『紅の扉』   −第二章− 第六回

ゲームマスター:秋芳美希

アマラカンへの準備

 北方の山岳地帯にあるというアマラカンを目指すのは、東トーバを脱出した一行。その一行の防寒装備を整えるべく、一行を離れた異世界人たちがいた。まずは小さな集落から装備を用意した彼らが、これから向かうのは、やや東にあるというムーア北方最大の軍事都市ゼネンか、西の漁業中心の街スライケルか。さらに北方へ向かえば、軍需工業中心の街ネルスト、陶芸の街ハクラ。さらに最北端には、商業街キソロがあるという。
「じゃ、できるだけ直行ルートのネルスト、ハクラ、キソロと行って、ゴールはアマラカンでどうだ?」
 野性的な髪型をした青年ディック・プラトックの提案に、軍人風の短髪をした青年が頷く。
「俺に異論はないぞ」
 ディックの提案を快諾したのは、物資調達組の一人鷲塚拓哉(わしづか たくや)。また、踊り子の技で地道にで物資調達するアクア・マナにも特に反論はなく、物資調達組の行き先は、ネルストに決まった。



軍需工業中心の街ネルスト

 人々の怒号の飛び交う活気のある街ネルスト。
 各所の作業場から立ち上る熱気で、辺りの気温は数度上がった感覚がある。
 その作業場から積み込まれた荷が馬車に引かれて各地へと向かう。
 「……積荷は大砲と銃器類、か。そこそこの火力はありそうだな……この世界の武器は刀剣中心だと思っていたんだが……」
 自分の住んでいた世界とは、明らかに文明は劣るものの殺傷力はそれなりにある武器群を目にする拓哉。その拓哉に、街で酒場を見つけたというアクアがにっこりと笑いかける。
「少し踊っただけでしたが〜、毛布を山ほどもらっちゃいました〜。これ以上は持ちきれませんから戻りましょう〜」
 物々交換の労もなく毛布を得たアクア。脱出本隊に戻る拓哉とアクアに、ディックは言った。
「いや、ちょっとさ……ずっと緊張した中にいたから、その息抜きがしてきていいかな?」
 少し驚いて振り向く二人に、普段は見せない顔でディックは言った。
「ほら、追われるのって色々疲れるだろ? それにさ、ムーアっていう世界……詳しく知らないだろ?
ちょっとだけ物資調達の間に観光させてくれ! こんな状況なのは分かってるけどこんな状況だからさっ!迷惑かけない程度にするから!」
 拳を握って力説するディックに、拓哉とアクアは快諾する。
「俺に否はないぞ。情報は多いに越したことはないしな」
「その通りです〜。でも荷運びだけはディックさんの分はお願いしますね〜」
 二人に頷いて、ディックは一人街中へと進み出していた。
 
 やや観光気分で街並みを見て回るディック。
「……軍需工業中心て聞いてたけど……特に街並には変わったところはないかな?」
 石造りの街ネルスト。作業場らしい工場の合間に、小さな商店が点在する。どの店も、作業場限定の客を持つらしい。物資調達のため大道芸人風に装っているディックの姿を見ると、店主たちは大きな声をかけて来る。
「何か芸をやるなら、ウチの店の前にしてくれ! よその店から客が取れるよ!」
 この声を聞くと、夢魔の夢を未だ見つづける人々とは異質なものをディックは感じる。
「ごめん! 仲間はもう移動しちゃったんだ」
「そいつは残念だな! このネルストは、、ゆっくりしてけば稼げるのにな!」 
 この店主としばし世間話をしたディックは、ネルストは最近街になったばかりだという話を聞き出す。街になる前は荒野に十数件の集落があったばかりだったという店主の言葉に、ディックは意外という表情をする。
「大道芸やってるくせに知らないのかい? もしかしてあんた“リクナビ”も知らないのかい?」
「リクナビ??」
 今は一人で旅している仲間の名に似た言葉。その意味にディックが頭をひねっていると、店主は言った。
「“リクナビ”ってのはリクとかいう異世界人が商人に広めたネットワークでな、この“リクナビ”で魔物たちの情報がわかるのさ。俺たちもこの“リクナビ”情報でネルストに集まって商売する気になったってもんよ。何しろネルストには、無体する魔物もいなしなぁ!」
「へえ! 魔物のいない街もあったんだ!!」
『……それにリクもがんばってるじゃないか!』
 いろいろな意味で驚くディックに、店主は自慢気に言う。
「何しろネルストとハクラは、亜由香様が異世界から招き入れた方が領主様だからね! ああ、異世界と言っても魔物じゃあないよ! 学もある方だとか、おかげでこの街は安泰さね」
 魔物のいない街の存在。その街の領主は異世界人なのだという。おかげでこの街にはムーア世界の多くの地にはない『酒』という楽しみもあり、また大道芸を楽しむ余裕もあるのだという。その店主は“リクナビ”の使い方と、今東トーバで起きている情報などもディックに伝える。
「そっかー、参考になったよ。ありがとう!」
 お礼に紅茶を入れるディック。そのお茶を気に入った店主との物々交換によって、自分の得意武器でもある金属の棒を手に入れたディックであった。


続ける
戻る