東トーバ神殿

 緑豊かな木々に囲まれたセピア色の神殿。
 広大な神殿の周囲には民家が点在する。
 一見、静かな田園地帯に見える場所。
 そこが、人が住むムーアの中でただ一つの平和の地、東トーバであった。
「ここは…東トーバは、この世界に残された最後の砦です」
 神殿から東トーバを眺めて決意を固めていたのは、柔らかなショートヘアを風になびかせる少年ユヅキ・トリアス・チルチルモォス。
「今、亜由香の支配をくじこうと、がんばっている人々……異世界の者である僕たちを受け入れてくれた東トーバの人々…皆が安心して帰れる場所を…僕は守りたい」
 まだ伸び盛りの少年に見えるユヅキに、暖かいハーブティーを渡す青年ディックも強く頷く。
「ああ、俺もだ。まずは同じ異世界人の俺たちから信頼関係を築いていこう。もちろん、俺はユヅキを信頼してるよ」
 たくましい腕を持つディックから渡されるお茶を受け取って、ユヅキが微笑んでいた。

 その東トーバは今、不思議な扉を通って移動して来た者たちを迎え、にぎわいを見せ始めていた。しかしながらその受け入れには、協力的な神官もいれば、警戒しつつ経緯を見守る神官たちも存在していた。
「ムーアの漁船乗組員……《亜由香》勢力圏の者か……」
「危険極まりない……夢魔の影響も残っているのであろう?……これからの食料も……」
 状況を危惧するばかりの神官たちに、香りの良い湯気の立つハーブティーを勧めたのはディックであった。薄い小麦色の肌をしたディックは、陽気に言う。
「そう悲観する事ないって。今、冒険者の話をいろいろ聞いて回ってきたけど、西ゴーテからいい土産ももらって来たって話だしさ。な、トリスティア♪」
「え? ボク?」
 名を呼ばれて振り向いたのは、アイボリーの肌と穏やかな碧の瞳が印象的な少女だった。まだ13歳程に見える少女は、自分が西ゴーテから託された熱線銃を手にしてつぶやく。
「……そうだね。西ゴーテの機械たちは、自らの動力源を失ってまでこの武器をボクに託してくれたんだ」
 帰還した冒険者トリスティアが語る西ゴーテでの出来事。そして、この東トーバまで彼らを送り届ける為に、失われた者たちの命。それらを聞き終えて、新規に入国する者の受け入れに反対する神官たちからも不満の声は上がらなくなっていた。

 トリスティアの語る話が一段落した頃、お手製のハーブティーを手にしたディックが爽やかな笑顔を見せる。
「もう1杯いかがかな? トリスティアも話し疲れただろ?」
 そして、その輪に精神防御壁維持の休憩中であるユヅキが加わる。
「……トリスティアさんのお陰ですね。不平神官たちも大分おさまったようです。あのままでは、東トーバが内部分裂していたかもしれませんからね……」
 皆が其々の戦いに出る中、東トーバに留まって内部を固めてきたディックとユヅキ。君主マハが不在となった間、ディックの進言で神官長ラハがその代行を行っているのだが、疲れのたまっている神官の中には各種の不満が山積していたのである。それを手伝うユヅキ自身、疲れからくる精神の乱れは人事ではなく感じていたのである。そのユヅキにディックは頷いて、確認してきた様子を語る。
「ああ。君主マハに裏切られたことを不満に思っている神官は今もいるし、神官長ラハと対立している一派もいるらしいしな……」
 かつてラハと神官長の席を争ったという一派。その一派は、ディックやユヅキを含めた異世界人の排除を主張しているのだという。ディックたちの言葉に、トリスティアは金色のショートカットの頭を振る。
「ううん。ボクは、まだゆっくりしてられない。ボクたちに命をかけてくれたレレとロロのことを思うと……」
「扉での移動に力を貸してくださったレレさん、ロロさんのことですね……」
 東トーバ側で扉で移動を手伝ったユヅキがつぶやく。
 『バウム』という異空間の案内人であったレレとロロ。空間維持の中で失われた二人に、感謝と追悼の念を抱いている異世界の者たちは数多くいたのだ。
「……二人の為にも、落ち込んで立ち止まっても何もなんねーよな……ムーア世界を救うためには亜由香が違う世界から魔を呼び寄せないようにさせなくちゃな」
 ディックの言葉をうけて、トリスティアが自分の意志を固める。
「亜由香と魔を全部倒したら、それで戦いは終わるんだ……だから終わらせてくるよ」
 思いつめた表情で銃を握るトリスティア。そのトリスティアに、ムーア世界の成り立ちを理解していたユヅキは言う。
「たとえ亜由香が倒れたとしても、残念ながら世界にはまだ混乱が続くでしょう……その時のためにも、生き残らなければならないんです…!」
 それでも決心のゆるがないトリスティアに、ユヅキは “お守り”として飴を渡す。そしてディックも注意だけは忘れない。
「先に偵察に出てったリクにも言った事だが、無闇に戦うなよ。見つかったらすぐに逃げろ」
 そしてユヅキとディックとに見送られたトリスティアが、亜由香が住まうというムーア宮殿へ向けて出立していったのだった。



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