ゲームマスター:烏谷光陽
むかしむかし、ユート・ピアという国に、アンジェリカというわがままなお姫様が住んでいました。 お姫様は本に出てくるような"魔王を倒す勇者"に憧れていましたが、ユート・ピアは平和な国で、魔王のまの字もありません。来る日も来る日もだだをこね、「魔王退治がしたーい!!!」とじたばた暴れるアンジェリカ姫。そんな姫に、お城の人達もすっかり慣れ、それが日常となった頃。姫の家庭教師のフロストが、うっかり……ではなく、ついに!最近、古城に住み着いた魔王を捜しあててしまいました。 もちろん、アンジェリカ姫は大喜び。さっそく、城下へ勇者募集のおふれを出しました。 自分で退治に行かないのかって?支配者階級は自分でそんな危険なことはしないのです。多分。 それに応じた何人かの勇者たち。そして魔王の正体を見極めようとする者たち。 はてさて、この魔王退治、どうなりますことやら。 おふれが出た日の午後。 本来は王様が使う謁見の間の玉座にふんぞり返るアンジェリカ姫と、ため息をつきつつ様子を見守る家庭教師のフロストの前に通されたのは、少女騎士のフレア・マナ。 フレアは、この一件に引っかかるものを感じ、魔王についてを調査する為、ユート・ピア城を訪れたのである。 「……ということで、現在は魔王に関しての情報が少なすぎます。魔王と闘おうにも、その魔王がどの様なモノなのか解らねば正直闘いようがありません」 「アンジェリカ姫は魔王について詳しい様子。姫の住んでいらっしゃるこの城であれば、さぞや魔王に関する伝承文献が数多く保管されている事でしょう。まずはそちらを閲覧する許可をいただけませんでしょうか?」 フレアのもっともな意見に、アンジェリカは満足げにうなずく。 「へぇ、なかなかわかってるじゃない。城に書庫があるから自由に使っていいわよ。 さ、フロスト。案内してあげてちょうだい」 嬉々とした様子で2人を送り出す。 すっかり悦に入っいていたアンジェリカはこの時、視界の端に映った白いものに気づかなかった。 一方その頃。 武器屋・防具屋・道具屋・宿屋兼酒場が並ぶユート・ピアの商店街で、姫柳未来と坂本春音は冒険の準備を進めていた。 「やっぱり冒険に出るなら、まずは装備を整えなくちゃね!」 うきうきと言いながら武器屋の店先にあるトゲトゲ付きのモーニングスターやごついウォーハンマーを手に取っている未来。 それ、本当に使うの?という言葉を飲み込み、春音が訊ねる。 「そ、それより、魔王さんって本当に悪い人なんでしょうか?土地神様は確かに魔物が城に住んでいるとは言ったけど、邪悪な気は感じないと言ってましたし、町の人達も噂を聞くばっかりで、今の所は何もないって……」 神気召喚術の使える春音は、買い物の前にこの辺りの土地神様に話を聞き、町の人達からも情報収集をしていたのだ。 「もしかしたら今は偶々悪いこと考えてないだけで、明日になったら急に世界征服とか始めるかもしれないよ?」 今度は隣の防具屋のセクシーな踊り子の衣装を手に取りながら未来は言う。 「そ、それはそうですけど」 それ、本当に防具なの?という言葉を飲み込み、春音が返す。 「よし、わたしはこれにしようかな。春音はこっちね!」 と、ややあって未来は黒い三角帽子、黒いローブの魔女風の衣装に決めたらしい。 春音の手にぽんと渡されたのは、先ほどのセクシーな踊り子風衣装。 「えぇっ!!こ、これ!?」 「だってこれ、すっごく可愛いよ。春音に似合うんじゃないかなって思って。 どうせなら可愛い服のがいいでしょ?」 にこにこと善意100%の笑顔で返される。 「まあ、水着みたいなものだと思えばいいんじゃないかな?」 未来に言われ、まじまじと衣装を見てみる。水着というか、学校の水着より遥かに布が少ないし。 「あの……やっぱり違う服の方が」 真っ赤になって顔を伏せる。 もしかしたら魔王の城は怖い所かもしれないのに、この衣装は心もとない。なさ過ぎる。 「うーん、ダメ?似合うと思うんだけどなぁ。じゃあ別のなら、わたしと合わせてこっちの白いローブかな。あ、この後、強そうな武器も買わなくちゃね。あとは、薬草とか毒消しも買わなくっちゃ!」 ということで2人はその後もしばらくショッピングを楽しむのだった。 この時の2人は気づかなかった。後ろを大きな白い袋を担いだ人物がこそこそと通って行ったことを。 「♪かぜーのー夜にー、うーまーをー駆りーはしーりゆーく父ーと子~」 音楽の授業とか、そういう感じのどこかで聴いたことのある歌を口ずさみ、魔王城への道を意気揚々と歩いているのはエンジニアのレイナルフ・モリシタ。 手には工具箱を持ち、頭にはヘルメット。片方の手にはペットのミドリガメラくんを抱えている。 「いやー、やりがいのある仕事だなぁ!ミドリガメラくん!」 アンジェリカ姫は暇すぎて刺激が欲しいのではないかと踏んだ彼は、刺激が有って危険はないアトラクション満載型遊園地「ユート・ピア魔王ランド」(入場料:大人58シルバー、子供50シルバー)を建設すべく、魔王城へと向かっている途中なのである。もちろん設計図のISO対策もばっちり。 「城は有るらしいから、後は魅力的なマスコットかねぇ。○ッ○ーみたいな……」 世界的に有名なマスコットの名前を口に出すと何故か自動的にピロピロ音で遮られた。そこら辺はファンタジー世界でもいろいろと事情のある仕様なのである。と、ひとりごちて歩くレイナルフの前方を、白い影が横切った。 見れば銀の毛並みを持つシエラ・シルバーテイルがえっちらおっちらと、もごもご音のする重そうな袋を背負って走っている。荷物の割りに足は速い。まるで巻きが入っているようだ。 「なんだありゃ?魔王城のマスコットかな?……まいいか」 はっきり言ってとても怪しいのだが、魔王ランド建設を夢見る彼にはシエラはマスコットにしか見えなかったらしい。 「♪おとーさーん、おとーさーん、魔王が来るよ~」 レイナルフはまたどこかで聴いたことのある歌を歌い始めると、再び魔王城へと向かい始めるのだった。 「さあ皆さん、おやつですよ~」 場所は魔王城のホール。リスの獣人である梨須野ちとせは魔王城にいる面々に3時のおやつを振舞っていた。 おやつは紅茶とクルミ入りのクッキーである。焼きたての手作りクッキーからは香ばしい匂いが、淹れたての紅茶からは暖かな湯気が上がっている。 「わーい!」「僕がさきー、手伝ったんだもん!」「あー、あたしのクッキー取ったー!」 わいわい騒ぎながら、小鬼が、ベッドの下のおばけが、誰かの忘れ物の影法師が、小さな竜たちが、おやつを分け合っている。 「はいはい、沢山ありますからケンカしないでくださいね」 ちとせが騒いでいる魔物達に声をかけると、「はーい!」と素直な返事が返ってきた。 集まっているのは魔物ばかりだが、実態は和やかなおやつ時である。 何故ちとせが噂の魔王城にいるかというと。 森でイタチに襲われ、そこを魔王クレセントに助けられてから、住み込みのメイドとして働いているのである。 「いつもすみません、ちとせさん。おやつまで作ってもらって」 と、噂の主である魔王本人は人懐っこそうな笑みを浮かべ、にこにこと魔物達を見守っている。動きやすそうな服と、首にはタオル、ポケットには軍手。手には外で農作業をする時用の麦藁帽子。チェスに住むマゾクの特徴である、とがった耳の上の角と背中のコウモリのような羽がなければ、見た目はただの農家の青年である。 「クレセントさんも宜しかったらどうぞ~」 身体ほどあるお盆をよいしょ、と頭の上に持ち上げて、紅茶とクッキーをクレセントの所まで運ぶちとせ。 「じゃあ、僕も一枚もらおうかな」 クレセントがクッキーに手を伸ばした。 と。 「クレセントさん!ここにいらっしゃったの?」 ホールに張りのある女性の声が響く。 やってきたのは執事のセバスちゃんを従えたお嬢様オブお嬢様、エメラルド色の三つ目を持つライン・ベクトラだった。 かつてラインが当地を訪れるに前に耳にした噂。その内容に違和感を覚えたラインは、自分の目で真相を確かめるべく、客人として魔王城を訪れ、現在も滞在していたのである。 「や、やあ、ラインさん……」 気圧されたようにおずおずと答えるクレセント。ラインは構わずつかつかと歩み寄り、腕を組んで自分より少し背の高い相手を見つめる。 「その格好……また畑仕事ですの?まあ、あなたが噂のような悪人ではなくて良かったのだけれど、城の主なら主らしい格好をした方がよろしいんじゃなくて?」 「はぁ……す、すみません。でもあの、ええと、そろそろ雪白草の花が咲く頃だし、雑草も増えてくるから取っておかないと……ごにょごにょ」 ラインに言われ、ぼそぼそと彼なりの言い分を気弱に訴える。 「もう!そういう態度が主らしくないと言っているのですわ!」 と怒るライン。 「まあまあ、ラインさんもお茶とクッキー、いかがですか?」 と、見かねたちとせが間に入る。クレセントもほっとした様子でちとせからお盆を受け取り、にっこり笑って差し出した。 「そ、そうそう!ちとせさんのクッキー、美味しいよ。紅茶も冷めると味が落ちるし……お説教の方はお茶をしながら一緒に聞くから」 「……まあ、どうしてもと言うのならご一緒してもいいけれど」 魔王である青年の善人そのものの笑顔を見、ラインはそっぽを向く。何故か顔が赤い。 なぜかしらと、ちとせは首をかしげた。 同じく魔王城のとある回廊。エルンスト・ハウアーは魔王城の魔物達に命じて、罠も何もない古城に様々な罠を設置している最中だった。ボスモンスター歴(?)を生かし、やってくる勇者にスリルとスペクタクルとサスペンス&デストローイ!!を与える為である。嫌がらせとか言ってはいけない。 「おじーちゃーん、疲れたよー」「みんなきっともうおやつ食べてるよー。僕たちも食べようよー」 作業を手伝わされた小鬼たちが口々に言う。エルンストも、回廊を見て満足そうにうなずく。 「うーむ、まあこんなもんでいいじゃろ。魔王が本当にいたのは予想外じゃったが……まあアレは邪魔になるわけでもなし。ふっふっふ、勇者が来るのが楽しみじゃわい」 「おじいちゃん、ボスっぽーい」「魔王さまより魔王っぽーい」 口々に言う小鬼を連れ、エルンストはホールへと戻っていった。 一方その頃、事の発端であるユート・ピアの城ではフレア・マナが城の書庫で魔王に関する文献を調べていた。 確かに魔王に関する本も多くあるようだ。だが、一番多いのは絵本や物語の本。 文献の類も、昔、他の国に現れた魔王や魔物についてが書かれたもので、ユート・ピアに関する記述はない。 「えーと、一つ聞いていいかな」 と、フレアは案内をしてくれた年の近そうな家庭教師に向き直る。確かフロストとか呼ばれていたはず。 「魔王とやらは誰が見つけてきたんだ?」単刀直入に切り出した。なんせこの一件、いろいろと話がうますぎる。 普段姫のわがままに散々付き合わされ、疲れた様子の家庭教師は言い辛そうにこう言った。 「あぁ、それですか。いえね、あまりに姫が"魔王退治したーい!!"って言っていて勉強に身が入らないものだから、ちょっとそのことで、あの……食堂で愚痴ってたんですよ。そしたら、そこに来てた牛乳配達の女の子が教えてくれたんです。近くの古城に魔王が住み着いてるって」 「で?それを姫にそのまま教えたのか?」 フレアが訊ねるとフロストはうなずく。 「えぇ、魔王がいるなんてきっと噂だけだなって思いましたから。"今進めている分の勉強が済んだら連れて行って差し上げますよ"って姫に言ったんです。そしたら聞いてくださいよ!『嫌。勇者が見つかるまでは勉強なんてしてられないわ!魔王が近所に住んでるなんてこれはこの国の、いえ、世界の危機なのよっ!!』とか言っちゃってですね、ありゃあ勉強する気0ですね。お手上げですよ。ていうか世界の危機とか言いたいだけの年頃なんですよ」 途中から愚痴も混ざる。というかほとんどが愚痴だった。 「じゃあ、城の者はまだ誰もその城を詳しく調べていないんだな。教えてくれた少女というのは?」 「魔王城の近くに住んでるとか言ってましたけど、あんまり見ない顔でしたね。オレンジ色の派手な髪の子でしたよ」 「うーん……その子にも話を聞いてみたほうが良さそうだな」 言ってフレアは書庫を後にした。魔王城も一応調べる必要があるかもしれない。何かの罠であるなら、誰かが巻き込まれる前に急がなければ。 「暇ですね。勇者はまだ来ないのでしょうか」 魔王城の玄関である大きな門の前で、テネシー・ドーラーはひとりごちた。 魔王城に近衛兵として仕えてみたものの、城は平和そのもの。魔物は幼いものばかりだし、魔王と来たら城の中庭にある畑や花壇にかかりきり。これでは自分がこの城の主になった方が良いのではないだろうか。 と、同じく門の前の階段に座り、ため息をついている少女が目に留まる。オレンジ色の髪の、魔王と同じく角と羽のある少女だ。 「うーむむ、勇者が来ないでやんす。おかしいでやんす。あのわがまま姫、このあちきがわざわざ情報をリークしてやったっちゅーのに何をやってるでやんすかね?」 「貴方、何をぶつぶつ言っているのですか?」テネシーが声をかけると、少女は文字通り飛び上がった。 「わわっ!誰かと思ったらテネシーの姐さん!お勤めご苦労様でやんす!!」 びしっ!と敬礼される。 「敬礼は結構です。貴方、確かクレセント様の配下の……」顔を見て思い出す。城に来た時に魔王の側に居た少女である。確か、"名前はなし"なので略して"ナシ"。 「ナシでやんす!姐さんに覚えててもらえるとは光栄でやんす!」 ビシィ!!と敬礼したままナシが答える。語尾にサー!とか付けそうな勢いだ。もう敬礼は無視することにし、先ほどの言葉の意味を聞いてみる。 「貴方、"情報をリーク"とはどういうことなんですか?」 「えっへっへー、姐さんになら教えてあげてもいいでやんすかね!あちきは常々思ってたでやんす!クレセント様は魔王に向いていないと!!」 「まあ、それは思いましたが」テネシーもうなずく。 「だから、クーデターでやんす!下克上でやんす!!国家転覆、お家騒動でやんす!!!」 「最後のはよくわかりませんが、つまり魔王を倒し、自らが魔王として君臨すると?」 「その通り!やっぱり、姐さんならわかってくれると思ったでやんす!ユート・ピアのわがまま姫が魔王退治をしたがってるのは周知の話でやんす。だから姫にクレセント様のことを教えて、城に勇者を来させるでやんす!で、来た勇者がクレセント様を倒したら、あちきが代わりに魔王になるでやんす!めでたしめでたしでやんす!」 こんな能天気そうなのが、自分と同じことをしようとしていたのか、とテネシーは軽くため息をつく。 だが、悪い話ではないかもしれない。少なくともこんな暇な現状よりは。 「面白そうですね。ですが、その作戦には一つ間違いがあります」 「あれあれ?間違いでやんすか?」 不思議そうに首をかしげるナシ。 「クレセント様の代わりに魔王になるのはわたくしです」 きっぱりと告げた。ナシの目が期待と憧れに輝く。 「おおおー、姐さんがついに動くでやんすか!マジハンパねぇでやんす!!ねーさん!ねーさん!!」 姐さんコールを背に、テネシーは歩き始める。そうと決まれば話は早かった。 「ここが魔王城……正攻法で行ったら時間がかかりそうだな」 同じ頃、エアバイク「凄嵐」に乗ったグラント・ウィンクラックは魔王城の上空で城を見下ろしていた。 武者修行の身として、魔王という存在と戦ってみたいと、単身城へ乗り込んできたのである。 上空から潜入しようとした場合、飛行タイプの魔物が現れることも予想したが、今の所はそのようなものは現れない。恐らく、魔物も城の内部に潜んでいるのだろう。 集中し、気闘法の応用で城中の気を探る。城のほとんどの気配は、中央にある一室に集まっている。 最も多くの魔物が守る場所。恐らくそこが魔王のいる部屋。 「そこか……行くぜ、魔王!いざ尋常に勝負!!」 言って一気に飛び降りる。降りざまに破軍刀を一閃。石造りの頑丈な天井は、その一刀であっさり斬り裂かれる。 そしてグラントは目的の部屋の中央に苦もなく着地した。 「よう……お初にお目にかかるぜ、魔王さんよ。俺はグラント・ウィンクラック、さすらいの……」 言いかけて周囲を見渡して止まる。小さな魔物達と散らばったクッキー。見知った顔も何人か。皆驚いた顔でこっちを見ている。悪の城に乗り込んだというより、お茶会に乱入してしまったというこの状況。 「ちょっと待て、魔王はどこだ?」 混乱しかけた頭を整理するように疑問を口に出すと、部屋の奥に居たひときわ弱そうな青年がおずおず手を上げた。 「ぼ、僕が魔王だけど。……えっと、あの、クッキー食べる?」 グラントは思わず破軍刀を取り落としそうになった。 空気が止まったような一室。と、梨須野ちとせが窓の外の様子に気づいた。 「あら?誰か外にいますよ?何をしてるんでしょう?」 言われて皆がめいめい窓をのぞく。 窓の外、魔王城の玄関先では、レイナルフ・モリシタが厳かに地鎮祭を執り行っている所だった。 「はんにゃーはらみっだーなんとかーかんとかー」 どこから用意したのか小さなお稲荷さんがついた祠を設置し、神社で使うようなばっさばっさ振るアレを振り回している。ていうか唱えてるのは何故か般若心経だ。 と、窓の外を覗いている面々に気が付いた。 「おー、魔王城の皆さん、揃ってるみたいだなぁ。ていうか株主総会でもやってたか?オレはレイナルフ!これからここでアトラクションやら何やら作らせてもらうから!よろしくな!」 「あ、アトラクション!?こ、困るよ、僕たちの城でそんな勝手に……!」 思わずクレセントが言い返す。 「あれ、キミが魔王さんかい?思ってたイメージと違うなぁ。まあ、オレに任せとけって!姫も勇者も満足するとびっきりのアトラクションを作ってやるからさ!!」 「ええと、いや、だからそうじゃなくて……」 「♪おとーさーん、おとーさーん、魔王が来るよ~」 構わずレイナルフは歌いながら設計図を広げ、アトラクションの組立作業に入る。使命に燃える一人の職人を止めるには魔王は弱すぎた。 「たのもーう!!」 混乱を極める現場にまた一人現れたのは銀色の毛並みを持つ狼獣人、シエラ・シルバーテイル。 背負った大きな白い袋を、どさっと地面に放り出す。そこから現れたのはロープでぐるぐるに縛られたアンジェリカ姫。 「もごもがー!!!」 なんかすごく怒ってる、らしい。 怒ってじたばたしているアンジェリカを放置し、シエラはクレセントに向き直る。 「話は聞かせてもらったわ!あなたが魔王ね!!」 「そ、そうだけど……」 次から次へと現れる刺客(?)に若干怯え気味のクレセントが答えた。 「噂で聞いたけど、あなた、魔王なのにまだ何もしてないらしいじゃない!」 「……は?」 シエラの問いにぽかんとなる。 「今回はともかく時間がないのよ!最初っからクライマックスなのよ!なんせ最初っから魔王城で魔王退治だもの!スライムとか倒してちまちまレベル上げしてる暇なんてないの!!」 ぽかんとした魔王は気にせず、熱く語るシエラ。 「だから、手っ取り早く済ませる為に、こちらに拉致済みのアンジェリカ姫をご用意してありま~す」 ぱぱーんとファンファーレが聞こえたような気がした。その場にいる全員の視線が自然とアンジェリカ姫に集まる。 「もごもがもごごー!!!」 うん、すんごく怒ってる。 「魔王といえど、まだ何も悪いことしてない者を倒すのは、わたしの道徳に反するわけ。わかる?だから気を利かせて用意してみたんだけど」 「いや、わかんないよ!そんな気遣いいらないよ!!」 すごい理論に思わず魔王もツッコんだ。 「ハンパねぇでやんす!勇者側もハンパねぇでやんす!!」 ホールの柱の影で、やり取りを見ていたナシは思わずつぶやいた。勇者イズアメージング。 「今の状態を一言で言うなら…混沌ですね」 テネシーもつぶやいた。さて、この混乱が吉と出るか、凶と出るか。 はてさて、ドタバタ魔王退治劇、次回はどうなりますことやら。 |