『酔狂スペシャル』
第2回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 地下の大空洞に大きな亀裂が走る。
 ヘルメットやカメラに取りつけられたライトがあわただしく暗黒空間をひっかき回す。
「こ、こんな絶好の見せ場から逃げてはいけないッ! さ、撮影を続けるんだッ!」
 落盤に遭い、片足を折ったカワオカ・ヒロシテンの必死の叫びが、地響きと巨大モグラの鳴き声に負けじと響く。
 逃げ出そうとしていた『酔狂スペシャル』カワオカ探検隊の足が止まった。
 ライトが振り向く。
 撮影続行。
 黒く太い爪が天井を掻く。鉱洞の地下から上半身を出したダークブラウンの巨大モグラが肉食の牙を剥き出して吠える中、撮影スタッフはコーヒー中毒の禁断症状で動けないヒロシテンを撮影する。
 だが、一際大きい落石がヒロシテンの頭上に落ちてきた。
「危ナイ!」
 ジュディ・バーガー(PC0032)は走りより、彼をかばって覆いかぶさった。
 落石は彼女の背にぶつかる。ジュディは痛みを耐えた。
「メディーック!! 急いでハリーハリー! とにかくハリアーップ!!」
「誰が衛生兵や! そない怒鳴らんかて、めっちゃ聞こえとるちゅーねん」
 ジュディの叫びにビリー・クェンデス(PC0096)は『神足通』による小テレポート。ついでにツッコミを入れてしまうのは、芸人根性の宿痾かもしれない。
 全く想定外のトラブル発生に、ビリーは咄嗟の対応が遅れてしまった。
 この辺りが、まだまだ神として未熟な証拠だ。そんな戸惑うビリーをヒロシテン隊長はかばおうとしてくれた。彼も余裕があるわけじゃないのに。
 たとえ無意識な行為でも、神様見習いとして善行を重視する価値観を持つビリーは、好意を覚えざるをえない。
 負傷していたスタッフを治していたビリーはヒロシテン隊長の傍らで、先ずは『指圧心術』と『鍼灸セット』で止血と痛み止め。コーヒー中毒への対処として『打ち出の小槌F&D専用』を使い、障子屋みたいな名前の缶コーヒーを与える。ちなみに緊急事態の為、缶コーヒーの販売元を選り好みする希望は却下だ。
「す、すまない、ビリー君。恩に着るよ」
 ヒロシテンが缶コーヒーのタブを引き起こして、一気に飲み干す。すると彼の身体の震えが眼に見えておさまってきた。
 その間にもジュディは『イースタン・レボルバー(トムロウ式)カスタムパーツ』で巨大モグラを牽制する。
 光の属性弾、電撃弾、粘着ゴム弾の連射が巨大モグラの顔面で弾ける。
 それぞれに威力があったが、ただ光の属性弾は狙った効果をあげられなかった。巨大モグラは確かに視覚が弱点だ。しかし、それはかろうじて明暗を見分けられるほどに視力が弱いだけで、特に眩しさに弱いわけではないのだ。
 ただ視力が弱いながらも小さな眼でその光の軌跡を追う。
 次いで電撃が悲鳴を挙げさせた。青い電光が走り、体毛が逆立つ。
 粘着弾が頭部に貼りついて首の自由度を奪う。
 巨大モグラが暴れた。
 その時、怪物の天井引っかきにより、今までにない巨大な落石が三人に降ってきた。
 誰にとっても直撃が致命的になる大きさだった。
 撮影スタッフが悲鳴を挙げる。何人かが空洞から逃げ出した。だが隘路は落石でふさがっていた。
 次の瞬間、少女は迅速の勢いで駈け寄った。レッドクロス。赤い装甲で身体速度を加速したアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、三人の頭上に落ちてきた落石を受け止めた。
「わたくしは素顔NGですが、レッドクロスを着た変身後の姿ならOKですわよ」
 ピンクの長髪が空気の震えに応じてなびく。
 片手で崩落天盤を支えながら、アンナはカメラが回る前で、巨大怪物の鼻面をモップで打ちのめした。
 感覚器が集中している鼻に打撃を与えられたモグラは、今までで最も大きな悲鳴を挙げた。
 大きな爪を持つ手が直接、ヒロシテンの周囲にいる人間達に振り下ろされた。
 それとほぼ同時に、姫柳未来(PC0023)はヒロシテンのすぐ背後にテレポート。
 ヒロシテンを運ぶ未来の超能力。
 ジュディを運ぶビリーの神足通。
 完全同時の瞬間移動が、巨大モグラの攻撃範囲から皆を退避させる。
 怪物の前脚は空振りだ。
「ええでー! ナイスアクションや! 一気に撮りやー!」
 ビリーはプチ・パニック状態になっていたスタッフに即座に『催眠療法』を施した。それで気の動転をおさめる。怪我をしたヒロシテンも彼らに任せる。
 そしてカメラマンとコンビを組んで、ベストポジションに陣取る。
 未来が戦闘参加する事で酔狂スペシャルの画面は一層派手になった。
 地下空洞を眩く白い光が疾る。
 未来の姿は天使の様な白い『魔白翼』を背負い、超能力者の精神エネルギーを輝く刃とする『サイコセーバー』を持つ事によって白光をまとっているかに見える。
「ブリンク・ファルコン!」
 天井近くまで白翼で飛びあがった未来は加速スキルを発動した。、
 サイコセーバーが蜂の羽音の様な唸りをあげる。
 急降下。
 七連の白撃がオーロラの如く閃きながら、巨大モグラの首筋に撃ちこまれる。
「モンガーッ!」
 赤い血をほとばしらせたモグラが巨大な手を振り回す。
 それをかわして、天使の翼で逃げる未来。致命傷を負わせたと思ったが怪物の生命力はタフだった。
 JKのミニスカは飛翔の動きに合わせて、大きくめくれ上がり、青と白のボーダーのパンティがあらわになる。くっきりまろやかなヒップライン。これを映せば視聴率マシマシは間違いなし、とカメラがスカートの中身を追って、上下左右へと振り回される。
「これはいかんかもしれんな」骨折の処置をしながらヒロシテンが太い腕を組んで唸る。「彼女の年齢如何によってはやりすぎると未成年ポルノ指定されてしまうかもしれない」
「しかし、隊長! 撮っていて嬉しいであります!」とカメラマン。
 そりゃ、ミニスカ美少女のスカートの中身をどアップで撮影し続ければそうだろう。
 ただ節度が必要だ。
「もっと戦闘シーンの全体を写すんだ」
 ヒロシテンの指示に従って、カメラマンが(渋渋と)この空洞で行われている戦闘を広く視野に納め始めた。
 レッドクロスのアンナは、足場の悪い坑道をものともしないスピードスケーティングで巨大モグラを翻弄し、モップによる強打撃を鼻面に見舞い続けた。
 更に体毛濃き茶色の巨大モグラの胸元をジュディのイースタン・レボルバーは狙撃する。そして、引きずってきた『ドワーフ製の大投網』を力いっぱい、空中に投げかけた。
 天井付近で大きく花開いた投網は、巨大モグラの上半身を包み込む。
「モンガーッ!」
 上半身の自由を奪われた巨大モグラが網を振りほどこうともがく。
 だが丈夫なネットはモグラに自由を与えない。
 モグラは吠えるくらいしか出来なくなっていた。
「グッド! 一気にキプト・アウェイ、とどめネ!」
 ジュディは怪力を奮って、一気に手元へ怪物を引き寄せようとする。
 上半身だけを出していた巨大モグラが腰まで引き抜けそうになる。
 ここが最大の見せ場だ、とヒロシテン探検隊の撮影スタッフは緊張した。
 だが、その時、誰も予想しえなかったものがこの現場にいた全員を襲った。
 ぐるりと視界が揺らめき、皮膚感覚が遠ざかっていく。
 思考にもやがかかる。
 毒だ。
 抗えない毒気がこの場にいる全員をいっせいに襲ったのだ。
「……こ、これはッ……!?」
 ヒロシテンが不可解そうな呻きを挙げる。そうしながらも彼は呻きながら、地面に突っ伏した。
 撮影スタッフもバタバタ倒れていく。
「こ、これは一体……どーゆー事……?」
 飛べなくなった未来は地に降りた。着地と同時に膝が折れて、地に突っ伏す。
「いけま……せん……このままじゃ、怪物は……」
 アンナのローラースケートも止まった。地面へと崩れる。
「ポイゾン……これは……キャント・ゴー・アゲインスト……逆らえな……」
 ジュディは肩にネットを担いだ姿勢のまま、地面へ倒れた。
「あかんやん!? 皆、どないしたんや!?」
 ビリーは皆の身体を必死に揺さぶる。
 だがその座敷童子も気分が酩酊してきて、地面に座り込む。宙に浮けない。
 そして全員が鼻への刺激を感じて、くしゃみを始めた。
 皆がくしゃみをする。
 その声の響きが一帯を支配した。
 巨大モグラも例外ではない。
 怪物も投網の中で毒気と戦っていた様だが、今や大くしゃみが収まらない状態になっていた。
 皆が焦っていた。
 毒&強制くしゃみの正体は解らない。
 この大空洞の出口をふさいだ落石の隙間から、外気と共に侵入してくる物の流れに気づいている者は誰もいなかった。

★★★
 モンマイの森。
 脚のある人魚姫、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、予想外の展開に当惑していた。
 親ドラゴン派として義憤に駆られ、酔狂スペシャル探検隊に干渉すべく小芝居を打ったが、場当たり的な『三首竜王グイデュールア』という名前が勝手に独り歩きを始めてしまった。
 かえって状況を悪化させたのではないか。
 困った時の神頼みとばかりに携帯していた『故事ことわざ辞典』を紐解けば、そこに記されていた託宣は『因果応報』という四字熟語。
 納得いかずに再びページをめくると、今度は『身から出た錆』という言葉が眼に入る。
 思わず地面に本を叩きつけたくなる衝動を耐えた。
 深呼吸三回で気持ちを落ち着かせたマニフィカは、改めて辞典を紐解く。
 そして三度目に示された『終わり良ければ全て良し』の解釈に考え込んでしまう。
 熟考。
 ふと異世界の賢人の言葉を思い出す。
 『良い結果をもたらす嘘は、不幸をもたらす真実に勝る』。
 この言葉を思い出した時、マニフィカの意は決まった。
 そもそも話を振った責任を取り、どうにか辻褄を合わせよう。
 中途半端は避ける為、最後まで嘘を貫き通す事にした。
 それらしく教訓的な意味も加味する。
 言い訳という自覚はある。
 それでも途中で投げ出してはいけない。
 その為の工夫を凝らすのだ。
 酔狂スペシャル探検隊がドワーフの鉱洞へ向かったのは解っている。
 マニフィカはそこへ行こうとモンマイの森を歩いた。
 鉱洞の入口は足元が岩場になる事ですぐに解った。
 そして、そこには酔狂スペシャル探検隊以外の先客が来ているのにも気づいた。
 知人だ。
 緑色植物人種のリュリュミア(PC0015)が洞窟の入口に立ち、両手を前方にのばしていた。
 その手には沢山の『ブルーローズ』がまるで花束の様に咲き誇っている。
「あ、マニフィカさぁん」
 マニフィカは出会うのは不味いかと思い、隠れようとしたが、リュリュミアが気づく方が早かった。
「奇遇ねぇ。あなたもこの探検隊達の依頼を受けてきたのかしらぁ」
 リュリュミアはマニフィカの事情を知らない。
「えっと……」マニフィカは答に詰まった。憶えている限り、リュリュミアは探検隊に加わったメンバーではないはずだ。「リュリュミアさんこそ何をやっていますのかしら」疑問形に疑問形で返すのは礼儀ではないが、会話の進行上、仕方がない。
「最近、花園を荒らす悪い子がいるんですぅ、って皆に伝えるのを忘れてましたんですぅ」
 リュリュミアの返答は突拍子もない様に聞こえた。
「花園ですか……?」
「ええ。大きな穴を掘って、わたしの花園を荒らす怪物がいるんですぅ。その事を皆に話した方がいいかなぁって思ってぇ。で、やっと洞窟にたどりついたら、なんだか中が騒がしいんですぅ」リュリュミアは青い薔薇の花束を胸元に持ってきた。「花粉を飛ばして、中の騒ぎが落ち着いたら入っていって、皆に要件を伝えようかなぁってぇ」
 マニフィカは大雑把に話を理解した。
 つまりリュリュミアの花園を荒らすという怪物が鉱洞の探検隊を騒がせているのだ。
 そして特殊な花の花粉を使うのは、リュリュミアの十八番だ。
「静かになったみたいねぇ」とリュリュミアは内部の気配を察した様だ。
「中で何が起こっているか解るのですか」
「岩が崩れる音とかしてたし、結構な騒ぎがあったみたいねぇ」リュリュミアは他人事の様に答える。「きっと、巨大モグラだわぁ。わたしの花園を荒らしていたのもそいつなのぉ。静かになったみたいだからこれから行ってみますぅ。……マニフィカさんも来ますかぁ?」
「い、いえ、わたくしはここで」
「そうですかぁ。じゃ、行ってきますぅ」
「あ、あのリュリュミアさん」
「何かしらぁ?」
「ここでわたくしに会った事は何卒(なにとぞ)、ご内密に……」
「? ……ハイぃ」
 特に理由を聞かずにうなずいた後、鉱洞の入口をくぐって、リュリュミアは暗い中へ入っていった。
 彼女を見送ったマニフィカはとりあえず、姿を完全に隠せる木陰を探した。
 荷にあった魔術書『錬金術と心霊科学』を手にして。

★★★
 まず、ビリーは気が遠くなりながらも、自分の解毒のツボに針を打った。
 くしゃみをしながらの作業は難しかったが、何とか目当ての場所に針を打てた。
 しばらくすると吐き気とくしゃみが収まってくる。
 ジュディや、アンナや、未来、ヒロシテン探検隊の皆にも鍼灸セットの針を解毒のツボに打ってまわる。
 全員を診るには時間が要ったが、それでも何とかやり遂げた。
 毒気も無力化されてきた様だ。空気が奇麗になってきたのが何となく解る。
 無事にやり遂げられたのは、一番の障害となるだろう巨大モグラが何処かへ逃げ去ってしまったからだった。
 巨大モグラはくしゃみを繰り返しながらも引き寄せる力を失った投網を抜け出し、来た時と同じ様に地響きを立てながら穴を掘り、この大空洞から逃げていった。
 大くしゃみをする者は完全にいなくなり、落石も収まっている。
 ヒロシテン探検隊の皆は無事だった。
「巨大モグラとは驚いたな。しかし、あの調子ではまたここを襲おうなんて気は起きないだろうな」モグラの去った大穴を見つめながらヒロシテンが腕を組む。「ともかく、クライマックスとしては十分以上の画が撮れたわけだ。これは大収穫ではないだろうか」彼の眼には探検隊隊長としての輝きが再び宿っていた。
 カメラマンが一度は地面に落としたカメラを持ち直し、この空洞の画を撮影していた。
 ジュディは投網を手元に巻き戻している。
 未来は白い翼をしまい、サイコセーバーの光刃を収納していた。
 アンナは大空洞の地面に散らばる邪魔な小石を掃き集める。
「ともかく一旦、外に出よう」とヒロシテン。
 だが。
「出入口が落石でふさがれてるぞー」
 ヒロシテン探検隊スタッフの叫びが聞こえる。
「任しときやー! こないな事もあろうと思って、巨大モグラの『掘削』スキルを『コピーイング』しておいてあるんや」
 ビリーは大空洞の出入り口まで行くと、それこそモグラ顔負けの勢いで坑道をふさいでいた落石を取り除き始めた。ポイのポイのポイ!であっという間に障害物を排除する。
 背後に障害物だった大岩を積んだビリーは、完全に開けた坑道の向こうに意外な人物が立っているのに気がついた。
「リュリュミアさん!?」
「あぁー、ビリーさぁん」
 手に持ったブルーローズの花束を光らせ、坑道を照らしていたリュリュミアがそこにいた。緑色の服がほのかに光を放っている風にも見えが、それは『ブルーローズ・光の種仕様』の照り返しだろう。
 あ、とビリーは自分達を襲っていた毒気の正体をいきなり看破した。
 ビリーだけではない。アンナと未来とジュディもだ。
「あのぉ」彼らより早く、花を育てる事にかけては天才的な植物レディは話し始めた。「最近ねぇ、わたしの花園を荒らす怪物がいるのを思い出したからぁ、それを教える為に追ってきたのぉ」ビリーの頭越しに洞窟内大空洞の荒れた光景を見回す。「でもぉ、もぉ、片づいたみたいねぇ」
 リュリュミアのぽやぽや〜とした雰囲気は、それこそ全ての毒気を瞬時に抜いてしまう。
 彼女は小首を傾げて、にこっと笑った。
 ともかく、皆はリュリュミアと合流した。
 ここは十分に撮影した。
 今更、グイデュールアのハリボテを使う必要もない。
 これ以上、鉱洞にとどまる理由はなかった。
 ビリーはヒロシテン探検隊の先頭に立ち、リュリュミアと一緒に鉱洞の外に出た。

★★★
 木木の天蓋の隙を抜ける眩しい陽射しに、皆は生き返った様な気分を味わう。
 生きていてよかった。そんな感慨だ。
 森が少し開けた場所まで探検隊は移動する。
 緑の葉や樹木の茶色が眼に優しい。
 やっぱり自然は素晴らしい。
 そんな事を皆が思っていた時、ヒロシテンが唸った。
「結局『三首竜王グイデュールア』は見つからなかったか。……さて、番組のエンディングをどうするかだな……」
 スタッフが集まり、構成に関しての議論が始まるかと思ったその時。
「あ、あれは!?」
 スタッフの一人がざわつき、皆の視線が彼が指さした森の一点に集中する。
 カメラマンを含めた全員が見た。
 森の太い木の一本から、神神しい女性の姿が樹皮に浮かび上がる様に現れたのだ。
 背中で竜翼が広がる。
 翼の力によってか足元は地面から浮き、羽ばたく音もなく、直立したままでこちらへ近づいてくる。
 それは背中に竜翼を広げた神官めいた美女だった。
 間違いない。ここに来る時に出会った『三首竜王グイデュールア』の巫女だ。
 しかし、今は一人しか現れず、その姿は半透明だった。その透けた姿で木を貫通して現れた様だ。
「あぁ、マニもふぁ」
 彼女の名を呼ぼうとしたリュリュミアの口を背後からジュディはふさぐ。
「よくぞ試練を乗り越えた。そなたらを勇者として認めましょう」
 巫女がおごそかに告げた。
 勿論、正体は魔術書の力によって霊体化したマニフィカだ。
 リュリュミアに彼らが鉱洞内で巨大モグラと戦っていると知らされたのは都合がいい、と彼女は考えた。
 巨大モグラが退治された今、再び三首竜の巫女として登場し、彼らの健闘を讃えるのだ
「ドラゴンと勇者は永遠のライバルです。ある世界では『土の竜』と書いてモグラと読みます。巨大モグラもドラゴンの眷属なのです」マニフィカは発揮出来る限りの威厳で場を支配しようとした。「よくぞ、巨大モグラを撃退しました。わたくし達と対等の力を持つ存在だと、あなた達を認定します」
 ヒロシテン達は呆気に取られながらも、彼女の威厳を尊重している。
 今もカメラは回され、その威光を撮影している。
「しかし聖なる墓所であるドワーフの鉱洞を荒らしたので、その功罪は相殺と裁定します」マニフィカは告げる。「あなた達は三首竜王グイデュールアと対面する資格はありません」
「ちょっと待ってくれッ!」とヒロシテンが叫んだ。「巨大モグラとの遭遇はアクシデントだッ! 聖なる墓所を荒らす目的などなかったのにグイデュールアと会う資格はないというのかッ!?」
「質問を禁じる」マニフィカはきっぱりと断言した。
「では、グイデュールアに会う為にはどうすればよかったんだッ!?」
「質問を禁じる」
「何故、神官のあなたは今回、一人だけしか現れないんだッ!?」
「質問を禁じる」
「教えてくれッ! グイデュールアとは一体全体、何なんだッ!? 何処にいるんだッ!?」
「それは禁則事項です」巫女マニフィカの半透明の姿は音もなく後方に下がっていき、森の中へフェードアウトしていく。「異世界の聖典にも『求めよ、さらば与えられん』とあります。真実に向かわんとする意志は常に尊いのです……」
 その言葉を最後にマニフィカの姿は森の中へと消えた。
 探検隊の皆が彼女を追おうとした時、アンナと未来が止めた。
「結果だけを求めてはいけないのですわ。結果だけを求めれば人は近道をしたがるものです……」
「近道をすると真実は見失いやすいわ。あきらめさえしなければ、いつかは真実に辿り着けるわよ」
 二人はそう探検隊の皆に諭した。
 しかし、実は二人とも、マニフィカがどうしてこんな芝居をしなければならなくなったのかを思い当たり、心中で笑いをこらえていた。むしろ彼女が微笑ましい。だが笑えない。彼女は自分が広げた風呂敷を必死にたたもうとしているのが解ったからだ。
 誰もアンナと未来の笑みには気づかなかった。
「三首竜王グイデュールア……ッ!」
 マニフィカの去った方角を真剣に見つめ、新た決意を表情に宿す、ヒロシテン。
 その足元で彼をあおり気味に撮影するカメラマン。
 壮大なBGMが何処からか聴こえてくるムード。
 どうやら『酔狂スペシャル・秘境ファンタジー次元の奥地に、伝説の謎の巫女が守る三首竜王グイデュールアを追う!』のクライマックスシーンのラストカットは決まった様だ。

★★★
 ヒロシテン探検隊はモンマイの森の中のドワーフの家に到着した。
 パーティだ。ドワーフの家内は狭いので、打ち上げの宴は庭で行われる事になった。
「まあ、何はともあれ」とザック。
「無事に帰れてよかった」とジック。
「鉱洞に現れた」とズック。
「怪物は退治してくれたし」とゼック。
「そちらの『てれび』撮影とやらが」とゾック。
「見事にすんだのなら」とダック。
「後は皆で祝うだけだ」とディック。
 七人のドワーフ兄弟が酒杯を探検隊の皆と傾けながら、酒宴モードに突入していた。
 スモーク・サーモン。
 血のソーセージ。
 猪のステーキ。
 豪華船盛お刺身。
 赤天バーガー。
 注いでも注いでも尽きないビール。
 打ち出の小槌F&D専用を使って、山海の珍味をふんだんに振る舞うビリー。
 傷む直前でペプチド結合がゆるんだ熟成牛肉等、通好みの食材もふんだんにある。
「美味しくなーれ……美味しくなーれ……」
 ヒロシテンも丁寧にコーヒーを淹れている。コーヒーを淹れるという行為自体が彼の幸福であるらしい。
「ところであの鉱洞の大空間部分はドワーフの墓所なんですか?」
 アンナの問いにドワーフ七人兄弟は、
「さあ?」
「そんな事」
「知らんな」
「そもそも」
「あの大空洞は」
「俺達が」
「掘ったもんだし」
 と、何も知らないという表情を髭面に刻んだ。
 この後、ジュディはドワーフ七兄弟と飲み比べをして、ぶっちぎりで勝利した。
 にぎやかで豪奢な宴の時間が過ぎていく。
「…………」
 その様子を少し離れた木陰からから静かに見守っている者が一人いた。
「……正直言ってうらやましいですわ。……あんなに楽しそうなパーティに加われないとは……誤算でしたわ……」
 木陰で呟いているのはマニフィカだった。
 真夜中まで宴が続き、ヒロシテン探検隊と冒険者達は庭にキャンプして泊まった。森の中のドワーフの一軒家にはさすがに全員、入れないのだ。
 陽が昇り、十分に明るくなってからヒロシテン探検隊は誠意ある礼と共にドワーフの家を後にした。
 森の外に停めてあるスタッフ用の幌馬車を目指す。
 勿論、帰りの道には、行きにあれだけいた毒サソリや毒蛇などはいやしない。
 底なし沼さえ、消えているっ!

★★★
『酔狂スペシャル・秘境ファンタジー次元の奥地に、伝説の謎の巫女が守る三首竜王グイデュールアを追う!』
 ファンタジーな異世界『オトギイズム王国』。
 人跡未踏の森林。神秘の地『モンマイの森』。
 凶暴な獣の危険な世界!
 その大森林の奥地に潜むという、伝説の巨大ドラゴン『ババババーン』を追って、カワオカ・ヒロシテン探検隊はその勇気ある一歩を踏み込んだ!
 想像を絶する冒険がカワオカ隊長を待ち受ける!
 青空から降りかかる灰色の豪雨!
 そして現れた謎の双子の女神官が予想だにしなかった真実を告げる!
 森の奥地で待ち受ける巨大ドラゴンの真実の名はババババーンではなく『三首竜王グイデュールア』だと言うのだ!
 三つの首を持つ黄金のドラゴン!
 この謎を解くべくカワオカ・ヒロシテン探検隊は、オトギイズム王国の森林に挑んだ!
 想像を絶する苦難の果てによる、新事実とは何か!?
 かつて数多の謎を解き明かしてきたカワオカ隊長の眼に熱い炎が燃える!
 その行方に予測しない事態が次次と起こる!
 早速に待ち受ける死の底なし沼!
 その黒い泥に探検隊の馬車が沈み、巨大バイクが必死に引き上げる!
 果たして文明の利器は古来から人や獣を呑み込み続けた底なし沼に勝てるのか!?
 探検隊の道中に襲いかかる毒グモや毒サソリ!
 ファンタジー世界ならではの躍りかかる生きた白骨!
 恐るべき毒牙が探検隊に挑みかかる!
 それらを乗り越えて進む探検隊の前に突然、現れる謎の花園!
 その花園で襲いかかる獰猛なライオンとヤギと毒蛇の頭を持つ異形の魔獣!
 魔獣の咆哮が探検隊を震えあがらせる!
 花園には人食い植物を操る幻の様な謎の原住民の女も待っていた!
 誘惑する色とりどりの妖花!
 鞭の如くしなり、人人を襲う蠢くツル!
 死んだ猛禽類の肉を食らう三つ首の魔獣!
 緑の地獄を突破した探検隊は、ドワーフ王の墓所だという謎の洞窟へ辿り着く!
 見通せぬ暗闇!
 狭く入り組んだ巨大迷宮!
 危険のひそむ暗黒の奥地で待っていたのは巨大な地底野獣だった!
 ドワーフの聖なる墓所に出現した野獣の襲撃を、赤い鎧の少女と天使の翼を持つミニスカJKが迎え撃つ!
 黒い爪の攻撃!
 起こる落盤!
 更に探検隊に襲いかかる、謎の毒花粉!
 神の見習いだという少年の治癒能力は身体の自由を奪う、危険な毒花粉に勝てるのか!?
 果たしてカワオカ探検隊は三首竜王グイデュールアに出会えるのか!?
 ついにグイデュールアの実体を知る時が来た!
 予想だにしなかった結末とは!?
 行け! 進め! カワオカ・ヒロシテン探検隊!
『酔狂スペシャル・秘境ファンタジー次元の奥地に、伝説の謎の巫女が守る三首竜王グイデュールアを追う!』近日公開! ポロリ(パンチラ)もあるよ!
(マスターより注意:この番組(シナリオ)は近日公開いたしません)
★★★