西ゴーテへ
「海は広いなー、だね」
海辺に羽を休めて、群青色の海を眺めるのは金色髪をショートカットにしたトリスティアである。半袖の上着にミニスカート&ショートブーツ姿のトリスティアは、当初西ゴーテまで飛んで行けないかと考えていた者であった。
「これだけ広いなら、船を借りて海路を越えるしかないよね。ボクとアクアが神官長ラハからもらった金貨2人分で借りられるように、漁村の人たちに交渉しようよ」
連れとなった少女に、トリスティアが振り返る。『長い道中のために』とトーバからもらった金貨は、2人分を合わせれば、それなりの額になるとトリスティアは考えていたのだ。
「わたしもそう思います〜。まずは漁村にて有る程度の外洋航行にも耐えられる、少し大きめの漁船と、水や食料を調達しましょう〜」
トリスティアと同意見なのは、長い金の髪を五つに束ねる少女アクア・マナ。そんなアクアに何事にも前向きなトリスティアが頷き、二人で手分けして調達に動き出していた。
船と物資の確保がすんだ頃、トリスティアがアクアに言う。
「あとは乗組員はだけだね♪」
その時、突然彼らの前の空間がゆらぎ、二人の少女が現れていた。
「船なら任せて!」「お手伝いするわよ♪」
現れたのは、異世界の住人たち。宇宙駆逐艦の副官リリエル・オーガナと、神と人の住む世界のリューナである。始めての挨拶を交わす四人が、西を目指しての旅立ちを決めていた。
アクアとトリスティアが用意した漁船を眺めるリリエルは言う。
「この船なら、そんなに多くの船員はいらないわ。手配は任せて♪」
宇宙を駆ける軍人であるリリエルは、瞬く間に腕の立つ船員を見分けてみせる。
「魚心あれば……もあると思うけど、ちょっと行動に気にかかるところがあるのは、ムーアっていう土地柄からかしら……」
船員は整えるものの、完全に彼らが信頼できるものとはリリエルはまだ信じていなかった。海に生きるはずの彼らには、どこか精神に空虚なところがあると感じていたのである。
「あとの問題は、航行の動力源ね……海流を操作しようと思っていたのだけれど、あたしのフェアリーフォースは“フォースブラスター”に集中していて使えないし……」
航行の船足を速めるべく策を練って来たリリエル。そのリリエルに、アクアは言った。
「乗組員を整えてもらっただけで十分です〜。指揮はお願いできるんですか〜?」
そんなアクアに、リリエルが“もちろん”と即答する。
「それでは〜、海流操作は残念ですが私だけでやりますね〜。恐らく東トーバでバリアを張る並の消耗となるでしょうから、その間のサポートをよろしくお願いしますね〜」
自らの水氷系魔術を用い、海流そのものに対して、船の周りだけ局地的干渉、操作を行うつもりのアクア。そのアクアに、拳を見せるのはリューナ。
「途中に何があるのかはわからないけど、障害は魔法でぶっ飛ばすわ!☆」
リューナの火炎魔術が閃く時、リューナはふと気づく。
「……もしかして、アクアの水魔法とあたしの火炎魔法がぶつかると、水蒸気爆発が起こるかしら……」
冷や汗を浮かべるリューナに、アクアが微笑む。
「その心配はありません〜。この船旅では、戦闘に参加できそうもないですから〜」
そうして、トリスティアも得意のナイフを構えてみせる。
「もしボクたちを妨害する者が現れたり、何者かに危害を加えられそうになった時は、コレ、だよ!」
握りの部分に釣り糸を結びつけたヒートナイフとコールドナイフとが、目にも止まらぬ速さで空を飛んでいた。
「それまでは船のことは任せて、ボクは食料補充のために釣りとかをして過ごすよ」
頼もしい仲間が集った漁船は、準備が整うのを待って出航して行った。
西ゴーテへの旅は、アクアの海流操作と、リリエルの指揮とで驚くほど早く進んでいた。
「この感じだと、予定よりずいぶん早くつきそうだよ」
のんびり釣り糸を垂れるトリスティア。その声に応えるのは、リリエル。
「ま、途中、舟の墓場とかあったりしたけど、アクアの海流操作で何とかなったしね」
「あとの問題は、向かう先の西ゴーテかしら。『機械を得意とする文明のぬけがら』ということは、住んでるのは、ヒト系生物は絶滅していてロボットばかりとかしないかしら……だから、今まで東トーバの使者が帰ってこなかった気がするのだけど……」
リューナの疑問の声が上がる時、海の果てに光るものがある。そこから、何者かが空を飛び漁船に近付く気配が確かにあった。
「敵!? リューナ、トリスティア、頼むわ! アクアは、そのまま海流操作を!」
リリエルも銃を構え、皆が警戒する中、空を飛んで来た者が漁船の船首に止まる。そこにいたのは、まだ少年の姿をした魔であった。背中に炎を持つ少年の姿に、アクアがつぶやく。
「……もしかしたら……夢魔でしょうか〜」
アクアの疑問の声に、少年が即答する。
「正解! なんか、久々に賢い奴に会った気がするね」
どこか人を馬鹿にした少年の魔は言った。
「さっきも、鋭いこと言った奴がいるしね。今までの奴等よりも楽しめそうだ」
クスクスと笑う少年の声に、皆は精神を侵食される気配を感じる。けれど、『精神防御壁』を身に付けている皆に、魔の影響は現れなかった。それを認めた少年は、ふわりと船を離れる。
「ふ〜ん。面白いじゃないか。お前たちをしばらく見させてもらうよ。その先はどうなるか……見ものだね」
どれくらいの力を少年は持っているというのか。
西ゴーテでの行動を見守るという夢魔の少年。
西ゴーテへ漁船が到着するのは、間もなくの事だった。
西ゴーテ。
文明のぬけがらである不毛の地。
鋼鉄が大地をおおい、生気を感じる事のできない地。
けれど、この地が《亜由香》に反旗をひるがえしている事だけは確かである。
トリスティアは、まずアクアが受け取って来た親書を託す者を探し始めていた。
やがて一行は、崩れかけた廃墟の奥に何事か信号を発し続ける場所を見つけていた。