。
(これを見せるべきだったろうが……必要なかったしな。しかしあの貴重な血液、一体何処から手配したのだろう?)
 そして、それを運んできたマージナル・クロックワークという気になる存在。
(確かに何処かであった気がするのだが……あんな顔じゃなく、もっと別の――俺と似たような、或いは正反対に近いような……)

Scene.1 アムリタ、甘美な意の血液

 ヴェレスティア総合病院、集中治療室。
 ウィンディア・シュリーヴが、苦笑いしている。
「何をやっているのですか?」
「見てのとおり、お花の飾り付けですよぉ」
 リュリュミアが、天空遺跡にまいて作った花畑から花を摘み、室内を飾っている。
「それは有難いのですが……でも多過ぎですよ」
「え? そうですかぁ?」
 確かに飾りすぎである。この室内だけ別空間のようだ。
「花瓶に入れるぐらいの量で良いんですよ。それに、どちらにしても花粉とかで掃除をしなければなりませんしね」
 病院はホコリ一つあっても気をつけなければならない。病原菌が含まれてでもしたら大変なのだ。
「でもせっかく持ってきたのにぃ……」
「他の病室でも花を持っていって、分け与えて下さい。患者さんはきっと喜びますよ」
 リュリュミアは残念そうな顔をしたが、仕事の邪魔っぽく見えてしまうのか、言うとおりにした。
「それにしてもぉ、早く目覚めないかなぁ。何か顔が若くなってるみたいだし、可愛く見える気もするよぉ」
 ポッドの中のナガヒサを見ての感想。髪が更に伸びている為か、顔が良く見えないが、確かに若くなっている気がする。
「元々博士は年の割りに顔が若いですからね。でもそこから出るには未だ時間はかかるみたいですから」
「えーっ、未だなんですかぁ。残念ですぅ」
 水の中って気持ち良さそうだなあ……ナガヒサの微かな花の匂いが人工羊水に移ってたりしないかなあと、リュリュミアは花を片付けながら思った。
 ふと、風が吹いてきたのを感じ、首を傾げる。
「部屋の中なのになんでかなぁ? それにスーッとするような感じがするよぉ」
「今エアコンをつけましたから。換気も重要なのですよ。フィルターを通してあるから、そう感じるのかもしれませんね」
 にっこりと笑むウィンディア。そこへドアが開いて、ツァイトが入室してくる。
「ウィンディア、ナーガの容態は?」
「外見は少し変化していますが、異常はありません。それは……輸血用IDカードですね?」
 ツァイトが手にしているカードを見て、ウィンディアが問う。『O−SDDDeSb/ZMV』が印刷されたカードだ。
「もしナーガの容態が悪化したら、これを使用してほしい。本当はこれを真っ先に見せたかったのだが、あのアムリタの手配の件もあるしな」
 考え込むウィンディア。
「あれぐらいの輸血の量でしたら、悪化する事態は低いと思われますけど……宜しいんですの?」
「あいつの魔導がどうなるかはわからんが……それで人一人の生命が助かるのであれば」
「わかりました……お預かりします。長官、直々に持ってきて下さり、感謝いたします」
「ところで」と、ツァイトは話を変える。
「風の感じがおかしい気がする。お前もそう思わないか?」
「え? 今換気をしているところですから――」
「それじゃない。場の空気というわけではないが……病院の外で数人、怪しい奴を見かけた。すぐに何処かへ行ったがな」
「そういえば、博士が運び込まれた時も嫌な空気がして……」
「行動を起こされるのは時間の問題だとしてもだ、どのタイミングでというのが問題だな」



 その頃、アムリタと刻印されていた容器に入っていた血液に関して、リーフェ・シャルマールとマニフィカ・ストラサローネはトキホ・ペインとマーガ・グレイに協力している。
「一適も残さず使い切るというのは有り得ないから……ほら、やっぱり僅かに残るっていうのが液体なのよ。飲むと不老不死になると言われているアムリタと、永遠の生命を願った皇帝……」
「皇帝って……あのヴェレ王国の皇帝の事か? 歴史の本でもあまり公にされていない人物の事、よく知ってるな」
 マーガは感心している。まあ、リーフェの持ってきている資料を見れば、嫌でも知るのは明らかだ。
「公になっていないのですか?」
「その皇帝に関しては、我々一般人にはまったくといっていいほど知られていないのですよ。どのような顔をしていたのか、どのような行動をしていたのか……噂ですが、殆ど人前には出なかったという事です」
「支配者なのに出てこないとは……顔ぐらい見せても罰は当たりませんわ」
 故郷では王女の身であるマニフィカは呆れてものがいえない。
「その血液、サンプルとして分けて欲しいけど……無理なら貸し出しでもいいから」
「研究熱心なのは良い事だ。貴重なものである事は間違いないから、ここで調べてくれないか」
 血液の貸し出しという事にはなったが、リーフェは感謝する。
「数十億分の一の確立である特殊な血液なら、万が一に備えて自分自身の輸血用に採血して保存すべきです。代行で稼動しているアンドロイドを用意しておくほどですから、博士はそれくらい用心をしていても不思議ではありませんね。もしかしたら、このアムリタは博士から採血したものに手を加えたものではないのでしょうか?」
 マニフィカの問いに、トキホは手を止める。
「ご本人から聞いた話なのですが……若い頃、強制的に採血された事があると。ただ本人の口からなので、実際に記録で残ってるのはありません。その事を知っているのは、マグネシア外務長官だけです」
「記録がない。今まで病気にかかったりした事は?」
 トキホは横に振る。どうやら大地革命後から今まで病院のお世話になった事は無いらしい。
「……それは困りましたね。でも、強制的というのが気になります」
 若い頃といえば、大地革命以前のヴァーヌスヴェレ王朝に採血されたのは間違いないだろう。天空階級の一部の不穏な動きと関係あるかもしれない。
 マニフィカが考え込んでいると、リーフェが眉をひそめる。
「こんな事ってあるの……?」
「どうしたのですか?」
 リーフェが顕微鏡を指しているので、マニフィカが覗き込む。
「細胞? いいえ、これって赤血球や白血球ですよね……細胞分裂のように増えているようにも見えますし、こんなに活発に動いている血液は初めてですわ」
 血液検査で見るようなサラサラと流れるものではない。細胞のように動き、余程の事がない限り凝固する事のない血液。血小板も同じように動いているのだから、これなら例え怪我をしても早く完治してしまうかもしれない。
「それがSDDDeSb型の血液です。また、マグナに関しても異様に高く反応すると言われていますが、未だ未知の段階なので何とも……」
「で、その血液とは限らないが、別の型のを加えると、危険分子だと判断してお互いの赤血球た白血球が戦って打ち消しあうらしい。或いは、パズルのピースのようにはまらないものが出てきて、血液本来の機能が半減してしまうという事も考えられる」
 マーガとトキホの話に、リーフェとマニフィカは息を吐く。
 資料の中にアムリタが書かれている箇所を探し出すリーフェ。しかし……。
「書いていない? おかしいわ、貴重な血液ならば、何処かにアムリタと書かれていてもおかしくないのに」
「それは本当に書いてありませんか?」
 確かに持ってきた資料の中には、何処にもアムリタの事は書かれていない。
「余程の最重要なもの……記してはいけないものって事に見えるわね」
 輸血ならば増血剤を使用する筈だと思い、リーフェはトキホにその事を聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
「増血剤を使わずとも、この血液は自ら作り出せるようです。ただ、それが異常なほどの速さで造血するとは今までに見た事がありません」
「おもしろいわね……まるで体力を保つようにプログラム通り動く血液に見えるけど。人間の機能にも未だわからない部分ってあるのだし、これは遣り甲斐のある仕事ね」



 数分後、ドアが開いて梨須野ちとせとマリー・ラファルが入ってきた。
「邪魔してすまないね、ちとせが調べて欲しいものがあるって持ってきたよ――因みにあたしは護衛」
 マリーの肩から降りるちとせ。持ってきたのは、王宮から発見された骨の一部。
「ウィンディアさん、無理を言って申し訳ありませんが、この骨を調べてもらいたいのです。これが皇帝のものかどうか」
「皇帝……って、本当に?」
「だからそれを調べてはっきりしたいのです。可能ですか?」
 ツァイトが骨の一部を持ち、まじまじと見つめる。
「……何か違う気がするのだが……気のせいかもしれんしな」
「何が違うのですか?」と、ウィンディア。
「いや、何でもない。それより、調べようにも比較する為には皇帝のDNA等が無い。残念ながら、それらのは何処にも無いのが実情だ。『あれ』は、あまり血液やら遺伝子を残すのを好まない性格らしかったからな。もしも残したとしても、どう使おうとしていたのか分からん」
 ツァイトの言う『あれ』とは、皇帝の事を指している。
「ですが、一応骨からDNAとかは採取できる筈。それを取っておいて、後で皇帝のDNAが含まれたものが発見されたら調べればいいと思いますが……どうですか?」
 静まる空気。ウィンディアの提案に、ちとせはため息をつき、
「そうですね、焦っていても仕方がありません」
 ちとせはDNAを採集してシャーレに入れて保管した後、ナガヒサの見舞いをする。
「若く見えるという噂は聞いていましたけど……本当ですね。もしかしたらその血、ナガヒサさん本人の血かもしれませんね。中のマグナエネルギーで外見が若返ったような気がしますし」
 ツァイトはナーガの血液に関して、否定的な返答をする。
「ナーガは確かに血を何度も抜き取られた事はあるが、決して自分の輸血用にとっておいた訳ではないようだな」
「どういう事だい?」
 マリーが問う。ツァイトは額に手を当て、迷っている表情をする。
「皇帝の為の輸血用……そう聞いている。採血や輸血されたところは見た事無いが」
「皇帝用の? つまり、皇帝の血液型はO型でSDDDeSb型という事に……」
「そうなりますわよね。O型は他の血液でも輸血可能だから、皇帝は別の血液型の可能性はあるにしても、SDDDeSb型は考えられますね」
「他に薬を投与された事もある……ヴェレにいた頃のナーガは、採血や投与等で苦痛する表情が多かった」
 ツァイトはそれ以上言わなかった。ウィンディアも黙ってしまう。
「もし、アムリタの血液がナガヒサさんの血液でなかったとしても、投与させる事が目的で事故を起こさせたのだとしたら……あまり選択の余地がなかったとはいえ、あちらの思う壺だったのではないでしょうか」
 ただしメリットが分からない。ちとせはそう付け足す。
「一部の天空階級――『ノヴス・キャエサル』の仕業か」
 深刻そうなツァイトが口にした、初めて聞く名。
「それが、不穏な動きの名かい?」
「ニュースでは流していないが、そういう組織は革命後から活動している事は分かっている。一般には知らせないように、ワイトが情報操作を命じている」
「なら、この骨が奪取される恐れがある……といっても、その様子が感じられないね」
 首を傾げるマリー。ツァイトは腕を組んだまま黙っている。
(つまり、骨は重要ではないという事か? やはり皇帝は……)

Scene.2 知るべき事、知らざる事

「ナガヒサは一命を取り留めたみたいだから、俺も犯人探しに協力するぜ」
 総合病院で張り付いていても仕方がないと判断したグラント・ウィンクラックは、A・ナガヒサ・レイアイルとエスト・ルークス達と合流した。
「有難う……でも君がそんな格好するなんて珍しいわね」
 グラントは髪を束ね、黒いスーツに黒のサングラスでやってきたのだ。
「SPだ。そっちのナガヒサの護衛って事で。逃げられないように一応の用心はしておかないとな」
「何だか申し訳ありません。博士の代理とはいえ、守られていいのかどうか」
「心配しない。わたし達はあなたを守る事で、本物のナガヒサを守っているのだから」
 この区画の地図を見ているシエラ・シルバーテイルが言う。
「犯人に繋がる重要な情報を得、これから詳しく検証するって周りに言っちゃったけど……この言葉で犯人が引っかかってくれればいいんだけどね」
「難しいですね。もしかしたら、嘘だっていう事がばれている可能性も捨て切れませんよ」
 何か否定的に聞こえるA・ナガヒサの台詞。
「それ言っちゃあおしまいじゃないか?」と、グラント。
「私は現実的に言っているだけですよ。本物のナガヒサだったらそう言うでしょうねえ」
 あははと笑むA・ナガヒサ。性格も殆どそのままプログラムされているとはいえ、この人間臭さはなんだろうかと気になってしまう。
「ひっかかりひっかかり」
 足元にはアホ……もとい、犬のジョリィが前足をパタパタ動かしている。そしてその横には、ジュディ・バーガーの蛇ラッキーセブンもがくるんと一周してジョリィに巻きつける。
「うにょーんっ、ひっかかっちったぢょー」
 大げさに騒ぐジョリィ。ジュディは両手を広げて、
「いつものスキンシップですネ〜」
 ともかく、手で額を押さえつつ本題に戻すシエラ。
「ブレーキ痕が無いから、わざと当てるようにプログラムがしてあると見ていいわよね。もしわたしが犯人なら何処から狙う――いえ、奇襲するかしら?」
 シエラは周囲を見渡す。事故現場である国立会議場には、広い駐車場がある。建物も区画整理されていて、隠れるようなところは見つけられない。
 ジュディは少し前に、CGシュミレーションで再現を試みた事がある。犯行の再現を試みる事で、新たな事実や見落としが発見できるかもしれないと思った。
 その時はA・ナガヒサとL・Iインダストリーの協力でやってみたわけだが。
 国立会議場の前に車を待機させた可能性が考えられる。
「プログラムを細工しただけで、隣町から特定の人物に無人の車を衝突させる事ができマスかネ〜? 微妙なタイミングもあるはずデース」
 その疑問に答えたのは、A・ナガヒサだ。
「できますよ。GPSでより詳細な場所の指定や時間の秒単位でも設定できます。スピードもね。あとは顔認証システム搭載型でも、プログラムを変えれば追跡用に転用可能です。まあ、こういうのは司法公安局の車以外使用出来ません。改造とかしたら違反ですよ」
 忘れていると思うが、ナガヒサ(ナーガ)は魔導科学博士であり天文学博士、そしてエンジニアの顔を持つ。A・ナガヒサの記録されているのは、彼の知識の他に事典等の説明も含まれている。
「ナルホド……難しいですネ〜。ふと思ったケド、仮に事故を装うなら、もっと証拠隠滅に気を配るはずですヨ〜」
 確かにジュディの言うとおりだ。
 無人操作のプログラムに細工するのには限度がある。ナガヒサの体格や外見というデータを残すのは片手落ちだ。
 形跡を残すのは不自然だとジュディは感じたのだ。
「捜査するには楽に見えますネ。デモこれでは、故意である事を発覚するのを承知しているように見えマ〜ス」
「つまり、どういう事だ?」首を傾げるグラント。
「つまりですネ〜、『ナガヒサが偶然にも交通事故に遭った』という状況を、一時的でも演出する事が目的って事じゃないかナ〜」
「でも何の為によ?」眉をひそめるシエラ。
「偶然を装って博士を助けてですネ〜、緊急事態を口実に何かをって事だと思うネ。そこで一人の人物が気になりマース」
「人物?」エストが問う。
「天文学者のマージナル・クロックワーク博士デース。輸血用の血液の一件、病院でその事を聞いて怪しいと思いマシタ」
 しかし、仮説を立証するには説得力のある証拠が必要だとジュディは告げる。
「ジュディさん、凄いじゃないですか」
 A・ナガヒサに感心されて、照れるジュディ。
「実は刑事ドラマの受け売りデース。『現場重視は捜査の基本』ですからネ〜」
「なんだ……受け売りなのね。でも考えてみれば、前もってスケジュールを把握していたクロックワーク博士も容疑者と考えてみてもおかしくないわ」
「なるほどな、予め知っていりゃな。となると、俺達の行動もある程度把握できるんじゃねえかな……ん?」
 グラントが不審者を見つけ、走り出す。向こうに隠れているようにこちらを見ている一人の人物がエスト達にも確認できる。
「普通の人に見えるけど……」
 不審者はグラントが近づくのを見、目が合った途端に逃げ出した。
「どうするのですか?」
「不審者らしき者を取り押さえる!」
 いや、取り押さえる前にそのままアジトに行ってくれたら、容赦なく捕まえてやる。グラントは足の速い不審者の後を追った。
 着いたのは、川の橋の下。川によって堆積された土に降り、腰まで伸びている雑草をかき分ける。
「ここに逃げ込んだはずだがな……もしかしたらアジトがあるかもしれない」
 突然、足元をつかまれて倒れそうになる。
「っ……!」
 何とか振り払って離れ、『召武環』で破軍刀を召喚するグラント。
(他にも向こうの仲間が隠れている可能性がある……隙なぞ与えさせんぞ)
 自分の気を込めて破軍流星を放つ。雑草も刈り取られ相手が見えたと同時に倒れるのが見えた。
「一人だけか……? それに、アジトらしきものがないという事は――」
「大丈夫?」
 エスト達が追いかけてきて、風景が少し違っているのに気付く。苦笑いするシエラ。
「なんというか……ある意味草刈ついでに倒したって感じね」
「OH、ジュディ真似できまセーン」
「真似しなくていいですから……それより、その人が私達を見ていたと?」
 グラントは頷き、倒れた不審者に近づく。
「おい、何で俺達を見てたんだ? 答えろ!」
 相手は何も答えない。反応も無い。まるで操られたかのような目つきをしている。グラントはコンクリートの塊を持ってきて、16分割にしようかとやり始めたが、
「ちょっと待って下さい……これは、私と同じアンドロイドのようですね」
 A・ナガヒサが言うので、グラントは改めて瞳の中を覗き込むと、確かに瞳孔の部分がカメラのように見える。
「何も話さないようにプログラムされているのかしら?」
 考え込むシエラ。ジュディは
「こーゆー場合はデスネ、緊急停止スイッチがあるはずネ。それを押しちゃいまショウ。調べるのはそれからでも大丈夫デショ?」
 緊急停止スイッチを押してもそこまでの記録は消去される事はない。もし遠隔操作で操っていたとしても電波を遮断されるはずだ。エストはとりあえず押す。
「これでいいかな。あ、私ちょっとインダストリーに行かなきゃならないんだけど……いい?」
 途中で抜けるのは気がひけるのだが仕方がない。エストを見送った後、周囲を再度見回すグラント。
「アジトらしきのは無かった。あーあ、斬り足りねーなー」
 わざと大声で言ってみるグラント。このアンドロイドの仲間が何処かで隠れているかもしれないからだ。
(人の気は感じないか……やはり一人だけって事になるな)
 


 数時間後、L・Iインダストリーに赴くエスト。そこには、トリスティアがいた。
「おまたせ」
「ここって凄いね。色んなものが作られてる。さすがナガヒサの息子さんが跡を任せてるだけあって、皆生き生きとしてるように見えるよ」
「したいことがここにはあるといっても過言じゃないからね。まあ、他にも専門のお店や工場はあるけれど」
 2人は中に入り、社長のテツト・レイアイルが出迎える。
「今日もお忙しい中、ご協力いただきまして感謝します」
「あのー、そんなにかしこまらなくてもいいんだけどなあ……エスト姉さん」
「何いってるの、血は繋がってなくとも家族の一員だって事が言いたいんでしょ。仮にも君は社長なんだから」
 トリスティアはぷっと笑う。
「いいなあ、こういうのって。そういえば、この社長さんは家にいないよね?」
「僕は仕事のトラブルに備えて、近くのマンションを借りてるんです。父さんには悪いけど……で、具合は?」
「今のところ落ち着いてるわ。ただ外見が若くなってるみたいで……」
 少し目を丸くしたテツト。その理由を聞くと、首を傾げながらも少し困った顔をする。
「そうか……父さん、あまり昔の事とか自分の事話さないからね。一人で抱え込んで、無理して隠してるように見える。さて、お待ち兼ねの分析結果が出たので、こちらへどうぞ」
 中を通され、向かった先は『自動車部門』のエリアだった。結構広い。
 エストはトリスティアに頼まれて、盗難車の所有者にあたってもらったり司法公安局の捜査による進捗状況を調べた。
「所有者と博士との接点は無し。私も知らない人だったけど、結構美人だったわよ。捜査の進捗状況に関しては、車以外はあまり進みが変わってないみたいね。むしろ、私達のほうが情報を得るのが多くて早いって事」
「それって……他のところに割いているから芳しくないっていう風に聞こえるんだけど」
「でもね、上からの圧力でこれ以上は捜査しにくいって事もあり得るかもしれないわね」
「上からかあ……この場合はあったのかな?」
 首を横に振るエスト。ないと思いたいが、実際はわからないという事だ。
「事故車の分析だったね。実物は司法公安局にあるから向こうでするしかなかったけど……」
 分析調査の映像を映す。フロント内部は複雑に絡み合っていて、性能が良さそうにも見える。ただし、ランプ付近は完全に潰れていたが。
「うわあ、ひどいね。修理するお金がものすごくかかりそう……」
「車の製造元は我々L・Iインダストリー製のものと判明しました。ただ、改造はされているようですね。所有者に確認したところ、数日前ですが代理店でオプション――制御装置プログラムをつけたのだそうです」
「代理店? もしかしてメッツァっていう隣町のところで?」
 頷くテツト。一枚の紙切れを渡される。そこには、代理店の名前とオプション取り付け内容、値段等が書かれていた。
「プログラムは向こうの専門プログラマーがやったみたいですが、数日前から無断欠勤していると聞いております」
「何か怪しいね、そのプログラマー。タイミングよ過ぎって感じがするよ」
 得られた情報はこれだけだが、とりあえずワイトに連絡してみるトリスティア。
「――というわけで、司法公安局を数人まわして欲しいんだけど」
「容疑者を逮捕するには、場所とタイミングが必要だ。気をつけてくれ。それと、これは極秘なのだが……」
 ワイトの言葉が一旦途切れたが、重い口を開くように、こんな言葉が告げられた。
「司法公安局の中にも、不穏な動きをする一部の天空階級に組している人間がいるという情報を、最近こっちに内部告発してきた。誰かは今のところ調査中だが……下手をすると大変な事になりかねない。気をつけてくれ」

Scene.3 知るべき事、知らざる事

 一方、天空遺跡(ヴァーヌスヴェレ・ルイン)・地下の胎児育成施設では、シャル・ヴァルナードとエルンスト・ハウアーが調査続行している。
「外に出る頃には時間が進んで世界も変わっていたら嫌ですよねえ」
 大量の資料と格闘しながら、シャルが洒落にならないような言葉を口にする。
 彼の相棒犬ハンターがちょこんと座っている。得た情報を向こうに伝え、また病院で得た情報をこっちへ伝えて欲しいというメモを添えて病院と遺跡を行ったり来たりしている。ついでに、胎児育成施設にこもる為に食料調達も頼んでいた。
「意外なのは動物実験もやっていた事ですね。人間にも施した生体爆弾や身体強化……言語を解する為の事もやってたんですか……話すといえば、元気すぎるジョリィはそれの子孫って事になるのでしょうかね」
 真っ先に思い出すのは、ハンターを抱きついてスリスリしているジョリィの姿。あんなアホ……じゃなくて犬に、暗い過去がある様子はまったくない。未だ3歳(人間の年齢でいえば大人だが)なのだから関係ないのは当たり前か。
「考えられなくはないのう。じゃが、それはいつか調べるとして、優先的に調べたいものをしなくてはのう」
 エルンストの調べたいもの――皇帝がどのような選択をしたのかを。
「精神に関する研究をしていたとはいえ、恐らく神の次元にたどり着くには技術のみでは、この文明でも相当困難な筈じゃろて」
 それを踏まえ、その研究をしており、かつ理想から遠くても多少なりとも現状の手持ちの技術で不老不死に繋がるもの。それは、本当の不老不死ではないがそれに近い方法が存在するという事だ。
「不老不死……ですか」
「そうじゃ。例えば、神や精霊の憑依や幽霊が何かに取り付く現象」
「何か――というと、人や動物、物にまで取り付くって意味ですよね」
「あれの応用でじゃ、まず肉体と精神或いは幽体を切り離してのう、若くてまっさらなクローンの肉体に乗り移る。元々自分の肉体で精神も無垢なクローンなら、乗り移っても拒否反応は起こらんて。これを繰り返せば、自分の肉体を持ちつつも若いままというわけじゃな。ま、これは擬似的不老不死じゃ」
 肉体と精神の切り離しに手間がかかるならば、何らかの事故や病気で即死んでしまえばお終いである。すぐに肉体から精神が抜け出せたとしても、土地の力や強力な怨念、無念などを持つ幽霊や何らかの精神生命体らしきものならいざ知らず、単に抜き出されたり、或いは抜けただけの無防備な幽体や精神はすぐに肉体を見つけない限り、時間と共に霧散するか敵に発見されて術で簡単に滅却されるのがオチだと、エルンストは説明する。
「運が良くて浮遊霊かのう。恐らく、リスクを減らして少しでも同じ肉体を使う為に、クローン体に長命種族の因子を組み込むような小細工でもしているのではないじゃろか。後は時間の余裕を本物の不老不死研究に振り向けるだけっていう事じゃな」
 興味の引く事になると話が長くなってしまう。シャルはこういうのには専門ではないが、もしかしたらその中に情報を得るヒントがあるのかもしれない。
「なるほど、確かに考えられますが……資料によると、精神的な実験の成功例はあまりないようですね。余程苦労したように見受けられます。他の人間であれクローン体であれ、精神や魔導の強さが精神転移の鍵になりますね」
「それに全員が対象というわけでもないようじゃのう。ともかく、昨今の騒ぎは何処かに若い姿の皇帝がおって自由に動き回り、なおかつある程度の長生を得た自分の伴侶として、長命種であろうナガヒサ君を求めているとか……になるのかのう」
「ナガヒサさんが長命種……という事ですか? でもアスールで生まれたとはいえ、考えられなくもないですね。確証はないですが。それに、ナガヒサさんは男ですからね……もし皇帝がそのように生きているとしても、同性に伴侶にされたら嫌でしょうに」
 苦笑いするシャル。自分だったら絶対に嫌だと言っているかのように首を横に振る。
 ふと、一枚の紙に目をやる。
「どうしたのじゃ?」
「これって……八賢者の血液型リストですよ。でも変ですね」
 皇帝の血液型が書かれたのは何処にもなかったが、これがあったのは幸いだった。ただ、名前は書かれておらず、色とその血液型しか載っていない。
「そういえば、ナガヒサさんが『八賢者はあまり人前には出ず、殆どの人が名前や姿を知らない』と言ってましたよね。つまり、ここの施設の人間はまったく名を知らないという事です」
 色は赤、青、黄、緑、白、黒、紫、灰の八つあり、血液型に関してはその内5つしか表示されていなかった。ABO式ではバラバラであったものの、そのどれもがあの特殊な『SDDDeSb』型であった。
 O型に該当するのは青と黄のみであり、A型は赤と緑、B型は白であった。残りの黒と紫、灰は横に線が引いてあった。不明なのか調べる暇がなかったのかはわからない。
「名ではなく色とは……何かの暗号にしか見えんのう」
「きっと司っている象徴の色なんでしょう。ナガヒサさんは水の賢者ですから……青に該当するようです。黄色のが誰かは気になりますが」
「司るものもな……ただ、皇帝に関しての資料がまったく無いというのはどういう事じゃろう? 最重要機密じゃったのかな? それとも記録するなと命令でもされていたんじゃろうか」
 二人は考え込む。皇帝と八賢者の謎は深まるばかりだ――例え、ナガヒサの事であっても、未だ分からない部分があるのかもしれないが。

Scene.4 静かなる夜の襲撃

「……存在しない? マージナル・クロックワークが?」
 レイアイル邸に戻ったツァイトはリビングで電話を受けたのだが、驚きを隠せない。
 向こうの相手は、政府高官のタバル・ポンピドーだ。
「間違いありませんね。現在残されている天空階級の生存リストにも死亡リストにも、改名届のほうも調べさせましたが、何処にも載っていないという事です」
「総合情報局の設立者にして初代長官であるお前の言う事だ、間違いないだろう」
「『元』ですよ。今は一政府高官の身です。それにしても……あのマージナルという人物の素性は調査してもわかりませんでした。住んでいるところも不明。お手上げですよ」
「ヴェレ王国政府外部情報部3課に所属していた身で何を言ってるんだか」
「それも『元』ですよ。それに、私がそれに反してインフルエンティアに所属していた事は承知でしょう」
「二重スパイ――モールだったからな。俺もお前もヴェレの裏切り者だ……未だリミッターは解かれていないのだろう?」
 タバルにかけられたリミッターは、外部情報部に配属されてすぐの事だったという。誰にかけられたかは覚えていないが、ある特定の人物の個人情報を調べられないようにしている。
「皇帝、IGK、特別天空階級、そして八賢者――自然的にまったく気にはしていなかったのですが、この前、レイアイル博士が八賢者ではないかと聞いた事があるのですが……本当ですか?」
 一瞬ピクリとするツァイト。とりあえず誤魔化す。
「さあ、どうだがな……ともかく調べさせてすまなかった」
 電話を切ると同時に、ラウリウム・イグニスが入ってきた。
「長官、今後のスケジュールはどうしますか? 無期限とはいえ、いつ再開されるか――」
 途中で言葉を制するツァイト。
「その先は言わなくていい。アスールにいても仕方がないのはわかっているが、気には……っ」
 突然、気分を害するような表情をし、床に崩れ落ちるツァイト。
「どうしました?」
「……この感じは……やはりあいつは……!」
 嫌な予感というものは、過去の思い出をも引き出してしまう事がある。
(歴史は繰り返される、という事か?)
 暫くして再び元の状態に戻った。だが、心の中では胸騒ぎがしてならないのだ。



「ある程度のファクターがそろった……もうそろそろいいかもしれないな」
 中央行政府の高層ビル群の一つの屋上にて、何者かがそう呟く。
 何の事かは不明だが、ナガヒサの事も入っている可能性は大だ。
「さて、本格的に動いてもらおうか。新たなる夢の為に」
 背後で待機していたと思われる者が数名、立ち上がって瞬時に消えた。



 ツァイトが病院を出て数時間後の夜、それは突如訪れた。
 遠くから悲鳴が聞こえ、ウィンディアが扉をロックする。
「嫌な空気……予感は当たりですね。隙をつかれるとは」
「ドクター・シュリーヴ、怪しい人がそちらに向かってますが……一体何が起きてるんですか?」
 受付からのインターホンであった。武装したような黒い人間が数人、集中治療室へ向かったという。既に十数名の医師や看護師、患者が怪我を負っている。死者も数人出ているようだ。
「安心して下さい。こちらもロックしましたから、何とか持つはずです。貴方も避難を」
 狙いは間違いなくナガヒサだろう。ウィンディアはそう確信すると、ワイトに連絡を取る。
「どうした?」
「ノヴス・キャエサルらしき組織の人間が数名、集中治療室へ向かっているとの連絡を受けました。ただ今封鎖中です。狙いは博士です、間違いなく」
「本格的に動いたか……何とかして守れ。特別機動隊をそちらへ向かわせる。今そこには何人いる?」
「現在、私を含めて数名。医療スタッフの他に、博士を心配して来てくれる方が何人か……私も戦えないかしら?」
 ウィンディアの言葉に、ワイトが呆れる。
「何を言ってる。第一、何処に武器が――」
「私も護身用の拳銃は持ってますよ。それに、メスだって立派な武器になります」
「メスは武器にならない。あれは人を救う為の医療器具だ。こんな事態だが、止むを得ない場合はあれを使う事も許可してやるよ」
「こんな狭そうな部屋で使ったら大変じゃなくて?」
「お前なら何とかなるだろう。ともかく、私もそちらへ行く」
 通信を切り、ポッドの中のナガヒサを見る。
 何も知らない彼の表情は穏やかだ。時々空気の泡が漏れているのが確認できる。
(どうにかここを守らなくては……患者を守るのが私の使命だから)
 この先の時間が、果たしてどう進んでいくのか……ウィンディアは知る由もない。
 ただ医者としての意志が、恐怖に打ち勝つのかもしれない。
 ワイトや特別機動隊が到着するまでには、ここを守らねばならないのだ――。

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