ムーア宮殿

 どこでも花を咲かす、独立独歩でマイペースな乙女リュリュミア。外見は立派な大人であるが、その行動は幼児と変わらないものであった。高圧的な態度で、自分を駒に利用しようとする上級魔族にも、
「訳もわからずにこの世界に来ちゃったみたいだけどぉ、歓迎されてぇ、石飾りを貰っちゃいましたぁ。お返しに蔦で編んだブレスレットをあげちゃいますぅ」
 とにっこり笑って、魔族の手首にブレスレットをかけるリュリュミア。そのブレスレットはすぐに燃え尽きているのだが、当のリュリュミアはまったく頓着していなかった。「……石は我が耳……おまえは、亜由香に味方しろ……」と上級魔族に指示されるまま、
「え? お友達を紹介してくれるんですかぁ? 亜由香っていうんですかぁ。嬉しいですぅ」
 亜由香のもとに案内されるリュリュミアだった。リュリュミアが亜由香の執務室に行くと、そこにいたのは妖しげな姿をした黒髪の乙女と、銀の髪をポニーテールにした乙女がいた。そして二人の前には、異臭を放つ物体があったのだった。
「んー? どちらか亜由香ですかぁ?」
「ふふ、どちらがそうだと思うかしら?」
 興味津々のリュリュミアに、黒髪の乙女が笑う。その横で、少し顔を曇らせていたポニーテールの乙女が肩をすくめて微笑む。
「まあ、気分がよいのはわからなくはないけど。……キミ、どちらが亜由香か、わかる?」
 右手を差し出す銀の乙女の手を握って、リュリュミアは言う。
「?? あなたかなぁ?」
 人に会う事も多くはなかったリュリュミアが、真剣に悩む。その姿に、銀の乙女は自己紹介する。
「残念! あたしはエルウィック・スターナ。よろしくね」
「そっかぁ、ここにいるのは亜由香だけじゃなかったのかぁ。こちらこそよろしくですぅ」
 エルウィックの手を握ったリュリュミアは、亜由香とも握手する。その姿を見守るエルウィックは、少し複雑な気分であった。リュリュミアが現れる前、神官長ラハと亜由香との会話を聞いていたからである。
『東トーバの神官たちを、各地に散らして植物育成を進めるという亜由香の計画は賛同できるのだけど……ラハを、東トーバ脱出組の追撃部隊にするのはね……しかも言うことを聞かないと村人の命が……って』
 考えてもわからない事は、直球勝負に決めたエルウィックは亜由香に問う。
「なぜラハを追撃部隊の指揮官にしたのか、教えてもらえる? 今のラハが指揮官に納まったところで協力的とは思えないんだけどな」
 個人的にはラハを指揮官においたのには何か違う目的があるとにらんでいたのだ。しかし、亜由香はあっさりと応える。
「脱出組みの中には、ずいぶん神官がいるという情報があるの。ラハが戦うのならば、彼らに抵抗できると思う? 神官は貴重なのよ……特に植物育成のできる神官はね」
 亜由香の言葉を聞いて、辺りに花を咲かせるリュリュミアは言う。
「こんなカンジですかぁ?」
「そうね。でも神官の力の後は、土地がよくなるのよ。一夜限りではなくね……わかるかしら?」
 そこまで言った亜由香は、リュリュミアの額に埋め込まれた石の存在に口をつぐんでしまう。この後、エルウィックは亜由香の最終的な目的を聞いたのだが、それには「ふふ。そのうち、わかるんじゃないかしら?」とはぐらかされてしまっていた。エルウィックが上級魔族とリュリュミアとの関係を、リュリュミア本人から聞くのは、この少し後であった。

 やがて東トーバの異形の君主マハを使う亜由香が、この部屋に新たな魔を呼び出す。


戻る