これから……

 後発隊一行を歓待する砂の舞う中での食卓。
 東トーバの人々は先発・後発の別なく、うちとける。
 食事で腹もふくれた子らは、旅の疲れもあってすぐに眠った。
 けれど大人たちは落ち着けば、また新たな不安に襲われてしまう。
 そんな眠れぬ人々の耳には、優しい楽の音が届けられた。
『状況はかなり厳しいけど、少しでも不安な人々の心を慰められるように……』
 アルフランツの奏でる竪琴の響きに誘われて、大人たちも安らかな眠りへと導かれていた。

 暖かな食事を得たルニエだが、その白い眉間に刻まれた皺が不安を語る。
「馳走になった。この先の旅路を考えれば、食料も燃料も無駄にはできぬが……」
 このルニエの言葉を耳にして声を上げたのは、先発隊を率いてきた者たちだった。
「俺を誰だと思ってるんだ?植物園の従業員だぜ! 食べれそうな植物をかき集めてできるし、それと・・・木の根っこなんかも意外と食えるんだぜ!」
「燃料なんかも使っていないわ」
 肩をいからせるのは、筋肉質の青年ディック・プラトック。手の平に炎を燃えしてみせるのは、背に黒色のコウモリ状の翼を持つ少女リューナである。
「沢山煮詰めてたらやわらかくなるしそこに色々味付けすれば結構いけるぜ! 大丈夫、植物命な俺が実証したことあるから!食えない植物は無い!」
 食材の用意したディックは、持ち出した食料は調味料以外はまだ使っていないことを明言する。一方、リューナは魔法を制御する“魔玉杖”を手に、あらかじめちょっとした魔法を込めておいた炎を燃え上がらせる。
「火は、多分 ヒトが一番最初に手に入れた“魔法の道具”よ。使い方を誤れば、すべてを焼き尽くし失わせる狂気の力。でも、正しく用いれば、生き物に暖を与え、ともしびの光は安らぎをもたらす……でしょ?」
 彼らの言を聞き終えて、ルニエが納得する。
「なるほどの。異世界とは不思議な者が住まうものよ……これほどまでに助けられようとは」
 自分を“不思議な者”と言われたリューナが、少しふくれて言う。
「あら、人々を守り導く神官にも、火を扱う術を身に付けた者がいるほうがいい…と思うのだけど?」
東トーバには、植物の育成など環境を整える術によって繁栄してきた歴史がある。光・水・土・風の恵みによって植物をはぐくむ術があるのなら、火を使うプロフェッショナルがいても良いのではないかとリューナは考えたのだ。
「それにアマラカンって極寒の地なんですってね……。東トーバは緑豊かな土地だったから、炎使いはあまりいなかったと思うのだけど……でも、これから行く場所では必要だと思うの。希望者がいれば、火術の指導とかしてみたいけど?」
「炎……我らが信望する超自然界には存在せぬ力ではあるが……得らるれば、心強き者となろうな……」
 リューナの提案を聞いたルニエが深く考えつつ応えると、ディックが手を打って立ち上がる。
「なら、火術を習う『神官の負担を減らす』ために、精神防御壁は村人にも協力してもらうってのはどうだ?」
 別の目的も持つディックは言う。
「それにさ、ただ守られている村人だって『自分たちが仲間を守ってる』って思えてきてさ・・・なんつーの? 意欲とか積極性が出てきてそれが励みになって『今日も頑張るぞ』『目的地に絶対着くんだ』って思いが強くなったらいいなぁーって……思うんだよな。それに、これから寒いところにいくし・・・防寒対策も必要だしな」
 一気に語ったディックは、肝心なことを思い出して、野性的な自身の髪をかく。
「でもさ、村人ってほとんどこの精神防護壁っていうの使えねぇじゃん。使えないのに協力なんて出来ないかもしれない……けどな」
 脱出した者たちの為に、自分の力を貸そうとする異世界の者たち。その意思強き瞳をルニエは眩しげに見ると、静かに語り始めた。
「ならば世界の成り立ちより語らねばなるまいの……何ゆえ、超自然を奉じる神官がおるのかも」

 幼な児の姿をした神官長補佐役ルニエ。ルニエが語るのは、神官がこの世に現れた時から始まっていた。

 人がまだこの荒野をさ迷う時代。
 人々の心はすさみ、その日の糧を得るためだけに、荒地に人の血を流していた頃。
 気の流れを感じる子らが生まれた。
 自然の流れを感じる子らが導く地に水が生まれ、草木が育つ。
 その事を知った人々は子らを奪い合い、戦いが始まってしまう。
 少しでも豊かに生き延びたい人々。
 その人々から逃れるために、気を感じる子らが集い、神官という職が生まれる。
 そして、神官たちによって国が建国されたのが、“トーバ”の国なのである。
 かつては一つであったトーバも、亜由香との戦いに敗れて分断されたのだという。

「……神官の国、東トーバにあって神官でなき者……それはすなわち気を感じることができぬ者よ」
 ルニエがディックに謝る。
「すまぬな……神官の身を案じてくれておるのに」
 謝るルニエはディックに一つの希望を伝える。
「したが、村人の祖先はいずれも神官。生まれる子にも素養はあろう……。神官の認定を受けるのは、子らが十三の歳に至る頃よ。十三に見たぬ子は、後発隊に40名ほどあろうか……そのうちの幾人かは神官の素養もあろう」
 ルニエは、アルフランツの側で遊ぶ子らを見つめて目を細める。そんな彼らの会話に立ち止まったのは、剣においては卓越した術を持つ乙女ラティールであった。
「ま、精神防御壁が使えなくても、それなりに鍛えれば剣術を習得できそうな村人もいるよ。彼らには、あたしから術を教えてあげてもいい。戦力はあって、困ることはないよね?」
 ラティールの言葉に、ルニエが頭をたれる。
「……ご好意、甘えさせてもらおうぞ。私も君主マハや神官長ラハを責める資格はないの……貴公らの力を借りねば、この旅路たちゆかぬわ……したが、まずは我らの務め、果たさせてはくれぬか」
 そうして一行は、しばしの間、合流地点での野営を決めていた。

 
 人々が寝静まる時刻。
 神官長補佐役ルニエの側には、草木の育成を得意とする80名の神官が集まっていた。
「……まずは……土よ……」
 多くの神官がルニエを中心に念をまとめる。地の奥底に眠る土。かつては有機物を含んだ土は、ムーアの地下深くに層をなし、表層からは遠かった。その土が、神官たちの念によって導かれる。大地より染み出す土。それらが荒野の表層をおおった時、神官たちは、自らが持ち出した種子とディックが見つけた植物の根とを荒野に埋めた。
 そして翌朝。
 砂漠であったはずの荒野に収穫間際の穂が一面に広がり、ディックの提供した根菜は緑の葉を広げていた。誰に指示されるわけではなく、それらを収穫する村人たち。ルニエは力を振り絞って、異世界人に伝える。
「食材の一部を持って街へ……防寒服の用意もせねば……」
 防御壁での寒気の遮断のみに頼れば、いざという時に困るというルニエ。またリューナの火術を得られる神官もまだ育っていない。この後の二昼夜に渡り、ルニエと80名の神官たちが昏々と眠り続ける中、アクアは不安材料のいくつかを提示して自ら動く。
「アマラカンへの逃避行は、多数の村民を抱え、かつ険しい山道である為に行軍速度が非常に遅くなる上に〜、周囲は全て敵地という状況なのですよね〜。再び敵の追撃部隊がやって来ると思いますし〜」
 アクアは敵の追撃に備え、いくつかのトラップをしかけていたという。

続ける