ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 場末の宿屋の一室。 しつらえてあったベッドを壁際に立てかけて広いスペースを作る。 ここにいる皆が部品を運び込んで組み立てた大たらいに、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は『水術』で大量の水を湧かせた。 大きな水鏡が出来る。 ジュディ・バーガー(PC0032)の怪力は、豪奢な黄金の姿見鏡を軽軽と抱え上げた。 そして、それを大たらいの水の中に沈める。 鏡面を上にして沈めた大鏡。銀色めいた水の中へ、同じ様な質感の鏡面が沈み、まるで金属が液体に溶けたとも見える。 そこに映る、というよりは閉じ込められているフローレンス・デリカテッセン公爵の姿が、不安そうに何かが起こるのを待っている。 皆は息を呑んで見守る。 十秒。 一分。 五分。 変化はなかった。 「……どうやら、何も変化は現れないみたいですね」 発案者であるアンナ・ラクシミリア(PC0046)は残念そうなあきらめの声を発した。水に浸すか、沈めれば、鏡と水の境目をなくす事が出来るかもしれない、そうすれば女公爵は鏡の外に出れるのでは、とピンクのメイド少女は思ったのだ。 ジュディは重い姿見鏡を水の中から持ち上げ、床に立たせた。 他にもアンナの案で、合わせ鏡を試してはみていた。 合わせ鏡によって生じる無限の鏡の通路。ある伝説では悪魔はここを通り道にするという。 条件やタイミングが合えば、鏡と鏡の間を移動する公爵を引っ張り出せるかもしれないと思ったのだ。だが、鏡像通廊は無限に連続するだけで、女公爵が外に出る道にはならなかった。 合わせ鏡を覗き込んだ顔が無限に増えて連続する中でも、フローレンスの姿は元の鏡に唯一のもので、他の鏡像の中に彼女はいなかった。真にこの姿見の鏡内だけに彼女は囚われているのだ。 まあ、最悪、アンナはこの合わせ鏡の中から異次元の怪物でも現れるかもと覚悟していたので、そうならなかった事に安堵する。 「ともかく、この大たらいは片づけんと。重さで二階の床が抜けてまうわ」 福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)の意見で、皆は早速、大たらいの片づけを始めた。 「やはり鏡から公爵を助け出すには『鏡の精』を捕まえるのが一番という事ですね」 言いながら、アンナは水がこぼれた床にモップをかける。 「やっぱりぃ、あのアンデッド領主の所まで出張しなければいけないのねぇ」ぽやぽや〜とした感じであまり危急という感じのしないリュリュミア(PC0015)の声。「アンデッドって、皆、ガリガリで、干物みたいで、不健康ですよねぇ。あそこには生きている人がいないっていうけど、皆さん、何を食べているんでしょうねぇ」 「だから、やっぱり飢え続けてるんじゃないかな。食べる物がなくて」ベッドに座った姫柳未来(PC0023)は意見を述べる。「ぞっとするよね。死ねなくて永遠に飢え続けるというのも」未来はずっと静かに怒っていた。鏡の精の卑劣な策略によって、瀕死の状態にされたスノーホワイトとドワーフ達。そして、そんな状態のスノーホワイトを連れ去ったハイネケン男爵。一見、か弱いミニスカ女子高生の我慢ももう限界だ。 「ボクも出かける準備せんとあかんな。ジュディさん、じゃあ、手伝ってくれへんか」 「オーキードーキー。テン・バレルズ、樽十個運ぶくらいなら軽軽ネ。バイクで荷車をトラクティング、牽引出来るシ」 「すみません。わたくしの力が及ばなくて……」 「モーマンタイや、マニフィカさん。やってみなけりゃ解んかったんやから仕方ないわ」 ビリーとジュディは、これから教会に聖別された水『聖水』を取りに行くのだ。 当初は聖水をマニフィカの水術で普通の水を変化させて用意するつもりだったが、いざやってみて彼女の魔術ではそれが作れない事が判明した。 聖水は対アンデッドに欠かせない物なので、ビリーとマニフィカは料金を払って、近くの教会にそれを用意してもらう事にした。依頼と寄付はもうすんでいる。後は引き取るだけだ。 「じゃあ、明日の朝ぁ、陽が昇るのと領地の境界を越えるのが同時になる様に皆、出発でいいのかしらぁ?」 リュリュミアは作戦のタイミングを、念を押すみたいに確認する。 アンデッドと戦うのに夜よりも昼の方がいいだろうというのは、皆の基本的な認識だった。 明日、冒険者達は生者のいないアンデッド達の坩堝へと、スノーホワイト・デリカテッセンを救出し、鏡の精とアンデッド領主ハイネケン・バッサロ男爵を倒す為に突撃するのだ。 「バッサロ領の広さからして、昼までには城へ辿りつけるだろうね。まあ、アンデッド達が素直に通してくれるわけないだろうけれども」 『過去見』のイザベルがざっと意見を述べる。彼女は突撃のメンバーには加わらず、この部屋に残って姿見の様子を観察するという。 「皆、気をつけて……」 鏡の中のデリカテッセン公爵がか細くしか聞こえない声で、皆を気づかった。 ★★★ 太陽の光が太い帯となって山山の間から射し込む。 夜明けと同時に空と陸から、冒険者達はデリカテッセン領からバッサロ領へと境界を越えた。 黄金に縁がかった紫色の雲の下を飛翔するのはビリーの『空荷の宝船』。 飛行スピードのままに流れゆく地上の風景は奇景。 荒れた地面が風雨に浸食され、肉の下の白骨がえぐり出された如く白い岩が大きく露出している。 まばらな木は枯れ、川は腐り、風はよどんでいる。 時時見える、村だったものの名残である残骸。 そして、群をなす死にぞこない、アンデッドの群。 あるものは乾いて枯れたかの様に身も細く、あるものは汚れた骨だけとなり、あるものは腐敗して肥大化した脂肪の塊で、あるものは鬼火をまといながら冷気を吐いている。その鋭い牙と爪。 それらが地上に蠢いていた。 彼らが襲いかかってくる光景は、風景そのものが襲いかかってくる様にも見えた。 それだけの数。圧倒的だ。 噂が本当ならば、この国に元住んでいた領民の数だけ、アンデッドが存在する事になる。 これらを生み出した罪深い男がハイネケン・バッサロ男爵なのだ。 アンデッドは昼の行動に不慣れだった。手をかざして極力、影に逃れようとしている輩も多い。 何処からか鈴の音が鳴っている。遥か遠く、それでいて耳には確かな音色。 これが死者をアンデッドに変える『死者を操る大きな鈴』の不浄な音色なのだ。 地上を走るジュディのモンスターバイクが、襲いかかるアンデッド達をはねとばしながら爆走する。 自慢の怪力に加え、更に『猿の鉢巻』で大型バイクを巧みに切り回す、身軽な俊敏さも得た。 彼女のバイクのタイヤにとって、立ちふさがる人型の怪物など案山子にも等しい。 首に巻いたペットの蛇『ラッキーセブン』も、アンデッドに臆する事なく、周囲を威嚇している。 一方、空を行くビリーの宝船は仲間達を乗せていた。 座敷童子のビリーは下級神の見習い中。これから百年ほど修行を積めば、ようやく若葉マークが外れるらしい未熟者だ。なりゆきとはいえ、神様の端くれである以上、邪悪なアンデッドの跋扈を放置出来なかった。 尤もこれは建前で、本音は極めて個人的な気持ちがあった。 元元『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という思惑から始めた事だが、スノーホワイト嬢やドワーフ兄弟達との共同生活は本当に楽しかった。 神様という存在は孤高であり、自分の幸せを求めてはならない。 しかし精神的に幼いビリーは家族愛に飢えていた。 たとえ、かりそめの擬似家族であったとしても、すっかり情が湧いてしまったビリーは、白雪姫を見捨てられなくなっていた。 それ故に建前の陰に人間臭い思惑を隠しつつ、虜囚のスノーホワイトを救出すべく頑張るのだ。 ビリーは空を高速飛行する船上より、樽に繋いだ手持ち器具で聖水を地上へ散布した。 ホーリーウォーター・スプリンクラー。 浴びたアンデッドから蒸気の様な白煙が上がる。聖水の雨を浴びた不浄の怪物が次次に肌を焼かれて、戦意を喪失。風景の後方へと流れ去る。 「これがホンマの降魔調伏! 悪霊退散や!」 臨兵闘者皆陣烈在前。ビリーは右手を刀に、左手を鞘に見立て、縦四回、横五回に空を切る動作を行う。 早九字だ。民間呪術として効力がどれくらいあるかは不明だが、神の子がやるフィニッシュポーズとしては様になっていた。 地上では、ジュディのバイクが容赦なく活きた死者を踏み潰す。 ジュディの故郷は、戦火が絶えないパラレルワールドの地球。西アメリカ合衆国ニューアラモ市の近郊にあるバーガー牧場で祖父母に育てられた。 実のところ、祖父母と血の繋がりは無い。 本当の親も知らない。 それでもジュディは幸福を感じた。 何故なら祖父母が注いでくれた愛情は本物だったから。 いずれにせよ、肉親の絆は尊い。 だからこそ母親のフローレンスに化けて、娘のスノーホワイト暗殺を目論んだ『鏡の精』の事は許せないのだ。 「相手はネクロマニア・アンド・イーブル・フェイク、屍者愛好者に邪悪な偽者! ならば遠慮は無用、ノー・マーシー! 唸るゾ、鉄腕、マイティ・アーム! 邪魔する奴はモンスターバイクで容赦なく踏み潰ス!」 ジュディのバイクの前に巨大なアンデッドが立ちふさがった。 身長四メートルはあろうかという腐った脂肪の塊だ。 「イピカイエー!」 ハーレーがアルコール燃焼機関を噴かす。ジュディのバイクは真正面からその巨大アンデッドに体当たりし、胴体を突き破って、黒く濁った血と共に、その肉体を四散させた。 |
空ではビリーの宝船に乗った者達が、空を飛ぶアンデッドと戦っていた。 背に黒い革張りの翼を持つ怪物や薄汚れた羽毛を持つ怪物の集団が、幾重もの波となって船を襲う。 ビリーは『大風の角笛』の起こした暴風で空の怪物達を迎撃する。一吹きの突風で嵐もかくやという大乱流が生じ、空中のものを遠くへ吹き飛ばした。 しかし、それを逃れた怪物の爪がビリーに迫る。 「えいぃ」 その怪物の身体に沢山の青や赤の花が咲いた。不似合いなほどカラフルでリリカルな花の群。 それらが急速に根を張る力に耐えきれず、空飛ぶアンデッドの身体はボロボロに崩れた破片となって落下する。 怪物に花の種を投げて肌に食い込ませ、急速生長させたのは船上のリュリュミアだった。 「皆『腐食循環』で肥料にしちゃいたいけどぉ、今一つ、効きが悪いのは、この鈴の音のせいですかねぇ」 「いや、腐食循環は植物に対してのもののはずだから、アンデッドの身体には直接効かないんじゃないかな」 小首を傾げるリュリュミアに、アンナがさりげなく突っ込みを入れる。 レッドクロスという武装を身にまとったアンナは、ビリーがまいている聖水散布器を、空っぽになった樽から他の樽へと接続を切り替える作業をしている。 リュリュミアは『ブルーローズ』の種を大量に急生長させて、その蔓で船の上面を覆って、バリアにする作戦に切り替えた。 緑の天蓋を持った宝船はバッサロ領の奥深くへと侵攻する。 それすら避けて近寄ってくる敵は未来の『サイコセーバー』に斬りつけられ、墜落していった。 不浄の物が蠢き襲いかかってくる地上。 蹄の音も高らかな疾走。マニフィカは肩に金モールの飾りが付いた『純白の礼服』に身を包む。『神気召喚術』の内『神馬(かみこま)召喚』で召喚した白馬にまたがり、トライデントを持っている。 その姿は男装の様であり、まさしく白馬に乗った王子様という体。 「故事ことわざ辞典にもありました! 『馬子にも衣装』と!」 王子は叫ぶ。意味が失礼な例えになっている気もするが、当人が言っているのだからいいのだろう。 姫を救うのは白馬にまたがった王子。 これは世の当然なのだ。 マニフィカは更に『狛犬(こまいぬ)召喚』をも唱える。 「お願いします! わたくし達と一緒に戦って下さい!」 『阿(あ)』と『吽(うん)』。人馬に速度を合わせた二頭の青銅身の狛犬が瞬時に出でて、四足を並べて疾走に加わる。 蹴散らして♪ 悪を♪ 人馬双狗の猛進。 示すのだ♪ 正義を♪ マニフィカの歌唱に合わせたそれらの活躍は想像するに易し。……と思われたが、残念ながら彼女の歌唱力はジャイアニズムの極致であり、歌が全体を乱調にして、光景にいまいち、栄(は)えがない。 しかし、それでも二頭の狛犬が同時に吠えれば、前方の邪気は一気に払拭される。 咆哮。 吹き飛ぶアンデッド。 蹴散らされる活ける屍達。 荒野の前方に道は拓けて、遠方の風景まで視線が通る様になった。 そこを白馬のマニフィカと、モンスターバイクのジュディが走りこむ。 追いすがろうとするアンデッドの群の三割は、マニフィカの『センジュカンノン』で叩き潰された。 ★★★ 一体、どれだけの時間を進撃しただろう。 ビリーの聖水タンクは残り一樽分となった。 「あ! あれよ!」 その時、飛翔する船上の未来が一早く、見つけ、指をさす。 まさに歪んだ、バロックなデザイン。 ハイネケン・バッサロの城。 そして、跳ね橋が上げられた正面の門前に立つ、異形の門番の姿を。 大スズメバチの羽音の様なモーターのバズ音。 三メートルはある人型の巨体。 真っ赤な色のたくましい筋肉がズタ袋の様な服の中で膨らみ、その両腕の先がバズ音の発生源であるチェーンソーに繋がっている。チェーンソーを構えているのではない。両手の先にそれぞれ高速駆動するチェーンソーが生えているのだ。 大きな豚のリアルな頭部こそが顔であり、その口が「HA−HA−HA−HA!」と狂った様な大声で笑っている。 「何!? この『スプラッ〇ーハウス』と『地獄の〇ーテル』をかけ合わせたみたいなアンデッド・モンスターは!?」 異形の門番を見た未来の叫びがその声だった。 しかし船上の彼女は感動すらしていた。 この城の雰囲気。 まさしく『スプラッ〇ーハウス』『〇界村』『悪魔城〇ラキュラ』といった、自分が昔、好きだったホラー系ゲームのシチュエーションそのものではないか。 バッサロの居城の周りには堀が巡らされ、何が潜んでいるか解らない、濁った水を湛えている。 巨漢の門番の背後にある正門の跳ね橋は上がっていて、正面突破を拒んでいた。 「ここはわたくしに任せて下さい! 行きますわよ、怪物め! チャージ!」 馬上でトライデントを構えたマニフィカは門番の怪物に突撃する。 白き礼服姿の彼女が神馬の速度を加えて、矛先を怪物の胸元までめりこませる。 騎馬と槍は最適な組み合わせだ。 確かな手応えを感じた。 「HA−HA−HA−HA!」 怪物が笑い声で吠えた。そして刺さったトライデントを筋肉の力で押し返した。 トライデントは三本の突っ先があり、それぞれに返しも付いている。 それを無理やり胸筋の力だけで押し返した。傷を引き裂いて。 無茶苦茶だ。 神馬を後退させ、突撃に必要な距離をとって、再びトライデントを構える。 太い腕筋に支えられたダブル・チェーンソーの音。 相手の強さが解った。 強大だ。 額に汗を浮かばせたマニフィカは自分の礼服が汚れていないのを確かめる。白雪姫に会うのに必要な白服を。 門番の位置は今、衝突の衝撃によって、正門の前から大きく右に外れていた。 「皆、先へ行って下さい! ここはわたくしに任せて!」 マニフィカの声にジュディが応じた。 「OK、マニフィカ!」 その言葉を聞いて、躊躇なくモンスターバイクの速度が上がる。 ジュディは城の正門に向かって突撃した。アクセルを全開にし、猿の鉢巻の敏捷さをもって、大ジャンプを敢行する。 風を切って、堀を飛び越える。 正門の前に立ちはだかる跳ね橋に体当たりした。 跳ね橋が衝突箇所を起点として上下にへし折れた。 そして厚い木板を鉄で補強した正門すら突き破った。木は腐っていたのだ。激突音と共に大小の木っ端をかいくぐって、ジュディのバイクは城内へと突入した。 「シー・ユー・スーン! 後で必ずまた会いまショウ!」 愛蛇ラッキーセブンを首に巻きつけたジュディの姿は城内へ呑み込まれ、消えた。 「先に行ってるからね!」 未来はそれだけ言い、テレポートで空荷の宝船の船上から、地上へ。そして即座にジュディが開けた穴から城内へと再テレポート。やはり城内の薄闇へと去る。 「マニフィカさん、無理はせんでや!」 ビリーの宝船は残った聖水一樽分を全て地上へとぶちまけた。 聖水の土砂降りに豚頭の怪物は苦悶の悲鳴を挙げた。 狛犬の神聖な咆哮も邪悪なアンデッドを怯ませる。しかし、それでも攻撃力を三割ほど減らしたぐらいだろう。 「頑張ってねぇ」 「この場は任せましたわ!」 船上のリュリュミアとアンナの声。 宝船は堀を高みから飛び越え、城の真上の空へと進む。 『ブリンク・ファルコン』 身を軽くするスキルを使ったマニフィカの姿の輪郭がぶれる。高速機動の用意は整った。 彼女はトライデントを脇に構える。 「HA−HA−HA−HA!」門番が哄笑した。バズ音をあげる、二つのチェーンソーが振り回される。 白馬がいなないた。 マニフィカの突撃。 トライデントの鋭い先突と、チェーンソーが斬り合わされ、赤い火花が盛大に散った。 ★★★ 城内は鬼火の様な照明が、石造りの壁や通廊の床に不気味な陰影を刻みつけていた。 冷たい風が吹いてくる通廊の奥は深い。 ジュディはここで燃料が尽きたバイクを降りた。ラッキーセブンはここでバイクに巻きつけて置いていく。 その代わり、彼女はバイクから投網を降ろし、担いだ。 彼女の横に未来はテレポートする。 城内のあちこちから亡者の苦悶の叫びが聞こえてくる。 そして、その中でもかすれずにしっかり聴こえてくる鈴の音。 まるで危険な奥へと生者を導いている様だ。 「ますますソッチ系のゲームみたいな雰囲気でそそるじゃない」 未来はそう言いながら、スカートの中から取り出したサイコセーバーを一振りした。超能力者の精神エネルギーを光の刃として具現化するそれは、闇を照らす照明にもなる。 ここには様様な罠があった。 時計の様に回転する、床すれすれの大型ナイフ。 屍者だらけの地下水道に落とす、落とし穴。 落下する棘だらけのシャンデリア。 しかし、数数の罠を未来は連続テレポートでギリギリながら、かわして通廊を進んでいく。 「このホラー・デピクション、恐怖描写なら指定はR15ってトコかしらネ」 一度作動して丸見えになったそれらの罠を、投網を担いだジュディは慎重に回避しながら歩いていく。 通廊は石の迷宮となっていたが、二人はかすかに、しかし確実に聞こえる『死者を操る大きな鈴』の音を頼りに道を選んだ。 それでも時時、道を間違える。 その度に現れるアンデッドを倒しながら、腐った血でぬめり、肉片がくねり、腐臭漂う穢れた迷宮を、二人は『不浄の祭壇』をめざして進んだ。 ★★★ 屋上のビリーは樽を全部、外に運び出すと宝船を一旦、小型化した。 名刺サイズにまで小さくなった船を腰につけたポケットにしまうと、リュリュミアとアンナと共に城内へと下りていける入り口を探す。 鈴の音は、確かに城内から届いている。 「不浄の祭壇は、城の中央にあるって言っていましたね」 「ここで死んじゃうわけにはいかないわねぇ。だって鈴の力でアンデッドになってしまうんでしょぉ」 アンナとリュリュミアは入り口を探す。 百年以上の風雨に浸食された城の屋上はもろく、砂を踏む様な音をたてる。 屋上から周囲を眺めれば、ほぼ正方体の城郭の四隅に朽ちた墓標の如き、円塔が建っていた。 見張り塔でもあるそれぞれには屋上へ出る為の戸口がある。そこから侵入出来そうだ。 「早速、行きまっせ」 ビリーはリュリュミアとアンナ腰の横に手を置き、『神足通』でテレポートした。一気に円塔の一つの入口まで空間跳躍し、三人は内側へ入った。 塔の内部はがらんどうで、壁には外に向かって矢を射る為の銃眼が幾つも並び、足場がついている。 更に上の階層と城内へと、上り下りする為の螺旋階段が塔の中央に組み上げられていた。 「やっぱり上じゃなくて下なんでしょうね」 アンナはローラーブレードを履いたまま、階段のステップを下りていく。 「待ってぇ。皆で行動しないとぉ」 リュリュミアもその後を下りていく。あまり恐怖を感じていない素振りだ。彼女は掌の上で『光のバラの種』を急速生長させ、明かりとした。 「それだったら、こっちの方がいいですわよ」 アンナは自分の『懐虫コミネジ缶』を開けた。缶の中のコミネジを腕につけると明るい光が放射される。これでますます罠等が見つけやすくなる。 「危険な物がありそうやったら、教えてや。ボクが神足通で回避して連れたったるさかい」 三人は鈴の音を頼りに、幽鬼亡者がたむろする城内へと下りていった。 それを見届けた様に、入ってきた入り口が崩落し、三人の逃げ場が瓦礫に閉ざされた。 ★★★ 交錯する度の大量の火花と、不快な金切り音。 Wチェーンソーとトライデントで何十度と切り結び、打ち合わせた武器から鉄片が、怪物の表面からは血と肉が飛び散る。 周囲が血肉の染みに染まっている。 この状態でまだ、マニフィカの純白の礼装に一点の染みもはないのは奇跡的だ。いや、むしろご都合主義的だ。 神馬はチェーンソーに傷つけられ、召喚されたこの世界から退散していた。 マニフィカは自分の足で不浄の大地に立ち、トライデントを振り回して戦いを続けていた。何度となく、敵を斬りつけ、突き刺している。 左右から狛犬が吠え、聖なる咆哮の響きの内に門番を捉えている。そのせいでアンデッドの戦闘力が落ちている。 しかし、それでいて、この強さなのだ。 マニフィカの息は荒い。疲れが来ていた。 大哄笑。豚男の右のチェーンソーが横なぎにマニフィカを襲う。 それを男装の人魚戦士はトライデントの先端でさばいた。 右腕のチェーンソーが切断されて、宙に舞う。 その隙に左のチェーンソーが大上段から振り下ろされた。 致命的な一撃だった。 甲高いモーター駆動。刃の縁を高速回転する小刃が、頭上からマニフィカの銀色の長髪を巻き込んで左右に引き裂いた。 だが、その死は寸前にして、一つの木像に置き換わる。 『ミガワリボサツ』 マニフィカと入れ替わった木像が豚男の足元で地に落ち、活力を取り戻した純白の王子が門番の頭上に出現する。ブリンク・ファルコン。空中からのトライデントの刺突が、加速された倍撃となって、敵を襲った。 豚の頭を頂点から顎までトライデントが貫いた。 「HA−HA−HA−HA…………HA……」 両肩に左右の足を置き、立ったマニフィカはトライデントを真上に引き抜いた。 肩を蹴って、ジャンプ。白い革靴で着地する。 怪物の左腕に残ったチェーンソーの駆動が止まる。 轟音。巨大な門番のアンデッドは一切の動きを止めて、愚直に地面へ倒れた。 敵の身体が土くれの様に腐って崩れていく。 それを眺めながら、マニフィカはトライデントの石突で身体を支えた。 長い銀髪が風になびく。 終わった。 やっと。 マニフィカは自分の務めを果たしたと思った。 「……こうして、じっとしているわけにもいられませんですよね」 まだ、次がある。 マニフィカは城郭を見上げた。 その正門に空いている、仲間が侵入した大穴を。 彼女は堀を飛び越える為に『魔竜翼』を広げた。 礼装の背部を大きく持ち上げた龍の翼は、彼女を宙へ持ち上げる為に羽ばたいた。 ★★★ 「何よ! 銀の巨大十字架はおろか、鞭も松明も出てこないじゃない!」 未来は扉を開け、狭い通廊から広い玄室に出てくるなり、そう叫んだ。 彼女はそういう世界観ならば、宝箱の中から怪物退治に必要なアイテムが出てくるのではと期待していた。しかし、ここまで散散、迷ったというのに宝箱の類(たぐい)は一つも見た当たらなかったのだ。 未来の後からジュディも玄室へ出てくる。久久に頭がつかえる心配のない高い天井だ。 そこは広い部屋だった。 四方を内臓めいた彫刻のある石壁に囲まれ、それぞれに女性器を模した扉がある。 中央にH・R・○ーガーのデザインを思わせる、邪悪な雰囲気が漂う祭壇。 その真上にオーロラを思わせる光彩空間が揺らめき、広い室内を不気味な虹色に染めていた。 光彩の中に巨大な鈴が浮かんでいる。不動のまま、不吉な音色を放っていた。 これが『死者を操る大きな鈴』であり『不浄の祭壇』なのだ。 祭壇の前に人影がある。 皮が骨に張りついた様な身体の高貴なる衣装。『火球の杖』を手に持ち、青白い冷気を吐く。ハイネケン・バッサロ男爵。 ふくよかな肢体に革のボンテージ風レオタードを身につけた熟女。女公爵の身を写した、偽のフローレンス・デリカテッセン、『鏡の精』。長い鞭を手でしごいている。 そして祭壇の前に捧げられている、透明質の蓋の棺桶に横たわる超巨乳の美女。 白雪姫こと、スノーホワイト・デリカテッセン。 「ここがジ・エンド、クライマックスみたいネ」 ジュディは『マギジック・レボルバー』を構え、射線に鏡の精の姿を入れた。 「ここまでやってくるとはな! 誉めてつかわす!」ハイネケンは大きな声で乾いた手を打ち鳴らし、喝采を挙げた。「しかし、ここまでだ! もうすぐに姫の心臓も止まる!」 その時、ジュディと未来がいるのと反対側の壁にある扉が大きく開く。 昼の太陽の様な強い光が射す。 「あんなのに追いかけられて、難儀だったわねぇ」 「今度来た時はあの部屋を大掃除してさしあげますわ」 結局、色色と迷ったが、最後に椅子や机や本が飛び回るポルターガイストの部屋を通過し、リュリュミアとアンナ、そしてビリーが不浄の祭壇がある、この玄室に到着した。 「どうやら、ここが正念場やね」 ビリーは『サクラ印の手裏剣』を手にする。 戦闘開始の口上もなく、ハイネケンが杖を向け、火球を発した。 標的となったジュディと未来の姿が爆炎の中に呑み込まれた。 しかし、未来はテレポートでぎりぎり脱出。 ジュディの姿のみが灼熱の炎の中で陽炎になる。 「ジュディさん!」 アンナが思わず声を挙げたが、ジュディは革ジャンと肌の一部を焦がしたのみで炎熱をしのいでいた。あらかじめ自分に貼った『エアコン・ステッカー』で、完全にではないがある程度の熱を耐えたのだ。 「鞭が欲しいって言ってたな、小娘」鏡の精が、一度、モンマイの森で対戦している未来に向かって叫んだ。「ならば、私の鞭をくれてやる!」 「残念だけど、わたしの戦う相手はあなたじゃないの」未来は一旦スカートに隠したサイコセーバーを振るい、しなる鞭をテレポートでよけながら彼女(彼?)に答えた。「わたしの相手はあなたよ、バッサロ男爵! 正義と愛のこの刃を食らいなさい!」蜂の羽音の様な低周波でサイコセーバーが唸る。 「何を言っている、この小娘! 貴様の相手は……!?」鏡の精が鞭の第二撃を放とうとする。しかし、その攻撃がモーションの途中で止まる。 ビリーの手裏剣が首筋に命中していた。『スタン』の効果が付与されている手裏剣が。 「こ、この……」 強張る身体。ビリーの方に視線を向けるのが精一杯の鏡の精。 そこにレッドクロスを着たアンナは飛び込んできた。ローラーブレードで加速した、モップの一撃を脳天正中に見舞う。 重撃。 「ぎ…………!」 鏡の精の脳天から股間まで、一気に大きなひびが走った。 鏡の精は守勢に回ると意外に脆かった。まさしく鏡が割れる様な音を響かせ、偽デリカテッセン公爵の姿は破片となり、砕け散った。 不気味な光彩が支配する部屋で、銀の破片と微塵と中身のないレオタードが床に積もる。 「シュピーゲル!」 ハイネケンが鏡の精の死に対して、名を叫んだ。火球の杖で未来のサイコセーバーの光刃を受け止める。 未来とアンナの位置が重なった時、火球の杖が二人を焼こうと魔力を放った。 未来はテレポートでよけたが、アンナは爆発する火炎に包まれた。 アイシールドが炎の熱から眼を守る。レッドクロスがダメージを軽減したが、アンナの身体は壁に打ちつけられた。 ビリーが吹き矢を放つ。『影縫いの術』。アンデッドの影に長針が突き立つ。 ハイネケンがその未熟な術を力づくで振り払った。 その隙をついて、未来のサイコセーバーが光の刃で斬りかかる。 アンデッド『リッチ』の左腕の肘から先を切り落とす。 だが、左手の火球の杖の力が、今度こそ未来を捉えた。 間一髪、神足通で瞬間移動したビリーが未来を爆発の範囲から逃す。 それでも爆風で未来のミニスカ制服を残らず吹き飛ばした。 皆にはとうとう全裸かと思われた。 しかし未来は『超ビキニアーマー』を制服の下に着用していた。女子高生の素肌に食い込む様なアーマーは水着というより紐を連想するほど、露出面積が超少なかった。全身あまねく防御力を付与する、この甲冑のおかげで未来のダメージはほぼない。 「未来さん、その恰好は眼の毒やさかい」 ビリーが一瞬、手で眼を覆う。 片腕だけになったハイネケンが火球の杖で、斬りかかってくるサイコセーバーに応戦する。 戦いは更に長引くと思われた。 しかし、既に伏兵が動いていた。 放っておけば末世まで鳴り響いていたのではないか、と思われた鈴の音が弱まったのだ。 「何ッ!?」 思わずハイネケンが振り向いた。 大きな鈴は束縛に捕らわれていた。 ジュディの投げてかぶせた投網。 怪力の彼女が引っ張る力で鈴が鳴りやみ、固定されている空間から徐徐に動き始める。 玄室を照らしていた不気味な虹色の色彩空間が揺らめきだした。 「やめろッ!」 ハイネケンが初めて慌てる素振りを見せた。 「これもどうかしらぁ」 その引きずられる鐘に、リュリュミアも両手から『ブルーローズ』を急速生長させた大量の蔓を巻きつけていた。極太の綱は投網の上から鈴を束縛し、金属の鳴動を無理やり押さえこんだ。 ある力の限界まで来ると大きな鈴はもぎとられる様に床に転がって、耳障りな響きを立てた。 「ジュディ・ブリーカーッ! 全滅ダァ!」 ジュディはすかさず走り寄って、大きな鈴に投網と蔓の上から組みついた。 両腕の中で『死者を操る大きな鈴』の形がみるみる歪んでいく。 この玄室を支配する不気味な色彩空間が鈴の歪みと共に、薄らいでいく。 「やめろ! 我が力の源がッ! この領地のアンデッド達がッ!」 狼狽したハイネケンが叫んだ時、ダメージを受けながらも立ち上がったアンナが今だ、と呟いた。 「行きますわよ! 『乱れ雪櫻花』!」 轟!と風が唸りを立て、大量の雪と桜が玄室に吹き荒れた。 アンデッドもアンナ達もその白い吹雪の中に姿が呑み込まれる。 全ての視界が奪われる中、ハイネケンの身体が予想外の方向から幾度もモップの打撃を食らう。 「もう一度ですわ!」 アンナの声と共に、今度は逆方向から大量の白い花吹雪が巻き起こる。 ハイネケンが無防備なまま、更に数度の重い打撃を食らう。 とどめはテレポートしてきた未来の、サイコセーバーによる斬撃だった。 「ブリンク。ファルコン! 美少女剣! 未来・ダイナミック!」オーロラの様な色彩が消えた玄室で、眩い光を放つ刃が影を踊らせる。未来のサイコセーバーは袈裟がけにハイネケン男爵の身体を斬り裂いた。「どうかしら?」コケティッシュに笑う未来は低い姿勢で白いヒップを持ち上げ、超ビキニアーマーの深い食い込みを指で直す。 ハイネケン・バッサロ男爵が断末魔を挙げた。 盛大な白煙。アンデッドの大将が高貴な衣装ごと爆散し、極低温の冷気を周囲にまき散らす。 周囲の皆は屈んで爆風と破片をやりすごす。 アンデッドの身体は百の破片となり、消える。 しばらくして、冒険者達はゆっくり立ち上がった。 鬼気はもうない。 不気味なオーロラの様な光もない。 皆は遂に二人の親玉を倒したのだ。 アンナはコミネジの光を不浄の祭壇前にある棺桶に向けた。 巨乳姫スノーホワイトの横たわる棺。 皆はその周囲に集まった。 照明の中で、ジュディが棺桶の透明な蓋を開けた。 ビリーが脈をとる。 「……生きとるわ」 スノーホワイトの白く美しい顔を見ながら、皆は安堵した。 「……城内のアンデッドが皆、いなくなったと思ったら……どうやら、既に終わったみたいですね」 マニフィカの声がする。 皆が振り返ると、ここへ到着したばかりの男装の麗人が、扉の向こうから玄室を覗いていた。 翼の力で罠をよけて駆けつけた彼女の白い礼装は、今も一点の染みさえついていなかった。 ★★★ 念の為、不浄の祭壇は打ち壊された。 「これをわたくしに……よろしいんですの?」 「魔法少女にこそ、杖は似合いだからね」 ハイネケンが残した火球の杖。それを未来はアンナに渡した。 他の者達に異論はなかった。 それよりも気になる展開が進行していた事もある。 「キース! キース! キース! ……」 皆が白い麗人、マニフィカを囃し立てる。 「何なんですか、一体!」 「せやけど、白雪姫に王子様とくれば、口づけが定番やろ。そのつもりでその礼服、着てきたんとちゃうの?」 ビリーが説明するまでもなく、マニフィカは皆の後押しによって、スノーホワイトの棺の前に立たされていた。 眼の前では赤いビロードの上に横たわった、美しい姫が長いまつ毛を伏せている。 彼女は既にビリーの鍼灸治療を受け、解毒し、急速に回復へ向かっていた。 マニフィカとスノーホワイトを照らすコミネジの照明は、さながらスポットライト。 キスをせがんで囃し立てる冒険者達の前で、マニフィカは空気を読むという事を思い知らされた。 コホンと咳を打つ。 覚悟が決まった。 上半身を屈め、ほのかに珊瑚色の唇をスノーホワイトに近づける。 だが、そのキスは彼女の唇にではない。頬に触れたのだった。 赤面したマニフィカにはそれ以上の事は出来なかった。 えー! 根性なしー! 誰が言ったわけでもなかったが、マニフィカには仲間達の表情がそう言っている様に思われた。 途端、スノーホワイトの眼が開いた。 本当にキスで眼醒めたわけではないだろうが、まさしく、そう思わせる絶妙のタイミング。 「あれー? おはようございますー。皆、どうしたんですかー?」 スノーホワイトはこれまでの冒険者達の苦闘も知らず、のんびりした美声でそう話しかける。 やれやれ、と冒険者達の身体の力が抜ける。 それは全ての危難が終わったという安堵でもあった。 「帰りましょぉ」とリュリュミアが声をかける。 そして、彼らは全ての罠が停止し、アンデッドがいなくなった城内の帰り道を辿る事にする。 正門を開け、跳ね橋を城内の資材を使って、皆で応急修理。 そうして堀を越えて城外へと出る。 闇に慣れた眼には眩いほどの昼の太陽。 外の風景には動く生き物がいなかった。 アンデッドはいない。 殲滅されていた。塵の様に崩れ、死体さえ残っていない。 ビリーは『打ち出の小槌F&D専用』からアルコール度数の高い酒を大量に出す。 その瓶を燃料タンクの中に空け、ジュディはバイクを始動させた。大きく重い駆動音。ラッキーセブンを首に巻き、息を吹き返したモンスターバイクでボーダーを目指して荒野を走り出す。 スノーホワイトを含め、残りの者は空荷の宝船に乗って、空を飛んだ。 デリカテッセン領に向かって。 それは爽やかな風だった。 ★★★ デリカテッセン領主の館。 夜。盛大な宴が開かれている。 フローレンス・デリカテッセン公爵が鏡から外に脱出していた。どうやらバッサロ領で鏡の精が死んだのと同じ時間、魔法の姿見鏡も自然に壊れ、中に閉じ込められていた女公爵が外へと出てきたというのが、ずっと見守っていたイザベルの報告だ。 そのイザベルも今、公爵の館に冒険者達と一緒に招かれていた。この様な場は初めてらしい。戸惑いながらも楽しそうだ。今、ここには彼女の言を疑う者はいなかった。 「楽しい」 「パーティだ」 「ただ酒も」 「飲めるし」 「料理も」 「美味くて」 「食べ放題だ」 モンマイの森の七人のドワーフ達、ザック、ジック、ズック、ゼック、ゾック、ダック、ディックも全員招かれて、酒を飲み、料理に舌鼓を打ちながら、陽気に騒いでいる。 地下に幽閉されていた、白雪姫を森に逃がした衛士も今、儀礼服を着て、この宴に招かれていた。 「あなたが姫の命を奪わなかったからこそ、私と娘は今ここにこうしていられるのです」 そんな公爵の言葉を賜り、彼は衛士隊副隊長に昇格したらしい。 楽隊がワルツを奏でる。 招待客は踊りだした。 スノーホワイトと礼装のマニフィカも手に手を取って、踊る。 宴の夜が更けていく。 「今日は豪勢な料理ばかりだわねぇ」料理に飽きたリュリュミアはぽつりと呟く。「何か、さっぱりした物はないかしらぁ。……例えば、リンゴとかぁ」 その言葉を聞いた者達は「もう、リンゴは勘弁してえ」と言ったとか何とか。 ところで『頭の悪い者には見えないドレス』の張本人であり、偶然手に入れた魔法の鏡の精に操られていた仕立て人ジョンとアレックスは、当然の罪には問われたものの、その技量を買われ、デリカテッセン領の専属服飾デザイナーとされた。労働で罪を償う事になったのだ。 今度からはまともなドレスを作るだろう。 少なくともこれから女公爵が、熟女ヌードを領民に広くさらす事態は避けられたらしい。 ★★★ |