「AI=愛をさがせ!」 第1回

ゲームマスター:

  双子の少年少女ジェークとリータが運営する「ジェーク&リータ探偵社」に、富豪の娘ラーシィ・コパーは、かわいがっていたライオン型AIイオの捜索を依頼した。
 しかし、ジェークは謎のロボットが暴れていたというニュースを聞き、飛び出していってしまう。
 自分ひとりで護衛用AIであるイオを捕まえることは難しいと判断したリータは、苦肉の策で、通りにいた異邦人たちに協力を依頼したのだった。

Scene.1

「どうして誰も一緒にイオ君をさがしてくれないのよっ」
 リータは、探偵事務所の机を両手でばあん、とたたいた。
「護衛用AIを一人で相手にするなんて……。でも、依頼は是が非でも成功させなくちゃ……。そうよ、リータ、あなたは強い子でしょ?」
 低い声で笑いながら、リータは事務所の奥のほうから釘バットを取り出してきた。眼鏡の奥の緑色の眼は、ぜんぜん笑っていなかったが。
「リータを手伝ってあげたいのは山々だけどぉ、リュリュミアにはロボットとかエーアイとか、よくわからないですからぁ、ラーシィに詳しいお話を聞いてみたいですぅ」
 一面花畑の世界からやってきた、ウェーブのかかったダークグリーンの髪が印象的な庭師のリュリュミアが、ぽやぽやとこたえる。リュリュミアは、ライトグリーンの瞳で、ラーシィをみつめた。
「はい、わたしにわかることだったら、なんでもご説明します」
 ラーシィは、真剣な表情でリュリュミアにこたえる。
「イオって、どんな子だったんですかぁ?あと、そもそもAIってどういうものなんですかぁ?こっちの塊りとあっちの塊りはどこが違うんですかねぇ」
「イオは、小型犬ぐらいの大きさの、ライオン型AIです。元気いっぱいで、いつも強くなりたい、っていってました。AIというのは、心を持ったロボットのことです。普通のロボットがただ人間の命令に従う、機械仕掛けの人形なのに対して、AIは自分で考えたり、感情を持ったりするんです」
「そのAIを製造販売する企業が、あなたのお父さん、ブレッド・コパーさんが経営するコパー・グループなのよね」
 リータの言葉に、ラーシィはうなずく。
「うーん。ちょっとわかってきた気がしますぅ。じゃあ、どうしてラーシィは、イオのことをお父さんに内緒にしたいんですかぁ?」
 リュリュミアが首をかしげてラーシィに問いかけると、ラーシィは、少し悲しそうな顔をした。まつげの長い、濃い茶色の眼を伏せる。
「父は、イオを家に置くことを反対していたんです」
「ええっ、どうしてですかぁ。イオとラーシィは仲良しなんでしょう」
 リュリュミアの言葉に、ラーシィは深くうなずく。
「はい。ですが、父は、自分の会社のAIをわたしに与えたがっていたんです。ですから、わたしがゴミ捨て場からイオを拾ってきたとき、とても怒っていました。どうして、コパー・グループのAIが気に入らないんだ、と」
「ゴミ捨て場って、心を持っているのに、イオは捨てられちゃっていたんですかぁ」
 リュリュミアは、信じられないといった表情で、ラーシィをみつめた。
「はい、そうなんです。しかもイオは、前の持ち主に『役立たず』といわれていたらしいんです。だから、強くなりたいって、こんな書置きを……」
 ラーシィは、イオの残した稚拙な文字の手紙に視線を落とした。
「うーん。イオ、かわいそうですぅ。はやくさがしにいきましょう」
「どうぞお願いします。リータさんも、一刻もはやくいきましょう!」
 ラーシィは、釘バットを持っているリータの手を握って懇願した。物騒な得物は、視界に入っていないのである。リュリュミアも立ち上がって、リータに視線を送る。
「……ええ、そうね」
 リータはラーシィの迫力に気圧されていた。

Scene.2

 幻想界からやってきた騎士の少女フレア・マナは、現場百回の精神で、謎のロボットの手がかりがないかどうか森林公園を調査していた。
 ウィルポリスの端に位置し、都市の中でもっとも緑の多い場所である森林公園は、その名の通り、こんもりとした森があった。ニュースによって警戒をうながされたため、人気のなくなった公園を通り抜け、フレアは森の中に入っていく。
「公園の開けたところには怪しいものはなかったし、あとは森の中の捜索と聞き込み調査だね」
 フレアはひとりごちながら、冷たい空気が満ちている森の中の遊歩道を歩いていく。何日か前に雨が降ったようで、地面が少しやわらかくなっていた。しばらく行くと、道端の茂みに不自然な穴が開いている。まるで、何かが無理やり通り抜けた後のようであった。
「これは?」
 フレアが茂みの奥をみると、小さな動物の足跡のようなものが続いていた。地面がぬかるみになったため、跡が残ったらしい。
(何か住んでるのかな。でも、ずいぶん乱暴な通り抜けかただなあ。それに、こんな足跡の動物は、僕の世界にはいなかったな)
 動物の調教がおこなえるフレアは、野生動物にあるまじき行動をいぶかしく思った。フレアはあたりを警戒しながら、足跡を追って、森の奥に進んでいく。
 足跡の主は走っていたようで、森の木々の間を右にいったり左にいったりしながら進んでいた。途中の何本かの木には爪を研いだような跡がいくつもある。森の奥にあったひときわ大きな木では、できるだけ高い場所に届くように爪をかけ、かなり強く研いでいたらしい。小さな足跡は、そこで途切れていた。
「おかしい。普通の動物はこんなことしないよ。この世界の動物……もしかしてAI?」
 フレアがふと視線を地面にむけると、靴をはいた人間のもののような足跡があった。フレアのものではない。大きさからして、大人の男性のもののようである。
「どうしてこんなところに……」
 フレアが足跡をよく観察しようとしてかがみこむと、後ろから茂みを通り抜ける音がした。
「誰だ!」
 フレアは金色のポニーテイルをゆらし、振り返る。そして反射的に、巨大な両手剣「炎帝剣・改」の柄に手をかけた。
「な、なんだ、びっくりするじゃないか」
 あらわれたのは、なにも持っていない両手を前に出して、敵意がないことを表明するジェークだった。



「なるほどな、フレアもロボットの調査をしていたのか」
「うん。あの足跡は怪しいよね」
 おたがいに自己紹介をしたあと、フレアとジェークが、人間のものらしい足跡を追っていくと、公園の外に出てしまった。二人は、近くにいた人たちに聞き込みをおこなうことにした。
 フレアは買い物帰りらしい中年女性をつかまえて、ロボットのことや、怪しい人物について質問する。
「小さめのビルぐらいある動物型で、いろんなものを破壊していたわよ。ほんと、こわいわ。しかも、変な黒いコートの男が乗っていて、一人で笑ってたの。いったい何がおかしいのかしらね。……ところで、あなたも変わった格好してるけど、なんなの? 最近の若い人はみんなそういう格好してるの?」
 幻想界出身であるフレアを、中年女性は怪訝な表情でみつめた。ウィルポリスの住人とは服装もだいぶ違うし、なにより両手剣が目立つのである。
「えーと、はははは。失礼しますっ」
 フレアは、愛想笑いをうかべて、その場をやりすごした。
 通行人たちから離れた後で、ジェークは、ふと深刻な顔をしてつぶやいた。
「もしかしたら、今回のロボットの事件は、父さんと関係があるのかもしれない……」

Scene.3

 一方そのころ、幻想界出身のジャグラーであるトリスティアは、天使の翼のようなアイテム「魔白翼」を使って、上空から謎のロボットをさがしていた。広い範囲をみわたすことができれば、みつかりやすいだろうと考えてのことである。
「それにしても、面白い町だなあ。高い建物はいっぱいあるし、乗り物もたくさん走ってるし」
 地上をながめながら、トリスティアはつぶやく。
(謎のロボットっていうのも、なんだか面白そうだよね)
 そんなことを考えていると、町外れの森林公園のほうで、銀色の獣が走っているのがみえた。トリスティアのいる場所からはだいぶ離れているのに視界に入ってきたということは、かなりの大きさなのだろう。
「あれだね! 困っている人たちを助けなくちゃ!」
 トリスティアは、急旋回すると、獣のほうに飛んでいった。



「あの足跡が、ロボットに乗っていた黒いコートの男のものだと仮定すると、森の中でなにをしていたんだろう」
「うーん、そうだなあ」
 フレアとジェークが道端で考えこんでいると、地面が震える音と、かん高い笑い声がきこえてきた。
「はーっはっはっはっはっはっは!」
 地響きとともにあらわれたのは、銀色の巨大な獣と、その背中の上に立っている、たった今噂していた黒いコートの男だった。
「それはこの美しいドクター・ディバーが説明してやろう! 私はあの森の中で、このライオン型AIをスカウトしたのだ!」
 大げさな身振りで、ドクター・ディバーは自分の足元の巨大ロボットを指さした。
「ライオン型AIだって!?」
 フレアとジェークは同時に声をあげる。
 指さされた銀色の獣は、低い咆哮をあげた。空気が振動する。その容姿は、よくみればたしかにライオンに似ていなくもない。
「だけど、イオは小型犬ぐらいの大きさだって、ラーシィはいってたよ」
 フレアの言葉に、ディバーは人差し指をちっちっち、とふってみせた。
「たしかにそうだ。このライオン型AIは、修行のつもりとでもいうのか、森の中で暴れまわっていたのだ。そこで私が強化パーツをつけてやると提案した。かくして、このドクター・ディバーの天才的芸術作品として、美しく生まれ変わったのだ!」
 ディバーは、再び高笑いした。
 =俺様はイオだ! こいつが強くしてくれるっていったんだ=
 さきほどの咆哮とはかけはなれた、幼いこどものような声で、イオがディバーの言葉を肯定する。
「とにかく、おまえは悪いやつなんだな!」
 フレアは、「炎帝剣・改」を抜き、身構えた。
「よし、オレが探偵としてビッグになるチャンスだぜ! イオは返してもらう!」
 ジェークも、「俊足ブーツ」を起動させる。
 次の瞬間、頭上から少女の叫び声が響きわたった。
「とおおおりゃあああああああっ!」
 トリスティアが、空中から体重を乗せた飛び蹴りをおこなったのだ。巨大ロボットと化したイオを目標としたその蹴りは、狙いたがわず、命中した。
 ……ジェークの顔面に。
「ごはあっ!」
「きゃああああっ!」
 トリスティアは、ジェークの顔を太ももではさんで転倒する。トリスティアのミニスカートの内側に、ジェークの顔が入りこむ形になった。
「あいたたたた……って! なにしてるんだよっ」
 トリスティアは真っ赤になり、ジェークをポカポカ殴りながら起きあがる。
「女の子のスカートの中をのぞくなんて、サイテーだよっ」
「み、みてないっ、オレはパンツなんかみてないぞっ」
 ジェークもあわてて起きあがろうとする。そのとき、ジェークの鼻から赤い液体が流れ出た。
「ボクはパンツなんていってないよっ。……ということはやっぱりみたんだあっ! しかも、鼻血出てるしっ」
「ご、誤解だっ。鼻血は顔面に蹴りを入れられたからでっ!」
 逆上するトリスティアに、ジェークも真っ赤になって弁解する。
「あのー、もしもし?」
 フレアがトリスティアとジェークに声をかけるが、大混乱におちいっている二人の耳には届いていない。
「あれぇ、なにやってるんですかぁ?」
 そこへ、タイミングよく、リュリュミアと、リータとラーシィが、かけつけてきた。
「兄貴、あぶないっ!」
 リータは、まだくっついたままのジェークとトリスティアのほうをみるなり、釘バットを振り上げると、ものすごい形相でかけよってきた。
「あ、あぶないのはおまえと、オレたちの命だーっ」
「うわー!」
 ジェークとトリスティアが悲鳴をあげたとき、リータの身体は空中に吊り上げられた。
「私を無視するな!」
 ディバーが、手元の機械を操作し、にぶい音をたてるメカアームを伸ばして、リータを捕らえたのだ。
「だから、あぶないって……」
 リータは全力で抵抗するが、メカアームから逃れることはできない。
「イオ、イオなのね!」
 ラーシィが強化パーツをつけられたイオにかけよる。
=俺様は強くなったぜ、ラーシィ。もう誰にも役立たずなんていわせねえ!=
 イオのうれしそうな報告を聞いて、ラーシィは首を横に振った。
「ちがう、ちがうの、イオ……」
 それをみて、ディバーはゆがんだ笑みをうかべた。
「貴様も人質にしてくれるわ!」
 ディバーは機械を操作すると、ラーシィにもメカアームを伸ばす。突然のことに、ラーシィは悲鳴もあげられず捕らえられてしまった。
 =ちくしょう、どうしてラーシィをつかまえるんだよっ。はなせ、はなしやがれっ!=
 イオが叫ぶが、ディバーは笑い声でこたえるのみである。
「ははははは! 我が究極のロボットは世界一美しい! その力をとくとみせてやろう」
 ディバーは、両手を大きく広げ、陶酔した表情でいう。
「おまえなんかの好き勝手にさせるもんか!」
「そうだ! 絶対倒してやる!」
 両手剣を構えたフレアと、立ち上がったトリスティアは口々に叫ぶ。
「ジェークも手伝って!」
「ああ、もちろんだ!」
 トリスティアの言葉に、ジェークはうなずく。
「お願いします、イオを助けてくださいっ」
「あーもうっ、なんで私がこんな目にあうのよっ」
「ラーシィ、リータ、だいじょうぶですかぁっ」
 メカアームから移され、透明なカプセルに閉じ込められたラーシィとリータに、リュリュミアが声をかける。
 イオは、悲しそうに咆哮をあげた。

 謎のロボットは、「強くしてやるぞ」といわれ、ドクター・ディバーに強化パーツをつけられたイオだった。自分の意志で身体を動かせなくなったイオと、高笑うドクター・ディバー。
 ウィルポリスに平和は訪れるのか?

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