「平和の歌」 第5回
ゲームマスター:いたちゆうじ
ついに復活した古の大魔法使いヘル・ドラーゴ。 レルネーエン世界は破滅の危機にさらされている。 いま、ヘル・ドラーゴは世界の中心にある塔の頂上、瀕死のリスキーを抱えるリク・ディフィンジャーたちの見守る前を浮遊し、眼下の世界に想いをはせている。 「この世界は、もうすぐ私のものになる。私以外の知性は、みな私に仕えるようになる」 呪文のように繰り返すヘル・ドラーゴ。 「リスキー、しっかりして!」 ドラーゴを警戒しながらもリスキーの状態を気づかうリク。 「むう。どうすればよいのじゃ。下手に奴に仕掛ければ、こちらが殺されてしまう」 ハゲアはドラーゴをにらみつけながら歯ぎしりした。 「ハゲア! リスキーを安全な場所に連れていきたいんだ! どこかいい場所を知らない?」 リクはハゲアの服の袖を引いてたずねた。 「むう。安全な場所? それは……」 ハゲアが答えようとしたとき。 「さて、そろそろ死んでもらおうか。お前たちを生かしておいても私にいいことはなさそうだしな」 ドラーゴがリクたちの方を振り向いて、両手を振りかざしたのである! 「いかん!」 ハゲアはとっさにリクたちをかばった。 ビビー! ドラーゴの振りかざした両手から、稲妻のような光がリクたちにほとばしる。 しかし、次の瞬間、リクたちは驚くべき光景を目にしたのである! キーン! リクたちの前に仁王立ちとなったハゲアのハゲ頭が、ドラーゴの放った光を見事に反射したのだ! 「むうっ、私の魔法をはね返すだと!?」 「フハハハハハ! 全ての魔法に通じているつもりのおぬしでも、こればかりは知らなかったじゃろう。これはわしが万一のために独自に開発していた魔法、その名も『ハゲ魔法』じゃ! 魔法の力をこめて磨きあげたハゲ頭が、全ての魔法をはね返す! どうじゃ?」 「す、すごい!」 リクは思わずため息をもらした。 「ハゲ魔法か。さすがだな。賢者の中でも最強クラスなだけのことはある。だが、そのような小技でいつまでもつかな?」 ドラーゴが次の攻撃をしかけようとしたとき。 「さて、いこうかな!」 ハゲアが指を鳴らすと同時に、ハゲアを含めたリクたちの姿が忽然と消え失せた。 「むう? 次元の狭間に逃げこんだか。探知するのに時間がかかりそうだ」 ドラーゴは舌打ちした。 「仕方ない。奴らが回復して邪魔してくる前に、世界をいったん滅ぼすとしよう」 真っ暗な空間。 リクはリスキーの身体の温もりを腕に感じながら、きょろきょろした。 「こ、ここは?」 「次元の狭間じゃ。ドラーゴといえどもそう簡単にはここを突き止められない。リスキーを休ませるにはうってつけの場所ではないかね?」 ハゲアの声がすると同時に、しゅっという音がして、小さな炎の球が浮かびあがった。 リク、リスキー、ハゲア。 そして、エクスブローンと、リュリュミアの姿も炎のあかりの中にうつしだされる。 「あらあら〜。ここはどこでしょ〜」 リュリュミアは浮遊して、暗い空間をあちこちさまよった。 「あっ!」 何かの影が生じたかと思うと、古ぼけたソファがそこにある。 チクタクと動く、古時計の音。 大きな書棚……。 どこかの書斎のような光景だ。 「次元の狭間の中を、我々は漂流しておる。バラバラにならないようわしがつなぎとめておるがな。このまま漂流していたら、バウムにもゆきついてしまうかもしれんのう」 ハゲアは椅子に腰をおろした。 リクも、リスキーの身体をソファに横たえる。 「ねえ、いま『バウム』っていったけど、それは何なの?」 リクはたずねた。 「うん? これはうっかりしたかな。バウムのことも、実は禁断の知識なのじゃ。まあ、少しだけ話してやろう。いいか。自分、というのは、実はひとつではないのじゃ。この世界にいる自分はひとつのように思えても、実はいくつもの世界の中を動く、いくつもの『自分』が存在するんだよ。そう、おぬしについても例外ではないぞ、リク。そして、その、いくつもの『自分』を統合する場所がバウム……と、それ以上のことは教えられんな」 ハゲアの説明に、リクはちんぷんかんぷんな顔をした。 「それにしても、どうすればよい? リスキーの回復を待っていたら、世界は滅ぼされてしまう」 エクスブローンはうめいた。 「うむ。それが問題じゃ。ドラーゴを何とかしたいなら、すぐにこの次元の狭間を出る必要がある」 ハゲアは汗のにじむハゲ頭をぬぐいながら言った。 「う、うう……」 ソファに横たえられたリスキーがうめき声をあげる。 「リスキー、しっかりして!」 リクがリスキーの身体をなでる。 「リスキー言ってたよね。『俺一人が歌うのは駄目なんだ』って。それってさぁ、一人じゃなかったらいいんだよね? だったらあたしだっているし、リュリュミアだってハゲアだって……ほかにも沢山いるんだから体力回復したら皆で歌おうよ! リュリュミアがいってた楽しい歌? 楽しいっていいことだし、うん! 決めた! 皆のところに行って皆で歌おう! 『無理だ』『出来ない』なんて言わせない! やるの! するの! 歌うの! ……だからね! 行こう!」 リクは呼びかける。 「ありがとう……でも、俺の体力はそこのジジイたちの魔法で回復させられるかもしれないが、俺自身の魔法の力が、一時的だけど、著しく低下している……。あの魔法使いが、自分の復活のために俺自身の魔法の力も奪いとったからだ。体力はすぐ回復しても、魔法の力が回復するには、相当の時間がかかるんだ」 「わしらの魔法の力を与えることもできるが、そうするとわしらがドラーゴと闘えなくなってしまう。あの相手には全力で挑む必要があるからのう」 ハゲアの言葉に、エクスブローンもうなずく。 「とりあえず、おぬしたちはここで待っておれ。わしらはレルネーエン世界の滅亡を止めねばならん」 ハゲアとエクスブローンが、同時に姿を消した。 「あらら〜。私たちだけになってしまいましたね〜」 リュリュミアがリクたちの頭上を浮遊しつつ旋回する。 チクタクと、時空の狭間の、不思議な書斎の空間にある時計がときを刻んでいた。 「フハハハハハハハハ! 世界はかたときも安定しない!!」 ヘル・ドラーゴがパチパチッと指を鳴らすと、そのたび遥か彼方に大爆発が巻き起こった。 ちゅどーん、ちゅどーん!! 「滅びろ、滅びろ! わしはこのレルネーエン世界の覇者となる……そして、そして」 「そして、どうするんじゃ?」 黒き影が塔の下部から浮きあがり、ドラーゴの前に立った。 「うん? おぬし、それは……」 ドラーゴは、黒き影の持つ多面体に目をとめて言った。 「はじめましてじゃな、暗黒の君!!」 エルンスト・ハウアーが片手を振り上げると、荒れ狂う闇の力が刃となってドラーゴに襲いかかった。 しゅぶっ! ドラーゴの全身が刃に切り裂かれたかに思えたが、次の瞬間には再びもと通りの姿に変わっていた。 「しゃー! ひとのもので力を得ておるな」 ドラーゴは笑いながら闇の力を全身にまといつかせ、回転しつつ体当たり。 「くうっ、どういうことじゃ? わしの放った力が吸収された?」 ドラーゴが激突するよりも一瞬早く、より高い天空に向かって跳躍するエルンスト。 そのまま、ずんずんずんずんエルンストの身体は上へ、上へ、と昇ってゆく。 「逃がさんぞ、老いた少年!」 ドラーゴはなぜか楽しそうな笑みを浮かべながら、エルンストを追って上へ、上へと昇る。 「宇宙の果てまで追ってくる気かのう?」 「そこまでいかずとも追いつくわい!」 大気圏から離脱しようとしていたエルンストにドラーゴが追いつく。 しゅっどごどごどごっ 思わず二人は、大気圏の彼方、燃えさかる太陽を背に感じながら拳で殴りあった。 「くはっ、ダメじゃダメじゃこのままでは。かくなるうえは」 エルンストは舌打ちすると、今度は急降下を始めた。 ドラーゴも降下を始める。 「ついてくるな! ここは振り切らねば」 エルンストは螺旋軌道を描きながら降下。 「逃がさんぞ、友」 ドラーゴも螺旋軌道を描きながら降下。 「くっ、くらえ! 暗黒の波動!」 しゅばしゅばしゅばっ 螺旋軌道を描きつつ降下しながらエルンストは後ろ向きにとてつもなく黒い光弾を放つ。 「は〜〜〜〜見事なまでにわしと同等の術じゃな!」 ドラーゴもまた、螺旋軌道を描きつつ降下しながらエルンストに向けてとてつもなく黒い光弾を撃ち返す。 高空に螺旋と螺旋が交錯し、螺旋と螺旋がいっとき重なるあちこちで、黒い火花が宙に飛び散った。 「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは! おかげで元気になったぞ」 やがてドラーゴはエルンストを追うのをやめると、大の字の姿勢でまっすぐ降下しながら、思いきり強く口から気を吐き出した。 か−! ドラーゴの口から吐かれた気の塊は、超ド級の火球へと姿を変え、遥か彼方、下方の街にものすごい勢いで激突した。 ちゅどどーん! 大爆発が巻き起こり、街のあった場所が一瞬にして破壊される。 後にはただ、巨大な丸い何かが落下したような円形の跡が残るのみであった。 「むうっ、何という奴じゃ。この多面体を使って奴と同等の力を得たわしと闘うことを通じて、より強い力を得たようじゃ」 エルンストは戦慄した。 「おのれ、だがまだまだ、これからじゃ」 エルンストは降下を急いだ。 再び、あの塔へと。 塔の内部へと。 エルンストには、考えがあった。 「うおお、これは!」 次元の狭間から塔の頂上へと戻ってきたハゲアとエクスブローンは目を丸くした。 彼らの目には、眼下の、既に破壊された世界の生々しい傷跡が……。 街は壊され、あちこちの家がぐしゃぐしゃだ。 山は焼け、川は干上がっている。 「しかしまだ世界は滅びていない。何者かがドラーゴの注意をひきつけてくれていたようじゃな。エルンストか?」 エクスブローンは首をひねりながらハゲアと手を握りあった。 「うん、何じゃ? ぽっ」 エクスブローンの手のぬくもりを感じたハゲアは、思わず赤面する。 「勘違いするな。世界を救うためじゃ。我ら老人の力を全開にするのじゃ」 エクスブローンもまた頬を紅潮させながら、握りしめた手と手を揺らし、きらきらと瞳をきらめかせた。 「そ、そうか。よし、エクスブローン、いまこそみせようではないか、我ら老人の力を!」 「そう、老人の力、ジジーの力を!」 「はあ〜〜」 二人が同時に気をためると、すさまじく熱く、茶色いジジーのオーラがわきおこった。 「老人力・一発! お陀仏一直線!」 二人の姿は茶色の光弾と化し、天空のある方向へ向けて一直線に飛びたった。 そう、二人が飛びたった方角にはドラーゴが! 「あなた、成仏しますか〜?」 ハゲアたちは険しい顔つきで怒鳴り散らしながら、浮遊するドラーゴに敢然と突貫した。 が。 「ふあーはっはっは! 老人力の弱点は、もうろくすることにあーり!」 ボゴッ!! ドラーゴは力いっぱい拳を握りしめると、突貫してきたハゲアたちを思いきりうちのめした。 「ぐわああああっ」 ハゲアとエクスブローンは離ればなれになって地上に落下していく。 「く、くそっ、くらえ、『ハゲ魔法』!!」 落下しながらハゲアはハゲ魔法を使用。 ハゲアのハゲがピカリと光る。 だが、特に何も起きない。 それもそのはず、ハゲ魔法とは相手の魔法をはねかえすだけの魔法なのだから。 「う、うわ〜〜!!」 ハゲアとエクスブローンはすさまじい勢いで地表に激突。 人型の穴が二つできる。 「ど、どういうことじゃ? ジジーの力ではダメなのか?」 人型の穴から這い上がりながら、ハゲアがうめく。 「まだ生きてるという時点でわしらはすごいジジーのはずじゃが……。ジジーの力を越えるものなど、この世にあるのか?」 エクスブローンもまた、人型の穴から這い上がりながらうめく。 彼らは、自覚していなかった。 長寿化の進むレルネーエン世界において、彼らはいつのまにか、年功序列的なものの考え方をするようになっていたのだ。 必ずしも、歳を経ているものほど強い力を発揮するとは限らないのである。 たとえ、魔法の世界で修行の年数が非常に深い意味を持つものだとしても。 自分たちの限界に気づかぬジジーは、やはりジジーでしかないのである! そう、ジジーの力を越えるものなど、この世にはいくらでもあるのだ!! 一方、リクたちが置いていかれた次元の狭間では。 「ねえ、きみにはどうして憎しみの歌がきかなかったの?」 リスキーをソファに休ませたリク・ディフィンジャーが、リュリュミアに質問をしかけていた。 「さあ、どうしてといわれても〜」 リュリュミアは微笑みながら宙を旋回しているのみだ。 「じゃあ、きみはなぜあんな場所にいたの? きみの目的は何なの?」 リクは期待をこめてたずねていた。 リスキーの憎しみの歌を直接聞いたにも関わらず、影響を受けた様子のみえないリュリュミア。 存在自体が謎に包まれているリュリュミアは、何かを知っていそうだった。 だから、たずねた。 すると、リュリュミアは微笑む。 「わたしは、しゃぼん玉に乗って、あなたたちの世界にやってきて……それからのことは、あなたがみたとおり」 「ふーん……」 謎めいた答えがかえってくるばかりで、リクとしてもこれ以上たずねるべきなのかどうかわからなかった。 そのとき、再び意識を取り戻していたらしいリスキーが口を開いた。 「きみは、歌を知っている。そうだな?」 「うた?」 リュリュミアは首をひねってくるくるまわった。 「きみがどこか不思議な世界で生まれた存在だということくらい、俺にもわかる……。きみは、好きなんだろう、音楽が。歌が。そして、自分で奏でることもできる」 「音楽は、好きですよ〜。あなたは、倒れたとき、『死んで責任をとるつもりだ』といっていましたね〜」 リュリュミアはリスキーに興味を抱いているらしく、ソファの近くにまで舞い降りて囁く。 「そうだ。俺のせいで世界が滅亡するようなことになるなら、責任は取らなければならないと思った……」 リスキーの声はか細い。 だが、どんなにか細くても、いい声であることはわかる。 耳の奥にピンと何かがとおってくるような、不思議な声。 リュリュミアは微笑んだ。 「死にたいんですかぁ。それじゃ仕方ないですねぇ。でも、どうせ死んじゃうなら、一番やりたいことをやってから死ぬのがいいんじゃないですかぁ?」 リュリュミアは微笑みながら、再びくるくるとまわる。 リスキーは、まだ起き上がることもできそうにない。 「リスキー、とにかく体力だけでも回復させよう」 リクの言葉が、次元の狭間に響く。 レルネーエン世界の滅亡まで、あと何分だろう? 燃えあがる街。 悲鳴をあげて逃げまどう人々。 魔法を使える人ばかり住んでいるレルネーエンだが、誰よりも強い魔法の力を持った者の襲撃におびえきっていた。 天からの攻撃に対して魔法のバリアを張ってはねかえそうとしても、うまくいかないのである。 必ずバリアを破壊して攻撃は炸裂する。 ハゲアの『ハゲ魔法』をみなが使えればよいが、そういうわけにもいかない。 おまけに、魔法には精神的な余裕も必要だった。 ヘル・ドラーゴ。 伝説に聞くその名を聞いただけで人々はふるえあがり、魔法に傾ける心が乱れがちとなった。 「フハハハハハハ! お前たちは古代の民に比べると、ずっと脆弱だな!」 ドラーゴは笑いながら巨大な火炎弾を世界中に降らせた。 「誰も反撃してこないのか? もう終わりか?」 そのとき、ドラーゴは気づいた。 世界の中に、自分の攻撃を比較的よく防いでいるようにみえる地点があることに。 「ふっ。実力のある奴がいそうじゃな」 ドラーゴは笑いながら、その地点に向かって飛翔した。 特攻をかけるのだ! そして、ドラーゴが向かったその地点には何が? 「うたげはたけなわんわんわん♪」 お姫様のような格好のエリカが中心にあるステージで踊り狂っている、円形闘技場を思わせる建造物。 その建造物は、エリカが少女賢者としての力を発揮して一瞬にしてつくりあげた巨大な建造物であった。 エリカはその建造物に、世界中の子供たちを避難させていた。 大人たちには、街の防衛にあたってもらう。 そして、子供たちはわたしが守る。 それがエリカの構想だった。 そして、エリカの構想とアクア・マナの思惑は半ばまでかみあっていた。 「踊って踊って、後ろ向きにセクシーなわたし☆」 ステップを踏みながらときどき振り返るエリカ。 その、振り返る仕草をした一瞬に、ドレスの胸元がちょっと開く。 まさにセクシーな瞬間だ。 うわー! 子供たちは熱烈な歓声を送っていた。 「うん。いい感じです。エリカの力が、ドラーゴの攻撃から私たちを守ってくれています。しかし私も、ついにこれを使うときがきましたね」 楽屋で服を脱ぎながら、アクア・マナはうなずいていた。 ささっと歓喜の舞衣を羽織るアクア。 鏡の前にうつる自分にも深くうなずく。 エリカが再びアイドルコンサートを開いてくれたのは、ドラーゴの襲撃におびえるだろう子供たちを元気づけるためでもあった。 子供たちが元気になり、コンサート会場が活気づけば、そこには自然と魔法の「場」が発生し、ドラーゴの攻撃からの防御力がいよいよ増すことになる。 だからこそ、エリカはアクアとのジョイントコンサート案に同意したのだ。 ただ、エリカとアクアとで、意見が大きく違うところがあった。 それは、エリカは子供たちに集団魔法をやらせることに反対しているということだ。 だが、とアクアは思う。 やらなければならない。 防御だけでは、やられてしまう。 アクアは、子供たちを導くつもりでいた。 「さあ、もうすぐわたしがステージに走り出るとき。深呼吸しましょう」 すー、はー。 アクアは深く息を吸って、吐き出した。 アクアの魔法の力が燃えあがり、歓喜の舞衣がぴかっと光る。 「仕込みは十分。さあ、勝負です!」 アクアは楽屋からステージに向かう。 「うわー、エリカー、かわいいー、すごいー!」 子供たちは大興奮だった。 「世界の危機なんかぶっ飛ばせ! 大魔法使いもエリカにはかなわないんだ!」 男の子も女の子も、互いに肩を組んで仲良く盛り上がっていた。 危険な男女対立を乗り越え、子供たちの絆は非常に深いものとなっていた。 だが、子供たちは同時に、何かがまだ欠落しているようにも感じていた。 その何かとは、何なのか? そのとき。 「はーい。それでは、スペシャルゲストの登場です! なんとなんと、みなさんご存知のアクア・マナさん! 今日は勝負服でがんばっちゃうそうですわよん」 ステージ中央で踊りをやめ、直立の姿勢になったエリカが、話し終わった途端さっと片手をステージのわきに振る。 そしてステージに現れたのはアクア・マナ! 「みーなーさーんー、これからは仲良く! 幸せに! レッツゴー!」 魔法のオーラに包まれて、キラキラ光る歓喜の舞衣が子供たちの目を焼く。 アクアは思いきりジャンプして、空中で万歳した。 「はっじける記念日ー♪」 アクアの絶叫が天をさす。 「わー、アクアー!!」 子供たちの大歓声がまきおこる。 「さあ、今日はジョイントコンサート。ヘル・ドラーゴの襲撃なんかぶっ飛ばせ! というわけで、これからエリカが歌って、アクアが踊ります! みなさん、今日を生き残れる自信はありますか?」 エリカが大きな声で元気よくまくしたて、最後にニコッと笑顔。 オー! と、子供たちが拳を振り上げる。 「さあ、それではまずはこの曲から。エリカの『愛、それは逢いたいもの』から! あいはあいあいようちえん〜」 エリカは歌い始めた。 アクアも踊りをスタート。 くるくるくる。ぴとっ。くるくるくる。 旋回と停止。ふたつの運動を繰り返す。 子供たちも、知らず知らずのうちにアクアの動きをまね、踊り出していた。 「パパママあいあい生まれたこども〜」 アクアの手が宙に舞い、足が大地を蹴る。 アクアはいま、歓喜の女神と化していた。 「あいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあい」 ひたすら繰り返すエリカ。 踊り狂うアクア。 歓喜の力が、子供たちに影響を及ぼす。 いつのまにか子供たちは、互いにすっかり溶けあっているように感じていた。 いま、この瞬間だけかもしれないけど、ぼくらは溶けあっている。 その感触に、子供たちは震えた。 「あいであいであいで、おいでおいでおいでクマちゃんネコちゃんビーバーくん♪」 エリカは熱唱する。 誰もが白熱に包まれた、そのとき。 「そろそろ終わるときじゃ!」 ドラーゴが会場上空に姿をみせた。 「こざかしい工夫で魔法の場を築いているようじゃが、このわしが少し気合を入れれば、破るのはたやすい。いくぞ!」 ドラーゴは巨大な火球を次々に会場に向けて放ち、自らも特攻した。 「私の魔法のバリアが破られる……!」 さすがのエリカも歌を中断しようかどうしようかと迷ったが、結局歌い続けた。 子供たちを見捨てるわけにはいかない。最後まで心をひとつにあわせ歌い続けるのだ。 火球のいくつかが会場に激突するが、子供たちは何が起きても構わないというくらい大騒ぎしている。 会場にひびが入るが、すぐに修復される。 「ふん!」 ドラーゴ自身の身体が錐となり、高速回転しながら会場上空の魔法のバリアに突入。 バチバチバチ! ものすごい火花が会場上空に飛び散った。 「ああ!」 バリアを張っていたエリカの身体が折れ曲がり、ステージに叩きつけられる。 子供たちは一瞬、呆気にとられそうになる。 そのとき。 ピリリリリリリリリリリリリ! ホイッスルの音色が会場に響きわたった。 「みんな、ダメだよ、エリカを守るんだ! 力を出して!」 トリスティアがステージの上に駆けあがり、子供たちに呼びかける。 「死ね!」 バリアを突破したドラーゴが、トリスティアの後頭部に雷撃を放った。 だが。 「わー!」 子供たちがいっせいに叫び声をあげると、ドラーゴの身体が会場の外へと弾きだされる。 「なに!?」 ドラーゴはさすがに驚いたようだ。 「何だ、いまのは。まさか!」 ドラーゴは、かつて自分を負かした魔法のことを思い出した。 「バカな。こんなガキどもにあれをできるはずがない!」 「うまくいっているようですね。いま、子供たち全員の心が『トリスティア危ない!』という叫びをあげた。だからこそ、ドラーゴは弾きだされた。伝説の『集団魔法』に極めて近い現象です」 汗をだくだく流して踊りながら、アクアは状況に安堵した。 エリカも、すぐに起き上がる。 「さあ、みんなまた歌いましょう。あいはあいあいしょうがっこう〜」 ピリリリリリリリリリリリリ! 再びトリスティアがホイッスルを吹く。 「男の子だって、女の子だって、レルネーエンが大事な気持ちは皆同じ。みんなで力を合わせて、ヘル・ドラーゴなんてやっつけよう!」 トリスティアはステージを蹴って、跳躍した。 「いくぞドラーゴ!」 トリスティアの拳が、上空のドラーゴに突き出される。 「調子に乗るな!!」 ドゴーン! ドラーゴがふっと息を吹くと、トリスティアの身体は急降下、ステージに叩きつけられた。 「あ、ああ、いたた……」 トリスティアは人型の穴から這いあがる。 「まだ何かが足りません。どうすればよいのでしょう?」 安堵もつかの間、アクアは再び危機感を覚えた。 「フハハハハハハハハハハ! そこの女、お前の歌の力はあのリスキーとかいう若造に比べたらずいぶん落ちるぞ!」 ドラーゴは笑いながら、会場上空で目をつぶり、世界中の負の力を自分に集めようとする。 大爆発を起こし、会場を吹き飛ばすつもりだ。 一方。 会場の子供たちが、急に静かになっていた。 「どうしたんです?」 アクアもあっけにとられた。 「ボクにはわかる。みんな、リスキーだ。そうだよね?」 トリスティアが問いかける。 リスキー。 リスキーは、どうしたの? 子供たちはいっせいに同じことを考えていた。 ぼくたちに素晴らしい力をくれたリスキー。 ぼくたちの素晴らしい兄貴だったリスキー。 リスキーは、いまどこにいるの? ぼくたちはなぜ、ここでこんなことをしているの? 子供たちは、悟った。 足りなかったのが何なのか。 「リスキー、リスキー!」 子供たちが突然叫び出した。 「リスキー、リスキー! きてよ、ぼくたちのところへ、リスキー!」 「そうか。そうなんですね。わかりました」 アクアは踊りを再開する。 「歓喜の舞衣よ、輝いて、きらめいて、力を子供たちに!」 リスキー、リスキー! 子供たちは叫び続ける。 リスキー、リスキー! いつまでも、叫び続ける。 次元の狭間。 「うん?」 リスキーはソファから身を起こした。 「どうしたの?」 驚いたリクがたずねる。 「これは……バカな! 俺に聞こえるの声は? そんなバカな、これは!」 衰弱していたはずのリスキーが、すっくと立ち上がっていた。 「ふふふ。わたしにも聞こえていますよ〜」 リュリュミアが微笑みながら旋回する。 「なに? なんなの? あっ」 リクが目を見開いた。 リクにも、聞こえたのだ。 どこかから、リスキーを呼ぶ子供たちの声が。 リスキー、リスキー、ぼくらの兄貴! リスキー、リスキー、夢の王子様! 「こ、これは……これって……」 リクも言葉を失っていた。 「さあ、いきましょうみなさん〜わたしについてきてください〜」 リュリュミアはリスキーとリクの手を引いて、次元の狭間からの出口へといざなった。 「さあ、いくぞ。今度こそ、ガキどもを抹殺する」 ドラーゴは、負の力が全身にみなぎるのを感じ、くわっと目を見開いた。 視線の先にあるものが次々に焼け焦がれる。 「いくぞ。はあああああああ!」 ドラーゴの全身が目もくらむ光を内側から放ったかと思った次の瞬間、大爆発がコンサート会場上空で巻き起こった。 爆発は会場を飲み込み、子供たちもろとも破壊し尽くすかと思えた。 だが。 「許すか許されるかんて問題じゃないんだ! 燃える魂、熱い情熱、温度計はぶっ壊れ吠える火山!!」 凄まじい歌声が爆発の中から響き渡り、それに唱和するかのように子供たちの声が。 「リスキー、リスキー! ぼくらのリスキー!」 「リスキー、リスキー! 兄貴はリスキー!」 爆発によって、会場自体は吹き飛んだ。 だが、不思議な光に包まれて叫び続ける子供たちは無事だった。 そして、その子供たちに囲まれて歌っているのは、次元の狭間から飛び出してきたリスキーだった! 「信じられない。まさか、この子たちの方から俺に力を与えるとは……。歌にとって大切なもの。それは、情熱だけじゃない。技術だけじゃない。聞いてくれる人たち、ともに喜びをわかちあう人たち、そんな『仲間』がいてはじめて歌は意味を持つんだ! 俺は、俺はそのことをはじめて知った……」 リスキーは感動を胸に抱きながら歌い続ける。 「リスキー。やはり呼び寄せられましたか」 アクアはまたしても安堵を味わう。 「わー、リスキー、リスキー!」 トリスティアは子供たちと一緒に大騒ぎ。 「体力も魔法の力も回復したの!? すごい!」 リクも大喜び。 「さ〜て〜お花畑でも〜」 リュリュミアが微笑みながら歌い、花の種をまくと、破壊し尽くされた大地に芽が出て、花が咲き、華麗なじゅうたんが世界中に広がっていった。 「くおお、やるな、だがまだまだ」 爆発して四散したかに思えたドラーゴの身体がいつの間にか高空に復活し、眼下のリスキーたちをいまいましげににらみつけている。 「よーし、みんな、集まれーい!」 世界の中心にある塔。 塔の内部で、エルンスト・ハウアーは再び力を集積。 ドラーゴがエリカたちを攻撃している間に塔を制御する術をみいだし、塔に集まる力を自分の中に取り入れることに成功していた。 「これなら、いけそうじゃわい。ほれ、いつまでも寝てるんじゃないわい!?」 エルンストが大地の奥深くに向かって呼びかけると、 「もおー」 という声がこたえるようにわきあがり、魔法使いのゾンビたちが地上に姿を現した。 「おぬしらのかつての敵が、またこの世界を荒らしているぞ。また闘おうではないか」 エルンストは呼びかける。 「もおー」 かつてドラーゴと闘った善なる魔法使いたち。彼らは、ドラーゴを倒す集団魔法を実現させた後、力尽きて倒れ、亡きがらを大地の奥深くに吸収されていたのである。 いま、そんな古代の魔法使いたちの亡きがらが、エルンストの呼びかけにこたえて地上に復活したのだ。 「さて、ついに私の出番です。『超鐘音』の構え!」 リスキーたちの前に現れたミズキ・シャモンが、シャモン家秘伝の技を発動させた。 マッチョマンの式神たちが次々に現れる。 その数、一千強。 イヤー! ハア! あたり一面、強烈なワキガの臭いに包まれた。 エルンストが塔を制御しているため、式神たちが塔に吸収されてしまうということも起こらない。 「『超鐘音』! ゴーン」 ミズキが手にもった小さな鐘を鳴らす。 「アアアアラララララウウウ」 マッチョマンたちが吠えた。 「ぐ、ぐわっ」 高空にいたドラーゴの身体が苦痛に歪む。 「な、なんじゃこれは!?」 ドラーゴの身体がひとりでに回転し始める。 「何がこのわしを動かしている!? 最強のこのわしを?」 「みんな、もうひと押しだ! 一緒に歌おう!」 リスキーが子供たちに呼びかける。 「蹴散らせ怒鳴り散らせ暴れ散らせ!!」 「わー、わー、わー、わー、わー、わー、わー!」 トリスティアもリスキーと子供たちと一緒に歌った。 「ぐ、ぐわー!!」 ドラーゴの身体が回転しながら世界の中心にある塔に吸い寄せられていく。 「お、おまえたちは死んだはずの!? まだわしと闘うつもりか!?」 塔を囲んでひしめく魔法使いのゾンビたちを目にして、ドラーゴは戦慄した。 「こいつらは、こういっているぞ。一緒に地獄に行こう、と。こいつらはおぬしを道連れにしないと、死んでも死にきれないようじゃ」 エルンストは笑った。 「貴様か! 面白いことを思いつく!」 ドラーゴの身体がゾンビにとらえられた。 ゾンビたちはドラーゴを大地の奥深くへと引きずりこんでゆく。 「いっとくが、わしは滅びん! 大地の奥底にある地獄へと引きずりこまれても、必ずいつかまた地上に現れる! そう、地獄を征服して、そこの王になってやるわい! そのときはおぬしをまっさきに殺すからな!」 ドラーゴはゾンビたちに口をおさえつけられながらも、必死で叫び声をあげた。 「殺す? わしはアンデッドじゃ。死にはせんわい」 エルンストは笑った。 「最後に聞こう。おぬしはレルネーエン世界を征服してどうするつもりだったのじゃ? たかだかひとつの世界を征服したぐらいで満足できるのか?」 「ふん……わしの究極の目標は、古の頃から変わらぬ……レルネーエンを征服したら、レルネーエン全体のエネルギーを武器として、世界と世界をつなぐ場を攻撃し、そこの支配者になるつもりじゃ……」 「世界と世界をつなぐ場?」 「ふふっ、さすがのおぬしも知らないか? いや、知っているか? そこを支配できれば、存在する無数の世界に影響力を及ぼすことができ、最終的には神になれる……わしはいつか必ずバ○○を……ああああ!」 最後の絶叫とともに、ドラーゴは大地の底に飲み込まれた。 「ここは……?」 エリカは目を覚ました。 ベッドの中にいる。 扉が開き、ディック・プラトックが姿をみせた。 「気づいたようだな。さあ、これでも飲みな」 ディックはミルクティーの入ったカップをエリカの枕もとに置く。 「わたし、ずっと気を失っていたの? あれから?」 「ああ。リスキーと子供たちの歌、そして『超鐘音』の力で、ドラーゴは消えた。その後またみんなで大騒ぎして、エリカは疲労がたまっていたから倒れてしまった。だから俺がずっと介抱していたのさ」 「そう。ありがとう」 エリカは身を起こし、ミルクティーのカップに口をつけた。 「不思議ね。あなたといると、私自身が何だか安心できるわ。癒しを得意とする、この私が」 エリカは恥ずかしそうに笑った。 ディックも、ふと気持ちがなごむ。 「そういえば、リスキーは?」 「修行の旅に出るとかいってるぜ。今回の件で自分の未熟さを痛感したらしい」 「そう。ねえ、しばらくここにいて。私は今回の件がきつかったの。何だかずっと緊張していて」 エリカはディックの手をぎゅっと握りしめた。 「い、いいぜ」 ディックはどきどきしながら答えていた。 さて、みんな、これからどうするのか……。 そのことが、心のどこかで気になっていた。 「やれやれ。歴史の真実とは恐ろしいものじゃ。おそらく、リスキーと子供たちが伝説の集団魔法を発現させ、ドラーゴは見事に消滅させられたと、人々は信じるじゃろう。だが、実際は、わしが大地の底から呼び出した、魔法使いのゾンビたちが力を合わせてドラーゴを地獄に引きずりこんでしまったというわけじゃ。そう、遥かな昔、ドラーゴを倒す集団魔法を実現させた魔法使いたちは、ゾンビになってからも集団魔法を発揮できたというわけじゃな。かくいうわしも、まさかこんな結果になろうとは思わなかったわい。ドラーゴは死んでおらんが、まあしばらくは出てこられんじゃろう。また、遠い未来に地獄から出てきたら……まあ、そのときはそのときじゃな」 エルンスト・ハウアーは世界の中心にある塔の頂上に立ち、腕組みして眼下の世界を眺めていた。 優しい風が吹く。 レルネーエンは、もとの静かな世界に戻りつつあった。 |