それぞれの旅路(ディックとリューナ)

「……西側っていうのは、西ゴーテとの関係から、ムーア側の警備が強化されていた方向だよな……」
「ここまで来たら行くしかないわ」
 眠りのエキスで時間稼ぎの脱出を考えるディックと、すでに強行突破も辞さない前向きのリューナ。 
 二人が先導するのは、神殿の西側にいた一村民。そのうち、村に残りたいという者を差し引くと、彼らと同行した村人は、380名ほどであった。村に残るのは、老齢で足手まといになるという者たちや、未だ君主マハの復活を信じる者たちであった。それでも、《亜由香》の統べるムーアに従いたくない数多くの者たちが、喜んでディックとリューナに続いたのだった。
 東トーバを脱出する一行は、バリア前で常駐する警備兵にすぐに見咎められる事となる。
「く、だが、思ったより少ない。ならば、何とかなる!」
 まずは、民たちに布で口をおおわせて、眠りのエキスを放つディック。警備兵がそのエキスで眠りに襲われる間に、民たちとの間に火炎結界を張るリューナ。
「後ろは、あたしが守るわ! 急いでくれる?」
 炎の結界の向こうに、爆発魔法を叩き込むリューナ。その間に、一行は一度西方向へ脱出することに成功する。
 食料や夜営用の荷を抱えて脱出した一行だが、その長い旅すべてを終えるほどの量はない。
 苦難の旅はまだ、始まったばかりであった。


それぞれの旅路(リクとエルウィック)

「うーん? ……ここってドコ!?」
 きょときょとと辺りを見回すのは、左右のもみ上げの先をゴムで結んだ青い髪の少女リク・ディフィンジャー。そのリクに、陽気に声をかける者がいた。
「目が覚めた? ここは、ロスティの郊外なんだけど、こんな路上で眠ってたら風邪引くんじゃないかな」
 東トーバから一番ムーア勢力圏に近い街ロスティ。その路でリクは眠っていたというのだ。
「あ、君は、エルウィック・スターナ!? きゃー、また会えたね!」
 一見華奢な体に抱きついて、再会を喜ぶリク。そのリクに、にっこりと応じたエルウィックは、自分が見てきた諸事情を話すのはやめておく。
「……あたしは、リクの言ってたムーア宮殿ってところにこれから行ってみるつもりだよ。リク、キミはどうするの?」
「うん。マハも戻ってきたみたいだし、これであたしも安心して情報収集の旅が出来るってもんね!」
 今の状況を全く知らないリクは、そのまま情報収集を続ける事を決めていた。
 今度は今いた町を離れてもっと亜由香の近くまで偵察に行くつもりのリク。商人に化けて、今までいた街から馬車を拝借しようというリク。その危なっかしい計画に、エルウィックが肩をすくめる。
「慣れないことをするのって、却って危険だと思うけどな……あたしは先に行くけど、またどこかで会えるといいね。じゃ、ね」
 片目をつぶって、四枚の羽『堕天の翼』で飛び立つエルウィック。その手には、何時手に入れたのかムーアの地図が握られていた。そのエルウィックに手を振って、立ち上がるリク。とりあえず商人に化ければ色々話しが聞き出しやすいと考えたリクの側に、気がつくと商人に化けて進むのに十分な金貨が置かれていたのだった。

 エルウィックと分かれたリクは、つつがなく商人に化け、ゆっくりムーア宮殿の方角に進みつつ、ムーア世界の街を見て回っていた。偵察する内容は、魔物の数がどれだけ増えているのかという事。
『……どの街にも魔がいるけど……偉そうなのは一人だけ? まだそんなに多くの魔がいないのかな』
 各街にいるのは、主権を握る魔と、それに従う意思のない魔物たち。意思のない魔物は、すでにリクが見知っているものばかりであった。そして、主権を握る魔も、ロスティの街で見た修羅族ほどの力がない事は、リクにも一目瞭然であった。
『確かに偉そうは偉そうだけど……親玉がいなくなって図に乗ってるダケってカンジだよね……でもやってる事は、修羅族と代わらないなんて……許せないよね』
 どんな魔物がいるのかも観察していたリク。リクは慎重にそれでいて自然体で、夢魔の呪縛の解けた者を見つけると、リクは迷わず一つの質問をする。
「亜由香は次何を目標にしているのか、わかるかな?」
 定番の“抱きつき挨拶”も抑えて、「商売は上手にやっていきたいからね。用意できるものは、用意するつもりなんだ」と説明するリク。そんなリクに、ムーアの人々は羨望の視線を向けて口々に言った。
「それがわかれば、我々も必要なものは用意させてもらうよ。わかったらまた寄ってくれ」
 少しでも生き延びる路を探す人々。夢から覚めた人々は、日々殺されてゆく者がある日常から、解放される事を望んでいた。
 一方、リクは、未だ夢から覚めない人々もいる事を不信に思う。
『これだけ時間がたっても夢魔の影響が抜けないのは……何故だろう?』
 知り得た情報を紙に記し、自身の世界から持って来た“風の紋章”で、東トーバの方向へと運ぶリク。この情報をいつか誰かが活用してくれる事を願ってのことであった。

 夢から覚めないままに飢えて死に絶えた街跡も数多く目にするリクの旅路。その先にあるムーア宮殿は、まだ遠かった。


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