「おかえり発明卿。お目覚めの日」

ゲームマスター:秋芳美希

◆1:お目覚めまでの日々

「早く発明卿の目が覚めないかなぁ」
 異世界の乙女リュリュミアが今日も向かうのは、湖の中央にあるラグビーボールの形をした建物だった。湖の中央までは、橋のかかったような通路を進む。そのリュリュミアの両手は、抱えきれないほどの鉢植えの花を支えていた。
「ああ、いい香りです。素敵なお花ですわね」
 声をかけたのは、リュリュミアと数々の冒険をした異世界の人魚姫マニフィカ・ストラサローネだった。ただし、その姿は姫というよりも、小間使いの様相を呈していた。長い銀の髪はアップにして束ねられ、古代ローマ風の貫頭衣は、裾を短く持ち上げられていた。その手にホウキを握っているマニフィカに、リュリュミアが明るく応じる。
「今日も来ましたよぉ」
「いつも、ありがとうございます。そのお花、ニムエさんもきっと喜ばれますわ」
 マニフィカの言葉で笑顔になるリュリュミアに、マニフィカは言う。
「ニムエさんと発明卿は、いつものところですわ」
「それじゃ、行きますねぇ」
 嬉しそうに研究所内に入るリュリュミアに、「私も掃除が終わりましたら行きますわ」と手を振ると、「待ってますぅ」と明るい声が返ってきていた。
 リュリュミアを見送るマニフィカに向かって、慇懃にかけられる声があった。
「今日もお勤め、ご苦労様です!」
 マニフィカが振り向くと、そこにはサンクチュアリ警備隊員服を来た三名が敬礼していた。
「もう警備交代の時間ですわね。そちらもご苦労様です」
 終始にこやかなマニフィカに、警備隊員たちは緊張ぎみに応じる。
「サンクチュアリ大勲章を得られている方に、そう言っていただけるとは、光栄です!!」
 マニフィカは特に気にしていなかったのだが、マニフィカやリュリュミアを含めて異世界人の幾人かがこのサンクチュアリ大勲章を授与されていた。この勲章は、サンクチュアリが危機に瀕した際、国権の維持に多大な貢献をした者に授与されるもので、サンクチュアリでの権威は絶大なのである。マニフィカ自身は勲章を身につけているわけではなかったが、研究所の警備隊員ならば、周知の事実なのであった。
「あの、そんなにかしこまることないですわ。ガジェット騒動が治まったのだって、たまたまですし」
 困るマニフィカに、羨望の眼差しを警備員たちは送ってしまう。
「い、いえ、マニフィカさんのご活躍は、新聞・テレビでもよく知っております。そんな方に研究所での掃除など、もったいないくらいですっ」
 警備隊員たちが掃除したいと言い出しかねない勢いに、マニフィカは一つ咳をして話題を変える。
「そうそう。大分、発明卿の解凍が進んだようですわ。前はガラスケースの中に立っていらした発明卿の体は、今は横に寝かせられる姿勢にできるまで、解凍が進んでいますの。警備を交代されに来られたのですから、お急ぎにならなくてよろしいのかしら?」
 マニフィカの指摘に、顔色を変えた警備員たちは「は、すみません。それでは失礼させていただきますっ」と、その場を離れていた。その後ろ姿に、雑用を進んで引き受けているマニフィカは一息つく。そしてマニフィカは、改めて残りの掃除に励んだ後、研究室の一つに向かっていた。


◆2:眠れる発明卿

 リュリュミアが室内に入ると、ニムエがあいかわらず熱心に計器とにらめっこしていた。
「また、お花を持ってきましたよぉ」
「よい香りがしたので、リュリュミアさんがいらしたのがわかりましたわ。今日の花はピンク色ですのね。可愛らしいお花ですわ」
 にこやかに応じるのは、頭にアンテナの生えたメイドガジェット、ニムエだった。
「リュリュミアさんのおかげで、室内が素敵なお花でいっぱいで嬉しいですわ」
 計器の動きを片目で追いながら、ニムエが笑顔になる。
「リュリュミアさんがいらっしゃらなかったら、この部屋にいるだけで嫌になってしまっていたかもしれませんわ」
 ニムエの人間らしい言葉に、先に反応したのはニムエを監視する警備隊員たちだった。
「貴様、犯罪者の分際で、何てことを言うんだ!」
「ガジェットに感情があるだけでも、実は危険なんじゃないか?」
 とたんに険悪な雰囲気になる中、リュリュミアはのんびりと言う。
「えー? メイドガジェットって、感情があるから人の役に立ってくれてるんですよねぇ?グウィネヴィアとかぁ」
 グウィネヴィとは、サンクチュアリの円卓議会所属議員であるアーサーに使えているメイドガジェットだった。グウィネヴィアも感情の起伏が少ないとはいえ、メイドとして優秀なガジェットであることは有名だったのだ。
「は、その通りでありますね。感情があるというのは、よいものでありますっ。失礼しましたっ」
 と、リュリュミアの質問に、手の平返しで答える警備隊員たち。リュリュミアもサンクチュアリ大勲章を持っていることもあり、警備隊員たちはリュリュミアに対しても尊敬の眼差しを向けていたのだ。
「それにしても、ここに来る警備員の皆さん、ずいぶん真面目な人が多いですよねぇ」
 本来、サンクチュアリ世界の気風は、陽気でのんきなところがある。けれど、研究所に来ている警備隊員たちは皆、堅苦しい雰囲気をかもしだしていたのだ。
「仕方がありませんわ。私は一級犯罪者ですし、警備隊員の皆さんはその監視役ですから」
 ニムエがおっとりと言う。
「ただ犯罪をしている時の記憶が定かでないのが、悔しいのですけれど」
 自分の身を第三者的に分析できる余裕が、今のニムエにはあった。そんなニムエに、リュリュミアは聞く。
「ええと、犯罪の時の記憶がないということは、その前はあるんですよねぇ。じゃ、発明卿が眠る前、どんなことをしたり、お話したりしてたんですかぁ?」
「実は私は……お父様と直接お話ししたことはないのですわ。私とヴィヴィアンは、発明卿が眠られた後に稼働したものですから」
「ニムエさんのお母さんって、エレインですよねぇ。どうして、お父さんは発明卿なんですかぁ」
 リュリュミアの純粋な質問に、ニムエが応じる。
「私とヴィヴィアンはエレインお母様につくられましたけれど、ベースになる部分はお母様を設計したお父様の発明だから、と聞いておりますわ。それに、お母様が私たちを設計する工程も、お父様もご一緒に確認されていたとか」
 ニムエはリュリュミアと会話しながらも、計器の観察は怠らない。
「ええと、じゃニムエは、発明卿がどんな人が知らないんですかぁ?」
「いえ、お母様からいろいろうかがっておりますわ。発明に熱中すると、食事も睡眠も忘れてしまう人だとか。発明が何より大切なので、他のことはおろそかになりがちだけれど、家族やサンクチュアリそのものをとても大切に思っている人だそうですわ」
「発明卿って、いい人だったんですねぇ。顔は怖そうですがぁ」
 リュリュミアが、素直に発明卿の眠った顔を眺めながら言うと、
「ええ。発明には厳しい人だったそうですわ。ただ、発明に熱中するあまり、失ってしまった時間をフォローする時は、また別の発明で解決しようとする……と、お母様が笑っておりましたわ」
 ニムエが伝え聞いた話を披露していると、リュリュミアたちの話を警備隊員たちも聞き入っている。その時、掃除から戻ったマニフィカが声をかけた。
「ニムエさん、そろそろ発明卿のバイタル管理をわたくしが変わりましょうか?」
 リュリュミアと会話に集中させてあげたいと、マニフィカが言うと、
「そうですね。リュリュミアさんとのお話も楽しいのですが、残念ですが、そろそろ私の機能が落ちてきているようです。少し、休ませていただいてよろしいでしょうか」
 ニムエの言葉に、メイドガジェットの機能限界を理解してきたマニフィカとリュリュミアも納得する。そうしてニムエは、自身の監視役の警備隊員と共にアバロン湖研究所の博物室へ向かったのだった。そして、ガラスケースの一つに入ると、そのまま動かなくなっていた。

「ガラスケースに入ったニムエさんって、本当に奇麗なお人形さんみたいですよねぇ」
 かつて、この場所のガラスケースで氷漬けにさせられそうになったリュリュミア。そのリュリュミアが、ニムエの様子を思い出しながらのほほんと言う。その言葉に、マニフィカは反応しながらも謝った。
「も、申し訳ありませんっ。ただ今、手が離せなくてっ」
 ニムエに代わって発明卿のバイタルサインを確認しているマニフィカは、いっぱいいっぱいの状況になっていた。すでに警備隊員の一名はマニフィカを手伝ってはいたのだが、確認事項が多岐に渡るため気を緩めなかったのだった。
「そうですよねぇ。今日は帰りますぅ。また、来ますねぇ」
「はい。お待ちしておりますわ」
 冷凍睡眠という発明に興味津々だったマニフィカは、すでに発明卿の解凍作業の実務も任されていたのだった。

 これまでマニフィカは、警備隊の監視下で発明卿の解凍作業を進めるメイドガジェットのニムエを手伝っていた。そのうちに、サンクチュアリ世界における心拍や脳波などバイタルサインの基本的な確認方法は理解できるようになっていた。マニフィカの住む世界とは全く異なる進歩を遂げてきたテクノロジーの構造とはいえ、波長を確認することは、マニフィカにとって問題ないものだったのだ。
 ただマニフィカにとっての問題は、解凍を進める上で使われる疑似血液なるものを使った解凍技術の存在そのものだった。そもそも発明卿が発明した方法で、安全な冷凍睡眠をするためには、事前に体組織の変質も行われるということだったのだ。
「解凍数値にあわせた疑似血液の投入量はうかがってますけれど、そ、それ以外に何かありました際の対処方法はニムエさんしかわかりませんから、叩き起こすしかありませんけれどっ」
 こんな時にいてほしい人を心に思い描きながら、マニフィカの二か月は、あっという間に過ぎていこうとしていたのだった。


◆3:ジュディの世界満喫旅行

「おめでとう!いやもう、すごいびっくり!元相棒として鼻が高いわ!!」
 モノクローム警察署の新人刑事は、異世界の乙女ジュディ・バーガーに出会うなり、そう叫んでジュディの手を両手で握りしめていた。
 ジュディが、"サンクチュアリ"の地方都市モノクーム駅に降り立ったとたんに、飛びついてきたのは、このアール刑事であった。
「オー、この勲章のこと、アールも知っていたデスカ〜?」
 ジュディが、放漫な胸に堂々と飾る勲章。その意味するところを、まだ未成年の乙女刑事アールは十分以上に知っていた。
「もちろんよ!国を救った英雄が、自らモノクロームに来てくれるなんて、この街始まって以来の大事件よ!」
 今回、アールの言うところの大事件の中心が、ジュディ自身であることはいうまでもない。
「せっかくだから、思いっきりモノクローム中に自慢して回ったわ!」
 アールの言わんとするところによると、自分の相棒が大勲章を受章して、モノクロームに凱旋してくるということなのだ。
「What? ジュディは、アールに自慢しに来ただけデ〜ス」
 名誉を重んじる世界の出身であるジュディは、真っ先にアールに勲章受章を自慢したくなって、モノクロームを訪れたのである。
「あら、遠慮なんてジュディらしくないわ。もちろんタダ酒も、あびるほど飲めるんだから!」
 ジュディが、モノクーム駅を一歩でると、モノクロームのシンボルでもある大時計塔が復活した姿を見せていた。ところどころ粉砕されて、真新しいヒビがしっくいで固められている部分があるのが、この時計塔の歴史を物語っている。
 しかし、ジュディが何よりも驚かされたのは、この駅前に集まってきた人々の多さである。
「うっわ!本物のジュディだ!!」
「ガジェット暴走阻止の英雄の一人よね」
「しかも発明卿のお嬢さんの命まで救ったって」
 口ぐちに、ジュディの功績を称える声でざわめく中、拡声器から声が響き渡る。
「アーアーアー。お帰りなさい、ジュディさん。国を救っていただいたジュディさんには、本日は存分にモノクローム市の酒を楽しんでいただきたい!そして今後は、モノクローム名誉市民として、このモノクローム市にお帰りいただきたい」
 そしてモノクローム市内に住居用の官舎を用意したという声の主は、モノクローム市長のものであった。
「ふふ、驚いた?」
 この状況を用意したらしいアールが自慢げに肩をそらす。
「うーっぷす。ジュディ、驚かされましター!グッレイトなサプライズですネー!」
「でしょでしょ。これでジュディは、来たい時にいつでもモノクロームに来ていいのよ。家だってあるんだから!」
「オー、ジュディ、最高の気分デース!」
 嬉しさに舞い上がったジュディは、モノクローム市長から拡声器をゲットすると、集まったモノクローム市民に向かって陽気な声をあげる。
「ハーイ、ジュディデ〜ス!サンクチュアリ大勲章アーンド、モノクローム名誉市民、光栄テース!!ジュディは、これからもモノクローム市に、いつでも戻って来ますネ。その時は、一緒に酒を飲みましょウ!!」
 この後、ジュディ一次会として駅前に用意されていた酒を市民たちと飲み、二次会以降は港近くの食堂兼酒場で飲み明かしたのだった。もちろんアールは未成年であるので、まだ手にしたジョッキに入っているのはオレンジジュースである。

港横の小さな酒場でアール嬢ととことん打ち上げ、たっぷりエールを痛飲した翌朝。ジュディは、愛蛇ラッキーちゃんと共にツーリングに出発していた。どことなくジュディの出身世界を彷彿とさせるサンクチュアリ世界に、
「まだまだ旨い蒸留酒と出会えるに違いないデ〜ス」
 と睨み、サンクチュアリ各地の酒蔵を巡るつもりのジュディであった。こうして、ジュディの二か月もまたたく間に過ぎることとなっていた。


◆4:発明卿の目覚める日

 アバロン湖研究所にて冷凍睡眠中の発明卿。
 メイドガジェットのニムエによる解凍作業が始まって二ヶ月。
 発明卿のバイタルサインの意識レベルが、覚醒間近の数値を刻んでいた。

「とっとと、目覚めなさいよね。お父さん」
 バッグに忍ばせた大型拳銃を握るのは、発明卿の娘シャルロットだった。そのシャルロットの周囲には、この日にあわせてテレビ中継のカメラも入ってきていた。シャルロットには、時々アナウンサーから質問がされるのだが、シャルロットにとってはうっとおしい以外の何物でもない。何を聞かれても、「ああそう」「特には……」と、そっけない返事を返していた。けれど、陽気なアナウンサーは「お嬢さんの緊張は、ますます高まっているようです!」など、勝手に場を盛り上げる情報に変換してしまっていた。それらの実況を聞くたびに、
『ふん。どうせ、私の本当の気持ちなんて、この人たちにとってどうでもいいことよね』
 と、シャルロットのすね具合だけは、大きくふくらんでいた。

 一方、マニフィカは、発明卿のバイタルを、警備隊員に監視されるニムエの横で確認していた。その警備隊員たちが突然ざわつき出したのを、マニフィカは見逃さなかった。
「何か異変でもありましたの?」
 マニフィカの指摘に、警備隊員の一人が小声で知らせる。
「……どうやら、サンクチュアリ警備隊収容施設の監視下にいたメイドガジェットたちが脱走したそうなんです」
「エレインとヴィヴィアン……ですわね」
 マニフィカの確認に、警備隊員が頷く。その横から、もう一人が円卓議会からの依頼をマニフィカに伝える。
「円卓議会は、マニフィカさんはガジェット確保に協力願いたい、とのことです。時期を考えれば、メイドガジェットたちはこちらに向かっているだろう、とのことですっ」
「わかりましたわ。せっかく良き関係を構築できたニムエさんとの二ヶ月を無駄にしたくはありませんもの」
 マニフィカが依頼を快諾すると、自分の名を聞きとったらしいニムエが不安そうな瞳をマニフィカに向ける。
「何でもありませんわ。ニムエさんは、そのままお仕事を続けてくださいませ」
 相手がメイドガジェットであろうとも、異種族間の友情は成立すると信じるマニフィカは、笑顔をニムエに向けていた。

 マニフィカが研究所の外に出ると、湖の周辺には多くの人々が集まってごったがえしていた。流石に、湖にかかった一本道には立ち入り規制がかかっていたが、その周囲は人に埋め尽くされ、屋台や昇りが立ち並ぶお祭り状態である。常ならば霧の立ち込めるはずの湖の湿気は、発明卿の発明ガジェット『じめのんくん』が空間湿度調整をしていて、視界はクリア状態になっていた。その中、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「……この声は、ジュディさんでしょうか?」
「オー、正解デ〜ス!」
 ジュディは、二か月の間にサンクチュアリ世界各地で、スコッチウィスキーに似た独特のスモーキー・フレーバーを堪能して大満足で、この場にやってきていた。
「特に気に入った蒸留酒を樽ごと大人買いして、飲んで回って来ましたヨ〜。テレビで発明卿のお目覚め予告を見て慌てて戻ってきました〜。今は、この祭りで、皆が飲めというんで、た〜っぷりいただいてますヨ〜!!」
 酒は飲んでも飲まれるな……のはずが、すっかり出来上がっている様子のジュディ。そのジュディに、マニフィカは手早く状況を説明すると、
「オフコース。ジュディ、引き受けますヨ〜。今回のジュディは一味違うデ〜ス」
 ジュディも協力を快諾する。前回と違い、ジュディは新たな世界で新技『スキル・ブレイカー』を習得していた。また、その過程で打たれ強さに磨きがかかっていたのだ。他にも『マギジック・レボルバー』や『マギジック・ライフル』という銃器も入手していたが、あくまでも素手の勝負にジュディはこだわりたいと、指を鳴らす。
「早くヴィヴィアンと拳で語り合いたいデ〜ス!」
 ジュディにとって相手を倒すことが真の目的ではない。ただし、その足取りがおぼつかないところは、大きな不安要素のジュディだった。

 お祭り気分が盛り上がる湖周囲。その人ごみから少し離れた位置に、一人の女子高生がひっそりと現れていた。
「ふう。ようやく来れたわ]
 自分の立つ地面の硬さを確認するのは、異世界の女子高生である姫柳未来であった。
「以前、この湖周辺では、えらい目にあったことがあるけど、今回は湿度も高くないし、大丈夫そうね」
 以前、未来はこの湖で巨大なクマの下敷きになり、水浸しで圧死寸前になった記憶があったのだ。そうして、自分がここに来る前の情報を確認する。
「どうやらエレインは、まだ金色の林檎を使って、事件を起こすつもりのようよね」
 情報によれば、エレインの持っている「金色の林檎」は、一度壊された林檎の縮小版のようである。
「それにエレインたちは、目覚めた発明卿の誘拐を狙っているようだし、この場所に来るのは間違いないはずだよね」
 未来は、人ごみをかき分け、研究所に続くかけ橋に近く、それでいて身を隠せる位置に改めて身をひそめる。
「せっかく街が平和になったのに、そんなことをさせるわけにはいかないよ」
 祭りの喧騒を眺めながら思う。
「誘拐を阻止できたら、エレインたちを連れて、このお祭りに参加したいよね」
 未来は、エレインたちにも祭りのお菓子を食べさせてあげたいと計画していた。


◆5:発明卿の覚醒

 発明卿のバイタルが覚醒数値を示す時、静まり返る研究所内。ガラスケースの脇にいたシャルロットもかたずを飲んで、ガラスケースを見つめる。その中を、発明卿の体を守っていたガラスケースの扉が、静かに開いた。その時である。
「きゃー!! 遅れましたぁ!! 発明卿、もうお目覚めになっちゃったですかぁ?」
 若草色のフレアスカートを大きくゆらして飛び込んできたのは、異世界の乙女リュリュミアだった。両手に抱えきれないほどの花束を抱えたリュリュミアが、一目散にいつもの場所に走りこむ。その場所は、リュリュミアが発明卿の様子を確認していた場所だった。リュリュミアがガラスケースの横に立った時、発明卿シルベスター・マーリン・アンブロジウス博士の碧い瞳が静かに開かれてゆく。
『間に会ったようですぅ。よかったですう』と、安心したリュリュミアは、一呼吸おいて、ずっと言いたかったお礼を言った。
「おはようございますぅ、これまでたくさんの発明をありがとう!」
 両手いっぱいに、花を抱えたリュリュミアがにっこり笑う。一方の発明卿は、寝ぼけまなこで状況がよくわかっていない様子。自分のカイゼル髭をなでながら、ぼんやりと一言つぶやいた。
「……シャ……ルロット……?」
 パンパカパーン!!
 突然、研究所内に祝砲とともに音楽が流れ出す。そして、ここぞとばかりにはりきったアナウンサーによる実況中継が声高に始まった。
「さあ、視聴者の皆さま、お聞きになりましたか? 発明卿のお目覚め第一声は、発明卿のお嬢さん、シャルロットさんのお名前でしたー! さすがは発明卿、今もお嬢さんとの再会をうんぬんかんぬん」
 と、得意の早口でまくしたてる。一方、テレビ放送関連のスタッフも、「まぁ、似てるからいいや」と、娘役をリュリュミアに切り替えて、そのまま放送を続けている。

 慌てたのはリュリュミアだった。
「えー、違いますよぉ、わたしはお礼が言いたかっただけですぅ」
 発明卿のお目覚めに立ち合ったリュリュミアを、『シャルロット』で押し通したいテレビ側。寝起きの発明卿は、状況がわからないながらも、娘に言いたかった言葉が流れ出す。
「礼まで言ってくれるのか、私のかわいいシャルロット……身を裂かれる想いで君を田舎町に置いたこと……研究の為に仕方なく……」
 自然に涙も流れ出す発明卿。そこには、テレビ局が放送したかった「お涙対面場面」が展開されていた。

 そんな場面が長く続けば、毒気の抜けていた本当のシャルロットも正気に戻る。
「どうして、誰も私をかまってくれないのー!?」
 自主規制によりサングラスをかけたシャルロットが、大口径の拳銃を抜いた。そうして銃の乱射ショーが開催されたのだった。


◆6:メイドガジェットの逆襲

 パンパカパーン!!
 発明卿の目覚めを知らせる祝砲が響き渡る。あわせて、アバロン湖周囲の各所に設置された大スクリーンから、発明卿のお目覚めシーンが映し出されていた。
「おおおぉーっ、発明卿が目覚められた!」
「お元気そうだぞ!!」
「しかもお嬢さんと対面されて、涙まで……さぞ嬉しいことでしょう」
 サンクチュアリ世界の人々が喜ぶ姿を見る中、未来たち異世界人は少し複雑な気分になっていた。
「娘……って、あれは、どうみてもリュリュミアだよね」
 特に未来は、かつて発明卿の娘シャルロットから拳銃を取り上げた経緯もあるので、シャルロット本人をよく見知っていたのだ。しかし今、発明卿自らもリュリュミアを娘と信じて疑っていないのだ。
「シャルロットがいつまでも反抗期っていうのも、ちょっとわかる気はするかなー」
 と、未来の気がわずかにそれていた時だった。長いスカートをひるがえすメイドガジェットたちが走り抜けようとしていたのだ。
「ニムエ相手じゃ厳しかったかもしれないけど、ヴィヴィアン、あなたのスピードじゃ、楽勝だよ!」
 未来の言葉と同時に、ヴィヴィアンの肩に乗っていたエレインの体がふわりと浮く。
「あっ、てめぇ、お母様に何すんだ!」
 ヴィヴィアンが拳を向けてこようとするのを、未来はとりあえず言葉でかわす。
「別にわたしは、ヴィヴィアンのお母様をどうこうする気はないよ」
「なんだって!?」
 頭にネジのささったメイドガジェットヴィヴィアンが未来をにらむ。一方、ふわりと体の浮いているエレインは、内心冷や汗をかきながら、落ち着きはらって言う。
「そうでちゅね。簡単な用なら聞いてあげてもいいでちゅ」
 未来は、エレインの体を地面に下ろしてから言った。
「そうだね。用なら、簡単だよ」
 そして、未来は、母譲りの超能力で力場を操作する。
「用があるのは、その林檎だけなんだから」
 未来は、エレインの持っていた林檎を、超能力のサイコキネシスで没収しようとする。
「エレインには、再びガジェットを暴走させないようにしてもらいたいからね」
 彼らの頭上に、金色に輝く林檎がふわりと浮きあがる。
「せっかくだからさ、これが終わったらエレインたちと祭りを楽しみたいんだ。一緒にお菓子でも食べようよ」
 未来はにっこりと笑った後、厳しい顔で言った。
「だから、もう人の迷惑になるようなことはやめなさい!」
 そうして、未来の『ごついウォーハンマー』が林檎を粉砕したはずだった。一発の銃弾さえなければ。
 ちゅいぃぃぃん
「あれ?今の……流れ弾??」
 予想外のことに驚く未来。研究所の方向から飛んできた弾は、器用に空飛ぶ林檎をはじいてしまったのだ。その林檎は、近くまできていたジュディの手の中に。
「てっめぇぇ!」
 林檎に向かって走りだすヴィヴィアン。
「これは、天の配剤デスカ〜?」
 だが、ジュディが構えをとろうとした足がからまってしまう。
「オオゥ。これは、飲みすぎてしまいましたカ〜?」
 拳の対決に、一瞬の緩みは命取りである。しかも、ジュディが転ぶ拍子に、金の林檎も再び空を飛んでいた。
「ヴィヴィアンさんなら、こちらが何とかしますわ」
 声をかけたのは、これまで林檎による洗脳解除のスペシャリスト、マニフィカだった。
「そうはいくか!」
 とは言うものの、洗脳されている意識のないヴィウィアンである。無鉄砲に、マニフィカの方向に向かってしまう。それを止めたのは、エレインだった。
「ヴィヴィアンちゃん、林檎の方が先でちゅわ。あたくちに渡しなちゃい」
「了解!」
 林檎を拾い上げたヴィヴィアンが、林檎をエレインに投げる。だが、その林檎は、エレインに届く前に、未来によって再び空中で止まった。
「これ以上、エレインに悪ささせるわけにはいかないよ!」
 そうして、今度こそと確実に林檎は粉砕されたのだ。この直後、ウィヴィアンの洗脳がマニフィカの術によって解除されたのだった。

「あれ? あたしは、一体何を……」
 洗脳解除で放心状態になるヴィヴィアン。
「あなたの洗脳は解除されましたわ。安心してください」
 ほがらかなマニフィカの言葉に、ヴィヴィアンの記憶回路はかえって混乱する。そのヴィヴィアンに厳しい声をかけたのは、エレインだった。
「まずは、ニムエを助けるでちゅ!発明卿のことは、その後で考えまちょう!」
 エレインのストレートな言葉は、混乱したヴィヴィアンを落ち着かせる効果絶大であった。
「うん。ニムエだな。ニムエなら、助けなきゃだな」
 納得したヴィヴィアンが、マニフィカや一本橋の警備隊員を振り切り、研究所へと突進する。
「どけどけぇ!!」
 直球で猪突猛進するヴィヴィアンを止められる者は、残念ながら誰もいなかった。そのヴィヴィアンがニムエを抱えて帰ってくるまで、多くの時間はかからない。ヴィヴィアンのもう片方の腕に収まったエレインは、自分を止めようとした未来に言う。
「でもお祭りで、あたくちも一緒にお菓子を食べてみたかったでちゅね。人間もいないと困ることが多いみたいでちゅから、無暗にガジェット暴走させるのは、やめてあげるでちゅ」
 未来もエレインの言葉で、来たかいがあったかもと納得する。
 一方、マニフィカもエレインに念を押すことは忘れない。
「無暗にニムエさんを洗脳するのもやめてくださいませね」
 エレインが止められないなら、ニムエの今後を心配するマニフィカ。エレインが頷き、ニムエの方も、
「よくわかりませんが、私は必要とされるところにまいりますわ。今まで楽しかったですわ。ありがとうございます」
 自分の研究所での仕事は終わったと考えているニムエ。そのニムエと目で「お元気で」と、会話したマニフィカだった。
 他方、ヴィヴィアンとジュディも再戦を拳で約束したという。

 そうしてニムエがさらわれた研究所内。
 今も、シャルロットの暴走は止まらない。
「誰も私なんかー!!」
「ふむ。なかなかおちゃめな娘さんなのだ」
 暴れるシャルロットを、真顔で傍観する発明卿。その発明卿に、
「あ、あちらが本物のシャルロットさんですよぉ」
 と教えたのは、リュリュミアだった。
「ええええっ!?じゃ君は?」
「発明卿の発明のファンですよぉ」
 ただのファンだけで、リュリュミアがここにいられるわけがないことを、起きたばかりの発明卿は理解していた。
「きっと、私は眠っている間に、君の世話にもなっているはずだな。ありがとう」
 発明卿は、研究所内を埋め尽くす花の意味するところからもリュリュミアの尽力に感謝する。その後、発明卿はまだふらつく足でシャルロットの前に立つ。そして、両手を広げて言った。
「……反抗期かね?私のかわいいシャルロット」
「!」
 父であるアンブロジウス博士を前にして、シャルロットの碧い色の瞳が見開かれる。

 そうして、サンクチュアリに真の平和が訪れたかどうかは……いつかまた。
 サンクチュアリを訪れた者だけが知ることになるかもしれない。