北方の追撃部隊

 東トーバの崩壊時に国を脱出した民たち。その民たちに、追撃部隊が近づいていた。
 ムーア北方最大の軍事都市ゼネンより一千の兵を調達し、討伐と神官捕縛に向かう司令官は、東トーバ神官長ラハ。ラハの指示で脱出本隊を囲むように散開する軍隊。その布陣をしき終えて、修羅族を含む先発の一団が、隊に接触しようとしていた。その先陣を切って『しゃぼんだま』で浮き上がったのは、タンポポ色の幅広帽子を頭にのせた乙女リュリュミアだった。
「こっちこっちですぅ!」
 リュリュミアの指差す先に、脱出組本隊800名を越える一団が見える。
「神官さぁん、迎えにきましたよぉ、一緒に亜由香の処に行きましょうぅ」
 そんなリュリュミアの呼びかけに、手製の木刀振りかざしたのは腕に磨きをかけた若者たちだった。口々に「亜由香だと!?」と叫んで、リュリュミアを睨みつける。
「駄目ですよぉ、そんないきなり攻撃してきたらぁ。そーゆー悪いことする人はスルスルーって蔦(つた)を伸ばしてぇ、グルグル巻きにして動けなくしちゃいますぅ」
 そんなリュリュミアは友好的ではない若者たちを見下ろして、眉をしかめた。
「神官さんを迎えに来たのですけどぉ、木刀を手に向かってくるなんて乱暴な人たちですねぇ。リュリュミアは叩かれても骨が折れたり血が出たりはしないかもしれないけど、傷つけられるのはやっぱり嫌ですぅ」
 全身がツルツルしていた肌を持つ乙女リュリュミアが、ロープ代わりにもなる蔦を『しゃぼんだま』の外にたらす。
「だから蔦を伸ばしてぇ、脚とか腕に絡ませて身動きできなくしちゃいますぅ」
 リュリュミアの言葉に合わせて、急速に伸びる蔦。あっという間に、数名の若者が蔦に手足を巻かれて動きがとれなくなる。その若者たちにゆったりと近づくリュリュミアは思う。
『蔦でグルグル巻きにした人にも、あなたは神官ですかぁ?って聞いてみますけど、こんな乱暴な人が神官だったりしたらちょっと幻滅ですぅ』
 一方、リュリュミアが攻撃を仕掛けた時、脱出組み本隊では血気盛んな若者たちを落ち着かせる少女がいた。暗金色の瞳を持つリューナである。
「むやみに攻撃に向かうのは危険よ。まだ敵の数も戦力もわからないわ。このまま戦っては、力の弱い民に被害が出る可能性のほうが高いわよ」
 そしてリューナは万が一に備えて、若者たちに告げる。
「だけど、戦いになったらあなた達には、できる限り逃げのびてほしいの。力のある者は身を守る術のない人を手助けしてあげて。とにかく、退却最優先。……生きて、アマラカンにたどり着くために、ね」」
 リューナに恩のある若者たちは、素直にその言葉を聞き入れて大人しくなる。そこへ、おっとりとしたリュリュミアの呼びかける声が届く。
「神官さぁん、早く亜由香の処に行きましょうぅ」
 リュリュミアの邪気のない声に、リューナはリュリュミアが対話できる者であると確信する。そしてリューナは、あらかじめ魔玉杖に火炎系魔術の一技をこめた上で、リュリュミアのいる方向へと歩き出した。そして、『しゃぼんだま』の真下まで進んだリューナは、リュリュミアに語りかける。
「あなた、亜由香の味方……なのかしら?」
「そうですよぉ」
 しれっと応じるリュリュミアに、リューナは肩をすくめると説得を試みる。
「……まぁ、あなたが誰と友達になるかは構いやしないけど、亜由香や、あなたが”お友達”と呼んでる魔物さんたちがもっと前からこの世界に住んでる人たちを傷つけたり、困らせたりしていること……あなた知ってる?」
 リューナの説明に、リュリュミアがライトグリーンの瞳を白黒させた。リュリュミアが、難しい話が苦手なことに気づいたリューナは、次に仮定の話をしてみる。
「……そうね、もしあなたが神官さんたちを東トーバに戻る気にさせることができなかったら、どうなるのかしら? そして言うことを聞かない神官は……亜由香なら力ずくでどうにかしようと考えてるんじゃないかしら?」
 リューナの例え話に、リュリュミアが混乱した顔になる。
「えー? 難しい話とか、亜由香の悪口を言ったりするのは駄目ダメですよぉ。亜由香と違うことを言われてもどっちを信じたらいいかわからないじゃないですかぁ」
 そして、どっちを信じてよいかわからなくなったリュリュミアが、一つ手を打つ。
「じゃあ一緒に亜由香の処へ行って話をしましょうぅ! 神官さんと一緒にぃ」
 この時のリュリュミアは、一刻も早く神官を連れて帰り、亜由香に教えて欲しい事があったのだった。

 リュリュミアとリューナの対話。そして、その背後を広く囲んでゆくムーア兵。
 その様子を彼らの背後から見つけたのは、軍需工業中心の街ネルストから本隊に遅れて帰還する予定だったディック・プラトックだった。
「……本隊の進行が思った以上に遅くて、なかなか合流できなくて正解だったかな……?」
 ネルストで様々な情報を仕入れて来たディック。早駆けの馬に、自分が受け持った物資を乗せていたディックは、まずその荷を諦めていた。
『今からこの包囲網を抜けて本隊に合流するのは危険だろう……最前線で無茶をするだろう仲間の援護に回るしかないかな?』
 主に精神防護壁を使って仲間を守ったり、周りの状況や戦況に合わせて魔族を棒術で撃退するつもりのディック。そして、ディックはこのムーア兵を指揮する司令官と対峙するべく、遠巻きに観察を始めていた。そしてその司令官が、東トーバ脱出を願い出た神官長ラハであると知った時、ディックに大きな衝撃が走る。
『まさか本当に!? …………でもこれが現実なんだ』
 すでに脱出組に合流した鷲塚拓哉(わしづかたくや)からの情報を得ても、神官長ラハを信じていたディック。そして現実を受け入れたディックは、周りの敵に気をつけながら常に間合いを取りつつ司令官を追うことにしていた。

 他方、リュリュミアの足止めをリューナが行っている間に、自身の探査戦闘機を遠隔操作で呼び出していたのは拓哉であった。
「新式探査戦闘機の遠隔操作装置を作動させるとはいえ……到着するにはタイムラグがあるな。その間に敵戦力の脆弱な所を見つけておければいいが……」
 高度な物質文明界に生まれた黒い瞳を持つ青年拓哉は、注意深く近づく敵を観察する。そして、敵が散会している角度から、自分たちが包囲されつつあるのを知ったのだ。敵が迫る緊張感の高まる中、敵中に見知った者の姿を見咎めたのは、緑の瞳を持つ乙女アクア・マナであった。そのアクアは素早く拓哉と計画を打ち合わせる。そして、意を決したアクアが脱出組み本隊から進み出していた。
「必ず戻るから待って下さいって言ったじゃないですか〜。もう待ちきれなくなったんですか〜?」
 努めて呑気に、目標の相手に呼びかるアクア。そうして、リュリュミアの背後から現れた一人の男が名乗りをあげた。

続ける