ムーア宮殿への帰還〜ゼネン目前にて 亜由香に味方する異世界人の乙女リュリュミア。明るい緑の瞳を持つリュリュミアは、東トーバを脱出した者たちとの交渉に成功し、20人の神官を連れてムーア宮殿へ帰還する道中にあった。まずは北方最大の軍事都市ゼネンへ補給も兼ねて立ち寄る一行。その途中でリュリュミアを肩に乗せて従っていた一体の修羅族がいきなり頭を抱えて奇声を発する。 「グガ!? ガアァァア!」 突然豹変する修羅族は、自分の肩にいたリュリュミアを振り落とす。 「ええええぇぇえ? 一体どおしたんですかぁ?」 そのまま本来の粗暴な本性を剥き出しにして暴れる修羅族。その理由がわからずに呆然とするリュリュミア。そのリュリュミアの側に、同行する女神官が進み出る。 「アレに話が通じるなら私も楽なんですけどね〜」 女神官は、今の様子こそが元来の修羅の姿で今までのはリミッターか何かが掛かっていたのだろうと、呆れ顔で言った。そんな女神官の言葉で我に返ったリュリュミアが、作戦を立て始める。 「えーっとぉ、何だかわからないけどぉ、神官さんたちに怪我をさせたらたいへんですぅ。修羅族に蔦を巻きつけてぇ、でもリュリュミア一人だと引きずられちゃうからぁ、ムーア兵の人たちにも一緒に押さえ付けて貰ってぇ……」 「残念ながら、そんな暇はなさそうですねぇ〜」 神官やムーア兵を見境なく殴り殺そうとする修羅族。その中の神官たちに向けて女神官が合図を送ると、一斉に神官たちが北方へと走り出す。 「ええぇ? んーと、ムーア兵さんたちも一緒に行ってくださいですぅ。バタバタしてる間に、そのまま神官さんたちを逃がしちゃったりしたら大変ですぅ」 けれど神官とムーア兵の逃走は、修羅族本来の自意識を取り戻す効果があったらしい。 「キッヒヒヒ! 逃げロ! 逃げロ!! オマエたちの恐怖が俺様に力を取り戻させてくれるゼ!!」 俊敏さが戻りゆく修羅族に、リュリュミアがとっさに花の香りを撒き散らす。 「この香りで落ち着かせるか眠らせるかしますぅ!」 しかし、北方最大の軍事都市ゼネンを目前にして、あたりはすでに窪地ではなかった。リュリュミアの花の効果は、わずかに修羅族の動きを遅くした程度であった。 「そうですね〜。まあ、こちらとしてもそれで助かります〜!」 先ず周囲の地形を確認した女神官は、水の入った水筒を一本潰して無数の氷針を作り出し、それを修羅の鼻先に飛ばしてみせる。 「修羅族さんにしては、ずいぶん遅い反応ですね〜」 挑発する声をかける女神官。同時に修羅族を中心に発生する濃霧。そして神官達の逃げた方向とは逆に方向へと走り出した女神官は言う。 「鬼さんこちら〜♪」 誘導するように挑発を続ける女神官。恐らくそれだけで理性という名のリミッターを失った修羅は自分の挑発にのってくると考えたのだ。その予測に違わず、闇雲に声の方向を追う修羅族。その修羅族を手近な崖まで誘導するのは、女神官にとって手間な事ではなかった。 「ギヤアアアァァァァァァァァァァァ!」 断末魔の声を発して高い崖から転落する修羅族。リュリュミアの力で俊敏さを失っていた修羅族は、その崖をはいのぼってくることはなかったのだった。 「まずは助かったのでぇお礼を言いますぅ。神官さんてこんな技も使えるんですねぇ。名前を教えてもらってもいいですかぁ?」 にっこりとリュリュミアが右手を差し出す。この時、リュリュミアが握手を求めた相手は、女神官に扮した異世界人の乙女アクア・マナであった。緑の瞳の乙女アクアが、『水氷魔術』と『霧氷珠』とで修羅族を撹乱・挑発し、『魔紅翼』で崖へと誘導したのである。 リュリュミアに名前を問われて女神官アクアが答えようとした時、ムーア兵が小さな神官を一人だけつれて戻る姿が映る。伴われてきたのは、神官長補佐役であったルニエのみ。 「申し訳ありません。他の神官は取り逃がしました」 ルニエが『精神防御壁』を展開して、他の神官を追っ手から逃したのだと兵は説明する。 「んー? 18人の神官を取り逃がしたのですかぁ?? これはまた作戦を立て直すしかありませんよねぇ」 追撃部隊を再度編成するにしろ、一度ゼネンに戻るより他はないようであった。 「とにかくゼネンで一休みしたら、早くムーアの宮殿に戻りましょうぅ」 気を落としたものの、すぐに気持ちを切り替えてリュリュミアはルニエと女神官アクアとに笑いかける。 「そうですねぇ。みちみち植物育成のことを教えてくれたらうれしいですぅ。それにみんなが言うほど亜由香は悪い人じゃないですよぉ。直接話してみたらきっと誤解もとけると思いますぅ。もしも亜由香が本当に悪い人だったらマハやエルウィックも……エルウィックっていうのは異世界から来た人なんですけど、いい人なんですよぉ。そのエルウィックだって、とっくに亜由香のそばを離れてるはずですよぉ」 リュリュミアの語る言葉に、神官長補佐役のルニエは気を引かれたようである。彼らが向かう軍事都市ゼネンは黒光りする壁面を彼らに見せ始めていた。 |
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