『Velle Historia・第1章〜忌わしき水の記憶』   第3回

ゲームマスター:碧野早希子

 思い出したくない過去。でも楽しかった過去もある。
 それがここに未だ存在している。
 そのきっかけを垣間見せようとする者がこの世界に存在している。

Scene.1 王宮へ

 天空遺跡・特別中央区。
 ヴェレシティの高層ビル群よりも高くそびえる建物が多く立ち並び、本当の意味で王国の中心部だった場所。
 一番高い建物である王宮に、ナガヒサ・レイアイル(水の賢者ナーガ・アクアマーレ・ミズノエ)と、アール・エス・フェルクリンゲンがいる。
 見つけ出してナガヒサを助けなければならない。そして、アール・エスとも戦う羽目になる事は十分承知している。向こうから挑戦状をたたきつけたようなものだから。
「うわーん、ぼくもいくーっ」
「だめデスヨ〜。おぢこチャンが行ったら、怪我しちゃう確率高すぎなのヨ」
 アホ……もとい、犬のジョリィをなだめるジュディ・バーガー。
「博士は無事につれて戻るからネ。それまでラッキーちゃんとおとなしく待ってるんですヨ」
 ちろーとジョリィは横目でニシキヘビのラッキーセブンを見る。舌がチロチロ出ていて、今にも飛びつきそうな予感。
「か、からみまちぇんか?」
「大丈夫デース。ちゃんと念を押しましたヨ〜」
 とりあえず、ゆで卵を差し出すジョリィ。
「た、たべまちゅか?」
 いきなりぱくりと飲み込むラッキーセブン。中に入った卵がまるで脂肪のように見える。
「おもちろーいっ」
「これで安心ですネ〜。でも、あまりやり過ぎないようにしてチョーダイ」
「ほーい」
 ほいほい卵を与え続けるジョリィ。遠慮なく食べるラッキーセブン。
 帰ってきた頃には蛇が太り過ぎてしまったなんて事のないように、早くナガヒサを連れて帰る事を誓うのであった。
「それじゃ、行きましょう」
 ラウリウム・イグニスは追跡レーダを持ちながら、未踏査の場所へ歩き出した。

Scene.2 特別中央区での発掘作業

 リーフェ・シャルマールはナガヒサの救出には加わらないものの、特別中央区の条件付発掘調査ができるという事で張り切っていた。
「こんなチャンス、滅多にないからね。できるだけ多く調査しないと」
 つまり、ヴァーヌスヴェレ王朝の要人リストや栄枯盛衰を記した史書、大地革命の真実に関わる文献等が見つかるかもしれない。
「現物を持ち出さなければ良いのよね」
 現地で調査して、必要なものはメモやバックアップ、コピーを取る。そこまでは禁止だと言われていない。もしダメと言われても、その事を口に出せば文句は言わないだろうと。
 彼女所有のメタルゴーレム『ドラグーン』に牽引されているもう一体のメタルゴーレム、『ガルガンチュア』のハッチ部分にパッキン等の防水処理を施す。
「防水良し……バックアップ良し、後は……」
 確認をして後、ガルガンチュアを起動する。
 いくつもの大きい建物に入っては、データを取るリーフェ。
「ここは官庁街っていったところね……」
 ヴェレ王国の防衛計画や都市計画はもとより、他惑星の侵略報告まで出てきた。
「侵略先の三惑星――ヴァナーとブローダ、キャエルム……記録されている映像を見ると、何か悔しい気持ちになるわね」
 破壊つくされた街と土地、そして(モザイクをかけてはあったが)死体の映像。別の映像記録ではヴェレへ連行される多くの異星人が。姿形はアスール人とそんなに変わらないのに。
「ヴェレの繁栄と快楽の為とはいえ……酷いわね。それほど皇帝って性格が酷かったのかしら」
 これらを全てコピーし、次の情報を探す。
 だが、要人リストや大地革命に関わる情報は出てこなかった。前者は天宮が墜落する前に全て証拠隠滅と称して処分されてしまったのだろうか。また、後者のほうは何処を探しても見つからない。
「天空階級の人達は革命の真実を知らないって事なのかしら。となると、地上の何処かに関連する情報があるって事?」
 帰り際、ガルガンチュアに遠回りをさせる。そして合図があるまで海中で待機するよう命令をした。
 合図による上陸はだいぶ時間が経ってからだったが、とりあえず真実に一歩近づいたかなと思うリーフェだった。

Scene.3 天空遺跡の地下

 シャル・ヴァルナードも加わらないが、途中まで一緒に来た後に別れて、相棒である犬のハンターと地下に下り立つ。
「浮遊大陸とはいえ、結構広いですね……あの住宅区の地下でもこんな場所はあるけれど、怪しいといえば、やっぱり特別中央区ですね」
 建物と変わらぬ内装。ここは何らかの研究エリアなのか。シャルは片っ端から部屋を調べる。
 アール・エスとは何者か。ナガヒサが言っていた『死んだ筈の人間が生きている』という言葉。もしかしたら、このヴェレ王国は不老長寿やクローンといった装置があるのかもしれない。
「アール・エスはクローンかもしれませんね。でも物的証拠が……」
 ハンターは周囲を警戒してはいるものの、何の反応も見られない。別の場所に移動した時、立ち止まった。
「どうしました?」
 なぜか暗い、広すぎる空間。檻らしきものが見える。
「ここは……牢屋?」
 確かに牢屋だった。たくさんある檻の中には、無残にも白骨化したものが多く積み重なっていた。
「酷い……何かの実験で廃棄された人達なのでしょうか。それとも王国に反旗を翻そうとして捕らえられた人達かも」
 中には亜人種も含まれていた。シャルは見るのに耐え切れなかったが、手を組んで祈りをし、次の部屋へと向かった。
 そこは少し明るい。同じ広さではあったが、大掛かりな物体がいくつもあった。
「やはり生命に関する装置がここに……」
 小さなシリンダーが何本もあった。近くには紙媒体ではあったが、計画書等が散乱していた。
「胎児の人工保育器……やはり、ここが鍵を握る場所でしょうか」
 更に内容を読んでみると、確かに不老不死や複製人間――クローンの記述があった。そして、転生という言葉も。
「転生……? そんな研究までしていたのですか」
 アール・エスの正体がこの三つのどれかに当てはまる気がする。いや、転生に関しては突拍子過ぎる気も。ともかく彼に関する情報を探してみるが、未だたくさんの紙媒体はもとより、コンピュータに残されているであろう情報も含めると、時間がかかるのは目に見えていた。

Scene.4 天に近い場所へ

 残りの者達は、そのまま王宮の上へと向かい、先に来ていたグラント・ウィンラックとシエラ・シルバーテイルと合流する。
「皆無事に来れたみたいね」
「だが、何処に二人がいるのかが分からねえ……広すぎるんだよ、ったく」
 探すのが面倒くさそうな表情のグラント。それは他の皆とて同じだ。
 どちらにしろ、目の前からみすみすナガヒサをかっさらわれたのは自分の未熟だと責任を感じるグラント。いい年して人間と人形の区別もつかずに人形遊びに夢中になってるアール・エスのいい様にされたままなんかにしておけない。自分の誇りにかけて、ナガヒサを必ず助け出すと心の中で誓い、拳を握り締める。少しばかり力があるからって他人を自由に出来ると思っている『勘違いのホモ野郎』を叩きのめさなければ気がすまない。
「再確認するけど、ここの王宮だった場所は地下20階、地上66階建て。その内20階以下の多くは研究や実験専用の部屋だったらしいわ。追跡レーダで場所を見ても、64階にいる事は間違いない」
 現在彼等がいるのは1階。玄関口にしては立派過ぎる。その奥には広いロビーのような空間であった。目の前には幾つものガードロボットが待ち構えている。
「なるほどネ……独立起動ロボットとは恐れ入ったワヨ」
 ジュディがスピードが勝負とばかりに火炎系魔法を放つ。
「アール・エス、何処かで聞いてんだろ! 天空階級だか天丼だかしらねえけどな、てめえのやってる事は人の道を外れた人間以下……外道のやる行いなんだよ! そんな事もわからねえでてめえは偉いとでも勘違いしてんなら、その伸びきった天狗鼻を俺の破軍刀で叩き折ってやらあ!」
 グラントがエアバイクの『凄嵐』に乗って先陣を切り、ガードロボットをなぎ倒す。
「何処の世界もそうだが……馬鹿と煙は高い所が好きらしいからな。待ってろ、今てめえの所までの道、この剣でぶち抜いてやるからな!」
 グラントは破軍刀に闘気を込め、ぶち抜く勢いで64階まで投げ放った。
「世界によって使用者の威力は変わるって事を博士から聞いた事があるわ。グラントの意志はどうやらマグナエネルギー――魔導の力と相性が良いらしいわね。だから上まで穴をあける事ができたのかも」
 ラウリウムの言っている言葉が、まるで魔導と人の意志の関連性があるとでも言っているかのように聞こえる。
「すごいネ〜。ジュディも頑張らなくちゃネ」
 元アメフト選手らしく、怪力で別のガードロボットを倒すジュディ。
 ラウリウム達がグラントのあけた空間から64階に向かう。その間、グラントはあえて1階に残る事にした。
「あの馬鹿をしばき倒したいのは山々なんだが……俺の剣は威力があり過ぎんだよな。下手すりゃナガヒサまで巻き込みかねない。だからお前等に任せるぜ。俺の代わりにアール・エスをしばき倒してくれよ」



 ラウリウム達は目的の階に到着した。が、追跡レーダは詳細までは無理らしく、何処にいるのかは分からない。
「私に任せて下さい、ラウリウムさん」
 梨須野ちとせ(りすの――)が先行して、通気孔から偵察を開始した。
「どうだい?」マリー・ラファルが通信で状況を聞く。
「広いから見つけ出すのに苦労しますね。でも、ここは特別な階だって事が分かります。立派ですもの」
 未だ新しく見える上の階。ごく最近まで誰かが使用していたようにも見えるし、或いは主が帰ってくるまで維持していたのか――アール・エスがそうしたのだろうか。
「ラウリウム、この建物にはコンピュータのようなものってないのかい?」
 情報端末があれば、セキュリティや罠が設置されていれば発見できる。そうマリーが問いながら、エアバイクの『ラリー』に準備させる。
「多分あるはずよ。当時最高水準のコンピュータがあったらしいから。現在のヴェレシティのメインコンピュータは性能がもっと上だと思うけど」
「じゃ、ハッキングさせるよ。ラリー、ヤバかったら逃げるんだよ」
 無効化が出来れば良いのだが、不可能ならばせめて内部構造だけでも把握したい。マリーはラリーをゆっくり進ませながら、目的の位置へと近づけさせる。
「敵は素早いし、わたし達が来る事もわかっている……というより、挑発的に誘っていたけどね。もしかしたら、行動も分かってるんじゃないのかしら?」
 考え込むシエラ。と、ちとせからの通信が。
「あ、いた……」
 声を押し殺して知らせるちとせ。かなり奥の部屋だったが二人の姿が確認できる。だが、ナガヒサの服装は既に着替えさせられており、まるで白い神父の服装のようにも見える。青い布を肩に巻いているが、これが水の賢者である事の証なのだろう。
「ナガヒサさんの着ているのって、八賢者としての服装なのでしょうか? それにメガネを外しても視力は見えてそうですし……」
 ナガヒサはアール・エスに迫られていないようで安心した。ちょっと体を張ってわざと捕まってみようと考えたちとせ。
「気をつけなよ。今のあんたは小さいんだ」と、マリー。
「いざとなったら人間サイズになって驚かしますよ……では行きます」
 天井からストンと落ちるちとせ。運が良いのか悪いのか、ナガヒサの頭に到着。
「ん? そこの小さいのは誰かな」表情を変えないアール・エス。
「あ、ちとせさん……」
「ど、どうも……」わざと苦笑いするちとせ。
「という事は、ナーガの為に救おうなどと考えてる輩が来ているのかな」
「よく分かりましたね。でも、あなたはどちらにしろ、逃げられませんよ」
「逃げるつもりはない。それとも、この俺が倒されるとでも思ってるのかな」
 と、別のところから元気な声が。
「やーっと見つけましたよぉ。もう探したんですからねぇ」
 現れたのはリュリュミアだった。彼女も別の方向から天井で降りてきたのだ。
「リュ、リュリュミアさんまで……」
 笑っている場合ではないが、苦笑いするナガヒサ。
「ナガヒサをお嫁さんにするんですかぁ? だったらおめでたい事ですぅ。結婚式をするんならお花いっぱい飾りましょうねぇ」
 呆れているちとせ。ナガヒサは頭に手を当てている。
「勝手に話を進めてますね……ナガヒサさんがこの人を好きだっていう理由がないのに」
「私はありませんよ。それに私は既婚者です。まあ、妻は既に亡くなってはいますが」
 喜ぶリュリュミアの姿を見ていたら、もう何を言っても無駄なような気がしてきた。
「そういえばぁ、皇帝って人もナガヒサが好きだったんですよねぇ。人気者ですねぇ」
 皇帝という言葉にびくりと反応するナガヒサ。ちとせとアール・エスはそれを見逃さなかった。
「ほお……皇帝陛下からかけられたリミッターは未だ有効だったというわけか」
「身体的なのは既に消えているはずですが。精神はどうやら死ぬまで有効という事でしょうかね」
「心に深く刻まれた……って事でしょうか?」
「……どうもそのようです。すみません、貴方達まで巻き込む羽目になってしまって」
 謝るナガヒサに対し、首を横に振るちとせ。
「もう少しの辛抱です。皆さんはすぐそこまで来ていますから」

Scene.5 突入・奪還・対決

 王宮のセキュリティは作動しているようだ。罠らしきものが無かったのは幸いか。
「セキュリティだけだとしたら、発見され次第何があるか……警備用のロボットかな?」
「解除ヨリも片っ端からぶっ壊しちゃいまショ」
 しかしマリーは手を振って反対する。
「ジュディ、それは止めたほうがいいよ。気付かないうちにナガヒサが巻き込まれて怪我してしまう恐れだってあるね」
「アー、そうでしたネ〜……」
 ジュディが納得したようなので、マリーは早速セキュリティの解除を始める。
「あの、ラウリウムさん……ナガヒサ博士は先代の水の賢者から槍を受け継いだのですよね?」
 マニフィカ・ストラサローネがラウリウムに問う。
「アール・エスがそう言ってたわね」
「彼の奥さんはもしかして先代の水の賢者なのではないのでしょうか。アール・エスに殺されたのならば、納得がいきますけれども……」
 ラウリウムはナガヒサの亡き妻、ユイカ・レイアイルの事をさしているのかと思ったらしい。
「ユイカさん……私やエストにとっては『育ての母』なんだけど、賢者だったって話は聞いた事はないわね。もし先代の水の賢者がアール・エスに殺されたのならば、大地革命以前って事が考えられるわ。因みに、ユイカさんは10年前に肺炎で病死してしまったの。私もその場で看取ったから」
 更にラウリウムから、ユイカも地上の人間で、皇和国の西に位置する巨大な大陸の中の大国『秦民国』(ツィンみんこく)出身である事も聞かされる。
「ユイカさんの前に結婚しているのなら、博士は10代のはずね。ちょっと年齢的にはつり合わないかも……」
 先代の水の賢者が何歳だったのかは分からない。だが、年上のような気がするとラウリウムは言う。
「そうですよね……では、先代の水の賢者って一体誰なのでしょう?」
 形見にするぐらいだから、きっとナガヒサにとって優しかった人物なのだろうとマニフィカは思う。年上ならば、姉か母親的存在だったのだろうか。
 どんな事情があったにしろ、ナガヒサが隠し続けてきた事はかえって心の傷を深めてしまったのかもしれない。
 博士は誰に対しても優しい。それは逆の事を言えば、誰に対しても優しくなかったとも言える。
 他人への拒絶、優しい仮面の裏で、出口の無い激情が荒れ狂っていたのかもしれないと。
(アール・エスの出現で、博士の精神がバランスを崩してしまったら……もしアール・エスが博士に対する復讐がこれならば、これほど悪質な方法はありませんわね)
 ラウリウムとエストにも身の危険が……深刻に考え込んでぞっとしてしまうマニフィカ。
「どうしたの?」
 ラウリウムが気にかけるので、マニフィカは彼女にアール・エスの行動に対しての警告を告げる。
「ところで、エストさんは?」
「後で来るって。きっと仕事が忙しいのかもね」
「それなら安心ですけれど」
 出来れば来ない事を祈るばかりだ。今出来る事は、ラウリウムを守りながらナガヒサを救出する事のみ――。



 ちとせは周囲を見回しながら、ナガヒサに問う。
「この部屋は一体なんですか?」
「私が使っていた部屋ですよ……扉は開かないと思っていたのですが」
「お前のアクセサリー(魔導増幅器)が鍵になっていたのを忘れたのかな」
 首の辺りをおさえるナガヒサ。彼のアクセサリーは首にかけてあるのが見えるが、トップの部分は水晶の指輪のようであった。
「八賢者にしか許されていない特別製のアクセサリー。それも先代の水の賢者から受け継いだもの……お前の為に死んだというのに」
「確かに私を賢者にする為に、ナスカディア様は貴方に殺された。だが、殺す必要は無かった筈だ!」
「ナスカディア……それが先代の水の賢者の名前なんですね」
 ちとせの通信を介して、ラウリウム達にもそれは伝わった。
「ナスカディア・アクアライド様……彼女の遺体はどうした?」
 死体遺棄はしていない筈だとナガヒサはアール・エスに問う。彼女も生前は皇帝に寵愛を受けたのだから。
 不気味な薄笑いのアール・エスが、耳を疑うような事を告げた。
「わかっているのだろう。血は皇帝が力をつける為の輸血用に、肉体は皇帝の貢物として喰――」
「それ以上言うな!」
 怒りをあらわにするナガヒサ。ちとせは血の気が引くような感覚がした。
「酷い……あなたは人として失格です。ナガヒサさんもそのようにしてしまうのなら許しませんよ」
「小さい貴様に、何が出来る」
 アール・エスがちとせを掴む。少し苦しくなるちとせ。
「ちょっと待った!」
 同時にマリーが先頭に入ってくる。ラウリウム達も後に続けて入る。因みに時間はかかったが、セキュリティ無効化に成功したようだ。
「ちとせは本当に捕らわれのヒロインが似合うねえ。それはさておき、もしアール・エスの言ってる事が本当なら、明らかに人権侵害だね。観念しなよ」
 マリーがそう言っても、アール・エスは平静を保ち、片手に捕まっているちとせを見せる。
「俺には人質がいるのだ。こいつがどうなっても――」
 握りつぶそうとするアール・エス。が、それはすぐに出来なくなる。
「何っ!?」
 ちとせは大きくなっていたのだ。彼女は人間形態になる事ができる。
「驚きました?」
 アール・エスから離れるちとせ。それが合図となり戦闘が開始される。
 マリーは自動小銃型ARM『レイヴン』を装備する。
「狭い部屋で撃つ訳にはいかないからね、殴るだけで十分だ」
 黒い剣『ローゼン・ノワール』をシフトして受け止めるアール・エス。
「威勢がいいのは尊敬に値するよ。しかしだ、私を見くびるな」
 振り払われても更に突進してくるマリー。それを補助するかのように、ちとせが『フェイタルアロー』を放つが、アール・エスは軽々とかわす。
 その間にシエラとジュディがナガヒサを保護した。
「OH〜無事でしたカ〜。これでおぢこチャンとの約束果たせるヨ」
「本当に来てくれて有難う……なんだか申し訳ない気がして――」
 シエラの手がナガヒサの言葉を制する。
「ナガヒサ、あなたも戦わなければならない時がある。身は他人が守る事ができる。わたしも含めて皆が守るけど、自分が何をしたいのか、どうありたいのか……自分の心を守れるのは自分だけよ」
「私のしたい事……」
 右掌を見つめるナガヒサ。光が淡く放っている。
(何でしょう……水の気配がその手から感じるけれども、戦ってくれるのでしょうか)
 彼等の前で守るようにトライデントを構えるマニフィカが、ナガヒサから少し強い魔導のようなものを感じた。使うのかどうかは現時点では分からないが。
「何人集まれど無駄だよ。ナーガから離れてもらおうか」
「博士はお渡ししません。『千人長』の称号を持つわたくしが相手をしますわ」
 自分なりの、水の賢者に対する敬意と誠意。ナガヒサには未だ教えてほしい事があるから。
 ローゼン・ノワールをトライデントで受け止めるマニフィカ。
「く……本当に力が強いですわね……」
「弱いな、貴様。女は武器なぞ持たんほうが相応しいのだがな」
 アール・エスが力で押すと、よろめいて倒れてしまうマニフィカ。
「ウォーターウォール!」
 同時にナガヒサが下級の水術魔導『ウォーターウォール』を周囲に張る。防御の役割をし、物理や魔導攻撃を少し和らげる効果を持つ。
「どうしたナーガ、魔導で攻撃しないのか? したら、ここにいる者等が傷つくから気を使っているのかな」
「それもあるが……お前の攻撃を防ぐにはこれが一番ですからね」
「戯れ言を……その腕叩き折って使えなくしてやる」
 向かってくるアール・エス。と、扉のほうからトリスティアがエアバイク『トリックスター』に乗って突っ込んできた。
「そうはさせない、流星キーック!!」
 素早いトリスティアの、稲妻を帯びたようなキックがアール・エスを直撃……かと思いきや、彼の左腕の横に少し掠めてしまう。
「遅くなってごめんね。エストもいるよ」
 トリスティアがトリックスターを指すと、エスト・ルークスが乗っている。
「苦戦してるみたいね、ともかく博士をこっちに」
「そうはさせるか!」
 左腕を押さえながらも、アール・エスは剣を持ち直してナガヒサのほうへ近づいてくる。
「俺がいる事を忘れるなよ!」
 ルーク・ウィンフィールドが銃剣型ARM『ファントムファング』でアール・エスの首に当て、動きを封じる。
「気配を感じなかったが……どんな魔導を使ったのかな」
「魔導じゃない。ARMだ」
 腰につけてある十字架型ARM『トランジション・クロス』に手を当てるルーク。空間転移機能を持つこれがあったからこそ、間に合う事ができたのだ。
「やっと来たね。用事は済んだのかい?」
「ああ、すまないマリー。それにしても……行政府に報告に行ってる間、そんな事になってるとはな。それだけアール・エスが油断出来ない相手だって事がよくわかった。ま、俺は俺の仕事をこなすのみだがな」
 空気が張り詰める。ルークは緊張感の中こう思った。
(アール・エスを捕らえれば天空階級の不穏な動きに関しての手がかりになるかもしれない。あの政府高官……タバル・ポンピドーから、アール・エスについて何か聞いておくべきだったな)
 ため息ついても仕方がない。ファントムファングを持つ手を握り締めるルーク。
「行政府からの依頼でな、少しおとなしくしてもらおうか。抵抗するのなら容赦はしない」
「お前も強いのかな?」
 くるりと翻して剣先を向けるアール・エス。寸前でルークは止める。
「銃口が向けられないな……下手すりゃ皆に当たってしまう」
「周囲が一斉に攻撃しようとも、この俺に動揺は与えられない」
「聞きたい事があります。もしかして王国を復活させる事があなたの目的なのかしら? ナガヒサさんをさらったのはこれと関係が?」
 ちとせが問う。アール・エスがニッとする。
「利口な奴もいるものだな。そのとおりだ。俺と同様、天空階級の一部は王国の復活を望む輩が少なくない。傀儡というわけではないが、ナーガにはシンボルとして役に立ってもらう。水の賢者は生命をも司る。その血、不老不死の威力もあるのならば、この俺でも効くはずだ」
 眉をひそめながら、ナガヒサは首を横に振る。
「貴方は勘違いしていますね。それは皇帝陛下と一部の王族しか効かないという事しか聞いた事がありませんが……それ以外のはただ威力を上げたり一時的に自然治癒力を高めるしかないと、ナスカディア様から聞いていますよ。どれも疑い深いですけどね」
 トリスティアはナガヒサをトリックスターまで運びたかったが、アール・エスとルークの間に張り詰めた空気で動きづらい。
「これじゃ下手すればこっちも危ないね。誰かがこうスパッと何かしてくれると良いんだけどなあ」
 トリスティアの願いが届いたのか、アール・エスに異変が起きた。眉をしかめたと思ったら、苦しい表情になる。
「こ、この音は……」
「音? 何も聞こえませんよぉ」
 リュリュミアが首を傾げる。
「もしかして、これの事ですか?」
 地下で調査していたシャルとハンターがやってきた。手には万年筆らしきものを握っている。そこから微かではあるが、超音波らしき音が発していた。
「それが……弱点なのか?」目を丸くするルーク。
「き、貴様……それを何処で……」
「地下の胎児育成室というところで。やはりこれは失敗したときの為の抑制装置ですか。個人によって違う設定の特定音波によって動きを封じる事も、死なせる事もできる。幸い、八賢者にはこういうのは設定してありませんし装置も無かったから安心して下さい」
「それはある意味発掘品だよな。持ち帰るなよ……と言いたいところだが、それがなければ意味ないかな」
 ルークはナガヒサにこれだけでも持ち帰るべきだと告げる。動きを封じる鍵を握っているのなら、放置するわけにはいかないからだ。ナガヒサは頷いて、ラウリウムに直接大統領に連絡をとるようお願いする。
 シャルはアール・エスに向けて話を続ける。
「さて、あなたの事を調べていたのですが、興味深い事がわかりました。アール・エス・フェルクリンゲン、ヴェレ王国の皇帝直属の『近衛騎士団(インペリアル・ガーズ・ナイツ)』所属。王族との血脈は皆無。より戦力となる為に生み出された者で、ブローダとヴァナーの血をひいているという事もね」
 ブローダは筋肉質・褐色肌で好戦的種族の住むソラリス太陽系第4惑星の名。ヴァナーは金髪・白肌といった美男美女が多く、魔導能力が高い種族が住む第2惑星の名。どちらも惑星キャエルム同様、ヴァーヌスヴェレ王朝時に襲撃を受けて一度滅亡した事がある。やはり多くのブローダ人やヴァナー人はヴェレに連行されたらしい。
 つまり、アール・エスはこの二種の血を受け継いでいる事になる。
「今のアール・エスは大地革命での死亡寸前に二つの保険をかけた。一つは転生だったけど保証がなく、その後転生した記録がないし証拠もない。失敗だったってわけですね。もう一つは自分のクローンを記憶転移する事。それが今のあなたですね」
「そこまで知ったのならば……俺が言う必要はないな……」
 本当にアール・エスの動きが鈍くなっている。だが、ルークは力を緩めるわけにはいかない。
「連絡が取れたわ。特例として許可するって。それと、司法公安局がこっちに向かうよう手配してくれたから」
 ラウリウムがそう告げる。司法公安局が来るまでは抑制装置を作動させたままとなる。アール・エスが観念した様子は見られないが、どちらにしろ一応の解決は迎える事ができそうだ。
「静まったな……勝ったか」
 実際に立ち会ってはいなかったが、1階のロビーでグラントは少しホッとした。
 外から司法公安局のヘリコプターが来るのが見えた。
 ナガヒサは仕切りを作ってスーツに着替え直し、トリックスターまで来ると、アール・エスに向きを変える。
「アール・エス……私はもう二度と貴方に会いたくはありません。あの過去を繰り返したくないのに、何故それが分からないのですか?」
 何も言わないアール・エス。特殊音波による頭痛が未だするのだから話せないのは当たり前か。
 警察官数十名が入ってきて、アール・エスを捕獲する。抑制装置を持つシャルととりあえず発掘品の装置を監視する為にルークが、そして「元警官だから」とエストもついていく事になった。
「待ってよぉ、わたしも行っちゃうよぉ〜」
 リュリュミアも後から付いていく。
「レイアイル博士!」
 入れ替わるように、ヴェレスティア大統領ワイト・シュリーヴまで自らやってきた。
「すみません大統領、ご迷惑をおかけ――」
「いや、お前さんが無事ならそれで良い。もしこの事がアスール担当外務長官の耳に知れたら大変な事になるぞ」
「そうですね。でも、すぐにばれそうな気がしますが……因みに、ここにいる皆さんは私が賢者だって事は知ってますよ」
「え!?」ワイとは少し驚くが、今までの経過を話したら分かってくれたようだ。
「そうか。なら隠れて話す必要はないな。ところで……その白い服は八賢者の正装用ではないのかね」
「はい……アール・エスに着替えさせられましたけど……」
 その名を聞いて、考え込むワイト。
「確か、王族を守る立場の人間だったと昔聞いていたが……生きていたのか。となると、不穏な動きの噂は本当だな」
「というと?」
 ため息をつくワイト。
「未だ何とも言えんが……情報収集をあたらせている。目的は多分ヴェレ王国の復活と、ナガヒサだろうな」
 アール・エスの言葉を再度思い出す。水の賢者は生命をも司る。疑惑はあるが、彼の血を摂取する事に生ずる効果の事を。
「ともかくゆっくり休め」と、皆に労いの言葉をかけてヘリコプターに乗り込むワイト。
 見送りながら、ナガヒサはポツリとこんな言葉を漏らした。
「アールは『判断などを誤る・罪を犯す・逸脱する』意であり、『自分に好都合となる偏見から誤った行動をとる』意味でもある……か」
「え? そうだったんだ」
 驚くトリスティア。早朝にアール・エスに関して調べていた事を思い出す。
「じゃあ、エスってどういう意味か知ってるんだね?」
「確か……精神分析で『自我』の事だったと思います。『イド』や『エゴ』とも言いますね。超自我と共に精神の一部を成し、無意識中に潜む本能的衝動の源泉であると」
 つまり、自分の欲である本能が引き起こしたものだったのかとトリスティアは思った。抑制装置は欲を押さえ込むのにぴったりな器具である事は間違いない。
「まさか彼自身で名付けた訳ではありませんよね」と、マニフィカ。
「どうでしょう。ただ、人工的にクローンとして生み出されたのであれば……名付け親は皇帝陛下以外考えられないような気がしますが」
 アール・エスを乗せたヘリコプターを見送った後、ナガヒサ達は王宮を後にした。
 一時的な平和ではあるが、今後起こるであろうその時の為に必要な休息でもあった。
 因みに、留守番をしていたジョリィとラッキーセブンはというと……。
「おなか……いっぱいにょー……ぐー」
 さすがに飽きたのか、二匹とも眠っていた。ただし、卵をたくさん食べたラッキーセブンのお腹は少しどころか、まるで小さな湯たんぽのように膨らんでいたという。



 その後の余談ではあるが、アール・エスには永久凍結による封印か惑星プロウトンへの流刑にするらしいとの情報が入ってきている。ただ、プロウトンは遥か遠い囚人惑星である為、誰も行きたがらないのが現状だ。もしそこへ送られても、またアスールへ戻ってくる可能性が高い。どちらにしろ、前者での判決の方向で進めているという。
 また、ワイト自ら特別中央区への調査を特別に許可される事になった。表向きは水の賢者からの特別許可という情報も加えられた。ナガヒサ本人は苦笑いしていたようだが、仕方がないと腹をくくったようだ。
 理由はアール・エスの件もあるが、今後起こるであろう天空階級の行動に対してである。
 再び王宮を訪れる本格的な調査は数日後から開始される事となったのである。

戻る