ムーア宮殿
中央の塔を中心に左右に大きく広がる宮殿。
この宮殿の塔の一角で、異形の者に変化した君主マハ。腐臭さえ放つ異形の者に亜由香が囁く。
「さぁ、世界を広げましょう……邪魔者はいないわ……」
体に意思を失った君主マハ……けれど悲鳴を上げ続ける心の声だけは止まることはなかった。
“テーラ”の名で、亜由香陣営に司令官的立場を与えられているのは、フレア・マナ。“テーラ”を名乗るフレアは、鷲塚拓哉(わしづかたくや)に宮殿内を案内していた。
「亜由香に味方すれば素晴らしい未来があるぞ。拓哉も仕えればよい。自由と名声は思いのままだ」
すでに宮殿で亜由香と目通りを果たした拓哉。その拓哉も仲間になれと亜由香に誘われたのである。それをよい事に、宮殿内の拓哉の自由を確保したのはフレアであった。もっとも口に出す時は、お互いに亜由香を称えるが実際は違っていた。二人は、拓哉の持つ『意思の実』と呼ばれる意思の疎通図れる実を介して、意思を伝えあっていたのである。
『君主マハの今の居場所はわかった?』
『まただ。この実は近距離でなければ意味をなさないからな』
この時、彼らに声をかける者がいた。
「あーら、珍しい人がいるじゃなーい?」
声をかけたのは、二人のもう一つのターゲットでもある夢魔、瑠伽(るか)であった。
「んー? 確か、修羅族と戦わせてあげたい人だったわよね。東トーバをやめて、亜由香に鞍替え?」
のんびりとした瑠伽の声に、表層の拓哉が笑った。
『ここらへんにどこかこいつを連れこめるところはあるか』
『……ないよ……目立つけどやるしかないんじゃない?』
フレアの意を受けた拓哉がフォトンセイバーを引き抜く。
「瑠伽。俺は瑠伽に会いたかったぞ」
「あら、嬉しい♪ それにしては剣なんて、色気がないものが必要かしら?」
拓哉の『精神防御壁』を警戒する瑠伽に、拓哉は言った。
「必要だな。どちらにせよ、瑠伽ならば君主マハの居場所を知っている!」
ブィンと独特の音を立てる拓哉の剣。その剣先をすんでのところでかわした瑠伽が、声高にがなり立てる。
「ちょっと! 危ないじゃない! えーと、テーラ? あんたからも言いなさいよ!」
その瑠伽に、“テーラ”であったフレアが『炎帝剣』を引き抜く。
「僕も僕に戻るよ。……もう、ここにいるのは“テーラ”じゃない!」
フレアの火炎剣術が瑠伽の背後から閃く。すでに炎の刃で攻撃に合わせて、瑠伽の周囲に火の粉を配したフレア。瑠伽の動きを計算しつくしたフレアが肉薄する。
「瑠伽。僕の剣術からは逃げられないよ!」
うなる剣。その炎の刃が、瑠伽の炎の翼で押し戻される。
「じゃ、やっぱりフレアなのね! ちょっとちょっと衛兵―!!」
しかし、この声は、剣の火力を上げた音でかき消されてしまう。そして瑠伽の前には、フォトンセイバーを構える拓哉。
「あの時の借り、返させてもらおう」
「ちょっとー、あたしはそーゆーの不向きだって言ってるわー!」
拓哉のセイバー、フレアの剣。それらがうなりを上げて、瑠伽に振り下ろされていた。
塔の一角が、大音響とともに崩壊する。
爆発音と共に吹き上がる炎。
爆発音と炎とは、塔のあちこちで響き渡り始める。
それを行ったのは、フレアに戻った元“テーラ”。自分の世界からの持って来た『爆炎珠』を、次々と爆発させたのである。
この騒ぎに、君主マハのいる居室の扉を開けたのは、亜由香だった。
「何事かしら?」
この期を逃さず部屋に飛び込んだのは拓哉であった。拓哉は、迷わず部屋の中央に鎮座した異物を抱え上げる。
「君主マハを返してもらう!」
すでに居室には力ある魔者たちが数多くいたのだが、拓哉の動きのは彼ら隙を突いていたのだ。マハの巨体を抱えて居室を飛び出した拓哉。拓哉は、遠隔操縦で呼び出した探査戦闘機にマハであった体を詰め込むことに成功する。続いて呼び出したエアカーでフレアの安全も確保すると、彼らはムーア宮殿を飛び出していた。
「……情けない所業だな」
残された居室にうごめく魔物たち。
その中でも格上らしき魔物が、冷たい瞳で亜由香を見つめる。
「瑠伽がやられていたわ……もう異世界の者には頼まないわ……」
この言葉を受けて、亜由香をひやかす笑いがあちこちで上がる。
「キヒヒ。夢魔ごとき下等な魔を使うからョ。この修羅族様も呼ばれたからにゃ暴れてやるから感謝するがいィ」
「期待しているわ、修羅族の猛者たち。当然、上級魔族の……もね」
亜由香がすでに呼び出してしまったらしい修羅族と呼ばれる魔物。
ムーアと呼ばれる世界に、力の統治が始まる。
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