東トーバ神殿

 拓哉の戦闘機に詰め込まれていたのは、異臭を放つ怪物であった。
 けれど、それを見た神官たちの誰もがその正体に気づいてしまう。
「……君主……マハ…………?」
 その変わり果てた姿に涙する神官たち。その中で神官長ラハは、君主マハの体を送り届けてくれた異世界からの助力者たちの労をねぎらう。
「大変なご苦労をおかけしました。よくぞご無事でお帰りになられました……このように君主までも……。拓哉様も……ありがとうございました……」
 声をつまらせつつ、感謝の気持ちを伝える神官長ラハ。君主マハを救出した拓哉は、東トーバと亜由香側との休戦を提案した者でもある。元の世界において士官の地位にある拓哉は、軽く敬礼しつつ結果のみを報告する。
「せっかく交渉を任せていただいたのに、決裂となりまして申し訳ない」
「とんでもない。君主マハまでもこのように。感謝致しましてもしきれないほどです。……ところでそちら様はアクア様に大変よく似ていらっしゃいますが……?」
 拓哉の後ろには、亜由香のいるムーア宮殿をエアカーで脱出して来たフレア・マナがいたのだ。髪型は違えどもその面差しは、神官長ラハがよく見知るアクア・マナと瓜二つのものだったのだ。
「うん。僕はアクアとは双子の姉妹なんだよ」
 はにかみながらこれまでの経緯を説明したフレアは拓哉と共に歓待を受ける事となる。そしてフレアは、西ゴーテから帰還したアクアと久しぶりの対面を叶えていた。そして拓哉もまた、自分の副官であるリリエル・オーガナと再会していた。

 
 神殿の大広間。

 そこには、夢魔によって人から異形の者に変貌した君主マハを中心に、神官と異世界の者たちが集まっていた。
 変貌した君主マハを科学的に分析するのは、高度な物質文明からやって来たリリエルであった。リリエルは、君主マハの遺伝子配列を対物質検索機で検索していたのである。
「……DNAは、もう人のものではないわ……」
 皆の見守る中、金色のロングヘアをしたリリエルが頭を振る。後ろ髪だけをツインテールにしたリリエルは、かつて君主マハのものであった毛髪を手にして神官たちを見る。
「この中に、遺伝子操作のできる人はいる? 魔法使いみたいな人でもいいんだけど」
 しかし、この声に答えられる者は一人もいなかった。代わりに答えたのは、拓哉だった。
「ふむ。すでに今の状態がマハにとって“自然”なDNA配列にされてしまったのだろうな……この状態の方が都合の良い何かがあるのかもしれないが」
 リリエルの側で、同じく対物質検索機を操作する拓哉。拓哉は、ムーアからの帰還方法を探っていたのだ。
「バウムへの帰還方法についてはバウムとムーアを繋げた時空の痕跡を探し当てる必要ある……これまで何度も、バウムとムーアはつながっているからな……しかしこの神殿のいくつかに痕跡はあるが、どれも過去のものだな……これからつながる確証はない、か」
 疲れたように首を振る拓哉に、副官であるリリエルが微笑む。
「じゃ、少し休んで来る? ディックも心配してお茶を入れてくれてるわ。休憩も必要だって。別室でこれらから戦闘を検討してるリューナとフレアも呼んだからって」
 この時リリエルは、君主マハに意識を集中させているらしいアクアにも声をかける。
「アクアはどう?」
「あ、私はもう少しこちらにいます〜。マハの怪物化は魔的な要素もそうですが、心理的な要素も多いと想うので〜。マハが心の内に抱いている罪悪感を解せば怪物化も解けるのではないかと想います〜。なので意識の実を使って、マハの深層意識に自分の意識を繋げてみます〜」
 皆が君主マハの側を離れる時、可憐な乙女アクアは一人残り、異形のマハと対峙する事を選ぶアクア。
「そう? なら、あたしももう少し残るわ。あたしも意思の実は持ってるから、何か手伝えると思うし」
「助かります〜」
 別室に向かう仲間たちに、手を振ったアクアとリリエル。アクアは再び君主マハに集中していた。
『私たちがバウムに帰還する為には、マハの協力が得られれば確実なものになるでしょう〜』
 それが、このムーアから出られなくなった皆の帰還を願うアクアの想いであったのだった。



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