『Velle Historia・第1章〜忌わしき水の記憶』   第4回

ゲームマスター:碧野早希子

『一つの区切りは終わりけど、別の事も現るる』
 そう――これは、ほんの始まりに過ぎない。
 そんな事を考えてしまう。
 時はいつだって、一つ終わればまた別のが出てくる場合だってあるのだから……。

Scene.1 新たな一歩はここから?

 ヴェレスティア共和国。ナガヒサ・レイアイル(=水の賢者ナーガ・アクアマーレ・ミズノエ)邸。
 困ったように苦笑いする彼の目の前に、現金が飛び込んできた。
「これは一体……何の真似ですか? シエラさん」
 シエラ・シルバーテイルは頭を下げ、両手にお金を出したまま、顔を上げようとしない。
「断らないでね……護衛として失格だから。何も出来なかったから、これは受け取るわけにはいかないわ」
 つまり、これは今まで支払われた報酬金なのだ。
 ナガヒサの心がアール・エス・フェルクリンゲンに屈しなかった。これからも自分で選んだナガヒサでいてくれたならば、それで十分だと。
 それが正しい事かどうかはシエラでさえも分からない。が、当人の価値観の問題なのかもしれない。
 アール・エスでさえ、彼が悪で間違っていたわけではない。彼にとって、それが全てでそうする事が当然だったのかもしれないのだ。
「頭を上げて下さい。貴方は、そんな事はありませんよ。例え悔やまれていても、それは試練だと思っていいでしょう。でもせっかく仕事で支払った――」
「だから受け取れないの」
 ふむ……と考え、ナガヒサはこんな事を言った。
「では寄付という形で預かりましょう。とはいっても、発掘費用は政府から援助も受けているので、別の場所――そうですね、孤児院や児童福祉施設への寄付という事でどうですか?」
 シエラも考える。譲る譲れないを言いあうよりは、そのほうが良いのかもしれない。
「わかったわ、そういう事にしておくわね。ところで……もし差し支えなければ、またここで雇ってもらえると有難いわ。発掘は知識がないけど、炊事や洗濯なら」
 報酬金を寄付したものの、本当は懐の具合が宜しくないシエラ。何か無理しているのがナガヒサにばれそうな気がする。
「私は構いませんよ。部屋もたくさんありますから、ご自由に使ってください。元々、この家は私の知り合いから譲り受けたものですから、ちょっと困っていたところでして」
 無論、他の者達にも部屋を貸与するのは彼の計らいでもある。多ければ多いほど、福はやってくるものだと知り合いから教わった。
「有難う……これで振り出しに戻ってからのスタートね」
「ふりかけどこでちゅか?」
 茶毛のアホ……もとい、犬のジョリィがちょこんと座っている。
「ふりかけじゃなくて、振り出し。一体どういう耳をしているんでしょうねえ」
 苦笑いするナガヒサ。
「こーゆーみみー!」
 頭を屈んで、短い前足でふるふる震えながら一生懸命耳を掴もうとするジョリィ。
「と……とどきまちぇーんっ!」
「無理みたいね……あの前足では」
 ジョリィの世話もやろうかなあと思っていたシエラだったが、このアホぶりにはものすごい不安を感じる気がする。
「はい、無理をしないで、ジョリィ。ふかふかのクッションですよ」
「うわーいっ」
 何処から持ってきたのか、ナガヒサからクッションを受け取るとスリスリして幸せそうな顔をするジョリィ。
「あの、ナガヒサ。ジョリィは本当に犬なの?」
 ジョリィを指すシエラは呆れてものが言えなくなりそうだ。
「間違いなく犬ですよ。甘えん坊過ぎるんです。エストのしつけがおかしかったのかなあ」
 あれこれ考えてみるが、元からジョリィはこんなのだった為、ちゃんとした犬にはならないだろうなあとナガヒサはため息混じりに思った。

Scene.2 ヴェレスティア中央拘置所

 アール・エスが犯行を起こしたこの事件は、後に『EE事件』と名称付けられる事となった。
 アール・エスの頭文字『Err Es』からとられたものである。
 数日の間、ニュースではこう発表されていた。
 L・Iインダストリー元代表ナガヒサを人質として誘拐し、引き換えに水の賢者を要求する。その目的はヴェレ王国の復活であると。
 これは政府――特に、ワイト・シュリーヴ大統領の命によって情報が操作されている。水の賢者がナガヒサである事を知られるわけにはいかない。彼は産業復興の立役者であるのだから、尚更騒がれると大変な事になるのは明白だ。
 また、事実と操作されたニュースには共通の言葉が流された。
 天空階級。ここ最近活発になったその一部が、アール・エスに続けとばかりに騒動を起こすのは時間の問題だろうと、司法公安局も含めて警戒を強めている。



 ヴェレスティア中央拘置所。
「面会の許可をいただきまして有難うございます、大統領」
 マニフィカ・ストラサローネは、ヴェレスティア大統領のワイト・シュリーヴに頭を下げる。
「他にも面会したい奴があと1人いるからな」
 あと1人というのはリュリュミアの事。彼女は毎日花を持ってきている。
「ルークがアール・エスの監視を行っている。私もとりあえず同行させてもらう」
 ルーク・ウィンフィールドは見張りの為に、特別にここにいる事を許可されている。
 マニフィカとワイトがアール・エスのいる部屋に入る。
「お疲れ様、どうだい?」
「今のところは大人しくしている……大統領、わがまま言ってすまない」
「いや、こちらこそ無理を承知でやらせてもらってすまないね」
 首を横に振るワイト。
「今日も天空遺跡で咲かせた花を持ってきたですぅ。でも、他に欲しいものってあるのかなぁ?」
「多分一つしかないだろうな。だが洒落にならないぞ」
 アール・エスが欲しいものといったら、ナガヒサしかいない。ルークは眉間にしわを寄せ、額に手を当てる。
「博士を連れてこなかったのは正解でしたわね」
「ああ、まったくだ。何とか彼を捕まえる事は成功したが、安心は未だ出来んな。脱走される可能性も否定できんし、ああ言ってた以上、仲間――とは言い難いかもしれんが、同志が助けに来ないとも限らない」
 ルークの手には、借りた万年筆型の抑制装置が。本当はコピーを作ろうとしたのだが、どうも超音波の威力が半減するらしく、実際試しても効かない事がわかった為に諦めたのだった。
 アール・エスには筋肉伝達を抑制されている布状の拘束具が全身に施されている為、脱走はとりあえず不可能だが、一番効くのはこの装置だけだ。まあ、話してもらう為に少し威力は抑え目にしてあるのだが。
「あの……大統領、アール・エスを凍らせるのは反対ですぅ。だって凍っちゃったら寒いじゃないですかぁ」
 クローンの事はよくわからない。だが、前に人をたくさん殺したアール・エスとは違う人で、既に死んでいる。同じ事を記憶しているからとはいえ、リュリュミアは彼を凍結するのは反対なのだ。
「お前さんの気持ちはよくわかるが……凍結といっても冷凍保存とか言っているわけではない。樹脂凍結って事だ」
「なんだぁ、じゃあ寒いってわけじゃ……ってぇ、それでも可哀想じゃないですかぁ」
「落ち着いてくれ、もう一つある。精神の凍結だ。アクセサリーによる意識抑制凍結。だが、解除されるまでは何も話さんし動く事もない。つまり、生きた人形のような症状になる。面倒は病院の特別病棟になるが。どちらにしろ、非人道的といわれても仕方のない刑罰である事を認識してほしい」
 物質による凍結か、意識凍結か……リュリュミアは少し困った表情をする。
「何か……リセットされるような感じに聞こえるが。俺は例え凍結されようとも意志は変えない。流刑にされるくらいなら死んだほうがマシかな」
 相変わらず減らず口を叩くアール・エス。
「聞きたい事がある。天空階級の一部、不穏な動きがあるそうじゃないか。その場所と人数を把握したい」
 ルークの質問に、俯きながらも目だけはジッと見つめるアール・エス。
「この俺が答えられると思っているのかな。場所は散らばっているし、お互いが連携しあってるわけじゃない。だから人数も知らんよ」
「やはり口は割らないか……質問を変えよう。八賢者――ナガヒサ以外に生き残りはいるのか?」
 すると、アール・エスは顔を上げた。
「どのくらい生き残っているかは知らんが、いる事は確かだな。シュリーヴ大統領、貴様はそのくらい把握しているはずだが」
「私とて知らない事がある」
 睨み付けるように、ワイトはアール・エスを見据えた。
「大統領、一体誰が生き残っているのか?」
「すまないが……それは極秘事項だから言えんな。だが、人数的に言えば3〜4人は生き残っているはずだ」
 約半数の賢者が生き残っている。とはいえ、何処にいるのかは両人とも口を割らない為に、ルークはため息をつく。
「ナガヒサをシンボルにしようとしている辺りから、あまりいないものだと思っていた」
「ナガヒサは八賢者の中では特別だと聞いている。他の賢者よりもな」と、アール・エス。
「それは、生命を司るからか?」
 何も言わないアール・エス。多分そのとおりなのだろう。
 2人のやり取りを黙って見ていたマニフィカ。
 長命種であるマーメイドの彼女には、そこまでして不老不死を望んだアール・エスの気持ちが理解出来ない。
 だから強い好奇心がうずいているのだ。
 あの誘拐事件を振り返って、自分の世界でも、大昔に人間によるマーメイドへの大虐殺があった事を思い出す。
 あれも不老不死が得られる迷信が原因だった。
「人間もわたくし達マーメイドも、『生きる』という意味に大差はない筈なのに……何故不老不死を求めるのでございましょうね」
「人は誰でもやり残したくない一心で、それを願うのかもしれない。女性にとって永遠の美は絶対的な願いに等しいかもしれないし、男性にとっては永遠に地上を君臨し続けたい願いがあるのかもしれない。全ての生命あるものは、精神が特に複雑だ。私とて理解不能な点もある」
 ワイトは、神妙な表情で告げる。
「貴様がそう言うとはな。意外だよ」
 薄笑いのアール・エス。ワイトは黙ったまま表情を変えない。
「あの、こんな事を言うのはなんですけれども……わたくしはあなたの為に何も出来ませんけれど、少なくともあなたの事は忘れませんわ」
 皇帝の都合により生み出されたアール・エスは、多分自分の存在意識を渇望しているだけではないのだろうか。
 加害者=被害者は決して珍しい話ではない事をマニフィカは再度心に留め、この会話が決して無意味ではない事を証としたのだ。
「あ、わたしも忘れないよぉ」
 便乗するリュリュミア。
「その言葉を聞かされるとは、心外だな」
 やはり薄笑いであったが、少し嬉しそうな表情にも見えるアール・エス。
 例え時が流れて、殆どの人から忘れ去られても、決して忘れない。
「最も深き海底に坐します我等が母なる大神よ、どうか彼の魂に永久の平穏を……」
 マニフィカは祈るように呟いた。
 後にアール・エスは樹脂凍結され、市の地下深くにある凍結安置所に移されて管理される事となった。この措置は原則として無期限ではあるが、いつでも解凍可能という点がある。
 だが、そうしても再び犯罪を犯す可能性がある為、凍結中はリミッターによる本能抑制が必要だというが、現時点ではリミッターを使える八賢者はナガヒサのみだった。無論本人はここへ連れてくるわけにはいかないので、今後の課題となる。
 因みに、この場所は安置所保安官など関係者以外立ち入りの許可は下りないという事である。

Scene.3 天空遺跡・特別中央区〜玄関口〜

 特別な許可とはいえ、念願の特別中央区への調査が出来るという事で、一段と張り切る者達がいる。
 ジュディ・バーガーは1階の玄関口兼ロビーのような場所で、この前壊したガードロボットをじっと見つめている。
「ウーン……修理したらリサイクルできますかネ〜?」
「修理は可能だと思いますよ。あとはプログラムを変更しなければなりませんが……」
 ナガヒサも同様にロボットを見、ジュディの提案でL・Iインダストリーの専門家にそれを引き渡せるように、玄関口に集める。
「ロボットをリサイクルできたら、修理の手伝いをさせるヨ〜。さて、今度はこの大穴デース。それなりに補修しないといけませんネー」
 64階まであいたこの穴。どのくらいかかるか分からないが、ジュディはやる気十分。
「力仕事は得意デース。それと、この階の装飾品はすごいですネ」
 時間の都合でじっくり見る事はできなかったが、あらためて見ると王宮らしく豪華に装飾されている。中には美術品になりそうなものまで。
「博士に提案シマース。持ち出せる絵画や彫刻は、早いうちに保護したほうがいいと思うわヨ」
「ふむ……そうですね。では、政府の教育科学文化局に要請してみましょう。快く引き受けてくれるはずです」
 ナガヒサが階段の手すり付近を見やると、そこにはジョリィとジュディのペットであるラッキーセブンが。
「ちべたくできもちいいじょー。たべれるかなー?」
「それは絶対に食べられまセーン。ラッキーちゃんは装飾品の一部みたいに見えますネ〜」
 戻ってきた時、ラッキーセブンが太っていたのにびっくりしたジュディだったが、何とか元のスリムな蛇に戻ってよかったとホッとしている。
「では、私は他の場所で調査している方々の様子を見てきます。ジョリィが変な事しないように頼みますね」
 ナガヒサはそれが心配だったが、彼女になら安心して預けられる。頼まれたジュディは大きく手を振って見送ると、ジョリィがラッキーセブンに絡まれているのが見えた。
「いやーんっ、からまないでぇぇぇぇ!」
「やっぱりこうなりましたネ……あとで卵でもあげたほうがいいかもネ」

Scene.4 地下の胎児育成施設と牢屋の調査

 地下には、シャル・ヴァルナードとエルンスト・ハウアー、リーフェ・シャルマールが調査している。
「アール・エスは捕まったとはいえ、事態が終焉したとは思えないわね。むしろ、これが始まりに過ぎないのかもしれないわ」
「ワシがどうしても外せん別用事で離れている間に、大変な事が起きていたとはのう……じゃが、ここの施設には興味がわくわい」
 嬉しそうなエルンスト。シャルは彼の意気込みのすごさを感じるようだった。
「学者魂がうずいてるって感じが伝わってきますよ。ボクが偶然見つけた場所なのですが、この胎児育成施設……もしかしたら王国復活の為に、アール・エス以外のクローンとか転生した王国の者達がいるのかもしれません。まだ散乱している紙媒体の資料やデータの中に、真実があるのは間違いないでしょう」
 相棒犬ハンターが吠える。誰かが来たらしく、シャルは念の為に魔銃を構える。
「私だよ。びっくりさせてすまないね」
「なんだ……ナガヒサさんですか。ハンター、この人の場合は2回ぐらい吠えればいいんですよ」
「いや、2回でも私はびっくりしますが……」
 苦笑いのナガヒサ。ハンターの頭を優しくなでる。
「ここの施設は、ワシの持つ暗黒魔術と対極ともいえるという意味でも興味があるわい。ナガヒサ君、1つだけ疑問があるのじゃが……」
「何でしょうか、エルンストさん?」
「ワシが思うに、純粋に不老不死だけを望むのなら、ワシのように人間をやめれば良いのじゃ。人間の枠を捨てれば、不老不死なぞ容易に達成し易くなるはずじゃて。これほどの文明ならば大してリスクも負う事なく可能じゃったじゃろう」
 施設を眺め回しながら、エルンストは話を続ける。
「天空階級のアール・エスは『人』としての枠にこだわった。例え禁忌等があったとしてもじゃ、自分等が滅ぼされる土壇場になっても、クローンに記憶転移の術を施す事によって『人』である事を選んだわけじゃな」
 恐らく実験段階とはいえ、転生の技術が完成に近いところまで行っていたのではないだろうか。水の賢者がいる事で、より完成に近づき、皇帝が復活できるとかというところなのかもしれない――そう、エルンストは思っていた。
「確かに貴方の言うとおり、人という鎖を断ち切ればそうなるかもしれません。だが人の考えによっては、人としてこそ快楽がある。そんな言葉が思い浮かぶのは愚かかもしれませんね。転生の事に関してですが……八賢者の何人かは死ぬ間際に転生のリミッターを施したらしいです。でもこれも半信半疑でね、私はもし死んでも、別の人間として生まれ変わりたい。或いは二度と人間には生まれたくない……どっちが幸せなのでしょうね」
 ナガヒサはエルンストに「私は元より、前やその前以前の水の賢者がいても、転生の研究を協力していたわけではありません。私等はそれぞれ別の仕事をしていたのですし」と告げた。
「ナガヒサ、私はアール・エスは皇帝復活の為の実験体だと考えているわ。もしかしたら、肝心の皇帝の所在に関するヒントがここにあるかもしれないから。何故って、アール・エスがクローンだったという事実を考えると、皇帝も同じように蘇生という感じで、何処かで生きているんじゃないのかしら」
 リーフェの問いに、ナガヒサは首を横に振る。
「あの皇帝陛下は転生にはこだわっていない、むしろ不老不死にこだわっています。自分の肉体以外興味がなさそうでしたし、自分の肉体でしか快楽を味わえないと思っているのでしょう」
 ナガヒサは話しながら少し青ざめていた。その時の事を思い出していたのだろう。
「でもそうだとしたらおかしいわ。何故転生の保険をかけずに死んでしまったの?」
 考え込むナガヒサ。そして、ある言葉を思い出す。
「革命当時、私の知り合いがこんな事を言ってましたね……『目の前で死んだ皇帝は、何か違和感がある』と。まさか本当に生き残っているって事を知ったのでは――!」
 信じたくないように、ナガヒサは強く否定する。
 エルンストは資料やデータを見ながら告げる。
「リミッター……つまりそれを使えば、意志が強ければ強いほど転生は可能じゃと、そう言いたいのじゃな」
「自信はありませんが、多分可能ではないかと……あと、マグナエネルギーたる魔導の力も関係してきますしね」
「ならば、アール・エスの転生は不完全ながらも成功していたとして、今は記憶が戻らんから実害がないという事も有り得るぞい。或いは女や人間以外に転生しているだけかもしれんしのう」
「だとしても、それはちょっと怖いですね」
 苦笑いするナガヒサ。
「転生の完成度はかなり低いままじゃな。記憶や魔導の継承はやはり記憶転移する事で可能のようじゃ。ただし、自分のクローンでしか意味がないとされておるのう」
「クローンって、別に自分がそうされる為に生まれてきたわけではないですよね。オリジナルが保険の為に……あ、他にクローンを作った資料発見!」
 シャルはその資料を見つけた。が、肩をがっくりと落とした。
「彼以外の近衛騎士団のリストだけど……殆ど焼けていますね。この遺跡が墜落する前に、誰かが証拠隠滅で燃やしたんだと思われます」
「IGK――インペリアル・ガーズ・ナイツは革命時には24人いたと言われています。そのうち13人がそれまでに死亡したのは知っていますが……そこからアール・エスのようにクローンで記憶転移したのは分かりませんね。転生を試みたのも何人いるのやら……」
「ともかくじゃ、そいつらが成功しているか否かが問題じゃな」
「皇帝に関するデータはないわね……これでは所在も掴み辛いという事ね」
 ため息をつくリーフェ。だが、諦めてはいない。それに加えて、彼女自身の『人工的に生命を生み出す技術』の探求の為でもあるのだ。



 エルンストとリーフェは施設で調査を続ける為に残り、シャルはナガヒサと共に牢屋へ向かった。
「ナガヒサさん、牢屋の事は知っていますか?」
「ええ……罪もない方々が捕らわれて容れられた事は聞いていますが……ここまで酷かったとは」
 墜落時、逃げる余裕がなかったのだろう。或いは逃げたくても牢屋の扉が開かなかった為に巻き込まれたのかもしれない。ナガヒサは辛い表情で、謝るように深く頭を下げる事しか出来なかった。
「あれ? 頭蓋骨に小さいものが……」
 ちょうど頂点に当たる部分に、5ミリ四方の小さなチップを見つけたシャル。
「それは、国民統制登録用のIDチップです。個人情報が登録されています。ヴェレ王国ではこれによって国民や他惑星から連行した人を管理していたようです」
 ヴェレ王国では一部の者以外全員に――連行された異星人でさえも――国民として登録するよう義務としていた。だが、大地革命後非人道的な理由からこれが廃止され、現在に至るのである。
「ナガヒサさんも頭の中に……?」
「いえ、埋め込まれていないのは、私を含めた八賢者と一部の貴族、特赦を受けた者、そして皇帝陛下だけです」
「なるほど……安心ですね。でも、ここにいる白骨化された人達は全員、IDチップがありますね」
 頭を再度下げるナガヒサ。気がつけば、泣いている様な声を出していた。
「申し訳ない……もう少し、ここに気がついていれば……助け出せたかもしれなかったのに……」
「ナガヒサさん……」
 シャルは黙って見守るしかなかった。

Scene.5 最上階の忌まわしき場所

 65階と最上階の66階には、マリー・ラファルと梨須野ちとせが調査を行っている。
「65階は王座と来賓用の宿泊部屋ばかりだね。66階がどうやら皇帝だけの居住エリアらしいけど」
「65階は調べても何も出てこないようですね」
 マリーがハッキングしたデータを元に、怪しい箇所の有無を探している。クローンの研究のログがあれば、地下で調査中のシャル達に転送したいのだが、残念ながら出てこない。
「シャルさん達からの情報でも、クローンは発見されていないようです。墜落時に死亡したか、天空階級の一部が連れ去った可能性もあるという事みたいですね」
 もし皇帝のクローン体や転生体があると仮定して、未だにここにあるのならば一部の天空階級の手で運び出すかもしれないと予測していたちとせ。一応ワイトやナガヒサに予め提案して許可をもらったのだが、無いとなると最悪の事態も考えなくてはならなくなる。
「一体何体のクローンが誕生しているのか分からないね」
 2人が考えているところに、ナガヒサが様子を見にやってきた。が、66階に来た途端、少し青ざめている。
「ナガヒサ、大丈夫かい?」
「ええ……すみません。あまり思い出したくない場所なものですから……」
「やはり皇帝には逆らえない事を刻み込まれているのですね」
 支えようとするマリーだったが、ナガヒサは手で制する。
「大丈夫です……ご心配をおかけして」
「無茶しちゃいけないよ。あたしはあんたの護衛という依頼を受けてんだ。どんな理由があれ、あんたに害が出る可能性がある以上放置しては置けないよ。それに、皇帝のクローンがあるかどうかはわからないが、アール・エスを含めた一部の階級のオリジナルは死んでるんだ。死者の妄執は絶たなきゃいけない……そうだろ?」
 ナガヒサは少し驚いていたが、ゆっくり頷く。
「ナガヒサさん、クローンの研究が行われていたのは、クローン兵の軍隊を作る目的もあったのではないでしょうか。それに、究極的には皇帝自身がその技術によって、擬似的にせよ不死を求めていたのではないのでしょうか」
「クローン兵は否定はしませんよ……ただ、複製された人間の場合、遺伝子的な問題で人間のように育つ可能性が低いという事も聞いています。アール・エスは……多分、成功例の一つでしょうね」
 ちさとは一際大きい扉の前に立っていた。皇帝のクローン体或いは記憶転移の為の機械等を用意している可能性がある。この66階が皇帝の為のエリアならば、隠し部屋は無いが私室は全部その人物のものである事は間違いない。
「マリーさん、セキュリティ解除お願いします」
 マリーが解除を始めている間、ナガヒサはますます顔色を悪くしていく。
「……っく……」
「大丈夫ですか? ここは私達だけでも調査できますから――」
「いえ……私も中を確認したいんです……」
「開いたよ。で、何を確認したいんだい?」
「瓦礫……が、あるはずです……」
「瓦礫?」
 扉を開く。目の前に飛び込んできたのは、確かに瓦礫の山だった。天井に穴が開いていたという事は、革命時に崩壊した可能性が高い事を示している。
「この部屋は一体……? 生命に関する装置みたいなものは無いようですね」
「ここは元より……この階にはそういうものはありませんよ……この部屋は、八賢者やIGKを呼び出して命令する部屋……私等と皇帝陛下、一部の近い階級の者しか入る事を許されていない……」
「で、瓦礫に何が……?」
 ナガヒサがふらつきながらも歩み寄り、マリーに人骨の確認をしてもらう。
「そこに、誰かが巻き込まれたというのかい? ……まさか、皇帝か?」
 頷くナガヒサ。マリーは急いで調べるが、反応が無い。
「本当にここにあったのかしら? 私が行って確かめ――」
 ナガヒサは「危険だから今はいい」と、ちとせを止めた。怪我でもさせてしまったら大変だ。
「確かに私は見ましたよ……あの方の瓦礫の中へ埋もれていくのを……でも何か、違和感がどうしても……」
 拭いきれない。それが大地革命後からずっと、ふと思い出しては引っ掛かってしまう。
 地下で言った台詞が思い出され、余計にナガヒサの精神を辛くさせた。
「生きていると、思うのかい?」
「できれば……死んでて欲しいと願っていますよ……」

Scene.6 今後の為に学びたいもの

 ナガヒサは64階に下りていた。これ以上いたら迷惑をかけ続けると思ったからだ。
 彼にとって、皇帝との忌まわしい過去が嫌でも思い出されてしまう。
「ナガヒサ、顔色が悪いな。大丈夫か?」
 グラント・ウィンクラックが廊下でナガヒサを待っていた。
「いえ、大丈夫ですよ。少し落ち着きました……」
「そうか。ところですまないが、マグナエネルギー――魔導を操る技を学びたいと思っているんだ。アンタの薦めた研究機関――L・Iインダストリーの魔導科学部門だったっけか、俺の内気功についてマグナエネルギーの観点から調べてもらってるんだけどよ。なかなか奥深いっつうか、難しいもんだな」
 グラントは今まで、硬気功や筋力強化といった肉体強化系は問題なく使える。調べるのは気功による外的干渉――気弾や気の干渉による物理法則の限界を超えた技、具体的には空間の断層を斬撃で生み出し、その歪みを飛ばす事で如何なるものをも分断する技を。
「貴方は皆さんを早く行かせたい一心で、穴をあけたのでしょう? もしかしたら、意志の強さが鍵となっている可能性があるのかもしれません。とっさの出来事によって」
「そんなものかな……で、調査ついでに、自己の剣術と組み合わせて新しい技を編み出せないか、アンタから学びたいのだが……」
 少し考えるナガヒサ。
「私は構いませんが……時間がかかるかもしれませんよ。魔導はそれぞれの属性とも組み合わせる事で、それに見合った技ができるかもしれません。まずはその力を知る事が大事ですが……貴方の場合は気と相性の合う『風』や精神的に合う『火』の属性が良いのかもしれません。私と同等の『水』でも問題ないですよ」
「つまり、見えざる自然を感じ、その力を借りろというわけか……内気功は体内のエネルギーを操る技。もしかしたら何か合い通じるものがあるかも知れねえしな。もし外れてても、上手くいけば魔導を極めるチャンスでもあるって事だな」
 難題を押し付けられているような感じがするグラント。
「名付けるならば『魔導気功』といったところでしょうか。でも私はネーミングセンスがないですねえ。もし良い名前があったら考えてみて下さい。それと、例え習得できたからといって、別の世界では打ち消しあって使用できない可能性があります。このアスールを含めたソラリス太陽系しか使えない事を念頭において下さい」
「わかった、考慮するよ」
 グラントの新たな挑戦――技の研究が始まろうとしているのだ。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず……敵の事は腐れ外道としか分かっちゃいねえ分、己の事はしっかり把握しておかねえとな。まあ……何もなけりゃ一番なんだがな、そうはいかねえだろうな、きっと」
「これからが、始まりのような気がしてなりません。貴方がたに頼んでばかりで申し訳ないが、頼みます」
 何処かで座って休もうかと歩き始めかけて、ふと立ち止まる。
「マグナエネルギーに関して役にたつかもしれませんが、惑星アスールを含めたソラリス太陽系に存在するそれは、この世に存在する為の力でもあり、一部の人間や自然の中に内包されているものだと教えられています。それの強力版が魔導というわけです。ただ……」
「ただ?」グラントは首を傾げる。
「マグナがどのようにして誕生したのか、未だ謎の部分が多いんですよ。自然発生したのは間違いないような気がするんですけれどもね」

Scene.7 懐かしき写真

 ナガヒサの部屋だった場所――つまり戦闘の行われた場所でもあったのだが――に入るナガヒサ。後ろからトリスティアが声をかけてきた。
「ナガヒサ、やっと見つけた……もうあちこちたらい回しされるように皆から居場所を聞きながら探したんだよ」
「申し訳ないですね。で、何か用ですか?」
「『華の皇子と赤鬼の武人』についてなんだけど……」
「あの100年前に出したという小説の事ですか? というか、トリスティアさんの年齢ではちょっと見てはいけないような内容だったはずですけれども」
 顔を赤くするナガヒサ。やはり内容を知っているという事は、読んだ事があるのかもしれない。
「中央図書館のデータベースで調べものでね、偶然あらすじを読んじゃった」
 あははとわらうトリスティア。「それは置いといて」と、本題に移る。
「はぐらかさずに正直に教えて。この伝説について、ナガヒサと関係があるんじゃないかって考えてる。特に『華の皇子』が国の象徴だった事とか、彼が『赤毛の武人』に自分の血を飲ませた事……それって、アール・エスがナガヒサを王国のシンボルにしようとした事とか、水の賢者の血が皇帝に力を与える事等と重なっている気がするんだよね」
 小説の元となった惑星キャエルムの伝説の部分もあわせて話すトリスティア。
「そうともみてとれますが……唯一つ違う事が。皇帝の髪の色なのですが黒なんですよ。私の知り合いが赤毛なんでね……もし私の血を飲ませたい人がいるって聞いてきたら、迷わずあの人にあげているかもしれませんね」
 本棚に近づいて、隠してあった1枚の紙を手にする。
「写真……?」
 3人の人物が写ったカラー写真。どうやらヴェレ25年以上も前に撮影されたものらしい。
 ナガヒサは中心に座っている、栗色の長髪と緑の瞳の女性を指す。
「これがナスカディア・アクアライド様。先代の水の賢者だった方ですよ」
「とても優しそうな人だね……ところで、この赤い髪の人ってまさか」
 今度は向かって左の人物を指すトリスティア。オールバックの赤髪につり上がったような紫の瞳が怖い印象を与える。
「見た目と違って、とても優しいですよ。小説にならって『赤鬼の武人』と呼ばれた人物――私の知り合いです。名は『ツァイト・マグネシア』」
 これがナガヒサの知り合いだという人物。着ている物が少し立派そうに見える。
「天空階級ですが私の親が昔からの知り合いでね、剣術を教えてくれた師匠でもありました。今はキャエルムで特別待遇されていて、アスール担当外務長官を務めています」
 ついでながら、毎月調合されたサプリを送ってくれるのも彼だという。
「この人が……外務って事は、外交が出来るって事?」
「ええ。元は軍人でしたが、あまり人殺しに加担するのは反対だったようです。皇帝が殆ど外に出なかったのに対して、彼は代理として友好の為に飛び回ってましたからね。私も賢者としてついていった事があります」
 何だかツァイトの話をすると、とても嬉しそうな表情をするナガヒサ。きっとこの人といるほうが楽しいのだろうなとトリスティアは思った。
「じゃあ、向かって右側の女性は?」
 黒の長髪に赤いリボンを結わえ、優しげな緑碧の瞳……トリスティアはじっとナガヒサを見る。彼も黒い髪に緑碧の瞳だったなと思ったら、本人は照れ笑いする。
「これ……昔の私です」
「え? これナガヒサ!? 若ーいっていうか、本当に女性に見えるよ。とても男とは思えないね」
「昔は周りの皆さんがそうおっしゃってましたよ」
 こりゃ皇帝から目をつけられても仕方がないなあと、トリスティアは呆れてものがいえない。
「で、話を元に戻すけど……」
「そうでしたね。伝説とは直接関係ないですよ。だが、伝説も小説も宇宙中に知れ渡っている話ですから真似する輩もいるでしょう。その真似事をそのままやったとしても、果たして私の血にそんな能力なんてあるのか……皇帝は思い込みをしているのかもしれませんし、仮に私の血がそういうものならば、早いうちに身投げしていたかもしれません」
 写真を大事そうに抱え、俯くナガヒサ。
「もしツァイトが皇帝陛下だったならば……私は一生ついていっても良いと思っていました。そうすれば、あんな忌まわしい事に巻き込まれずにすむものを……」
 黙って見つめるしかないトリスティア。気が付けば夕方になっており、エルンスト達が調査を一旦終えて呼びに来たのだ。
「どうしたのじゃ? 何か見つかったのかのう?」
 はっとして潤みかけた眼をこするナガヒサ。
「あ、すみません。懐かしいものを見てちょっと……ね。じゃ、帰りましょうか」

Scene.8 来日予告

 エスト・ルークスとラウリウム・イグニスはそれぞれ自分の本来の仕事の為に、調査には加わっていなかった。
「ふーん、そんな事があったのね」
 幾つものテーブルに、料理を運ぶエスト。殆ど毎日ではあるが、勿論全員の労いの為に用意している。
「でもナガヒサの話してる顔は楽しそうでもあったし。特に知り合いの事とか」
 天空階級の動向に備える為に、トリスティアはナガヒサに問うたのだが……いつの間にか思い出話も加わってしまった事について苦笑いしてしまう。
「ああ、おじさまの事。そういえば、もうすぐだったわよね」
「マグネシア外務長官の来日ね。毎月行われる各惑星の担当外務長官同士の会談、もうそろそろ政府が準備で忙しくなるわよ」
「彼から連絡は来ているのでしょう? いつだと言っていましたか?」
 ラウリウムが伝言を確認する。
「来月の2日。ヴェレスティア国際宇宙港で落ち合おうと」
 ナガヒサは考え込む。
「どうかしたの?」
 シエラが尋ねる。
「実は1日と2日、国立会議場で天文学の会議が行われる事になってね、私も招待されているんです。ラウリウムとエストは先に迎えに行ったほうが宜しいかと」
「で、遅れて来るついでに、おじさまのマントを抱きしめるのね」
「抱きしめるって?」
 エストの言葉に、首を傾げるシエラ。
 エストは呆れながら、ふかふかのクッションを抱きしめてスリスリしているジョリィの姿を指す。
「ふにー、いいかほりぃ」
「……こんな感じに」
「それって何か恥ずかしくないですか?」
 大人気ないなあと思ったシャル。ナガヒサにこんな一面があったなどと思わなかったからだ。
「別にいいじゃないですか。サプリと同じ微かに花の匂いがしますし、それに落ち着きますし……とにかく、さあ食べて下さい」
 賑やかに夕食タイムとなったレイアイル邸。
 たったひと時の安らぎでさえも、ある意味貴重なのだ。


 これはほんの序章に過ぎない。
 一部の天空階級が本格的に動くのはもう少し先なのかもしれないが、それでも過去を繰り返さぬようにしたい。
 それが新たな決意でもあると同時に、見えざる新たな事態への幕開けとなってしまうのだ――。

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